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イクシーの書庫・過去ログ(2007年7月〜8月)

<オススメ度>の解説
 ※あくまで○にの主観に基づいたものです。
☆☆☆☆☆:絶対のお勧め品。必読!!☆☆:お金と時間に余裕があれば
☆☆☆☆:読んで損はありません:読むのはお金と時間のムダです
☆☆☆:まあまあの水準作:問題外(怒)


紫の悪魔 (ミステリ)
(響堂 新 / 光文社文庫 2003)

最新のデータに裏打ちされたバイオ・サスペンスです。
プロローグはボルネオのジャングルの奥地。大学の探検部に属する3人の青年が、ジャングルの奥深くにある巨大洞窟を探索しています。周辺には文明とほとんど接点を持たない先住民族プナン族――“オラン・ウング”(紫の人)とも呼ばれています――の生活領域で、かれらの伝承によれば、洞窟には“紫の悪魔”が棲んでおり、二度ここを訪れる者は悪魔によって血を流すこともなく心臓を止められ命を奪われるが、“神の果実”を口にした者だけが死なずに済むといいます。結局、悪魔の仕業か、メンバーのひとりは突然の発作で死に、ひとりは崖から転落、生き残った倉田だけが日本へ帰ってきます。
それから4年・・・。
浜松市のマンションで一人暮らしの若い女性が、全身を切り裂かれた悲惨な遺体で発見され、警察もマスコミも猟奇殺人事件と見て色めきたちます。被害者は大手メーカーの研究員で、死の直前、かつての大学院の同僚・内海に助けを求める電話をしていました。ふたりの指導教官だった関東農工大の助教授・五十嵐は、警察が参考人として捜している謎の混血美女の似顔絵を見て、その女が内海と会っていたことを思い出します。そして、当の内海は突然、全身の痒みを訴えて倒れ、錯乱状態で入院してしまいます。
探検家の倉田(内海と同級生でした)も内海と同じ病気で死んだことを知り、病気の原因がボルネオにあるのではないかと直感した五十嵐は、「熱帯雨林総合研究プロジェクト」の研究員としてボルネオに赴任している田代にメールで調査を依頼します。ふたりはかつて同じ研究室で机を並べたライバルで親友でした。
メールを受け取った田代も、心穏やかではありませんでした。プナン族研究の第一人者で熱帯雨林保護の論客、文化人類学者のマイク・マッケイ(同姓同名のSF作家が実在しますが、たぶん偶然でしょう)が瀕死の状態で発見され、現地の病院で死亡しましたが、その死因が倉田と同じ病気ではないかと疑われたのです。
日本とボルネオの双方で手探りの調査が始まりますが、五十嵐は研究室で栽培されていたボルネオ原産のパッションフルーツから、恐るべき病原体を発見します。一方、田代は巨大洞窟を目指す謎の美女エミリーを追って、ジャングルの奥地へ――。
これがデビューとなる作者は現役の医学研究者で、遺伝子組み換えの是非、生まれ続ける新興感染症、マラリアワクチン開発の利権、熱帯雨林の伐採による地球温暖化など、最新の医療・環境問題のトピックを惜しげもなくつぎ込んでいます。最新の科学情報の中に少しだけ虚構を交えてストーリーを組み立て、キャラクター設定も上手く、説得力ある中身の濃い上質のメディカル・サスペンスに仕上げています。ただ、少しだけ基礎知識が必要かも。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.7.1


猫は殺しをかぎつける (ミステリ)
(リリアン・J・ブラウン / ハヤカワ・ミステリ文庫 2002)

『シャム猫ココ』シリーズの第4作。とはいっても、日本へ紹介されたのはこの作品が初めてでした。
勤務先のデイリー・フラクション紙の記事コンテストに優勝したクィラランですが、太りすぎを医師に指摘され、ダイエットを命じられて落ち込んでいます。ところが、こともあろうに編集長の命令で、グルメ特集のコラムを担当することになってしまいます。
これも仕事と割り切って、料理に一家言を持つ住人ばかりが下宿しているマウス・ハウスのホームパーティを取材に訪れたクィラランは、偶然にも昔の恋人ジョイと再会します。思い立ったらすぐに行動に移すタイプのジョイは、20年前にクィララン青年の前から姿を消していたのですが、現在は陶芸家と結婚し、自分も陶芸家になっていました。ところが、夫のダンとは見るからにうまくいっていないようです。ハウスに空き部屋があることを知ったクィラランは、ココとヤムヤム、二匹の猫を連れ、嬉々として引っ越してきます。
マウス・ハウスは、現在はグルメ弁護士ロバート・マウスが所有しています。現在の居住者たちもなにかといわくありげで個性的な料理好きの面々ですが、かつては芸術家たちが住んでいて、恋のもつれによる変死事件が起きています。ところが、歴史は繰り返すかのように、ジョイがクィラランにダンとの離婚をほのめかした後、行方不明になってしまいます。
ダンを疑うクィラランですが、手がかりはなく調査は難航します。そんな中、ココがタイプライターのキーを叩いて、ある文字を打ち出します。偶然か、ココがヒントを伝えようとしているのか・・・。
事件の進行と並行して、クィラランが記事のために食べ歩く(ダイエットのため、ほとんどは口をつけるだけで、残りはココたちのためにテイクアウト)レストランの、ピンからキリまでの描写が楽しいです。

オススメ度:☆☆☆

2007.7.2


最後の奇跡 (ファンタジー)
(青山 圭秀 / 幻冬舎文庫 2003)

イエス・キリストほどではありませんが、聖母マリアをテーマとした小説(ホラー・伝奇が中心)も多く書かれています。F・P・ウィルスンの「聖母の日」はイスラエルの洞窟でマリアのものと思われるミイラが発見される話ですし、ルルドの奇跡を思わせるような「奇跡の聖堂」(J・ハーバート ハヤカワ文庫NV)もあります。
この「最後の奇跡」は、有名なファティマの予言など世界各地で目撃されていると言われる聖母降臨の実話を散りばめながら、世界の破滅と復興を描いた癒しの物語です。
西暦2024年、世界は世紀末に起きた破滅的な出来事からゆっくりと復興しようとしていました。具体的に何が起きて世界が破滅に瀕したのかは、ここでは明かされません(読者の前に提示されるのはラスト近くですが、事件の推移はいかにもありそうな、クランシー張りの説得力ある流れです)。オーストラリアの日本人司祭、乙葉秀明は、外交使節団の一員として日本を訪れます。乙葉はオーストラリアに来る前の記憶を一切失っていました。現在は日本の首都となっている仙台に滞在中、日課の瞑想にふけるうち、乙葉はリアルな幻を体験するようになります。幻の中では、乙葉は相浦という地方新聞の記者になっていました。故郷を訪れたことで、過去の記憶がよみがえってきたのでしょうか。毎夜、瞑想を続けるうちに、世紀末を目前にした仙台での出来事が浮かび上がってきます。
相浦は、政治スキャンダル記事を書いたために社会部から家庭部へ飛ばされ、やる気をなくしていました。しかし、近くの広瀬川教会で聖母が出現しているという投書を受け、半信半疑のまま取材を始めます。相浦自身は、かつて洗礼を受けたカトリックでしたが、現在は信仰など消え去っていました。教会で献身的なシスター・恵美の行動に心打たれた相浦は、ついに教会に併設された孤児院「光の家」の子供たちの前に聖母が現れていると知ります。聖母が訴えようとしているのは、人類に対する神の怒りでした・・・。
作者の過去の著作のタイトルだけを見ていたので、スピリチュアル系の人かと思っていましたが、精神世界に造詣が深い科学者だったのですね。それだけに、物語の内容もバランスが取れていて、科学的物質世界と精神世界が上手に融合されています。ジャンル分けも難しく(あえてレッテルを貼る必要もないわけですが)、思想小説で宗教小説で、伝奇ホラーでありサイエンス・ファンタジーであり、クライマックス近くの展開はポリティカル・フィクション(ダン・ブラウンの「天使と悪魔」を先取りしているような場面も)でもあります。ここではラストシーンを尊重してファンタジーとしましたが。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.7.5


