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…闇が溢れてゆく。
引き裂かれた悲しい空が、月も星もない夜に染まってゆく。
そしてそれと同時に、転送か幻覚かどちらかは分からないが
広間にかかっていた魔力が消え、オイラたちは再び、元いた王座の部屋へと戻ってきていた。
「………」
オイラは自分の足元を見下ろした。そこには黒く染まってしまった神官衣を纏った青年が一人。
「ヒースさん……」
無駄とは思いながらも、オイラはヒースさんの様子を確かめた。
「……うっ……………」
生きている!?
「ヒースさん!」
オイラはヒースさんの体を強く揺さぶった。その体は冷えきっていて、
死体と同じような気持ち悪い手触りだったが、それでもオイラは疲れているはずの手を休めなかった。
「……ここ…は………?」
うっすらとヒースさんの目が開く。それはさっきまでのような暗闇ではなく、優しい光に満ちていた。
「ヒースさん! 大丈夫か!!」
「……君は…………うっ」
上半身を起こそうとした瞬間、ヒースさんはゲホゲホと咳込んでしまう。
辺りにどす黒い血が飛び散った。
「! しっかりして!!」
オイラは気力を振り絞って回復魔法を唱えようとする。しかし…
「……大丈夫だ…私のことは、気にしないでくれ…」
「ヒースさん、喋っちゃダメ! 今回復魔法を掛けるから、じっとして!」
「いいんだ……それより、早く…仮面の道士を追って………」
「でも!」と叫びかけたオイラを、アンジェラがたしなめた。
「よしなさいケヴィン。本人がいいって言ってるんだし……それに…」
そう囁くアンジェラは、どこか悲しげに見えた。でも、それにって何なのだろう?
「…仮面の道士ってのは、一体何者なんだ?」
デュランの質問に、ヒースさんは一瞬沈黙した。しかし、すぐに顔を上げると、言葉を紡ぎはじめた。
ヒースさんにとって、オイラたちにとって、そしてシャルロットにとって、あまりに残酷すぎる真実を。
「……ウソだ」
ヒースさんの話を聞き終えた後、オイラは無意識のうちに呟いていた。
まさか仮面の道士がヒースさんのお父さんだったなんて、誰が信じられる?
さらに…アイツは自分だけならまだしも、実の息子であるヒースさんまでも………………………。
「これは事実なんだ、ケヴィン君……私がもう、父と同じように異形の存在であることも……」
ヒースさんはそう言って、瞳を閉じた。かすかに光るものが滲み出てくる。
「このままでは再び闇に堕ちる…チャンスは、今しかない……………………」
決心するように呟くと、ヒースさんは何かの呪文を唱え始めた。
この呪文はどこか聞いたことがある………アンジェラがよく使っていた、光の攻撃魔法!?
「何をするんだっ!?」
「このままでは、再び私は奴の魔力に屈してしまう……そうなる前に、命を絶つんだ」
「そんなっ! せっかく元に戻ったのに!!」
――やっとシャルロットとの約束を守れたと思ったのに!!
「ヒースさんっ!!!」
オイラはヒースさんを止めようと手を伸ばした。しかし、後ろからデュランたちに体を抑えられ…
「放せ!!!」
「ダメよケヴィン! 本当に彼を救けたいって思うなら、このまま死なせてあげなさい!!」
「イヤだ! 放せこのっ!!!」
「このままだと、またコイツはトチ狂っちまうんだぜ!
本人がそれはイヤだっつってんだ、なのにオマエは邪魔する気なのかよケヴィン!!」
「違う! そうじゃない! オイラは、オイラは…っ!!!」
オイラは必死に戒めをほどこうと暴れた。暴れて、暴れて、とにかく無我夢中で暴れまくった。
でも、ようやくデュランたちから逃れられたときには、ヒースさんは…
「…聖なる光よ、邪悪を浄化し、世界に秩序を!!」
はっきりとした声と共に、ミラージュパレスに真っ白な光が満ちた。
「ヒースさんっ!!!!」
「…シャルロットに伝えてくれ……強く生きるんだよって……」
「ヒースさんーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(ヒース)
柔らかな光の立ちこめる花畑で、一人の少女がヒースさんに笑いかけている。
(どこにもいかないで、ずっとそばにいて)
しかし、ヒースさんが少女に答えようとした次の瞬間、彼の体は光に包まれ、消滅してしまう。
(ヒース…っ!?)
少女は今にも泣きだしそうな顔と声で、花畑を駆け回る。
(ヒース? どこにいったの!?)
