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月のマナストーンが安置されていると言われる、月読みの塔。
オイラの故郷月夜の森に建っているため、道中オイラは冷や汗をかきまくってしまった。
しかし、幸か不幸か獣人たちは月光を浴び、血に飢えた魔物と化していたため、
オイラを獣人王の息子ケヴィンだと認めるものはいなかった。そう、誰も………。
「死ね! 獣人めっ!!」
デュランが大きく剣を振りかざした。………オイラに向けて。
「デュ、デュラン! それケヴィンよ!!」「あっ!?」
デュランがマヌケな声を漏らす。よかった…振りおろす前に気付いてくれて。ありがとうアンジェラ。
「す、すまねぇ!!」
敵を全滅させ、変身を解いたオイラにデュランは何度も頭を下げてくる。
「…これで6回目」オイラはぼそっと呟いた。仲間に間違えられ、攻撃されそうになった回数だ。
「だってよ、まぎらわしいんだもんよ…どこもかしこも獣人だらけでよ………」
「私だってサ、魔法をケヴィンにかけそうになったこと何回もあるのよ?
もう、とっととこんな森出ちゃいましょうよ、月のマナストーンを見つけてさぁ?」
オイラも同感だ。このままじゃ仲間に殺されかねない。
「!?」
デュランが上を見上げた。
「見ろよ、あの塔! あれが月読みの塔ってヤツじゃねぇか?」
「多分そうだよ、行こう!!」
月読みの塔の側まで来ると、何者かが戦っているような音が聞こえてきた。
呪文を詠唱するような声、狼の遠吠え、何かが爆発したような爆音……。
「アルテナ兵だわ、また先回りされちゃったのね!」
「じゃあ、争ってる相手は獣人共か!」
敵同士で争ってくれてるのはオイラたちにとって幸運なのだろうが、どちらにも勝ってほしくない。
「どっちにも見つかるとヤバいな。戦いが終わるまで隠れてようぜ」
デュランの言葉にオイラとアンジェラは従った。
どうやら戦いに勝ったのは獣人らしい。塔の入り口にはアルテナ兵の死体がいくつも倒れていた。
そして、塔から森へと歩み去っていく一人の獣人の姿をオイラたちは茂みから見つけたのだ。
「アイツ……ジャドにいた獣人じゃねぇか?」
「そうよ。エラそうにジャドは占領したなんて言ってたヤツよ」
仲間のルガーについての印象を聞きながら、オイラは塔の入り口にもう一度目をやった。
…あの影は!?
オイラは反射的に茂みから飛び出し、入り口に見えた、道化師のような人物目指して走り出していた。
「おや、獣人王のボンクラ息子のお帰りかね?」
死を喰らう男はおかしな外見にそぐわない不気味な声でオイラに話しかけてきた。
不気味な声。不気味で邪悪な声。
…幽霊船のあの声!? いや、そんなことあるはずない!!
「お前、カールの命が戻るってウソついた!!」
許せなかった。獣人王とつるんで、カールを利用したコイツが。
「ふふ、今ごろ気付いても遅いのよ。まぁ、お前のようなバカほど魂の味も格別に美味い。
カールの魂もウルフにしちゃ上出来だったわよん!」
男の言葉が挑発だと気付いてはいた。しかし、それを堪えられるほどオイラは大人じゃない。
「キサマっ!!!」
オイラは男に掴み掛かった。
敵う相手じゃない。それも分かっていたのに。
男は何やら呪文を唱えている。
「闇の呪縛よ、わが敵を縛れ!!」
「っ!!?」
体が突然動かなくなった。オイラはたまらずその場に倒れ込む。
起き上がろうとしたが、体中が何かに縛りつけられているように軋み、思うように動かせない。
「くそ…っ! 体、動かない!」
なんとか出せた声も掠れている。
「アンタの魂も今すぐカールと同じところに送ってやるよ。ワタクシの腹の中にね!」
(ダメだ、殺られる!)
そう覚悟したときだった。
「待てよ!!」「待ちなさい!!」
仲間が来てくれた!
