「Wish Matrix」

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  キャーーーーーーーーーーーーーーーー………………………
 洞窟の中に、女の子の悲鳴が響いたような気がした。
「おいケヴィン」魔物を全滅させた後、デュランがオイラに訊ねてきた。
「さっき、悲鳴が聞こえなかったか?」
「聞こえた…」オイラはうなずいた。
「空耳じゃないみてぇだな。でも、どうしてこんなところで…?」
それはオイラも知りたい。
「…ここで考えてもしょうがねぇ。とにかく、行ってみようぜ」

 オイラとデュランは、襲いかかってくる魔物共を蹴散らしながら
滝の洞窟を悲鳴が聞こえてきた方へと進んでいった。
もっとも、洞窟だから本当にこの方角でいいのかなんかわからないが。
 そんなことを考えながら歩いていると、広々とした空洞に出た。
細く今にも崩れてしまいそうな道の右側の崖からは、川が滝となってザーザー音を立てて流れ落ちている。
「キャーーー!! だれかーーーーーっ!!!!」
「!!」すぐ近くだ。
「でもどこにいるんだ? 悲鳴の主は……」
デュランが不思議そうに辺りを見回している。オイラも不思議だった。
今立っている道の他に人の通れそうなところはないのに、悲鳴は確かにこの近くからしたのだ。
「…やっぱり空耳か」「…うぅ…」
オイラとデュランはそのままその道を通り抜けようとした。
「みすてていくんでちか、このはくじょうもの! ひとごろしーー!!」
………空耳なんかじゃない!
「あ!!」
左側に、今にも落ちそうになりながらも必死に道にしがみついている少女がいたのだ!
「んだって…?」デュランの呆れたような呟きを背に、オイラは走り出していた。
「ほら、つかまって!!」
「うぅ、はやくはやく!!」
少女をなんとか道の上まで引っ張り上げた。見た目よりかなり重かった。
「ひゅー、たすかりまちた。あたちはシャルロット。このさきのうぇんでるにすむびしょうじょでち」
 …びしょうじょ?
オイラは少女…シャルロットの顔を見つめた。
大きな蒼い瞳にうっすらと涙を浮かべ、今にも泣きだしそうな表情だ。
しかし、好感の持てそうな愛らしい顔をしているだけで、それ以外は普通の少女だ。
「で、そのウェンデルの美少女がどうしてこんなところに?」
デュランがオイラの肩越しにシャルロットに訊ねている。
「だって…だって……」
シャルロットの瞳からぶわっと涙が溢れ出した。
…やっぱり普通の女の子だ。びしょうじょって、なんのことなのだろう?
「うぇんでるのしんかんヒースは、ぱぱもままもいないシャルロットにとてもやさしくしてくれる、
 すてきなこーせーねんでちた。そのヒースがあすとりあへちょうさにいくときいて、
 シャルロットはとてもいや〜なよかんがしたのでございまち……」
 はっと気が付くと、シャルロットは何やら喋り出していた。
どうやら、何故自分がこんなところにいるのかという説明らしい。
「……あんたしゃんがとおりがかってくれなかったらいまごろ…。
 うぅっ、なんてかわいそうなシャルロット………」
大きな瞳からぽろぽろ大粒の涙を流すシャルロット。
…何か、力になってあげられないだろうか。とりあえず、今オイラたちに出来そうなことは………
「俺たちもウェンデルの光の司祭に会いに行くところだから、送ってってやるよ。ついてきな!」
………デュランに先に言われてしまった。
「な〜んだ、あんたしゃん、うちのおじーちゃんにあいにいくとこだったんでちか!!」
「!?」
突然態度が変わった。さっきまで溢れていた涙もぴたっと瞬時にして止まってしまった。
「だったらシャルロットをたすけても、ばちはあたらんでちよ!
 こうみえてもシャルロットはひかりのしさいのおまごしゃんなんでちから!!」
…びしょうじょって、もしかして表情がコロコロ変わる女の子のことなのか?
「まぁ、でもここからウェンデルはめとはなのさきでちから、あんたしゃんのたすけはいりまちぇん。
 そっちこそまいごにならないよーに。それでは、ばいびー!!」
シャルロットは得意気に言い放つと、とっとと先に行ってしまった。

