衆芳搖落獨暄妍,
占盡風情向小園。
疎影橫斜水淸淺,
暗香浮動月黄昏。
霜禽欲下先偸眼,
粉蝶如知合斷魂。
幸有微吟可相狎,
不須檀板共金尊。
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杭州西湖孤山にある林和靖(林逋)の隠棲した放鶴亭。 放鶴亭の庭の鶴と梅。 林和靖(林逋)の墓。以上2006.10.2国慶節翌日
山園の小梅
衆芳 搖落(えうらく)して 獨り 暄妍(けんけん)として,
小園にて 風情を 占め盡くす。
疎影(そえい) 橫斜(わうしゃ) 水(みづ) 淸淺(せいせん),
暗香(あんかう) 浮動(ふどう) 月(つき) 黄昏(くゎうこん)。
霜禽(さうきん) 下(くだ)らんと欲して 先づ 眼を偸(ぬす)む,
粉蝶(ふんてふ) 如(も)し 知らば 合(まさ)に 魂を斷つべし。
幸(さいはひ)に 微吟の 相ひ狎(な)るべき 有り,
須(もち)ゐず 檀板(だんばん)の 金尊と共にするを。
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◎ 私感註釈
※林逋:北宋の隠逸詩人。西湖中の孤山(写真上三枚)に隠棲し、梅を妻とし鶴を子として過ごした。字は君復。諡は和靖。林和靖として世に知られる。杭州銭塘(現・浙江省杭州)の人。967年(乾徳五年)~1028年(天聖六年)。『宋史・列傳・隱逸』には「林逋字君復,杭州錢塘人。結廬西湖之孤山,二十年足不及城市。嘗自爲墓於其廬側(写真:下)。既卒,仁宗嗟悼,賜謚和靖先生」とあるものの、梅を妻とし鶴を子としたことは、載っていない。
※山園小梅:山の畑の小さな梅。林和靖が隠棲した杭州西湖の島にある孤山の庵の梅のことになる。(写真:上、中) *盛唐・杜甫の『曲江』「朝囘日日典春衣,毎日江頭盡醉歸。酒債尋常行處有,人生七十古來稀。穿花蝶深深見,點水蜻
款款飛。傳語風光共流轉,暫時相賞莫相違。」
とうたうのに感じが似ている。
※衆芳搖落獨暄妍:(寒い冬の季節には)多くの花は散ってしまっているが、(梅だけは)ひとり、あたたかげで景色がよい。 ・衆芳:多くのよい匂いの花。梅の花以外の多くの花を指す。陸游の『卜算子』詠梅「驛外斷橋邊,寂寞開無主。已是黄昏獨自愁,更著風和雨。 無意苦爭春,一任羣芳妬。零落成泥碾作塵,只有香如故。」とあり、後世、毛沢東は『卜算子・詠梅』で「風雨送春歸,飛雪迎春到。已是懸崖百丈冰,犹有花枝
。
也不爭春,只把春來報。待到山花爛漫時,
在叢中笑。」
と詠う。 ・搖落:〔えうらく;yao2luo4◎●〕草木がひらひらと散る。物が揺れ落ちる。蘇
の『汾上驚秋』「北風吹白雲, 萬里渡河汾。心緒逢搖落,秋聲不可聞。」
や、陳子昂『感遇三十八首』其二「蘭若生春夏,蔚何靑靑。幽獨空林色,朱
冒紫莖。遲遲白日晩,嫋嫋秋風生。歳華盡搖落,芳意竟何成。」
、『楚辭・九辯』に「悲哉秋之爲氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰」とある。 ・獨:ひとりで。前出・陸游『卜算子』に「已是黄昏獨自愁」
とある。 ・暄妍:〔けんけんxuan1yan2○○〕あたたかくて景色がよい。
