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イクシーの書庫・過去ログ(2006年3月〜4月)

<オススメ度>の解説
 ※あくまで○にの主観に基づいたものです。
☆☆☆☆☆:絶対のお勧め品。必読!!☆☆:お金と時間に余裕があれば
☆☆☆☆:読んで損はありません:読むのはお金と時間のムダです
☆☆☆:まあまあの水準作:問題外(怒)


「探偵文藝」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2001)

『幻の探偵雑誌』シリーズ第5巻。買った順番の関係で7巻よりも後回しになっていましたが、ようやく順番が回ってきました。
「探偵文藝」は、江戸川乱歩よりも先に探偵小説を発表していた松本泰夫妻が編集者を務めていた、日本の探偵小説黎明期の雑誌だそうです。創刊は大正12年(創刊時のタイトルは「秘密探偵雑誌」)で、海外翻訳中心から徐々に日本人の創作も掲載を始め、城昌幸がデビューしたのも本誌でした。経済的事情もあり、昭和2年1月という早い時期に廃刊となっています。
本書には、短篇小説17篇のほか随筆なども収録されています。
江戸川乱歩が本誌に寄稿した唯一の作品「毒草」、「丹下左膳」シリーズで一世を風靡した林不忘(別名:牧逸馬)の捕物帳「釘抜藤吉捕物覚書」3篇(実は捕物帳は守備範囲に入っていないのですが、ホームズものをはじめとした翻案ものが多いこともあって、風俗が江戸時代なだけで、実はかなりトリッキーで楽しい作品が多いことに気付きました。食指が動きます(^^;)、O・ヘンリ風味の人情噺「愛の為めに」(甲賀三郎)、松本泰が留学していたロンドンを舞台にしたサスペンスもの「P丘の殺人事件」と「日蔭の街」など。

<収録作品と作者>「P丘の殺人事件」(松本 泰)、「葉巻煙草に救われた話」(杜 伶二)、「釘抜藤吉捕物覚書」(「のの字の刀痕」、「宇治の茶箱」、「怪談抜地獄」林 不忘)、「ものを言う血」(深見 ヘンリイ)、「夜汽車」(牧 逸馬)、「秘密結社脱走人に絡る話」(城 昌幸)、「台湾パナマ」(波野 白跳)、「シャンプオオル氏事件の顛末」(城 昌幸)、「万年筆の由来」(中野 圭介)、「毒草」(江戸川 乱歩)、「謎」(本田 緒生)、「愛の為めに」(甲賀 三郎)、「指紋」(古畑 種基)、「くらがり坂の怪」(南 幸夫)、「偶然の功名」(福田 辰男)、「白蝋鬼事件」(米田 華※)、「日蔭の街」(松本 泰)、「『笑い』と掏摸」(松村 英一)、「探偵小説の映画化」(畑 耕一)、「偽雷神(支那の探偵奇譚)」(水島 爾保布)、「錬金詐欺」(小酒井 不木)、「馬鈴薯園」(野尻 抱影)

オススメ度:☆☆

2006.3.2


逆説の日本史6 中世神風編 (歴史ノンフィクション)
(井沢 元彦 / 小学館文庫 2002)

新たな視点から日本史に焦点を当てる『逆説の日本史』シリーズ、第6巻は鎌倉仏教と建武の新政がテーマです。
前半では、鎌倉時代に新たに生まれた仏教の流派――浄土宗、浄土真宗、曹洞宗、日蓮宗、時宗といった山川の歴史教科書でおなじみの各宗派(今でも載っているんでしょうか)が、平安仏教(天台宗・真言宗)のアンチテーゼとして出現し、以降の盛衰に至る点が、そもそもの仏教史を敷衍しながら語られます。井沢さんも文中で書いておられますように、ひとつの宗教を論じるにはそれこそ大部の書物が必要で(しかもそれだけではすべてを示すことはできない)、ここに書かれているのはほんの表面だけなのですが、それでも近現代の日本を支配した思想の底流となってしっかり息づいているそれら宗教の息吹が白日の下に現れます。
また、後半では鎌倉幕府がはじめて確立した武家政治を否定して律令の世を復活させようとした後醍醐天皇を支配していた朱子学思想の源流と、彼の限界が示されます(続きは次巻)。
本書が書かれたのは小泉政権誕生前だったわけですが、現在の政治状況を見るにつけても、ここに書かれていることが現代日本で具体化して現れて来ているとひしひしと感じます。

オススメ度:☆☆☆

2006.3.3


佐藤春夫集 (ミステリ・怪奇幻想)
(佐藤 春夫 / ちくま文庫 2002)

『怪奇探偵小説名作選』の第4巻。ですが、この人選は意外でした。
もともと純文学嫌いで、特に「詩」ときたら何が何やらさっぱりわからないという体たらくですので(笑)、佐藤春夫さんといえば名前を知っているという程度でした。
もちろん、明治時代の純文学者でも谷崎潤一郎や芥川龍之介は探偵小説にも造詣が深く、自らも純探偵小説と呼べる作品(谷崎の「途上」とか、芥川の「開化の殺人」とか)を書いていることは知っていました。佐藤春夫は、それ以上に海外の探偵小説に通じ、探偵小説のついての確固たる理念まで持っていたのですね(本書にも「探偵小説小論」が収録されています)。本書を読んではじめて知りました。
本書には、純粋探偵小説からエスプリの利いた小品、怪奇・幻想小説からSF的なものまで幅広く収められています。
阿片窟で起こった殺人事件の謎を解く「指紋」、インターンが看護婦長を刺殺するまでの心理の動きを克明に描いた「陳述」、山中の空き地で女性の焼死体が発見されたという実際の新聞記事に基いて真相を推理するリアリズムに満ちた「女人焚死」といった重厚な作品や、ホームズとワトスンの日常会話を思わせるようなエピソードを積み重ねた「家常茶飯」、買ってきたオウムがしゃべる言葉の断片から元の飼い主の家庭の事情を推理する「オカアサン」、戦時中のジャカルタを舞台にしたユーモラスな「マンディ・バナス」、『日本怪談集』(河出文庫)にも収録された幽霊屋敷因縁譚「化物屋敷」、莫大な遺産を費やして東京の真ん中に理想の町を建設しようとする青年の夢と挫折を描く「美しき町」、未来を舞台としたディストピアSFといえる「のんしゃらん記録」など、バラエティに富んでいます。

<収録作品>「西班牙犬の家」、「指紋」、「月かげ」、「陳述」、「オカアサン」、「アダム・ルックスが遺書」、「家常茶飯」、「痛ましい発見」、「時計のいたずら」、「黄昏の殺人」、「奇談」、「化物屋敷」、「山妖海異」、「のんしゃらん記録」、「小草の夢」、「マンディ・バナス」、「女人焚死」、「或るフェミニストの話」、「女誡扇綺譚」、「美しき町」、「探偵小説論」、「探偵小説と芸術味」

オススメ度:☆☆☆

2006.3.7


黒竜戦史4 ―太陽の宮殿― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2002)

『時の車輪』の第6シリーズ第4巻。
今回は珍しくサリダールの異能者が登場せず、ほとんどアル=ソアのひとり舞台です。
仇敵サマエルから休戦協定を持ちかけられたアル=ソアはもちろんそれを一蹴。絶対力で瞬間移動できる“飛躍孔”を使ってあちこち飛び回っていますが問題山積。そんな中、平和な古き巨人族オジールが3人、アル=ソアを訪ねてきます。かつてアル=ソアらと同行していたオジールのロイアルを連れ戻しにきたというのです。アル=ソアはロイアルの居場所を教えるのと交換条件に、オジールの「秘密の通路」のすべての場所を聞き出そうとします。闇の勢力が通路を使って手勢を送り込んでくるのを防ぐためでした。
呪われし都市シャダー・ロゴスにも通路の出入り口があると知ったアル=ソアは、それを塞ぐためにアイール人護衛を率いて(というより勝手についてきた)古代都市に向かいますが――。
そんな中、<白い塔>の使者がアル=ソアのいるケーリエンを訪れます。
以下、
次巻

オススメ度:☆☆☆

2006.3.8


蜃気楼の彼方 (ヒロイック・ファンタジー)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 2002)

