「Wish Matrix」

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 デュランたちの後を追い、オイラとフェアリーは北東の道を進み始めた。
そして、数分経った頃だった。
「あら、ケヴィン、フェアリー!」
 全身血まみれになったデュランとアンジェラが仲良く手を繋いでこっちへ歩いてきたのだ。
「やっとお目覚めか?」血だらけの顔で笑うデュラン……ちょっと、怖い。
「は〜あスッキリしたわぁ〜♪ ちょっと回復アイテム使いすぎちゃったかなって気もするけど」
二人とも回復魔法が使えないんだ。そりゃそうだろう……って、まさか!?
「ねぇ…どれくらい残ってるの? まんまるドロップとか………」
 オイラは道具袋を覗き込んだ。
……倉庫にあったのを含めて30個くらいあったはずの回復アイテムが、ほとんど残っていない。
「………………はぁ」
まぁ、気絶してたオイラも悪いのか。でももう絶対に気絶なんか出来ないな。
「だからよ、とっとと仮面の道士をぶっ殺しちまおうってことだ。…というわけで、残った道に行こうぜ!!」
「あ、待って!!」

 不死生物どもを退けながら、一つだけ残った南西の道のドクロの門の前までやってきた。
デュランたちの話によると、これをくぐると幻の空間に飛ばされ、様々なワナや魔物どもと戦う羽目になるという。
しかし、それを破らねば先に進むことも出来ないし、後戻りすら出来ないらしい。
「一回、カール…だったっけ? そいつの幻に騙されてな、同じところをぐるぐると歩き回らせられちまったんだ。
 なんとかワナから逃れられたけど、オマエがいなくてホントよかったと思うぜ」
 そんなワナまであったの!? でも、ホントよく見破ってきたよなぁデュランたちも…。
「ま、だからといってこの門の先に何があんのかなんてわからねぇからな」
宣告するように呟くと、デュランはさっそうと門をくぐっていった。オイラとアンジェラも後に続く。
 例の感覚の後、オイラたちは洞窟の中に立っていた。奥の闇には階段らしきものがうっすらと浮かんでいる。
これを下っていくのだろうかと一歩踏み出したその時、
  ガタンッ
 洞窟の奥に大きな岩が出現し、階段を塞いでしまったのだ。そして、同時に目の前に魔物が数匹現れた。
「出やがったな!」
デュランが大剣を抜きながら前へ躍り出た。オイラの後ろではアンジェラが呪文を唱え始めている。
…オイラだって負けてられるか!
 飛びかかってきたおたまじゃくしの魔物をクローで叩き飛ばし、すぐ横のトカゲの魔物に蹴りを見舞う。
ちょっと体がなまってるかな? でも調子はかなりいい。
「魔界に閉ざされし黒き扉よ、その力を解放せよ!!!」
 追い打ちとばかりにアンジェラの魔法が飛んだ。かなり魔力が上がっているらしく、その威力は物凄い。
まぁ、この宮殿の中で大暴れしてくれば、イヤでもレベルアップするか。
「どうした、これで終わりかぁ? まだ闘い足んねぇぞ!!」
 まだ動きを止めていなかったトカゲに思い切り剣を突き立て、デュランが洞窟の奥へと怒鳴った。
声が洞窟内にこだましたすぐあと、階段を塞いでいた大岩がなくなり、代わりにオイラたちの背後に岩が現れた。
「…歓迎ってっことか。行くぜケヴィン、アンジェラ!」
 オイラはうなずいた。そして、ここに潜むワナはどのようなものなのかを想像し始めていた。

 次々と襲いかかる魔物どもを蹴散らしながら、オイラたちは洞窟の最深部と思われる行き止まりまで辿り着いた。
これまでにオイラの想像していたようなワナや魔物との遭遇はなかった。代わりに、目の前に一つの宝箱。
「これが、ここから脱出するためのカギか?」
「これ自体がワナかもね」
「…どうする? 開けるしかないみてぇだけど」
後ろを振り返ったデュランにオイラは笑いかけた。
「オイラが開けるよ。今まで二人にばかり辛い思いさせちゃったし…大丈夫」
そして、箱に慎重に手をかける。カギは掛かっていないようだ。ワナは……わからない。
 ごくりと唾を呑み込んで、オイラは宝箱の蓋を勢いよく開けた。
「えっ……!?」

 箱の中から飛び出してきたものは、苦しみや哀しみ、怒り、憎しみ……あらゆる「負」の感情だった。
それらは嵐となり、オイラの体を取り巻いた後、洞窟の壁をすり抜けて外へと吹き抜けていった。
(……ヒース………)
 !?
嵐の中、いつもの声が耳に響いた気がした。哀しみと怒り、憎しみ、そして絶望に満ちた呟き。
  ばたんっ
 オイラは反射的に箱を閉じていた。
閉じる瞬間、箱の中で何かがきらりと光ったような気もしたが、それを確かめようとする気も起きなかった。
「どうしたんだケヴィン?」
 はっとオイラは現実に戻った。オイラの背中越しにデュランが宝箱を覗き込んでいる。
オイラは恐る恐る二人の様子を伺ったが、デュランもアンジェラも何事もなかったような顔だ。
…いや、二人には何事もなかったのだろう。さっきの災いの嵐を受けたのは、箱を開けたオイラだけなのだ。
おそらく、あの声を聞いたのも………
「…ううん、何でもないよデュラン」
 ムリに笑顔を作り、オイラは洞窟を戻り始めた。まださっきの悲痛な声が耳に残っている。
「ちょっとケヴィン! あの中には何が入ってたの!?」
「カラだった…」
オイラの声に元気はなかった。まるでさっきの嵐に根こそぎさらわれていってしまったかのようだ。
…いつの間にか、頬を冷たいものが濡らしている。……オイラ、泣いているのか………?
 さっきの「負」の感情の嵐…苦しみ、哀しみ、怒り、憎しみ……人間の心の中にある災い。
それらに人は惑い、嘆き悲しむ。時に悲痛な叫びとなって野にこだまし、時に冷たい刃となって血にまみれ…
……それらから解放されるには、ありとあらゆる感情を捨て去るか………死ぬしかないのだ。
 オイラはふと、ビーストキングダムでのヒースさんの言葉を思い出した。

