「Wish Matrix」

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 朝オイラが目を覚ますと、崖の端っこに上へ上がる階段が出現していた。
死を喰らう男が幻術か何かで隠していたものが、奴の死…というか、敗北によって現れたものだろう。
 体についた草の切れ端を払いながらゆっくりと立ち上がる。体の調子は良好だ。
「ふわあぁ…」
空を見上げると、昨夜の月と星の代わりに、眩しく輝く太陽と純白の雲がオイラを出迎えてくれた。
「おはよーケヴィン♪」
後ろにアンジェラが立っていた。物凄く元気そうだ。何かいいことでもあったのだろうか。
「元気だね」
「エヘヘ、イイもの見る?」
アンジェラが面白そうに一方を指さした。その方向へ目を向けると……。
「…ぷっ!!!」
驚くより先にオイラは吹き出していた。
「……んだよ、うっせぇな朝っぱらから…」
「あははははははははは!!!!!!!!!」
オイラの笑い声に寝起きのデュランが疑問符を浮かべる。
「どうかしたのかよ…とうとうイカれちまったのか?」
「デュラン…か、かお……」
「顔?」
アンジェラから鏡を借り、デュランは自分の顔を覗き込んだ。
「げっ!!!!」
「私の化粧のウデはどう? 少しはキレイになったわよ♪」
…デュランの顔はおしろいで真っ白に塗りたくられ、頬と口唇は紅が差され真っ赤になっていたのだ。
アンジェラが彼が寝ているスキにいたずらしたということは言うまでもないだろう。
「アンジェラ、て、てめぇ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「きゃははっ、美白美白♪♪♪」
「待ちやがれーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
…昨日の競走はまだ決着がついていなかったらしい。
「あ、フェアリー、オイラはいたずらされてない?」
「大丈夫よ」
「ふぅ…」
何か物凄く安心してしまった。だって、あんな顔にされたところをもしシャルロットに見られたら……
「シャルロットがどうしたの?」
「!!!!!!!!!」
とたんに顔に熱がかぁーっと集まってしまった。きっと真っ赤になっているだろう。
「あらケヴィン、顔真っ赤よ。アンジェラにおしろい塗ってもらったら?」
「い、いいっ!」
逃げるように水場へと急行した。熱の原因は、多分また件のカゼだろう。でも、これってホントにカゼなのかな?
 
 水場ではデュランが必死になってじゃぶじゃぶと顔を洗っていた。
「…ったく、アンジェラのヤツ……」
「大丈夫?」
オイラはデュランの横にしゃがみ込んだ。デュランが水でびしょびしょの顔をオイラに向ける。
化粧はまだ少し残っているが、あらかた洗い落とされていた。
「ケヴィン? オマエもアンジェラにやられたのか?」
「ううん、ちょっと顔洗いたくて…」
水をすくって思いきり顔にばしゃっとかける。冷たくて気持ちいい。
…しかし、顔を流れ落ちる水滴はすぐに熱を帯び、いくら水をかけても顔のほてりはおさまらない。
「どうしよう………カゼだ」
「風邪?」
デュランがオイラの顔をじっと見つめた。
「…オマエ、もしかしてシャルロットのこと考えたりしたか?」
「えっ…!?」
 やばい、さらに悪化した。
オイラは次の瞬間、小川に顔を突っ込んでいた。こうでもしないと冷えそうにない。
「…ぷはっ!!」
ダメだ。すぐに熱が上がる。
「ムリだぜケヴィン」
再び顔を突っ込もうとしたら、デュランに制されてしまった。
「オマエの風邪、どうもただの風邪じゃないみてぇなんだ。普通の方法じゃ治らねぇ」
「え?」
デュランが複雑そうな表情を浮かべる。
「…アンジェラはそう言ってた。でもアイツのことだ。絶対に治療法なんか教えてくれねぇな」
そう言い残すと、デュランは立ち上がり、顔を布で拭いながら崖の方へと戻っていった。
「???」
オイラも後を追いかけるように慌ててデュランに続いた。
「待って、どうしてアンジェラ教えてくれないって?」
「アイツの性格考えてみろ」
……なるほど。と納得してしまった自分が少しイヤになった。
「お帰りー」
 フェアリーとアンジェラが笑ってオイラたちを出迎えた。
「今度あんなことしやがったら、奈落へ落としてやるからな!」
デュランが物凄い形相でアンジェラに詰め寄る。
「落とせるもんなら落としてみなさい。その前に私がアンタに隕石落としたげるけど?」
「お、やる気か、面白ぇ!」
デュランは背の大剣に手をかけ、アンジェラが呪文を詠唱しはじめた。
…まだケンカするつもりなのかこの二人は!?
「いいかげんにしてっ!!」
フェアリーとオイラの声が重なった。
「少しは現状を考えなさい! このまま仮面の道士を放っておいたら、世界は……!!」
いつにもなく必死なフェアリーの叱咤を受け、デュランもアンジェラもケンカを中断した。
「…わかったわよ。じゃあとっとと世界救って、続きやりましょ!」
「そうだな!」
……中断したかと思ったら、今度は仲良く荷物を背負って崖の階段を上がりはじめた。
一体この二人って何なのだろう?
「やっとやる気になってくれた……」フェアリーがふぅとため息をつく。
「オイラたちも行こう。デュランたちに負けてらんない」
 フェアリーがオイラの中に戻ったのを確かめた後、オイラも二人を追って階段を駆け上がりはじめた。