世界不思議百科 (オカルト)
(コリン・ウィルソン&ダモン・ウィルソン / 青土社 1989)

世界中の有名な怪奇現象、超常現象、歴史上のミステリーなどをまとめてコリン・ウィルソンが紹介するオカルト本の決定版。共著者のダモン・ウィルソンは実の息子だそうです。
先日読んだ
「怪奇現象博物館フェノメナ」と同じく、オカルト本としては古典でした。
紹介されているテーマをざっと挙げても、アトランティス大陸、バミューダ三角海域、ツングースの爆発、ビッグフットに雪男、ネッシー、ツタンカーメンの呪い、トリノ聖骸布、シェイクスピアの正体、レンヌ・ル・シャトーの謎、メアリー・セレスト号、バルバドスの動く棺桶、UFO、人体自然発火、ポルターガイスト、霊媒、サイコメトリー、シンクロニシティなど(これでも全項目の半分以下)、怪奇現象ファンならわくわくすること請け合いの内容です。
もともとウィルソンは「オカルト」や「ミステリーズ」など、この分野での著作が多いため、ビリーバーのように見られがちですが、データや証言を分析して論理的に考える姿勢で書いており、基本的には「世の中には、現代科学で説明できない不思議な出来事はある」というスタンスを貫いているだけです。盲目的に信じ込んで煽り立てたりしないところは好感が持てますが、学究的な書き方をしているのでセンセーショナルな内容を求める読者には物足りないでしょう。例えばメアリー・セレスト号事件では、多くの記事で(わざと?)無視されている「救命ボートがなくなっていた」という事実をちゃんと記して、「唯一の謎は、乗組員がボートで船を離れた理由だ」と述べています。いくつもの仮説を立てて論証しながら、「結局は謎というほかはない」と終わらせているテーマも多く、この正直さにも好みが分かれるところでしょう。でも、信じ込まず、頭ごなしに否定もせず、超常現象を楽しもうとするならば、ぜひ読んでおきたい一冊です。
ウィルソンが関係したオカルト本としては、「超常現象の謎に挑む」(教育社 1992)が大判でカラー図版も多く、実に面白いです(テーマごとに複数のライターが書いていて、ウィルソンは監修)。

オススメ度:☆☆☆

2007.7.7


美濃牛 (ミステリ)
(殊能 将之 / 講談社文庫 2003)

「ハサミ男」に続く、作者の長篇第2作。
岐阜県の山奥、暮枝集落には亀恩洞という鍾乳洞があり、その奥に泉があると言われていました。ところが、末期癌で医師に見放された女性が泉に浸かったところ、癌が回復するという出来事から、奇跡の泉として話題になり、大手ゼネコンが大々的にリゾート開発するという噂まで出ています。
フリーライターの天瀬とカメラマンの町田は、雑誌編集部の依頼で奇跡の泉の取材に暮枝へ赴くことになります。話を持ち込んできた企画会社の代表、石動は人懐こくマイペースで(言い換えれば無神経で図々しい)な青年で、大手ゼネコン、アセンズ建設に暮枝リゾート計画を持ち込んだ人物という触れ込みでした。
問題の亀恩洞は地元の大地主・羅洞家の所有地にありました。羅洞家の当主・伸一郎は、戦後の不動産取引でひと財産を築きましたが、数年前から下半身付随になり、離れで隠居生活をしています。3人の息子、美雄は外科医、善次は不動産業を継ぎ、真一は故郷の暮枝で和牛の飼育に取り組んでいます。また、村では脱サラして田舎暮らしのコミューンを主宰する保龍の元に、泉の奇跡を求める人々が大挙して押しかけてきていました。ところが羅洞真一は亀恩洞の入口を封鎖してしまっており、天瀬たちの取材すら許されません。
台風で大荒れとなった次の朝、亀恩洞の入口で、首なしの男の死体が発見されます。警察は色めき立ちますが、それは羅洞家を襲う連続殺人の始まりに過ぎませんでした・・・。しかも、亀恩洞はもともとは鬼隠洞と呼ばれており、村には鬼の存在をほのめかす無気味なわらべ歌まで残っていました。
実は、真犯人の名前と、羅洞家の何人が生き残るのかは、プロローグの段階で明らかにされています。従って、謎解きの興味は真犯人・鋤屋和人がどこに隠れているのか、ということに集中しますが、どちらかといえば、興味の対象は多数の登場人物が絡み合って描き出す群像ドラマになるでしょう。
羅洞家の長女、女子高生の窓音に引かれる天瀬、牛を熱愛する真一を疎ましく思う息子の哲史、伸一郎が主宰するユニークな俳句の会、保龍のコミューンで暮らすいわくありげな男たち、子供時代の力関係をそのまま受け継いだ自称・村長の藍下と元ガキ対象の出羽、個性豊かな刑事たち、横溝正史作品を意識した旧家に渦巻く愛憎と鍾乳洞の探索、石動のマニアックな言動など、すべてが綿密に描き込まれ、おおまかにストーリーを追っても面白いし、途中で立ち止まって個々の描写をじっくり読み込んでも楽しめます。

オススメ度:☆☆☆

2007.7.8


テラ=ルナ脱出作戦 (SF)
(クルト・マール&H・G・フランシス / ハヤカワ文庫SF 2007)

『ペリー・ローダン・シリーズ』の第337巻。
ラール人の脅威から人類を救うため、太陽系帝国首脳はついにタイトルどおりの「テラ=ルナ脱出作戦」を敢行します。ところが、その結果、たいへんな事態が・・・というのがこの巻。