 ――光の力では救うことの出来ない哀しみや苦しみ、憎しみがあるのだ………――

 そうかもしれない。
人間の心の闇はあまりにも深く暗い。
他人の持つ「善」という名のちっぽけな灯りは、どれだけそれを照らすことが出来るのだろうか。
(……でも)
オイラは涙をくいっと拭った。
(でも、それならどうして世界は災いで満ち溢れない?
 どうして、人間は闇に呑み込まれずに生きて行くことが出来るんだ?)
災いの中に光でもあるのだろうか。闇夜に輝く月のような、明るい光が。
(……もしかしたら)
 さっきの箱の中にちらりと見えた光。あれがそれなのかもしれない。
だが、そうは思っても、オイラにはそれを確かめるすべはなかった。

 どうやら最後のカギも解いたらしい。ドクロ像へと戻ったオイラたちの前には、青白い光を灯す7つの水晶球。
「残ったのは本城ヘの道にあるヤツだけね。でも、どうやったら解けるのかしら?」
アンジェラの疑問符を背中にして、オイラは広場をとりあえず歩き回ってみた。
…目ぼしいものは、中央のドクロ像しかないみたいだ。
「これのどこかにスイッチとかないかな?」
 何気なくドクロ像に触ってみる。そのとき、
「きゃっ!」
ガタンという音が、アンジェラの短い悲鳴と共にオイラの耳に届いた。
驚いて音の方を向いたオイラの目に、青白く輝く最後の水晶球と、本城へと通じる道が映った。
「………解けたの、かな?」
「みたいだな…」
 何か、あっけない。
でも、これはおそらく全ての水晶球に光を灯さないとこうならなかったのだろう。
「…よし、行こう!」
 オイラは現れた道を前へと進み始めた。おそらく、中にはまだ無数のワナと魔物が待ち受けていることだろう。
しかし、もう絶対後には引けない………引かない。
これ以上、シャルロットのあの声を聞きたくない…だから、絶対に引くもんか!
(もうすぐだシャルロット。あと少しで、ヒースさんを救けることが出来るんだ。だから……)
 オイラは目を一瞬閉じて、心の中で続けた。
(……もう、泣かないで)

「白虎衝撃波!!」
 オイラは気合と共に、電撃球を悪霊ゴーヴァに叩き付けた。
デュランとアンジェラの話だと、こいつは幽霊船に取り憑き、精霊シェイドを封印していたらしい。
ただ、強さはケタ違いらしいが。
(幽霊船の主…)
 この宮殿の主、仮面の道士と幽霊船。何か関係があるのだろうか。
…いや、ここにそいつが出てくる以上、あるに違いない。
もしかしたら、シェイドを封印し幽霊船を作り出したのは、仮面の道士なのかもしれない。
そして、あの不気味な声も、おそらく………………
「とどめだっ! 大地噴出剣っっ!!」
 オイラがちょっとした(?)もの思いにふけっている間に、デュランがゴーヴァにとどめを差していた。
悪霊はおぞましい悲鳴を上げながら、闇の中へと消えていった。
「オバケはオバケらしくとっとと成仏しろってんだ!!」
「アンタバカ? 成仏できないからオバケなのよ」
「……奈落へ落ちろってんだぁ!!!!」
 ちゃっかり叫び直すデュランがおかしい。…ところで、奈落ってナニ?
「ケガとか大丈夫?」
 念のために二人に訊いてみた。しかし、二人とも至って元気そうだ。
敵も強くなっていたが、オイラたちも強くなっていたということだろう。
「よし、行こう!」
 ゴーヴァの消滅によって新たに開いた道を、オイラは走り出した。
広かったこのミラージュパレスも、ずいぶん奥まで進んできたことが分かる。
つまり、もうすぐ仮面の道士…ヒースさんのところへ辿り着くということだ。
 はやる気持ちを押さえ切れず、オイラは廊下の角を曲がったところにあった転送の魔法陣へと走り込んだ。
「ちょっと待てよケヴィン!」
「早く!!」
 この短い時間ももどかしく、デュランたちを急かしてしまう。
だって、やっとここまで来た。もうすぐなんだ。もうすぐヒースさんを救けることが出来るんだ。
そして……………
「魔法陣を作動させるわよ、いい?」
「うん!」
「あぁ!」
「…魔法陣に宿りしマナよ、その力を示せ!!」
 アンジェラの言葉とともに、周囲の光景がみるみるうちに変化していった。
 ワープしているときも、オイラの胸は早く強く大きく鼓動を打ち続けていた。
――いよいよ、最後だ………!!

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