男性週期律 (ミステリ)
(山田 風太郎 / 光文社文庫 2001)
『山田風太郎ミステリー傑作選』の第7巻。今回は「セックス&ナンセンス篇」ということで、ミステリのようなSFのような、ばかばかしくも、身につまされて笑えなかったりする(笑)奇想小説が17篇、収められています。
別にどぎつい性描写があるわけではなく、医学を修めている山田さんらしく、セックスに対しても医学的なアプローチのナンセンスなホラ話が多いです。科学的な虚飾が施されているだけに、ナンセンスなくせに真に迫っているわけで。
※以降、若干、教育的に怪しからぬ表現が出てきますのでご注意ください。
タイトルにもなっている「男性週期律」は、女性の月経と同様、男性にも性周期があるという仮説を検証するために、3年間の禁欲生活を誓い合った医学生たちが悲惨な運命に見舞われる話。似たようなプロットでは、高級宿の宿泊代を賭けて、学生たちが一晩で最高の美女をナンパしてくるのを争う(いずれも悲惨な結果となります)「ドン・ファン怪談」があります。
また、ミステリ風味の作品としては、恋人が暴行された敵を討つために、容疑者が住んでいると思われる近所の女性を片っ端から襲う青年の話「痴漢H君の話」、互いの性癖を隠して結婚した貞淑な夫婦が本性をあらわにした瞬間に悲劇に見舞われる「殺人喜劇MW」、借金のカタに絶世の美女を養う羽目になったミステリ作家が完全犯罪を目論む「美女貸し屋」など。
SF的な社会風刺のバカバカしさで笑える作品では、放射能汚染の影響で発生した特殊な毛ジラミのために日本人男性の大部分が睾丸を失ってしまうという「男性滅亡」(ウェルズの「宇宙戦争」みたいなオチが出色です)、人口爆発を防ぐために日本国民全員に貞操帯の装着を義務付けるという法律が施行された大混乱を描く「満員島」、同じく出産制限のために発明された機械にまつわる大騒動を描く「自動射精機」(バブル期以降の某風俗産業を先取りしています)などが収録されています。これらの作品はみなベビーブームの時代に書かれているため、日本の将来の人口爆発を予測しているわけで、現在の少子化問題かまびすしい世相からは隔世の感があります。作者が存命だったら、どんな作品が書かれたことか興味はつきません。
他にも、顔の鼻があるべき場所に別のものがぶら下がっているという奇形の男性の苦悩(?)を描く「陰茎人」、どんなエロチックな場面を見ても興奮しないことが称賛される「自立神経失調同盟」、異種タンパクへのアレルギー反応(実際、男性の精液によって女性がアレルギー反応を起こした症例は報告されています)を応用した薬品によって、女性の性体験が露見してしまうという「ハカリン」など、よくもまあここまでしょうもない(笑)お話を書けるものだと感心してしまいます。そういえば、山田さんの忍法小説も奇想天外ですよね。
<収録作品>「春本太平記」、「痴漢H君の話」、「美女貸し屋」、「ドン・ファン怪談」、「紋次郎の職業」、「童貞試験」、「色魔」、「ウサスラーマの錠」、「女妖」、「殺人喜劇MW」、「男性週期律」、「陰茎人」、「男性滅亡」、「ハカリン」、「自動射精機」、「自立神経失調同盟」、「満員島」
オススメ度:☆☆
2006.7.14
ヘトス・インスペクター (SF)
(エルンスト・ヴルチェク&H・G・フランシス / ハヤカワ文庫SF 2006)
『ペリー・ローダン・シリーズ』の第326巻。“公会議”サイクルに入って2冊目です。
“七銀河同盟”を牛耳るラール人により、銀河系の第一ヘトランに選ばれたと告げられたローダンですが、それを受け入れるのは銀河の全種族をラール人の奴隷としてしまうのと同じことでした。第一ヘトランとは言っても、それはラール人の傀儡に他ならず、拒否すれば別の人物が選定されて、銀河はさらに悪い事態を迎えることになるでしょう。
太陽系から一千万光年以上も離れた公会議惑星ヘトッサに招待(事実上の拉致)されたローダンや要人たちは、さっそくラール人のレジスタンス勢力とコンタクトを取り、実情を知ります。しかし、監視役ホトレノル=タアクはじわじわと心理的プレッシャーをかけ、ローダンを取り込もうと画策していました。ミュータントがラール人の思考を読み、テラナーの宇宙船を破壊しようという計画を察知したことで、ローダンやアトランは行動に出ます。ミュータントによる攪乱戦術を展開し、ついにはレジスタンスのリーダー、ロクティン=パルの協力を得て奇想天外な作戦で地球への脱出を敢行します。