『グイン・サーガ』の第85巻。そろそろ展開は風雲急を告げ始めます。
前巻のラストから、アルド・ナリスがいるマルガは凄惨な戦場となり、ヤツの影響を受けた(と思われる)彼は、ついにナリスの元へ至ります。
一方、リンダを伴ったグイン率いるケイロニア軍は、事実上ナリス支援を宣言し、ゴーラ軍へ交渉を申し入れます。静かな村の片隅で、ついに再会する重要人物たち。特に彼と彼女などは15巻か16巻以来の顔合わせとなります。(代名詞や奥歯にもののはさまったような言い方が多いですが、ネタバレ防止のためです(^^;)
そしてついに、ラストではあの人と彼との戦いが始まります。順番を飛ばしてすぐに読みたくなるほど、次巻が待ち遠しいです。

オススメ度:☆☆☆

2006.3.9


橘外男集 (怪奇・伝奇)
(橘 外男 / ちくま文庫 2002)

『怪奇探偵小説名作選』の第5巻。ただし、探偵小説は一編も入っていません(笑)。
この作者の作品集は、高校時代に(どんな高校生だ)現代教養文庫版『橘外男傑作選』の第1巻「死の蔭探検記」を読んでいましたが、内容がユーモア・怪奇・秘境冒険ものなどバラエティに富んでいたこともあり、逆に強い印象を持ってはいませんでした。
しかし本書には、作者が最も得意とした海外を舞台にした実話風伝奇小説と、日本を舞台とした純粋怪談を、それぞれ5篇ずつ収録されており、コクのある構成になっています。
海外伝奇ものは、中央アフリカの奥地でゴリラの言語を研究する学者一行を襲った悲劇「令嬢エミーラの日記」、南米ベネズエラのマラカイボ湖に浮かぶ孤島コルソ島の住民が引き起こす残虐な復讐譚「聖コルソ島復讐奇譚」、ボリビアとパラグアイの国境付近の荒野で発見された恐るべき獣人の物語「マトモッソ渓谷」、南アフリカの原住民の酋長の奇怪な行動を描く「怪人シプリアノ」、美貌の日本人マッドサイエンティストが主人公の「女豹の博士」の5篇。
怪談ものは、逗子に療養に来た青年がふとしたことから子供の幽霊とかかわり合う秀作「逗子物語」、古い豪華な蒲団に取り憑いた怨霊のたたりを描く「蒲団」、数ページの小品ですが圧倒的なインパクトを残す「生不動」、死者の霊が生前に恩を受けた医師のもとを訪れる「幽魂賦」、薄幸のまま離縁されて死んだ妻と再婚(!)する青年医師の話「棺前結婚」の5篇。

<収録作品>「令嬢エミーラの日記」、「聖コルソ島復讐奇譚」、「マトモッソ渓谷」、「怪人シプリアノ」、「女豹の博士」、「逗子物語」、「蒲団」、「生不動」、「幽魂賦」、「棺前結婚」

オススメ度:☆☆☆☆

2006.3.11


自殺艦隊 (SF)
(H・G・エーヴェルス&H・G・フランシス / ハヤカワ文庫SF 2006)

“ペリー・ローダン・シリーズ”の第321巻。
関係ないですけど今回の作者はふたりともHGなのですね。想像すると怖い(爆笑)。
さて、
前巻から故郷銀河への帰還の手掛かりを求めて隣接銀河カトロンに飛んだローダンら一行は、ノルテマ=テイン星系を支配するロボット脳から、かつてこの銀河に君臨していた種族ペルトゥスが計画し実行した異種族殲滅計画を聞き出します。その結果、ナウパウム銀河では致命的な人口爆発が発生していたのでした。
しかし、真相を知ったヘルタモシュ以下のレイト人は、人類とは異質のメンタリティに基きローダンが予想もしなかった反応をしてしまいます。ただ、この危機もあっさりとこの巻のうちに解決されるのですが。あと7話で決着をつけるために急いでますね(笑)。
あとがきでは、訳者の五十嵐洋さんが本サイクルでの話のつながりの悪さにコメントしておられます。特に311巻の時にコメントしたコル=ミモの豹変ぶり(味方だったはずなのに、伏線も説明もなく突然、設定が変わって極悪人になった)については読者からもかなり反響があったようで、五十嵐さんなりの脳内補完(笑)が興味深かったです。

<収録作品と作者>「幽霊ごっこ」(H・G・エーヴェルス)、「自殺艦隊」(H・G・フランシス)

オススメ度:☆☆☆

2006.3.11


花岡ちゃんの夏休み (コミック)
(清原 なつの / ハヤカワコミック文庫 2006)

ハヤカワさんが、ついにやってくれました。
「アレックス・タイムトラベル」の時のコメントで、「なつのさんの初期作品も復刊してくれれば・・・」と願望をアピール(笑)しましたが、とうとう『清原なつの初期傑作集』刊行です。しかも来月は第2集「飛鳥昔語り」が――!!
本書には、初期の代表作(出世作?)とも言うべき花岡ちゃんシリーズ全4作――「アップルグリーンのカラーインクで」(この時は花岡ちゃんはまだ脇役)、「花岡ちゃんの夏休み」、「早春物語」、「なだれのイエス」のほか、デビュー作「グッド・バイバイ」、『りぼん』本誌への初登場作「青葉若葉のにおう中」、日本初の花粉症マンガ(笑)「胸さわぎの草むら」が収録されています。描き下ろしのあとがきマンガも。
『りぼん』掲載時には当時全盛だった“乙女ちっく”キャラへのアンチテーゼのように感じられていた花岡ちゃんですが(笑)、彼女を支持する読者も当時から多かったようです。なつのさんも本シリーズのキャラには愛着があったのでしょうか、ライバル笹川華子さんは後に地球連邦の火星大使にまで出世してますし(「真珠とり」第2話)、相方の蓑島さんはいつのまにか美容師になって(しかもオーナー)あちこちに顔を出しています。
今回、りぼんマスコットコミックスに収録された微修正バージョンではなく、りぼん本誌に掲載されたままの初期バージョンが収められているのも嬉しいところでした(さすがに時代のせいか、「気●い」と「発●」は訂正されていましたが)。
かつて、十代後半という多感な時期にリアルタイムでなつのさんワールドに出会えたことに感謝しつつ、四半世紀を越えてもまったく古くささを感じさせない作品群をあらためて堪能できました。

<収録作品>「花岡ちゃんの夏休み」、「早春物語」、「アップルグリーンのカラーインクで」、「青葉若葉のにおう中」、「なだれのイエス」、「胸さわぎの草むら」、「グッド・バイバイ」、「みやもり坂の頃の事」

オススメ度:☆☆☆☆

2006.3.12


最果ての銀河船団(上・下) (SF)
(ヴァーナー・ヴィンジ / 創元SF文庫 2002)

「遠き神々の炎」と同じ宇宙を舞台にしたSF大作です。
銀河の人類版図の辺境に位置する謎の星系オンオフ星。この恒星は250年周期の変光星ですが、250年のうち35年だけ光を放ち、残りの215年は活動を停止してしまうという奇妙な星で、唯一の惑星アラクナには“蜘蛛族”と呼ばれる非人類種族が生息していました。
オンオフ星が200年を越える休眠期から目覚めようとしているとき、アラクナ星に文明が芽生えつつあることを知った人類の宇宙船団が訪れます。銀河で最古参の宇宙商人チェンホーの船団と、謎めいた新興勢力エマージェントの船団。利にさとくあくどい手段も辞さない宇宙商人ですが、チェンホーは顧客となる各星系の文明とは共存共栄を図る一団。それに対してエマージェントは独自に開発した科学技術を持つ、より過激な集団でした。
ほぼ同時に星系に到達した両船団は、互いに疑心をいだきつつも協力体制をとっていましたが、エマージェントが仕掛けた思わぬ罠により戦闘が勃発、双方の船団は致命的な損害を受け恒星間飛行は不可能になってしまいます。唯一の手段はアラクナ星の“蜘蛛族”の文化発展を待つことでした。ラグランジュ点に基地を築いたエマージェントの領督トマス・ナウは、かれら独自の“集中化”技術を使って生き残りのチェンホー人員を支配し、“蜘蛛族”の状況を観察しながら介入のタイミングをはかることとなります。
一方、“蜘蛛族”は多数の国に分かれて戦争に明け暮れていましたが、アコード国に出現した天才科学者アンダーヒルにより、一大変革が起きようとしていました。
狡猾なエマージェントの領督トマス・ナウは残虐な副領督ブルーゲル、冷徹な人的資源局長アン・レナルトらとともにアメとムチを使い分けながらチェンホーとの共同体を維持管理していました。戦死した船団長らの代わりにチェンホーの代理人を務めることになったのは、船主の息子でまだ19歳の見習生エズル・ヴィン。恋人のトリクシアを“集中化”され、絶望に沈むエズルを励ましたのは、ほら吹きの老いぼれ戦闘員ファム・トリンリでした。船団長サミーがわざわざ捜索して、辺境の惑星から連れて来たファムの正体は、実は――。
人口冬眠を使いながら“蜘蛛族”の文明の発展を待つ数十年単位の物語の進行の中で、エマージェントに隷属させられたチェンホーたちが、歯軋りしながらひそかに反乱計画を進めて決起の時を待つ展開は、まさに日本人好みの『忠臣蔵』そのもの(『忠臣蔵』ネタの宇宙SFというと豊田有恒さんの「地球の汚名」がありましたな)。またコンピュータネットが発展を遂げた“蜘蛛族”の間で「われわれは宇宙人に観察されている」というデマ(本当はデマではないのですが)が飛び交うあたりなどは、20世紀後半の地球のUFO騒動を思い出させてにやりとさせられます。
下巻の帯には「デイヴィッド・ブリン絶賛」と記してありますが、読後感はブリンの代表作「スタータイド・ライジング」や「知性化戦争」と同じです。特に第3部(下巻の前半あたり)以降は途中でやめられなくなりますので、ご注意ください。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2006.3.17


