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イクシーの書庫・過去ログ(2005年11月〜12月)

<オススメ度>の解説
 ※あくまで○にの主観に基づいたものです。
☆☆☆☆☆:絶対のお勧め品。必読!!☆☆:お金と時間に余裕があれば
☆☆☆☆:読んで損はありません:読むのはお金と時間のムダです
☆☆☆:まあまあの水準作:問題外(怒)

「探偵趣味」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2000)

戦前の探偵小説雑誌を紹介する『幻の探偵雑誌』シリーズ第2巻(事情により、第3巻「シュピオ傑作選」よりも読むのが遅くなりました)。
この「探偵趣味」は、大正14年に同人雑誌としてスタートし、その後、商業出版に引き継がれましたが5年で廃刊となったそうです。同人雑誌とはいえ、江戸川乱歩・小酒井不木・甲賀三郎など錚々たる面々が編集長を務め、寄稿している作家も当時の探偵文壇の中心となっている人々でした。ただ、同人雑誌からスタートしたという関係上、総ページ数が少ないため、掲載される作品も短いものになってしまっており、ボリュームに欠けることは否めません。
でも、タブロイド紙の三面記事に載っているような事件を紹介する連作「いなか、の、じけん」(夢野久作)、小栗虫太郎がデビュー前に織田清七名義で発表した「或る検事の遺書」、怪奇探偵小説「恋人を喰べる話」(水谷準)、奇妙な味の「煙突奇談」(地味井平造)の他、角田喜久雄、甲賀三郎、横溝正史、江戸川乱歩、小酒井不木、牧逸馬などの大家や、この雑誌のみで終わってしまった無名作家まで、23篇が収められています。

<収録作品と作者>「素敵なステッキの話」(横溝 正史)、「豆菊」(角田 喜久雄)、「老婆三態」(大下 宇陀児)、「墓穴」(城 昌幸)、「恋人を喰べる話」(水谷 準)、「浮気封じ」(春日野 緑)、「流転」(山下 利三郎)、「自殺を買う話」(橋本 五郎)、「隼お手伝い」(久山 秀子)、「ローマンス」(本田 緒生)、「無用の犯罪」(小流智尼)、「いなか、の、じけん」(夢野 久作)、「煙突奇談」(地味井 平造)、「或る検事の遺書」(織田 清七)、「手摺の理」(土呂 八郎)、「怪人」(龍 悠吉)、「兵士と女優」(オン・ワタナベ)、「頭と足」(平林 初之輔)、「谷音巡査」(長谷川 伸)、「助五郎余罪」(牧 逸馬)、「段梯子の恐怖」(小酒井 不木)、「嵐と砂金の因果律」(甲賀 三郎)、「木馬は廻る」(江戸川 乱歩)

オススメ度:☆☆☆

2005.11.1


寄生木 (ホラー)
(長坂 秀圭 / 角川ホラー文庫 2000)

「弟切草」「彼岸花」に続くホラーシリーズ3部作の完結編(最近、続篇らしきものが出ているので、そうも言い切れないのですが)。
今回は、作者自身と担当編集者も作品世界に巻き込まれてしまうというメタフィクション仕立てです。
ホラー小説の新作「寄生木」の構想を練っていた作者(長坂さん)へ一本の電話がかかってきます。相手は松平直樹(「弟切草」の登場人物。ゲームでは怪魚になってましたな)と名乗り、過去の2作と同じ事件が実際に起きており、長坂さんが「寄生木」を書けば、その通りに連続殺人事件が起こると伝えます。同じ頃、担当編集者・岡山智子の許にも青沼篠(「彼岸花」の登場人物)と名乗る女性から同様の内容の電話が入っていました。かれらは異口同音に“ヒトラーの賭け”、“ノマラーブ”という謎の言葉を残し、執筆を止めてくれと訴えます。その「寄生木」のストーリーとは・・・。
1年前、廃工場でひと組の男女が変死します。警察は不倫の末の無理心中と判断しましたが、男の息子で新進マンガ家の良二、女の娘で劇団員の美有はそれを信じず、独自のルートで事件の謎を解こうとしていました。そして、美有の所属する小劇団のリーダー鍋島は1年後の今、事件の関係者を集めたミステリー・ツアーを企画し、真犯人を暴きだす計画を立てていました。良二と美有は、そこで初めて出会います。互いにメールで知り合って熱烈なバーチャル恋愛に陥っていた同士だとも気付かずに・・・。
ツアーは、死んだふたり、草薙泰造(良二の父)と樫本志乃(美有の母)が調査旅行を計画していたベルギーの各所を廻るというものでした。ツアーの参加者は13人。良二と元恋人でマネージャーの史子、鍋島と美有、パンクな不良カップル蛇田と蛭川、14歳のオタク少年・正太郎の他、ドイツ人医師や女流詩人、1年前の事件を追う刑事、現地ガイドに自称・会社員の男女(実は長坂と岡山)。“ヒトラーの賭け”によると、恋人同士になったふたりがお互いに殺し合うことになるのだそうです。
ツアーは開始早々、“ヘーヒステス・クロイツ”(ナチの鉤十字を超える最高最善の鉤十字という意味らしい)の落書きに迎えられます。進むにつれ、13人の名前やカップリング構成に無気味な見立てが乱立していることがわかり、これまで隠されていた互いの濃密な人間関係が次々と明らかになっていきます。
そして、ついに最初の殺人が――。世界の歴史を裏で操る、太古から連綿と続く秘密結社とは・・・? “ノマラーブ”という言葉は、何を意味するのか・・・?
3部作の集大成ということで、気合も入っていたようですが、結末は思ったより意外性がありませんでした。ホラーとしてもフーダニットとしても、いささか中途半端だったような気が。でもさくさく読めます。

オススメ度:☆☆☆

2005.11.2


小酒井不木集 (ミステリ)
(小酒井 不木 / ちくま文庫 2002)

ちくま文庫版の戦前探偵小説シリーズ、第1期の『怪奇探偵小説傑作選』全5巻に続いて、第2期の『怪奇探偵小説名作選』が刊行されました(とはいえ3年半前のこと)。傑作と名作はどう違うんだ、という疑問はありますが、それは置いといて(笑)。
『名作選』の第1巻は小酒井不木さん。本業は医学者で、その医学知識を生かした短篇を多く書いています。この作品集には、第1部に10ページ前後の短い怪奇・SF的要素の強い22篇、第2部には本格味の濃い短篇8篇が収録されています。春陽文庫から出ている作品集
「大雷雨夜の殺人」とのダブリは5作品と少ないのも嬉しいです。
もちろん、当時の最先端の医学知識・科学知識がベースですから、現在では非常識きわまりない場面が出てきたりしますが(●●は伝染病なのに「遺伝する」と書いてあったり、子供の頃から●●の者は将来に犯罪者となる可能性が強いと記述してあったり、伏字にしかできません)、それが当時の常識だったわけですから、歴史的意義を学ぶのも一興かも知れません。

<収録作品>「恋愛曲線」、「人工心臓」、「按摩」、「犬神」、「遺伝」、「手術」、「肉腫」、「安死術」、「秘密の相似」、「印象」、「初往診」、「血友病」、「死の接吻」、「痴人の復讐」、「血の盃」、「猫と村正」、「狂女と犬」、「鼻に基く殺人」、「卑怯な毒殺」、「死体蝋燭」、「ある自殺者の手記」、「暴風雨の夜」、「呪われの家」、「謎の咬傷」、「新案探偵法」、「愚人の毒」、「メヂューサの首」、「三つの痣」、「好色破邪顕正」、「闘争」

オススメ度:☆☆☆

2005.11.4


黒竜戦史1 ―偽の竜王― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2002)

大河ファンタジー『時の車輪』の第6シリーズのスタートです(これも世間から3年半遅れ(^^;)。
この第1巻は、プロローグが全体の2/3を占めます。さすがに登場人物が多岐に渡り、世界中に散らばってしまっているので、誰がどこにいて何をしているのか、作者自身もおさらいしなければならなくなったのでしょう。読者としても、ありがたい限り。
アル=ソアはアンドール王国を支配していたゲーブリル公(正体は闇セダーイのラヴィン)を倒して首都シームリンに滞在中。分裂した異能者たちは、アミルリン位を奪ったエライダが<白い塔>を支配しつつ、アル=ソアを利用しようと策をめぐらせ、そこへ反アル=ソア派のアイール族が同盟を働きかけにきます。一方、エライダに対抗する異能者たちはサリダールに集結し、そこにはナイニーヴ、エレイン王女、ビルギッテ、アミルリン位を追われて“封じ込め”を受けたシウアン、未来を読める少女ミン、捕えられた闇セダーイのモゲディーンが、それぞれやきもきしながら行動の時を待っています。アル=ソアらの故郷トゥー・リバーズを怪物トロロークの群れから救ったペリンはファイールと結婚し、領主として村を立て直しています。アンドール王国を脱出して潜伏中のモーゲイズ女王の許を<白マント>のナイアル大主将卿が訪れ、協力を申し出ます(もちろん、自分の身勝手な正義を実現するため)。<白い塔>に滞在中のガーウィン王子は、母親(モーゲイズ女王)と妹(エレイン)が死んだという噂を耳にして、アル=ソアへの復讐を誓います。そして闇王は闇セダーイのひとりデマンドレッドを呼びつけて、あらたな策略の実行を命じるのでした。
さて、アル=ソアの許を“偽の竜王”のひとりマツリム・テイムが訪れたことで、物語は動き始めます。あとは
次巻へ。

