晋・陸機
置酒高堂,
悲歌臨觴。
人壽幾何,
逝如朝霜。
時無重至,
華不再陽。
蘋以春暉,
蘭以秋芳。
來日苦短,
去日苦長。
今我不樂,
蟋蟀在房。
樂以會興,
悲以別章。
豈曰無感,
憂爲子忘。
我酒既旨,
我肴既臧。
短歌有詠,
長夜無荒。
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。
短歌行
高堂に置酒し,
悲歌して 觴に臨む。
人壽 幾何ぞ,
逝くこと 朝霜の如し。
時は 重ねて至る無く,
華は 再びは陽かず。
蘋は 春を以て 暉き,
蘭は 秋を以て 芳し。
來日は 苦だ短く,
去日は 苦だ長し。
今 我 樂しまずんば,
蟋蟀 房に在らん。
樂しみは 會を以て興り,
悲しみは 別を以て章はる。
豈 感 無しと曰はんや,
憂ひは 子が爲に忘らる。
我が酒 既に旨く,
我が肴 既に臧し。
短歌 詠 有らんも,
長夜 荒むこと 無けん。
******************
◎ 私感訳註:
※陸機:西晋の文学者。261年〜303年。字は士衡。呉郡華亭(現・上海市松江)の人。祖父の陸遜は呉の丞相、父親の陸抗は呉の大司馬だった。呉が滅んだ後、十年隠棲するが、太康年間の末、弟の陸雲とともに洛陽に上り、文才を以て世に重んぜられ、「二陸」と合称された。平原国の内史となったため、陸平原と呼ばれる。詩文は、典故や対句などの技法や修辞を駆使して、六朝修辞主義文学の先駆けとなっている。先導者の役割を果たした。『文の賦』は作品の理想を述べた美文調の文学論で、注目すべきものとして名高い。
※短歌行:人生の短いのを歎き、楽しめる時に楽しむのだ、という内容を詠ったもの。楽府題。魏・曹操の『短歌行』に「對酒當歌,人生幾何。譬如朝露,去日苦多。慨當以慷,憂思難忘。何以解憂,唯有杜康。慨當以慷,憂思難忘。何以解憂,唯有杜康。青青子衿,悠悠我心。但爲君故,沈吟至今。呦呦鹿鳴,食野之苹。我有嘉賓,鼓瑟吹笙。明明如月,何時可輟。憂從中來,不可斷絶。越陌度阡,枉用相存。契闊談讌,心念舊恩。月明星稀,烏鵲南飛。繞樹三匝,何枝可依。山不厭高,水不厭深。周公吐哺,天下歸心。」とある。
※置酒高堂:立派なお座敷で酒宴を開き。 ・置酒:酒盛りをする。酒を用意して酒宴の準備をする。酒盛り。酒宴。東晉・陶潛の『五柳先生傳』に「先生不知何許人,不詳姓字,宅邊有五柳樹,因以爲號焉。閑靜少言,不慕榮利。好讀書,不求甚解,毎有會意,欣然忘食。性嗜酒,而家貧不能恒得,親舊知其如此,或置酒招之,造飮必盡,期在必醉,既醉而退,曾不吝情。環堵蕭然,不蔽風日,短褐穿結,箪瓢屡空,晏如也。常著文章自娯,頗示己志,忘得失,以此自終。」とあり、盛唐・岑參の『白雪歌送武判官歸京』に「北風捲地白草折,胡天八月即飛雪。忽然一夜春風來,千樹萬樹梨花開。散入珠簾濕羅幕,孤裘不煖錦衾薄。將軍角弓不得控,キ護鐵衣冷難著。瀚海闌干百丈冰,愁雲黲淡萬里凝。中軍置酒飮歸客,胡琴琵琶與羌笛。紛紛暮雪下轅門,風掣紅旗凍不翻。輪臺東門送君去,去時雪滿天山路。山迴路轉不見君,雪上空留馬行處。」とある。 ・高堂:立派なお屋敷。敬語的表現。漢魏・繆襲の『挽歌詩』に「生時遊國都,死沒棄中野。朝發高堂上,暮宿黄泉下。白日入虞淵,懸車息駟馬。造化雖神明,安能復存我。形容稍歇滅,齒髮行當墮。自古皆有然,誰能離此者。」とあり、李白の『將進酒』に「君不見黄河之水天上來,奔流到海不復回。君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。人生得意須盡歡,莫使金尊空對月。天生我材必有用,千金散盡還復來。烹羊宰牛且爲樂,會須一飮三百杯。岑夫子,丹丘生。將進酒,杯莫停。與君歌一曲,請君爲我傾耳聽。鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不用醒。古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。五花馬,千金裘。呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。」とある。
