小酒井不木集 (ミステリ)
(小酒井 不木 / ちくま文庫 2002)
ちくま文庫版の戦前探偵小説シリーズ、第1期の『怪奇探偵小説傑作選』全5巻に続いて、第2期の『怪奇探偵小説名作選』が刊行されました(とはいえ3年半前のこと)。傑作と名作はどう違うんだ、という疑問はありますが、それは置いといて(笑)。
『名作選』の第1巻は小酒井不木さん。本業は医学者で、その医学知識を生かした短篇を多く書いています。この作品集には、第1部に10ページ前後の短い怪奇・SF的要素の強い22篇、第2部には本格味の濃い短篇8篇が収録されています。春陽文庫から出ている作品集「大雷雨夜の殺人」とのダブリは5作品と少ないのも嬉しいです。
もちろん、当時の最先端の医学知識・科学知識がベースですから、現在では非常識きわまりない場面が出てきたりしますが(●●は伝染病なのに「遺伝する」と書いてあったり、子供の頃から●●の者は将来に犯罪者となる可能性が強いと記述してあったり、伏字にしかできません)、それが当時の常識だったわけですから、歴史的意義を学ぶのも一興かも知れません。
<収録作品>「恋愛曲線」、「人工心臓」、「按摩」、「犬神」、「遺伝」、「手術」、「肉腫」、「安死術」、「秘密の相似」、「印象」、「初往診」、「血友病」、「死の接吻」、「痴人の復讐」、「血の盃」、「猫と村正」、「狂女と犬」、「鼻に基く殺人」、「卑怯な毒殺」、「死体蝋燭」、「ある自殺者の手記」、「暴風雨の夜」、「呪われの家」、「謎の咬傷」、「新案探偵法」、「愚人の毒」、「メヂューサの首」、「三つの痣」、「好色破邪顕正」、「闘争」
オススメ度:☆☆☆
2005.11.4
渡辺啓助集 (ミステリ・怪奇)
(渡辺 啓助 / ちくま文庫 2002)
戦前探偵小説シリーズ『怪奇探偵小説名作選』の第2巻。略歴を見ると、作者は1901年生まれ、2002年逝去とあります。なんと1世紀まるまる生きていらっしゃったのですね。もちろんこの本には、戦前の作品25篇が収められています。
ほとんどが本格ものというよりは、猟奇犯罪小説風味か変格ものの所謂“奇妙な味”に属する短篇です。タイトルがどれも秀逸で、「血笑婦」「聖悪魔」「吸血花」「悪魔の指」「血蝙蝠」「タンタラスの呪い皿」「地獄横丁」「美しき皮膚病」「血のロビンソン」など、こうして列挙するだけでわくわくと心が騒ぐのを感じます。怪奇探偵小説の名に恥じない作品揃いです。
<収録作品>「偽眼のマドンナ」、「佝僂記」、「復讐芸人」、「擬似放蕩症」、「血笑婦」、「写真魔」、「変身術師」、「愛欲埃及学」、「美しき皮膚病」、「地獄横丁」、「血痕二重奏」、「吸血花」、「塗込められた洋次郎」、「北海道四谷怪談」、「暗室」、「灰色鸚哥」、「悪魔の指」、「血のロビンソン」、「紅耳」、「聖悪魔」、「血蝙蝠」、「屍くずれ」、「タンタラスの呪い皿」、「決闘記」、「ニセモノもまた愉し」
オススメ度:☆☆☆
2005.11.10
サイナック脳の謀略 (SF)
(クルト・マール&H・G・エーヴェルス / ハヤカワ文庫SF 2005)
『ペリー・ローダン・シリーズ』の第317巻。
タイトルだけを見ると、“サイナック脳”というのはすごく悪いやつで、悪辣な陰謀を企んでいるように思えてしまいますが、ここでいう“サイナック脳”とはローダンのこと。
脳だけを異銀河に送られてしまったローダンが、帰還の手段を求めて、ナウパウム銀河を太古に支配していた種族ユーロクの生き残りにコンタクトしようと、策略をめぐらすというのが、こういうタイトルが付された事情です。
作戦通り、脳マーケットを跋扈する犯罪者(サイナックとは本来そういう意味)を狩り立てるハンターとして活動していたユーロクのトリトレーアと会談したローダン、手掛かりとなりそうな新たな種族の名を聞かされます。
後半のエピソードでは、惑星ヤァンツトロンの政府転覆を企てる秘密組織が出てきて、これから数巻はこの組織との戦いになるのかと思っていたら、あっさり首領が退治されてしまいました。なんか行き当たりばったりな気が・・・(^^;
<収録作品と作者>「サイナック脳の謀略」(クルト・マール)、「ムクトン=ユルの叛乱」(H・G・エーヴェルス)