一方、地球では、留守を守る国家元帥ブリー(この人も、出番は少ないけれど存在感がありますね)が、ある疑念を証明しようとしていました。太陽系帝国内に、以前からラール人のスパイが入り込んでいるのでなければ、やって来たラール人があれほど事情に精通しているはずはないからです。想定されたスパイはヘトス・インスペクターと命名され、地球に残っているミュータント部隊が捜査を開始します。そういえば、未知の進んだ文明が地球や太陽系を密かに監視しているという設定は、UFO信者やSFの定番ですね(ホーガンの某シリーズとか。本シリーズでもサイノスがそういう存在でした)。
後半のエピソードでは、この回だけのゲストキャラクター(たぶん)が主人公となって事態の推移が描かれますが、これはフォルツが得意とする手法です。プロット作家としてイニシアチブを発揮し始めたというところでしょうか。
<収録作品と作者>「ヘトッサの反乱者たち」(エルンスト・ヴルチェク)、「ヘトス・インスペクター」(H・G・フランシス)
オススメ度:☆☆☆
2006.8.10
「ロック」傑作選 (ミステリ・アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2002)
戦前の探偵小説雑誌と代表的収録作品を紹介した『幻の探偵雑誌』シリーズ全10巻に続いて、光文社文庫から発刊されたのは、戦後間もない昭和20年代に創刊された推理小説雑誌をテーマにまとめられた『甦る推理雑誌』全10巻。第1巻で紹介されるのは雑誌「ロック」です。タイトルの意味は、ロックンロールのロック(ROCK)ではなく“鍵”を意味するロック(LOCK)です。
終戦の翌年、真っ先に創刊された推理雑誌が「ロック」ですが、その歴史は4年間と短いものでした。でも、小栗虫太郎の遺作「悪霊」を掲載したり、懸賞小説で入選した岡田鯱彦をデビューさせるなど、存在意義は低くありません。
本書には、短篇小説が11篇と、木々高太郎と江戸川乱歩が誌上で探偵小説論を戦わせた連続エッセイが収められています。
深夜のアトリエで起きた女優殺害事件にアリバイトリックをからめた「花粉」(横溝 正史)、酒場の主人が恐喝者を殺して自殺したと思われていた事件の裏面を敏腕警部が暴く「緑亭の首吊男」(角田 喜久雄)、自分の夫が殺人者なのではないかと疑う女性が娘に宛てた告白書の体裁をとって、妻であり母親である心の揺れを細やかに描く「不思議な母」(大下 宇陀児)、ダイイング・メッセージとアリバイをからめたトリッキーな「8・1・8」(島田 一男)、一高の同窓生5人の間で起きた、美貌の女学生をめぐる浅間山(作中では「A山」とされています)火口での決闘と転落死事件の真相を描いて同誌の懸賞小説で第一席入選を果たした「噴火口上の殺人」(岡田 鯱彦)といった、著名な推理作家のほか、鮎川哲也が本格的にデビューする前に別名義で発表した「蛇と猪」を収録。また、無名の作家の作品にも、雪の朝、女性の斬死体が新雪の中に突っ立っていたという「犬神家の一族」風味の怪奇な発端から始まる「飛行する死体」(青池 研吉)や、満員のプラットホームから転落死した女性をめぐる男たちの愛憎が暴かれる「遺書」(伴 道平)など、読み応えのあるものが少なくありません。
戦前、甲賀三郎との間で探偵小説の芸術・非芸術論を戦わせた木々高太郎(このふたりの論戦は「探偵春秋」傑作選で読むことができます)が、甲賀(終戦の年に逝去)と並ぶ探偵小説の論客・乱歩に挑み、双方が追い求める理想の探偵小説のあり方をぶつけた連載エッセイ「新泉録」(木々高太郎)と、それに乱歩が真摯に向かい合った3篇のエッセイも読み応えがあります。
<収録作品と作者>「花粉(『笹井夫妻と殺人事件』の内)」(横溝 正史)、「写真解読者」(北 洋)、「緑亭の首吊男」(角田 喜久雄)、「不思議な母」(大下 宇陀児)、「みささぎ盗賊」(山田 風太郎)、「8・1・8」(島田 一男)、「蛇と猪」(薔薇小路 棘麿)、「火山観測所殺人事件」(水上 幻一郎)、「遺書」(伴 道平)、「噴火口上の殺人」(岡田 鯱彦)、「飛行する死人」(青池 研吉)、「新泉録」(木々 高太郎)、「一人の芭蕉の問題」「探偵小説の宿命について再説」「論議の新展回を」(江戸川 乱歩)
