「Wish Matrix」

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「さらばだ、デュラン…私は……お前……………」
「お、おい!!」
 オイラたちの目の前で、黒い騎士が不思議な言葉を残し、紅蓮の魔導師の亡骸と共に消滅していく。
「一体何だってんだよ、わかんねぇよ! お前は、俺の何なんだよっ!!」
デュランの絶叫が聖域に虚しくこだまする。
 まさか、こんなことになるとは思いもしなかった。マナの剣を無事手に入れることが出来たと思ったら、
フェアリーが「悪しき者」にさらわれてしまうなんて。
 仲間二人にも気付かせずにフェアリーをさらえる以上、敵が只者でないのはわかっていたが、
デュランがずっと追い続けていた紅蓮の魔導師も、その「悪しき者」にやられてしまったというのはショックだった。
コイツらでさえオイラたちの手に余っていたのに、それを赤子の手をひねるように倒してしまうなんて…。
「…俺は……目的を失っちまった………」
デュランはがっくりと肩を落とし、うなだれてしまっている。アンジェラが心配そうにデュランに歩み寄る。
 が、
「…ん、待てよ? 紅蓮の魔導師を倒したヤローを倒せば、俺がヤツよりも強いってことになるじゃねぇか!!」
「………」アンジェラはポカンと口を開けたまま動かなくなった。あっけにとられてしまったらしい。
「俺は最後まで行くぜ! そうと決まったら、善は急げだ!!」
「…うん、早く行こう。フェアリーが心配だ」
 聖域を駆け足で引き返すオイラたち。行きに見られたラビどもの影がなくなっているのは少しありがたかったが、
もしこれが、「悪しき者」の仕業だったとしたら……!
 そんなことを考えたとき、意外な人物が目の前に現れた。
「美獣……!」
オイラは反射的に美獣に殴りかかりそうになった。
しかし、彼女の背後の邪眼の伯爵の死体がそれを思いとどまらせた。
 ……コイツらでもない!
「もはや、我々の負けだ。黒の貴公子様は二度と戻らぬ……」
美獣は、自分たちの真の目的を淡々と語り始めた。もう叶うことのない願い、想いと共に。
「さらばだ……黒の貴公子様は、私の全てだった……………」
全てを話し終えた後、美獣は少し哀しげな…少し穏やかな声でそう残し、紅蓮の魔導師と同じように消えていった。
「………」
…彼女は、何のために戦ったのだろうか。何のためにナバールを支配し、ローラントを滅ぼし、
マナの剣を手に入れるべく、マナストーンのエネルギーを放出させたのだろうか。
 “何”を失った今、彼女は何も出来ずに…いや、何もしようとせずに、ただ消えていってしまった。
本当は、悪いヤツではなかったのかもしれない。
「……このこと、ホークアイに伝えた方がいいかしら…」
「…そうだな………」
「………………でも、紅蓮の魔導師でも、美獣でもなかったってことは…悪しき者って……!!!!!」
オイラは弾かれたように走り出した。一番肝心な…一番最悪なヤツが残っているじゃないか!!
これ以上あのエセピエロに、大切なものを奪われてなるものか!!!!
「急ごう! 犯人は、死を喰らう男だ!!」

 聖域の入り口には、二つの影があった。一つは見覚えのない青年だったが、もう一つは…
「死を喰らう男っ!!!」
ヤツの傍らには、フェアリーが倒れていた。気を失っているらしく、ぐったりとしている。
「フェアリーを返してほしければ、マナの剣を持ってビーストキングダムまで来るザマス!」
何がザマスだっ!
「待てっ!!」
しかし、死を喰らう男どもはフェアリーとともにフッと消えてしまった。
「くそおっ!!」
「ケヴィン!」デュランたちが後から走ってきた。
「アイツら、きっとマナの剣を抜けなかったんだ。だからケヴィンが抜くのを待って、フェアリーをさらったんだ!」
「どうするの、きっとワナよ!」
そんなこと、考える必要なんか無い。答えは初めから決まっている!
「わかってる。でもオイラ、フェアリーを見捨てることなんか出来ない!」
仲間たちの顔を見ると、嬉しそうにうなずいた。
「行こう、ビーストキングダムに! フェアリーを助けるんだ!!」
 女神からもらった太鼓を鳴らすと、翼あるものの父(?)フラミーが飛んできた。
その背にしがみつき、ビーストキングダムへと風を切る。
ビーストキングダム。オイラの生まれ故郷。そして全てが始まった場所。
(…カール……獣人王……………)
昔の記憶がよみがえる。
(あれから、ずいぶん経った…)
あのときはこんなことになるなんて夢にも思わなかったのに。
(………ヒース…)
 !?
突然のシャルロットの声に、オイラはある人物の姿を思い出した。
フェアリーがさらわれたとき、死を喰らう男の傍らにいた青年。
彼の纏っていたローブ…古びてはいたが、あれは間違いなくウェンデルの神官衣だった。
(まさか……)
「…ヒースさん………………?」
「ケヴィン?」
「………まさかね」