※悲歌臨觴:さかづき(=酒席)に臨んで悲しく歌う。 ・悲歌:悲しく歌う。悲しい調子の歌。死者をいたむ歌。 ・臨觴:酒席に臨んで。 ・觴:〔しゃう;shang1○〕さかずき。
※人寿幾何:人の寿命はどれほどだろうか。 ・人寿:人の寿命。 ・幾何:いくら。どれほど。いくばく。前出・曹操の『短歌行』に「對酒當歌,人生幾何。譬如朝露,去日苦多。慨當以慷,憂思難忘。何以解憂,唯有杜康。」とあり、漢魏・蔡文姫の『悲憤詩』其三に「去去割情戀,征日遐邁。悠悠三千里,何時復交會?念我出腹子,匈臆爲摧敗。既至家人盡,又復無中外。城郭爲山林,庭宇生荊艾。白骨不知誰,從莫覆蓋。出門無人聲,豺狼號且吠。煢煢對孤景,怛糜肝肺。登高遠眺望,魂~忽飛逝。奄若壽命盡,旁人相ェ大。爲復彊視息,雖生何聊ョ!託命於新人,竭心自勗氏B流離成鄙賤,常恐復捐廢。人生幾何時,懷憂終年歳!」とあり、晉・陶潛の『飮酒二十首』に其三「道喪向千載,人人惜其情。有酒不肯飮,但顧世間名。所以貴我身,豈不在一生。一生復能幾,倏如流電驚。鼎鼎百年内,持此欲何成。」とあり、唐・蜀・韋莊の『菩薩蠻』其四に「勸君今夜須沈醉,樽前莫話明朝事。珍重主人心,酒深情亦深。 須愁春漏短,莫訴金杯滿。遇酒且呵呵,人生能幾何?」とある。
※逝如朝霜:(人生は)朝に降りた霜のように(=儚く)ゆく。 ・逝:ゆく。去る。進む。死ぬ。 ・朝霜:朝に降りた霜。儚(はかな)いことの喩え。その場合「朝露」が一般的だが、第四字目は韻脚とするため、「霜」とした。
※時無重至:時は、かさねては来ない。 ・無重-:かさねては…ない。一度のみ。かさねては…なし。後出・「不再-」と同義。
※華不再陽:花は、(一度咲けば)二度とは咲かない。 ・華:はな。=花。 ・不再-:二度とは…ない。一度のみ。ふたたびは…(せ)ず。前出・「無重-」と同義。 ・陽:あらわれる。動詞の用法。ここは、「揚」ともする。
※蘋以春暉: カタバミモは、春に輝き。 ・蘋:〔ひん;ping2・pin2○〕カタバミモ。うきくさ。 ・暉:〔き;hui1○〕日の輝き。蛇足になるが、「春暉」で:〔しゅんき;chun1hui1○○〕春の日光の穏やかな輝き。春のぽかぽかとした日射し。父母の恩の譬え。
※蘭以秋芳:フジバカマは、秋に開く。 ・蘭:フジバカマ。菊科の多年生草本。秋に薄紫の花を著ける。 *蛇足になるが、「秋芳」を一語として見た場合:秋に咲く花。
※来日苦短:(人生の、これから)将来の日々が短いことに悩み。 *前出・曹操の『短歌行』に「對酒當歌,人生幾何。譬如朝露,去日苦多。慨當以慷,憂思難忘。何以解憂,唯有杜康。」とある。 ・来日:将来の日々。未来。 ・苦短:ひどく短い。短いことに悩む意。 ・苦:しきりに。ひどく。また、くるしむ。
※去日苦長:(人生は、)過去の日々は、ひどく長い。 ・去日:過去の日々。 ・苦長:ひどく長い。長いのに悩む意。
※今我不楽:今(いま)、わたしは、楽しまなければ。
※蟋蟀在房:(時機を逸して、歳(とし)も暮れて)コオロギは(暖房のきいた)部屋に入ってしまう。 ・蟋蟀:〔しつしゅつ;xi1shuai4●●〕コオロギ。『詩經』國風・唐風・蟋蟀に「蟋蟀在堂,歳聿其莫(=暮)。今我不樂,日月其除。無已大康,職思其居。好樂無荒,良士瞿瞿。 蟋蟀在堂,歳聿其逝。今我不樂,日月其邁。無已大康,職思其外。好樂無荒,良士蹶蹶。 蟋蟀在堂,役車其休。今我不樂,日月其慆。無以大康。職思其憂。好樂無荒,良士休休。」とある。
