ゼロ時間の橋 (SF)
(H・G・フランシス&クルト・マール / ハヤカワ文庫SF 2005)
“ペリー・ローダン・シリーズ”の313巻。
引き続き、異銀河へ流されたローダン(しかも脳だけ!)の、故郷銀河へ戻るための苦闘が続きます。
前巻で、パラ脳移植の権威ドインシュトと協力関係になったローダンですが、脳を移植された現地種族ボルディンの肉体との適合がうまくいかず、早急に新たな移植を行わないと危険な状態に陥っています。ドインシュトの仇敵、闇ブローカーのハクチュイテンを罠にかけようと画策するローダンの作戦の行く末は――?
成功しなかったら物語が進まない、とか言ってしまってはいけません(笑)。
これまでずっと、執政官として大勢の部下や仲間たちと共に戦っていたローダンが、単独で戦いを続けることで、シリーズに変化を与えようとする意識は感じられます。長いシリーズ、マンネリ感を払拭するのは大変なようで(^^;
それと、今回初登場の訳者の方、「あとがき」ではしゃぎすぎです(汗)。故・松谷さんに倣おうとしているのかも知れませんが、松谷さんの暖かな人柄がにじみ出たしみじみとした「あとがき」の足元にも及んでいませんよ。
<収録作品と作者>「ゼロ時間の橋」(H・G・フランシス)、「ヘルタモシュ誘拐計画」(クルト・マール)
オススメ度:☆☆☆
2005.7.9
江川蘭子 (ミステリ)
(江戸川 乱歩ほか / 春陽文庫 1993)
戦前、雑誌『新青年』に連載された、6名の探偵作家によるリレー小説。
元々、一流のミステリ作家による合作リレー小説というのは欧米で前例があり、クリスティ、セイヤーズ、バークリー、チェスタトン、クロフツなどイギリスの錚々たるメンバーが揃った「漂う提督」(ハヤカワ・ミステリ文庫)、「ホワイトストーンズ荘の怪事件」(創元推理文庫)、時のアメリカ合衆国大統領F・ルーズベルトの原案をヴァン・ダインらがリレー方式で小説に仕立てた「大統領のミステリ」(ハヤカワ・ミステリ文庫)などが邦訳されています。
この「江川蘭子」は江戸川乱歩・横溝正史・甲賀三郎・大下宇陀児・夢野久作・森下雨村という、いずれも当時の一流の作家揃い(挙げた順に書いています)。
ただし、リレー小説というのは非常に難しく、よほど打合せをしっかりしておかないと、進むにつれてあさっての方向へずれて収拾がつかなくなってしまいます。特に本格的な謎解きミステリになると、伏線の張り方など、構成を緊密にしておく必要があるため、なおさら難しくなります。前述の「漂う提督」なども、メンバーが粒揃いの割には凡作に終わっています。
リレー方式での成功例といえば、世界最長の小説「ペリー・ローダン・シリーズ」ですが、こちらは“プロット作家”(初代シェール、2代目はフォルツ)と呼ばれるリーダーがあらかじめおおまかなストーリーを決めておき、メンバーがそれに沿ってオリジナルのサイドストーリーを織り交ぜていくという形をとっています。
「江川蘭子」について言えば、謎解きミステリではなく犯罪サスペンスなため、行き当たりばったりに書いていてもそれほど破綻は生じていません。一人目の乱歩は犯罪心理学的な講釈をたれながら主人公・江川蘭子(この名前は江戸川乱歩のもじり)の犯罪者的性格が醸成された事情を語り、2番手の横溝は、成長した蘭子のご乱行を描くと共にパトロンの戸川や愛人の混血児・四郎、隣人の城山一家など「出すだけ出したから後はうまくこれらの登場人物を使ってください」とバトンタッチ。3人目の甲賀は「俺は本格ものが好きなんだよ、こんな扇情的なのは書きたくないんだよ」とぼやきつつ、街を襲った疫病と謎の僧という新要素を加え・・・と、ここまで来ると後半の3人は、辻褄の合う結末に向かって書きついで行かなければならないわけで、苦労が見られます。ラス前(笑)の夢野はさすがに見事な背景の描き込みで内容に深みを与えていますが、雨村の結末はやはり予定調和に走り、某有名海外ミステリ(クリスティのアレです)のタイトルを思い出させるラストとなっています。
物語を楽しむというよりも、それぞれの巨匠特有のアイディアや文体を味わうのが、この作品の読み方かと思います。
<各章タイトルと作者>「発端」(江戸川 乱歩)、「絞首台」(横溝 正史)、「波に踊る魔女」(甲賀 三郎)、「砂丘の怪人」(大下 宇陀児)、「悪魔以上」(夢野 久作)、「天翔ける魔女」(森下 雨村)
オススメ度:☆☆
2005.8.2
アシェンデン (エスピオナージュ)
(サマセット・モーム / ちくま文庫 1994)
