佐藤春夫集 (ミステリ・怪奇幻想)
(佐藤 春夫 / ちくま文庫 2002)
『怪奇探偵小説名作選』の第4巻。ですが、この人選は意外でした。
もともと純文学嫌いで、特に「詩」ときたら何が何やらさっぱりわからないという体たらくですので(笑)、佐藤春夫さんといえば名前を知っているという程度でした。
もちろん、明治時代の純文学者でも谷崎潤一郎や芥川龍之介は探偵小説にも造詣が深く、自らも純探偵小説と呼べる作品(谷崎の「途上」とか、芥川の「開化の殺人」とか)を書いていることは知っていました。佐藤春夫は、それ以上に海外の探偵小説に通じ、探偵小説のついての確固たる理念まで持っていたのですね(本書にも「探偵小説小論」が収録されています)。本書を読んではじめて知りました。
本書には、純粋探偵小説からエスプリの利いた小品、怪奇・幻想小説からSF的なものまで幅広く収められています。
阿片窟で起こった殺人事件の謎を解く「指紋」、インターンが看護婦長を刺殺するまでの心理の動きを克明に描いた「陳述」、山中の空き地で女性の焼死体が発見されたという実際の新聞記事に基いて真相を推理するリアリズムに満ちた「女人焚死」といった重厚な作品や、ホームズとワトスンの日常会話を思わせるようなエピソードを積み重ねた「家常茶飯」、買ってきたオウムがしゃべる言葉の断片から元の飼い主の家庭の事情を推理する「オカアサン」、戦時中のジャカルタを舞台にしたユーモラスな「マンディ・バナス」、『日本怪談集』(河出文庫)にも収録された幽霊屋敷因縁譚「化物屋敷」、莫大な遺産を費やして東京の真ん中に理想の町を建設しようとする青年の夢と挫折を描く「美しき町」、未来を舞台としたディストピアSFといえる「のんしゃらん記録」など、バラエティに富んでいます。
<収録作品>「西班牙犬の家」、「指紋」、「月かげ」、「陳述」、「オカアサン」、「アダム・ルックスが遺書」、「家常茶飯」、「痛ましい発見」、「時計のいたずら」、「黄昏の殺人」、「奇談」、「化物屋敷」、「山妖海異」、「のんしゃらん記録」、「小草の夢」、「マンディ・バナス」、「女人焚死」、「或るフェミニストの話」、「女誡扇綺譚」、「美しき町」、「探偵小説論」、「探偵小説と芸術味」
オススメ度:☆☆☆
2006.3.7
橘外男集 (怪奇・伝奇)
(橘 外男 / ちくま文庫 2002)
『怪奇探偵小説名作選』の第5巻。ただし、探偵小説は一編も入っていません(笑)。
この作者の作品集は、高校時代に(どんな高校生だ)現代教養文庫版『橘外男傑作選』の第1巻「死の蔭探検記」を読んでいましたが、内容がユーモア・怪奇・秘境冒険ものなどバラエティに富んでいたこともあり、逆に強い印象を持ってはいませんでした。
しかし本書には、作者が最も得意とした海外を舞台にした実話風伝奇小説と、日本を舞台とした純粋怪談を、それぞれ5篇ずつ収録されており、コクのある構成になっています。
海外伝奇ものは、中央アフリカの奥地でゴリラの言語を研究する学者一行を襲った悲劇「令嬢エミーラの日記」、南米ベネズエラのマラカイボ湖に浮かぶ孤島コルソ島の住民が引き起こす残虐な復讐譚「聖コルソ島復讐奇譚」、ボリビアとパラグアイの国境付近の荒野で発見された恐るべき獣人の物語「マトモッソ渓谷」、南アフリカの原住民の酋長の奇怪な行動を描く「怪人シプリアノ」、美貌の日本人マッドサイエンティストが主人公の「女豹の博士」の5篇。
怪談ものは、逗子に療養に来た青年がふとしたことから子供の幽霊とかかわり合う秀作「逗子物語」、古い豪華な蒲団に取り憑いた怨霊のたたりを描く「蒲団」、数ページの小品ですが圧倒的なインパクトを残す「生不動」、死者の霊が生前に恩を受けた医師のもとを訪れる「幽魂賦」、薄幸のまま離縁されて死んだ妻と再婚(!)する青年医師の話「棺前結婚」の5篇。
<収録作品>「令嬢エミーラの日記」、「聖コルソ島復讐奇譚」、「マトモッソ渓谷」、「怪人シプリアノ」、「女豹の博士」、「逗子物語」、「蒲団」、「生不動」、「幽魂賦」、「棺前結婚」
オススメ度:☆☆☆☆
2006.3.11
花岡ちゃんの夏休み (コミック)
(清原 なつの / ハヤカワコミック文庫 2006)
ハヤカワさんが、ついにやってくれました。
「アレックス・タイムトラベル」の時のコメントで、「なつのさんの初期作品も復刊してくれれば・・・」と願望をアピール(笑)しましたが、とうとう『清原なつの初期傑作集』刊行です。しかも来月は第2集「飛鳥昔語り」が――!!