「テラ=ルナ脱出作戦」(クルト・マール):本シリーズで第1話からのレギュラーながら、なかなか表舞台に立たないレジナルド・ブルが、初めて一人称で語り手を務めます。ローダンの代行として常に太陽系帝国を守り、支えてきたブリーが大活躍します。
ラール人と超重族レティクロンの侵攻が迫った今、ローダンは地球と月だけを恒星転送機で銀河中枢部の暗黒星雲に避難させようとするプランを発表します。その結果、反対する過激派組織の活動が激しくなり、太陽系に不穏な空気が漂います。そんな中、ATGフィールドを突破して超重族ミリアナドの艦隊が太陽系内へ侵入し、ブリーは特注の高速宇宙艦システィナを駆って迎撃して、敵艦隊を追い払います。しかし、いよいよ転送が迫ると、再び超重族とラール人の艦隊が大挙して侵攻、ブリーは水星へ向かったミリアナドと対決することになります。
途中、「水星は常に同じ面を太陽に向けている」という記述があり「えっ?」と思いましたが、よく考えれば原書が書かれたのは1974年で、まだこれが定説だったのですね。
それと、システィナの艦長がミリアナドの乗艦を攻撃するのに使った手が、昔「銀河への強襲」で超重族の族長ツォゲがフラグメント船に決死的攻撃をかけたときの手段だというのは、マール先生が同名の先輩に捧げたオマージュなのでしょうか(マールも、「銀河への強襲」を書いたブラントも、ファーストネームは同じ「クルト」)。

「ドレーマーの惑星」(H・G・フランシス):テラ=ルナ脱出作戦の結果、不可解な事態が発生しました。受け入れ先のアルキ・トリトランス星系では、誤ったデータ解析から事態が絶望的だと考えた科学者クレルマインが、同僚ふたりをそそのかしてラール人に寝返ろうとステーションを脱走します。しかし、盗んだスペースジェットは修理中で、もうひとり技術者が乗っていました。
故障したスペースジェットが着いた先は、ビーバーに似た半知性体ドレーマーが生息する惑星でした。ドレーマーとコンタクトを図ろうとするテラの科学チームの基地があるのに気付いたクレルマインは、ハイパーカムでラール人に連絡を取ろうと策略をめぐらせます。
ここでも、基本プロットは初期のエピソード「三人の裏切り者」をなぞっていますが、もしかして懐古期間(笑)なのでしょうか。

オススメ度:☆☆☆

2007.7.9


公家ハルコンネン1 (SF)
(ブライアン・ハーバート&ケヴィン・J・アンダースン / ハヤカワ文庫SF 2003)

フランク・ハーバートが遺した壮大な『デューン』シリーズの前史を描く『デューンへの道』、第1部「公家アトレイデ」に続く第2部「公家ハルコンネン」の第1巻です。
前作の出来事から12年後――。多彩な登場人物たちはそれぞれの運命の中で生き抜いていました。
若くしてアトレイデ家の当主となったレトは、トライラックスに占領された惑星イックスから亡命したヴェルニウス家のロンバールとカイレアの兄妹とともに、故郷の惑星カラダンを統治していました。レトとカイレアは互いに惹かれあっていましたが、現在の境遇の違いから、恋愛感情を抑えています。また、成長したダンカン・アイダホは、ソードマスターの資格を得るべく、ギナツでの苛酷な訓練に赴きます。
占領下の惑星イックスでは、かつてのヴェルニウス家と親交のあった大使の息子クテイルが、地下に潜伏してレジスタンスを続けていました。肉体改変を経て恒星間パイロットとなった双子の兄ドムールともひそかに連絡を取っていますが、活動に行き詰まりを感じています。そんなクテイルの前に――。
惑星アラキス(デューン)では、フレーメンに受け入れられた惑星学者カインズにも息子ができました。12歳のリエトは父の研究を手伝いつつ、フレーメンの少年たちと一緒にハルコンネン家の横暴な兵士たちへの抵抗活動を続けています。
大王皇帝の座を継いだシャッダムと旧友の陰謀家フェンリングが密かに進める人工メランジの研究も相変わらず続いていますが、まだ成果は上がっていません。そして、ベネ・ゲセリットの遠大な計画は、徐々にですが着実に進行しています。
ハルコンネン家の当主ウラディミールは、自分の体調が悪化した原因がベネ・ゲセリットの陰謀だったと気付き、復讐計画を練り始めますが、その結果はアトレイデ家にも影響が及ぶものでした。
いくつものストーリーが並行して書き進められていますが、場面転換がうまいので混乱することもなく、細切れになっている先が読みたくて、ついつい本を置けなくなってしまいます。大きな動きは次巻からでしょう。

オススメ度:☆☆☆

2007.7.11


八月の降霊会 (ホラー)
(若竹 七海 / 角川文庫 2000)

ある夏の日、「降霊会を開きます」という招待状を送られた7人の男女が、富士の裾野にある山荘を訪れます。浮世離れした女流作家・南澤秀子と秘書の渡部司、俗物の百貨店社長・安達、詐欺の前科がある占い師の佐久間夫妻、インチキ霊媒師・真名木美鶴と高校生の娘・いずみ。ただし招待主はオーエン氏ではなく、由緒正しい名家の一員で、いっぷう変わった人生を送っている水屋征児でした。山荘には征児のふたりの甥、寧と智も降霊会に参加するためにやってきていますが、どちらも腹に一物あるようです。さらに、臨時のメイドとして雇われた田中逸子は、かつて実の父が幼児誘拐殺人犯として捕まり、獄中で自殺したという過去を持っています。
招待客と関係者が互いに腹を探り合う中、初日の晩に降霊会が開かれます。ところが霊媒となった美鶴の口からは、参加者本人しか知らないはずの過去の罪行や恥辱的な事実が次々と語られます。第一回の降霊会は混乱のうちに終わりますが、その夜、招待客のひとりが撲殺され、ひとりが失踪してしまいます。
司といずみは、寧や智と協力しながら情報を集め始めますが、次第に水屋一族と山荘にまつわる異様な事実が明らかになってきます。同時に、ここに集まった人々の間に複雑な結びつきがあることも――。
20年前、降霊会の果てに山荘から忽然と姿を消した少女の謎、山荘の周辺の森で発見された子供の骸骨、幼児誘拐事件の真犯人など、謎は謎を呼び、関係者を呼び集めた征児の意図が明らかになるにつれて、現実界と冥界との狭間が次第におぼろになっていきます。
作者はクリスティのファンということで、発端やプロットは「そして誰もいなくなった」を意識しているのがうかがえますし、クリスティの数少ない純粋怪奇短篇「ランプ」と「最後の降霊術」のモチーフが繰り返し使われていて、「ああ、本当にクリスティが好きなんだな」と、微笑ましい気持ちになります。

オススメ度:☆☆☆

2007.7.13


凶獣リヴァイアサン (上・下) (SF)
(ジェイムズ・バイロン・ハギンズ / 創元SF文庫 2003)