オススメ度:☆☆☆
2005.11.11
ソーンダイク博士の事件簿1 (ミステリ)
(R・オースチン・フリーマン / 創元推理文庫 2002)
コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』ものの全盛期に、それに影響されて次々と探偵たちが登場しました。『シャーロック・ホームズのライバルたち』と総称される中で、チェスタトンのブラウン神父と並んで傑出した地位を占めているのが、科学的捜査手法を前面に押し出したソーンダイク博士でした。
作者フリーマンは、探偵ではなく犯人の側から描く倒叙推理小説の創始者でもありますが、その第1作「オスカー・ブロズキー事件」(創元推理文庫「世界短編傑作集2」所収)に登場したのもソーンダイク博士です。
法医学の権威で弁護士でもあるソーンダイク博士は、ワトスン役のジャーヴィス医師、機械いじりの達人のポルトン助手とともに、警察の要請または事件関係者の訴えに基いて現場へ赴き、現代の鑑識官を思わせる緻密なデータ・証拠収集で事件の謎を解きます。現代科学から考えれば「なあんだ」というネタも多いですが、100年前ということに留意しないといけません。
前半で犯人の周到な殺害計画を描き、後半でソーンダイクの慧眼が真犯人を指摘する倒叙形式の「計画殺人事件」「歌う白骨」、人情味あふれる結末が秀逸な「おちぶれた紳士のロマンス」、現場に残された指紋の裏に隠された真相を暴く「前科者」(作中に、長篇「赤い拇指紋」のネタバレが書かれていますのでご注意ください)、意外な凶器――というか犯人が鮮やかな「青いスパンコール」、密室ものの「アルミニウムの短剣」など。
特に「アルミニウムの短剣」は懐かしい作品でした。小学校の図書室にあったジュブナイルの「推理小説集」という分厚い本に収録されていたのを読んだことがあったのです。余談ですがこの「推理小説集」という本、かなり編集がマニアックで、長篇はルルーの「黄色い部屋の謎」とドイルの「四人の署名」、他にホームズものの短篇がいくつかとポオの「盗まれた手紙」、チェスタトンのブラウン神父もの「青い十字架」、そしてピーストンの「マイナス家の黄色ダイヤ」が収められていました(よく覚えてるな(^^;)。
<収録作品>「計画殺人事件」、「歌う白骨」、「おちぶれた紳士のロマンス」、「前科者」、「青いスパンコール」、「モアブ語の暗号」、「アルミニウムの短剣」、「砂丘の秘密」
オススメ度:☆☆☆
2005.12.2
「探偵春秋」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2001)
戦前の探偵雑誌に掲載された作品を雑誌ごとに拾遺まとめた『幻の探偵雑誌』第4巻。
この「探偵春秋」は昭和10年に創刊され、木々高太郎と甲賀三郎の「探偵小説芸術・非芸術」論争の舞台となったものの、1年に満たず休刊となってしまった雑誌だそうです。
小説の他、評論にも力を入れていた由。
本書には、霧深い深山を舞台に陰惨な連続殺人を描く(本格謎解きと異常心理小説の二面性をもっています)「霧しぶく山」(蒼井 雄)、怪奇探偵小説と呼ぶべき「鱗粉」(蘭 郁二郎)、お得意の精神分析手法で謎を解く「債権」(木々 高太郎)、戦前にこんなネタがあったのかと意外だった純粋怪奇小説「皿山の異人屋敷」、ポオのある作品に影響を受けつつ純和風に仕上げた「京鹿子娘道成寺」(酒井 嘉七)などの小説、評論では木々高太郎の「探偵小説芸術論」と、それに対抗した甲賀三郎の「探偵小説十講」が火花を散らしています。芸術論に与した「探偵小説の芸術化」(野上 徹夫)の中には戦前の代表的作品の犯人バラシが堂々と載っていたりして、ちょっとびっくり(要するにマニア向けの読み物ですから、当然そういう作品は読んでいるという前提で書かれているのですな)。
江戸川乱歩が文学評論家の杉山平助と探偵小説論を戦わせる対談も収録されていて、シリーズ中もっとも読み応えがありました。