※楽以会興:楽しみは、(ほかの人との)会合があってこそ、興(おこ)ってくるものであって。 ・会:会合。面会。名詞。 ・興:〔こう;xing1○〕おこる。動詞。
※悲以別章:悲しみは、別離があってこそ、顕著になってくるものである。 ・別:別離。名詞。 ・章:〔しゃう;zhang1○〕現(あらわ)れる。顕著になる。あきらかにする。=彰。動詞。
※豈曰無感:(過ぎ行く人生に)どうして感じることが無いと言えようか。 ・豈:どうして…(のことがあろう)か。あに(…や)。反語を表す疑問副詞。 ・曰:…という。いはく:…と。
※憂為子忘:(しかしながら、)憂(うれ)いは、あなた(と会合ができる)ため、忘れた。 ・憂:うれい。ここでは「千載憂」(千載の憂い)を謂い、「永遠に解くことができない死の憂い」=「死」。死没することへの恐怖。(人の)永遠の憂いである死没するという事実。(古代の日本では)「未來無窮劫」、また、(大虚空では)「恆河沙世界」。『古詩十九首』之十五『生年不滿百』に「生年不滿百,常懷千歳憂。晝短苦夜長,何不秉燭遊。爲樂當及時,何能待來茲。愚者愛惜費,但爲後世嗤。仙人王子喬,難可與等期。」とあり、東晉・陶潛の『遊斜川』に「開歳倏五日,吾生行歸休。念之動中懷,及辰爲茲游。氣和天惟澄,班坐依遠流。弱湍馳文魴,闥J矯鳴鴎。迥澤散游目,緬然睇曾丘。雖微九重秀,顧瞻無匹儔。提壺接賓侶,引滿更獻酬。未知從今去,當復如此不。中觴縱遙情,忘彼千載憂。且極今朝樂,明日非所求。」とあり、盛唐・李白の『將進酒』に「君不見黄河之水天上來,奔流到海不復回。君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。人生得意須盡歡,莫使金尊空對月。天生我材必有用,千金散盡還復來。烹羊宰牛且爲樂,會須一飮三百杯。岑夫子,丹丘生。將進酒,杯莫停。與君歌一曲,請君爲我傾耳聽。鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不用醒。古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。五花馬,千金裘。呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。」とある。 ・為:ために。 ・子:あなた。
※我酒既旨:わたしの酒は、ことごとく味が良く。 ・既:みな。ことごとく。また、とっくに。すでに。ここは、前者の意。 ・旨:〔し;zhi3●〕うまい。味がよい。
※我肴既臧:わたしのごちそうは、ことごとく善(よ)い。 ・肴:〔かう;yao2○〕ごちそう。副食物。さかな。火にかけて料理した鳥・獣・魚などの肉。 ・臧:〔さう;zang1○〕善(よ)い。よろしい。
※短歌有詠:短い人生の歌を歌って。
※長夜無荒:長い夜(の宴席)も、すさむことが無いようにしよう。/長い夜(=死後)も、すさむことが無いようにしよう。 ・長夜:長い夜。また、死んで葬られること。冥土。 ・荒:すさむ。すさぶ。また、もうろくする。忘れる。ここは、前者の意。
◎ 構成について
韻式は「AAAAAAAAAAA」。韻脚は「堂觴霜陽芳長房章忘臧荒」で、平水韻下平七陽。次の平仄はこの作品のもの。
●●○○,
○○○○。(韻)
○●●○,
●○○○。(韻)
○○○●,
○●●○。(韻)
○●○○,
○●○○。(韻)
○●●●,
●●●○。(韻)
○●●●,
●●●○。(韻)
●●●○,
○●●○。(韻)
●●○●,
○●●◎。(韻)
●●●●,
●●●○。(韻)
●○●●,
○●○○。(韻)
2015.6. 7
6. 8
6. 9
6.10完
6.13補
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