後催眠 (ミステリ)
(松岡 圭祐 / 小学館文庫 2001)

「催眠」「千里眼」でエンタテインメントの地平を切り拓いた作者の第6作。
時系列的には「催眠」の数年前となります。
研修を終えて「東京カウンセリングセンター」のカウンセラーになって間もない嵯峨敏也(「催眠」の主人公)は、街を歩いている時に見知らぬ女性からの電話を受けます。女性は嵯峨のいでたちや心理状況を的確に言い当てた上、「深崎さんはもういないと木村絵美子に伝えて」と伝言します。嵯峨には、深崎という名も木村絵美子という名も心当たりはありませんでした。
同僚の鹿内のアドバイスで、精神科医の総合データベースを検索した嵯峨は、深崎は精神科医で絵美子はその患者だったことを突き止めます。しかし、深崎は食道癌の末期と診断された後、失踪していました。嵯峨は住所を頼りに絵美子のもとを訪れます。
一方、木村絵美子はかつて重症の不安神経症を病んでいましたが、深崎の治療で好転していました。しかし、犯罪事件に巻き込まれ、警察の冷たい(というより悪意に満ちた)対応のため、精神的に追い詰められて不安発作が再発しかけていました。そんな絵美子のもとに、失踪していた深崎がやってきます。深崎の励ましで、絵美子は自分の運命を切り拓いていく力を取り戻しますが――。
他のシリーズ作品と比べるとボリュームは半分程度ですが、過不足なくきっちりとまとまっていて、伏線も周到にはりめぐらされ、鮮やかにラストの意外な真相に繋がっています。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.3.18


公家アトレイデ3 (SF)
(ブライアン・ハーバート&ケヴィン・J・アンダースン / ハヤカワ文庫SF 2002)

『デューンへの道』三部作の第1シリーズ「公家アトレイデ」の完結編です。
前巻のラスト、父ポウルスの突然の死によって、若くしてアトレイデ公家を代表する公爵の座を継ぐことになったレト・アトレイデ。父の死の裏に潜んでいた思いがけない陰謀に驚愕する暇もなく、レトは銀河を支配する貴族たちの組織であるランドスラード議会での地歩を固めなければなりません。大王皇帝エルルッドの崩御も伝えられ、銀河の情勢は静かに動き始めます。
一方、アトレイデ家の仇敵ハルコンネン家は、弱体化したアトレイデ家を破滅に追い込むべく、新技術を使った陰湿な陰謀を企て、実行に移します。皇帝の葬儀に赴くべく乗り組んだ大宇宙船の中で危機に見舞われたレトは、すべてを賭けて捨て身の反撃に出ます。
秘密結社ベネ・ゲセリットの未来を見すえた策謀、エルルッドの陰謀ですべてを失って身を隠したヴェルニウス伯爵の行方、新皇帝シャッダムの逆鱗に触れてアラキスに飛ばされた冷酷な陰謀家フェンリング、宇宙船パイロットと占領下のイックスでお尋ね者として離れ離れになったピルルー兄弟など、〜3巻を通じて張られた伏線は複雑にからみあい、次の「公家ハルコンネン」、第3シリーズ「公家コリノ」へと続いていきます。
物語はまだ始まったばかりです。

オススメ度:☆☆☆

2006.3.20


鳥玄坊 根源の謎 (伝奇)
(明石 散人 / 講談社文庫 2002)

非常にマニアックな(笑)伝奇SFです。
以前、同じ作者の
「龍安寺石庭の謎」を読んだときには、倣岸な語り口(「おめーら何にも知らねーだろ? 俺はこんなこともあんなことも知ってるんだぜ、へへーんだ」という感じ(^^;)が好きになれませんでしたが、作風変わったのでしょうか。
中国にある始皇帝の兵馬俑孔の地底から発見された謎の金属板――調査に赴いた、内閣調査室の一条路マキとボディガード役の青山ヒロシは、シュイ・フーと名乗る謎の男に謎の言葉をかけられます。シュイ・フーは、中国古武道の奥義を極めているヒロシすら目で萎縮させてしまうほどの人物でした。
帰国したマキは、シュイ・フーは蓬莱伝説で知られる徐福のことだと告げます。同じ頃、ハワイ沖で全長数百メートルにおよび100ノット以上で泳ぐ巨大なシーサーペントが目撃され、富士山の地底とエジプトのピラミッドの地底に、同じ規模の広大な空間が存在していることが明らかになります。
マキの兄・鳥玄坊は、秘書の香月狐寿琳、古代史研究家の野村、内閣調査室長の黒田らとともに、これらの異変の謎を解くべく活動しています。国家機密に触れることができ、CIAやモサドとも情報交換している鳥玄坊一派――かれらは歴史そのものを根本からひっくり返してしまう巨大な謎に迫り、世界を破滅から救うために驚くべき作戦を発動します。
古史古伝やオーパーツ、古代生物に超科学、虚の時間に実時間、地質学や生物学の知識を駆使してプロットを構築し、しかも詳しい解説無しにマニアックな専門用語がぽんぽんと出てくるので、基礎知識がない人にはついていけないのではないかと思います。でも、マニアにはたまらないディープな薀蓄が満載です。設定や展開はいささか強引ですが、力技でねじ伏せられてしまいます。続篇も出ています。近日登場。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.3.22


ウロボロスの偽書(上・下) (ミステリ)
(竹本 健治 / 講談社文庫 2002)

竹本さんのデビュー長篇「匣の中の失楽」を読んだのは、たしか大学時代だったと記憶しています。日本のミステリとしては、質・量ともに中学3年の時に読んだ「虚無への供物」(中井英夫)以来の衝撃を受けた作品でした。戦前の「ドグラ・マグラ」(夢野久作)や「黒死館殺人事件」(小栗虫太郎)に匹敵するアンチ・ミステリだという前評判に、評判倒れなのではないかとも思っていたのですが、それも杞憂に終わり、竹本健治という名前は大きく記憶に刻み込まれたものでした。
さて、この「ウロボロスの偽書」は、「匣の中の失楽」をさらにパワーアップした――というか、さらにハチャメチャにした(ホメ言葉ですよ)破格のミステリです。「匣の中の失楽」は、現実のものとして書かれていた事件が、実は登場人物が書いていた小説だったという設定が何度も繰り返される入れ子構造の中で、(小説の中での)現実と虚構が溶け合ってしまうという複雑怪奇なものでしたが(ちょっと記憶が曖昧)、本作はさらに複雑怪奇。
ミステリ作家の竹本さん(作者自身)が「ウロボロスの偽書」というタイトルで小説の連載を始めます。その内容は、作者本人の日常を描くエッセイ風の実名小説と、地方都市の芸者衆を主人公としたトリッキーな連作ミステリを組み合わせたものなのですが、作者が意図しない(書いた記憶もない)連続殺人犯の告白手記が原稿に混じってきます。そればかりか、3つのストーリーがいつのまにか関連性を持ち始め、作者の創造物であるはずのユニークな芸者たち(お座敷で前衛ダンスを踊る舞づる、素粒子論や高等数学マニアのまり数、武道の達人・力丸、超現代っ娘の半玉・猪口奴、古風で控えめで謎めいた酉つ九)が現実の存在として作者の日常にかかわってきます。実在のミステリ作家たち――綾辻行人さん、島田荘司さん、友成純一さんといった錚々たる面々――や、竹本さんの他作品の登場人物(佐伯千尋とか)をも巻き込み、複数の書き手(?)がそれぞれ自分こそ事実を書いているのだと主張して、どれが虚構でどれが現実なのか、章が進むにつれ混迷の度を増していくストーリーの行き着く先は――。
作者も、本作に「いっさいのミステリ的カタルシスを求めてはいけない」と忠告しておられるように、ラストは不確定性原理が支配する素粒子の海に投げ込まれてしまうのですが、そこはそれ――(笑)。

