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イクシーの書庫・過去ログ(2005年9月〜10月)

<オススメ度>の解説
 ※あくまで○にの主観に基づいたものです。
☆☆☆☆☆:絶対のお勧め品。必読!!☆☆:お金と時間に余裕があれば
☆☆☆☆:読んで損はありません:読むのはお金と時間のムダです
☆☆☆:まあまあの水準作:問題外(怒)


千里眼 (サスペンス)
(松岡 圭祐 / 小学館文庫 2001)

「催眠」に続く、ノンストップ・エンタテイメント。
21世紀初頭の日本は、恒星天球教と呼ばれる謎のカルト教団によって、大いなる社会不安に襲われていました。阿吽掌という名の正体不明の教祖に率いられる恒星天球教は、信者数数万人と言われながらも、本拠も実態も不明なまま、日本各地で爆破テロを引き起こしています。
そして今、横須賀の米軍基地に侵入した男がミサイル制御システムを操作し、首相官邸にファーストホーク・ミサイルの照準を合わせていました。タイムリミットまで2時間、男の身柄は確保してありますが、男が変更したシステムのパスワードがわからない限りミサイルの発射を止めることはできず、米軍の自白剤をもってしても、男に口を割らせることはできません。
航空自衛隊の仙道空将は、わずかな可能性を信じて、東京晴海医科大学付属病院の院長で“千里眼”の異名をとる心理カウンセラーの友理と、同じく若き女性カウンセラー岬美由紀を呼び寄せ、心理カウンセリングの手法で男からパスワードを聞き出そうと試みます。
ヒロイン・岬美由紀は小柄で、28歳でありながら女子高生のような外見ですが、防衛大学卒、もと航空自衛隊の優秀な女性パイロットで武道の達人。火山噴火で修羅場となった孤島での救出活動の際に友里と知り合い、心理カウンセラーに転身した異色の経歴の持ち主です。
友里と協力してミサイル発射の危機を回避した美由紀は、自分がカウンセリングを担当している小学生・宮本えりが恒星天球教の教典を持っていたことを知ります。登校拒否児童のえりはなぜか、毎日家を抜け出しては千葉にある東京湾観音像に出かけていたのです。
その頃、美由紀の身辺を探る謎の男が現れます。男の正体は、恒星天球教のテロ事件を追う警視庁の蒲生刑事でした。催眠に偏見を持つ蒲生に反発を感じながらも、美由紀は恒星天球教の謎を追います。やがて明らかになったのは、細部まで綿密周到に計算された(オウムのテロ計画など、これに比べれば子供だましのようなもの)日本転覆計画でした。
ドイルかチェスタトンの短篇(ネタバレ防止のため作品名は伏せます)に使われているような、一歩間違えればギャグになってしまうトリックを臆面もなく使い、物語が進むにつれて、周到に張り巡らされた伏線が衝撃的な真相を明らかにするという、まさにジェットコースター・ノベルの快感を堪能できます。一例を挙げれば、頭が薄くなったことに悩み、職権濫用して(笑)世界のかつらメーカーをリサーチする仙道空将のエピソードが、ラストであんな意味を持ってくるとは思ってもみませんでした。
このシリーズ、続きます。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2005.9.1


不死の怪物 (ホラー)
(ジェシー・ダグラス・ケルーシュ / 文春文庫 2002)

最近、文春文庫はスプラッタ・パンクをはじめとしたモダンホラーをかなり出しているので、本作も「けだもの」(スキップ&スペクター)のようなグロなスプラッターホラーかと思っていました。でも読んでみると大違い。
なにしろ書かれたのが1922年のイギリスですから、スピリチュアリズム(心霊主義)真っただ中。前世紀の「吸血鬼ドラキュラ」に続いてM・R・ジェイムズやらW・H・ホジスンやらブラックウッドやら、怪奇小説が百花繚乱、花開いた時代です。この時代の怪奇作家は平井呈一さんの解説本などであらかた網羅していたつもりでしたが、このケルーシュという作家は知りませんでした。解説の荒俣宏さんによると、師匠の平井さんにこの作品を勧めたけれど、読まれる前に物故されてしまったとか。
さて、舞台は英国の片田舎。一千年近い歴史を誇るダンノー荘園の領主ハモンド家には、無気味な怪物の伝説が言い伝えられていました。不死の怪物は、出現すると人を引き裂き喰らって、それを目撃した代々の当主は、気が狂ったり自殺したりしていたのです。
そして今、第一次大戦から復員した当主オリヴァーは屋敷近くの森で怪物に襲われます。愛犬は噛み裂かれて殺され、一緒にいた女性ケイトも全身に傷を負って意識不明。妹スワンヒルドに救出されたオリヴァーは、意識を取り戻したものの、怪物の正体については記憶に残っていないといいます。
兄の身を案じたスワンヒルドは、恋人ゴダードの協力を得て、有名な霊能力者ルナ・バーテンデールに調査を依頼します。ホジスンの幽霊狩人カーナッキ、ブラックウッドのジョン・サイレンス博士などと同様、オカルトに科学と論理を融合させて怪奇現象の謎を解くゴーストハンターのルナですが、こちらは若い女性。小柄で聡明、青い眼にふわふわの金髪と来れば、絵に描いたような自分好み(笑)。
依頼を受けてダンノー荘園にやって来たルナは、屋敷に残された古文書や、祖先の魔術師マグナス卿の遺物を手掛かりに、霊能力(現代ならばESPでしょう)を駆使して怪物の謎を解こうとします。オリヴァーに惹かれ始めている自分を抑えつけながら・・・。
古代バイキングにまで遡る、北欧起源の不死の怪物とは――?
雰囲気、道具立て、キャラクター、解明される怪物の正体の論理性と、すべてが一級品であり、思わぬ拾い物をした気分です。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.9.3


らせん (ホラー)
(鈴木 光司 / 角川ホラー文庫 1999)

「リング」の続篇。
※以降、ストーリー紹介などは、どうしても前作「リング」のネタバレになってしまいますので、ご了承ください。「リング」未読の方は、まずそちらをお読みになるべきかと。
某大学医学部で法医学教室の講師を務める傍ら、監察医として検死解剖も行っている安藤は、1年前に海の事故で一人息子を亡くし、妻とも離婚が決まって、落ち込む気持ちを仕事で紛らせていました。そんな安藤が偶然にも解剖を担当することになったのは、大学時代の同級生・高山竜司の変死体でした。
死因は冠状動脈の閉塞による心筋梗塞と思われましたが、動脈を閉塞していたのは肉腫のような病変――類例のないものでした。しかも、喉の粘膜から、天然痘の症状に似た潰瘍が発見されます。
暗号好きだった竜司の遺体が残したメッセージに導かれて、調査を始めた安藤は、竜司と同じような死因の死体が他にも報告されていることに気付きます。同時刻に死亡した4人の若者、交通事故車から発見された母親と赤ん坊・・・。安藤は、事故車を運転していた浅川(もちろん「リング」の主人公)が精神崩壊した状態で入院していることを知ります。折りも折り、同僚の宮下からもたらされたのは、それらの遺体から新種のウイルスが発見されたという報せでした。
一方、竜司の親しい教え子だった高野舞は、師の遺品を整理しているとき、不思議なビデオに気付き、持ち帰って見てしまいます。そして舞は人知れず失踪。解剖の際に舞に出会い、惹かれていた安藤は心配して探し始めますが、空っぽになった舞の部屋で無気味な気配を感じます。調査を進める安藤は、浅川の遺品のワープロから「リング」と題された謎めいた文書のフロッピーを発見します。
ビデオに込められて世に出た山村貞子の怨念は、次に何をもたらそうとしているのか・・・。
「リング」ではサイキック心霊ホラーとして描かれた事件に、今回は最先端の科学の光が当てられて、可能な限り論理的に謎解きがなされるバイオSFホラーが本作です。タイトルの「らせん」が示すものは明らかでしょう。
そして、ラストでは恐るべきビジョンが提示されて完結編の「ループ」へと続くことになります。

オススメ度:☆☆☆

2005.9.4


今はもうない (ミステリ)
(森 博嗣 / 講談社文庫 2001)