オススメ度:☆☆☆

2005.11.5


化猫伝 桜 妖魔 (ホラー)
(長坂 秀圭 / 角川ホラー文庫 2001)

『弟切草』シリーズ3部作に続く、ホラーの新シリーズ開幕だそうです。先日「寄生木」の記事で「続篇らしきものが出ている」と書きましたが、どうやらこの新シリーズがそうだった模様。新シリーズとはいえ、登場人物が微妙にかぶっていたり、同じシチュエーションがちょくちょく出てきたり、同じ“長坂ワールド”であることは間違いないようです。
さて、物語は渋谷のスクランブル交差点から始まります。完璧に『街』(長坂さんがシナリオを書いた実写サウンドノベルゲーム)です(笑)。
不意に、自分が記憶をなくしたことに気がついた初老の男。清楚な女子大生・紫苑にぶつかられた後、紫苑の双子の妹だという小悪魔的な少女・小都と知り合います。彼の胸には、猫に引っかかれたような新しい傷がついていました。
一方、学生映画を撮っている監督の史畑真馬は、カメラ担当の沙弥、スタッフのキースとお品(このふたりと同じ名前の人物が「寄生木」にも出てきましたね)と共に、1年前に撮影中止した作品を撮り直そうとしていました。新メンバーの紫苑が書き直した脚本をベースに、小都の飼っている黒猫をモチーフにしたホラー映画です。1年前、奈良県の石舞台遺跡でロケをしていた真馬と沙弥は、ある事件に巻き込まれ、撮影を中止していたのです。ふたりは共に父親の顔を知らず、幼い頃から黒猫に関するトラウマを持っています。
再び奈良にロケに出かけるメンバーには、紫苑の発案で件の記憶をなくした男性(通称“せんせい”。どうやらホラー作家らしい)も参加していましたが、真馬と沙弥は“せんせい”の顔を見て衝撃を受けます。1年前の事件には、黒猫と“せんせい”が関わっていました。“せんせい”が記憶を取り戻すとき、何が起こるのか・・・。
「弟切草」と同じく“復讐”がキーワードとなり、「彼岸花」に出てきた怪異(幽霊が出るのぞみ号車輌とか、無気味な予言をする掃除ばあさんとか)が彩りを添え、「寄生木」の道具立てが背景に存在するなど、作品の連結性を意識しているようです。こういうのは好きです。ただし、筋立てが同工異曲なので、そろそろ飽きが来つつあります(作者は意識してそうしている節もありますが)。

オススメ度:☆☆☆

2005.11.7


渡辺啓助集 (ミステリ・怪奇)
(渡辺 啓助 / ちくま文庫 2002)

戦前探偵小説シリーズ『怪奇探偵小説名作選』の第2巻。略歴を見ると、作者は1901年生まれ、2002年逝去とあります。なんと1世紀まるまる生きていらっしゃったのですね。もちろんこの本には、戦前の作品25篇が収められています。
ほとんどが本格ものというよりは、猟奇犯罪小説風味か変格ものの所謂“奇妙な味”に属する短篇です。タイトルがどれも秀逸で、「血笑婦」「聖悪魔」「吸血花」「悪魔の指」「血蝙蝠」「タンタラスの呪い皿」「地獄横丁」「美しき皮膚病」「血のロビンソン」など、こうして列挙するだけでわくわくと心が騒ぐのを感じます。怪奇探偵小説の名に恥じない作品揃いです。

<収録作品>「偽眼のマドンナ」、「佝僂記」、「復讐芸人」、「擬似放蕩症」、「血笑婦」、「写真魔」、「変身術師」、「愛欲埃及学」、「美しき皮膚病」、「地獄横丁」、「血痕二重奏」、「吸血花」、「塗込められた洋次郎」、「北海道四谷怪談」、「暗室」、「灰色鸚哥」、「悪魔の指」、「血のロビンソン」、「紅耳」、「聖悪魔」、「血蝙蝠」、「屍くずれ」、「タンタラスの呪い皿」、「決闘記」、「ニセモノもまた愉し」

オススメ度:☆☆☆

2005.11.10


サイナック脳の謀略 (SF)
(クルト・マール&H・G・エーヴェルス / ハヤカワ文庫SF 2005)

『ペリー・ローダン・シリーズ』の第317巻。
タイトルだけを見ると、“サイナック脳”というのはすごく悪いやつで、悪辣な陰謀を企んでいるように思えてしまいますが、ここでいう“サイナック脳”とはローダンのこと。
脳だけを異銀河に送られてしまったローダンが、帰還の手段を求めて、ナウパウム銀河を太古に支配していた種族ユーロクの生き残りにコンタクトしようと、策略をめぐらすというのが、こういうタイトルが付された事情です。
作戦通り、脳マーケットを跋扈する犯罪者(サイナックとは本来そういう意味)を狩り立てるハンターとして活動していたユーロクのトリトレーアと会談したローダン、手掛かりとなりそうな新たな種族の名を聞かされます。
後半のエピソードでは、惑星ヤァンツトロンの政府転覆を企てる秘密組織が出てきて、これから数巻はこの組織との戦いになるのかと思っていたら、あっさり首領が退治されてしまいました。なんか行き当たりばったりな気が・・・(^^;

<収録作品と作者>「サイナック脳の謀略」(クルト・マール)、「ムクトン=ユルの叛乱」(H・G・エーヴェルス)

オススメ度:☆☆☆

2005.11.11


鳥姫伝 (ファンタジー)
(バリー・ヒューガート / ハヤカワ文庫FT 2002)

作者のデビュー長篇で、1984年の世界幻想文学大賞を受賞した作品。アメリカ人が書いた中国が舞台の奇想天外ファンタジーです。ちなみに作者ヒューガートは元軍人で、中国・日本を含むアジア各国に駐屯していたとか。その時に東洋各地の幻想奇譚に取り憑かれたのだそうです。
舞台は唐代の中国。養蚕を生業とする田舎の村に、災厄が襲い掛かります。村の嫌われ者の強欲金貸し、方(ファン)と馬(マー)が私腹を肥やそうとした悪だくみのとばっちりで、村の8歳から13歳までの子供たちが病に倒れ、明日をも知れぬ命となってしまいます。19歳の少年・十牛は、賢者が暮らすという北京に助けを求めに行き、李高と名乗る老師を村に連れ帰ります。李老師の見立てでは、子供たちの命を救えるのは、“大力参”という強大な薬効を持つ人参のみ。大力参を求めて、十牛と李老師の中国全土を経巡る旅が始まります。
純朴で“心優しい力持ち”の十牛と、飄々としてつかみ所がない稀代の知恵者・李老師のコンビは、ある意味では冒険ファンタジーの王道。あと可憐なヒロインが揃えばパーティは完成ですが、そこはそれ、いささかひねった形でヒロインは存在します。それがタイトルとなっている鳥姫というわけ。 十牛と李老師は大力参を求めて、稀代の猛女・皇祖娘子に接近し、さらに苛烈な税の取立てで人民を虐げる秦王(唐代なのになぜ秦王(=始皇帝)がいるのかというツッコミは野暮というもの)の秘宝の中に大力参があることを突き止めます。行く先々に現れる女中の幽霊が示す鳥姫とは何者で、大力参とどう関係してくるのか――。
常に仮面をかぶった閻魔のような独裁者・秦王、中国の歴史を彩る歴代の女帝を全部ひっくるめて培養したような皇祖娘子、その娘婿で古代文字の解読に半生を捧げている優しき学者・侯恐妻、秦王の会計係を務める臆病な小男・兎健と、その女房で百姓上がりのさえない女性なのに男を次々と虜にしてしまう蓮雲、李老師の策謀に引っかかって金貨をしこたま巻き上げられてしまう守銭奴の沈など、登場人物はユニークかつどこかの中国説話に出てきたような特異なキャラクター。それらの登場人物が、これまた中国・天竺・ペルシャなどのおとぎ話や妖奇譚を思わせる奇想天外なエピソードの連続の中で翻弄され、次第にことの真相が明らかになっていく過程は、エキゾチズムに満ちたファンタジーであると同時に、上質のミステリとして読むこともできます。ホラ話なのに、論理的解決があるのがすごい。生者死者を問わず、すべての登場人物がカーテンコールのように現れる大団円もミュージカルのようで、素敵な余韻を残します。
なお、続篇として
「霊玉伝」「八妖伝」が出ています。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.11.13


ヴァーチャル・ガール (SF)
(エイミー・トムスン / ハヤカワ文庫SF 1995)