オススメ度:☆☆☆
2006.8.12
20世紀SF3 1960年代 砂の檻 (SF・アンソロジー)
(中村 融・山岸 真:編 / 河出文庫 2002)
20世紀に書かれた英語圏のSF短篇の真髄を年代ごとにセレクトしたアンソロジー「20世紀SF」の第3巻。今回は1960年代です。
60年代は、第二次大戦後の混乱が収拾され、冷戦が宇宙開発競争という側面を大きく進展させた時代です。人類が初めて月に立ったのもこの時代でした(1969年)。また、ベトナム戦争の泥沼と反戦運動、世間からドロップアウトした若者たちによるサブカルチャー(ロック音楽、ドラッグ、フリーセックスなど)が氾濫した時代でもあります。
SF界では“ニュー・ウェーヴ”という新たな波が起こり、かつての通俗SFに見切りをつけた新世代の作家たちが、文学的なものから意味不明の前衛的な作品まで、SFの可能性を極限まで発展させて見せました。余談ですがドイツで『ペリー・ローダン・シリーズ』が始まったのもこの年代(1961年から)。
実は、初めて読んだジュブナイルでないSFは“ニュー・ウェーヴ”の代表的作家J・G・バラードの「狂風世界」でした。パニック・スペクタクルだと思って買ったら、まったく違っていました(笑)。以降数年のSF遍歴は、甚だバランスを欠いたものでした。バローズの火星シリーズやスミスのレンズマン・シリーズ、アシモフの「銀河帝国の興亡」などの古典と並行して、バラード、オールディス、ゼラズニイといった60年代を代表する作家の作品を読んでいたのですから、いい意味では幅広く、悪い意味では脈絡なく、という状態。SFガイドブックといったものを読まず、書店で見かけたものを次々に手にとっていたからだと思います。
この巻には14の作品が収録されています。うち5篇は既にほかの短篇集で読んでいたもの(「復讐の女神」、「コロナ」、「メイルシュトレーム2」、「銀河の〈核〉へ」、「讃美歌百番」)。初読みの作家はR・A・ラファティとダニー・プラクタの2人でした。
では、各作品を紹介していきましょう。
「復讐の女神」(ロジャー・ゼラズニイ):3人の超能力者(ミュータントと呼ぶ方が正しい)が協力して、凶悪な犯罪者を捕えようとする話。サンドールは驚異的な記憶力と参照能力を持ち、銀河系の人類居住惑星の風景映像を見るだけで場所を特定できますが、肉体的には手足がほとんどなく対人恐怖症。ベネディックは強力なサイコメトラー(誰かが触れた品物に触るだけで、その人の経歴や心象風景を察知できる)ですが、性格に欠陥があり知ってしまったゴシップをだれ彼構わず触れ回る癖があるため、怖れられ憎まれ疎まれています。リンクスは引退した秘密情報部員で、現役時代は凄腕の殺し屋でした。この3人が追うのは、宇宙艦隊のヒーローで正義の味方だったのにもかかわらず、ある理由から反体制の犯罪者となった“心臓のない男”ヴィクター・コーゴ。ラストではゼラズニイお得意の神話ネタに昇華されています。なお、本編は「キャメロット最後の守護者」(ハヤカワ文庫SF)にも収録されています。
「「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった」(ハーラン・エリスン):バイオレンスの作家エリスン(代表作は「世界の中心で愛を叫んだけもの」)の出世作。冷徹な全体主義の管理社会となった未来では、スケジュールの遅れは犯罪であり、遅刻をした者は自分の寿命をその分縮められるという仕組になっていました。それを管理するマスター・タイムキーパー“チクタクマン”と、サボタージュ活動を続ける謎の存在“ハーレクィン”との暗闘を描きます。オチも秀逸。
「コロナ」(サミュエル・R・ディレイニー):現在ではレアアイテムとなっている短篇集「時は準宝石の螺旋のように」(サンリオSF文庫)で読んだことがあります。宇宙港の工事現場で働く前科者の青年と、テレパシー能力で他人の心が読める故に傷ついて自傷行動を繰り返す少女とが、ひょんな偶然から出会って――。ラストは泣けます。