何度も、何度も、返事のない問いかけを続けながら。
(ヒース……)
しばらくすると、少女は走り疲れたように足を止めた。
そして、ゆっくりとオイラの方を向いて…
(ヒースをかえせーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!)
オイラははっと目を開いた。
「…ゆめ……」
体中汗でべっとりしている。汗臭いのには慣れているはずなのに、なぜか気持ちが悪い。
「大丈夫か、ケヴィン…?」
横からデュランが心配そうな顔で覗き込んでくる。
「…うん、なんとか」
とりあえずそう言ったものの、実は全身ぐったりしていてあまり大丈夫じゃない。
ここはフラミーの背中の上。行き先はマナの聖域。
ミラージュパレスを出てすぐに仮面の道士を追うべく出発したんだけど、
どうもオイラ疲れてたみたいで、うたた寝しちゃってたみたいだ。
実は、あの夢の最後の追い打ちの方が遥かに辛かったんだけどね。
(シャルロット…)
夢なのに、はっきりと思い出せる。
オイラの方を向いて叫んだ彼女の表情。
あの怒り、悲しみ、絶望、そして憎しみに満ちた叫び声。
頬をつたっていた涙の雫まではっきりと脳裏に焼きついていた。
(ごめん…ヒースさんを、救けられなくて)
ヒースさんが自分の命を絶ったことに関しては、仕方がなかったんだという思いもあるが
それより、もっと他の方法があったのではないかという思いの方が遥かに強い。
(……シャルロットに何と言えばいいんだろう)
見つからなかったと嘘をつくか、それとも死んでしまったと正直に告白するか。
…どちらにしろシャルロットにとって残酷なのに変わりないじゃないか。
(……オイラ)
一体何のために、今ここにいるんだろう。
――仮面の道士を倒し、マナの女神様をお助けして、世界を闇から救うため。
確かに答えはそうだ。…でも、何かが足りない気がする。
ううん、足りないんじゃない。なんか、今まであった大きな何かが、消えて無くなっちゃったみたいな……。
「……見えてきたぜ」
デュランが前を指差した。
「聖域の扉……」
マナの減少のせいか、それとも仮面の道士の仕業か、前見たときよりも明らかに扉は小さくなっている。
「突入するわよ、しっかりしがみついて!」
アンジェラの声とほぼ同時に、オイラの視界は虹色の光で満たされた。
(…何かが、足りない……)
扉の放つ七色の光も、フラミーの羽根の温かさも、デュランも、アンジェラも、何一つ変わっていない。
なのに、何かが消えてなくなっていた。オイラにはわかる。
でないと、このポッカリ穴が開いたようなヘンな気持ちの説明が出来ない。
(…ヒースさんを救けられなかったからかな……)
それが一番答えに近いと思う。前と違うことは、ヒースさんを救けるって目的があるかないかだけだったから。
(……でも………)
どこか、違う。
「ケヴィン! 見ろよ!!」
「えっ………?」
慌てて下を覗き込む……な、何だコレ!?
赤茶けた地面に枯れた草木、黒く濁った川にところどころに蠢く黒い影。
マナの聖域って、こんなところだったっけ……???
「デュラン、コレどうなってるの!?」
「俺が訊きてぇよ! …まぁ十中八九お面ヤローの仕業に違いねぇだろうぜ」
聖域の荒廃は目に余るものだった。
ありとあらゆる生命は死に絶え、少し足元を向くと、蝶や小鳥の死骸が目に飛び込んでくる。
前に来たときにはかろうじて面影と留めていた建物も、無残な瓦礫にその姿を変えていた。
さらに次から次へと黒い影の魔物が湧いては襲いかかって来る。
はじめてここに来たとき、ここはラビが跳びはね小鳥がさえずり、澄んだ小川の流れる美しいところだった。
クラスチェンジをするために来たときは、かなり荒れてはいたけど、それでも多少は面影が残っていた。
…今はもう、以前の面影はない。
「かろうじて無事だったな…」
祭壇に置かれた金の女神像を見つけたときに、デュランが安堵したように呟いた。
「全くそうよね。これで女神像まで壊されてたらどうなるかと思ったわ」
影の魔物は強かった。次から次へとその姿を変え、オイラたちに襲いかかってくる。
中にはオイラたちに化けてくるヤツもいて、危うく同士打ちになるところだった。
だから、オイラも金の女神像が無事だったのはすごく嬉しい。
ボロボロの状態で仮面の道士に挑むことはなんとか避けられたから。
……でも。
「よっし、行くぜ!!」
「えぇ!!」
デュランとアンジェラの後について歩きながら、
オイラは仮面の道士と相まみえる前までに、失くした何かをはっきりさせなければと思っていた。
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