オススメ度:☆☆☆

2006.3.25


玩具修理者 (ホラー)
(小林 泰三 / 角川ホラー文庫 1999)

第2回ホラー小説大賞短編賞を受賞した作者の第一作品集です。ちなみにこの時の長編賞は瀬名秀明さんの「パラサイト・イヴ」
受賞作の「玩具修理者」は、ふたりの男女の奇妙な内容の会話で構成されています。語り手の男性に「どうしていつもサングラスをかけているのか」と質問された女性が、幼い頃の出来事、近所に住んでいた謎めいた“玩具修理者”のことを語り始めます。小さな掘っ立て小屋にいる“玩具修理者”のところには、近所の子供たちが壊れたおもちゃを次々に持ち込みます。すると、“玩具修理者”は一定量のおもちゃが集まったところで、おもむろに持ち込まれたすべてのおもちゃを分解し、一気に組み立てなおして、すべてを直してしまうのです。ある時、まだ赤ん坊だった弟の子守りをしていた彼女は、事故で弟を死なせてしまい、自分も大けがをします。親に知られまいと、彼女は“玩具修理者”のところへ行き、弟を元通りに直してくれるよう頼みます。その顛末は――。ラストに鮮やかなオチが用意されています。
もうひとつの収録作、中篇「酔歩する男」は、ホラーとも時間SFともつかない不思議な作品。主人公・血沼は行きつけのパブで見知らぬ男に「あなたは私の大学の同窓生だ」と声をかけられますが、彼は相手のことを知りません。「ならば、実際に知らないのでしょう」と帰ろうとする相手を問いただすと、小竹田と名乗る男は、手児奈という女学生をめぐって起きた学生時代の悲劇を語り始めます。そして、血沼と小竹田は信じられないような運命に巻き込まれていったのでした。
ちなみに物語の大きな鍵を握る女学生・手児奈の名前は、万葉集にも歌われている葛飾の真間の手児名(その美貌のために男たちが相争うのに心を痛めて入水自殺した乙女。高校の古文の教科書に載っていました)にちなんでいるのですが、実は昔、書こうとしていたSFのヒロインにテコナという名前(元ネタは同じ)をつけていたことがありまして、不思議な縁を感じてしまいました(笑)。

<収録作品>「玩具修理者」、「酔歩する男」

オススメ度:☆☆☆☆

2006.3.26


ガラスびんの中のお話 (ファンタジー)
(ベアトリ・ベック / ハヤカワ文庫FT 2002)

ハヤカワ文庫FTのごく初期の(FT16)メルヘン作品集。初版は1980年です。
童話やおとぎ話が持つ純粋な要素――現代ではいわゆる『よい子向け』にアレンジされて薄まってしまっている、無垢さに基く残酷さや不条理さのエキスが横溢しています。メルヘンはハッピーエンドでなければいけないというルールはありません。
妹といつもひと組に見られるのを嫌って魔女にお願い事をする姉の話、世界中に悲しみを振りまいたお姫様の癒しの話、鏡がまったくないお城に閉じこめられた美しい王女の話、子どもをほしがった醜い魔女の話、やり手の商人の家に手伝いに行った欲のない妖精の話、女嫌いの三兄弟がめとった花嫁の話、ガラスの身体をもった少女の話、誰かの名付け親になるという役割を背負った妖精の話、何でもほしがるわがままなお妃が生んだ男の子の話、ふたごの兄妹を妖精郷に連れて行った犬の話、男の子と一緒に成長する服の話、生まれてから一度も鳴ったことのないガラスの鈴の話、人間の子どもに混じって学校へいったムカデの話、自分がノートに描いた少女と文房具の中で遊ぶ子どもの話、クリスマスイヴの夜にサンタクロースが出会ったみすぼらしい老人の話、太陽・海・風に守られた少女の話など、全部で20編が収められています。

<収録作品>「イルドとイルリーヌ」、「姫泣き鳥」、「鏡のない宮殿」、「魔女の赤ちゃん」、「小さなおばあさん」、「三人の花嫁の塔」、「風の子ども」、「雪のばら砂のばら」、「ガラスの少女」、「のろ公と妖精」、「月の王子」、「狐火のむすめ」、「ドッグ」、「魔法の晴れ着」、「ガラスの鈴」、「りこうなムカデ」、「インク壺のカエル」、「小さな皿洗い」、「奇妙なクリスマス」、「三人の守り神」

オススメ度:☆☆☆

2006.3.27


魔石の伝説3 ―魔道士の務め― (ファンタジー)
(テリー・グッドカインド / ハヤカワ文庫FT 2002)

『真実の剣』の第2シリーズ第3作。
前巻のラストで、自分の魔法の才をコントロールする訓練をするため、カーランと別れた(正確には別れさせられた)リチャードは、<光の信徒>と名乗るシスター・ヴァーナと南の荒地へ向かいます。宗教心と自らの信念に凝り固まった頑迷なおばさん(笑)、シスター・ヴァーナと反目(と禅問答)を繰り返しつつ、リチャードはカーランと別れた悲しみを紛らせようとします。
一方、第一級の魔道士でリチャードの導き手でもあったゼッドは、闇の地下世界とこちら側の世界とを隔てる<ベール>の破れ目を閉じる方策を求めて、第1シリーズにも出てきた呪術師、<骨の女>エイディのもとを訪れますが、ここにも闇の魔手は迫っていました。
さらに、<光の信徒>の本拠地では、シスターたちに紛れ込んだ<闇の信徒>たちが暗躍を始めています。
(物理的に)それぞれ別の道を歩み始めた登場人物たちの運命は、次にどのような形で絡み合ってくるのでしょうか。次巻に続きます。

オススメ度:☆☆☆

2006.3.28


言の葉の樹 (SF)
(アーシュラ・K・ル・グィン / ハヤカワ文庫SF 2002)

ル・グィンの最新作(この時点では、たぶん)。
「闇の左手」や「所有せざる人々」と同じ“ハイニッシュ・ユニヴァース”を舞台にした作品ですが、地味なストーリーを細密かつ重厚に描いています。
“ハイニッシュ・ユニヴァース”とは、かつて宇宙に散った人類が各星系に孤立してしまった後、ハイン星の人類が過去の植民星を再発見してはエクーメン(大宇宙連合)を形成していったという歴史を持ちます。今はテラと呼ばれる地球も、一度はキリスト教的教条主義に基く全体主義者の圧制を受けていましたが、ハイン人の介入により自由化が実現されました。主人公の若い女性サティは、その圧制と抵抗運動(テロ)、解放を実体験して育ったという過去を持ち、現在はエクーメンのオブザーバー(星系駐在員)として採用されています。
サティが赴任したのは、惑星アカ。アカでは、エクーメンに再発見された後、技術的文化的革新が断行され、古い文化は禁止・排除・弾圧されてしまっています。過去の文字の使用や書物の所有も禁止され、政府は昔の“語り手”を発見すれば収容所へ送り込み、書物は見つけ次第、焼き捨てていました。
そんな中、首都を離れてアカの片田舎の村を視察することを許されたサティは、生き残っている(かもしれない)古い文化を求めて、現地へ向かいます。政府の監視員につきまとわれる中、アカの古代文字が読めるサティは、現地の素朴な住人たちに文化人類学的アプローチを試み、“語り手”らと接触しようとします。そして――。
先進の文明が素朴で伝統的な文明に出会った時、双方がどのように影響を及ぼしあうのかは、過去の地球の歴史の中で何度も繰り返されてきました。しかし、時代的背景や当事者の状況によって結果は様々です。ル・グィンは本作を含めたいくつもの作品の中で、この問いを繰り返し続けているわけです。