極限状態で怪物と戦う男たちを描いたSFアクションです。
アイスランドに近い岩だらけの小島で、アメリカ政府の肝煎りで恐るべき研究が行われていました。核兵器のような放射能汚染も起こさず、細菌兵器や化学兵器のような一般市民への影響も少ない、究極の攻撃兵器――それは、地上最大の爬虫類コモドドラゴンに遺伝子操作を加え、強靭な肉体と高温の火を吐く能力、プログラミングによる知性の刷り込みまで施された無敵の生物兵器でした。“リヴァイアサン”というコードネームを与えられた全長10メートル、体重5トンの巨大なドラゴンは、島の地下に広がる天然の洞窟を加工して建設された迷宮のような巨大施設の一画に封じ込められて、研究が続けられていましたが、開発者の予想を超える能力を独自に進化させ、恐るべき能力を発揮し始めていました。
リヴァイアサンを管理する最新の人工知能GEOを開発したフランク博士や、リヴァイアサンの危険性を認識した保安責任者チェスタトン大佐は実験を中止を進言しますが、資金を提供した民間企業の監督官アドラーや、アドラーの連絡で乗り込んできた国家安全保障局のブレイク大佐は実験を強行、リヴァイアサンは絶対に破られないはずの(←お約束)防護壁を突破して、殺戮本能に導かれ、地下洞窟を蹂躙し始めます。そして、緊急事態と判断したGEOは怪物が島を脱出するのを阻むために地下に設置された核爆弾の自爆スイッチを入れ、24時間後の起爆に向けて時が刻まれ始めます。一方、機密漏洩を怖れたブレイクが通信網を封鎖し、外部との連絡も取れなくなってしまいます。
生き延びるためには、無敵の超生物リヴァイアサンを殺した上、自爆命令を解除しなければなりません。機密を知らされないまま電気設備の管理をしていた凄腕の電気技師コナーも妻子とともに洞窟に閉じ込められ、愛する妻ベスと4歳の息子ジョーダンを守るため、たたき上げの軍人チェスタトンらと協力して必死のサバイバルに取り組みます。
一方、島のはずれにあるバイキング時代に築かれた石の塔に住むノルウェー人トール(北欧神話に登場する、自分の命と引き換えに魔の蛇ヨルムンガンドを倒した雷神と同じ名前)は、親友コナーが窮地に陥ったのを知り、塔に伝わる巨大な戦斧を手に救援に駆けつけます。トールは身長2メートル40センチという偉丈夫で、ヘブライ語やラテン語にも精通し、古代の文化や宗教に造詣が深い文武両道の巨人です。
プロットは単純明快ですし、登場人物の色分けもはっきりしています。悪玉は悪玉らしく権力を振りかざし、卑怯な行動の末にふさわしい報いを受けますし、正義の味方は愛するものを救うために自らを犠牲にすることもいといません。強大で不死身にも思えるリヴァイアサンと戦う人々の武器はもちろん、知恵と勇気、愛と友情です。守るべきものがある限り、男は死なず、最後には愛が勝つのです。この臆面のなさには、あきれるよりも感動をもって応えるしかありません。
本書はハギンズの出世作ですが、後に書かれた「殺戮者カイン」「極北のハンター」はすでに邦訳が出ています(どちらもハヤカワ文庫NV)。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.7.15


月は幽咽のデバイス (ミステリ)
(森 博嗣 / 講談社文庫 2003)

『V』シリーズの第3作。
今回の舞台は、実業家で美術愛好家・篠塚の屋敷です。この屋敷は周囲の人々から“薔薇屋敷”、“月夜邸”などと呼ばれ、無気味な鳴き声が聞こえるという噂から、邸内にはオオカミ男が潜んでいるとまで言われています。
一方、阿漕荘には新たな住人が加わりました。前作
「人形式モナリザ」で、小鳥遊のバイト仲間だった目立たない大学生・森川素直が引っ越してきたのです(一作だけのチョイ役ではなかったのですね)。
素直の姉・美紗は篠塚家に出入りする骨董商でしたが、篠塚から怪しげな依頼を受けたため、たまたま知り合った保呂草を社員という触れ込みで同行させます。一方、瀬在丸紅子と篠塚家の一人娘・莉英は旧知の間柄で、美紗や保呂草ともども、莉英の婚約パーティーに招待されることになってしまいます。
パーティのさなか、莉英の提案で他の阿漕荘メンバー(女装趣味の小鳥遊、飲んだくれの紫子、新入りの素直)も呼ぶことになりますが、かれらの到着前に、鍵がかかった完全防音のオーディオルームの中で、招待客のひとり・歌山佐季が死んでいるのが発見されます。遺体は何者かが引きずり回したようにズタズタで、噛み傷のような痕もついていました――まるで、オオカミ男に襲われたかのように。無気味な出来事はこればかりでなく、酔い覚ましに中庭へ出た紫子は、誰もいないのに耳元でささやく声を聞きます。
すぐに警察が呼ばれましたが、やって来たのは案の定、祖父江刑事(紅子の元夫の現在の愛人で、子供ももうけています)。紅子との微妙な関係が火花を散らし、事件の真相よりもこちらの行く末の方が興味深いのは、前作と同様です。
プロット自体はたいへんシンプルなものですが、それだけにラストの解決と、それに至るまでのサスペンスは群を抜いています。400ページもまったく苦にならず、終わってしまうのが惜しいほどです。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.7.17


鬼流殺生祭 (ミステリ)
(貫井 徳郎 / 講談社文庫 2003)

貫井さんは初読みです。
舞台は維新直後の帝都・東京。ただし、元号は「明治」ではなく「明詞」ですので、こちらの世界と微妙に異なるパラレルワールドのようです(「サクラ大戦」の「太正」のようなもの)。華族の三男で、現代流に言えばパラサイト・シングルの九条惟親は、フランス留学から戻ってくる旧友・武知正純を出迎えるため、正純の許婚・お蝶、父親の正種とともに横浜港へ赴きます。正純の本家・霧生家は長崎の由緒ある武家で、お蝶は霧生家の当主・貞道の娘であり、正純とお蝶は血族結婚に当たりますが、霧生家は先祖代々、親類縁者以外との婚姻を禁じており、ふたりの結婚も貞道の母で絶対的な権力を持つカツが決めたものでした。
ところが、病を得ていたカツが急逝し、九条は正純の誘いを受けて、霧生一族の不思議な葬儀の儀式を部外者として初めて目にすることになります。掛け軸に描かれた人物を神としてあがめ、意味不明の言葉で祈る、仏教とも神道とも異なる土俗的で異様な儀式でした。
排他的な霧生家の雰囲気に無気味なものを感じる九条ですが、数日後、お蝶から正純が殺されたという報せを受けます。外部から侵入した賊に殺されたのだと言い張る一族に、九条は不信感を抱き、友人の朱芳慶尚に相談します。朱芳は前・相模藩主の三男ですが、日光を忌み嫌って昼間は家に閉じこもり、読書に没頭するというオーギュスト・デュパンのような生活を送っています(実際、ポオの愛読者だそうです)。事件の話を聞いた朱芳は、不確定性原理を先取りしたような例え話をして、関わりを持たないよう忠告しますが、正種からも私的に調査の依頼を受けていた九条は聞き入れません。情報収集を続けるうち、一族の縁を切られて長崎に残っていた粗暴な男・唯清が東京で目撃されていたことが判明、嫌疑は唯清にかかりますが、第二、第三の事件が――。
維新直後の伝統的武家社会と西洋文化が入り混じった独特の社会情勢や、当時の実在の人物がさりげなく登場するなど(例えば、九条が牛肉をごちそうしてやる男の子“金之助”くんが、将来、大文豪になるのは明らかですね)、風俗小説としても一級ですし、警視庁の金謹厳実直な川辺警部や朱芳の使用人・岩助とお時など、脇役もキャラが立っています。もちろん、横溝ミステリを思わせる旧家に秘められた悲劇的な真相も――。