「メイルシュトレーム2」(アーサー・C・クラーク):巨匠クラークは第1巻に続き2度目の登場です。月面から地球へ帰還する射出カプセルの事故によって、5時間後には月面に激突してしまう運命に見舞われた技術者の心理をリリカルに描きます。タイトルはポオの「メイルシュトレーム」から。短篇集「太陽からの風」(ハヤカワ文庫SF)にも収録されています。
「砂の檻」(J・G・バラード):機械文明が衰退した黄昏の地球、なぜか火星の砂に埋もれたケープ・カナヴェラル(初期のロケット打ち上げ基地がありましたね)の廃墟に、不法居住する男女の偏執的とも思える姿を淡々とした筆致で描きます。特に、事故で亡くなった夫の遺体を乗せたまま軌道を周回している人工衛星を追い続ける女性ルイーズは、主人公以上に強い印象を残します。
「やっぱりきみは最高だ」(ケイト・ウィルヘルム):人間の感情そのものを視聴者に直接伝達できるマスメディアが発達した未来を舞台に、とある女優とプロデューサー、技術の発明者の葛藤を描きます。
「町かどの穴」(R・A・ラファティ):アメリカ開拓時代から受け継がれた大ホラ話の衣鉢を継ぐラファティのユーモラスな短篇。パラレルワールドものの変形とも言えますが、アシモフやクラークの科学的説得力のあるホラ話SF(クラークの「白鹿亭奇譚」とか)と違い、シュールなぶっ飛び方がすごいです。
「リスの檻」(トーマス・M・ディッシュ):どことも知れぬ小部屋に閉じ込められ、ひたすらタイプを叩き続ける生活を続ける青年の独白。物書きとしての存在意義を追求していくと、このような思想にたどり着くのかも知れません。この巻の中でいちばん怖い作品。
「イルカの流儀」(ゴードン・R・ディクスン):イルカとの意思疎通の研究を続けるマルコームは、研究資金の打ち切りに怯える日々を送っていましたが、取材に訪れた女性ジャーナリスト、ジェインに恋心を抱きます。マルコームには、地球は文明の進んだ宇宙人に監視されていて、ある段階まで進化を遂げたときに人類はかれらからコンタクトを受ける資格を得るのだという考えの持ち主でした。マルコームはイルカとの新たなコミュニケーションの手掛かりをつかみますが、同時に研究打ち切りの通告が――。ラストのいかにもSF的などんでん返しが鮮やかです。
「銀河の〈核〉へ」(ラリイ・ニーヴン):ニーヴン初期の『ノウン・スペース・シリーズ』の一編。宇宙をまたにかける冒険家ベーオウルフ・シェイファーは、がめつい銀河商人種族パペッティア人から、超光速宇宙船の提供を受け、宇宙船のPRをかねて銀河中心部への探検飛行という依頼を受けます。数万光年を一気に飛んだ彼が目にした銀河の核の光景は――。「中性子星」や「フラットランダー」など、ベーオウルフが主人公の短篇には印象的な宇宙SFが多いです。(いずれもハヤカワ文庫SF「中性子星」に所収)
「太陽踊り」(ロバート・シルヴァーバーグ):ネイティブ・アメリカンの血をひくトムは、植民惑星開発員として、人類の植民にとって弊害となる原住生物の駆除を行っていました。しかし、故郷を追われ滅亡に追い込まれた祖先の身に原住生物オオグイを引き比べ、もしかれらに知性があるとしたら――と悩み始めます。よく観察すると、足の生えたスライムといった姿のオオグイには文明と知性を感じさせる要素があるようでした。苦悩するトムは――。多くの作品で人間の複雑な内面世界を描いてきたシルヴァーバーグの面目躍如たる作品です。
「何時からおいでで」(ダニー・プラクタ):時間旅行テーマのショートショート。タイムトラベルが不可能だという証明としてよく挙げられる理由に、「これまで一度も未来からの訪問者がいないではないか」というものがあります。ですが、それ以外に、もっと現実的で身も蓋もない理由があるのではないかと思わせてくれる、ひねりの効いた一篇です。
「讃美歌百番」(ブライアン・W・オールディス):短篇集「爆発星雲の伝説」で読んだことがあり、タイトルは印象的だったので覚えていたのですがストーリーはすっかり忘れてました(汗)。はるか未来の荒廃した地球(なんと月の代わりに金星が地球の周囲を回っています)を舞台に、孤独な歌人ダンディの遍歴と苦悩を描きます。本当はいろいろな設定が施されているのですが、これ以上書くのはネタバレ。
