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裂封册 | ||
頼山陽 |
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史官讀到日本王, 相公怒裂明册書。 欲王則王吾自了, 朱家小兒敢爵余。 吾國有王誰覬覦。 叱咤再蹀八道血, 鴨綠之流鞭可絶。 地上阿鈞不相見, 地下空唾恭獻面。 |
史官 讀みて到る 日本王,
相公 怒りて裂く 明の册書 を。
王 たらんと欲 すれば則 ち 王たり 吾自 ら了 せん,
朱家の小兒敢 へて余を爵せんや。
吾が國に 王 有り誰 か覬覦 せん。
叱咤 再び蹀 む八道 の血,
鴨綠 の流れ鞭 絶 つ可 し。
地上阿鈞 相 ひ見ず,
地下 空しく唾 す恭獻 の面。
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◎ 私感註釈
※頼山陽:安永九年(1780年)~天保三年(1832年)。江戸時代後期の儒者、詩人、歴史家。詩集に『日本樂府』、『山陽詩鈔』などがあ る。
※裂封冊:豊臣秀吉公が、明の冊書を破り裂いたこと。 *天正二十年(=文禄元年)(1592年)~の文禄の役の終了後、媾和の交渉が始まり、明使が来日した。秀吉は伏見城(後出『日本外史・卷之十六・豐臣氏』に依る)で彼らを謁見し、饗応したが、明の国書の内容というものが、明国皇帝が秀吉を日本国王に封ずというものであることが発覚してしまった。これに色をなした秀吉は、ただちに冕服を脱ぎ捨てて地面にたたきつけ、冊書を引き裂いて、叱りつけて言うには『わたしが日本を平定したのであって、国王になろうとすれば自分でなれる。どうして外国から日本国王に封じてもらわねばならないのか!…帰って主に告げよ、わたしはもう一度派兵して国を亡ぼしてやる』と。腹に据えかねた秀吉は、翌・慶長二年(1597年)に再度の出兵・慶長の役を始めた、という次第である。頼山陽の『日本外史・卷之十六・豐臣氏』には「九月二日,使毛利氏兵仗,延明使者入城諸將帥,皆坐。頃之秀吉開幄而出。侍衛呼叱。二使懼伏,莫敢仰視。捧金印冕服,膝行而進。行長助之畢禮。三日,饗使者。既罷秀吉戴冕被緋衣,使德川公以下丁七人各被其章服,召僧兌讀册書。行長私嘱之曰:册文,與惟敬所説,或有齟齬者,子且諱之。承兌不敢聽乃入。讀册于秀吉之傍,至曰:封爾爲日本國王。秀吉變色。立脱冕服抛之地,取册書撕裂之。罵曰:吾掌握日本欲王則王。何待髯虜之封哉!…告而君,我將再遣兵屠而國也。」とある。同様の詩題は、江戸時代前期の荻生徂徠に『寄題豐公舊宅』「絶海樓船震大明,寧知此地長柴荊。千山風雨時時惡,猶作當年叱咤聲。」があり、幕末~・藤井竹外は『豐公裂明册圖』で「玉冕緋衣如糞土,册書信手裂縱横。自從霹靂震萬里,直到如今尚有聲。」
(伊勢丘人先生所蔵掛軸右下の写真:提供・撮影も)とする。なお、『明史』列傳(卷二百十)・外國三日本(卷三百二十二)(中華書局版八三五七ページ 通2139ページ)に「乃改元文禄,并欲侵中國,滅朝鮮而有之。召問故時汪直遺黨,知唐人畏倭如虎,氣益驕。」とはあるが、秀吉がこの詩や『日本外史』で記されたように怒ったことは記されていない。(なお「并欲侵中國,滅朝鮮而有之。」と中国に傍線(下線)が無いのは、固有名詞とされていない「中国」=「中央」の意だからか。)頼山陽の『日本樂府』より(写真:上)。 ・裂:やぶれちぎる。さく。 ・封冊:〔ほうさく;feng1ce4○●〕天子が諸王を任命する文書。
※史官読到日本王:文書の記録の役人が(明の冊書に書かれた)「日本王」(のことば)まで読み進むと。 ・史官:記録を担当した役人。また、歴史を編輯する役人。ここは、前者の意。 ・日本王:(中国皇帝の臣下である日本の君主)。中国の冊封体制の下で、(ここでは豊臣秀吉を)中国皇帝の臣下(外臣)と看做した君臣関係。本来、中国の皇帝と臣下の君臣関係を、皇帝と異民族の王たちとの関係にあてはめたもの。それ故、授けられる「王」は、当然ながら授ける皇帝側の「皇帝」「皇」よりも下位のものになる。現代日本語で、或いは英語を介在させて、これらの意を考えると誤解を起こしやすいので注意。なお、蛇足になるが、室町時代・足利義満は、明・皇帝から「日本国王」に冊封された。後出・「恭献」の註を参照。
※相公怒裂明冊書:太閤は怒って、明からの爵位・封地などを授ける文書を破り捨てた。 ・相公:〔しゃうこう;xiang4gong1●○〕大臣、宰相の敬称。ここでは、豊臣秀吉を指す。なお、豊臣秀吉は、関白(1586年)・太政大臣(1586年)に任ぜられ、後に太閤(1591年)と号した。この詩で詠われる時期には太閤と号した。 ・冊書:〔さくしょ;ce4shu1●○〕祭祀の折、爵位・封地などを授ける文書。また、天子が臣下に命令する文書。