オススメ度:☆☆☆

2006.3.30


ブラジル蝶の謎 (ミステリ)
(有栖川 有栖 / 講談社文庫 2001)

有栖川さんの『国名シリーズ』第3弾。今回は「ロシア紅茶の謎」と同じく短篇集です。“臨床犯罪学者”火村とワトスン役の有栖川が登場するトリッキーな短篇が6編、収められています。
タイトルにもなっている「ブラジル蝶の謎」は、実業家の兄の死を契機に十数年にわたる隠遁生活から抜け出てきた男性が撲殺され、現場の天井に兄がコレクションしていた南米原産の美しい蝶の標本が無数に取り付けられていたという、クイーンの元祖『国名シリーズ』の「チャイナ橙の謎」を彷彿とさせる奇妙な現場の謎を解く一編。
他に、交通事故を引き起こしたショックで統合失調症と失語症になっていた男が焼死し、彼が残していた判読不明の日記や奇妙な収集品から真相が暴かれる「妄想日記」、性同一性障害で女装癖があった青年が殺された事件の謎を解く「彼女か彼か」、殺人現場に落ちていた鍵がそのものずばり事件の謎を解く鍵となった「鍵」、毎年何人もの自殺者が出るために『人喰いの滝』と呼ばれる滝の上流で起きた転落死事件を描き、いわゆる“雪上の足跡”トリックが鮮やかな「人喰いの滝」、哀愁ただよう読後感が異色な「蝶々がはばたく」の5編。

<収録作品>「ブラジル蝶の謎」、「妄想日記」、「彼女か彼か」、「鍵」、「人喰いの滝」、「蝶々がはばたく」

オススメ度:☆☆☆

2006.3.31


黄昏の罠 (ミステリ)
(愛川 晶 / 光文社文庫 2000)

主人公が美少女探偵だと聞いて、ただそれだけの理由で(おいっ)買いました。
この作者の作品で初めて読んだ
「霊名イザヤ」はひどく重苦しくて、結末も陰鬱なものだったので、いささか不安ではあったのですが、「美少女」には勝てない(笑)。
ところが、主人公の栗村夏樹は、標準的な美少女とは違っていました。保母を目指す18歳の女子短大生で、幼い頃に父をなくし母親と二人暮し――ここまではいいとして、身長174センチ、男のような髪型で、剣道3段の元インターハイチャンピオン、今も近くの祖師谷警察署で大勢の猛者に混じって毎日鍛錬に励んでいるという、宝塚の男役が似合いそうな女性です。
近所に住む夏樹の幼馴染の女子大生・桂木亜沙美が誘拐され、一億円の身代金を要求するFAXが家族の許に届きます。誘拐されたと思われる日の朝に言葉を交わしていたという理由で、夏樹は剣道の練習でなじみの刑事たちから事実を知らされます。亜沙美の父親は総会屋や土地ころがしなどあくどい手口を繰り返したために、闇社会を含む多くの人間に恨みを買っていました。
一方、埼玉県の郊外の駐車場で、炭化するまで焼かれた若い女性の遺体が発見されます。亜沙美だという可能性もあり、刑事の牧田は、過去に亜沙美の歯を治療したことがあるという女性歯科医の佐伯を伴って現場へ赴きます。幸いにも、口に詰められた新聞紙のために死体の歯は焼け残ってり、治療痕から亜沙美ではないと断定されます。特徴的な治療痕から、行方不明になっていた暴力団関係者の妻だと判明しました。
ふたつの事件はまったく別個のものだと思われていましたが、意外な繋がりが明らかになってきます。牧田と情報交換しつつ、独自に推理を進める夏樹は、亜沙美が最後にかけてきた電話に仕掛けられたアリバイトリックに気付くのですが・・・。
各章の間に挿入された、恋人たちの異常な共同生活は事件とどのように繋がってくるのか――。ちと結末の意外性にこだわりすぎて無理が生じている気もします。でも、まだ夏樹の父親の死にまつわる謎は作中でほのめかされているだけなので、同じ主人公が登場する続篇2作(「光る地獄蝶」「海の仮面」)に期待がつながります。

オススメ度:☆☆☆

2006.4.2


クリプトノミコン3 ―アレトゥサ― (SF)
(ニール・スティーヴンスン / ハヤカワ文庫SF 2002)

暗号謀略SF「クリプトノミコン」の第3巻。クライマックスに向かって、第二次大戦と現代を結ぶ繋がりが次第に全貌をあらわにしてきます。
過去パートでは、オーストラリアのブリスベーンに着任したローレンスが閑職に追いやられ、下宿で同部屋になった兵士の従兄弟メアリーに恋をしてしまいます。メアリーに接近するために、苦手なパーティーに出席したり教会に通い出したりしますが、教会のパイプオルガンを弾いている時に新たなアイディアを得て、現在のデジタルなコンピュータの原型となる暗号解読機を手作りで完成させてしまいます。
一方、2702部隊の作戦の結果、中立国スウェーデンの港町に取り残されて日雇い仕事をしていたボビー・シャフトーのところに、ドイツから亡命してきた天才数学者(ローレンスの旧友でもあります)ルディ・ハッケルヘーバーが現れます。ボビーと同様に取り残された従軍牧師イノック、かつてUボートで極秘に金塊を輸送していたギュンターを加えた4人は、ハッケルバーガーが開発した暗号アレトゥサを使用して、軍や大戦の行方とはまったく関係のない(笑)極秘作戦を開始します。また、ニューギニア戦線から生還した後藤は、マッカーサーの侵攻が迫るフィリピンで軍の極秘施設の建設に従事していました。
現代パートでは、ダグラス・シャフトー(ボビーの息子)がフィリピン近海で発見した沈没船と、そこで発見された金塊が焦点となります。亡くなった祖父(ローレンス)の遺産分配の親族会議に立ち会ったランディは、祖父の遺品から大量のパンチカードを発見しますが、それは沈没船の金塊とも関係しているようでした。しかし、ランディと旧友アビが設立した会社に対してライバルの“歯科医”から訴訟が仕掛けられ、かれらは窮地に陥ります。
ストーリーが最終巻に向けて盛り上がりを見せる一方、ユーモラスな数学的お遊びが満載されていて、楽しめます。
ローレンスは自分をサンプルとして、男性の性欲の高まりと作業能率との相関関係を数式化し(実際に方程式やグラフが出てきます)、どの程度の頻度で、またどのような方法で欲望を処理するともっとも効率よく作業できるか思索をめぐらせますし、孫のランディはローレンスの遺産分配に当たって、遺族それぞれが個々の遺品について抱く感傷的価値と金銭的価値を相対数値化して、全員が満足する分配が可能となるようなプログラムを書きます(しかも、パラメータが膨大なので、計算にはスーパーコンピュータを使うのです!)。
最終巻は近日登場。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.4.4


「探偵クラブ」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2001)

『幻の探偵雑誌』シリーズの第8巻です。今回の「探偵クラブ」は独立の雑誌ではなく、新潮社から戦前に刊行された「新作探偵小説全集」の各配本に付録として付けられていたものだそうです。とはいえ、当時の第一線の作家によるリレー小説や短い探偵コントなどが掲載され、探偵文学史的にも意味あるものでした。
森下雨村・江戸川乱歩・横溝正史・水谷準・浜尾四郎・夢野久作・甲賀三郎ら錚々たるメンバーによるリレー小説「殺人迷路」がメインですが、やはりリレー小説にありがちな行き当たりばったりの予定調和的ストーリーで、あまり面白くはありません。
本巻には他にももうひとつ、平凡社版「江戸川乱歩全集」の付録になっていた「探偵趣味」(シリーズ第2巻にまとめられた「探偵趣味」とは別物)の懸賞小説に寄せられた様々な短編が収められています。作品自体には見るべき物はあまりありませんが、数百篇に及ぶ応募作すべてに乱歩自身が目を通し、自ら選評を書いているのが特筆すべきところです。