本書には、初期の代表作(出世作?)とも言うべき花岡ちゃんシリーズ全4作――「アップルグリーンのカラーインクで」(この時は花岡ちゃんはまだ脇役)、「花岡ちゃんの夏休み」、「早春物語」、「なだれのイエス」のほか、デビュー作「グッド・バイバイ」、『りぼん』本誌への初登場作「青葉若葉のにおう中」、日本初の花粉症マンガ(笑)「胸さわぎの草むら」が収録されています。描き下ろしのあとがきマンガも。
『りぼん』掲載時には当時全盛だった“乙女ちっく”キャラへのアンチテーゼのように感じられていた花岡ちゃんですが(笑)、彼女を支持する読者も当時から多かったようです。なつのさんも本シリーズのキャラには愛着があったのでしょうか、ライバル笹川華子さんは後に地球連邦の火星大使にまで出世してますし(「真珠とり」第2話)、相方の蓑島さんはいつのまにか美容師になって(しかもオーナー)あちこちに顔を出しています。
今回、りぼんマスコットコミックスに収録された微修正バージョンではなく、りぼん本誌に掲載されたままの初期バージョンが収められているのも嬉しいところでした(さすがに時代のせいか、「気●い」と「発●」は訂正されていましたが)。
かつて、十代後半という多感な時期にリアルタイムでなつのさんワールドに出会えたことに感謝しつつ、四半世紀を越えてもまったく古くささを感じさせない作品群をあらためて堪能できました。
<収録作品>「花岡ちゃんの夏休み」、「早春物語」、「アップルグリーンのカラーインクで」、「青葉若葉のにおう中」、「なだれのイエス」、「胸さわぎの草むら」、「グッド・バイバイ」、「みやもり坂の頃の事」
オススメ度:☆☆☆☆
2006.3.12
ガラスびんの中のお話 (ファンタジー)
(ベアトリ・ベック / ハヤカワ文庫FT 2002)
ハヤカワ文庫FTのごく初期の(FT16)メルヘン作品集。初版は1980年です。
童話やおとぎ話が持つ純粋な要素――現代ではいわゆる『よい子向け』にアレンジされて薄まってしまっている、無垢さに基く残酷さや不条理さのエキスが横溢しています。メルヘンはハッピーエンドでなければいけないというルールはありません。
妹といつもひと組に見られるのを嫌って魔女にお願い事をする姉の話、世界中に悲しみを振りまいたお姫様の癒しの話、鏡がまったくないお城に閉じこめられた美しい王女の話、子どもをほしがった醜い魔女の話、やり手の商人の家に手伝いに行った欲のない妖精の話、女嫌いの三兄弟がめとった花嫁の話、ガラスの身体をもった少女の話、誰かの名付け親になるという役割を背負った妖精の話、何でもほしがるわがままなお妃が生んだ男の子の話、ふたごの兄妹を妖精郷に連れて行った犬の話、男の子と一緒に成長する服の話、生まれてから一度も鳴ったことのないガラスの鈴の話、人間の子どもに混じって学校へいったムカデの話、自分がノートに描いた少女と文房具の中で遊ぶ子どもの話、クリスマスイヴの夜にサンタクロースが出会ったみすぼらしい老人の話、太陽・海・風に守られた少女の話など、全部で20編が収められています。
<収録作品>「イルドとイルリーヌ」、「姫泣き鳥」、「鏡のない宮殿」、「魔女の赤ちゃん」、「小さなおばあさん」、「三人の花嫁の塔」、「風の子ども」、「雪のばら砂のばら」、「ガラスの少女」、「のろ公と妖精」、「月の王子」、「狐火のむすめ」、「ドッグ」、「魔法の晴れ着」、「ガラスの鈴」、「りこうなムカデ」、「インク壺のカエル」、「小さな皿洗い」、「奇妙なクリスマス」、「三人の守り神」
オススメ度:☆☆☆
2006.3.27
「探偵クラブ」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2001)
『幻の探偵雑誌』シリーズの第8巻です。今回の「探偵クラブ」は独立の雑誌ではなく、新潮社から戦前に刊行された「新作探偵小説全集」の各配本に付録として付けられていたものだそうです。とはいえ、当時の第一線の作家によるリレー小説や短い探偵コントなどが掲載され、探偵文学史的にも意味あるものでした。