オススメ度:☆☆☆

2007.7.18


悪夢の秘薬 (上・下) (ホラー)
(F・ポール・ウィルスン / 扶桑社ミステリー 2003)

“始末屋ジャック”シリーズの第4作です。
ベンチャー企業、GEM製薬に研究員として採用されたナディアーは、上司のリュク・モネから、ある化学物質の安定化という課題に取り組むよう指示されます。モネはナディアーの学生時代の指導教授で、一度だけ研究室で情熱的に結ばれたことがあり、今でも思慕と敬愛の対象でした。モネが暗黒街の顔役ドラゴヴィチと一緒にいる現場を目撃したナディアーは、師がトラブルに巻き込まれているのではないかと心配し、旧友のアリシア(
「神と悪魔の遺産」でジャックに救われた女性)に紹介された正体不明の便利屋、ジャックに調査を依頼します。
一方、ジャックは恋人のジーアとその娘ヴィッキーと歩いているとき、暴徒に襲われます。調べるうちに、暴徒たちが最近出回り始めた麻薬バーザークを服用していたことが判明します。人間の理性を麻痺させ、凶暴性を最大限まで引き出すこの麻薬は、実はGEM製薬が開発している薬品ロキと同じものでした。モネは、旅回りのフリークショーの一座“珍品博覧会”が所有する謎の生物の血液からロキを抽出し、ドラゴヴィチに横流ししてGEM製薬に利益をもたらしていたのです。ただ、ロキには一定時間が経つと効果がなくなってしまうという欠点があり、さらに供給源の生物も死にかけていました。
ジャックは、ドラゴヴィチに恨みを抱く廃品業者サルの依頼で身辺調査を続けるうちに、バーザークとロキが同じものだと知ります。また、ナディアーの現在の恋人ダグラスも、コンピュータのハッキングを通してGEM製薬の秘密に気付き始めていました。
追い詰められたモネは自己保身に走り、何者かの(実はジャック)嫌がらせに怒り心頭のドラゴヴィチは復讐の一念に燃え、ナディアーとダグラスの身には危険が――。
事件の謎はシリーズの過去作品と密接につながり、中盤から後半にかけては相変わらずジャックが胸のすくような活躍を見せます。ちゃんと因果応報・勧善懲悪で終わるところも最後まで安心して読めます。
ひとつだけご注意。下巻の裏表紙の紹介文は、絶対に先に読まないようにしてください。無神経なネタバレが書かれています。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.7.22


昇竜剣舞6 ―識女の秘密― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2003)

『時の車輪』の第7シリーズ第6巻。この「昇竜剣舞」シリーズも残り1巻とあって、いろいろと大きな動きが登場人物たちにもたらされます。
前半は、港町エバウ・ダーでテル=アングリアルを捜索するナイニーヴ一行のパート。ついにマットは意に反してティリン女王に陥落させられ(普段と立場が反対になっておろおろするマットはかわいいです)、エレインはエバウ・ダーにいた異能者たちを屈服させて、
前巻で明らかになった識女たちのグループの存在と、“白い塔”との関係を聞き出します。ナイニーヴは海住民族の船へ向かう途中、闇セダーイ、モゲディーンの意趣返しによって乗っていた船を破壊され、危うく溺れそうなところを護衛士ランに救われます。船室でのふたりの会話は、なかなか印象的です。
“白い塔”のアミルリン位、エライダが遅ればせながら(もちろん何者かの手で意図的に遅らされています)アル=ソア拉致の失敗を知り、新たな策略をめぐらせ始める場面を挟んで、後半はアル=ソアのパート。未来が見えるミンとの新展開した関係を再認識した後、海住民族との交渉に臨んだアル=ソア。さらにラストでは、敵対するケーリエン貴族の中にミンとともに潜入します。気をもたせて次巻へ――。

オススメ度:☆☆☆

2007.7.23


七回死んだ男 (ミステリ)
(西澤 保彦 / 講談社文庫 2003)

主人公の大庭久太郎は高校1年生の男子ですが、精神年齢は30歳――というのは、彼は記憶を保持したまま同じ一日を何度も繰り返し体験するという特異体質の持ち主だったのです。
“反復落とし穴”と名付けたこの現象にはきちんとした決まりがあり、発生するのは本人に意思に関係なくランダムですが、いったん始まると、その日の午前0時から次の日の午前0時までの24時間が9回繰り返されます。周囲の友人・家族・世間の出来事などは、最初の1周(つまりオリジナルの時間流)が繰り返される傾向がありますが、久太郎が別の行動をとることで成り行きが変わってしまうこともあります。ただし、変化が起きても次の周回に突入するとすべてはリセットされ、また一から始まって、最終回の9周目の出来事が確定した時間流となって、その後に受け継がれていきます。
つまり、“反復落とし穴”の中で、久太郎がオリジナルのある出来事を改変したいと思ったら、7回試行錯誤をしてみて結果を判断し、9周目に決定的な行動をすることができるわけです。
さて、久太郎は正月の恒例行事として、家族とともに祖父の渕上零治郎の屋敷を訪れます。零治郎には3人の娘がいましたが、過去に放蕩生活から身代を食いつぶし、愛想をつかした長女の加実寿(久太郎の母)と三女の葉留名は家を飛び出してそれぞれ家庭を築き、疎遠になっていました。しかし、その後、心を入れ替えて外食チェーンのオーナーとなった零治郎は次女の胡留乃に経営を任せて悠々自適、縁を切ったはずの加実寿と葉留名も後継者の座を狙って、ここ数年は正月の年始挨拶を欠かしていません。
零治郎は毎年、加実寿の3人の息子、葉留名のふたりの娘、部下の槌矢と友理、合計7人の中から後継者候補を選び、遺言状を書き換えることにしていました。新年会では遺言の行方を巡って、必死のかけひきが繰り広げられます。
明けた1月2日、久太郎は零治郎に誘われて離れで一升瓶を空け、べろべろになって帰途につきますが、目覚めてみると、前夜泊まった渕上家の離れでした。“反復落とし穴”が始まったのです。オリジナルでは酒を飲みすぎてひどい目に遭った久太郎は、零治郎と顔を合わさないように一日の行動を変更しますが、こともあろうに零治郎は離れで撲殺死体となって発見されます。もちろんオリジナルの1月2日には祖父が殺されるようなことは起きていません。自分のどんな行動が零治郎の殺害につながったのか――久太郎は、祖父が死なずに済むように必死に考えて行動しますが、周回を繰り返すたびに零治郎は確実に殺されていきます。久太郎は事件の謎を解き、殺人の発生を回避できるのか――?
どんなに奇天烈な世界が舞台であっても、そこでのルールと前提条件がきっちりと決められていれば、本格謎解きミステリは書ける……この作品は、そのことを実証しています。西澤さんには、ほかにも同様の作品が多くありますが、出発点となったのが本作だけあって、条件を見事に生かしたラストの意外な真相は実に鮮やかです。久々に気持ちよく「やられたぁ!」と叫んだ逸品でした。
テンポのよさと登場人物たちのドタバタっぷりは、2時間ドラマにでも仕上げたら面白いのではないかと思います。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.7.25