「月の蛾」(ジャック・ヴァンス):大好きな『魔王子』シリーズ(ハヤカワ文庫SF)以来、久々にヴァンスSFの真髄に触れることができました。これ一篇を読めただけでもこの本を買った価値はありました。惑星シレーヌは、住民(植民して土着した人類です)のすべてが仮面を被り素顔を隠して暮らしているという不思議な星でした。しかも、無数の仮面にはそれぞれ意味があり、TPOに応じて使い分けないといけません。非常識だったりマナー違反になるばかりか、場合によっては相手に対する侮辱となり決闘を挑まれることさえあります。そして他人の仮面を暴こうとするのは最大の罪悪であり死刑に値します。さらに、住民は複雑な種々の楽器を操って歌うことで意思表示を行います。楽器も相手や状況によって使い分けなければなりません。奴隷に命令するとき、友人に話しかけるとき、目上の人や偉い人に相対するときなど、細かなマナーが決まっています。中央星域の領事として数ヶ月前に赴任した学究肌の青年ケッセルは、この異質な文化に慣れず、失敗の連続でした。そんな折、狡猾で凶悪な殺人犯ハゾーが惑星シレーヌへ逃亡したので逮捕せよという指令が入ります。しかし、連絡が遅れたために、ハゾーは着陸した後でした。仮面を被ってしまえば、他の住民との区別がつきません。シレーヌには外宇宙からやって来た人間はケッセルを含めて4人しかいないのですが、仮面のため素顔すら知りません。そのうち一人(素顔なので誰かは不明)の他殺死体が見つかります。ハゾーは誰かを殺害して化けているのだと推測したケッセルは、知恵を絞りますが――。ハードボイルドな設定に犯人探しのミステリ要素が加わり、ラストのどんでん返しも鮮やかで、エキゾチックな異世界SFを堪能できます。
オススメ度:☆☆☆☆
2006.8.15
陰陽師 鳳凰ノ巻 (伝奇)
(夢枕 獏 / 文春文庫 2002)
『陰陽師』のシリーズ、4巻目である。
安倍晴明と相方の源博雅が、京の都であやかしを追い、魔を祓う。
そんな話が七つ、収められている。
すべての話に共通するのは、勧善懲悪の物語ではない、ということである。
魔のものやあやかしにも、れっきとした存在意義があり、晴明はちゃんとそれを理解しているのである。
だから、怪異を描いてはいるが、物語はすべて、切なく、優しい。
以前にも書いたが、これは伝奇小説でありながら、平安の風俗小説なのである。
“平安情話集”と言ってもよい。
岡本綺堂が“江戸情話集”ならば、夢枕獏のこれは“平安情話集”である。
この巻には、晴明と蘆屋道満が対決する話がふたつある。
巻頭の「泰山府君祭」と、巻末の「晴明、道満と覆物の中身を占うこと」である。
これまで、道満のイメージは、晴明の“敵役”だった。
だが、ここでは“好敵手”に変じている。
“ホームズ対モリアーティ教授”の図式が、“ホームズ対ルパン”に変化しているのである。
ここにも、“伝奇”から“情話”への転換が見て取れる。
それは、後退ではない。
ふたつの要素がバランスよく渾然一体となって、作品の質は上がっている。
これからが、楽しみなのである。
このシリーズは、次々と続きが刊行されている。
「読んでみるか」
「うむう」
「どうする」
「読もう」
「読もう」
そういうことになった。
・・・普段と調子を変えて、獏さんの文体を真似てみました(笑)。
<収録作品>「泰山府君祭」、「青鬼の背に乗りたる男の譚」、「月見草」、「漢神道士」、「手をひく人」、「髑髏譚」、「晴明、道満と覆物の中身を占うこと」
オススメ度:☆☆☆☆
2006.8.17
究極のSF (SF・アンソロジー)
(E・L・ファーマン&バリー・N・マルツバーグ:編 / 創元SF文庫 2002)
SFにおける代表的なテーマを12種類挙げて、そのテーマの代表と言える一流SF作家の面々に当該テーマの短篇を書き下ろさせたという、ユニークなアンソロジー。12種類のテーマとは、ファースト・コンタクト、宇宙探検、不死、イナー・スペース、ロボット・アンドロイド、不思議な子供たち、未来のセックス、スペース・オペラ、もうひとつの宇宙、コントロールされない機械、ホロコーストの後、タイム・トラベルです(多少、表現に問題がある気もしますが。後述)。