「緑の少女」の作者エイミー・トムスンのデビュー長篇です。本来こちらを先に読むべきでした(^^;
タイトルからイメージすると、サイバーパンクな電脳SFかと思ってしまいますが、さにあらず、古き時代を思い出させる少女成長SFであります。
主人公マギーは人間そっくりに作られた女性アンドロイド。マギーを作ったのはコンピュータオタクの青年アーノルド。アーノルドは大実業家の一人息子ですが、幼い頃に母の自殺現場を目撃したり、その後の父と愛人たちのご乱行を目の当たりにしたトラウマから、他人とのコミュニケーションがとれなくなり、家を出てコンピュータに没入した生活をしていました。そんなアーノルドが自分だけを愛してくれる存在がほしくて作り上げたのがマギーです。外見は(下着の中まで)完璧な女性で、優れた人工知能(AI)を搭載したマギーですが、舞台となっている21世紀なかばのアメリカでは、AIを製造し保持することは重罪なのでした。かつてAIを搭載したスーパー兵器が駆使された戦争が起こったことで、AI禁止法が制定されていたのです。もちろん当局に見つかれば、アーノルドは監獄にぶち込まれ、マギーは破壊されてしまいます。
純粋無垢なマギーは、とまどいながらもアーノルドに教わって、外部からインプットされる膨大なデータを処理しつつ、次第に“人間らしく”成長していきます。しかし、アーノルドの父親の部下に発見され、アーノルドとマギーはホームレスに混じり、電車の無賃乗車を繰り返しながら(鉄道会社のホストにハッキングして乗車データを捏造することなどマギーには朝飯前)アメリカ各地を点々と放浪することになります。近未来とはいえ、不況で都市のスラム化が進み、どこの都市もホームレスであふれかえっています。ホームレスの母子連れと知り合ったマギーは、ますます細やかな愛情に目覚めていくのでした。
ところが、サンフランシスコのスラムで暴漢に襲われたマギーは、アーノルドと別れ別れになり、ショックで記憶喪失(自己防衛プログラムが働いてプロセッサの暴走を防いだらしい)に陥り、失われた自己を求めて放浪することになります。
ネイティブ・インディアンの親子、ゲイのミュージシャン、コンピュータ・ネットワークの片隅にひっそりと存在を隠していた孤独なAIなどと触れ合いつつ、マギーの旅は続きます。「セックスって何?」と無邪気に質問するマギーもまたよし(笑)。
冒頭、ヴァーチャル・リアリティの世界でプログラミングを行うアーノルドの姿は、おそらく「機動戦艦ナデシコ」のオモイカネのデバッグ場面に応用されているでしょう(笑)。サイバーな設定を持ちながら、テイストはアシモフの初期のロボットものに近く、特に「ロビー」を長編化したらこのような雰囲気になるのでは、と思わせます。ラスト近く、マギーがホームレスの少女と再会するシーンなどは「ロビー」の再会シーンに匹敵する感涙の場面です。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2005.11.15


ある日どこかで (ファンタジー)
(リチャード・マシスン / 創元推理文庫 2002)

リチャード・マシスンといえば、映画「ヘル・ハウス」の原作「地獄の家」とか、これもスピルバーグが映画化した「激突!」とか吸血鬼ホラー「地球最後の男」とか、サスペンス・ホラー作家としての側面が強いですが、こんなリリカルな幻想ロマンスも書いているのです。
1971年の晩秋、映画の脚本家リチャード・コリアは脳腫瘍で余命数ヶ月の宣告を受け、失意のうちに旅をしていました。偶然からふと立ち寄ったサンディエゴ近郊の海辺に建つホテル・デル・コロナードに宿泊することにしたリチャードは、ホテルの歴史を展示したホールで、ある女優のセピア色に色褪せた写真を目にし、一目惚れしてしまいます。それは、1896年にJ・M・バリ(実在する「ピーターパン」の作者ですね)脚本の舞台劇をこのホテルで演じた舞台女優エリーズ・マッケナの写真でした。
物に憑かれたようにエリーズのことを調べ始めたリチャードは、エリーズが生涯独身を通し、自分の許を去ったと思われる男性に向けた謎めいた詩を遺して死んだこと、このホテルに滞在していた数日を境に人が変わったように女優として高評価を得るようになったこと、その際、彼女の人生で唯一のスキャンダルめいた出来事があったらしいことを突き止めます。
そして、当時の宿泊者名簿に、自分の筆跡で書かれた「R・C・コリア」という名前を見つけるに至って、リチャードは自分が過去にエリーズと運命的な出会いをしていたに違いないと確信しました。そして、何としても時間旅行を実現してエリーズに逢いに行こうと決意するのです。
彼の時間旅行法というのは単純で、「虚仮の一念、岩をも通す」という類のものですが、疑似科学と時間理論を延々と述べ立てて実現するタイムトラベルと、説得力の点では遜色はありません。そしてついに、彼は1896年秋のホテル・デル・コロネードに自分を送り込むことに成功します。
とはいえ、エリーズとは初対面ですし、相手は当代一流の女優。傍から見れば、リチャードは追っかけのひとりで怪しいストーカーに過ぎません。マネージャーのロビンスンやエリーゼの母親は、どこの馬の骨とも知れぬリチャードを追い払おうとしますが、当のエリーズは怪しみつつもリチャードという存在を受け入れてくれようとします。
19世紀末の儀礼や慣習に慣れないリチャードは、この時代にない言い回しを使ったり、当時としては信じられない無作法を何度もやらかすなど、顰蹙を買いまくりの行動をします。ですが、エリーズへの一途な愛を奉ずるリチャードはめげません。やがて、エリーズも心を開き始め・・・。
時を超えたラヴ・ストーリーというのは珍しいテーマではなく、ジャック・フィニイの長短篇にも見られます(マシスンがいちばん好きなファンタジー作家はフィニイだそうです)が、これはマシスンが実在の女優(モード・アダムズ)の写真を見て、彼女をモデルに実在のホテル・デル・コロナードを舞台に描いただけあって、描写は濃密でリアリティにあふれています。前半、エリーズのことを調べまくるリチャードの姿は、モード・アダムズのことを徹底的に調査したマシスンその人だそうです。
この作品、1980年に映画化され、その後、宝塚でも上演されたとか。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.11.16


数奇にして模型 (ミステリ)
(森 博嗣 / 講談社文庫 2001)

犀川&萌絵シリーズの長篇第9作。これまでで最もボリュームがあります(でも次作「有限と微小のパン」はもっと分厚い)。
ある晩秋の夜、那古野市にあるM工業大学の研究室で、女子学生が絞殺死体で発見されます。現場は鍵がかけられた密室で、鍵を持ち出していた社会人大学院生・寺林に嫌疑がかかります。ところが、翌朝、現場にほど近い公会堂の一室(こちらも密室状態)で、美人モデルの首無し死体と一緒に、頭部を殴られて気を失っている寺林が発見されるという異様な事態に。もちろん寺林自身は、首無し死体になったモデル・筒見明日香を殺したおぼえはありません。警察は寺林をM工大と公会堂の双方の事件で最有力の容疑者としていましたが、あまりにもあからさまなのが却って不審を抱かせました。
寺林はフィギュア制作の趣味があり、公会堂で開かれる模型・フィギュアの交換・即売会(ワンフェスの地方版ですね)のスタッフでした。そして明日香はコスプレのモデルだったのです。スタッフには犀川の高校時代の同級生でなおかつ萌絵の従兄弟に当たる作家の大御坊(オネエ言葉でしゃべる、年齢が違うのを別にすれば志茂田景樹ふうの変な人)も参加しており、それがきっかけで妙な偶然から犀川や喜多、萌絵も事件現場に居合わせることになってしまいます(なんと萌絵は明日香の代わりに宇宙戦士のコスプレをする羽目に!)。
当初、両方の事件に共通する関係者は寺林だけと思われていましたが、調査が進むにつれて思わぬ共通項が次々と現れてきます。相変わらず独断専行の萌絵は、看護師に化けて(これもコスプレ?)入院中の寺林の病室に忍び込んだり、明日香の兄で怪しげな芸術家の紀世都の家にひとりでついて行ってえらい目に遭わされたり、目が離せません。
そして1週間にわたって綿密に描き出された事件の謎は、ラストで鮮やかに解き明かされるのですが、冒頭の大胆なミスディレクションに「だまされたあ!」と嬉しい悲鳴をあげること必至と思います。
あと、フィギュアやモデラー、同人販売などをリアルに描写しているのが不思議だったのですが、解説を読むと、なんと作者の森さんはかつて同人マンガを描き、80年前後に開かれていたコミカ(名古屋版コミケ)の中心スタッフだったのだそうです。萌絵には「理解できない!」と言わせながらも、作中のイベントに集まったフィギュアオタクたちに暖かな眼差しが注がれているのは、このためだったのですね。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.11.18


蘆屋家の崩壊 (ホラー)
(津原 泰水 / 集英社文庫 2002)

共通の主人公が怪異に出遭うホラー連作短篇集。本のタイトルにもなっている「蘆屋家の崩壊」はポオの例の短篇のタイトルのもじりでしょうか。
30を過ぎても定職についていない独身男の猿渡と、ドラキュラに似た風貌から“伯爵”と呼ばれる怪奇作家(モデルが実在しているのではないかと思われます)のふたりは、無類の豆腐好きということが縁で仲良くなり、美味い豆腐料理があると聞けば全国どこでも飛んで行きます。このコンビ、ホームズとワトスンと言うよりは、ブラウン神父とフランボウのイメージに近いような気がします。
『異形コレクション』の
「グランドホテル」にも収録された「水牛群」、蘆屋道満の末裔と言われる一族と関わった猿渡の災難「蘆屋家の崩壊」、若き日の猿渡につきまとう無気味な女ストーカーを描いた「猫背の女」(クロフォードの「上段寝台」を思い起こさせるシーンがあります)、“人獣怪婚”テーマの「超鼠記」、考えれば考えるほどおぞましさが増す虫ネタ「埋葬虫」、封じられていた古代の土地神の祟りを描く「ケルベロス」など、今気付きましたが、ほとんどの作品が動物をモチーフにしていますね。