<収録作品と作者>「債権」(木々 高太郎)、「血のロビンソン」(渡辺 啓助)、「京鹿子娘道成寺」(酒井 嘉七)、「放浪作家の冒険」(西尾 正)、「皿山の異人屋敷」(光石 介太郎)、「鱗粉」(蘭 郁二郎)、「霧しぶく山」(蒼井 雄)、「探偵小説芸術論」(木々 高太郎)、「探偵小説の芸術化」(野上 徹夫)、「探偵小説十講」(甲賀 三郎)、「一問一答」(江戸川 乱歩&杉山 平助)
オススメ度:☆☆☆
2005.12.9
フルロックの聖域 (SF)
(ウィリアム・フォルツ&H・G・フランシス / ハヤカワ文庫SF 2005)
『ペリー・ローダン・シリーズ』の第318巻。
なんというか、相変わらず行き当たりばったり風味の展開です。
前巻、ユーロクのトリトレーアから、過去にナウパウム銀河を支配していたもうひとつの種族ペルトゥスについて初めて知らされた(この辺が伏線もなく唐突)ローダンは、手掛かりを求めて訪れた惑星ホルントルで、新たな謎に出会うと共にヒントも得ます。
一方、この銀河の支配者である“レイチャ”(カピン人における“ガンヨ”みたいなもの)が逝去し、何事もなければローダンの協力者となっているヘルタモシュが“レイチャ”の座を禅譲されることになっていましたが、当然、権力をめぐる争いが勃発します。
本サイクルもあと7巻。プロット作家の座が正式にシェールからフォルツに移る次サイクルまでは、もう少しこの行き当たりばったり展開に耐えましょう(笑)。
<収録作品と作者>「フルロックの聖域」(ウィリアム・フォルツ)、「レイチャの後継者」(H・G・フランシス)
オススメ度:☆☆☆
2005.12.10
水谷準集 (ミステリ・怪奇)
(水谷 準 / ちくま文庫 2002)
ちくま文庫版『怪奇探偵小説名作選』の第3巻。
水谷準さんは雑誌『新青年』の4代目編集長を務め、多くの探偵作家を発掘するなど、戦前の探偵小説の隆盛に大きく寄与した人です。
本巻には戦前に発表された18編、戦後、昭和20年代に発表された10編、合わせて28の短篇が収録されています。
多くは本格物ではなく、怪奇・幻想味の濃い“奇妙な味”の作品で、特定の探偵役もいません。例外的に「カナカナ姫」の主人公は、人間観察に長けた女流安楽椅子探偵で、彼女をレギュラーにしたら面白いものが書けそうな気がしますが、残念ながら単発に終わっているようです。
デビュー作で悪漢同士の騙しあいを描いた「好敵手」、死と幻惑に彩られた代表作「お・それ・みを」、死と妄想とエロティシズムが結合した「東方のヴィーナス」や「魔女マレーザ」に「七つの閨」、いずれも一枚の絵が発端となって怪奇と幻夢に彩られた背景や過去が明らかとなる「R夫人の横顔」「今宵一夜を」「悪魔の誕生」など。
<収録作品>「好敵手」、「孤児」、「蝋燭」、「崖の上」、「月光の部屋」、「恋人を喰べる話」、「街の抱擁」、「お・それ・みを」、「空で唄う男の話」、「追いかけられた男の話」、「七つの閨」、「夢男」、「蜘蛛」、「酒壜の中の手記」、「手」、「胡桃園の青白き番人」、「司馬家崩壊」、「屋根裏の亡霊」、「R夫人の横顔」、「カナカナ姫」、「金箔師」、「窓は敲かれず」、「今宵一夜を」、「東方のヴィーナス」、「ある決闘」、「悪魔の誕生」、「魔女マレーザ」、「まがまがしい心」
オススメ度:☆☆☆
2005.12.11
笑う肉仮面 (ミステリ・冒険)
(山田 風太郎 / 光文社文庫 2002)
『山田風太郎ミステリー傑作選』の第9巻。今回は『少年篇』ということで、いわゆるジュブナイルのミステリ・怪奇・冒険・スパイ小説など15編が収められています。
昭和20年代から30年代前半に、小学校高学年から中学生を読者層として書かれたもので、大人の(ひねくれた(^^;)目で読むと、伏線の張り方があからさまでネタやオチがバレバレという作品も多いですが、それでも面白いです。作者がどのようにこのネタを処理するのかなど、予想しながら読み進めるのが楽しく、わくわくしながら物語世界に入り込んでいけます。『お約束』の展開も多く、牢屋に閉じ込められた主人公が脱出する方法がいつも必ず「13号独房の問題」(J・フットレル)なのも微笑ましく、ご愛嬌(きっと風太郎さんは思考機械のファンなのでしょう)。
本格パズラー「水葬館の魔術」、怪奇ミステリ「姿なき蝋人」、冒険・秘密結社もの「秘宝の墓場」、「魔船の冒険」、「暗黒迷宮党」、過去からよみがえった怪物を描くホラー「魔人平家ガニ」、同じSFネタを料理の仕方を変えて仕上げたふたつの「冬眠人間」。