犀川&萌絵シリーズ、第8弾。今回はシリーズ最大の異色作かも知れません(まだ10作を読んでいませんから、何とも言えませんけれど)。
久しぶりにドライブに出かける萌絵と犀川。岐阜の山奥にある西之園家の別荘へ向かう途中、萌絵がかつて同じ別荘地で起こった姉妹密室殺人事件のことを話し始めます。
ところが、メインとなる物語の語り手は笹木という中年男。10歳年下の石野真梨子と婚約している笹木は、真梨子とともに友人のデザイナー橋爪が所有する別荘に遊びに来ていました。別荘には他にも橋爪の息子の清太郎、モデルの美鈴、劇団女優の朝海由季子・耶素子姉妹が滞在していましたが、派手好きな面々と肌が合わない笹木は別荘を抜け出して散歩していた森の中で、道に迷ったという若い女性に出会います。西之園と名乗るその女性は、隣の別荘に滞在していましたが、叔母と喧嘩をして飛び出して来たと語りました。なんと、笹木は婚約中の身でありながら、西之園嬢に一目惚れしてしまったのです。
雨に降られたふたりは、とりあえず橋爪の別荘に戻りますが、折からの巨大台風による風雨で閉じこめられてしまいます。その翌朝、朝海姉妹が、内側から鍵をかけられた隣り合ったふたつの部屋(映写室と娯楽室)で死体となって発見されます。一見、自殺かと思われましたが、いくつかの不自然な点が判明します。
笹木が語るメインストーリーの途中に、萌絵と犀川の会話が幕間劇として挿入される様は、カーの「アラビアンナイトの殺人」を思い起こさせます(カーの作品の方は警察関係者3人が三者三様の視点から事件をフェル博士に語るという趣向だったので、ちと違いますが)。犀川が安楽椅子探偵を演じる度合がシリーズ中、もっとも高い作品と言えます。
そして、クライマックスで、読者はあまりのどんでん返しに「だまされたぁ」と叫ぶことになります。森ミステリには珍しく、中盤ではかなりフラストレーションが溜まるのですが、それも森ミステリでは異色の大トリックによるカタルシスを演出するためだったのですね。見事にだまされたぁ!(快感)

オススメ度:☆☆☆☆

2005.9.5


蛇神 (ホラー)
(今邑 彩 / 角川ホラー文庫 2001)

伝奇ホラー『蛇神』シリーズ4部作の第1巻。
小さな蕎麦屋の若女将・倉橋日登美は、ある晩、父親と夫、幼い長男の3人を使用人の少年に惨殺されてしまいます。政界の若きエリート・新庄に目をかけられて、店を広げようと思っていた矢先の惨事でした。
3歳の娘・春菜とふたりきりになり、茫然自失していた日登美の元を、神聖二という青年が訪れます。聖二は長野の山奥にある日の本村の神社の禰宜で、日登美の母親・緋佐子の甥(つまり日登美の従兄弟)にあたると語り、春菜を連れて里帰りするよう勧めます。緋佐子は日の本村の大神に使える巫女でありながら、まだ赤ん坊だった日登美を連れて村を出ていたのです。
日の本村は、6世紀に大和朝廷の政権争いで蘇我氏に敗れた物部氏が落ち延びてつくった村でした。村の中心にある神社の主神は天照大神ですが、ここでの大神は女神ではなく蛇身の祟り神だというのです。大神に使える巫女は日女(ひるめ)と呼ばれ、村人にかしづかれる特別な存在でした。もちろん、日登美も春菜も日女の血を受け継いでいます。そして、村は7年に一度の大祭を迎えようとしていました。
・・・これが前半のストーリー。
後半は20年以上の時を越えて、日美香という女子大生の物語となります。母の死によって自分の出生の秘密を知った日美香は、自分のルーツを求めて日の本村へ――。
作者は、当初はシリーズ化するつもりはなく、この話で完結したつもりだったそうですが、シリーズ化されたことを考えると、本書全体を壮大なプロローグと見ることができます。
なお、シリーズはすべて角川ホラー文庫から出ています(
「翼ある蛇」「双頭の蛇」「暗黒祭」)。

オススメ度:☆☆☆

2005.9.7


魔法使いの困惑 (ファンタジー)
(ピアズ・アンソニイ / ハヤカワ文庫FT 2002)

ユーモア・ファンタジイ『魔法の国ザンス』シリーズの14巻。
「悪魔の挑発」で一家揃って城から失踪した魔法使いハンフリーの謎に、ようやく終止符が打たれます。
独身のまま34歳になってしまったラクーナ(幽霊ミリーとゾンビーの頭の間に生まれた娘)は、退屈な生活に倦んで、人生をやり直せる方法を求めに“よき魔法使いの城”へやって来ます。ハンフリーが失踪した後、「マーフィの呪い」事件でマンダニアから帰還したグレイ・マーフィがハンフリーの代わりに、訪れる人々(人だけではないですが)の相談役になっています。しかし、ラクーナの質問は難題でグレイの手には負えず、ハンフリーから答を聞き出すしかありません。グレイと取引したラクーナは、ハンフリーがいる地獄へと向かいます。
地獄の待合室では、ハンフリーが10年にわたって魔王が現れるのを待ち続けていました。気まぐれで狡猾な魔王と、ある重要な取引をするために・・・。退屈を紛らせるために、ハンフリーは100年以上に及ぶ自分の半生記を書き記すよう、ラクーナに命じます。本巻のメインとなるのは、こちらの物語。
ハンフリーが、なぜ“よき魔法使い”と呼ばれるようになったのか、若い頃からの事情が語られるハンフリーの半生は、そのままザンスの歴史でもあります。そして、後半ではザンス・シリーズの第1作「カメレオンの呪文」から始まるこれまでの出来事のあらすじが、ハンフリー個人の視点から語りなおされるという非常に興味深い展開となります。
ともあれ、ラストでハンフリー一家は城へ戻り、グレイも悩みから解放され、次巻からの新展開へと繋がることになります。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.9.10


秘密臓器コマンド出動! (SF)
(H・G・エーヴェルス&クラーク・ダールトン / ハヤカワ文庫SF 2005)

“ペリー・ローダン・シリーズ”の第315巻。
前巻後半でローダンの行方を追い始めたサイナック・ハンターのトリトレーア。ナウパウム銀河の有力な指導者ヘルタモシュと盟友関係を結んだローダンは、お手の物の偽装作戦を敢行して、なにかと制約の多い犯罪者ハクチュイテンの肉体から別の肉体に脳を移植することを試みます。
かつてこの銀河を支配していた種族ユーロク(トリトレーアは、その生き残りのひとり。もちろん脳だけですが)の文明圏にこそ、故郷銀河へ戻る手掛かりがあるに違いないと考えたローダンは、トカゲを先祖とする異星人ガイト・コールとともに、禁断の星とされるユーロクの故郷、惑星トレーチャーに下り立ちます。そこはどうやら無人ではなく、無気味な勢力が潜んでいるようでした。
以下、次巻。トリトレーアとローダンがどうからんでくるのかが、気になります。

<収録作品と作者>「秘密臓器コマンド出動!」(H・G・エーヴェルス)、「ユーロクの遺産」(クラーク・ダールトン)

オススメ度:☆☆☆

2005.9.10


マスカレード (ホラー:アンソロジー)
(井上 雅彦:編 / 光文社文庫 2002)

テーマ別ホラー・アンソロジー『異形コレクション』の第21巻。
今回のテーマは「仮面」です。子供のころから、どうもお面というのは好きになれませんでした。お祭の出店で売られているヒーローたちのプラスチックのお面も買ってもらう気になれず、遊びに行った親戚の家の和室に飾られていた能面(もちろん安物のレプリカでしょうけれど)など、怖ろしくて仕方がありませんでした。とは言いつつも、学生時代、怖いもの見たさなのか、わざわざアンソールの画集を買ってしまったり(笑)。
この巻にも、実体のある能面や南洋の土俗的な仮面、あるいはデスマスクにまつわる怪異譚から、顔ばかりではなく全身を変えてしまう仮装の怪、「匿名性」という仮面、心理的なペルソナまで、バラエティに富んだ作品が収められています。
怪奇ミステリの重要な小道具である仮面を生かした「死面」(歌野 晶午)「仮面人称」(柄刀 一)「白面」(深川 拓)、仮面の二面性をモチーフとしたメタフィクション「仮面と幻夢の躍る街角」(芦辺 拓)と「カヴス・カヴス」(浅暮 三文)、某有名都市伝説を医学的アプローチで生かした「マスク」(町井 登志夫)、短いけれどもラストの印象が余韻を残す「方相氏」(速瀬 れい)、旅館の朝の和定食が食べられなくなる「牡蠣喰う客」(田中 啓文)など。←でも、この話のラストは意外というよりも我が意を得たりという感じでした。生牡蠣嫌いだし(笑)。

