「Wish Matrix」

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 朝焼けの空に照らし出された、聖都ウェンデルの光の神殿。
大きく古い扉へと続く道をとぼとぼと歩く一人の少女は、何かを思い出したように橙色の空を見上げた。
「……ヒース…おじいちゃん……」
小さい口から言葉を零すと、少女は再び前を向き、神殿へと歩き始めた。
「………ただいま………………」
力ない声で帰りを告げ、やはり力ない足取りで祭壇へと向かう。
 ほんの数ヵ月前まで、そこには光が満ちあふれていた。
自分を育ててくれた祖父がいた。自分を温かく見守ってくれた人がいた。
…彼らと共に、この神殿から光は消えてしまった。
 再び光を取り戻したくて、自分は旅に出た。
滝から落ちたり、大砲に乗って打ち出されたり、魔物に襲われたり、苦難の一言で表すには過酷すぎる旅だった。
…それなのに、女神様は自分に微笑んではくれなかったのだ。
「みんなにめいわくかけちゃった…きっと、おこられちゃう………」
 そう呟いたとき、脳裏に一人の少年の姿が浮かんだ。
 事あるごとに自分を助けてくれた人だ。
確か名前は…ケヴィンとか仲間に呼ばれていた。
「…うっ…」
 胸が締めつけられるような気分に襲われた。罪悪感だった。
「どうしたんじゃシャルロット。そんな暗い顔なぞして」
「えっ!?」
 反射的に顔を上げる少女。
―そこには、不治の病に倒れてしまったはずの祖父の笑顔。
「おっ…おじいちゃん!?」
「心配掛けて済まんかった。……………シャルロット?」
「……………………」
 少女の瞳に、ぶわっと涙が湧き上がった。
「うっ…うわぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!」
 祖父に力一杯抱きつき、悲鳴にも聞こえる泣き声を上げる少女。
「シャルロット……」
 そんな孫娘をしっかりと抱きしめながら、祖父はゆっくりと言葉を紡いだ。
「…もう大丈夫じゃ。お前を二度と一人にはせんよ……」

「おじいちゃんのびょーきがなおったってことは、ヒースがもどってきたんでちね!」
 いくぶん気分を落ち着けたらしい少女は、祖父に顔を輝かせながら無邪気に訊ねた。
しかし、少女とは対照的に、祖父は顔を俯ける。
「…おじいちゃん? どうしたんでちか?」
「……シャルロット。すまぬがヒースは………もう、いないんじゃ」
「えっ!? どうして?」
「………」
 祖父は目を閉じて、少女にくるりと背を向けた。とても正視できない。そうその背は語っているようだった。
「…ある夜、ヒースが夢に現れたのじゃ」
「えっ!?」
「……そこで禁呪を使い、命と引き換えにワシの病気を……」
「…ど、どうしてっ!?」
「こんな老いぼれのために命を捨てるな…そう止めた。
 しかしヒースは、自分の魂が完全に闇に堕ちてしまう前に…死なせてくれ…出来ることをさせてくれ……と……」
むせび泣く声が小さく響いた。
「そ、そんなっ……ヒース……………」
 少女の瞳に再び涙が滲みはじめる。口元がひくひく吊り上がる。
「ヒース……どうして……」
「…すまぬシャルロット……ヒースを、救うことが出来なくて……………」
「…わぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
 祖父に背を向け、涙を零しながら走り去る少女。
かつて、彼女の目の前で、彼女の大切な人がさらわれたときのように。

「…そんなことがあったんだ…」
 シャルロットにヒースさんのことを伝えようと、オイラたちは聖都ウェンデルの光の神殿へと足を運んだ。
そこでオイラたちは、病気が治って元気…まだ辛そうだけど、まぁ前よりは元気になった光の司祭に会い、
彼が見た不思議な夢の話を教えられた。
「あのとき…ヒースさんが自ら命を絶ったのは、そういうわけがあったからなのね」
「どっちにしろ…ヒースを救けることは、出来なかったってことか……」
「………」
 何の慰めにもならなかった。光の司祭が助かったって知って、少しは元気が出たんだけど、
それも今の話を聞いて、どこかへ吹っ飛んでいってしまった。
 シャルロットはこの話を聞いて、何て思ったんだろう。
…ヒースさんを救えなかったオイラに、もう一度笑顔を見せてくれるのだろうか。
「…それで、シャルロットはどこにいるんだ?」
「多分二階のバルコニーじゃろう。いつも機嫌を損ねたとき、あそこで一人泣いておる…」
「よし、行こうぜ。………ケヴィン?」
「…オイラ、いい」
「どうして? 一番シャルロットに会いたがってたのは、ケヴィンじゃない」
「……」
 オイラはかぶりを振った。今シャルロットに会ったって、シャルロットがオイラに見せてくれるのは…
……涙だ。
「ヘンなヤツだな…まぁ今に限ったことじゃねぇけど」
「会いたくないっていうならムリに会うこともないわ。じゃあ、そろそろ帰りましょ」
 デュランとアンジェラが、一足先に出口へ歩き始めた。しかし、不意にその足音が止まる。
「……っ!?!?」
「ア、アンタは……っ!!!!」
「どうした、何があったん………な、なんとっ!!!!!」
 光の司祭まで驚きの声を上げている。一体何が……………
……え、ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 バルコニーは、朝焼けの過ぎた白い光に溢れていた。
赤い帽子を被った少女は、手すりに寄りかかって、その視線を薄青い空に泳がせていた。
「ヒース……」
 か細い声がそよ風に散る。
「どうして、どうしてしんじゃったでち………」
 胸がずきずき疼きはじめる。罪悪感だと気付いていた。
 あのときヒースがさらわれたのは、間違いなく自分のせいなのだ。
自分が、神殿を抜け出すなんて事をしなければ、ヒースは無事だったかもしれないのに。
さらに、あの優しい少年にも余計な迷惑を掛けずに済んだのに。
「…あたちのせい、なんでちね、ヒース………」
 ふっと目を細める。
「ゆるしてなんかいわないでち…」
 顔を手すりに重ねた腕にうずめる。
「でも……ごめんなしゃい………」
 謝罪の言葉を口にしたあと、次々といろんな人々の顔が頭に浮かんでは消えていった。
皆、旅の途中自分が出会い、手助けしてもらった…迷惑をかけてしまった人たちばかりだった。
 最後に、少年の顔が大きく浮かんだ。
「ケヴィンしゃん……ごめんなしゃい」
呟いた後、心に意外な言葉が浮かんできた。
「…ケヴィンしゃんは、あたちをゆるしてくれるでちか?」