そして、タイトルにもなっている中篇「笑う肉仮面」は、名家の跡目争いから悲惨な運命に遭わされた少年を主人公とした波乱万丈勧善懲悪冒険小説で、これだけのためにも本書を読む価値はあります。
<収録作品>「水葬館の魔術」、「姿なき蝋人」、「秘宝の墓場」、「魔船の冒険」、「なぞの占い師」、「摩天楼の少年探偵」、「魔の短剣」、「魔人平家ガニ」、「青雲寮の秘密」、「黄金明王のひみつ」、「冬眠人間――(中学時代二年生版)」、「暗黒迷宮党」、「なぞの黒かげ」、「冬眠人間――(少年クラブ版)」、「笑う肉仮面」
オススメ度:☆☆☆☆
2005.12.16
乱歩の幻影 (ミステリ:アンソロジー)
(日下 三蔵:編 / ちくま文庫 1999)
江戸川乱歩および彼の作品をモチーフにしたミステリを集めたアンソロジー。
日本の探偵小説に偉大な足跡を残した乱歩だけに、ミステリ作家なら誰でもひとつやふたつ、乱歩へのオマージュやパスティーシュを書いているものです。
時代小説でありながら乱歩の祖先を主人公とし、乱歩作品のネタを無数に散りばめた贅沢な作品「伊賀の散歩者」(山田風太郎)、乱歩の作品「人間豹」のエピソードをそのまま実行してしまうSM調教ポルノ「乱歩を読みすぎた男」(蘭 光生)、子供の頃から乱歩ファンだった女性が、明智小五郎のモデルが実在していたという話を聞いて、その足跡をたどるうちに幻夢ともつかない体験をする「乱歩の幻影」(島田荘司)、小林少年最初の事件とも言うべき「龍の玉」(服部 正)など、乱歩作品を読んでいればいるほど楽しめる佳作ぞろいです。
<収録作品と作者>「小説 江戸川乱歩」(高木 彬光)、「伊賀の散歩者」(山田 風太郎)、「沼垂の女」(角田 喜久雄)、「月の下の鏡のような犯罪」(竹本 健治)、「緑青期」(中井 英夫)、「乱歩を読みすぎた男」(蘭 光生)、「龍の玉」(服部 正)、「屋根裏の乱歩者」(芦辺 拓)、「乱歩の幻影」(島田 荘司)、「江戸川乱歩」(中島 河太郎)
オススメ度:☆☆☆
2005.12.27
「猟奇」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2001)
『幻の探偵雑誌』のシリーズ第6巻。買った順番の事情により5巻は後回しで近日登場です(実は7巻の後だったりしますが)。
「猟奇」は1928年から5年にわたって発行された探偵雑誌で、作品掲載の他、辛口のコラム(読者からの投書と、作家・編集者の意見表明)で知られていたそうです。
収録作品では、あまりに有名な「瓶詰の地獄」(夢野久作)、極寒のロシアを舞台に薄幸の少女の運命を描いた「ペチィ・アムボス」(一条栄子)、海辺の村での殺人事件と過去の因縁をからめた復讐譚「朱色の祭壇」(山下利三郎)、法医学者の作者が専門知識を生かした本格もの「吹雪の夜半の惨劇」(岸 虹岐)、平凡な巡査が自分の家に入った泥棒を捜査するユーモラスな「和田ホルムス君」(角田喜久雄)、小粒ですがジョン・コリア風味の辛子の効いた「肢に殺された話」(西田政治)など。
ですが、特筆すべきは全部で150ページほど収められたコラム「りょうき」でしょう。現代のインターネット掲示板を思わせる、匿名の読者からの辛口の批評と悪口(笑)が林立し、それに対する作家からの回答も掲載されています。特に他の探偵雑誌(「新青年」など)への誹謗中傷めいた内容が多いのはご愛嬌でしょうか。
<収録作品と作者>「瓶詰の地獄」(夢野 久作)、「拾った遺書」(本田 緒生)、「和田ホルムス君」(角田 喜久雄)、「ビラの犯人」(平林 タイ子)、「扉は語らず 又は二直線の延長に就て」(小舟 勝二)、「黄昏冒険」(津志馬 宗麿)、「きゃくちゃ」(長谷川 修二)、「雪花殉情記」(山口 海旋風)、「下駄」(岡戸 武平)、「ベチィ・アムボス」(一条 栄子)、「コラム『りょうき』」、「朱色の祭壇」(山下 利三郎)、「死人に口なし」(城 昌幸)、「吹雪の夜半の惨劇」(岸 虹岐)、「肢に殺された話」(西田 政治)、「仙人掌の花」(山本 禾太郎)
オススメ度:☆☆☆
2005.12.29