<収録作品と作者>「殺人迷路」(森下 雨村/大下 宇陀児/横溝 正史/水谷 準/江戸川 乱歩/橋本 五郎/夢野 久作/浜尾 四郎/佐左木 俊郎/甲賀 三郎)、「短銃」(城 昌幸)、「カメレオン」(水谷 準)、「女と群集」(葛山 二郎)、「小曲」(橋本 五郎)、「戸締りは厳重に!」(飯島 正)、「縊死体」(夢野 久作)、「黒髪」(檜垣 謙之介)、「建築家の死」(横溝 正史)、「動物園殺人事件」(南澤 十七)、「僕の『日本探偵小説史』」(水谷 準)、「息を止める男」(蘭 郁二郎)、「してやられた男」(小日向 台三)、「五月の殺人」(田中 謙)、「嬰児の復讐」(篠田 浩)、「私の犯罪実験に就いて」(深田 孝士)、「硝子」(井並 貢二)、「彼女の日記」(凡夫生)、「最後の瞬間」(荻 一之介)、「蛾」(篠崎 淳之介)、「怪物の眼」(田中 辰次)、「探偵Q氏」(近藤 博)、「紅い唇」(高橋 邑治)、「奇怪な再会」(円城寺 雄)、「棒切れ」(鹿子 七郎)、「剥製の刺青(黄金仮面えぴそうど)」(深谷 延彦)、「炉辺綺譚」(篠崎 淳之介)、「復讐」(篠崎 淳之介)、「夜靄」(冬木 荒之介)、「黄昏の幻想」(深谷 延彦)、「一夜」(篠田 浩)、「或死刑囚の手記の一部」(荻 一之介)、「意識と無意識の境」(榎並 照正)

オススメ度:☆☆

2006.4.5


ホロウ・ボディ (SF)
(米田 淳一 / ハヤカワ文庫JA 2002)

ハード・アクションSF『プリンセス・プラスティック』の第2巻です。
未来の日本はアジアの盟主として軍事大国となり、アメリカとも対等どころか一目も二目も置かれる存在となっています。その日本政府が極秘で開発した“BN−X”というコードネームで呼ばれる強大な戦闘マシンが、美少女の外見をして感情と心を持つバイオ・ロボット、シファとミスティ。彼女らは軍内部では“戦艦”に分類され、単独で地球をも破壊できる戦闘力を持っています。もちろん五次元ベースで稼動する量子コンピュータの援けをかりて、超高速での高度な推論も可能。
いまだに公式には存在しないことになっているシファとミスティですが、彼女らの生みの親でもある近江の学友だったアトラクター(高度なハッカーといえばいいでしょうか)、謎めいたラスティがその秘密を求めて暗躍を始めます。
国際テロ組織MAPUが日本の首都・淡路に散布した粘菌が増殖を始め、首都機能は麻痺します。一方、北太平洋ではアメリカ政府が極秘開発していた巨大な無人空母ポラリスがコントロールを乗っ取られ、日本へ向かって進撃を開始します。この危機を救えるのはシファとミスティしかいませんが、これはふたりのスペックを丸裸にしようというラスティの策略ではないかという疑念があり、政府首脳は深刻なディレンマに陥ります。そして首都近辺で待機するシファとミスティにも次々と刺客が襲い掛かります。
今回が初登場の女性軍事探偵(「軍事探偵」とは古風な呼称ですが、国際スパイもやる私立探偵というイメージでしょうか)ケイコはいい味を出していますし、ラスティが創り出したある意味ではシファやミスティと対等の存在クドルチュデス(“ハイパー・ホムンクルス”とでも表現すればいいでしょうか)は、ゴスロリの幼女という“萌え”全開のいでたちで、狙いすぎという気もしますが(笑)、今後の展開が楽しみなところです。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.4.7


黒竜戦史5 ―白い塔の使節― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2002)

大河ファンタジー『時の車輪』の第6シリーズ第5巻。
前巻のラストで、<白い塔>の主となったエライダからの使節団がケーリエンのアル=ソアの許を訪れました。使節団の行動を探っていたエヴウェーンは、護衛として使節団に加わっていたアンドール王国のガーウィン王子と再会します。
一方、サリダールに潜伏している異能者たちの中で苛立ちをつのらせるナイニーヴは、<治療の技>の訓練をしているとき、過去の異能者の誰も成功しなかった、とんでもないことを成し遂げてしまいます。これにより、状況は大きく変化します。
また、アマドール国に亡命して<光の子>の庇護を受けていたアンドールのモーゲイズ女王は、<光の子>の策謀にからめとられようとしていました。
様々な勢力がそれぞれに思惑を秘め、事態は進んでいきます。以下、次巻

オススメ度:☆☆☆

2006.4.8


ホラー小説大全 (評論)
(風間 賢二 / 角川ホラー文庫 2002)

怪奇小説の原型といわれる18世紀のゴシック・ロマンスから現代のモダンホラーまで、海外の怪奇・ホラー小説の歴史を解説した総合的な評論。さらにジャンル別のベスト100や研究者向けの文献ガイドも併録されています。
20世紀前半までの英米怪奇小説史といえば、創元推理文庫版「怪奇小説傑作集」の平井呈一さんの解説がもっとも優れたものでした。著者の風間氏は、さらに紙数を費やして詳細に論じたうえ、フランケンシュタイン、ドラキュラ、狼男という、怪物くんの召使――じゃなかった、西洋が生んだ三大モンスターについて、その沿革と現代までの系譜を小説・映画の双方で示し、次いでキングの出現によってもたらされたモダンホラーの隆盛と衰退を描き出します。
文中で言及される作品に関しては、邦訳があるものについては必ず出版社が明記されているのも嬉しいです(笑えるのは、「ジキル博士とハイド氏」など、角川書店を含めた複数の出版社から出ている作品の場合は、必ず「角川書店ほか」と書いてあること(笑)。やはり出版元に配慮しているのですな)。
マニアにとっても未知の情報が得られますし、初心者にも親切な入門書として活用できます。ちなみに「究極のモダンホラー・ベスト100」のうち、63冊を既に読んでいました。少ないな(え?)。

オススメ度:☆☆☆

2006.4.9


ぼっけえ、きょうてえ (ホラー)
(岩井 志麻子 / 角川ホラー文庫 2002)

タイトルは岡山弁で「とても、怖い」という意味です。意味がわからずに字面だけを見ても、どこか無気味な響きを感じる言葉ですね。江戸川乱歩が雰囲気作りによく用いた無意味なオノマトペ効果というやつで。
さて、本作は日本ホラー小説大賞と山本周五郎賞を受賞した、作者の出世作で、4篇の短篇が収められています。
いずれも舞台は明治時代から戦前の岡山。しかも岡山市をはじめとした中心部ではなく、県の北部やさびれた海岸部といった、貧しさや生活苦が顕著だった場所の出来事です。横溝正史の描く世界との共通点がありますね。
醜くて人気のない遊女が岡山弁でおのれのすさまじい生い立ちを語る「ぼっけえ、きょうてえ」、コレラが蔓延した村で妖艶な拝み屋の娘に魅入られた小心者の官吏が落ち込む悪夢「密告函」、粗暴な漁師に嫁いだ町の娘が禁断の愛の果てにたどりついた悲惨な運命を民間伝承にからめて描く「あまぞわい」、予言能力があるという牛の化物「件」が出現した貧しい農村で起きた殺人劇を薄幸の少女の目を通して描く「依って件の如し」の4篇。
どの作品も人間の愛欲と情念がどろどろとからみあう陰惨で暗鬱な話で、救いようのない気分になります。もちろん、そういう効果を狙っているわけですから、怪談小説としては優れているわけですが。

<収録作品>「ぼっけえ、きょうてえ」、「密告函」、「あまぞわい」、「依って件の如し」

オススメ度:☆☆☆

2006.4.10


静かな監視者の惑星 (SF)
(エルンスト・ヴルチェク&ハンス・クナイフェル / ハヤカワ文庫SF 2006)

『ペリー・ローダン・シリーズ』の322巻。この“銀河のチェス”サイクルも残すところあと5話(日本版は原書の2話で1冊となっています)。
ここ数巻に引き続き、ナウパウム銀河に隣接する(とはいえ1億光年以上離れている)カトロン銀河で故郷銀河へ帰る手掛かりを探るローダン。
前巻で明かされた、カトロン銀河を支配していた種族ペルトゥスがナウパウム銀河に対して仕掛けた長時間兵器による殲滅計画を知って、打ちのめされたヘルタモシュ以下の遠征軍を励ましつつ、“殺人星系”の惑星ペノロクを探索しています。
しかし、突然、出現したエネルギー・スフィアから現れたユーロクのトリトレーアが、ナウパウム銀河とカトロン銀河を結ぶ超遠距離転送システムの存在を告げます。彼の助言に従って、新たな惑星を目指すローダンは、ペルトゥスの生き残りのために窮地に陥りますが・・・。
後半のエピソードは、目先を変えようというのか、各章それぞれ主要登場人物が一人称で語るという構成になっていますが、かえって混乱を招いています(笑)。行き当たりばったりの展開は変わりません。早く次のサイクルに行きましょう(^^;