ただし、そのテーマを得意とする一流作家が書いた作品が、そのテーマにおけるベスト作品になるかというと、必ずしもそうではないわけで、「究極の」という表現は多少割り引く必要があるかも知れません。とはいえ、バラエティに富んだ粒揃いの作品集という点は間違いありません。
では、各作品を簡単に紹介していきます。
「われら被購入者」(フレデリック・ポール):ファースト・コンタクト・テーマをポールに書かせるのは、妥当な選択だと思います。読んだことのある作品だけでも『ゲイトウェイ』シリーズ、「JEM」、「異郷の旅人」(いずれもハヤカワ文庫SF)など、このテーマを中心とするものが目白押し。この作品は、数万光年の彼方に棲むエイリアン・グルームブリッジ星人に買われて、地球までやって来られないかれら代理として働く男女の物語。サイコパスで矯正不能と診断された凶悪犯罪者が、グルームブリッジ星人に購入されます。購入された人間は自らの意識を保ちながらも異星人に操られ、外交交渉や物資購入、技術交流といった重要な仕事をこなしています。与えられる休暇はランダムで、1時間だったり1週間だったりしますが、その間だけは自由行動が許されるのです。そんなひとりウェインは、同じように異星人の代行をしている女性キャロリンに恋しており、自由時間のほとんどすべてを彼女を追いかけることに費やしていますが、ふたりともが自由でいられる時間など、ほとんどありません。ついに共に過ごせる機会が訪れますが、それはなんとも皮肉なものでした。本作のテーマは、異星人とのファースト・コンタクトであると同時に、人間精神の内面に潜むなにかとのファースト・コンタクトでもあるのでしょう。
「先駆者」(ポール・アンダースン):正確な科学技術知識に基くハードな宇宙探検SFの作家として、アンダースンはふさわしいでしょう。「タウ・ゼロ」や「アーヴァタール」(ともに創元SF文庫)など、このテーマの秀作をいくつも書いています。この作品で描かれる人類初の恒星間探検飛行は、高度なコンピューター技術とバイオテクノロジーとの組み合わせによって、実現可能性が高いものです。同時に、そこに含まれる人間心理の葛藤も。
「大脱出観光旅行(株)」(キット・リード):この作家は初読みです。不老不死テーマのSF作品としては、ハインラインのラザルス・ロングもの(実は「メトセラの子ら」しか読んでいません)やアンダースンの「百万年の船」がありますね。ペリー・ローダンも、作品の性格から必然的に、ごく早い時期に相対的不死を獲得しています。この作品は、「若返り」を売り物にした金持ち向けのサービスに憧れ、旅行機械を乗っ取って異世界へ出かけていく老人たちの悲哀を描きます。
「三つの謎の物語のための略図」(ブライアン・W・オールディス):60年代のニュー・ウェーヴ運動でSF界を席巻した、いわゆる内宇宙ものを書かせるなら、やはりオールディスかJ・G・バラードしかいないでしょう。この作品は、作者オールディスが構想している三つの作品の梗概を示すという設定(たぶん)で、不条理なみっつの物語が語られます。これ以上は説明不能(^^;
「心にかけられたる者」(アイザック・アシモフ):ロボット・テーマと言えば、これはもうアシモフ以外を選ぶことは不可能でしょう。この作品では、冒頭に「ロボット工学の三原則」が掲げられ、ロボット・テーマの永遠の課題でもある、この三原則の制約をいかにして超越するかというスペキュレーションが行われます。ここで出されたひとつの結論が、後期の『ファウンデーション・シリーズ』(「ファウンデーションの彼方へ」および「ファウンデーションと地球」)に結実しているのだと思います。
「ぼくたち三人」(ディーン・R・クーンツ):作者は、あのクーンツですが、モダンホラーのベストセラーを量産して大ブレイクする前のクーンツです。SF作家として一流という評価を受けていたことは特筆すべきでしょう。ここでのテーマは“不思議な子供たち”ですが、ミュータント・テーマ(または新人類テーマ)と読み替えてもいいと思います。人類を滅ぼしてしまうほどの恐るべき超能力を持って生まれた3人の兄弟(男2人、女1人)を待っていた皮肉な運命を描きます。短篇集「闇へ降りゆく」にも収録されています。