※占盡風情向小園:(梅は)小さな我が家の庭で、風雅の趣を独り占めしいている。「占盡風情向小園」を「小園にて 風情を 占め盡くす。」と訓んだが、旧来の方法ではできないが、語法を重んじてこうした。 ・占盡:占め尽くす。独占する。 ・風情:風流。風雅の趣。情趣。風雅の味わい。南唐の李煜は『柳枝詞』で「風情漸老見春羞,到處消魂感舊遊。多謝長條似相識,強垂煙穗拂人頭。」と詠う。北宋・柳永の『雨霖鈴』に「寒蝉淒切,對長亭晩,驟雨初歇。都門帳飮無緒,留戀處,蘭舟催發。執手相看涙眼,竟無語凝噎。念去去千里煙波,暮靄沈沈楚天闊。 多情自古傷離別,更那堪、冷落清秋節。今宵酒醒何處?楊柳岸、曉風殘月。此去經年,應是良辰好景虚設。便縱有千種風情,更與何人説。」
とある。 ・向:…に。…で。…に於いて。ここでの「向」は「於」と似た意味で、前置詞(介詞)。(蛇足になるが、ここの「占盡風情向小園」の「向」を動詞ととって「向く」とし、「風情を占め尽して小園に
向かふ」などと読むのは誤。ここの描写は、「何かが『小園』に『向かっている』」という動作や趨勢を表したものではない。)置詞(介詞)としての用例は、唐・韋荘の『淸平樂』に「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。 盡日相望王孫,塵滿衣上涙痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望消魂。」や、両宋・李清照の『永遇樂』「落日熔金,暮雲合璧,人在何處?染柳烟濃,吹梅笛怨,春意知幾許。元宵佳節,融和天氣,次第豈無風雨?來相召,香車寶馬,謝他酒朋詩侶。 中州盛日,閨門多暇,記得偏重三五。鋪翠冠兒,撚金雪柳,簇帶爭濟楚。如今憔悴,風鬟霜鬢,怕見夜間出去。不如向、簾兒底下,聽人笑語。」
や、宋・劉克莊の『賀新郞』送陳子華赴真州「北望神州路,試平章這場公事,怎生分付?記得太行山百萬,曾入宗爺駕馭。今把作握蛇騎虎。加去京東豪傑喜,想投戈、下拜真吾父。談笑裡,定齊魯。兩河蕭瑟惟狐兔,問當年 祖生去後,有人來否?多少新亭揮泪客,誰夢中原塊土?算事業須由人做。應笑書生心膽怯,向車中、閉置如新婦。空目送,塞鴻去。」
や、南宋・陳亮の『水調歌頭』送章德茂大卿使虜「不見南師久,漫説北羣空。當場隻手,畢竟還我萬夫雄。自笑堂堂漢使,得似洋洋河水,依舊只流東。且復穹廬拜,會向藁街逢。 堯之都,舜之壤,禹之封。於中應有,一個半個恥臣戎。萬里腥羶如許,千古英靈安在,磅
幾時通?胡運何須問,赫日自當中。」
とある。また、日本でも、安積東海の『失題』「捨生取義是男兒,四海紛紛何所期。好向京城埋侠骨,待他天定勝人時。」
などの例がある。 ・小園:(自分の)小さな庭。わたしの狭い庭の中では、梅の花が、その高貴さ、脱俗の姿を誇っている。(広い世界のことは別として)。
※疎影橫斜水淸淺:(梅の)疎らな枝振りは、清らかに澄んで浅い水面(みなも)に、横たわり斜めになっている。 *「疎影横斜水清浅」の句は、「疎影(そえい)横斜(わうしゃ) 水(みづ)清浅(せいせん)」と語調よく訓む場合がある(本来の漢詩のリズムを味わえて、なかなか素晴らしいものだ)が、その意味としては「疎影は横斜して、水は清く浅い」の意。互文の雰囲気を漂わせたSV+SV構文。 ・疎影:疎(まば)らな影。梅の花を附けた枝振りの表現である。 ・橫斜:横たわり斜めになっている。梅の枝振りの表現である。 ・淸淺:清らかに澄んで浅い。