<収録作品と作者>「面売り Lia Fail」(物集 高音)、「呼ばれる」(飛鳥部 勝則)、「FROGGY」(石神 茉莉)、「裏面」(倉阪 鬼一郎)、「死面」(歌野 晶午)、「マスク」(町井 登志夫)、「仮面の庭」(奥田 哲也)、「スキンダンスへの階梯」(牧野 修)、「淋しい夜の情景」(五代 ゆう)、「仮面と幻夢の躍る街角」(芦辺 拓)、「假面譚」(江坂 遊)、「黄金の王国」(ひかわ 玲子)、「カヴス・カヴス」(朝暮 三文)、「屈折した人あつまれ」(鯨 統一郎)、「牡蠣喰う客」(田中 啓文)、「仮面人称」(柄刀 一)、「想夜曲」(難波 弘之)、「白面」(深川 拓)、「スズダリの鐘つき男」(高野 史緒)、「方相氏」(速瀬 れい)、「舞踏会、西へ」(井上 雅彦)、「青磁」(竹河 聖)

オススメ度:☆☆☆

2005.9.13


千里眼 ミドリの猿 (サスペンス)
(松岡 圭祐 / 小学館文庫 2001)

「催眠」の主人公・嵯峨敏也と「千里眼」のヒロイン・岬美由紀が、3作目にしてついに一堂に会します。実際には嵯峨の設定は微妙に変わっていますが。
「千里眼」の事件から8ヶ月。岬美由紀は、あの事件で救われた野口官房長官の肝煎りで、内閣官房直属の首席精神衛生官という役職についていました。野口のODA視察に同行してアフリカの小国ジフタニアを訪れた美由紀は、持ち前の正義感からさっそく大事件を引き起こします。
一方、精神科医・倉石(「催眠」で嵯峨の上司だった人物です)のカウンセリングを受けていた女子高生・知美は、帰り道に自らを宇宙人だと名乗る異様な女性に出会います(もちろん“彼女”のことです)。怖れて逃げ出した知美の周囲に奇妙な出来事が次々と起こり、逃げ場をなくした彼女の前に現れた青年・嵯峨敏也は隠れ家を提供し、なにかあったら岬美由紀を頼るように言い残します。しかし、知美は何者かに拉致されてしまいます。
嵯峨も、勤務先の東京カウンセリングセンターが解体された後、臨床心理士としての限界を感じて苦悩していました。
ジフタニアでの一件で自宅謹慎を言い渡された岬美由紀ですが、きな臭い雰囲気を感じて公安調査庁の特殊部門へ乗り込み、あの恒星天球教が再び暗躍を始めているのではないかという疑念を知らされます。しかし、事の真相は美由紀の想像をはるかに超えていました。世界を裏から操るマインド・コントロール組織が日本に魔の手を伸ばし始めていたのです。
ラストで岬美由紀は危機に陥り、嵯峨は苦悩を克服して立ち上がります。クリフハンガー状態のまま、続篇「千里眼 運命の暗示」へと続きます。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.9.14


ドラキュラ崩御 (ホラー)
(キム・ニューマン / 創元推理文庫 2002)

「ドラキュラ紀元」「ドラキュラ戦記」に続く、吸血鬼と人類が共存する世界を舞台に繰り広げられる超弩級エンタテインメント・ホラー小説の第3弾。
今回の舞台は、世界大戦が終了し、東西冷戦が顕著になった1959年のローマ。
大戦後の講和条約に基づき、オトラント城(!)で禁足処分を受けていたドラキュラ伯爵の、6回目の婚約が発表されます。お相手は、モルダヴィアの古い血統を持つ吸血鬼アーサ・ヴァイダ。ドラキュラの結婚という一大イベントのため、世界中から人類・吸血鬼を問わぬ著名人やマスコミが大挙してローマに押し寄せてきます。
「ドラキュラ紀元」で吸血鬼に転化し、「ドラキュラ戦記」で主役のひとりだったジャーナリストのケイトもローマを訪れますが、結婚式の取材のためではありませんでした。「ドラキュラ紀元」以来、正義のために戦い続けてきたチャールズ・ボウルガード(英国秘密諜報機関“ディオゲネス・クラブ”の重鎮でもありました)が、老衰のためにローマ市街の邸宅で死を迎えようとしていたのです。チャールズの世話をしていたのは「ドラキュラ紀元」の主役、ドラキュラよりも古い血統を持つ齢600歳を越える美少女吸血鬼(なんせ見かけは16歳)ジュヌヴィエーヴでした。血の儀式により吸血鬼に転化すれば生き長らえられるわけですが、チャールズはジュヌヴィエーヴの申し出を断固として拒否していました。
ローマへ到着したケイトは、チャールズの亡妻パメラの従兄弟で策略家のペネロピと再会します。ペネロピはアーサ・ヴァイダの家政婦を務めていました。
ドラキュラの結婚を政治的に利用すべく、各国の秘密諜報員もローマへ送り込まれ、英国の“ディオゲネス・クラブ”からは殺人許可証を持つ凄腕の諜報員ヘイミッシュ・ボンド(「ヘイミッシュ」は「ジェイムズ」のスコットランド読みだそうです)が密命を帯びてやってきます。そしてボンドは、ソビエト諜報部が送り込んだエージェント(ユニークというか、思わず笑ってしまうような連中です)と死闘を繰り広げます。
折りしも、ローマでは<長生者>(数百年、生き続けている吸血鬼。19世紀以降に生み出された吸血鬼は<新生者>と呼ばれて区別されます)ばかりを惨殺する<深紅の処刑人>と呼ばれる怪人が暗躍していました。ケイトは偶然、その殺人(いや殺吸血鬼)現場に居合わせ、不思議な少女の姿を目にします。持ち前のジャーナリスト魂から事件を追うケイトは、バチカンの有力者メリン神父(「エクソシスト」で少女リーガンの悪魔祓いを行った、あの人物です)から、ローマの歴史よりも古いという<涙の母>という存在を知らされます。
歴史上の人物やら吸血鬼ものの小説や映画の登場人物がごった返す大騒ぎの中、ついに結婚式の当日となります。会場となるオトラント城(冒頭にこの名前が出てきただけで、この作品の面白さは保証されたも同然)を訪れたケイト、ジュヌヴィエーヴ、そしてペネロピの手で明らかにされる真相とは――?
相変わらず、細かい部分でのお遊び(ブラム・ストーカーの小説「吸血鬼ドラキュラ」が歴史改変小説として扱われていたり、アーサー・C・クラークが「長期の宇宙旅行のパイロットには吸血鬼が適任」という論説を書いていたり)も楽しく、ホラーフリーク、映画フリークであるほど楽しめる作品に仕上がっています。
個人的には、何といってもジュヌヴィエーヴが復帰してくれたことが(笑)。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2005.9.17


グローリアーナ (ファンタジー)
(マイケル・ムアコック / 創元推理文庫 2002)

世界幻想文学大賞受賞の、重厚な歴史ファンタジイ。SFやヒロイック・ファンタジイの分野で大活躍しているムアコックが、英国幻想文学史に燦然と屹立する『ゴーメンガースト』三部作(創元推理文庫より出ていますが、今は入手困難かも)の作者マーヴィン・ピークに捧げたものというだけあって、期待通りの仕上がりです。
グローリアーナとは、E・スペンサーの大作「妖精の女王」(最近、ちくま文庫から全4巻で出てますね)の主人公の名前ですが、本作では英国をモデルとした架空の国アルビオンを治める女王にして国家の象徴たる存在。かつて暴政と専横をほしいままにしていた父王ハーンを打ち倒し、善政を敷いて13年になり、有能な顧問官たちに囲まれて国民にも愛されるグローリアーナ女王ですが、虚しい思いをかかえていました。
舞台となる世界は、現実の世界とは微妙に異なるパラレルワールドのようで、ヨーロッパ大陸はポーランドが、イスラム圏はアラビアが支配し、ユーラシア東部のタタール(現実世界のロシアに該当)は領土拡大を画策しています。ついでに(笑)極東にはニッポニアという国があります。
グローリアーナに求婚するためにポーランド王とアラビアの大教主がアルビオンを訪れますが、外交的配慮から婚姻の成立を避けようとする大法官モンテファルコン卿は、腹心の悪党キャプテン・クワイアを使って妨害工作を行います。しかし、ふとしたことからモンテファルコンの下を追われたクワイアに歩み寄ったのは、女王に袖にされたアラビアの大教主の大使でした。自らの存在意義を確かめるため、クワイアは陰謀をめぐらせ、暗躍を開始、宮廷はひそやかに暗雲に包まれていくのでした。
舞台の中心アルビオンの王宮の壁の裏には、過去の亡霊が徘徊する世界が迷路のように広がり、グローリアーナの後宮に集う異形の者たちを含めて、それらの裏世界は『ゴーメンガースト』を彷彿とさせます。冒頭、壁の裏の放浪者がきらびやかな宮廷世界を覗き見る場面、グローリアーナと秘書のウーナ嬢が気まぐれで壁裏の迷路を探検する場面などは、ゴーメンガースト城にいるような気分にさせますし、狡猾な陰謀家キャプテン・クワイアはスティアパイクの分身のようです。しかも、SF作家ムアコックの側面を鮮やかに示しているのは、次元を超えて異世界からの訪問者(カリオストロやアドルフス・ヒドラーなどという人物について言及されます)が訪れるのを、登場人物が当然とみなしているところでしょう。
飛ばし読みや斜め読みが通用する本ではありませんので、時間をとってじっくりと堪能するのがよろしいかと思います。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.9.20