「わたしは古い女」(ジョアンナ・ラス):未来のセックスというテーマだけは、2作品が収録されていますが、編者によれば「それぞれ男性の立場と女性の立場から書かれたものを載せるのが妥当」ということでした。ごもっとも。ということで、この作品は女性の視点から未来のセックスを描きます。内容は、当時は革新的だったのかもしれませんが、21世紀の現代では、あまりインパクトが感じられませんでした。
「キャットマン」(ハーラン・エリスン):男性視点からの未来のセックス・テーマ。エリスンといえば暴力とセックスは切っても切れない作家ですから、妥当な人選でしょう。未来の、窃盗行為が意味をなくしてしまった社会で、なおも泥棒を続ける青年と、彼を追うベテラン刑事(実はふたりは親子)の確執を縦軸に、そして青年が病的に追い求める究極の悦楽の正体を横軸に、狂的に歪んだビジョンが描かれます。暴力描写や超能力の扱いなど、アルフレッド・ベスターの作品だと言っても通りそうです(実は読みながら、作者名を確認してしまったり)。
「CCCのスペース・ラット」(ハリー・ハリスン):スペース・オペラがテーマなら、ハリスンは正しい選択肢でしょう。「死の世界」三部作(創元SF文庫)や「ステンレス・スチール・ラット」シリーズ(サンリオSF文庫)で、モダン・スペース・オペラを展開しています。この作品は、1930年代〜40年代のパルプ雑誌を中心とした荒唐無稽なスペース・オペラのスタイルを借りて、未だに古いスタイルで書き続ける一部の二流SF作家に痛烈な皮肉をかましています。タイトルも「ステンレス・スチール・ラット」のセルフ・パロディでしょう。
「旅」(ロバート・シルヴァーバーグ):“もうひとつの宇宙”というとわかりにくいですが、要するにパラレルワールド・テーマです。実はシルヴァーバーグのこのテーマの作品はひとつも読んでいません(汗)。この作品は、並行世界を次々に渡り歩きながら“自分探し”の旅を続けるひとりの男の物語です。元の世界での妻エリザベスを追い求め、異なる歴史を持つ様々な世界を遍歴するカメロンを最後に待ち受ける運命は――。いくつもの並行世界自体が独特の魅力を持っており、もしかすると別作品の舞台になる(なっている)のかもしれません。
「すばらしい万能変化機」(バリー・N・マルツバーグ):編者のひとりマルツバーグが自ら書いているのは、“コントロールを逸脱したマシン”テーマです。しかし、狂った機械が人類を襲うといったありきたりのストーリーではなく、バーチャル・リアリティとからめた異様な未来社会が展開されています。もっとも恐ろしいのは、機械がコントロールを逸脱しているのに、誰もそれに気づいていないという事態なのかもしれません。
「けむりは永遠に」(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア):タイトルは記憶にないのにストーリーに覚えがあるな、と思っていましたが、短篇集「老いたる霊長類の星への賛歌」(ハヤカワ文庫SF)に「煙は永遠にたちのぼって」というタイトルで収録されていました。ティプトリーと破滅テーマというのは、あまりそぐわないのではないかと思っていたのですが、さすがはティプトリー、描かれているのは物質的な破滅よりも恐ろしい、精神の破滅――自ら信じていたものが崩壊し、しかもそれが永遠に繰り返されるという悲惨なドラマでした。
「時間飛行士へのささやかな贈物」(フィリップ・K・ディック):ハヤカワ文庫SF版『ディック傑作集』第2巻のタイトルにもなっている、彼の代表的短篇のひとつ。人類初の時間飛行に送り出された米ソの時間飛行士たちは、帰還の際の内破によって死亡したと発表されます。しかし、パイロットのひとりアディスンは、恋人のマリールウの元へ帰ってきます。無限ループする時間の罠に落ち込んでしまったのではないかと懸念するアディスンらは、懸命に輪を断ち切ろうと努力しますが――。時間旅行者が、未来や過去の自分と出会ったらどうなるかという古典的なテーマにひとひねりを加えた作品です。
オススメ度:☆☆☆
2006.8.31