※暗香浮動月黄昏:どこからともなくくる(梅の)香りが漂(ただよ)って、月に夕闇がせまっている。 *「暗香浮動月黄昏」の句は、「暗香(あんかう)浮動(ふどう)月(つき)黄昏(くゎうこん)」とリズミカルに訓むが、「暗香は浮動して(漂い来たって)、月は黄昏(うすぐらいさま)である」の意。SV+SV構文。 ・暗香:〔あんかう;an4xiang1●○〕どこからともなく漂ってくる香り。中唐・白居易の『春夜宿直』に「三月十四夜,西垣東北廊。碧梧葉重疊,紅藥樹低昂。月砌漏幽影,風簾飄闇香。禁中無宿客,誰伴紫微郎。」とあり、両宋・李清照の『醉花陰』に「薄霧濃雲愁永晝,瑞腦消金獣。佳節又重陽,玉枕紗廚,半夜涼初透。 東籬把酒黄昏後,有暗香盈袖。莫道不消魂,簾捲西風,人似黄花痩。」
とある。後世、日本の頼山陽は『月瀬梅花勝耳之久,今茲糺諸友往觀,得六絶句』で「兩山相蹙一溪明,路斷游人呼渡行。水與梅花爭隙地,倒涵萬玉影斜橫。」
と使い、その子の頼支峰は『游月瀬詩』で「暗香引我出山家,穿竹一蹊橫又斜。月上林梢天宇白,不知是月是梅花」
と使う。 ・浮動:軽く漂(ただよ)い動く。ここでは、梅の花の香の漂うさまのことになる。 ・黄昏:〔くゎうこん;huang2hun1○○〕夕闇がせまる。たそがれになる。夕暮れになる。
※霜禽欲下先偸眼:(早春の)霜枯れ時の鳥は(梅に)降りようとして、(梅の木を繞る競争相手がいないかと)まず盗み見をする。 ・霜禽:〔さうきん;shuang1qin2○○〕霜枯れ時の鳥。 ・欲:…ようとする。 ・下:おりる。 ・先:まず。 ・偸眼:〔とうがん;tou1yan3○●〕人目を盗む。盗み見をする。唐・温庭の『南歌子』「手裏金鸚鵡,胸前綉鳳凰。偸眼暗形相,不如從嫁與,作鴛鴦。」
、後世、清・陳道華の『日京竹枝詞百首・歳除夜』に「硝子窗櫺掩浴堂,水煙浮起蜜柑香。燈前嬉戲雙
,偸眼池邊鷺一行。」
とある。
※粉蝶如知合斷魂:(仲春に出てきて、梅に寄り附く)モンシロチョウがこのことを知ったら、きっと心を痛めることだろう。 ・粉蝶:〔ふんてふ;fen3die2●●〕シロチョウ科の総称。モンシロチョウ。毛熙震の『淸平樂』に「春光欲暮,寂寞閒庭戸。粉蝶雙雙穿檻舞,簾卷晩天疏雨。 含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。正是銷魂時節,東風滿樹花飛。」とある。 ・如:もし。もしも。陸游「甫昔少年日,早充觀國賓。讀書破萬卷,下筆如有神。賦料揚雄敵,詩看子建親。」とあり、『左傳』や『孟子・梁惠王上』に「今夫天下之人牧,未有不嗜殺人者也。如有不嗜殺人者,則天下之民皆引領而望之矣。」にある。 ・知:分かる。知る。 ・合:きっと…だろう。…すべきである。…するのがふさわしい。まさに…べし。韋荘の『菩薩蛮』には、「人人盡説江南好,遊人只合江南老。春水碧於天,畫船聽雨眠。」
とあり、南宋・陸游『望江道中』「吾道非邪來曠野,江濤如此去何之。起隨烏鵲初翻後,宿及牛羊欲下時。風力漸添帆力健,
聲常雜雁聲悲。晩來又入淮南路,紅樹靑山合有詩。」
とあり、日本では、三條西實隆の『致仕偶成』「三十年來朝市塵,片舟歸去五湖春。平生慚愧無功業,合對白鴎終此身。」
とある。 ・斷魂:〔だんこんduan4hun2●○〕大変心を痛めること。魂(たましい)が断ち切れるほどいたましいこと。