網膜脈視症 (ミステリ)
(木々 高太郎 / 春陽文庫 1997)

戦前探偵小説シリーズ、今回は大脳生理学の権威でもあった医学者作家、木々高太郎の初期の短篇を集めたもの。ちなみに木々は長篇「人生の阿呆」(現在は創元推理文庫で入手可能?)で探偵小説としては初めて直木賞を受賞しています。
さて、収録された4篇の短篇と1篇の戯曲は、いずれも神経症や精神分析を題材としたものです。子供の幻覚が過去の事件の謎を解く手掛かりとなる「網膜脈視症」(デビュー作でもあります)、フロイト式の精神分析が鮮やかな「就眠儀式」、単純な情死事件の裏に潜んでいた悲劇「ねむり妻」など。ただし、昭和初期の(それでも当時の最新の)医学知識をベースにしていますから、疑問に思う内容も多いですが、そこはレトロな雰囲気を味わうということで。警察に捕まった容疑者が「殴られても蹴られても白状しなかった」とさらりと書いてあるあたり、時代を感じます(当時は普通の捜査法)。

<収録作品>「網膜脈視症」、「就眠儀式」、「妄想の原理」、「ねむり姫」、「胆嚢」

オススメ度:☆☆

2005.9.21


帝王死す (ミステリ)
(エラリイ・クイーン / ハヤカワ・ミステリ文庫 2000)

クイーン後期の長篇。
自宅でいつもの朝を迎えたクイーン父子ですが、突然侵入してきたギャング風の男たちに、拉致同然の形でどことも知れぬ孤島に招待されます。その島は、世界の政治と経済に多大な影響力を持つ軍需産業コングロマリットの総帥、キング・ベンディゴの秘密基地でした。キングのもとに暗殺予告の脅迫状が届き、心配した末弟のエーベルが手を回してクイーン父子を連れてきたわけです。
謎めいた島の様子に困惑しながらも、クイーンは脅迫状の主について捜査を進め、島に住んでいるある人物を特定します。しかし、その人物の予告どおり、驚くべき密室の殺人劇が起こってしまいます。
クイーンの密室トリックものというのは、そう数が多いという印象がないので(「チャイナ橙の謎」のインパクトが強過ぎて、他にあっても印象に残らないのかも知れませんが)、新鮮味を感じました。ベンディゴ・ファミリーの秘密を解く鍵が“あの街”にあるというのは唐突感がありましたが、いかにもクイーンらしいというか(笑)。

オススメ度:☆☆☆

2005.9.22


シェイヨルという名の星 (SF)
(コードウェイナー・スミス / ハヤカワ文庫SF 1997)

独自の世界観と雰囲気を持つSF『人類補完機構』シリーズのひとつ。
これには4作の中短篇が収められています。
動物から改造されて意思と感情を持つ人間型になったものの、人格も権利も認められず、消耗品扱いだった奴隷階級<下級民>の目覚めを象徴的に描いた「クラウン・タウンの死婦人」、シリーズ中最高にチャーミングなキャラクターである猫娘ク・メルと補完機構の幹部ジェストコーストの切ない恋と、<下級民>解放の発端となる出来事がリリカルに語られる「帰らぬク・メルのバラッド」、ある種のファースト・コンタクト・テーマと地球侵略テーマのバリエーション「老いた大地の底で」、第一級の犯罪者だけが刑罰のために送り込まれ、そこで何が行われるのか誰も知らないという惑星シェイヨルに送られた罪人マーサーの驚くべき体験を描く「シェイヨルという名の星」。
「鼠と竜のゲーム」を読んだ際も思いましたが、この独特の宇宙の断片がまた増えたと同時に、ますます複雑になって理解が困難になったというところでしょうか。

<収録作品>「クラウン・タウンの死婦人」、「老いた大地の底で」、「帰らぬク・メルのバラッド」、「シェイヨルという名の星」

オススメ度:☆☆☆

2005.9.23


黒後家蜘蛛の会5 (ミステリ)
(アイザック・アシモフ / 創元推理文庫 1998)

このシリーズ、書庫に登場するのは初めてですが、昔から愛読しております。
「黒後家蜘蛛の会」と呼ばれるサークルは、化学者・弁護士・数学者・画家・作家・暗号専門家の6人と、給仕のヘンリーが正会員になっており、月に一回、晩餐会を催して、誰かがゲストを連れてくることになっています。秘密厳守が条件とされ、ゲストは会員による質問には腹蔵なく答えねばなりません。
すると、ゲストは生活上の些細なエピソードから深刻な悩みまで、ミステリめいた話題を提供します。いずれも知識人で、それぞれの専門分野に一家言を持っている会員は、謎を解くために頭をひねり、侃々諤々の討論が行われるのですが、決まって謎を解くのは給仕のヘンリーというのが定番。
「水戸黄門」と同じくパターンが定まっていますので、安心して読めますし、1話が30ページほどなので、ちょっとした空き時間にも読めるのですが、つい夢中になって時間が経ってしまうのが欠点(笑)。何の役にも立たない雑学も、たっぷりと覚えられます。
未読の方は、1巻からまとめ読みするという贅沢も味わえるかも(笑)。

<収録作品>「同音異義」、「目の付けどころ」、「幸運のお守り」、「三重の悪魔」、「水上の夕映え」、「待てど暮らせど」、「ひったくり」、「静かな場所」、「四葉のクローバー」、「封筒」、「アリバイ」、「秘伝」

オススメ度:☆☆☆☆

2005.9.24


一角獣をさがせ! (ファンタジー)
(マイク・レズニック / ハヤカワ文庫FT 2000)

SF作家レズニックが書いた(おそらく)唯一のファンタジー作品。他にあるとしても、邦訳は出ていません。レズニックには「ソウルイーターを追え!」(新潮文庫:現在は入手困難)という、似たようなタイトルの凄絶でハードな宇宙SFがありますので、こちらもかなりシリアスな内容かと思っていましたが、全然違っていました。
マンハッタンで私立探偵を営むジョン・ジャスティン・マロリーは、妻と共同経営者に駆け落ちされた上に、恨みを持つギャングに狙われ、散々な大晦日を過ごしていました。ところが、不意に現れた緑色の妖精に依頼され、現実のマンハッタンに重なるように存在しているもうひとつのマンハッタンで、盗まれたユニコーンを探すという仕事を引き受ける羽目になります。そこは妖精や魔物が人間と共存している奇妙奇天烈なマンハッタン。妖精は、自分が管理を任されていたユニコーンを夜明けまでに見つけられないと、殺されてしまうというのです。
妖精のミュルゲンシュトゥルム(ティンカーベルというよりは、F・ブラウンの「火星人ゴーホーム」に出てくる緑色の火星人にイメージが近い)や、自分勝手で悪戯な(そりゃまあ猫ですから)猫娘フェリーナ、ユニコーン狩りの名人カラザース大佐などと共に捜査を始めたマロリーですが、盗まれたユニコーンには世界の運命を左右する秘密が隠されており、どうやら自分が相手にしているのが(こちらの世界では)悪名高い大悪魔グランディだとわかってきます。さて、マロリーはグランディを出し抜いて世界を救えるのか?
ハードボイルド・ミステリと異世界ファンタジーという、まったく異質なジャンルを組み合わせた上、ほんのちょっとした細かな部分にマニアにしかわからないお遊び(気付く読者だけ気付いて喜んでくれればいい、というスタンス)がふんだんに盛り込まれていて、どんどん物語世界に引き込まれてしまいます。
一例を挙げれば、職にあぶれたサンタクロースが大勢入居しているアパートの管理人が「ここのオーナーはニックという名だ」(もちろん聖ニコラスのことですな)と言うのに対して、マロリーが「ギリシャ人のニックじゃないだろうな」と返します。解説も何もないのですが、このセリフはジェームズ・ケインの「郵便配達は二度ベルを鳴らす」が元ネタでしょう。そういえば、マロリーの名前も、クレイグ・ライスのミステリに登場する飲んべのスチャラカ探偵ジョン・J・マローンを意識しているのは明らかです。さらに付け加えれば、夜明けまでという限られた時間で事件を解決しなければならないという緊迫のプロットはアイリッシュの「暁の死線」がモデルでしょうか。
マニアでなくても楽しめる、マニアなら余計に楽しめる、極上の作品と言えます。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2005.9.26