 ビーストキングダムの王城内で、死を喰らう男と例の青年、そしてフェアリーを見つけ出した。
しかし、フェアリーを人質に取られているオイラは男に逆らえないまま、マナの剣を奴に渡すしかなかった。
「これがマナの剣……やった……………………」男の不気味な声に、残酷な喜びが浮き出ている。
 が、
「…うっ、な、何ザマス!? うぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!!!!!!!!!!」
剣が男を拒むように閃光を発した。男は剣を手にしたまま、床へと倒れてしまう。
「やった、オマエみたいな邪悪な奴は、剣もイヤだってよ!!」
デュランがざまあみろとばかりに言い放つ。しかし…
「…愛は憎しみへ、光は闇へと裏返れ…万物の暗黒面を映し出せ………」
「!?」
フェアリーを見張っていた青年が不気味な呪文を唱えると、邪悪な魔力が男を包んだ。
そして次の瞬間、死を喰らう男はマナの剣を手に、悠々と立ち上がってしまったではないか!
「…マナの剣は使い手の心を写す鏡、使い手によっては光の剣にも、闇の剣にもなりうる…
 光と闇は表裏一体、常に光が正しいとは限らぬ……」
青年が物静かに喋り出した。深く暗く、どこか哀しげな声だった。
「私はウェンデルの光の司祭様に神官として仕えていたが、
 光の力では救うことの出来ない哀しみや苦しみ、憎しみがあるのだ………」
ウェンデルの光の司祭に神官として仕えていた……ということは!?
「マナの剣は仮面の道士様の強大な闇の御力により、
 人々に「死」をもたらし、「生」の苦しみから解放する剣となるだろう………」
青年の言葉が終わるや否や、死を喰らう男が剣をぶんぶん左右に振り回した。具合を確かめているらしい。
「…ウ、ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! これでマナの剣は我らがミラージュパレスのモノに!!」
「そんなのってアリ!?!?」
アンジェラの悲壮な叫びが響いた。
「一刻も早くマナの剣を使い、マナストーンから神獣を解放するのだ。私は先に戻って仮面の道士様に報告する」
青年の姿がかき消すように消え、オイラたちの前には死を喰らう男だけが残った。
「ウヒャヒャヒャヒャヒャ…マナストーンから神獣が解放されれば世界中の人々が死ぬ!
 見渡す限り死者の魂だらけ、まさに魂の食べ放題!! 今からヨダレが止まりませんね」
こいつに唾液腺があるとは驚いた。
「それまでになるべく腹を減らしておかなければなりませんから、アンタらの命はそれまでお預けにしときましょう。
 世界が滅ぼされる様を、その目でじっくり見るんだネ!」
「! 待てっ!!」
しかし、死を喰らう男もフッと消えてしまった。マナの剣を持ったまま。

