「Wish Matrix」

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 光の司祭らしき人物は、ゆっくりとオイラたちを振り返り、穏やかな笑みを浮かべた。
しかし、どこかおかしい。
「おぉ、みんな無事だったか、よかった…」
喜びを語る声もどこか違和感があるのを否めない。第一、光の司祭は禁呪の呪いで倒れてしまっているハズだ!
これは間違いなく幻覚、仮面の道士がオイラたちに仕掛けたワナだ。
そう感づくなり、オイラは司祭に気付かれないようにそっとクローを右手にはめた。
「どうしてよかったの?」
アンジェラが少し不敵に笑いながら司祭に訊ねた。何気なく後ろに組まれた手には、しっかりと杖が握られている。
「…何故なら、私たちが殺す楽しみが残っていたからな! お前たちはここで死ね!!」
 そのとたん、司祭の姿がぐにゃりと歪み、魔物の姿に変わっていった。
それと同時に、オイラたちを取り囲むようにいくつもの魔物の影が。
「やっぱりワナか!!」デュランが素早く剣を抜き放った。同時にアンジェラも呪文を詠唱し始める。
「歓迎するぜ、俺は今無性に暴れたくてしょうがねぇんだ!!」
やっぱりさっきのことでムシャクシャしてたのかデュランは!
「闇に封じられし太古の力よ、今こそその姿を現し、全てを破壊しつくすがいい!!」
 アンジェラの呪文が完成した。天井を突き抜けて天から無数の隕石が降り注ぐ。
その衝撃は、魔物どもと一緒に幻覚も破壊してしまいそうなほどだ。
実際、アンジェラの今の魔法でオイラたちを囲んでいた魔物のほとんどは燃え尽き、灰と化してしまっていた。
その魔法に耐えることの出来た魔物も、せっかく拾えたその命を、次の瞬間デュランの残酷な刃に奪われていた。
………オイラの出る幕がないじゃないか。
「ちくしょうやりやがったなアンジェラ! 俺の分が残ってなかったじゃねぇかぁ!!」
「アンタがぐずぐずしてるのが悪いのよ!」
「んな、何をっ!!」
まだ暴れ足りないのか!?
  ぎぎぎぎぎ………
「…?」
 扉の開くような音にオイラは振り向いた。
見ると、今まで何もなかった壁に扉が一つ現れている。出口か、さらなるワナか……。
「ちょ、ちょっと! 出口みたいなのがある!!」
 オイラは二人を仲介し、思い切って扉をくぐった。
再び視界は闇に閉ざされ、体が変な感覚に襲われる。そして、それが消えたとき……
「……………!」

 オイラは息を呑んだ。目の前に広がっているのは、オイラたち人間が、
いや、命ある存在がいてはいけない場所。蒼然とそびえ立つ死者の都だった。
 枯れ朽ちた木々の根元からは、白骨が虚ろな眼窩でオイラたちを眺め、
宮殿の中や離れへと続く石床の先に蠢くのは、腐った肉体から骨をのぞかせている不死生物や、
それらを操る死人使い、死んで生まれてくるという悪魔どもの姿。
 死臭の漂う空気は冷たく、オイラたちの侵入を拒んでいるのか、それとも、
ここに足を踏み入れてしまった生者は、ここの住人に…死者になるしかない、と語りかけているかのようだ。
 …この雰囲気、どこかで感じたことがあるような……
「ケヴィン?」
「!」
過剰に反応してしまった。
「どうしたんだよ。ほら、行くぜ!」
「う、うん…」
 デュランとアンジェラの後について歩きながら、オイラは必死に雰囲気を思い出そうとしていた。
生者は決して訪れてはならない亡者の世界………
………幽霊船!?
「しっかし悪趣味な中庭だな」
「アンタと似たようなもんでしょ」
「な、それを言うならオマエこそ!」
オイラも二人の意見に同感だ。宮殿の中庭と思われる広場の中心には不気味なドクロの像がそびえ立ち、
それを囲むように8つの水晶球が置かれ、その先には道が7本伸びている。
そして、オイラたちが歩いてきた道の側にある球は青白い光を発していた。何かの呪術か結界なのだろうか。
 宮殿へと続いている道は途中で途切れていて、このまま他の道を無視して進むことは出来そうにない。
「どうする、デュラン、アン……」二人を振り返った瞬間、オイラは硬直した。
何と二人は不死生物どもを巻き添えにして、ケンカ…というより、決闘を演じていたのだ!
「大地噴出剣!!」
デュランの大剣が地面に突き立てられると同時に、一体どこに火山があるのか、
溶岩が噴水のように勢いよく噴き出し、不死生物ごとアンジェラを襲う。
 しかしアンジェラも負けていない。
次から次へと溢れ出す溶岩をひょいひょいかわしながら呪文の詠唱を続けている。
「紅蓮の精霊の怒りよ、つぶてとなり、我が敵を燃やし尽くせ!!」
 アンジェラが高らかに呪文を唱えると、杖先から無数の火球が飛びかった。
デュランの一撃を受けほとんど死に…滅びかかっていた魔物は、アンジェラの魔法で完全に滅ぼされていく。
肝心のデュランはというと、向かってくる火球を大剣で軽々と払いのけていた。
「やるわね!」
「オマエこそ!」
 今度は肉弾戦へとなだれこむつもりなのか、デュランは剣を、アンジェラは杖を構え、その場に静止した。
「でやあぁぁぁぁ!!!」
「たあぁぁぁぁぁ!!!」
 気合の声と共に両者が同時に斬り込む。……危険だけど、止められるのはこれしかない!
オイラは素早く二人の間に割り込み右手のクローでデュランの剣を受け、左手でアンジェラの杖を掴む。
「っ!」
クローを通じて衝撃が右腕を走り、左手が物凄い痛みに襲われる。
「邪魔するなっ!」「邪魔しないでっ!」
まだそんなこと言ってるのか!?
「いいかげんにしなさいっ!!!!!!!」
 フェアリーもしびれをきらしたらしい……きらさない方がおかしいか。
「大体二人とも、ケンカは世界を救ってからって言ってたじゃないの!!!」
「あ、そういえばそうだったな。すっかり忘れてたぜ。ははははは」
笑いごとじゃないっ!!!!!
「だったらこんなことしてないで、早く行きましょうよ。そうでしょ、ケヴィン!」
「うん……うっ!?」
「ケヴィン!?」
 …や、やばい。
両腕を少しでも動かすと、まるで電流でも流されているような痛みが全身を走り抜ける。
これじゃあしばらく戦えそうもない…。
「どうしたんだ。ほら早く行こうぜ!」
デュランがオイラの右手を掴んで強引に引っ張った。
「ぎゃあぁっ!!!!」
全身を強烈な痛みが貫き、思わずオイラは地面に倒れ込んでしまった。
さらに悪いことに、意識まで朦朧としてきたみたいだ…。
「お、おいケヴィン!!」
 ………何か、情けない。
そう自分で自分をあざ笑ったあと、オイラは死の国でもありそうな深い闇の中に落ちていった。