「シュピオ」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2002)

戦前の探偵小説雑誌の掲載作品を復刻した『幻の探偵雑誌』シリーズ第3巻。諸事情により(単に買った順番の問題だけ)第2巻は後回しです。
さて、今回の「シュピオ」は『幻』の中でも極めつけで、実はこれまで耳にしたこともありませんでした。昭和10年に同人雑誌「探偵文学」というタイトルで発刊され、後に海野十三・小栗虫太郎・木々高太郎の肝煎りで、新人作家を発掘する目的で「シュピオ」と改題されましたが、有望な新人は生まれず昭和13年には終刊を迎えてしまいました。
収められている作品も、心理ミステリ(現代ならサイコサスペンスかも)風な「柿の木」(紅生姜子)の他には見るべきものは少なく、長篇「白日鬼」(蘭郁二郎)は通俗サスペンスでそれなりに面白いですがいささか予定調和に過ぎ、合作小説「猪狩殺人事件」は素人によるリレー形式(発端を書いた小栗以外はアマチュアの同人)の欠点をさらけ出し、「街の探偵」(海野十三)も単なるアイディアメモのレベルでした。
歴史的資料として読むのが正しいのかも知れません。

<収録作品と作者>「暗闇行進曲」(伊志田 和郎)、「執念」(荻 一之介)、「猪狩殺人事件」(小栗 虫太郎/中島 親/蘭 郁二郎/大慈 宗一郎/平塚 白銀/村正 朱鳥/伴 白胤/伊志田 和郎/荻 一之介)、「白日鬼」(蘭 郁二郎)、「夜と女の死」(吉田 リ一)、「柿の木」(紅生 姜子)、「街の探偵」(海野 十三)

オススメ度:☆☆

2005.9.27


幻想の犬たち (ホラー:アンソロジー)
(ジャック・ダン&ガードナー・ドゾワ:編 / 扶桑社ミステリー 1999)

「魔法の猫」「不思議な猫たち」の編者による、犬が登場する怪奇幻想譚を集めたアンソロジーです。自分は完璧な猫派(笑)ですので、こちらは読むのが遅くなりました。
20世紀後半に書かれた作品から選んでいるので、SF・ファンタジー・ホラーが程よいバランスで収録されています。全部で16篇が収められていますが、以前に読んだことがあるのは4篇だけでした。
江戸時代の『生類憐みの令』と正反対な法案が施行された近未来のニューヨークの悲劇を淡々と描く「ニューヨーク、犬残酷物語」(J・J・マンディス)、タイトルからほのぼぼのとした愛情物語を予想するとひどいしっぺ返しをくらうバイオレンス篇「少年と犬」(ハーラン・エリスン)、仏教的な因果応報譚にひねりを加えた「同類たち」(J・クリストファー)、長篇でおなじみの、日常的なドラマに無気味なきしみを加えていく「最良の友」(J・キャロル)、荒廃した未来に犬と狼と人間の存在意義を問う「悪魔の恋人」(M・S・マッケイ)、正攻法でいちばん怖かった「猛犬の支配者」(A・バドリス)、最も短いですが最もインパクトが強い「一芸の犬」(B・ボストン)、ヒロイック・ファンタジーの古典『ファファード&グレイ・マウザー・シリーズ』の1エピソード「泣き叫ぶ塔」(フリッツ・ライバー)、これも古典SF「都市」の1篇「逃亡者」(C・D・シマック)など。
ただ、猫に比べると犬は神秘的な度合が低いイメージがあります。暴力的な恐怖感はあっても、背筋がぞくりとするような無気味な感じがする作品は少ないのでした。

<収録作品と作者>「死刑宣告」(デーモン・ナイト)、「ルーグ」(フィリップ・K・ディック)、「ニューヨーク、犬残酷物語」(ジェロルド・J・マンティス)、「銀の犬」(ケイト・ウィルヘルム)、「泣き叫ぶ塔」(フリッツ・ライバー)、「悪魔の恋人」(M・サージェント・マッケイ)、「同類たち」(ジョン・クリストファー)、「ぼくと犬の物語」(マイクル・ビショップ)、「おいで、パッツィ!」(フレッチャー・プラット&L・スプレイグ・ディ・キャンプ)、「逃亡者」(クリフォード・D・シマック)、「わたしは愛するものをスペースシャトル・コロンビアに奪われた」(ダミアン・ブロデリック)、「猛犬の支配者」(アルジス・バドリス)、「一芸の犬」(ブルース・ボストン)、「最良の友」(ジョナサン・キャロル)、「守護犬」(パット・マーフィー)、「少年と犬」(ハーラン・エリスン)

オススメ度:☆☆☆

2005.9.30


天国荘奇譚 (ユーモア/ミステリ)
(山田 風太郎 / 光文社文庫 2001)

『山田風太郎ミステリー傑作選』の第6巻。今回は『ユーモア篇』です。
ユーモアとは言ってもいろいろな種類があるのはもちろんのことで、収録作品も痛快なものとブラック・ユーモアのふたつに分かれ、あと若干のほのぼの要素も。
タイトルになっている「天国荘奇譚」は、戦前の旧制中学(現代で言えば中学と高校が一緒になっている)の男子学寮を舞台に、バンカラで豪胆な上級生が教師たちに派手な悪戯を仕掛けてギャフンと言わせる痛快篇。天国荘というのは寮の屋根裏に生徒たちがひそかに作った秘密基地のことですが、天国荘を含め、学生たちが夜中に寮を抜け出して街へ出かけたり、作者の実体験に基づくエピソードが多いそうです。
もうひとつ、300ページに及ぶ「青春探偵団」は、「天国荘奇譚」の設定を戦後に置き換え、霧ヶ城高校の「殺人クラブ」(面妖な名称ですが、実は単なる探偵小説愛好会)のメンバー、男子3人、女子3人(いずれも寮生で、男子は「青雲寮」、女子は「孔雀寮」に住んでいます。そして青雲寮の屋根裏には秘密基地「天国荘」が鎮座しています)が事件に巻き込まれ、あるいは事件を引き起こし、スラップスティックな大騒ぎの中、事件を解決していくという連作短篇。ちと時代的には古風ですが、いわゆる“青春推理”の名に恥じない作品と言えましょう。クイーン張りの大トリックで舎監の先生から「天国荘」の存在を守ったり、チームワークで地回りの愚連隊を懲らしめたり、ひょんなことから押し付けられた他殺死体を処理しながら犯人を指摘したり、リーダーの名(迷?)推理で濡れ衣を着せてしまった容疑者の疑いを晴らしたり――これって、ドラマ化したらかなり面白いのではないかと思います。
他の短篇のほとんどは、シニカルな視点から皮肉などんでん返しにもって行く犯罪ドラマ。

<収録作品>「天国荘奇譚」、「露出狂奇譚」、「賭博学体系」、「極悪人」、「大無法人」、「ダニ図鑑」、「青春探偵団」(「幽霊御入来」、「書庫の無頼漢」、「泥棒御入来」、「屋根裏の城主」、「砂の嵐」、「特に名を秘す」

オススメ度:☆☆☆☆

2005.10.2


屍鬼(1〜5) (ホラー)
(小野 不由美 / 新潮文庫 2002)