  「シャルロット!」

「っ!?」
 突然の声に、シャルロットははっと顔を上げた。
シャルロットの目の前には、彼女の後ろの空と同じ色の神官衣を纏った、一人の青年が立っていたのだ。
「ヒ、ヒースっ!? どうしてっ!?!?!?!?!?!?!?」
「マナの女神様に救けられたんだよ!」
答えるヒースさんの瞳には、朝日のような優しい光が溢れていた。
「自ら命を絶って、暗い闇の中を漂っていたら、突然暖かい光が私を包み込んだんだ。
 そして、女神様がフェアリーだったときの命を、私に授けてくださったんだ。
 私は女神様に、身も心も救われたんだ…」
 ヒースさんが自分が救われたときの様子をシャルロットに説明している。
でも多分、シャルロットは聞いてないんじゃないかな………。
「……うっ……」
「泣かないでシャルロット。大丈夫、もうどこにもいかないから……」
「…うわあぁぁぁぁ!!!! びょえぇ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!」
 ヒースさんに抱きつき、声を張り上げて泣き喚くシャルロット。
何でだろう。オイラ、シャルロットが泣くのは見たくなかったはずなのに、
何故か今のシャルロットは、見てて全然イヤな気がしない。
「感動の再会だな」
「全く。こっちまで泣けてきちゃうわ」
 オイラの後ろでアンジェラがぐずっと言った。
…あれ、オイラの目にも、なんか溢れてきた…………。

 シャルロットが泣きやんだのは、すっかり日が高くなった頃だった。
「ヒースがおじいちゃんをたすけてくれたんでちってね。どうもありがとうでち!」
「へぇ、シャルロットにお礼を言われるなんてなぁ…」
 ちょっと照れたようなヒースさん。今まで見てきたヒースさんとは全然違うもんだから、
デュランとアンジェラは物陰でぷっと吹き出してたみたい。オイラもだけど。
「でもシャルロット、お礼ならあそこにいる人たちに言いなよ」
 あれ? ヒースさん、なんかオイラたちが隠れてる方を指差した。
「ほえ?」
「マナの女神様が、こんなことも仰ってたんだ。
 私が貴方に命を与えたのは、私の宿主が貴方の無事を強く望んだからでもあるんです…って」

  えっ?

「????」
「ほら、言ってきなよシャルロット」
 ヒースさんは微笑んだ。
「う、うん……」
 訝しげにオイラたちの方へ歩いてくるシャルロット。
なんか…恥ずかしいなぁ、顔合わせるの。後ろ向いてしゃがんでよう。
「あ! あんたしゃんたちは!!!!」
「よ、久しぶりだなシャルロット!」
「元気にしてた?」
「あんたしゃんたちなんでちか? ヒースをたすけてくれたのは!?」
「いいや、俺でもアンジェラでもないぜ」
 ? 何言うんだデュラン?
「あそこで後ろ向いてしゃがんでるボウヤのおかげなのよ」
 ア、アンジェラまで何を…!
「ほらケヴィン、顔上げて。小さなお姫様のお出ましよ」
「ほらほら王子様、それじゃお姫様に失礼だぜ」
「わったった……」
 半ば強引にシャルロットの前につまみ出されたオイラ。
シャルロットは、そんなオイラを大きく蒼い目でじっと見つめてくる。
……やっぱり、恥ずかしい。
「ケヴィンしゃん……」
「…な、なにシャルロット………」
「ありがとうでち!!!」

 …今までいろいろ苦しんだり、泣いたり、あきらめかけたりしてきたけど、
シャルロットの笑顔を見ると、そんなこと大したことじゃなかったような気がしてくる。
なんか…やっと報われたって感じがしてきた。
 そりゃそっか。オイラ、今までこれのために頑張ってきたんだから。
「シャルロット…、オイラ………」
「あんたしゃんはえらいでち! シャルロットのこぶんにしてあげるでちよ!!」
「…は?」
 シャルロットの顔は、いつもの得意気なものに変わっていた。
「めーよあるしょーごーなんでちから、もっとうれしそうなかおするでち!!」
「………」
 後ろから笑い声がいくつか聞こえてきた。この声はデュランとアンジェラともう一人…
って、なんかヒースさんまで忍び笑いしてない?
「ほらほらどうしたでち、シャルロットのゆーことがきけないんでちか?」
「………」
 まぁ、いっか。

FIN.

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