<収録作品>「反曲隧道」、「蘆屋家の崩壊」、「猫背の女」、「カルキノス」、「超鼠記」、「ケルベロス」、「埋葬虫」、「水牛群」

オススメ度:☆☆☆

2005.11.19


日本秘教全書 (オカルト)
(藤巻 一保 / 学習研究社 2002)

ここ1年以上にわたって、ぽつりぽつりと読んでいましたが、ようやく読み終わりました。要するに、それだけ読みにくい(笑)。
古代から中世にわたる日本の秘儀宗教――陰陽道、星神信仰、聖徳太子信仰、真言立川流などについて、膨大な史料を元に紹介しています。
ですが、以前に読んだ
「図説 憑物呪法全書」と同様、資料としての価値はありますが読み物としては面白くありません。

オススメ度:☆

2005.11.20


妖香 (ホラー)
(ジョン・ソール / ヴィレッジブックス 2002)

「魔性の殺意」以来、4年ぶりにソールの新作を読みました。今回のソールは、まさに原点に戻ったというイメージです。幼児虐待に過去の怨念というモチーフは、デビュー作「暗い森の少女」(ハヤカワ文庫NV)や「惨殺の女神」(同)、「運命の町」(扶桑社ミステリー)や「踊る女」(同)で幾度となく描かれ、ソール作品が“金太郎飴ホラー”と呼称される所以となったものです。
ニューハンプシャー州の田舎町に住むジョーンは、夫ビル、ひとり息子のマットと幸せな暮らしをしていました。マットはジョーンの連れ子でしたが、ビルは実の息子のように接してくれています。ところが、ジョーンの生家で独り暮らしをしていたジョーンの実母エミリーが認知症になり、火事を出してビルの家で引き取ることになります。若くして死んだジョーンの姉シンシアが生きていると思い込み、被害妄想からジョーンやマットにつらく当たるエミリーの存在に、平和な家族に亀裂が入ります。施設に預けようというビルと自分で面倒をみるというジョーンの対立からビルは一時的に家を出てしまいます。
そして、マットの16歳の誕生日に悲劇は起こります。前夜の食事会でビルとマットは激しく口論し、わだかまりが解けぬまま鹿狩りに出かけますが、大きな牡鹿を追い詰めたとき、マットは不思議な香りを感じて記憶を失ってしまいます。2時間後、射殺された牡鹿の死骸のそばで発見されたのは、額を撃ち抜かれたビルの遺体。しかも、マットの銃からは弾丸が発射されていました。
マットに疑いがかかりますが決定的証拠はなし。しかし、世間の噂は悪意を持って一家に襲い掛かってきます。そして、エミリーも行方不明に・・・。妖しい芳香と共に夜な夜なマットの許に現れるのは、死んだはずのシンシアの亡霊なのでしょうか・・・。
相変わらず、ソールは疑惑に基く人間の悪意を描くのが抜群にうまいです。途中で「もうやめてくれ!」と言いたくなりますが、途中で読むのを止めてしまったらもっと気分が悪くなりそうで、最後まで読まなければ気が済まなくなってしまう罠(笑)。でも、ソールにしては珍しく、読後感が良かったのが救いです。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.11.21


アザーズ (ホラー)
(アレハンドロ・アメナーバル / 角川文庫 2002)

2002年のGWに日本で公開されたホラー映画「アザーズ」のノヴェライゼーション(映画自体は見てません(^^;)。
ノヴェライゼーションとは言っても、アメナーバルの脚本をベースに訳者の人見葉子さんが小説版として書き起こしたもののようです。以前に読んだ
「ロスト・ソウルズ」と同じパターンですね。でも、「ロスト・ソウルズ」と比較して、こちらは段違いにいい出来に仕上がっています。脚本が優れていたか訳者の筆力か、どちらもあるのでしょうけれど、やはりベースとなる脚本が良かったからだと思います。
時は第二次大戦直後。英仏海峡に浮かぶ英領チャネル諸島のジャージー島(戦争中はドイツ軍に占領されていた)に暮らすグレースは、ふたりの子供アンとニコラスと一緒に、出征したまま帰らない夫のチャールズを待っていました。アンとニコラスのふたりは光過敏症で、日光に当たると火ぶくれができてしまうという特異体質。厳格なキリスト教徒のグレースは、子供たちを厳しくしつけていましたが、ちょうど1週間前に使用人たちが姿を消してしまい、新たな使用人を雇おうとしています。
そこに現れた3人の男女、ミルズ、タトル、リディアを雇いましたが、その頃から屋敷内には無気味な出来事が続きます。誰もいない部屋からピアノの音が鳴り響き、無人の屋根裏に響く足音。アンはビクターという名の男の子の幽霊が歩き回っていると訴えます。
そして、新たに雇った家政婦ミルズと庭師タトルは、何やら企んでいるような密談を交わすのでした・・・。
前半は典型的な幽霊屋敷もので、このまま終わってしまうのかと思いましたが、ラストのあまりにも鮮やかなどんでん返しに愕然。確かに、夫のチャールズが思いがけなく帰還したあたりで、彼はもしかしたらアレなのではないかと疑いましたが、でもちゃんと身体があって触れ合ってるしなあ・・・と納得してしまいました。それが、あんな真相があったなんて!?(汗)
映画が見てみたくなるような、いいラストでした。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.11.22


黒竜戦史2 ―闇の密議― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2002)

大河ファンタジー『時の車輪』の第6部第2巻です。
前巻での現時点での状況説明(笑)を受けて、世界各地で徐々に動きが兆してきますが、この巻では大きな動きはありません。闇セダーイのひとりサマエルを倒すべく、軍事作戦の準備を進めるアル=ソアと、彼の命を受けて別働隊を組織するマット。突然、マットに関わりを持ってくる宿屋の給仕娘ベッツェが登場し、今後どのように絡んでくるのか興味深いところです。
また、これまで名前が出るだけだった闇セダーイ――闇王の腹心の配下たちの姿が具体的に描かれるようになりました。グラエンダル、セミラーゲ、デマンドレッドなど、いずれも一筋縄ではいかない連中で、悪役が光っているほどお話は面白くなるという定説(?)を考えると、期待大ですね。
ラストでサリダールに集った異能者の許へ手紙が届き、物語は大きく動きそうです。

オススメ度:☆☆☆

2005.11.23


劫火 (ヒロイック・ファンタジー)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 2002)

『グイン・サーガ』の第84巻。今回はグインの出番はありません。
前々巻で、グインと共にクリスタル・パレスから脱出したリンダが帰還し、ナリスと再会します。一方、ナリスと袂を分かってマルガを飛び出していた女騎士リギアは、スカール率いる騎馬隊の消息を求めてパロ南西部の山岳地帯をさまよっていましたが、とある裏街道で無気味な軍勢に遭遇します。その軍勢の目的地は――(以下自粛)
思わぬところで思わぬ人物が登場して思わぬ展開になりますが、以前の巻でちゃんと前ふりがしてありますので不自然さを感じないのはさすがです。
ところで、末弥さんが描くリギアは実物(?)よりもたおやかに見えますね(笑)。

オススメ度:☆☆☆

2005.11.24


読者よ欺かるるなかれ (ミステリ)
(カーター・ディクスン / ハヤカワ・ミステリ文庫 2002)

何という大胆かつ挑発的なタイトルでしょう(笑)。
でも、欺かれないよう必死に読んでも、やっぱり最後は騙されて「やられたあ!」と快感にひたれること請け合いです。
病理学者サーンダーズ博士は、旧友の弁護士チェイスに誘われて、コンスタブル夫妻が住むフォーウェイズ荘を訪れます。そこには他にチェイスの女友達ヒラリイと、怪しげな自称・読心術師ペニイクが滞在していました。
誰の心でも読めると豪語するペニイクは、いきなりサーンダーズの心中を言い当てて度肝を抜きますが、サーンダーズをはじめ一堂は彼の能力には懐疑的でした。そして、ヒラリイに惹かれたサーンダーズとペニイクは図らずもライバル関係になることになります。
夕食前、ペニイクは館の主人サム・コンスタブルが夜の8時に死ぬと予言します。一笑に付した面々ですが、その時刻、サムの妻で作家のマイナの悲鳴で廊下に飛び出したサーンダーズが見たのは、階段の手摺にもたれてよろめき倒れるサムの姿でした。外傷も毒もなく、死因は心臓発作のようでしたが、サーンダーズは疑念を感じ(病理学者ですから、痕跡を残さずに人を殺せる手段がいくつもあることを知っています)、ロンドン警視庁のマスターズ警部とヘンリー・メリヴェル卿(H・M)が出馬することになります。
ところが、読心術師ペニイクは「サムを殺したのは自分である。心理的超能力を用いて遠隔殺人を成し遂げたのだ。自分の能力をもってすれば、誰でも殺せるし、法律では罪に問われない」とうそぶきます。そして、彼の宣言どおりの時刻に、再び関係者の死が――。
この事件は新聞にも報道され、テレフォース(思念波)による殺人は可能かと大センセーションを巻き起こします。H・Mが暴き出した真相とは?
作者お得意の密室殺人トリックはありませんが、事件の怪奇性と解決の論理的整合性が見事にマッチした秀作といえます。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.11.26