しばらくこちらに書き込みがなかったのは、この超大作に取り組んでいたからです(笑)。でも全5巻2500ページを1週間で読み切るというのは、かなりのペースかも。それだけ引き込まれていたということです。
さて、小野不由美さんは初読みですし、「屍鬼」という作品についてもほぼ白紙の状態のまま読み始めました。で、内表紙のタイトルに添えられた英語を見て初めて、この作品は例のあの作品(一応ネタバレのため伏せます)へのオマージュであり、あの設定を日本に置き換えて再構築しようという作者の目論見を知ったわけです。これほど真正面から宣言した作者の心意気に、まずは期待が高まりました。
舞台は過疎の山村・外場。そしていきなりクライマックスから始まります。秋の深まった晩に発生し、折からの強風と乾燥で見る見る広がった山火事に、ふもとの消防署は恐慌に陥ります。火元と思われる外場の消防団に電話をしても出ず、山道を下りてきたワゴン車の運転手は絶望的な言葉を吐いて立ち去ります。
そして、本編の物語はその年の夏にフラッシュバックします。
年々過疎が進み、高齢者が多い外場の村。村を囲む森林から切り出した樅材を材料に、棺桶や卒塔婆(村の名前の由来でもあります)を作っていた村は、閉鎖的で古い因習が残っています。埋葬方法も土葬が中心で、死者がよみがえる“起き上がり”という伝説もささやかれていました。
その年の春、土地の有力者の名を取って“兼正”と呼ばれる高台の土地に、周囲にそぐわない古びた洋館が移築されましたが、住人が引っ越してくる様子もなく、夏は盛りを過ぎようとしていました。ところが、村の伝統的な魔を祓う“虫送り”の儀式が済んだ頃、夜中に運送業者のトラックが乗り付けます。引っ越してきたのは桐敷と名乗る実業家で、妻と娘は病弱とのことで外には現れず、昼間は辰巳という若い使用人が出入りするだけでした。
そうこうするうちに、村でも最も山奥にあるさびれた集落・山入で3人だけの住人が死体となって発見されます。自然死のようでしたが、野犬に食い荒らされたのか、悲惨な状態になっていました。ところが、村で唯一の医師である尾崎は、村の死者が例年よりも多いことに気付きます。最初は夏風邪のような症状、倦怠感と食欲不振があるだけなのですが、やがて全身の状態が急激に悪化して多臓器不全で急死するのです。尾崎と、尾崎の友人で、寺の副住職で小説家の静信は、疫病が発生しているのではないかと疑念を抱き、ひそかに調査を始めます。
しかし、努力の甲斐もなく死者の数は増え続けます。それに伴って、死ぬ前に職場を突然辞めた者、夜逃げするように転出していく一家など、不可解な現象が起こり始めます。一方、静信は裏山の聖域で、桐敷家の一人娘、十代初めの沙子と出会い、交流を深めます。
グランドホテル形式で村人たちの日常を描く第1巻、不安感がじわじわと迫って来る第2巻を過ぎると、いよいよ事態の真相に思い当たった人物たちが、それぞれに手探りで動き始めます。科学知識と古代からの伝承を元に推論する静信と尾崎。子供らしい直感で事態に気付いた、都会から来た高校生・夏野と、幼馴染が怪死したかおり・昭の中学生姉弟。神がかり的な妄想で、結果的に図星を突いた老女・郁美。ですが、村を徘徊する魔は、次々と村人を毒牙にかけていきます。事態の行き着く先は――。
先に触れた、先行するある作品を読んだことがあるかどうかで、この作品の読み方は大きく変わってくると思います。知らなければ知らないなりに、白紙の状態で純粋ホラーとして楽しめるでしょうし、知っていれば知っていたで、どのように事態が進行していくのか興味津々で読み進めることができます。そして2巻の途中、日本ではごく日常的に使われる社交辞令が、恐ろしい意味を持っていることに気付いて背筋が凍る思いをすることになるわけです。
善悪が単純化されてクライマックスへなだれ込んでいく先行作品と違って、R・マシスンのある作品を意識したような価値観の逆転もあり、ひとりひとり日常を細かく描き込んだ結果、非常に深みのある重層的な中身に仕上がっています。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.10.9


無限からの警告 (SF)
(ハンス・クナイフェル&H・G・フランシス / ハヤカワ文庫SF 2005)

“ペリー・ローダン・シリーズ”の第316巻。
今回もタイトルには苦労してますね〜。M87サイクルの中に「彼岸からの警報」(173巻)と「過去からの声」(188巻)という、微妙に違うのがありました。全話のタイトルを暗記しようなんて人がいたら、混乱しそうです。
さて、
前巻で、かつてナウパウム銀河の支配種族だったユーロクの故郷惑星を調査に訪れたローダン。謎の敵に宇宙船を破壊され、パートナーのガイト・コールとともに逃亡しつつ首都ヌプレルに到達します。そこで遭遇した敵の正体はなんと――。ここで、ナウパウム銀河が●●●宇宙だったという事実が明らかにされます。さすがにそれは予想していませんでした。あの種族の名前を聞いたのも久しぶりで。
ともあれ、救出されたローダンは、再び(313巻以来)故郷銀河への精神的コンタクトを試みます。銀河でもアトランやグッキーが疑念を抱き始めたようで、目が離せません。

<収録作品と作者>「飛行都市」(ハンス・クナイフェル)、「無限からの警告」(H・G・フランシス)

オススメ度:☆☆☆

2005.10.10


嵐の獅子たち (ヒロイック・ファンタジー)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 2002)

『グイン・サーガ』の第83巻です。
前巻、魔が跳梁するクリスタル・パレスの内部に赴いて、幽閉されていた彼女(名は伏せます)を救い出したグインは、そのまま自分が率いるケイロニア軍を率いて、マルガにたてこもるアルド・ナリスの許に向かいます。
一方、パロ国内に進入したイシュトヴァーンのゴーラ軍は、レムス軍と小競り合いを繰り返すものの、密約をしていたはずのマルガのナリスからは梨のつぶて。不安と焦燥にかられるイシュトヴァーン陣営に夜襲をかけた勇猛な軍隊。それはなんと、意外な人物が率いていました。さらにイシュトヴァーンに迫る黒い影・・・。
この回も、動きは少ないですがクライマックス(いつまで続くんでしょうね)に向けてのターニング・ポイントになる巻だと思います。

オススメ度:☆☆☆

2005.10.11


魔石の伝説1 ―冥界からの急襲― (ファンタジー)
(テリー・グッドカインド / ハヤカワ文庫FT 2002)

『真実の剣』の第2シリーズが始まりました。とはいっても世間では既に第5シリーズに入っているのですが(汗)。まあマイペースで読んでいきます。
前シリーズ「魔道士の掟」の
ラストで悪の魔王ダークン・ラールを倒した<探求者>リチャードは、ラールにさらわれていた<泥の民>の子供シディンを故郷へ送り届けに、<聴罪師>カーランとともに赤ドラゴンのスカーレットに乗って出発します。
ところが、ラールの宮殿に残って<魔法の箱>の処置に頭を悩ませていた老魔道士ゼッドと森番チェイスを、地下世界から出現した闇の怪物が襲います。ラールが行った黒魔術のために、冥界とこの世を隔てる<ベール>に裂け目が生じていたのです。魔石を使って裂け目を封じることができると予言されているのは、<探求者>のみ。
同じ頃、<泥の民>の土地にも闇の怪物が出現します。そして、体調の変化を感じ取っていたリチャードのところへ、カーランも存在を知らなかった<光の信徒>と名乗る3人の女性が訪れるのでした。
前巻のクライマックスからわずか1日の時点で始まるというところにテンポの良さを感じますが、数少ない魔法の才を持つ人々に対する設定が、先行するファンタジー・シリーズ『時の車輪』や『グウィネド王国年代記』(キャサリン・カーツ)、『魔法十字軍』(ジュリー・ディーン・スミス)などに似ているのが気になります。まだ始まったばかりなので何とも言えませんが、よく言えば王道、悪く言えばありきたり――ということで、次巻に期待しましょう。

オススメ度:☆☆☆

2005.10.12


探偵ガリレオ (ミステリ)
(東野 圭吾 / 文春文庫 2002)

昭和40年代の特撮怪奇ドラマ『怪奇大作戦』を彷彿とさせる連作ミステリ。
人体自然発火、幽体離脱、池に浮かんだデスマスクなど、科学では説明がつきそうもない怪奇現象がからんだ事件にぶつかったとき、警視庁捜査一課の刑事・草薙は、学生時代の友人で物理学の助教授・湯川の許を訪れます。
すると、湯川は鮮やかな合理的解釈で事件を説明してしまうのです。某教授のように何でもかんでもプラズマのせいにしてしまうわけでもなく(第1話で、すわプラズマか!というネタをぶつけてきたのも、意識しているのかもしれません(^^;)、ある程度の科学知識(とはいえ、かなりマニアックな部類に属する知識ですが)があれば、解ける謎ではあります。ちなみに第1話、第4話、第5話は、途中で見当がつきました(笑)。
作者は佐野史郎さんのイメージで湯川助教授を描いたということで、たしかに「特命リサーチ」の松岡チーフと重なるところがあります。「特命リサーチ」が好きだった人にはオススメです。

<収録作品>「燃える」、「転写る」、「壊死る」、「爆ぜる」、「離脱る」

オススメ度:☆☆☆

2005.10.13


京都魔界案内 (ガイド)
(小松 和彦 / 知恵の森文庫 2002)