 崖の上に続いていた道を少し進むと、突然目の前に大きな城が現れた。
建てられてからかなり時間が経っているらしく、城壁にはつる草が絡みつき、床の石畳はヒビだらけだ。
修理もされていないところを見ると、人は誰も住んでいないのだろう。
 そして、廃墟と化した今、そこに何が棲みついているのかをオイラたちは知っている。
いや、知らなかったとしても、城の発する雰囲気でその正体に感づいていただろう。
邪悪な気。光ある世界には存在してはいけない命。
太陽さえもそれに怖れをなしたのか、城には一筋の光も差し込んでいない。
オイラたちもその禍々しい光景に圧倒され、しばらくその場から動くことが出来なかった。
「…ここが、ミラージュパレス………」
デュランの呻くような呟きが聞こえた。
「ここに、仮面の道士がいるのね…」アンジェラの声がそれに続く。
「そして………………ヒースさん」
つられるようにオイラの口も言葉を紡いだ。そうだ。ここにヒースさんがいるのだ。
しかし、こんな場所にまともな人間…しかも聖職者が住めるとは思えない。
……やはり、彼は仮面の道士に操られているのだ。
ここにシャルロットがいなくてよかった。彼女は、この残酷な真実には耐えられないだろうから。
「…行こう」
 恐怖心を唾と一緒に呑み込んで、オイラは一歩を踏み出した。
木漏れ日の世界から、薄暗い闇の世界へと足を踏み入れる。
瘴気のせいか空気まで邪悪に染まっているようだ。息をするのがこんなに苦しいなんて、初めてだ。
 城へと続いているらしい道を歩き続けると、門のようなものがオイラたちの前に立ちふさがった。
中央にドクロをあしらった飾りが付けられていて、この城の不気味さをよりいっそう醸し出している。
 思わず、オイラは立ち止まっていた。
イヤな予感。この城が…この城の主が、オイラたちの侵入を黙って許してくれるとは思っていない。
何かワナを仕掛けてあるだろうことはすぐにわかった。
恐ろしいのは、それがどのようなものか全然予測できないということだ。
「どうしたの、ケヴィン?」
「…イヤな感じ………気をつけよう」
「言われなくともわかってるわよ。早く行きましょ」
言うなり、アンジェラは無謀にも門をずかずかとくぐって行ってしまった。
「アンジェラっ!?」
「あんのバカ!!!」
オイラとデュランは顔色を変えて、アンジェラの後を追い、門へと飛び込んだ。
 一瞬視界が闇に閉ざされる。それと同時に、体が変な感覚に襲われた。…ワナか?
「デュラン、アンジェラ!?」闇の中にオイラの声が響き渡る。
「どうした、ケヴィン?」
すぐ側でデュランの声がする。少しだけほっとした。
「オイラたち、どうなっちゃうんだ?」
「…こうなったらしい」
「?」
 オイラは、いつの間にか自分たちが闇から抜け出ていることに気付いた。
そして、自分の目の前に広がる光景に思わず息を呑む…そこは、聖都ウェンデルの、光の神殿だったのだ。
「デュラン、ケヴィン!」
アンジェラがオイラたちに気付き走り寄ってきた。
「一体どういうことだこりゃ!?」
「私にもわからないわよ。ただ、これがワナだって事はわかる」
だから自分たちを待っていたのだとアンジェラは説明した。少し見直した…って言っちゃ悪いか。
「ワナか……まぁ、そりゃそうだよな」
デュランが後ろを振り返った。そこに、本来あったはずの扉はなかった。
「さすがミラージュパレスって言うだけあるな。幻がお客をおもてなしかい……ふざけんじゃねぇ」
最後の言葉に怒りを込めた後、デュランは赤い絨毯の上を歩き出した。
「幻だか孫の手だか知らねぇけど、来るなら堂々と来いってんだ!!」
「同感よ!!」
…二人ともかなり感情が高ぶっているらしい。まださっきのケンカが尾を引いているのだろうか。
なんか、このままだと二人そろって大暴れして、幻覚ごとこの城を破壊しちゃいそうだ。
もちろん、そんなことありえないと言い直してから、オイラも二人の後を追った。
「!!」
 突然二人の足が止まる。そして、その一瞬後には、オイラの足が止まっていた。
…前方に立つ人物の姿を認めたのだ。
「光の司祭!?」

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