奇食珍食 (エッセイ)
(小泉 武夫 / 中公文庫 2001)

著者は東京農業大学農学部教授で食の研究家。毎日新聞に「美味巡礼の旅」というコラムを連載しているので、知っていました。
本書はタイトルから想像すると、いわゆるゲテモノ料理を紹介したものかと思ってしまいますが、そうではありません。世界中の食習慣をながめて、その文化・地域では当然のものながら、部外者から見るととても信じられないような食文化を紹介しているのです。その意味では、刺身やイカ・タコを平然と食べる日本の食事も外国人からは奇食珍食となるわけです。
とはいえ、虫やゴカイなどの料理を紹介している部分はかなりグロ(笑)。でも、物珍しさや悪趣味からゲテモノ食いをする人々には警鐘を鳴らしているところは好感が持てます。

オススメ度:☆☆☆

2005.11.26


魔石の伝説2 ―光の信徒― (ファンタジー)
(テリー・グッドカインド / ハヤカワ文庫FT 2002)

『真実の剣』シリーズの第2部第2巻です。
前巻に引き続き<泥の民>の村に滞在しているリチャードとカーラン。自らに眠っていた魔法の才を目覚めさせたことによる頭痛に悩みながら、村に迫る危機をいったんは回避したものの、不安をかかえるリチャードの許に魔女ショータが訪れます。ショータの口からリチャードの出生の秘密と、地下の闇の世界から地上をうかがう<番人>の脅威が語られ、引き裂かれた<ベール>を閉じることができるのはリチャードだけだと告げられます。
これからどうすべきか情報を得るために、<泥の民>の先祖の霊を呼び出す儀式を執り行うリチャード。しかし、現れたのは――(以下自粛)。確かに言われてみればその通りで、なんで気付かなかったんだリチャード!?ということになるのですが。でも誰も予想していなかった展開でしょう。
そして、カーランはリチャードの命を救うために、あるつらい決断を迫られることになります。その結果、リチャードはある場所へ赴くことになって、以下次巻

オススメ度:☆☆☆

2005.11.28


神々の糧 (SF)
(H・G・ウェルズ / ハヤカワ文庫SF 1998)

ジュール・ヴェルヌと並んでSFの元祖と言われるH・G・ウェルズの作品。「宇宙戦争」(実は未読。近日登場)や「タイム・マシン」に比べると地味ですが、いろいろと考えさせるものがあります。
ふたりの科学者が作り出した成長促進薬“ヘラクレオフォービア”。最初は実験農場でヒヨコに投与していましたが、杜撰な管理から薬が漏れ、巨大化したスズメバチやネズミが近隣の人々を襲い始めます。この前半の部分は1970年代に「ファング」というタイトルで映画化されており、見た記憶があります(単なる動物パニックものでしたが、原作者がウェルズということで憶えていました)。
ですが、作者が本当に書きたかったテーマはこれから。動物だけでなく一部の赤ん坊(科学者のひとりレッドウッドの息子や協力者コッサーの3人の息子)も“ヘラクレオフォービア”を食べさせられており、あちこちで巨大な子供が育っていきます(この薬は成長期にある生き物にだけ作用するので、大人が食べても変化はありません)。
膨大な食物と生活空間を必要とする巨人たち(大人になると身長は十数メートル)。一般人との軋轢が生じるのは当然の結果で、かれらを抹殺しようと扇動する政治家も現れます。そのような対立関係の中から人類の未来のビジョンを描こうとするのが作者の真の意図なのです。
かなり深刻なテーマを扱っている割には、のどかでユーモアを感じさせるのも、SF黎明期の作品だからでしょうか。

オススメ度:☆☆☆

2005.11.29


時間的無限大 (SF)
(スティーヴン・バクスター / ハヤカワ文庫SF 1995)

最新の科学理論を駆使して壮大な未来史を描くハードSF。
45世紀の地球(人類が恒星間飛行を開始して2500年後――と書いてあるので、おそらくその辺でしょう)は、異星人クワックスに支配されていました。クワックスと地球人との連絡係を務めるジャソフト・パーツは、地球を管理しているクワックスの総督に呼び出され、巨大な生体宇宙船スプライン艦に招かれます。木星近辺に出現したワームホール(時空のある点からある点を瞬時に結ぶ次元の抜け穴)に関する件でした。
そのワームホールは、1500年前にある壮大な計画に基いて太陽系から外宇宙へと送り出されたものでした。30世紀(?)の物理学者マイケル・プールが主導したその計画は、次のようなものでした。安定したワームホールの片側を木星周辺に固定し、もう一方を恒星間宇宙船に結び付けて宇宙の彼方へ送り出すと、100年後に宇宙船が戻って来た際には相対論的時差で太陽系では1500年が経過しているという計算になります。すなわち、ほぼ同じ位置にあるワームホールを抜けることにより、1500年の時を越えて行き来できるという(きわめて限定的ではありますが)時間旅行が実現するというわけです。
クワックスがパーツに示した映像には、ワームホールを抜けて去っていくアースシップ(『宇宙都市』のように大地そのものを切り取ってハイパードライヴ駆動させたもの)が映っていました。クワックスに抵抗する地球人の一派が、クワックスに支配されていない1500年前の地球へ脱出したのです。
一方、1500年前の地球では、オールト雲に隠居していたマイケルが父ハリーのヴァーチャル存在に呼び出されます。木星近くに戻って来たワームホールから宇宙船が現れ、マイケル宛にメッセージを送って来たというのです。送り主は、元恋人で、ワームホール運搬宇宙船で旅立っていたミリアムでした。ミリアムは1500年後に到達直後に「ウィグナーの友人」と名乗る一派に拉致され、一緒にアースシップでワームホールを抜けてきたのです。
ハリーと共にアースシップへ到達したマイケルはミリアムと再会します。しかし、「ウィグナーの友人」たちは助けを求めることもせず、何かを企んでいるようでした。
こうして、ワームホールを挟んだ時系列上のふたつの太陽系の間で虚虚実実の駆け引きが繰り広げられます。クワックスはある計画を実行に移し、宇宙の彼方では超種族たるジーリーが謎のリングを作りつづけ(これを描いたのが「虚空のリング」です)・・・。やがて「ウィグナーの友人」たちのとんでもない計画が明らかになってきます。
本書を読んで初めて知ったのですが、「ウィグナーの友人」というのは量子論の不確定性原理に基く「シュレディンガーの猫」を発展させたパラドックスなのだそうです。それを具体的に応用してしまおうという「ウィグナーの友人」一派の宗教的ともいえる狂信は、実在のカルト教団を思い出させて空恐ろしくなりますが。
「虚空のリング」を先に読んでしまったのですが、やはりこちらを先にこなす方がとっつきやすいと思います。

オススメ度:☆☆☆

2005.12.1


ソーンダイク博士の事件簿1 (ミステリ)
(R・オースチン・フリーマン / 創元推理文庫 2002)

コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』ものの全盛期に、それに影響されて次々と探偵たちが登場しました。『シャーロック・ホームズのライバルたち』と総称される中で、チェスタトンのブラウン神父と並んで傑出した地位を占めているのが、科学的捜査手法を前面に押し出したソーンダイク博士でした。
作者フリーマンは、探偵ではなく犯人の側から描く倒叙推理小説の創始者でもありますが、その第1作「オスカー・ブロズキー事件」(創元推理文庫「世界短編傑作集2」所収)に登場したのもソーンダイク博士です。
法医学の権威で弁護士でもあるソーンダイク博士は、ワトスン役のジャーヴィス医師、機械いじりの達人のポルトン助手とともに、警察の要請または事件関係者の訴えに基いて現場へ赴き、現代の鑑識官を思わせる緻密なデータ・証拠収集で事件の謎を解きます。現代科学から考えれば「なあんだ」というネタも多いですが、100年前ということに留意しないといけません。
前半で犯人の周到な殺害計画を描き、後半でソーンダイクの慧眼が真犯人を指摘する倒叙形式の「計画殺人事件」「歌う白骨」、人情味あふれる結末が秀逸な「おちぶれた紳士のロマンス」、現場に残された指紋の裏に隠された真相を暴く「前科者」(作中に、長篇「赤い拇指紋」のネタバレが書かれていますのでご注意ください)、意外な凶器――というか犯人が鮮やかな「青いスパンコール」、密室ものの「アルミニウムの短剣」など。
特に「アルミニウムの短剣」は懐かしい作品でした。小学校の図書室にあったジュブナイルの「推理小説集」という分厚い本に収録されていたのを読んだことがあったのです。余談ですがこの「推理小説集」という本、かなり編集がマニアックで、長篇はルルーの「黄色い部屋の謎」とドイルの「四人の署名」、他にホームズものの短篇がいくつかとポオの「盗まれた手紙」、チェスタトンのブラウン神父もの「青い十字架」、そしてピーストンの「マイナス家の黄色ダイヤ」が収められていました(よく覚えてるな(^^;)。

<収録作品>「計画殺人事件」、「歌う白骨」、「おちぶれた紳士のロマンス」、「前科者」、「青いスパンコール」、「モアブ語の暗号」、「アルミニウムの短剣」、「砂丘の秘密」