鏡は横にひび割れて (ミステリ)
(アガサ・クリスティ / ハヤカワ・ミステリ文庫 2000)

クリスティ後期のミス・マープルもの。ミス・マープルものはあまり読んでおらず、「予告殺人」、「牧師館の殺人」に続いて3作目です。作中、ミス・マープルが昔かかわった事件の犯人らしき名前をぽろぽろ漏らすので、そんな時は極力、目をそらすようにしていました(笑)。シリーズ未読の方は、お気をつけください。
土地開発が進むにつれて、のどかだったセント・メアリ・ミードも様変わりし、新興住宅地には次々と新たな住人が住み始めています。そんな変貌ぶりを達観して見つめるミス・マープルですが、かなり歳をとり(正確な年齢は記述されていませんが、登場人物のひとりが「百歳近いんじゃないか」とつぶやくシーンがあります)、付き添いのミス・ナイト(現代風に言えば介護ヘルパーでしょうか)には寝たきり老人扱いされて憤慨しています。とはいえ、特に持病があるわけではなく、ミス・ナイトの目を盗んでひとりでニュータウンを探検に出かけるなど、世間の情報収集には怠りなく、主治医からは「殺人事件の謎解きをするのが最大の健康法ですな」と太鼓判を押されています。
かつて「書斎の死体」事件の舞台となったゴシントン・ホールに、往年の名女優マリーナ・グレッグが引っ越してきました。4人目の夫ジェースン、有能な女秘書エラ、ジェースンの助手ヘイリー青年など、理解ある人々に囲まれてはいましたが、結婚を繰り返しても子供ができず3人もの子供を養子にし、ようやく自分の子供が生まれてみれば先天的な重度の障害児だったという悲劇から神経を病み、マリーナは現在も情緒不安定です。
そんな中、ゴシントン・ホールで行われたパーティーのさなか、ニュータウンの主婦ヘザーが毒を飲まされて殺されるという事件が発生します。ところが、ヘザーが飲んだカクテルはもともとマリーナが飲むはずのものだったため、狙われたのはマリーナだと思われました。それを証明するように、脅迫状が届き始めます。また、パーティー中、ヘザーと話していたマリーナが、ヘザーの背後を見つめて恐怖に凍りついたようになっていたという目撃証言が出されました。パーティーにやって来た誰かを目にしてマリーナがショックを受け、それが事件に関係があるのではないかと考えられましたが、マリーナは否定します。
ミス・マープルは、事件を捜査するためにスコットランド・ヤードから派遣された旧知のクラドック警部から情報を得ながら、謎解き健康法(笑)を始めますが……。
事件は小粒ですが、構成がしっかりしていて、手がかりとなる数々の伏線も本当に自然に張り巡らされているため、ラストの意外な真相に行き着いても「そうかあ、なるほどなあ」と納得するしかありません。クリスティの職人芸(トリックと人間観察)を堪能するにはぴったりな佳作といえるでしょう。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.7.27


グリッド・クラッカーズ (SF)
(米田 淳一 / ハヤカワ文庫JA 2003)

ハード・アクション電脳SF『プリンセス・プラスティック』のシリーズ第4巻。
前巻
「フリー・フライヤー」の空賊制圧作戦で、国際社会に存在を知られてしまったシファとミスティ。量子実装戦艦の製造と配備をめぐって、国連安保理事会で激論が繰り広げられます。
一方、国際サイバーテロを画策するアトラクター、ラッティは、アジア全域をカバーする統合行政情報システムSAISに侵入し制覇すべく、人工サイバー生命体クトルチュデスの投入計画を着々と進めていました。それを察知したラッティの元同級生で世界的なアトラクターの近江は、内閣調査庁へ通報し、それを受けて警視庁のサイバー警察部隊がSAISのサイバースペース内の警戒に当たります。
初登場した「ホロウ・ボディ」ではゴスロリの幼女だったクトルチュデスも外見14歳のSMの女王様(!)に成長し、SAIS内部で強大なウイルスソフト・アイランドを働かせ始めます。アトラクター出身の警視庁チームは、サイバースペースの戦士として、剣と魔法のRPGさながらの武器を駆使してウイルスソフト(電脳空間では魔物として認識されます)と戦いますが――。
肝心のシファとミスティは、外交的駆け引きのためにアメリカに派遣されており、SAISの危機にすぐには駆けつけられません。
――というところで、次巻(決着篇)へ続きます。

オススメ度:☆☆☆

2007.7.28


未明の家 (ミステリ)
(篠田 真由美 / 講談社文庫 2001)

『建築探偵桜井京介の事件簿』の第1巻です。
探偵役の桜井京介は、都内のW大学(明記されていませんが、明らかに早稲田)文学部の大学院で近代日本建築史を専攻する25歳。長く伸ばした前髪と眼鏡で隠していますが、素顔はすれ違った女性が100人いれば全員が振り返る(某探偵のように失神するほどではありません)という美貌です。旧友で、バイトしては世界中を旅している巨漢の冒険野郎・栗山深春と、15歳の少年・蒼(本名は不明ですが、かなり複雑な過去の持ち主で、京介ともいわくがありそうです。いずれシリーズの
どこかで明らかにされるのでしょう)がアシスタントを務めます。
「西洋館の鑑定、承ります」という京介が張ったビラを見て、W大学1年の遊馬理緒が研究室を訪れます。理緒の祖父・遊馬歴が設計したスペイン風の洋館・黎明荘の鑑定をしてほしいというのです。
遊馬歴は若い頃スペインに留学しており、孫の理緒を可愛がってくれましたが、それ以外の家族とは疎遠でした。そして、昨年、黎明荘の屋内のパティオで変死体となって発見されています。警察は事故死として片付けましたが、理緒は疑いを持っています。また、理緒の父(歴のひとり息子)・灘男も、最近、同じパティオで腹を刺されて見つかりましたが、本人は衝動的に自殺をはかっただけと主張しています。
理緒の母・明音は黎明荘を壊して土地を売り払おうとしていますが、理緒はなんとかそれを阻止しようとしており、祖父の死の謎を解くことが黎明荘を救うことにもなると考えていました。調査を承諾した京介は、深春、蒼とともに西伊豆の黎明荘へ向かいますが、それはとりもなおさず、愛憎渦巻く遊馬家の内情に深く踏み込んでいくことでした。
遊馬歴が黎明荘にこめた思いとは――。京介は黎明荘の秘密を解き明かし、遊馬一家に癒しをもたらすことができるのか――。
「とにかく『お屋敷』が出てくるだけで、どんなミステリでも許せてしまう」と作者が語るように、主人公は間違いなく黎明荘です。たしかに、古来、名作と言われるミステリに広大な邸宅はつき物でした。「Yの悲劇」のハッター邸、「黄色い部屋の謎」のスタンガースン邸をはじめ、「グリーン家殺人事件」、「赤い館の秘密」、「スタイルズ荘の怪事件」などはタイトルから館の名前が入っています。日本でも、「黒死館殺人事件」を筆頭に、枚挙にいとまありません。本シリーズは、そのような“館”ミステリの正統な流れに連なる作品群として、期待大です。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.7.31