京都に点在する「呪」「怪」「魔」に彩られた名所旧跡を、そこにまつわる“あやしのもの”のエピソードと共に紹介した本。アクセス手段やイベントの期日なども付されており、実際にこの本を片手に京都を歩き回れる実用的なガイドブックにもなっています。もともとは「京都新聞」に連載された記事だそうです。
以前、
「魔界都市・京都の謎」という似たようなタイトルの本を読みましたが、同じ題材を料理しているのに、これだけ説得力と信憑性が違うものかと驚きました。もちろんこちらの方が格段に上。同じ怪異のエピソードを紹介するにしても、しっかりと出典が明記されていますし、いたずらに読者を煽ることもなく、わかりやすい記述を心がけているのが伝わってきます。これは著者の職業の違い(あちらは時代作家、こちらは民俗学者)に起因するものではなく、表現者としてのスタンスまたは出版側の編集方針によるものなのでしょう。

オススメ度:☆☆☆

2005.10.13


ノービットの冒険 ―ゆきて帰りし物語― (SF)
(パット・マーフィー / ハヤカワ文庫SF 2001)

タイトルや副題からお分かりの通り、トールキンの「ホビットの冒険」を下敷きとしたスペース・オペラです。「ホビットの冒険」は、かの「指輪物語」の前駆をなす物語で、フロドの養父ビルボ・バギンズは、この冒険の途中、ゴクリから例の指輪を手に入れるわけです。
さて、舞台はワームホールを抜ける宇宙航法を使って人類が銀河に広がった遠未来。いまや辺境となってしまった太陽系の小惑星帯には、ノービットと自称するのんびりした人々が暮らしていました。小型の小惑星をくりぬいて家とし、生活資源はすべて小惑星から得る自給自足の生活をし、仲間や親族との付き合いだけを楽しみにする平和な種族で、環境の影響から背が低いずんぐりした体躯をしています。
そのノービットのひとり、ベイリー・ベルドン(ビルボ・バギンズとイニシャルは同じですね)も、甥っ子のフェリス(フロドではない)とシューティングゲームを楽しんだり、温室で野菜や果物を育てたり、鉱石を採掘したり、のんびりと日々を送っていましたが、小惑星帯に迷い込んできたメッセージ・ポッドを拾ったことから、思わぬ冒険に旅立つことになります。そのメッセージ・ポッドは、銀河でも有力なクローンのファール一族(トーリンの率いるドワーフ一族のように頑固で排他的な連中)のひとりヴァイオレットが、どことも知れぬ宇宙の果てから送ってきたものなのでした。
ベイリーの許を訪れたのは、宇宙に名をとどろかす百戦錬磨の冒険者で比類のない知恵者の女性ギターナ(つまりはガンダルフ)でした。ギターナによって、太古に銀河を支配していた超種族の遺物“スナーク”を求めるファール一族の遠征隊に否応なく参加させられたベイリーは、次から次へと冒険に巻き込まれ、ノービットならではの知恵と才能で切り抜けていきます。
途中、ベイリーは復活党(クローンに人格を認めず、人体パーツの供給源としか考えない無慈悲な種族)の基地で出会った、ゴトリ(ゴクリではない)という機械と人体の合成生物が持っていた謎の金属の輪を手に入れます。その輪には、驚くべき効果がありました(身につけた人の姿を消す、なんてものではありません)。
トールキンの世界を知っている人にはたまらない内容ですし(変に改変されているわけではないので、素直に入り込めます)、予備知識無しで読んでも一級品の冒険SFとして楽しめます。何といっても元ネタ自体が冒険小説の王道を行っているわけですから。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.10.15


ホームズと不死の創造者 (SF)
(ブライアン・ステイブルフォード / ハヤカワ文庫SF 2002)

以前に読んだ「地を継ぐ者」と同じ未来史を構成する第2作。でも前作を読んでいなくてもまったく問題ありません。
舞台は「地を継ぐ者」の300年後、25世紀末。今やナノテクノロジーと遺伝子操作によって数百年以上も生きられる技術が普及していますが、貧富の差によってそれを受けられない階層もおり、そういう階層の人々は、数回の若返り処置を施しても200年も生きられません。
そんな中、ニューヨークの高層ビルでひとりの老人が殺害されます。凶器は人間の肉体をむさぼるように遺伝子改変された植物で、現場には19世紀のフランス詩人ボードレールの詩を記したカードが残されていました。
事件を捜査するのは、意欲はあるけれども空回りしてしまう新米女性捜査官シャーロット・ホームズ。切れ者の上司ワトスン警視の指示で現場へ赴いたシャーロッテは、犯人からと思われるメッセージで現場に呼び出された一流フラワーデザイナーのオスカー・ワイルド、人々の生活すべてを支えている産業複合体メガモールから派遣されたマイクル・ロウェンザールと共に、現場から消えた謎の女の追跡を開始しますが、その甲斐もなく第2、第3の殺人が起こります。被害者はいずれも死期の迫った老人(不老処置が開発される前に生まれている)ですが、共通点は見つかりません。最大の葬儀社ラパチーニの社長が黒幕ではないかと考えるマイケル、ライバルのフラワーデザイナーが怪しいとにらむオスカー、オスカーこそ真犯人ではないかと疑うシャーロットと、三者三様の疑心暗鬼の中、物語は進んでいきます。
SFミステリであると同時に、ホームズ物を初めとする過去のミステリや幻想小説が随所に散りばめられ(“ラパチーニ”は、もちろんN・ホーソンの植物怪談「ラパチーニの娘」に登場するマッドサイエンティスト)、後半には「ドクター・モローの島」まで出てきます。しかし、ステイブルフォードの作風でしょうか、かなり派手なネタを使っているのに地味な印象しか残りません。

オススメ度:☆☆☆

2005.10.18


明治の探偵小説 (評論)
(伊藤 秀雄 / 双葉文庫 2002)

双葉文庫から出ている『日本推理作家協会賞受賞作全集』の1冊。このシリーズは初めて買いましたが、変わっているのはカバー背表紙には作者名しか出ておらず、収録作のタイトルが背表紙からではわからないことです。ちゃんと手にとって確かめなさい、ということなのでしょうか(笑)。
さて、この「明治の探偵小説」は同賞の「評論その他の部門」で受賞したもので、明治初頭に初めて海外から探偵小説というジャンルの読み物が伝わってから、黒岩涙香を柱とした翻案小説の興隆と文壇の反発、探偵実話・犯罪実話の流行、押川春浪らによる冒険小説の勃興など、40年に及ぶ日本の探偵小説の黎明期を豊富な資料に基づいて詳説した研究書です。
戦前の探偵小説はかなり読んではいますが、明治となるとまったく読んでおらず、作家にしても前述の涙香と春浪、それから文壇で幸田露伴が探偵小説味の濃い短篇をいくつか書いているのを知っていたくらいで、どれも目新しい記述ばかりでした。各作品の梗概も豊富に掲載されていますが、基本的に研究書なので論文調の文体が読みづらいこと(笑)。関心のある方のみお読みください。
この時代の探偵小説については、ちくま文庫から『明治探偵冒険小説』シリーズが全4巻で出ています(購入済み・未読)。

オススメ度:☆☆

2005.10.21


エンディミオン(上・下) (SF)
(ダン・シモンズ / ハヤカワ文庫SF 2002)

