「Wish Matrix」

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「お前、アルテナの王女だってのか? じゃあ、あの紅蓮の魔導師の仲間なのか!!」
デュランが物凄い形相で一人の女の人に詰め寄っている。ジャドの地下牢に捕らわれてしまったとき、
オイラたちを助けてくれた人だ。名前はアンジェラ。なんと魔法王国アルテナの王女らしい。
「冗談じゃないわ! あんなヤツ大っ嫌いよ!!
 王女の私を呼び捨てにするのよ、もうムカツクったらありゃしない!!!」
デュランの脅迫にも似た問いかけに彼女は同じくらいの勢いで返した。……この人も、凄い…。
デュランもそうだが、このアンジェラも自分の感情を思うままに外に出している感がある。
シャルロットみたいにコロコロと変わるわけではないが、その勢いにオイラは圧倒されていた。
 どうしてみんな、こうも自分の感情を素直にそのまま外に出せるの?
オイラは、いつももじもじしてしまう。獣人王にそう育てられたせいだろうか。
もし、母さんがもう少しオイラの傍にいてくれたら…感情を外に出すことを教えてくれていたら……
…オイラも、自分の気持ちを素直に外に伝えることが出来たのだろうか。
「…よし、私もついていくわ! よろしくね、ケヴィン、デュラン!!」
 オイラが物思いに耽っている間に話がまとまったらしい。
どうやらアンジェラもオイラたちについてくることに決めたようだ。
今はまだ魔法を使えないが、フェアリー曰く「すぐに使えるようになる」魔道士。
魔法…オイラは使えないし、また使ってみたいとは思っていないが、
使い手が一人でもいれば、旅がぐっと楽になるのは間違いない。
オイラたちはまた目的に向けて小さい…しかし確実な一歩を踏み出せたのだ。
 精霊たちを集め、聖域への扉を開き、マナの剣を抜く。
マナの女神を目覚めさせ、マナの減少を食い止めてもらい…オイラたちの願いを叶えてもらう。
(カール、まだ道は遠いけど、オイラたち、また少し進めたよ)
脳裏にカールの姿を思い浮かべた。すると、なぜか同時に一人の少女の姿が浮かび上がってきた。
(…シャルロット…?)
シャルロットは泣いていた。愛らしい顔は涙でくしゃくしゃになっている。
…そういえば、オイラはシャルロットが笑ったところを見たことがない。
意地悪な笑みなら何度か見たが、心から「嬉しい」と感じられる笑顔を、彼女はオイラの前でしていない。
あんなに表情がコロコロ変わるシャルロットだ。普通なら見せてくれてもおかしくないのに。
……どうしてだろう。
「ヒース…」
 不意に彼女の声が聞こえた気がした。
…そうか、ヒースさんがいないから。シャルロットは、ヒースさんがいないと笑えないのだろう。
わかったよシャルロット。ヒースさんは、オイラが絶対に見つけてみせる。君を笑わせてあげる……!?
どうして、オイラ、こんなことを!?!?
「どうした、ケヴィン?」
デュランがオイラの顔を覗き込んでいた。「少し赤いぞ、熱でもあるんじゃねぇか?」
「え? …ううん、大丈夫」
慌ててオイラは首を横に振った。
「ん?」
デュランの声の調子が変わった。
「何だよオマエ、こんな顔出来るんじゃねぇか!」「???」
デュランがオイラの帽子をくっと押さえつける。
「あまりに無愛想で無表情なモンだから、笑えないのかと思ってたぜ」
「えぇ!?」オイラ、今笑ってたの? そんなつもりなかったのに………。
……そういえば、カールをこの手にかけてしまってから、自分は「楽しい」とか、「嬉しい」とか
思ったことが無いような気がする。でも、どうしてこんなときに?
「…でも、やっぱり熱っぽいぞ。もう休んだらどうだ?」
「う…うん……」
確かに顔が少しほてってるようだ。でも、別にだるいとかそういう感じはしない。
敢えて言うなら、胸が少しどきどきしてるみたいな………。