「何ヨアンタら。人の食事の邪魔をするとは許せませんね!」
コイツ、人なのか? そんな間抜けな疑問を頭から払いのけ、
オイラは何とか呪縛から逃れようと精神を集中させ、体中に力を込めはじめた。
「待て!!」
…また、聞きなれた声だ。男よりももっと聞きなれた声。
「森の中でケヴィンの姿を見かけたので戻ってきた。ケヴィンだけは、この手で倒す!!」
反論は許さないぞと言うように、ルガーは死を喰らう男を睨み付けた。
「ヒヒヒッ、どうぞご自由に…」
男は少し脅えたような様子で、塔の入り口まで駆けていった。逃げていったと言えるかもしれない。
今だ! とオイラは思い切って体を跳ね起こした。呪縛は少しだけ抵抗したがすぐにちぎれていった。
「ケヴィン!!」
「大丈夫!!」
仲間に答えた後、オイラはルガーへと目を移した。
「…ハアァ!!」
ルガーが獣人形態へと変身した。しかし、月はルガーだけのものじゃない。
オイラも空から降り注ぐ月光を全身に浴びた。体が熱くなっていく。力が湧いてくる。
オイラは月に向かって吠えた。獣人形態への変身が完了したのだ。
「いくぞ、ルガー!!」
ルガーとの戦いは、正直言って辛かった。彼は強力な格闘技でオイラたちに襲いかかってきた。
何度殺られそうになったか分からない。それでも、オイラはルガーに勝てた。
しかし、オイラには分かっていた。これはオイラの勝利じゃない。
デュランとアンジェラがいなかったら負けていたのは間違いなくオイラだったろう。
だから、オイラはルナに頼んでルガーを生まれ変わらせてもらった。
彼の望んだ通り、もう一度…今度は一対一で…オイラと戦えるように。
「こんなところに月のマナストーンがあったのね。こんなところに安置されていたから、
この塔を中心にこの森全体がずっと夜になってしまってるんだわ」
フェアリーが月のマナストーンを眺めながら言った。エネルギーは解放されていない。
「……さっきのヘンなピエロ男はどこに行ったんだ?」
デュランが塔の中にある扉が開かないのを確かめたあと呟いた。
それはオイラも気になっていることだった。この塔には男の邪悪な気配が少し残っている。
…幽霊船のあの感じに似た、凍りつくような気配。
「あの男、とても邪悪な気配がしたよ? でも、もうこの近くにはいないみたいね…」
「…………アイツも、マナの剣を狙ってる…」
アルテナの紅蓮の魔導師、ナバールの美獣、そして死を喰らう男。
世界中の混乱を影で操っている邪悪な者どもの、本当の目的は何も分からない。
だが、マナの剣を善なる目的で手に入れようとしているのではないのは分かる。
ヤツらの誰一人にも、剣を渡してはならないのだ。世界のためにも、自分たちのためにも。
(…ヒース……)
!?
また脳裏にシャルロットの姿が浮かんだ。彼女は、まだ泣いていた。
(………そして、シャルロットのためにも)
「この植物は月夜草ね。私の力で何とか出来そうですよ!」
ルナの美しい光が辺りを照らすと、道を覆っていた草がざぁっと端に避けていった。
「よし、行こう!」
月夜の森とは違った感じの神秘的な森の中を進んでいく。道の両端には大きな釣り鐘の形をした花が
所狭しと咲き乱れ、甘く優しい芳香で森の神秘さを一層醸し出している。
そんな時、雰囲気に合わない赤と青と黄色の物体が目の前に立ちはだかった。
信じられなかったが、物体の正体は……
「シャルロット!? どうしてここに!?」
「おや、これはみなしゃん! シャルロットはこれからでぃおーるのむらにいくところでち。
みなしゃんがはくじょーにもシャルロットちゃんをおいてけぼりにするもんでちから、
はらんばんじょーのだいぼーけんのすえ、ここにたどりついたんでち」
彼女の言葉に、オイラは胸を突かれた気がした。こんなか弱い少女に、苦しい思いをさせてしまった。
ただ、大切な人を想っているだけの、健気な少女に………。
「そうか…ごめんよ………」
オイラは頭を下げた。許してもらえるとは思わなかった。が…
