細川頼之海南行日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩ribengushi

　
　           　　　
      海南行

　　　　　　　　　　　　　         細川頼之

人生五十愧無功，
花木春過夏已中。
滿室蒼蠅掃難去，
起尋禪榻臥淸風。

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海南行

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　
人生　五十　　功　無きを愧（は）づ,
花木　春　過ぎて　　夏　已（すで）に　中ばなり。
滿室の　蒼蠅（さうよう）　　掃へども去り難く，
起って　禪榻（ぜんたふ）を尋（たづ）ねて　　淸風に臥せん。

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◎　私感註釈

※細川頼之：元德元年(１３２９年)～明德九年(１３９２年)。南北朝時代の武将。意を得ず、四国の讃岐へ帰った時の作。『日本外史』卷之十にある。剃髪して常久と号したときに作ったとある。

※海南行：海南の讃岐へ帰って行くこと。一般に、『□□行』は楽府題に多いが、この作品の『海南行』の「行」は、それではない。「紀行」「旅行」の「行」になる。『南海の四国・讃岐紀行』の意。有名な『長歌行』、『短歌行』、『蒿里行』…などは、音楽の様式名であり、後に、楽府詩形式であることを暗示する詩の形式としての歌行になる。なお、『兵車行』、『琵琶行』は少し事情が異なり、『少年行』　は別物になる。この作品は、一種の日本版の『帰去来兮辞』でもある。

※人生五十愧無功：人が五十年生きてきて、（格別の）功績がないことをはじる。　*南宋・陸游の『金錯刀行』に「黄金錯刀白玉裝，夜穿窗扉出光芒。丈夫五十功未立，提刀獨立顧八荒。京華結交盡奇士，意氣相期共生死。千年史冊恥無名，一片丹心報天子。爾來從軍天漢濱，南山曉雪玉雪玉嶙峋。嗚呼，楚雖三戸能亡秦，豈有堂堂中國空無人。」とある。後世、三條西實隆は『致仕偶成』で、「三十年來朝市塵，片舟歸去五湖春。平生慚愧無功業，合對白鴎終此身。」と使う。　・人生五十：人が生きてきて、五十年。「人生」は、日本や中国の現代語の用法では、名詞として使われるのが普通だが、詩詞では、「人が生きてきて」という動詞性の使用例が多い。　・愧：慙愧の念にかられる。はじる。　・無功：功績がない。

※花木春過夏已中：（春に）花を著ける樹木も（その盛りである）春も過ぎてしまい、次の季節である夏もとっくに半ばになっている。後は、凋落の秋を迎えるばかりである。　・花木：（春に）花を著ける樹木。　・春過：（花を咲かせる）時期が過ぎた。春が過ぎた。　・已：とっくに。すでに。　・中：なかば。

※滿室蒼蠅掃難去：部屋にいっぱいのアオバエが、煩く、追い払っても去ろうとしない（ので）。煩い小人物ばかり横行しているので。　・滿室：部屋にいっぱいの。　・蒼蠅：〔さうよう；cang1ying2○○〕アオバエ。人を陥れようと影で立ち回る人の喩え。小人。王建は生活の中での煩わしいものとして「但得靑天不下雨，上無蒼蠅下無鼠。」と使っている。その他、意外と「蒼蠅」の語の詩文が多い。近くは毛沢東の『滿江紅』「和郭沫若同志」「小小寰球，有幾個蒼蠅壁。叫，幾聲凄，幾聲抽泣。」などがある。　・掃難去：追い払っても去らせることがなかなかできない。追い払っても去らせることが難しい。「掃難去」は、「掃得去」という可能を表すことの否定形の一であって、「難掃去」とすれば、「追い払うという行為をすること自体が、困難である」の意になる。ここ句は「●●○○○●●」とすべきところなので、平仄上からは「掃不去」とすればよい。　・難：形容詞で、難しい。…しがたい。この意では〔○〕。

※起尋禪榻臥淸風：隠棲の場所である禅寺を見つけに出かけよう。　*蛇足になるが、ここは「立ち上がって、禅寺を訪問して涼しげなところに、寝ころびたい」の意ではない。　・起尋：捜し求めて出かける。捜したずね始める。　・起：行動を起こす。　・禪榻：〔ぜんたふ；chan2ta4○●〕座禅を組む腰掛け。寝椅子。寝台。長いソファ状の形をしている。禅牀。ここでは､禅寺をいう。　・臥：横になる。寐る。ここでは､隠棲することを暗示している｡唐の王維『送別』「下馬飮君酒，問君何所之。君言不得意，歸臥南山陲。但去莫復問，白雲無盡時。」に同じ。　・淸風：すがすがしい（仏法）の風。前出王維の詩でいえば「白雲」に該当する。

◎　構成について

韻式は「AAA」。韻脚は「功中風」で、平水韻上平一東（功中風）。次の平仄は、この作品のもの。

○○●●●○○，（韻）
○●○◎●●○。（韻）
●●○○●○●，
●○○●●○○。（韻）