※欲王則王吾自了:(豊臣秀吉が言うには)「もしも王になりたければ、王となることは、自分で決められる(ので)。 ・欲-則-:…げば…する。 ・則:もし…するときはすなわち…となる。…すれば。すなはち。仮定の形式で、条件・結果の関係を表す。二つの事実を並べて掲げる場合に用いて、二つの事実が照応する語気を表す。レバ則(そく)。 ・王:〔わう;wang4●〕王となる。君臨する。徳をもって天下を統一する。動詞。なお、前出・「日本王」での「王」は〔わう;wang2○〕で、名詞。 ・自:みづから。 ・了:きめる。まとめる。
※朱家小児敢爵余:明の帝室のチビがわざわざわたしに叙爵しようとは! ・朱家:明朝の帝室。「朱」は明の帝室の姓。 ・敢:あえて。おしきって。思い切って。また、むやみに。みだりに。ここは、前者の意。 ・爵:〔しゃく;jue2●〕爵位を授ける。 ・余:わたし。ここでは、豊臣秀吉のことになる。
※吾国有王誰覬覦:我が国には、天子がいらっしゃり、一体誰が身分に外れたことをうかがい望むというのか。 ・有王:王がいる。天子がいらっしゃる。天皇(すめらみこと)がいまします。この句は、その後の社会の用例からすれば、「吾国有皇誰覬覦」「有皇」としたほうが分かりよい。 ・誰:だれが…しようか。反語の形式。 ・覬覦:〔きゆ;ji4yu2●○〕身分に外れたことをうかがい望む。分不相応のことを希望する。
※叱咤再蹀八道血:大声を張り上げてしかりつけて、ふたたび朝鮮の地の血の痕を踏め(と出兵の命が下った)。 ・叱咤:〔しつた;chi4zha4●●〕大声を張り上げてしかりつけること。しかりつけるようにして励ますこと。後世、梁川星巖が『田氏女玉葆畫常盤抱孤圖』で「雪灑笠檐風卷袂,呱呱索乳若爲情。他年銕枴峰頭嶮,叱咤三軍是此聲。」と使った。前出・荻生徂徠の『寄題豐公舊宅』「千山風雨時時惡,猶作當年叱咤聲。」
を踏まえていよう。 ・再蹀:ふたたび踏みしだく。再出兵を謂う。文禄の役に続いての慶長の役をいう。 ・蹀:踏む。 ・八道:朝鮮八道のことで、朝鮮全土の意として使う。朝鮮王朝(李氏朝鮮)が朝鮮半島に置いた八つの行政区劃である道(どう)。
※鴨緑之流鞭可絶:(中国と朝鮮の国境を流れる)鴨緑江の流れも、(軍馬の)鞭で断ち切ってしまう(ほどの勢いで突き進むのだ)。 ・鴨緑:〔あふりょく;Ya1lu4●●〕鴨緑江〔あふりょくかう;Ya1lu4jiang1●●○〕のこと。現在では中国と朝鮮の国境を西に流れる川。長白山(白頭山)が源で、黄海に注ぐ。『中国歴史地図集』第六冊 宋・遼・金時期(中国地図出版社)48-49ページ「上京路 東京路」にある。金と高麗の国境は婆速路(現・丹東)より真東に延びており、現・北朝鮮北部の山岳地帯は金の東京路の婆速路だった。なお、唐代でも同様で、『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)78-79ページ「渤海」鴨淥府・南海府。明治・篠原國幹は『逸題』で「飮馬綠江果何日,一朝事去壯圖差。此閒誰解英雄恨,袖手春風詠落花。」とする。
※地上阿鈞不相見:(太閤は)この世では、(明の皇帝の)鈞クン(=万暦帝)に会えなかった(が)。 ・阿鈞:鈞(きん;Jun1)ちゃん。鈞クン。ここでは翊鈞(よくきん;Yi4jun1)のこと。明の第十四代皇帝の万暦帝(神宗、諱は翊鈞(よくきん))のこと。秀吉の文禄の役、慶長の役において、宗主国として朝鮮王朝を援助したため、秀吉の派遣軍に敵対したからこう呼んでいる。 ・阿-:…ちゃん。…くん。呼称の前につけて、親しみを表す接頭語。
※地下空唾恭献面:泉下では、冊封を受けた足利義満の顔に唾(つば)を吐きかけていよう。 ・地下:泉下。 ・唾…面:〔tuo4mian4●●〕人の顔に唾(つば)を吐きかける。人を極度に侮辱する。 ・恭献:足利義満のこと。明・皇帝からの恭献と賜謚(恭献との名前をもらった)があり、「日本国王」に冊封された。この詩句では、天皇の臣下でありながら足利義満が勝手に明帝国に朝貢して「日本国王」に冊立されたことを非難していう。『明史』列傳(卷二百十)・外國三 日本(卷三百二十二)(中華書局版八三四五ページ 通2136ページ)に「明年十一月來賀冊立皇太子。時對馬、臺(ママ)岐諸島賊掠濱海居民,因諭其王捕之。…且修貢。帝益嘉之。…五年、六年頻入貢,且獻所獲海寇。使還,請賜仁孝皇后所制勸善、内訓二書,即命各給百本。十一月再貢。十二月,其國世子源義持遣使來告父喪,命中官周全往祭,賜謚恭獻,且致賻。又遣官齎敕,封義持爲日本國王。時海上復以倭警告,再遣官諭義持剿捕。」とある。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAbbcc」。韻脚は「書余覦 血絶 見面」で、平水韻上平六魚(書余)・上平七虞(覦)、入声九屑(血絶)、去声十七霰(見面)。この作品の平仄は、次の通り。
●●●●●●○,
●○●●○●○。(A韻)
●●●●○●●,
○○●○●●○。(A韻)
○●●○○●○。(A韻)
●●●●●●●。(b韻)
●●○○○●●。(b韻)
●●◎○●●●。(c韻)
●●○●○●●。(c韻)
平成24.10.1 10.3 10.4 10.5 |
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