「Wish Matrix」

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 枯れ草を踏み分け、崩れかけた床石を飛び越え、オイラたちはひたすら走った。
もう少しでマナの樹に辿り着く。
――あとちょっと、ちょっとなんだ。頼む…どうか間に合ってくれ!
 頭が一つの考えに満ちていくに従って、耳には自分の足音しか入らなくなっていく。
…そのせいかもしれない。巨大な魔力によって爆発し、ゆっくりと崩れ落ちてゆくマナの樹の姿を
しばらく信じることが出来なかったのは………。

「くっくっく…残念だったな。マナの女神はたった今、死んだよ………」
 その残酷な言葉。
「……はぁ…はぁっ……なんてことを……………!」
 荒く息をつき、よろめきながら仮面の道士を睨み付けるフェアリー。
「苦しいようだな…無理もない。フェアリーはマナの樹を守るために生み出された存在。
 マナの樹が失われた今、役割の失われたフェアリーも共に死ぬしかない。
 …だが安心せい。このワシがお前を蘇らせ、ワシを守るという役目を与えてやろう!」
 仮面の上げる、ぞっとするような高笑い。
「くっ……そんなこと、させないっ!!!」
 放たれた矢のように仮面の道士に飛びかかり、
しかしあっさりと薙ぎ払われ、地面に叩き付けられて動かなくなってしまったフェアリー。
「フェアリーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
 仲間の絶叫。
 起こった全てがゆっくりと、しかし確実にオイラを現実へと引き戻していった。
「さぁ、お前たちも後を追うが良い!」
 そしてやっと現実を直視できたオイラを出迎えた、全身を貫く強烈な痛み……。

 オイラは地面に手をついてなんとか起き上がろうとした。
でも、起き上がるどころか腕を動かすことすら出来ない。
いや…そもそも、ここには手をつくべき地面が存在しなかった。
いつの間にか、オイラたちは仮面の道士の作り出した亜空間へ飛ばされていたのだ。
「フハハハハハハハハハハハハハハハ………」
 高笑いが響く。目の前にはおとぎ話に出てくるような死神を連想させる、不気味な骸骨。
禁呪の力によって究極の不死者と化した、仮面の道士の真の姿なのだろう。
全身から邪悪な気を発するその姿に、オイラは刹那、死を予感してしまう。
 …ここでやられてしまうのか!?

  (だいじょうぶでちか?)

!?

 突然現れたシャルロットの心配そうな顔が、オイラを覗き込んでいる。
幻覚? いや違う。前にこんなことがあった。
ディオールに行く途中、魔物との闘いで毒を受けてしまったオイラをシャルロットは治してくれたんだ。
それで、確かこのあとシャルロットは………………………―――――――
 …ここで死んでいいのか!?

嫌だ!

 自分の意識に浮かんだ問いに即答したそのとき、不意に辺りを暖かい光が包み込んだ。
「!? …こ、これは!?」
 骸骨の高笑いが驚愕する声に取って代わられる。
 (そこまでよ! 例えマナの剣が失われたって、『希望』という名のマナの剣は失われはしない!)

『希望』……?

 (さぁ立って、ケヴィン! デュラン! アンジェラ! 『希望』はみんなの胸の中にある! 負けないで!!)

 フェアリーの声が頭の中に響いたと思ったときには、すでにオイラは立ち上がっていた。
体を蝕んでいた痛みと疲れは嘘のように取れていた。フェアリーが最後の力を振り絞って回復させてくれたのか。
「『希望』…」
 聞き慣れたようで新鮮な響きを持つ言葉。
 何かよく分からないけど、闘えるような気がしてきた。
ぽっかりと穴の開いた部分が、ゆっくりと埋まっていくような…。
――もしかしたら。
 オイラが失くしてしまったものは、まさしくそれだったのかもしれない。

 思えばずっと、オイラは何かのために闘い続けていた。
はじめはカールを生き返らせるため。次はヒースさんを救け出すため。
絶対に叶えてやるんだって誓ってた。だからどんなに辛くても諦めなかった。
……『希望』を、失わなかった。
 でも、それは失くなってしまった。
カールは生きていることが分かった。ヒースさんを救けることは出来なかった。
…『希望』を信じてまで、闘い続ける理由が失くなってたんだ。
――じゃあ、今オイラは何のために、『希望』を信じて闘おうとしてるんだ?
 フェアリーの仇を討つため? デュランやアンジェラ、父さんやカールを守るため?
…ううん、それも間違いじゃないけど、違う。
 やっとわかった。ホントは認めようとしなかっただけで、とっくにわかってたのかもしれないけど。
どうしてオイラ、あんなにヒースさんを救けようと躍起になって闘ってたのか。
 オイラがずっと、心の奥底で想ってきたもの。
 太陽のようにとても明るく輝いていて、まさしく『希望』という言葉がぴったりのもの……―――

  (…よかったでち!!!)

…全部、シャルロットと、シャルロットの笑顔のためだったんだ。

「デュラン! アンジェラ!!」
 クローを手にはめながら、オイラは仲間を振り返った。
「大丈夫だケヴィン! オマエもだろ、アンジェラ!!」
「もちろんよ! さぁ、最後の闘いね! 思う存分暴れまくりましょ!!」
「ついでにフェアリーの仇討ちだな!」
 安心した。デュランやアンジェラはいつもと全く変わってない。
でも、“ついで”にフェアリーの仇討ちって、ちょっと冷たいんじゃないか?
…まぁ、オイラも他人の事は言えないんだけどね。
「『希望』だと? フハハハハハ! そんなものにワシが負けるものか!」
「オイラたちは負けない! 貴様なんかに負けてたまるか!!」
 叫びながら、オイラは仮面の道士に飛びかかった。
「俺たちをなめたことを、奈落の底で後悔させてやるぜ!!」
「私の魔法の恐ろしさを思い知りなさい!!」
 続くようにデュランが剣を構えて突進し、アンジェラが呪文を唱えはじめた。
…最後の闘いがはじまったのだ。

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