 闇の中に、人が一人立っていた。子供用の僧衣に身を包んだ、小さい女のコ。
赤く大きな帽子から、金色の長くカールした髪がのぞいている。
(シャルロット)
 シャルロットはゆっくりと、オイラの方を振り向いた。
………泣いていた。
「ヒース……」
悲痛な声が闇に響く。
「…おじいちゃん…ぱぱ、まま……………」
 ふらふらとどこかへと歩き出すシャルロットを、オイラは追いかけようとした。
…体が動かない!? そういえば、体の感覚が全然ない…オイラ、一体どうしちゃったんだ!?!?
  どしっ
 シャルロットが何かにぶつかった。
上を見上げたシャルロットの前には、空色の神官衣を纏った一人の青年。
…死を喰らう男と一緒にいた、あの人だ。
「ヒース!」
シャルロットの顔が喜びに輝く。それを見て、青年…ヒースさんはにこりと穏やかに笑った。
…違う。死を喰らう男と一緒にいたあの人じゃない。姿形は全く同じだけど、全然違う。
この人が、本当の…シャルロットが求めている、ヒースさんなんだ。
 オイラがそう思ったときだった。
「!?」
突然辺りの雰囲気が変わった。何故そう感じたかはわからないが、何かこう…不安な感じだ。
「…ヒース?」
シャルロットが再びヒースさんを見上げる。
 ヒースさんは笑ったままだった。……いや、違う。
この邪悪な気。生きている人間には存在しない力。その憎しみの奥に見え隠れる、哀しみ、嘆きのような何か…
………死を喰らう男と一緒にいた、あのヒースさんだ!
 オイラがそう確信した瞬間、シャルロットとヒースさんの周りに、無数の不死生物が出現した。
「!!」
シャルロットの愛らしい顔が驚きと恐怖に歪む。
「ヒースっ! たすけてっ!!」
シャルロットがヒースさんにしがみついた。ヒースさんは左手で彼女を優しく包みながら、
右手をゆっくりと天に掲げるように上げる。そこには、一振りの剣が。
(マナの剣!?)
そして次の刹那、マナの剣はシャルロットに向け、勢いよく振りおろされた!!
「や、やめろぉっ!!!!!!」

 オイラは上半身をがばっと起こした。…そこは、ミラージュパレスの中庭だった。
「気がついた、ケヴィン?」フェアリーが飛んできた。
「オイラ……あれ?」
「デュランとアンジェラの一撃を同時に受けるなんて、無茶するからよ」
…そうだった。オイラ、情けなくも気絶してたんだ。
「デュランとアンジェラは?」
「何かちょっと暴れてくるとか言って、あっちこっち行ってるけど?」
そういえば、光の灯っている水晶球の数が増えているような……
  どごおおぉん!!!!!
 轟音が轟くとともに、大地に大きな衝撃が走る。
「ホントに大暴れしてるみたいだね……」
「あ、まただわ!」
フェアリーが一つの水晶球を指差した。だんだんと青白い光がそれに灯っていく。
「たった二人で仮面の道士倒しちゃったりして」
「そ、それはダメだ!」
瞬時に否定してしまった自分にオイラは驚いた。
「え、どうして?」
「…ヒースさんは、救けなきゃいけない」
 さっきの夢…どうしてもオイラには、ただの夢には思えない。シャルロットにはヒースさんが必要なんだ。
必要って言い方は変な気がするけど、オイラには他にいい言葉が思いつかなかった。
「…どうしてそこまでヒースさんにこだわるの? ケヴィンらしくないよ」
「うん…オイラにもよくわからない。でも、放っておけないんだ」
 オイラは立ち上がった。腕の痛みはすっかり消えている。かなりの時間気絶していたようだ。
「デュランたち、どっち行った?」
「えっと…あっちだったと思ったけど」
フェアリーが指差したのは、北東の道だった。
「後を追いかけよう!」

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