※幸有微吟可相狎:さいわいにも(梅はわたし=林和靖)の小声で詩歌を口ずさむのを聞き慣れていようから。 ・幸有:さいわいにも…がある。 ・微吟:〔びぎん;wei1yin2○○〕小声で詩歌を口ずさむ。小さな声で詩歌をうたう。作者・林逋(林和靖)の行為。 ・可:…てもいい。…ことができる。べし。 ・相:…てくる。…ていく。動作が対象に及ぶ表現。 ・狎:〔かふ;xia2●〕したしむ。なれる。ちかづく。また、あなどる。かろんじる。ここは、前者の意。後者の意では柳永『少年遊』「長安古道馬遲遲,高柳亂蝉棲。夕陽島外,秋風原上,目斷四天垂。 歸雲一去無蹤迹,何處是前期?狎興生疏,酒徒蕭索,不似去年時。」
がある。
※不須檀板共金尊:(梅に対して、)(俗人のように)どんちゃん騒ぎをして、酒を飲み騒ぐようなことをする必要はない。 *俗人のように「檀板」(歌い騒ぐこと)や「金尊」(酒を飲んで騒ぐこと)等は、わたし(=林逋)には不必要なことである。 ・不須:…する必要がない。…に及ばない。須ゐず。漢・卓文君の『白頭吟』に「皚如山上雪,皎若雲間月。聞君有兩意,故來相決絶。今日斗酒會,明旦溝水頭。御溝上,溝水東西流。淒淒復淒淒,嫁娶不須啼。願得一心人,白頭不相離。竹竿何嫋嫋,魚尾何
。男兒重意氣,何用錢刀爲。」
とあり、唐・張志和の『漁歌子』に「西塞山前白鷺飛,桃花流水
魚肥。靑
笠,綠蓑衣,斜風細雨不須歸。」
とある。 ・檀板:〔だんばん;tan2ban3○●〕音楽を演奏するときに拍子をとるための板で、檀(まゆみ)の木でできている。ここでは、歌を歌うことを謂う。 ・檀:〔たん(だん);tan2○〕まゆみ。 ・共:…とを共にする。…と。 ・金尊:〔きんそん;jin1zun1○○〕黄金の酒樽。黄金製の酒器。李白の『將進酒』に「君不見黄河之水天上來,奔流到海不復回。君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。人生得意須盡歡,莫使金尊空對月。天生我材必有用,千金散盡還復來。烹羊宰牛且爲樂,會須一飮三百杯。岑夫子,丹丘生。將進酒,杯莫停。與君歌一曲,請君爲我傾耳聽。鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不用醒。古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。五花馬,千金裘。呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。」
とあり、同・李白の『把酒問月』に「靑天有月來幾時,我今停杯一問之。人攀明月不可得,月行卻與人相隨。皎如飛鏡臨丹闕,綠煙滅盡淸輝發。但見宵從海上來,寧知曉向雲閒沒。古人今人若流水,共看明月皆如此。唯願當歌對酒時,月光長照金樽裏。」
とある。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAAA」。韻脚は「妍園昏魂尊」で、平水韻上平十三元(園魂尊昏)、下平一先(妍)。次の平仄はこの作品のもの。
●○○●●○○,(韻)
●●○○●●○。(韻)
●●○○●○●,
●○○●●○○。(韻)
○○●●○○●,
●●○○●●○。(韻)
●●○○●○●,
●○○●●○○。(韻)
2007.6.1 6.4 6.5完 6.7補 2011.5.14山陽詩 |
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