オススメ度:☆☆☆

2005.12.2


公家アトレイデ1 (SF)
(ブライアン・ハーバート&ケヴィン・J・アンダースン / ハヤカワ文庫SF 2002)

大河SFとして一世を風靡した「デューン」シリーズ。実はあまり縁がなくて、学生時代に第1シリーズ「砂の惑星」全4巻と、続編の「砂漠の救世主」を読んだのみ。続いて出たシリーズはチェックしていませんでした(最近、揃えつつあります)。
実際、作者フランク・ハーバートが86年に物故したため、シリーズも中断してしまいました。シリーズ完結への期待は、フランクの実子でやはりSF作家となっていたブライアンにかかることになったのです。そのブライアンが、続篇に取り掛かる前の準備(または練習?)として書き始めたのが、「デューン」シリーズの前史となる作品群――『デューンへの道』シリーズ。ダグ・ビースンとのコンビでサスペンスフルなハードSFを発表しているケヴィン・J・アンダースン(「X−ファイル」のオリジナル小説も書いていますね)をパートナーに迎え、「デューン」のドラマに至るまでの、貴族や帝国など無数の勢力の権謀術数を描きます。
その第1シリーズが本書「公家アトレイデ」。以降「公家ハルコンネン」「公家コリノ」と3部作をなし、ハヤカワ文庫SFから各3巻で刊行済みです。
「公家アトレイデ」は、「デューン」の主人公となるポウル・アトレイデの父親レトが主人公。14歳になったレトは、父ポウルスの命令で機械製造惑星イックスへの1年間の留学を命じられます。故郷の牧歌的な海洋惑星カラダンからただひとりイックスへ赴いたレトは、イックスを支配するヴェルニウス家(当主ドミニクは帝国を支配する大王皇帝エルルッドと対立しています)の庇護の下、勉強と鍛錬に励みますが、ひょんなことから惑星イックスの秘密の一端に触れます。
一方、銀河で最も貴重な香料メランジを算出する唯一の惑星アラキス(デューン)を領地にしているのはハルコンネン家。総督ウラディミールの下へ、秘密結社ベネ・ゲセリットの使者が謎めいた目的を持って訪れます。また、大王皇帝の命令でアラキスを調査に赴いた惑星学者カインズは、謎に包まれたアラキスの原住民(砂の惑星アラキスに適応した人類)フレーメンに接触しようとしていました。
さらに、ハルコンネン家の本拠惑星ジェディ・プライムで人間狩りゲームの標的にされた8歳の少年ダンカン・アイダホ(子供の頃から苛酷な運命に翻弄される人だったんですね・・・)は――。
とにかく多彩な登場人物の顔見せだけで終わってしまったような1巻目ですが、かれらの運命がどのように絡み合っていくのか(40年後「デューン」でどのような状況になっているのかわかっているだけに(^^;)、興味はつきないところです。

オススメ度:☆☆☆

2005.12.3


クリプトノミコン1 ―チューリング― (SF)
(ニール・スティーヴンスン / ハヤカワ文庫SF 2002)

タイトルの「クリプトノミコン」というのは造語で、訳せば「暗号秘法」とでもなるのでしょうか。全4巻の本格的暗号謀略小説の開幕です。
物語は第二次大戦中と現代(近未来?)のダブルプロットで進んでいきます。
まず過去においては、直感型の数学の天才で、対人的コミュニケーションに若干の問題があるローレンス・P・ウォーターハウスが主人公。第二次大戦勃発にあたって、ローレンス(開戦時は戦艦ネヴァダの軍楽隊員で真珠湾攻撃を実体験した)は敵の暗号解読とそれに基く情報戦の立案実行を任務とする米英合同の秘密部隊『2072部隊』に配属され、大学の同窓生だったイギリスの暗号専門家アラン・チューリングと協力して、これも同窓生のドイツの暗号専門家ルディと頭脳戦を開始します。2072部隊には謀略戦をつかさどる実働部隊もあり、ここにはフィリピンで開戦を迎えガダルカナルで日本軍の攻撃で負傷した(部隊は全滅)ボビー・シャフトー軍曹が参加しています。
一方、現代のフィリピンでは、ITベンチャー企業を立ち上げた学友アビ・ハラビーに誘われたランディ・ウォーターハウス(彼も人付き合いがちょっと苦手だが、数学の天才)が、東アジアから太平洋一帯を席巻する一大ネットワークとデータ集積地を作り上げようとしていました。
物語はまだ始まったばかりですが、現在と過去の登場人物に姓が一致するケースが多く、これらの血縁関係が
今後、半世紀の時を超えてどのように絡んでくるのか、期待大です。
かなり難解な理論や数式が出てきますが、身近な例えに置き換えて説明してくれるのでわかりやすいのも好感が持てます。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.12.7


「探偵春秋」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2001)

戦前の探偵雑誌に掲載された作品を雑誌ごとに拾遺まとめた『幻の探偵雑誌』第4巻。
この「探偵春秋」は昭和10年に創刊され、木々高太郎と甲賀三郎の「探偵小説芸術・非芸術」論争の舞台となったものの、1年に満たず休刊となってしまった雑誌だそうです。
小説の他、評論にも力を入れていた由。
本書には、霧深い深山を舞台に陰惨な連続殺人を描く(本格謎解きと異常心理小説の二面性をもっています)「霧しぶく山」(蒼井 雄)、怪奇探偵小説と呼ぶべき「鱗粉」(蘭 郁二郎)、お得意の精神分析手法で謎を解く「債権」(木々 高太郎)、戦前にこんなネタがあったのかと意外だった純粋怪奇小説「皿山の異人屋敷」、ポオのある作品に影響を受けつつ純和風に仕上げた「京鹿子娘道成寺」(酒井 嘉七)などの小説、評論では木々高太郎の「探偵小説芸術論」と、それに対抗した甲賀三郎の「探偵小説十講」が火花を散らしています。芸術論に与した「探偵小説の芸術化」(野上 徹夫)の中には戦前の代表的作品の犯人バラシが堂々と載っていたりして、ちょっとびっくり(要するにマニア向けの読み物ですから、当然そういう作品は読んでいるという前提で書かれているのですな)。
江戸川乱歩が文学評論家の杉山平助と探偵小説論を戦わせる対談も収録されていて、シリーズ中もっとも読み応えがありました。

<収録作品と作者>「債権」(木々 高太郎)、「血のロビンソン」(渡辺 啓助)、「京鹿子娘道成寺」(酒井 嘉七)、「放浪作家の冒険」(西尾 正)、「皿山の異人屋敷」(光石 介太郎)、「鱗粉」(蘭 郁二郎)、「霧しぶく山」(蒼井 雄)、「探偵小説芸術論」(木々 高太郎)、「探偵小説の芸術化」(野上 徹夫)、「探偵小説十講」(甲賀 三郎)、「一問一答」(江戸川 乱歩&杉山 平助)

オススメ度:☆☆☆

2005.12.9


フルロックの聖域 (SF)
(ウィリアム・フォルツ&H・G・フランシス / ハヤカワ文庫SF 2005)

『ペリー・ローダン・シリーズ』の第318巻。
なんというか、相変わらず行き当たりばったり風味の展開です。
前巻、ユーロクのトリトレーアから、過去にナウパウム銀河を支配していたもうひとつの種族ペルトゥスについて初めて知らされた(この辺が伏線もなく唐突)ローダンは、手掛かりを求めて訪れた惑星ホルントルで、新たな謎に出会うと共にヒントも得ます。
一方、この銀河の支配者である“レイチャ”(カピン人における“ガンヨ”みたいなもの)が逝去し、何事もなければローダンの協力者となっているヘルタモシュが“レイチャ”の座を禅譲されることになっていましたが、当然、権力をめぐる争いが勃発します。
本サイクルもあと7巻。プロット作家の座が正式にシェールからフォルツに移る次サイクルまでは、もう少しこの行き当たりばったり展開に耐えましょう(笑)。

<収録作品と作者>「フルロックの聖域」(ウィリアム・フォルツ)、「レイチャの後継者」(H・G・フランシス)

オススメ度:☆☆☆

2005.12.10


水谷準集 (ミステリ・怪奇)
(水谷 準 / ちくま文庫 2002)

ちくま文庫版『怪奇探偵小説名作選』の第3巻。
水谷準さんは雑誌『新青年』の4代目編集長を務め、多くの探偵作家を発掘するなど、戦前の探偵小説の隆盛に大きく寄与した人です。
本巻には戦前に発表された18編、戦後、昭和20年代に発表された10編、合わせて28の短篇が収録されています。
多くは本格物ではなく、怪奇・幻想味の濃い“奇妙な味”の作品で、特定の探偵役もいません。例外的に「カナカナ姫」の主人公は、人間観察に長けた女流安楽椅子探偵で、彼女をレギュラーにしたら面白いものが書けそうな気がしますが、残念ながら単発に終わっているようです。
デビュー作で悪漢同士の騙しあいを描いた「好敵手」、死と幻惑に彩られた代表作「お・それ・みを」、死と妄想とエロティシズムが結合した「東方のヴィーナス」や「魔女マレーザ」に「七つの閨」、いずれも一枚の絵が発端となって怪奇と幻夢に彩られた背景や過去が明らかとなる「R夫人の横顔」「今宵一夜を」「悪魔の誕生」など。