小栗虫太郎集 (ミステリ)
(小栗 虫太郎 / ちくま文庫 2003)

小栗虫太郎といえば、「黒死館殺人事件」をはじめ戦前の探偵小説文壇に燦然と輝く巨星であり、中学・高校時代から現代教養文庫版の「小栗虫太郎傑作選」全5巻を読みふけっていました。「人外魔境」(角川文庫→角川ホラー文庫)にまとめられた秘教冒険連作も強い印象を残します。
その小栗作品が、ちくま文庫版「怪奇探偵小説名作選」に登場しました。上記の現代教養文庫に収録されていた作品7篇に加え、今回初めて読む作品3篇の、計10篇のバラエティに富んだ短篇が収録されています。もちろん、現代の科学知識に照らせば一笑に付されてしまうような展開もありますが、目くじら立てるのは野暮というもの。不適切な思想や表現も含めて、歴史の重みを感じましょう。
では、簡単に紹介していきます。

「完全犯罪」:作者のデビュー作。1930年代、戦乱に荒れる中国南部は湖南省西端の町・八仙寨に、西域の少数民族・苗族を主体とする共産軍が駐屯してきます。軍を指揮するのは冷徹なロシア士官ワシリー・ザロフ。ザロフは、町で孤独な生活を送っていた英国婦人エリザベス・ローレルの屋敷に幹部とともに寄宿します。ある晩、幹部専用の軍娼ヘッダが密室で死んでいるのが発見されます。軍医は病死と判断しますが、ザロフは他殺を疑い、様々な実験をしながら推理を進めていきます。果たして――。
「白蟻」:江戸期に馬霊教という宗教の教祖となって一世を風靡するも、昭和の政府からは淫祠邪教と断ぜられて首都を追われ、祖先の地である隠れ里のような秘境へ引きこもって暮らす騎西一族。当主・十四郎の妻、滝人は夫の正体に疑問を持っていました。落盤事故に遭った際に人格と容貌に変貌を遂げて生還した十四郎ですが、そのとき犠牲になった同僚の鵜飼が実は十四郎で、現在の夫は鵜飼ではないかという疑念にさいなまれていたのです。懊悩の末に、滝人が選んだ鬼気迫る道とは――。乱歩の「芋虫」に肩を並べる圧倒的な迫力が横溢した作品。
「海峡天地会」:太平洋戦争中のマレーシアを舞台にした謀略ミステリ。華僑系秘密結社「天地会」の首領とされる謎の中国人、張崙を捕えるためにタイ国境近くのジャングルに張り込んでいた日本軍部隊が、張崙と思われる中国人を捕えます。しかし、陸軍広報部に属する探偵作家・小暮は疑念を抱き、軍医の飯沼とともに、その正体を暴こうとしますが、やがて暗闇で殺人事件が起き――。開戦前後、実際にマレーシアへ赴任していた経験を十二分に生かしています。
「紅毛傾城」:千島列島の北端ラショワ島は蘇古根一族の根城で、姉の紅琴、横蔵と慈悲太郎の兄弟が、土民を支配していました。そこへ現れたロシアの軍船は疫病に侵されており、島からの火矢に撃たれて、多くの遺体とともに炎上して沈没します。生き残ったのは、緑の髪の白人女性フローラひとり。フローラの口から漏れたのは、ベーリング海峡の発見者ベーリングが今際の際に遺した「ラショワ島に黄金郷がある」という言葉でした。
「源内焼六術和尚」:殺人の嫌疑を受けて江戸から姿を消した蘭学者・平賀源内。彼が残した源内焼の大皿には、虫眼鏡でなければ見えないほどの文章が書き付けられていました。島原の乱からイエス・キリスト生誕にまで遡る壮大な物語とは――。
「倶利伽羅信号」:不思議な運命の悪戯で、サーカス団に拉致されてしまった女給の野枝。手首に彫られた刺青のせいで殺人容疑に怯える野枝は、団長のおぞましい計略を阻止して愛する人を救おうと、必死に策をめぐらせますが……。
「地虫」:かつて4人組の悪党の犯罪を暴き、ひとりを殺人罪で死刑台に送った名検事・左枝八郎。しかし、自殺した別の悪党の遺書により、自分が死刑にした男が無実だったことを知って、人生を投げ、皮肉にも一味の情婦だった女の売春宿に入り浸る毎日でした。しかし、死んだはずの一味の首領・高坂が生きているという噂が流れ……。
「屍体七十五歩にて死す」:愛憎渦巻く作家の家で起きた変死事件。死体が生き返って別の部屋で改めて死んだという怪異の真相とは。
「方子と末起」:肺病で療養する方子は、女学校の後輩で互いに憎からず想っている末起の手紙で、彼女が危険にさらされていることを看破します。1年前、末起の母が密室で殺され、犯人と目された祖母は廃人同様になっています。祖母の瞳に、自分への声なき訴えを見た末起は――。
「月と陽と暗い星」:平安の世、世間を騒がす百済根童子。検非違使の追及をものともしない正体不明の義賊に胸をときめかす女御たちと、甲斐性のない夫に悩む女房たちの人間模様。「陰陽師」に相通ずる平安風俗小説とも言えます。

オススメ度:☆☆☆

2007.8.2


不在の鳥は霧の彼方へ飛ぶ (SF)
(パトリック・オリアリー / ハヤカワ文庫SF 2003)