<収録作品と作者>「静かな監視者の惑星」(エルンスト・ヴルチェク)、「過去から来たゴリアテ」(ハンス・クナイフェル)

オススメ度:☆☆☆

2006.4.11


クリプトノミコン4 ―データヘブン― (SF)
(ニール・スティーヴンスン / ハヤカワ文庫SF 2002)

暗号冒険謀略SF(毎回、ジャンル表現が微妙に違うのはご容赦を)「クリプトノミコン」の最終巻。といっても、もともと1冊の大長編を出版社の都合で4分冊化しているだけのようですが(笑)。
さて、ここまでの3巻で描かれてきた過去(第二次大戦)パートと現代パートがフィリピンのルソン島の山中の一点でついに融合することになります。
過去パートでは、日本軍の後藤中尉(いつの間にか士官になっています)が、陸軍がアジア各地から持ち込んできた金銀財宝を地中深く偽装した坑道に隠匿する作業に従事しています。機密保持の為に、完成後に関係者はすべて殺害されることを察知した後藤は、腹心の中国人捕虜・袁らとともに作り上げた待避所を用いて生き延びます。また、ボビー・シャフトーも数奇な運命の末にルソン島へ帰還し、ゲリラ戦で混乱の一途をたどるマニラで息子(ダグラス)と初対面し、さらにある人物との再会を果たします。
一方、現代パートでは、アメリカからフィリピンへ戻って来たランディが、空港で麻薬密輸の疑いで逮捕され(もちろん敵対勢力の陰謀)、拘置されてしまいます。なぜか房内でパソコンの使用を許されたランディの前に、物語の冒頭からメールで謎めいたコンタクトをしていたポンティフェクスと名乗る正体不明の人物が姿を現します。その正体は、なんと――。ポンティフェクスのアドバイスにより、祖父ローレンスが残したアレトゥサ暗号の解読に成功したランディは、ついに後藤が埋めた旧日本軍の金塊の正確な位置を突き止めます。
後は一気呵成。これまでに張られたありとあらゆる伏線が一気に絡み合い、クライマックスへとなだれ込んでいきます。
途中、ランディと共同経営者のアビが、秋葉原で密談する場面がありますが、ここの描写からも、作者スティーヴンスンが筋金入りの“アキバ系”(笑)だということがわかります。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.4.15


人類はなぜUFOと遭遇するのか (ノンフィクション)
(カーティス・ピーブルズ / 文春文庫 2002)

現在も書店に氾濫している種々のUFO研究本とは一線を画する労作です。
著者は米国スミソニアン協会の航空史を専門とする研究者で、UFOに関しては懐疑派であると宣言しています。本書は、UFOの正体を探求したものではなく、ほぼ半世紀にわたって人類(の一部)が直面してきた“空飛ぶ円盤”、“接近遭遇”、“アブダクション”といった「神話」がどのように発生し、発展し、変貌してきたかを、詳細な記録と資料に基いて軍事的・政治的・心理的視点から分析しているものです。
UFO史上の有名なエピソード(ケネス・アーノルドによる初めての“空飛ぶ円盤”の目撃、マンテル大尉の墜落事件、ロズウェル事件、アダムスキーによるコンタクト、ジェミニ宇宙船によるUFO目撃、ヒル夫妻誘拐事件、キャトル・ミューティレーション、種々のアブダクション)がいくつも紹介されていますが、当事者の証言の曖昧さや捏造を明らかにする証拠を冷静に評価して、事件の背景にあった様々な要因を導き出しています。
特に、1950年代に空軍がUFOに多大な関心を持っていたのは、宇宙からの侵略などを気にしたわけではなく、冷戦下でソ連からの侵攻という現実の脅威が背後に存在していたこと、あるいはUFO信奉者同士の対立や当事者の金銭欲・名誉欲によって些細な事件がセンセーショナルにエスカレートしていった必然性など、非常に説得力があります。
原書の出版は1994ですが、訳者の皆神龍太郎さんによる、その後に展開されたエピソードの解説「その後のロズウェル事件」(ロズウェル事件や異星人解剖フィルムの分析)も追加されており、たいへん読み応えのある内容です。
ただし、ビリーバーの方や、扇情的な内容を求める方には向いていないと思います。

オススメ度:☆☆☆

2006.4.16


有限と微小のパン (ミステリ)
(森 博嗣 / 講談社文庫 2001)

全11巻(うち短篇集「まどろみ消去」のみ未読)におよぶ犀川&萌絵シリーズの最終巻です。しかも860ページの大作。
今回の舞台は、長崎市にある、ハイテクを駆使して作られた一大アミューズメント・パーク。冒頭で、いきなり第1作「すべてがFになる」に登場した重要人物が出てきます(その意味で、必ず「すべてがFになる」を先に読んでから本書をお読みください。できればシリーズ順に)。
クリスマスを控えて、犀川ゼミのメンバーによる旅行が計画され、目的地が「ユーロパーク」に決まります。ユーロパークは、IT企業ナノクラフトが建設したテーマパークで、ナノクラフトの社長・塙理生哉は萌絵の亡父の親友の息子で、親同士が口約束した許婚(!)でもありました。萌絵はゼミ旅行に先立ち、理生哉の招待を受けて友人の牧野洋子と反町愛(ふたりともシリーズの準レギュラーですね)とともにユーロパークを訪れます。実は、ユーロパークでは、敷地内で半年前にドラゴンに食いちぎられたような死体が見つかったという噂がささやかれていました。
到着した晩、理生哉に個人的に呼び出された萌絵は、一服盛られて意識を失い、夢うつつのうちに失踪した天才数学者・真賀田四季と3年半ぶりに再会します。ホテルに戻った萌絵は、洋子と愛と3人で公衆電話を探しに出た帰り、教会内での殺人事件に遭遇します。殺されたのはナノクラフトのスタッフ松本青年で、第一発見者は理生哉の秘書の新庄久美子でした。しかし、警察に知らせてから戻ってみると、右腕だけを残して死体は消え去っていました。第1作にも登場した元愛知県警の芝池警部の指揮で捜査が始まりますが、翌朝、今度は久美子が密室で刺殺されてしまいます。
一方、犀川はナノクラフトが開発して大ヒットしたRPGのエンディングに隠されたメッセージに気付き、単身、長崎へ向かいます。人間を超越した天才・真賀田四季との対決の時は、いつ、どのように訪れるのか――。
ナノクラフトの社長と副社長のキャラクターが、実在するヒルズ族の某IT企業の逮捕された幹部連とよく似ていて――切れ者で自信過剰で計算ずくで、さりげない優越感を示しながら露骨に他人を見下している――びっくりしますが、本書が書かれた時期を考えると、モデルにしたわけではなさそうです。このような人物の出現を予言しているということで、未来に対する作者の鋭い先見性が表れているのでしょう。
シリーズを通読して思うのは、結局、作中で3年半の時の経過の中で描かれたのは、西之園萌絵というひとりの女性の「覚醒」の記録だったということでしょうか。「成長」と言ってしまうと「成長じゃなくて退化よ」と本人から指摘を受けてしまいそうですから(「成長」と「退化」は相反するベクトルではなく両立し得ると思うのですが)。また、本格ミステリの体裁を借りたラブ・ストーリーとも読める本シリーズは、明確な結末に収束することなくすべてを読者の想像に委ねるという、ある意味では物語としての理想的な終わり方をしています。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.4.19


プロフェシイ ―大地の子―(上・下) (ファンタジー)
(エリザベス・ヘイドン / ハヤカワ文庫FT 2002)