<収録作品>「好敵手」、「孤児」、「蝋燭」、「崖の上」、「月光の部屋」、「恋人を喰べる話」、「街の抱擁」、「お・それ・みを」、「空で唄う男の話」、「追いかけられた男の話」、「七つの閨」、「夢男」、「蜘蛛」、「酒壜の中の手記」、「手」、「胡桃園の青白き番人」、「司馬家崩壊」、「屋根裏の亡霊」、「R夫人の横顔」、「カナカナ姫」、「金箔師」、「窓は敲かれず」、「今宵一夜を」、「東方のヴィーナス」、「ある決闘」、「悪魔の誕生」、「魔女マレーザ」、「まがまがしい心」

オススメ度:☆☆☆

2005.12.11


マヴァール年代記(全) (ファンタジー)
(田中 芳樹 / 創元推理文庫 2002)

角川から3巻本で出ていたものの合本。
ジャンルで言えば、『架空歴史ファンタジー』となるのでしょうか。作者あとがきによれば、舞台は中世東欧(ハンガリー周辺)だそうです。言われてみれば、ハンガリーに住んでいるのは“マジャール人”でしたね。
武に秀でた強国マヴァールは、周辺諸国と小競り合いを繰り返しながらも気候が厳しい北の大地に君臨していました。折りしも隣国エルデイ王国との戦いのさなか、優勢に戦いを進めていた総大将にして皇帝ボグダーン2世の息子カルマーンの許に、皇帝危篤との報が入ります。それを機に、マヴァール帝国と周辺各国に不穏な気配が漂い始め、権謀術数が渦巻き、戦争の地獄絵図が現出することとなります。
王立学校で共に学び、文武に秀でた同い年の青年3人が物語の主人公。帝位継承権者のひとりカルマーン、帝国に6人いる選帝公のうちもっとも若くて戦略に秀でた野心家・金鴉公ヴェンツェル、虎翼公国の国相を務めていたものの妻の死を契機に生臭い政治の世界に見切りをつけて幼い息子パールと共に旅を続けていた放浪の騎士リドワーン。
それに加えて、ヴェンツェルの妹で剣技・頭脳ともに優れた美貌の女騎士アンジェリナ、エンドレ王国の将軍にして策謀家の在マヴァール大使ラザール、陽気な学者にして旅芸人・その実は凄腕の間諜ホルティ、一癖もふた癖もある選帝公たち、各国を支える勇壮な軍人、権力を狙う佞臣に実直な官僚など、多士済々な登場人物が生き生きと描かれるのは「銀英伝」で実証済み。
乱世に並び立つ3人の英傑といえば「三国志」を思い出しますが、作者は特に意識しているわけではないようです(第1部に登場する、主君を弑逆し暴政を敷く将軍ドラゴシュは董卓そのものですが)。それよりも学生時代を共に過ごし互いを認めている3人が敵味方になって知略の限りを尽くすという設定はケン・フォレットの「トリプル」にあるようにストーリーテラーの腕の見せ所です。
細かいストーリーを紹介するのは野暮というもの。戦いも恋も陰謀も王道を行く展開で、結末も「これしかない!」という万人が期待して、なおかつ満足できるものとなっています。とにかく読むべし。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2005.12.13


笑う肉仮面 (ミステリ・冒険)
(山田 風太郎 / 光文社文庫 2002)

『山田風太郎ミステリー傑作選』の第9巻。今回は『少年篇』ということで、いわゆるジュブナイルのミステリ・怪奇・冒険・スパイ小説など15編が収められています。
昭和20年代から30年代前半に、小学校高学年から中学生を読者層として書かれたもので、大人の(ひねくれた(^^;)目で読むと、伏線の張り方があからさまでネタやオチがバレバレという作品も多いですが、それでも面白いです。作者がどのようにこのネタを処理するのかなど、予想しながら読み進めるのが楽しく、わくわくしながら物語世界に入り込んでいけます。『お約束』の展開も多く、牢屋に閉じ込められた主人公が脱出する方法がいつも必ず「13号独房の問題」(J・フットレル)なのも微笑ましく、ご愛嬌(きっと風太郎さんは思考機械のファンなのでしょう)。
本格パズラー「水葬館の魔術」、怪奇ミステリ「姿なき蝋人」、冒険・秘密結社もの「秘宝の墓場」、「魔船の冒険」、「暗黒迷宮党」、過去からよみがえった怪物を描くホラー「魔人平家ガニ」、同じSFネタを料理の仕方を変えて仕上げたふたつの「冬眠人間」。
そして、タイトルにもなっている中篇「笑う肉仮面」は、名家の跡目争いから悲惨な運命に遭わされた少年を主人公とした波乱万丈勧善懲悪冒険小説で、これだけのためにも本書を読む価値はあります。

<収録作品>「水葬館の魔術」、「姿なき蝋人」、「秘宝の墓場」、「魔船の冒険」、「なぞの占い師」、「摩天楼の少年探偵」、「魔の短剣」、「魔人平家ガニ」、「青雲寮の秘密」、「黄金明王のひみつ」、「冬眠人間――(中学時代二年生版)」、「暗黒迷宮党」、「なぞの黒かげ」、「冬眠人間――(少年クラブ版)」、「笑う肉仮面」

オススメ度:☆☆☆☆

2005.12.16


大戦勃発(1〜4) (ポリティカル・フィクション)
(トム・クランシー / 新潮文庫 2002)

「日米開戦」「合衆国崩壊」に続いて、三たびアメリカ合衆国は戦争に巻き込まれます。とはいえ、今回はアメリカはどちらかと言えば第三者で、当事国は原題から明らかなようにBear(熊=ロシア)とDragon(龍=中国)です。
冒頭、モスクワでロシア対外情報局長官ゴロフコ(「クレムリンの枢機卿」でライアンと敵対しましたが、今や信頼し合う盟友の間柄)のすぐそばで、ベンツがロケット弾攻撃を受け、乗っていた元KGB工作員が殺されます。しかし、狙われたベンツはゴロフコの車とそっくりでした。モスクワ警察の刑事プロヴァロフは、FBIのモスクワ駐在官ライリーの協力を受け、この事件を追い始めます。
同じ頃、東シベリアの原野では、膨大な埋蔵量の油田と金鉱が相次いで発見され、このふたつが経済的に追い詰められていたロシアにとって救世主となることは明らかでした。
一方、北京に送り込まれたCIA工作員で日系人のノムラ(「日米開戦」にも出てきましたね)は、NECのコンピュータ営業マンというもうひとつの身分を生かして、中国政府の高官で穏健派の房幹の事務所へ出入りしていましたが、房幹の秘書(中国では政治家の秘書は別の役割も持っていたりします)柳明を誘惑して、彼女のパソコンにスパイウェアを仕込むことに成功します。房幹の備忘録を口述入力するのが明の仕事で、そのため中国政府の極秘情報が随時CIA副長官パット・フォーリの許へ届くことになったのでした。
折りしも、大使として北京を訪れていたヴァチカンの枢機卿ディミロが不幸な偶然から北京の警官に射殺され、その場面が偶然居合わせたCNNのカメラで世界に放送されてしまいます。並行して行われていた米中貿易交渉は決裂し、全世界のキリスト教国では中国製品のボイコットが始まります。経済破綻の瀬戸際へ追い詰められた中国政府は、急進派の有力政治家・張寒山(実は過去のふたつの戦争の黒幕)の主導の下、新たに発見された油田と金鉱を狙って、かねてから準備していたロシア侵攻を決定することとなります。
しかし、ノムラの仕掛けたスパイウェアのおかげで、中国の動きはCIAに筒抜け。事態を知った大統領ジャック・ライアンは、腹心のスタッフとともに戦争回避策を模索しますが、最悪の事態は避けられそうもありません。ロシアも新たに極東軍司令官に就任したボンダレンコ将軍の下、軍の練度を上げてはいるものの、かつてのソ連軍のレベルには達しません。今や同盟国となったロシアを援護すべく、ライアンはアメリカ軍をロシアへ送り込む決断を下します。
クランシーの長篇第2作「レッド・ストーム作戦発動!」は冒頭でいきなり戦争が始まりますが、本作は本当に戦争が始まるのは3巻の終わり。ですが、これだけの二大国家の開戦に説得力を与えるためには千数百ページのエピソードを積み重ねる必要があったのでしょう。細かな計算に基く伏線のおかげで、普通ならご都合主義に思えてしまう展開にも抜群の説得力があります。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.12.22


喉切り隊長 (ミステリ)
(ジョン・ディクスン・カー / ハヤカワ・ミステリ文庫 2002)