「…そんな………」
オイラはがっくりとひざを落とした。
「…う……」
フェアリーが気がついたようだ。
「……みんな、ごめんね………私のせいで……」
「フェアリーのせいじゃない。それより、マナの剣が奪われてしまった!
 マナストーンから神獣が解放されてしまう! どうしたらいい!?」
「! もうはじまってしまったわ、様子を見せてあげる!」
フェアリーがオイラの体の中に入った。
(目を閉じて…)
 ……マナストーンにぴしぴしとひびが入りはじめた。そして、激しい力と轟音と共に砕け散ると、
中から恐ろしい…外見もその力も、おそらく中身も…異形のものが現れたのだ。
「…こいつらが、神獣………」
「…でも、まだ最終形態じゃないわ。今のうちに一匹ずつ倒せば望みはあるよ!」
「本当か!!」
「行きましょう、神獣のところへ!!」
 オイラたちは城の外へと走り出そうとした。が、突然デュランが足を止め、後ろの玉座の方を振り返った。
「どうしたのデュラン?」
「…獣人王に会ってみないか? ピエロどもについて何か知ってるかもしれねぇ」
「!!!!!!!!!」
ずっと神獣や死を喰らう男どもの事しか頭になかったからすっかり忘れてしまってた。
―まだカールの仇を討ってないじゃないか!!!
「ケヴィン!?」
「ちょっと、どうしたの!?」
仲間の声を無視し、オイラは玉座の後ろにあった隠し通路を駆け上がった。たった一つのことしか頭になかった。
「獣人王!!!!!」
 オイラの目の前に大きく丸い月が飛び込んできた。…そこは、屋上だったのだ。
「…何をいきりたっておる。お前はいつも早とちりをするからいかんのだぞ」
月を背に獣人王がゆっくりと威厳のある声で話しかけてきた。
しかし、普通の人ならひるんでしまいそうなそれも、オイラには何にも効果が無かった。
「キサマっ!!」
「お前は母親がいないせいか、すぐに弱さが表に出る。もっと冷静に相手を見て行動せい!」
オイラを諭してくれているのだろうか。何をいまさら…
「どういう意味だっ!」
オイラは獣人王に飛びかかろうとした。が……
「こういうことだ!!」
そのとき、獣人王の後ろから子供の狼が一匹、オイラに走り寄ってきた。
……まさかっ!?
「カ、カールっ!?」
カールはオイラの足元に嬉しそうにすりついた。
「…い、生きている。でも、どうして………?」
「死を喰らう男の術によって仮死状態になっていただけだ。
 それをお前は良く確かめもせずに埋めてしまいおって。可哀相に……」
「………」
オイラは何も反論できなかった。獣人王の言った通りだったからだ。
「…獣人王、ごめん……オイラ、アンタを誤解してた……………」
心の中からの謝罪だった。と同時に、自分のふがいなさが許せなかった。
「フン、かまわん。その方が好都合だったからな」
獣人王はそっけなく言うと、今までオイラに内緒にしていた事実を語り始めた。
母さんが死んでいたこと、人間界への侵攻は、獣人たちを自立させるための口実だったこと。
彼の話を聞きながら、オイラは旅立つときの、自分の言葉を思い出した。
 ――あんなヤツ、父さんじゃない!――
………父だった。充分すぎるほど父だった。不器用なだけの、息子想いの父親………。
 結局彼は死を喰らう男どものについて何も教えてはくれなかったが、
それに勝るとも劣らないものを得たのを、オイラは感じていた。

「何だよ、いいオヤジさんだったんじゃねぇか」
フラミーの背で、デュランがこう言ってきた。
「でも不器用なのね。全てにおいて、やることなすことが大げさすぎるわ。獣人を自立させるためとはいえ、
 人間界に侵攻し、ジャドやアストリアの人々を傷つけ、殺したことは許せそうもないわね」
「アルテナだって、フォルセナに侵攻してきたくせに。アルテナの魔導士も自立してなかったってのか?」
「! な、何よぉ!!」
「オマエのおふくろさんも不器用だったんじゃねぇか!」
「―――――――!!!!!!!!!!!!」
「や、やめてやめて!!!」
こんなところでケンカされちゃたまらない。
「…不器用、か………」
二人のケンカをおさめたあと、オイラは小さく呟いた。
(オイラの不器用さは、アンタ譲りだよ、獣人王…)
 不器用すぎて、自分をどう表現したらいいのかわからない。
それどころか、自分を完全に理解することすら出来ていない。
おそらく、自分を完全に理解出来ていないから、自分を上手く表現できないのだろう。
逆に言えば、自分を完全に理解することが出来れば、自分を上手く表現することが出来るのかも知れない。
シャルロットのように。
…!
 そうだ、思い出した。死を喰らう男の横にいた青年。彼がヒースさんに違いない。
でも、どうして死を喰らう男なんかの仲間に?
操られてるのだろうか。それとも……。
 …オイラはそれ以上そのことを考えるのをやめた。
とにかく、彼を救うためにも、今はまだ闘わなければならないのだ。

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