森下雨村・江戸川乱歩・横溝正史・水谷準・浜尾四郎・夢野久作・甲賀三郎ら錚々たるメンバーによるリレー小説「殺人迷路」がメインですが、やはりリレー小説にありがちな行き当たりばったりの予定調和的ストーリーで、あまり面白くはありません。
本巻には他にももうひとつ、平凡社版「江戸川乱歩全集」の付録になっていた「探偵趣味」(シリーズ第2巻にまとめられた「探偵趣味」とは別物)の懸賞小説に寄せられた様々な短編が収められています。作品自体には見るべき物はあまりありませんが、数百篇に及ぶ応募作すべてに乱歩自身が目を通し、自ら選評を書いているのが特筆すべきところです。
<収録作品と作者>「殺人迷路」(森下 雨村/大下 宇陀児/横溝 正史/水谷 準/江戸川 乱歩/橋本 五郎/夢野 久作/浜尾 四郎/佐左木 俊郎/甲賀 三郎)、「短銃」(城 昌幸)、「カメレオン」(水谷 準)、「女と群集」(葛山 二郎)、「小曲」(橋本 五郎)、「戸締りは厳重に!」(飯島 正)、「縊死体」(夢野 久作)、「黒髪」(檜垣 謙之介)、「建築家の死」(横溝 正史)、「動物園殺人事件」(南澤 十七)、「僕の『日本探偵小説史』」(水谷 準)、「息を止める男」(蘭 郁二郎)、「してやられた男」(小日向 台三)、「五月の殺人」(田中 謙)、「嬰児の復讐」(篠田 浩)、「私の犯罪実験に就いて」(深田 孝士)、「硝子」(井並 貢二)、「彼女の日記」(凡夫生)、「最後の瞬間」(荻 一之介)、「蛾」(篠崎 淳之介)、「怪物の眼」(田中 辰次)、「探偵Q氏」(近藤 博)、「紅い唇」(高橋 邑治)、「奇怪な再会」(円城寺 雄)、「棒切れ」(鹿子 七郎)、「剥製の刺青(黄金仮面えぴそうど)」(深谷 延彦)、「炉辺綺譚」(篠崎 淳之介)、「復讐」(篠崎 淳之介)、「夜靄」(冬木 荒之介)、「黄昏の幻想」(深谷 延彦)、「一夜」(篠田 浩)、「或死刑囚の手記の一部」(荻 一之介)、「意識と無意識の境」(榎並 照正)
オススメ度:☆☆
2006.4.5
「探偵」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2002)
戦前の雑誌に掲載されたレア作品を紹介する『幻の探偵雑誌』シリーズも9巻まで来ました。最終巻の第10巻は「新青年」なので別格として、この巻は拾遺的な位置付けでマイナーどころの雑誌が揃っています。取り上げられているのは「探偵」「月刊探偵」「探偵・映画」および「探偵小説」の4誌。いずれも創刊から1年足らずで廃刊に至った短命雑誌で、犯罪実話やエログロな内容も交えた玉石混交のものだったようです。
とはいえ「探偵」には甲賀三郎、横溝正史、角田喜久雄、海野十三ら大家の作品も収録されており、浜尾四郎が海外の事件に取材した実録もの「殺人狂の話」が興味深いです。また「月刊探偵」では木々高太郎の評論や、翻訳家・井上良夫がカーの密室講義(「三つの棺」の中でフェル博士が1章を費やして語っているもの)を紹介している記事、急逝した夢野久作を悼んで同僚作家や編集者、血縁者らが寄せた追悼文集などが見どころ。
<収録作品と作者>「罠に掛った人」(甲賀 三郎)、「首吊り三代記」(横溝 正史)、「後家殺し」(木蘇 毅)、「情熱の一夜」(城 昌幸)、「撞球室の七人」(橋本 五郎)、「浅草の犬」(角田 喜久雄)、「仲々死なぬ彼奴」(海野 十三)、「現場不在証明」(九鬼 澹)、「旅客機事件」(大庭 武年)、「魔石」(城田 シュレーダー)、「殺人狂の話」(浜尾 四郎)、「ながうた勧進帳(稽古屋殺人事件)」(酒井 嘉七)、「執念」(蒼井 雄)、「探偵小説に於けるフェーアに就いて」(木々 高太郎)、「探偵小説の本質的要件」(金 来成)、「J・D・カーの密室犯罪の研究」(井上 良夫)、「夢野久作氏を悼む」(森下 雨村/江戸川 乱歩/大下 宇陀児/水谷 準/青柳 喜兵衛/紫村 一重/石井 舜耳)、「フラー氏の昇天」(一条 栄子)、「危機」(本田 緒生)
オススメ度:☆☆
2006.4.30