「ラプソディ―血脈の子―」に続くファンタジー三部作の第2作です。
第1作では、不思議な運命の下に出会った3人――歌を操り<命名者>として高い能力を持つ美貌の歌い手ラプソディ、名うての暗殺者として恐れられていたアクメド、剣に秀でた凄腕の巨人戦士グルンソルは、故郷セレンダイル島を破滅から救うために大地の底深くに旅をします。大地を支えるオークの巨木の根に沿って気が遠くなるような旅を続けた末にたどりついたのは、一千年の時を越えた新大陸でした。そこで蛮族フィルボルグを統一し王となったアクメドとともに、ようやく安住の地を見つけた3人でしたが、この地を支配するドラゴンの鉤爪で作られた短剣を発見したラプソディは、強大なドラゴンの主エリンシノスに短剣を返すべく、新たなる旅立ちを迎えることになります。
第2作である本書は、そこから始まります。ラプソディを案内するのは、ひょんなことから市場で出会った謎めいた若者アシェでした。今は滅んでしまった古きドラキア族の血を引き、あらゆる人の鼓動を知る能力を持ったアクメドにも察知できないことから、アクメドはアシェに不安を覚えます。アシェが、過去にセレンダイル島を滅ぼした大変動を生き延びた悪霊フドール――アクメドやグルンソルの仇敵でもあるフドールに操られた存在なのではないかと、アクメドは心配したのです。
旅の間、互いに疑心暗鬼に陥りながらもラプソディとアシェは無事にドラゴンの領地にいたり、ラプソディはエリンシノスとの交流を通じて様々な情報を得ます。その後、ラプソディは大地の底で発見した不思議な剣<デイスター・クラリオン>に導かれ、南のティリアン大森林に赴いて、剣の元の持ち主である女剣士オエレンドラの下で剣の修行を積むことになります。しかし、周辺の村ではアシェによく似たいでたちの男に襲われて多くの住民が殺されていました。オエレンドラから、ラプソディは星と炎の力を秘めた<デイスター・クラリオン>を受け継いで世界を救う<イリアチェンヴァール>であると告げられます。
一方、アクメドとグルンソルは古代の地図に記された<伝承保管所>の探索に赴きますが、そこでドラキア族の最後の生き残りの老女と、彼女が守護する<大地の子供>に出会います。そして、血脈の子アクメド、大地の子グルンソル、大空の子ラプソディの3人が、悪霊を滅ぼし世界を再統一すると予言された<三者>だと告げられるのです。
冒険ファンタジーに名剣はつき物ですが、本作でもラプソディが持つ<デイスター・クラリオン>は大きな役割を果たします。<探求者>リチャードを体現する『真実の剣』、フロド・バギンズの<つらぬき丸>、セヴェリアンのテルミヌス・エスト、エルリックのストームブリンガー、グレイ・マウザーの<手術刀>などに匹敵するでしょう。
さて、後半でラプソディとアシェはそれぞれに運命の相手と邂逅するわけですが、物語はまだ終わらず、悪霊フドールとの最終決戦に向けて第3作「デスティニイ」へと進んでいきます。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.4.26


三角形の第四辺 (ミステリ)
(エラリイ・クイーン / ハヤカワ・ミステリ文庫 2002)

クイーン後期の長編。
作家志望の放蕩青年デインは、母親から「父に女ができた」と告げられ驚きます。精力的で実直な実業家の父アシュトンとヴィクトリア時代さながらの古風な母ルーテシアは、50年にわたって波風の立たない夫婦生活を送ってきたはずでした。
義憤にかられたデインは、父アシュトンの尾行を始め、毎週水曜日にアシュトンがひとりで念入りに変装してペントハウスを訪れるのを突き止めます。その部屋の主は、若手の売れっ子女流デザイナー、シーラでした。父の浮気を止めさせようと、シーラに接近したデインですが、意に反してシーラの魅力にひかれ、恋に落ちてしまいます。
ある晩、いさかいを起こしたデインが部屋を出て行った直後、シーラは射殺されてしまいます。アシュトンに容疑がかかり、デインは父の秘書ジュディとともに父の疑いを晴らすべく奔走しますが、成果は上がりません。窮地に陥ったデインは、作家のパーティで知り合ったエラリイ・クイーンに相談しようと決意します。ところが、エラリイはスキー事故で脚を骨折して入院中でした。ベッドの中で、エラリイの推理が始まります。
ということで、本作はエラリイ初めての『安楽椅子探偵もの』という異色作になっています。しかし、警視の息子で高名な探偵という特権を利用して、容疑者を病室に呼び出したりしますので、厳密には安楽椅子探偵ではないかも知れません(笑)。
タイトルが示すとおり、作品のテーマは三角関係のもつれです。最後になって二転三転する事件の真相は、エラリイには苦い思い出を残すものとなります。水準作ではありますが、全盛期の諸作品と比べると小粒なのは否めません。

オススメ度:☆☆☆

2006.4.27


千里眼 運命の暗示 (サスペンス)
(松岡 圭祐 / 小学館文庫 2001)

「千里眼 ミドリの猿」の直接の続篇――というよりは、本作と2冊合わせて上下巻の長篇として扱う方が正しいかと思います。これから読もうという方は、続けてお読みになるのが吉。
前作「千里眼 ミドリの猿」のラストで、メフィスト・コンサルティングの罠にかかり監禁されてしまった、ヒロイン岬美由紀。メフィスト・コンサルティングとは、国際的な経営コンサルティング組織という表の顔の裏で、卓越した洗脳と心理操作の技術を駆使して世界を陰から操る国際的秘密結社です。かれらが10年の歳月をかけて準備した巨大な謀略とは、中国と日本の間で全面戦争を起こさせることでした。
美由紀の行方を探すカウンセラー嵯峨敏也は、手掛かりを求めて訪れた横浜中華街で、「千里眼」で美由紀の協力者だった警視庁の刑事・蒲生と出会い、行動を共にすることとなります。中国による日本への宣戦布告が迫り、国際関係が緊迫化する中、嵯峨と蒲生は中華街で得た情報を元に、東京湾に浮かぶ無人島・猿島へ向かい、地下のヘリポートで今にも出発しようとしている大型ヘリコプターを発見、内部に潜入します。キャビンに収容されていたのは、メフィスト・コンサルティングによって脳神経中枢を直接に電気刺激するという拷問を加えられ、廃人同様となってしまった美由紀でした。
飛び立ったヘリコプターが向かった先で、3人は更なる危機に見舞われることになります。日中両国を戦争寸前にまで追い込んだメフィスト・コンサルティングの狡知にたけたマインドコントロール手段とは――?
これでもかという絶望的な状況に追い詰められながらも、3人が逆襲に転じてからの展開は胸のすくような気分が味わえます。「ミドリの猿」の正体が明らかにされるクライマックスでは「そんなのあり?」というマンガのような場面もありますが、それまでに積み重ねられてきた力技で納得させられてしまいます。
とりあえずの決着はつきましたが、まだまだ物語は続きそうです。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.4.29


「探偵」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2002)

戦前の雑誌に掲載されたレア作品を紹介する『幻の探偵雑誌』シリーズも9巻まで来ました。最終巻の第10巻は「新青年」なので別格として、この巻は拾遺的な位置付けでマイナーどころの雑誌が揃っています。取り上げられているのは「探偵」「月刊探偵」「探偵・映画」および「探偵小説」の4誌。いずれも創刊から1年足らずで廃刊に至った短命雑誌で、犯罪実話やエログロな内容も交えた玉石混交のものだったようです。
とはいえ「探偵」には甲賀三郎、横溝正史、角田喜久雄、海野十三ら大家の作品も収録されており、浜尾四郎が海外の事件に取材した実録もの「殺人狂の話」が興味深いです。また「月刊探偵」では木々高太郎の評論や、翻訳家・井上良夫がカーの密室講義(「三つの棺」の中でフェル博士が1章を費やして語っているもの)を紹介している記事、急逝した夢野久作を悼んで同僚作家や編集者、血縁者らが寄せた追悼文集などが見どころ。

<収録作品と作者>「罠に掛った人」(甲賀 三郎)、「首吊り三代記」(横溝 正史)、「後家殺し」(木蘇 毅)、「情熱の一夜」(城 昌幸)、「撞球室の七人」(橋本 五郎)、「浅草の犬」(角田 喜久雄)、「仲々死なぬ彼奴」(海野 十三)、「現場不在証明」(九鬼 澹)、「旅客機事件」(大庭 武年)、「魔石」(城田 シュレーダー)、「殺人狂の話」(浜尾 四郎)、「ながうた勧進帳(稽古屋殺人事件)」(酒井 嘉七)、「執念」(蒼井 雄)、「探偵小説に於けるフェーアに就いて」(木々 高太郎)、「探偵小説の本質的要件」(金 来成)、「J・D・カーの密室犯罪の研究」(井上 良夫)、「夢野久作氏を悼む」(森下 雨村/江戸川 乱歩/大下 宇陀児/水谷 準/青柳 喜兵衛/紫村 一重/石井 舜耳)、「フラー氏の昇天」(一条 栄子)、「危機」(本田 緒生)

オススメ度:☆☆

2006.4.30


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