 町は暗く沈んでいる。外を歩いているのはオイラたち三人のほかには、
褐色の肌の上に布を巻いた、独特の服装をしている兵士どもだけだ。
 風の王国ローラントが突如ナバールに攻められ、落とされてしまったのは今から一カ月近く前のこと。
国王は殺害され、王女と王子は行方不明。
ローラントに属していたここ漁港パロも、あっけなくナバールに占領されてしまった。
「何か気持ち悪いわ…」
「全くだ。コイツら、生気が全然ねぇ。どうやったらこんなヤツらがあのローラント城を落とせるんだ?」
デュランとアンジェラがナバール兵を横目に話している。それも、かなり大きな声でだ。
普通に考えれば、オイラたちはとっくに捕まっているだろう。しかし、ヤツらは何の反応も示さない。
二人も大丈夫だと分かっているから、大きな声で堂々と話しているのだ。
「でも、このままじゃ私たちどうしたらいいのか分からないわね」
「とりあえず酒場に行ってみないか? 何もしないよりかマシだと思うぜ」

 酒場には人が三人いた。カウンター内のウェイトレスに、酒を飲んでいるナバール兵。
そして、金髪の少女………。
(シャルロット!?)
オイラは一瞬そんなことを思ってしまった。しかし、すぐに誤りだと訂正した。
その少女は年齢が15〜17くらいに見えたからだ。それに、その金髪は流れるようにまっすぐ伸びていた。
その先端の方で、色あせた若草色のリボンが揺れている。かなり古いものだろう。
「……生き残った………………山の……花畑………………」
少女に向け、ウェイトレスが何かを小声で告げている。
話の内容が気になって、オイラは彼女たちの方へそっと近付こうとした。
「!」
どうやら気付かれたらしい。彼女らは突然話をやめ、少女の方は酒場を出ていってしまった。
 オイラたちは何か話が聞けないかとウェイトレスと兵士に話しかけてみたが、
何も聞き出すことは出来なかった。

「山の…花畑?」
宿屋に入った後、オイラは何とか聞き取れた彼女たちの話の断片を仲間に話してみた。
「何かあるのかしらね? 生き残ったってのも気になるし」
「そういや、あのウェイトレスと女…特に女の方だな。只者じゃねぇぜ。
 全身から闘気みてぇなものを発してた。まるで何かを決意したみたいに………」
オイラも彼女たちから只ならぬ気配を感じ取っていた。だから話の断片を仲間に話したのだ。
「もしかして、アマゾネスの生き残りかしら?」
「俺もそう思う。で、オマエはどうなんだケヴィン?」
「その花畑ってところを探してみよう。だって、ほかに手がかりないし、
 もしホントにアマゾネスの生き残りなら……何か、力になってあげたいんだ」
 あの少女…シャルロットと間違えてしまったあの少女の瞳は、シャルロットとどこか似ていたのだ。
…誰か大切な人を捜している、強い意志を秘めた瞳。
 オイラはシャルロットの姿を思い浮かべていた。
まだ、オイラたちはヒースさんの情報を何も掴んでいない。
それどころか、精霊もまだ二人しか見つけていないのだ。まだ先は長く、険しい。
「…ヒース…」
シャルロットの悲痛な声が頭の中にこだました。
 今も彼女はヒースさんを捜しているのだろうか。
 それとも不治の病に倒れてしまった祖父の傍で泣いているのだろうか。
「…待ってて……」
口から小さく言葉が漏れた。
「ケヴィン?」
「……明日の朝、天駆ける道に行こう。花畑を探すんだ」