「わかればいいんでち! なにしろ、たいほーにのるといういのちがけのだいぼーけんだったんでちから!」
…感傷的な気分が、一瞬にてどこかへと飛びさっていくのをオイラは感じた。
「なんだ、じゃあマイアまで船で渡って、ボン・ボヤジの大砲に乗っただけかよ…」
デュランが呆れたように呟いた。おそらく、オイラと同じ気分なのだろう。
「うっ、ま、そうともいうでち。それより、みなしゃんはどーしてここに?」
「オイラたち、ディオールの妖精王のところまで行くところ」
幾分気分が落ち着いたので、普通に答えることが出来た。
しかし、シャルロットはオイラの答えを聞くや否や、意地悪く笑いながら
「きっとあんたしゃんたちはたどりつけないでち! シャルロットはおじいちゃんから、
ちゃんとこのもりのひみつをおしえてもらったでちからね!!」
と得意気に言い放った。
「!! そ、それは!?」
「へへーん、おしえてなんかやんないでち!!」
シャルロットが走り去った森の奥を、オイラはしばらくぼおっと見つめていた。
やはり、許してはもらえないのだろうか。彼女は、自分たちを今も恨んでいるのだろうか。
冷静に考えれば、大砲だって決して安全なものとは言えないのに…。
「シャルロット…」オイラは知らずに呟いていた。
「どうしたんだよケヴィン!」
デュランがオイラの肩をぱんと叩いた。
「ほら、先に進むぞ。森の秘密だか何だか知らねぇけど、
ここでこのまま突っ立ってたって何もはじまらねぇぜ!!」
「う…うん……」
「あらぁ? ケヴィン君どぉしたの? 少し顔赤いわよ」
アンジェラがなぜか冷やかすようにオイラに言ってきた。
「えっ? ……カゼかな?」
体はだるくない。くしゃみも鼻水も、咳も出ない。でも、顔が少し熱っぽい。
「あら、ホントにそぉ?」
「うん…だって、前も引いたことある。すぐ治ったから大丈夫」
「ふぅん…」
アンジェラの意味ありげな笑みをちらりと見た後、
オイラはデュランに急かされるように、森の奥へと歩き出した。
しばらく歩くと、どこか聞き覚えのある悲鳴が耳を突いた。
「シャルロット!!!」
考えるより先に、オイラは走り出していた。
「シャルロット!!!!」
そこは少し道が広がって、広場みたいな感じになっていた。
帽子を押さえながら地面に伏せているシャルロットへオイラは駆け寄ろうとしたが、
彼女を取り囲んでいた魔物がオイラに気付き、目の前に立ちはだかった。
「ジャマだぁっ!!!」
オイラは無我夢中で戦った。暴れたと言ってもいいだろう。
少しケガを負ってしまったが、シャルロットを襲わせる時間を与えずに敵を全滅させることが出来た。
「シャルロット! 大丈夫か!?」
「うわあぁん!! こわかったでちぃ〜!!!」
シャルロットはオイラに飛びついてきた。やばい、ちょっと顔が熱っぽくなったかも。
「!?」
その瞬間、突然体中から力が抜けた。シャルロットに飛びつかれた衝撃で、ふっと後ろへ倒れてしまう。
「どうしたんでちか!?」
「…だ、だいじょうぶ……」
安心させるために言ったが、実際はかなり辛かった。
(カゼ…? いや、これは…)
魔物との戦いで負った傷口を見ると、不気味に青く変色している。
(毒だ…しまった……!)
そんなとき、シャルロットがオイラの傷口を見た。
「こりは…どくでちね! ちょっとまつでち!!」
そういうと、何か呪文のようなものを唱え出した。
「あたたかきひかりのあめよ、すべてのわざわいをあらいながせ!」
呪文が完成すると、オイラの体に、暖かく輝く滴が降り注いだ。
それがオイラの体に吸い込まれると同時に、腕の変色が消え、体に力が戻ってきた。
オイラは体を起こした。すっかり毒は抜けているようだった。
「だいじょうぶでちか?」
心配そうな顔だ。大きく蒼くぱっちりとした瞳が、不安そうな光を湛えている。
「もう大丈夫。ありがとう、シャルロット」
オイラはシャルロットに笑いかけた。とにかく、彼女を安心させたかった。
「……ホントでちか?」
「うん!」
「…よかったでち!!!」
そして、シャルロットは優しく微笑んだのだ。