モームを読むのは「魔術師」以来、2冊目です。本来は守備範囲外の作家さんなのですが(笑)。
副題が「英国秘密情報部員の手記」。モーム本人が第一次大戦中、作家という職業を隠れ蓑にイギリスのスパイとしてスイスのジュネーブを中心に活動した、実際の経験を元に書かれた実録小説・私小説的なスパイ小説なのです。ちなみに創元推理文庫から出ている「秘密諜報部員」は同一作品(翻訳者は異なりますが)。
とあるパーティで同席したR大佐という人物にスカウトされ、イギリスのスパイとして働くことになった作家アシェンデン。小説の題材探しという名目でジュネーブにやって来たアシェンデンは、現地警察に疑われて家宅捜索を受けたり、メキシコ人の革命家と協力して敵国スパイを監視したり、パリで女スパイを利用したり、ドイツに寝返ったイギリス人スパイを罠にはめたり、ロシアと協力するためにシベリア鉄道に乗ったり、せっかくたどりついたペトログラードでロシア革命に巻き込まれたり・・・といった経験をします。
007シリーズのような派手な銃撃戦やアクションもなく、ジョン・ル・カレの小説のような大規模な国家謀略もなく、時にはお堅いイギリス大使の過去の熱烈な恋愛エピソードやアシェンデン自身の恋の思い出も盛り込まれて、ある意味では非常にリアルなスパイ小説と言えます。
<収録作品>「R大佐」、「家宅捜索」、「ミス・キング」、「毛無しのメキシコ人」、「黒髪の美人」、「ギリシア人」、「パリ行き」、「踊り子ジューリア・ラッツァーリ」、「スパイ・グスターフ」、「売国奴」、「舞台裏」、「大使閣下」、「丁か半か」、「シベリア鉄道」、「恋とロシア文字」、「ハリントン氏の洗濯物」
オススメ度:☆☆☆
2005.8.10
「ぷろふいる」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2000)
大正末期から昭和20年の終戦までに発行されていた探偵小説雑誌に掲載された短篇を、雑誌ごとに編纂した『幻の探偵雑誌』シリーズの第1巻。
「ぷろふいる」は、京都在住の愛好家が編集・出版を手がけた、いわば出発点は素人の趣味だったという雑誌なのだそうです。新人の発掘にも積極的だった一方、一線級の作家の作品も掲載されています。
この本には11編が収録されていますが、うち4作(「蛇男」角田喜久雄、「不思議なる空間断層」海野十三、「花束の虫」大阪圭吉、「絶景万国博覧会」小栗虫太郎)は既に読んだことがあり、逆に初めて知った作家も3人います。
本格謎解きの「血液型殺人事件」(甲賀三郎)と「狂燥曲殺人事件」(蒼井雄)、フロイトの精神分析を探偵法に応用した「就眠儀式」(木々高太郎)、現代ならサイコ・ホラーに分類されそうな「木魂」(夢野久作)、ドッペルゲンガーをモチーフにしているのは共通するのに料理法が対照的な「陳情書」(西尾正)と「両面競牡丹」(酒井嘉七)など。
<収録作品と作者>「血液型殺人事件」(甲賀 三郎)、「蛇男」(角田 喜久雄)、「木魂」(夢野 久作)、「不思議なる断層空間」(海野 十三)、「狂燥曲殺人事件」(蒼井 雄)、「陳情書」(西尾 正)、「鉄も銅も鉛もない国」(西嶋 亮)、「花束の虫」(大阪 圭吉)、「両面競牡丹」(酒井 嘉七)、「絶景万国博覧会」(小栗 虫太郎)、「就眠儀式」(木々 高太郎)
オススメ度:☆☆☆
2005.8.11
マクツァドシュの地獄 (SF)
(エルンスト・ヴルチェク&ウィリアム・フォルツ / ハヤカワ文庫SF 2005)
『ペリー・ローダン・シリーズ』の第314巻。
引き続き、罠に落ちて異銀河(ナウパウム銀河)に脳だけ送られてしまったローダンの苦闘が描かれます。
前巻でコンタクトをつけたナウパウム銀河の有力者ヘルタモシュと共に惑星レイトに下り立ったローダン(悪名高い闇商人ハクチュイテンの肉体に宿っています)、いきなり政争に巻き込まれて首都マクツァドシュのスラムをうろつく羽目に。
一方、脳移植市場の中心地ヤアンツァルでは、政府首脳がサイナック・ハンターを目覚めさせ、逃亡したローダンの追跡を命じます。ハンターは、遥かな過去にナウパウム銀河を支配していたユーロク人の生き残り(もちろん脳だけ)のひとり。こうした孤独で異質な存在がアイデンティティを求めて暗躍するという設定はフォルツのお得意で(デビュー作「戦慄」からしてそうでした)、このユーロク人という存在が今後どうストーリーに絡んでくるのか興味深いところです。
<収録作品と作者>「マクツァドシュの地獄」(エルンスト・ヴルチェク)、「サイナック・ハンター」(ウィリアム・フォルツ)
オススメ度:☆☆☆
2005.8.13