 オイラはしばらく何も言い出すことが出来なかった。もともと喋るのは苦手だし、
なにより、あのシャルロットの感情・態度の変わり様に戸惑ってしまっていたのだ。
「すげぇワガママなガキだな…ありゃ、絶対甘やかされてるぜ」
「う…ところで、びしょうじょって、ナニ?」
やっと動いてくれた口が発した言葉は、こんなマヌケなものだった、でも、ホントに分からないのだ。
「は? オマエ、そんなことも知らねぇのか?」
やっぱりあきれられた。「うぅっ…だって……」
「ま、しょうがねぇか…。美少女ってのはな、顔が可愛い女の子のことだよ。
 美しい女の人のことを美女っていうだろ? それと同じだよ」
「…びしょうじょ…」
あの愛らしい顔がそうなのか、と妙に納得してしまった。
「さて、ちょっと時間をムダにしちまったが、そろそろ行こうぜ。
 あのクソ生意気美少女の言った通りなら、さほどかからないハズだ」
「う、うん…」

 洞窟を進みながらも、オイラはさっきの「びしょうじょ」シャルロットのことが頭から離れなかった。
何故あの子はあんなに感情を外に出せるのだろう。泣いたと思ったら、すぐに笑ったり出来るのだろう。
それとも、あれはただ単に一時的なものに過ぎないのだろうか。
「おいケヴィン、どこ向いてんだよ!!」
「えっ……あ!!!」
  がつんっ!!
洞窟の壁に頭をぶつけてしまった。ずぅんとした痛みが頭だけでなく、体全体を走り抜けた。
「…うぅっ………」
「……ったく、何なんだオマエは……………」 

 光の神殿での出来事は、とても信じられることじゃなかった。
どうしてオイラがマナの聖域とかいうところに行って、マナの剣とかいうのを抜かなきゃならないんだ!?
オイラはただカールを生きかえらせたいだけなのに、どうして……。
 フェアリーが言うには、マナの剣を抜いてマナの女神様を目覚めさせることが出来れば願いが叶うって
いうけど、道のりは長そうだ。だって、世界を回って8人もの精霊を見つけなきゃいけないんだもん…。
「しかしまぁ、マゴムスメと似てないじいさんだったな」
デュランがこれからもオイラに協力してくれるのが救いだった。
オイラ一人じゃ、とても精霊を集め出すことなんか出来そうに無い。
「…あれ?」
不意に目の前の人影に気付き、オイラはそこへ走り出した。
「シャルロット…?」
シャルロットはオイラの顔を真剣そうな眼差しで見つめている。
「…シャルロットもついていくでち。おじいちゃんとあんたしゃんたちのはなしをきいたんでち。
 あんたしゃんたち、ただものじゃありまちぇんね?」口調も真剣そのものだ。
「そこであんたしゃんたちをみこんで、おねがいがあるんでち。
 さらわれたヒースをさがすのをてつだってほしいんでち!」
オイラは首を横にふった。
「だめだよ。キミみたいな子供がついてこれるような旅じゃない。
 ヒースさんなら、オイラたちが見つけてあげるから…」
するとシャルロットは何故か意地悪く笑い出した。
「!?」
「しゃっしゃっしゃ、あんたしゃんもシャルロットをガキんちょあつかいするんでちか。
 これでもシャルロットは15さいなんでちよ、もうすぐお・と・な!」
「げげっ! オイラとおないどし!? そんなバカな!」
 オイラは思わず大声で叫んでいた。
まさか、どう見ても子供なのに、性格も子供っぽいのに、
自分と全く同じ年月を生きてきたなんて、とても信じられない。
「…マジかよ…」デュランも信じられないといった様子だ。
「と、とにかく、ダメなものはダメだ! 光の司祭、とても心配してた。早くおじいちゃんのとこに帰りな!」
かなり乱暴な口調になってしまった。こうでもしないと、自分は彼女の同行を許してしまいそうだったから。
「………」
シャルロットの顔がみるみる泣き顔になっていく。
「ううっいじわる! シャルロットはこんなにヒースのことがしんぱいなんでち。これでも、だめでちか?」
泣きながらシャルロットは頭を下げた。…何か、自分が悪いことをしてしまったような気がする。
ただ恋人(?)のことを案ずる少女に、自分が今こうして涙を流させ、
終いには頭まで下げさせてしまっているのだ。…どうしたらいいのだろう。
「いや、ダメだ」
デュランが厳しい口調できっぱりと言い放った。
(デュラン…)オイラはデュランの顔をちらっと見た。
こんなガキに付き合ってられるか。その顔はあからさまにそう告げていた。
「ふん、もういいでちよーだ! バーカ、カーバ!!!」
シャルロットはとうとう怒り出してしまった。ホントに表情がコロコロと変わるコだなぁ…。
 滝の洞窟に入る前、そっと彼女の方を振り向いた。やっぱり気になったのだ。
シャルロットは下を向いたまま身動き一つしていない。
「…っく……ヒース………」
風に紛れて、悲痛な呟きが耳に届いた。
「いくぜケヴィン」「…うん……」
 旅の目的が一つ増えたことに、オイラはまだ気付いていなかった。

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