「ハイペリオン」「ハイペリオンの没落」に続く壮大なSFドラマ第3作です。
「ハイペリオンの没落」のラストで“崩壊”を迎えた銀河の人類文明圏ですが、それから300年、銀河は“パクス”(平和)と呼ばれるキリスト教起源の教団に支配されていました。惑星ハイペリオンで発見された、死者を復活させる共生体“聖十字架”を独占し、人類の死と復活を支配する権力を得たパクスは、中世ヨーロッパのカトリックのように、神の名の下に専制政治を敷いています。
ハイペリオンの辺境で森番兼狩猟ガイドをしていた青年ロール・エンディミオンは、トラブルを起こした客を正当防衛で殺してしまい、関係者の偽証によって死刑を宣告されます。それを密かに救ったのが「ハイペリオン」の巡礼のひとり、詩人サイリーナスでした。サイリーナスはエンディミオンにとてつもない頼み事をします。
巡礼のひとりレイミアと巨大AI“テクノコア”が送り込んだサイブリッド詩人キーツとの間に生まれた娘、12歳のアイネイアーが、もうすぐハイペリオンの“時間の墓標”から出現することになっており、その彼女をパクス最強の軍団が待ち構えている中から救い出してほしいというのです。アイネイアーは将来“救世主”となることが予言されており、そのためにパクスはアイネイアーを拉致しようとしていました。さらに、サイリーナスの頼み事は続きます。アイネイアーを護って旅をし、ブラックホールに消えた(またはテクノコアによってマゼラン星雲に移された)人類発祥の地オールド・アースを発見すること、テクノコアの野望をくじくこと、宇宙空間に適応した人類で破壊と殺戮の宇宙海賊と呼ばれる凶悪な種族アウスターとコンタクトを取ること、パクスを滅ぼすこと、恐るべき殺戮の化身とも言うべき怪物シュライクから人類を守り抜くこと――。古今東西のヒーローが束になってもやってのけることは難しいと思われるこれらの課題を、やけになった(半分は冗談と思っていた)エンディミオンは引き受けてしまいます。
まず最初の試練は、宇宙最強のスイス護衛兵の精鋭が待ち構える“時間の墓標”から現れるアイネイアーを保護し、やはり巡礼のひとりだった“領事”の宇宙船でハイペリオンを脱出すること。サイリーナスが予言した“奇跡”を信じ、ホーキング絨毯に乗って単身“時間の墓標”を目指すエンディミオン。
――(中略)――ともかく無事にアイネイアーを保護したエンディミオンは、アンドロイドのベティックと共に、領事の宇宙船でハイペリオンを脱出します。追跡するのはパクスでもたたき上げの聖職者にして軍人、デ・ソヤ神父大佐と直属のスイス護衛兵の一隊。“時間の墓標”でアイネイアーを捕え損ねたデ・ソヤは、教皇じきじきに大権を与えられ、パクスの最新式超光速宇宙船(とんでもない仕掛けです)を駆って、追跡を続けます。
かつて惑星から惑星を瞬時に結んでいた転送ゲートを抜け、星から星へと遍歴を続けるアイネイアー、エンディミオン、ベティック(この旅は「オズ」になぞらえられています)は、ジャングル惑星、海だけの惑星、氷惑星、砂漠の惑星などで冒険を繰り広げながら、最終目的地(アイネイアーいわく「着けばそこが目的地だとわかる」)を目指します。
前2作と同様、過去の名作SFのエッセンスが凝縮されており、ストーリーの展開も、「そうなってほしいな、そうなるんじゃないかな、そうなってくれたら嬉しいな・・・よっしゃ、そうなった!!」という快感を味わわせてくれます。読んでいる間に思い浮かんだ他のSF作品を少し挙げますと、『魔王子シリーズ』(ジャック・ヴァンス)、『デュマレスト・サーガ』(E・C・タブ)、『リバーワールド』(フィリップ・ホセ・ファーマー)、『デューン』(フランク・ハーバート)、「闇の左手」(アーシュラ・K・ル・グィン)、「宇宙の戦士」(ロバート・A・ハインライン)、「アーヴァータール」(ポール・アンダースン)・・・。小説以外にも「サイボーグ009」とか「スター・ウォーズ」も。
しかし物語はまだ半分、「エンディミオンの覚醒」へと続きます。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2005.10.26


微生物がいっぱい (科学)
(田口 文章・長谷川 勝重 / ちくま文庫 2002)

近年、マスコミに取り上げられ話題となった微生物や感染症(今は“伝染病”とは言わず“感染症”と言うそうです)について、実際に現場で働く研究者が警鐘を込めて、平易に解説したもの。もともと、北里大学の研究室のホームページに掲載されていた文章に加筆したものだそうです。
プリオンと狂牛病、O−157、鳥インフルエンザ、空気清浄機と24時間風呂の問題点、抗菌グッズの有効性、ワクチンと血清の違い、公衆衛生など、一般の人にわかるように(と言っている割にはけっこう専門用語を解説なく使っていたりしますが)記述しています。さすがは現場の研究者の著作だけあって、『抗菌』という専門用語はないとかコンタクトレンズを使っている眼科医はいないとか、牛肉の安全性をアピールするのなら政治家は自分で食べて見せずに自分の子供や孫に食べさせろとか、目からウロコやら思わず大きくうなずいてしまう記事も多いです。
同じ題材でも、サイエンス・ライターやジャーナリストがセンセーショナルな書き方をするのとは好対照ですが、大学の教養科目の講義を受けているような気分になります(←ほめ言葉ですよ)。

オススメ度:☆☆☆

2005.10.28


SFベスト・オブ・ザ・ベスト(上・下) (SF:アンソロジー)
(ジュディス・メリル:編 / 創元SF文庫 1998)

初版はなんと1976年ですが、復刊フェアで入手したものです。
かつて、書店で創元推理文庫のコーナーを見ると、「年刊SF傑作選(ジュディス・メリル編)」というタイトルの本が何冊も並んでいました(第1集〜第7集まで出ていました)。ですが、当時はまだSF短篇まで手が回らず、買わないでいるうちに、いつのまにか書店から姿を消してしまいました。
この「SFベスト・オブ・ザ・ベスト」は、それら7冊の中からさらに選りすぐった作品をまとめたものかと思っていたのですが、解説を見ると、それは間違いでした。日本版の「年刊SF傑作選」は、メリル女史が編纂した12のSF傑作選のうち、後半の7冊を訳出したもので、この「ベスト・オブ・ザ・ベスト」は、日本で未訳の前半5冊の中から選ばれたベスト版なのだそうです。つまり、既刊とダブリなし。
収録作品はいずれも1950年代に書かれたもので、必ずしも1作家1作品ではありません(2作が収録されている作家が3人います)。収録作家もアシモフ、ライバー、スタージョン、シマック、シェクリー、オールディスといったビッグ・ネームから、懐かしのウォルター・ミラーやゼナ・ヘンダースン、ジャンル違いではないかと思ってしまったシャーリー・ジャクスン、本アンソロジーで初めて知った作家も何人かいます。
やはり半世紀前の作品ですから、ネタが古めかしかったり、構成がシンプル過ぎたりするものもありますが、もちろんそれは歴史的意義を感じるということで。
「方程式」とは別の精神的極限状況を描く「隔壁」(シオドア・スタージョン)、『ピープル・シリーズ』の詩情と共通する「なんでも箱」(ゼナ・ヘンダースン)、シマックらしいファースト・コンタクト「孤独な死」(クリフォード・D・シマック)、時間旅行とタイムパラドックステーマをシンプルに描く「時は金」(マック・レナルズ)、衝突進路に乗った米ソの宇宙船のチキン・ゲーム「衝突進路」(T・L・トマス)、とぼけた超能力テーマ「思考と離れた感覚」(マーク・クリフトン)、一種の集団知性テーマ?「率直にいこう」(ブライアン・W・オールディス)、キングの「バトルランナー」の先駆ともいえる「危険の報酬」(ロバート・シェクリー)、SFというよりは奇妙な味の「ゴーレム」(A・デイヴィッドスン)と「ある晴れた日に」(S・ジャクスン)など。
もっとも、メリル女史の言うSFは、『サイエンス・フィクション』であると同時に『サイエンス・ファンタジー』であり『スペキュレイティヴ・フィクション』という定義がなされていますから、広いジャンルの作品が収録されているのも当然でしょう。

<収録作品と作者>上巻:「帰郷」(ウォルター・M・ミラー・ジュニア)、「隔壁」(シオドー・スタージョン)、「なんでも箱」(ゼナ・ヘンダースン)、「闘士ケイシー」(リチャード・M・マッケナ)、「孤独な死」(クリフォード・D・シマック)、「跳躍者の時空」(フリッツ・ライバー)、「狩人」(キャロル・エムシュウィラー)、「異星人ステーション」(デーモン・ナイト)、「衝突進路」(シオドー・L・トマス)、「時は金」(マック・レナルズ)、「ジュニア」(ロバート・アバーナシイ)
下巻:「夢幻世界へ」(コードウェイナー・スミス)、「思考と離れた感覚」(マーク・クリフトン)、「マリアーナ」(フリッツ・ライバー)、「プレニチュード」(ウィル・ワーシントン)、「浜辺に行った日」(キャロル・エムシュウィラー)、「率直にいこう」(ブライアン・W・オールディス)、「驚異の馬」(ジョージ・バイラム)、「隠れ家」(アルジス・バドリス)、「危険の報酬」(ロバート・シェクリー)、「人形使い」(デーモン・ナイト)、「ゴーレム」(アヴラム・デイヴィッドスン)、「ちくたく、ちくたく、ケルアック」(リチャード・ゲーマン)、「録夢業」(アイザック・アシモフ)、「公開憎悪」(スティーヴ・アレン)、「変身」(シオドア・R・コグズウェル)、「ある晴れた日に」(シャーリー・ジャクスン)

オススメ度:☆☆☆

2005.10.30


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