19世紀初頭のフランスを舞台にした歴史ミステリ。
英仏戦争の最中の1805年、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトはイギリス侵攻を準備し、英仏海峡沿いに20万の将兵を集結させていました。ところが、ブーローニュ近くの陣営で、夜な夜な歩哨が刺殺されるという事件が発生、死体の脇には「喉切り隊長」とサインされた紙片が残されていました。最新の事件では、灯りに照らされた中、同僚の歩哨が見ている中で、兵士が姿なき犯人に刺殺されています。
ナポレオンから1週間以内に事件を解決せよと命令された警務大臣フーシェ(策謀に秀でた実在の人物)は、逮捕されたばかりのイギリス人スパイ、アラン・ヘッバーンを捜査に送り込みます。同行するのはアランのフランス人の妻マドレーヌ、妖艶な女スパイのイダ、フランス騎兵隊のメルシエ中尉。そして、優越意識丸出しの鼻持ちならない剣の名手シュナイダー中尉もフーシェの命令で密かに一行を追いかけます。
追い詰められてフーシェの指示に従ったアランですが、彼自身は別の目論見を抱いていました。アランを慕うマドレーヌと、あくまでアランを利用しようとするイダの鞘当てもあり、緊張が高まる中、一行が向かうブーローニュでは、「喉切り隊長」の正体はイギリスのスパイであると断じ、捕えた者には金貨100枚を与えるというナポレオンの布告が待っています。
「喉切り隊長」の正体(というか、実行犯)は、早いうちに読者の前に明かされますが、黒幕の真の正体は誰か――。アランが心に秘めた計画は達成されるのか――。アラン対シュナイダー、マドレーヌ対イダの対決の結果は――。
カーらしい不可能犯罪トリックもありますし、後期のカーの歴史ミステリに横溢する騎士道精神あふれる波乱万丈の冒険あり、エスピオナージュ小説のエッセンスもあり、途中からは本を置けなくなります。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.12.23


サンタ・クロースからの手紙 (絵本)
(J・R・R・トールキン / 評論社 2002)

たまには季節感を出して(笑)、クリスマスにふさわしい本などを。
「指輪物語」の作者トールキンが、1920年から20年近くにわたって、自らがサンタクロースになって自分の4人の子供に出し続けていた手紙と絵をまとめたものです。
手紙では、サンタクロースは北極に住んでいて(北極にはノースポール――本来は「北極」という意味ですが、ここでは字義通りきれいな柱――が立っています)、北極熊を助手にしており、後にはお手伝いに大勢のエルフ(妖精さん?)を雇います。
そして、世界中の子供たちにプレゼントを用意する苦労、ドジで失敗ばかりする北極熊が巻き起こす騒動、邪悪なゴブリンの群れとの戦いなどが、絵と文章で生き生きと描かれています。トールキンの絵には馴染みがなかったのですが、ユーモラスで温かみのある幻想的なタッチですね。
トールキンによれば、サンタはくつした一千足分のプレゼントをただの一分間でかたづけられるそうですが(サンタは人間じゃねーんだ!by神楽@あずまんが)、プレゼント代を国が支払っているかどうかは明らかにされていません(笑)。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.12.25


乱歩の幻影 (ミステリ:アンソロジー)
(日下 三蔵:編 / ちくま文庫 1999)

江戸川乱歩および彼の作品をモチーフにしたミステリを集めたアンソロジー。
日本の探偵小説に偉大な足跡を残した乱歩だけに、ミステリ作家なら誰でもひとつやふたつ、乱歩へのオマージュやパスティーシュを書いているものです。
時代小説でありながら乱歩の祖先を主人公とし、乱歩作品のネタを無数に散りばめた贅沢な作品「伊賀の散歩者」(山田風太郎)、乱歩の作品「人間豹」のエピソードをそのまま実行してしまうSM調教ポルノ「乱歩を読みすぎた男」(蘭 光生)、子供の頃から乱歩ファンだった女性が、明智小五郎のモデルが実在していたという話を聞いて、その足跡をたどるうちに幻夢ともつかない体験をする「乱歩の幻影」(島田荘司)、小林少年最初の事件とも言うべき「龍の玉」(服部 正)など、乱歩作品を読んでいればいるほど楽しめる佳作ぞろいです。

<収録作品と作者>「小説 江戸川乱歩」(高木 彬光)、「伊賀の散歩者」(山田 風太郎)、「沼垂の女」(角田 喜久雄)、「月の下の鏡のような犯罪」(竹本 健治)、「緑青期」(中井 英夫)、「乱歩を読みすぎた男」(蘭 光生)、「龍の玉」(服部 正)、「屋根裏の乱歩者」(芦辺 拓)、「乱歩の幻影」(島田 荘司)、「江戸川乱歩」(中島 河太郎)

オススメ度:☆☆☆

2005.12.27


「猟奇」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2001)

『幻の探偵雑誌』のシリーズ第6巻。買った順番の事情により5巻は後回しで近日登場です(実は7巻の後だったりしますが)。
「猟奇」は1928年から5年にわたって発行された探偵雑誌で、作品掲載の他、辛口のコラム(読者からの投書と、作家・編集者の意見表明)で知られていたそうです。
収録作品では、あまりに有名な「瓶詰の地獄」(夢野久作)、極寒のロシアを舞台に薄幸の少女の運命を描いた「ペチィ・アムボス」(一条栄子)、海辺の村での殺人事件と過去の因縁をからめた復讐譚「朱色の祭壇」(山下利三郎)、法医学者の作者が専門知識を生かした本格もの「吹雪の夜半の惨劇」(岸 虹岐)、平凡な巡査が自分の家に入った泥棒を捜査するユーモラスな「和田ホルムス君」(角田喜久雄)、小粒ですがジョン・コリア風味の辛子の効いた「肢に殺された話」(西田政治)など。
ですが、特筆すべきは全部で150ページほど収められたコラム「りょうき」でしょう。現代のインターネット掲示板を思わせる、匿名の読者からの辛口の批評と悪口(笑)が林立し、それに対する作家からの回答も掲載されています。特に他の探偵雑誌(「新青年」など)への誹謗中傷めいた内容が多いのはご愛嬌でしょうか。

<収録作品と作者>「瓶詰の地獄」(夢野 久作)、「拾った遺書」(本田 緒生)、「和田ホルムス君」(角田 喜久雄)、「ビラの犯人」(平林 タイ子)、「扉は語らず 又は二直線の延長に就て」(小舟 勝二)、「黄昏冒険」(津志馬 宗麿)、「きゃくちゃ」(長谷川 修二)、「雪花殉情記」(山口 海旋風)、「下駄」(岡戸 武平)、「ベチィ・アムボス」(一条 栄子)、「コラム『りょうき』」、「朱色の祭壇」(山下 利三郎)、「死人に口なし」(城 昌幸)、「吹雪の夜半の惨劇」(岸 虹岐)、「肢に殺された話」(西田 政治)、「仙人掌の花」(山本 禾太郎)

オススメ度:☆☆☆

2005.12.29


ゴールデンボーイ (ホラー)
(スティーヴン・キング / 新潮文庫 2001)

キングの中篇作品集『恐怖の四季』の前半『春夏編』。後半の『秋冬編』は、先に読んだ「スタンド・バイ・ミー」です。
本書には「刑務所のリタ・ヘイワース」と「ゴールデンボーイ」の2篇が収められています。どちらもスーパーナチュラルな要素はありません。
まず「刑務所のリタ・ヘイワース」ですが、映画「ショーシャンクの空に」の原作だと言った方が通りが良いかもしれません(例によって映画は見ていませんが(^^;)。
妻とその愛人を撃ち殺した罪で終身刑に処され、ショーシャンク刑務所に入所した銀行家アンディ・デュフレーン。本人は無実を訴えていましたが、冷静な態度で刑を受け入れ、所内でも自分の生き方を崩しませんでした。荒くれどもにレイプ(男ばかりが収容される刑務所ではよくある話)されても敢然と抵抗し、知恵と誇りで所内に独自の地位を築いていきます。アマチュア地質学者でもあったアンディは、刑務所内の調達係(囚人仲間に細々とした品を闇ルートで手に入れる専門家。「大脱走」でジェームズ・ガーナーが演じた役どころ)レッドに、ロックハンマーを手に入れてくれるように頼み、同様に調達してもらった映画女優リタ・ヘイワースのポスターを監房に張りながら、四半世紀近くを過ごしたアンディ。彼が目指していたものとは・・・。キングには珍しく、粘りつくような不快さ(ほめ言葉ですよ)がなく、読後感もさわやかです。
もうひとつの「ゴールデンボーイ」はいかにもキングらしい一編。13歳の少年トッドは、街で見かけた孤独な老人デンカーが、実はホロコーストを実行したナチの収容所長で戦犯として手配されているクルト・デュサンダーだと気付きます。しかし、トッドは両親や警察には告げず、デュサンダー自身にだけ自分の発見を伝え、恐喝する代わりにナチ時代の体験を語るよう強要するのです。怖れ、憎みながらも、トッドに思い出話をするデュサンダー(トッドは両親には、ボランティアで目の悪い老人デンカーに本を読んであげると言っていました)。きわどいバランスの上に築かれたふたりの関係は、何年も続きます。ホロコーストの幻想に心を奪われたトッドの成績はがた落ちし、ついに保護者宛てに個別面談の通知が――。追い詰められたトッドはデュサンダーの提案を受け入れます。一方、ストレスが高じたデュサンダーは、近所の猫や犬を殺すことで発散していました。そして――。原稿を読んだ編集者が「あまりにリアル過ぎる」と出版に二の足を踏んだと言いますが、昨今の現実の事件との共通性に戦慄を覚えるサイコホラーの一級品です。

<収録作品>「刑務所のリタ・ヘイワース」、「ゴールデンボーイ」

オススメ度:☆☆☆

2005.12.30


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