 ローラント城での死闘に勝ち、ローラント王女リースとアマゾネスたちは
無事ローラント城を取り戻すことが出来た。
ただ、リース王女は再びさらわれた弟エリオット王子を捜す旅に出てしまった。
彼女の目的は、まだ完全に達成されていなかったのだ。
 別れ際、彼女がオイラたちに見せた笑顔もどこか哀しげだった。
おそらく、彼女が心から笑えるのは、弟が見つかったときなのだろう。シャルロットと同じように…。
(変なこと考えてるのね)
「…何か考えてないと……怖い」
 今オイラの傍にはフェアリーがついてくれているだけだ。デュランとアンジェラは、
この船の呪いを解くために船の中を探索している。オイラはその呪いのせいでここから動けないのだ。
「うぅ…早く呪い解いてくれないかな…?」
(仲間を信じて待つしかないわね)
フェアリーの言葉にうなずくことしか出来ない自分がイヤだ。
 そういえば、シャルロットは今何をしているのだろう。ふとそんな場違いなことを思った。
ヒースさんは見つかったのだろうか。それとも、いまだに見つかっていないのか。
まさか、すでに殺されてるってコトは!?
(犯人はヒースさんを何かに利用したかったから彼をさらったんでしょ?
 無事かどうかは分からないけど、まだ利用出来るってのなら生かしておいてると思うよ)
「…そうだね……」
オイラは大きく息を吐いた…つもりだったが、息は出てこなかった。
「死ぬって、こんな感じなんだ」オイラは呟いた。「うぅん…オバケってやつか」
(どんな感じなの?)
「凄く寒い…氷の中に閉じ込められたみたい」
オイラは体を抱きかかえた。自分の手の感触さえひやっとしていて不気味に感じられる。
「それだけじゃない…何かが、話しかけてくるんだ。従えって……何か、とてもイヤな感じのものが」
こうして喋っているあいだにも、それはオイラに語りかけてくる。
“我に従え。冥界に堕ちることを選ばなかった死者たちよ”と。
きっとこの船のオバケどもはこの声に操られているのだろう。オイラが操られないのは、
呪いをかけられているだけだから…本当に死んだわけじゃないからかもしれない。
(この船に、邪悪な闇の意志が感じられるわ。きっとそいつの声ね。
 大丈夫。デュランたちが退治してくれるわよ)
「違うっ!!!」
オイラは叫んでいた。
(ケヴィン!?)
「オイラ、わかるんだ。コイツはそんなもんじゃない。もっと大きな…もっと邪悪なものだ。
 きっと、この船の邪悪な意志だって、こいつに操られてるだけなんだ!!!」
 オイラは震え出した。恐い。自分に呼びかけてくるこの声が。
耳を塞いだって、意識を閉じたって、死んだって、呪いがかかっている限りこの声は聞こえるに違いない!
「…デュラン……アンジェラ……早く、呪い解いて………」
ふっと力が抜けてオイラは床へしゃがみ込んでしまった。
(大丈夫、ケヴィン!?)
「大丈夫……ちょっと疲れただけ」そう答えようとしたときだった。
“たすけて……”
「!?」
(ケヴィン?)
「今……声が」
(声が?)
「イヤな声に混じって、たすけてって……」
(ウソ! 誰が!?)
「わからない…でも、確かに聞こえたんだ」
“…わたしを………てくれ………”
「また聞こえた!」
(えっ!? 今のかすれたような声!?)
フェアリーにも聞こえたということは、この声は呪いとは関係ない?
“…ごめ………………ト………!”
最後に何かを叫ぶと、その声はぷっつりと途絶えてしまった。

「………」
(何だったのかしらあの声は…邪悪な意志は感じられなかったけど)
「…ヒースさん」
(えっ!?)
「今の声、多分ヒースさんだ! 最後、シャルロットって言ってたみたいだった!!」
(じゃあ、その邪悪な声って…ヒースさんをさらった者なの!?)
フェアリーがそう答えた時だった。
「!?」
突然体に重力感が戻った。体を包んでいた悪寒が消え、まるで何かから解放されたような感じだった。
「…これは……!」
(呪いが解けたのよ!)フェアリーが嬉しそうに叫んだ。
「やったぁ!! ありがとうデュラン、アンジェラ!!」
オイラは走り出した。さっきまであちらこちらをうろついていたオバケどもは跡形もなくいなくなっていた。
おそらく救われたのだろう。あの邪悪な声から………。

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