「時間旅行者は緑の海に漂う」でデビューしたオリアリーの第三長篇(第二作は現時点で未訳だそうです)。
1962年の夏、マイクとダニーの兄弟は小麦畑で寝そべっている時に空飛ぶ円盤を目撃しますが、次に気がつくと季節は秋で、まるまる一ヶ月が失われていました。一見するとありきたりなエイリアン・アブダクションを思わせる発端ですが、やはりオリアリー、一筋縄ではいきません。
40年後、マイクとダニーはそれぞれの性格にぴったりの人生を歩んでいます。腕白で悪戯好きで、いつも悪態をついていた兄マイクは売れっ子のCMディレクターとなり、金と酒と女には不自由しない独身生活を謳歌しています。一方、おとなしくて成績優秀だったダニエルは大学の英文学の準教授となり、妻子と幸せな家庭を築いていました。
ところが、妻ジュリーが突然の交通事故で死亡し、ダニエルは大学を休職して、ひとり息子のショーンだけを生き甲斐に喪に服しています。そんな中、ショーンが失踪し、ダニエルの前に現れたのは政府のエージェントを名乗るタカハシという男でした。タカハシは、兄のマイクを探して会うように指示をします。一方、アマゾンでのCM撮影を終えてアメリカへ戻って来たマイクの身にも異変が起こります。MIBのような黒ずくめの男女にいきなり拉致され、銃撃戦の末に出会ったのは、やはりタカハシと名乗る政府のエージェント。こちらでもタカハシは弟のダニエルを探すようマイクに指示します。
五里霧中の状況の中、互いを探し始めるマイクとダニーですが、出会う人たちには異口同音に「あなたはもう死んでいます」と告げられます。そして、謎を解こうともがくうちに、ふたりとも自分たちが他の住民と違っている点があることに気付きます。他の誰もが一羽ずつハチドリを持っているのに、ふたりは持っていませんし、禁句として忘れ去られている「死」という言葉を平気で口にできるのです。
40年前に、エイリアンはふたりに何をしたのか。エイリアンの正体と目的は――。ふたりは本当に死んでいるのか――。悪夢のような世界で、からみあう運命の糸を解きほぐしていく中、マイクとダニエルは互いの過去を知り、やがて癒しの時が訪れます。
ディック的な不条理の世界と思いきや、謎が解けてみれば実にリリカルで読後感が爽やかな作品でした。

オススメ度:☆☆☆

2007.8.4


スペードの女王 (ミステリ)
(横溝 正史 / 角川文庫 1976)

好きな日本の探偵小説作家は誰か――と問われれば、小栗虫太郎やら夢野久作やら中井英夫やら、ややマイナーでマニアックな名前が並ぶのですが、安心して読める探偵作家は――となると、一番に挙がるのが横溝正史の名前です。
70年代なかば、「犬神家の一族」の角川映画化(最近リメイクされましたね)をきっかけに横溝ブームが日本を席巻し、捕物帳を除くほとんどの作品が角川文庫の黒背表紙版で刊行されました。当時から「流行りものには手を出さない」という妙なポリシーがあったもので、ブームになる以前に読んでいた10冊ほどを除くと、あえて背を向け、気付いたときにはブーム終了とともに新刊書店から横溝本はあらかた姿を消していたのでありました。
なので、古書店や古書市を回り始めてから、目につくたびに買い揃えていき、ほぼ揃えることができました。今後、ぼちぼち読んでいきます。
さて、この「スペードの女王」は、1960年に書かれた中期の金田一耕助ものです。
江ノ島に近い片瀬の海岸で、若い女性の首なし死体が発見されます。内腿にはトランプのスペードのクイーンの刺青がありました。その新聞記事を見て、金田一耕助の事務所を訪れたのは、金田一とも面識のある当代一の彫物師・通称「彫亀」の女房、坂口キクでした。キクの話によると、数ヶ月前に交通事故死した夫の彫亀は、死ぬ直前に若い女に頼まれて、都内某所で眠っている別の女にスペードのクイーンの刺青を施したというのです。しかも、7年前にも別の女に同じ刺青を彫っており、今回依頼してきたのは、以前に彫ってやった本人ではないかといいます。思えば、夫の死も交通事故ではなく誰かに轢き殺されたのではないか――。
キクの話を聞いた金田一は、さっそく旧知の警視庁・等々力警部とともに、死体が上がった片瀬の現場に飛びます。死体は、政財界を牛耳る黒幕・岩永の愛人、神崎八百子ではないかと思われましたが、本当にそうなのか……。スペードの刺青と、首が切断されていた事実から、金田一は別の解釈もあると判断します。かつて中国の麻薬ルートを牛耳っていた男の愛人として「スペードの女王」という通り名を持っていた女の正体は? 金田一に電話を入れたまま失踪した雑誌記者の運命は? そして、第二、第三の死体が発見されます。
首なし死体といえば、「人間入れ替わり」のトリックが想起されますが、それを承知の上で、あえてテーマに選んだ作者の心意気が伝わってきます。

オススメ度:☆☆☆

2007.8.5


殺人鬼 (ミステリ)
(横溝 正史 / 角川文庫 1976)

戦後間もない時代を背景に、金田一耕助が登場する初期の短篇が4作品、収められています。

「殺人鬼」:売れっ子探偵小説家の八代竜介は、ほんの偶然から、夜道でおびえる近所の人妻・加奈子を助けます。加奈子に付きまとっていたのは、片足が義賊で片目が義眼の復員兵でしたが、実は加奈子と一夜だけの婚儀を執り行って出征していった夫・亀井だといいます。亀井は戦死したと思っていた加奈子は、大阪の名家の当主で妻子ある男性・賀川と駆け落ちし、閑静な住宅地で暮らしていました。奔放な加奈子に惹かれた八代は、賀川夫婦の身辺を見張り始めますが、ある晩、賀川が撲殺され、加奈子は首を絞められて発見されます。復員兵・亀井の復讐劇と思われた事件は、金田一耕助の登場によって、俄然、急展開を遂げます。
「黒蘭姫」:デパートの貴金属売り場で、万引きしようとした黒いヴェールの女性を取り押さえようとした新任のフロア主任が、相手の女に刺殺されます。女はそのまま逃走しますが、解雇されたばかりの元フロア主任も同じ日に変死してしまいます。デパートの社長・糟谷の話によれば、黒ヴェールの女性(デパートでは「黒蘭姫」というあだ名で呼ばれています)は、さる名家の令嬢ですが盗癖があり、デパートとしては事を荒立てず、被害を相手の家に知らせては穏便に済ませていました。ところが、最近、黒蘭姫の偽者が出没していたといいます……。
「香水心中」:化粧品メーカー『トキワ商会』の女性社長・常盤松代から、相談があると軽井沢へ招待された金田一耕助は、休暇をとった警視庁の等々力警部とリゾート気分で現地へ向かいます。ところが、折からの崖崩れで道路は大渋滞、難儀の末にたどり着いてみると、松代の3人の孫のうち最年長で後継者と目されていた松樹が、近所の別荘の管理人の妻と無理心中していたのが発見されています。なぜか、心中の現場には薔薇の香水の強い香りに包まれていました。金田一の慧眼が、心中事件の切ない真相を暴きます。
「百日紅の下にて」:空襲で焼け野原になった市ヶ谷で、焼け残った百日紅の木の下で思いにふける復員軍人・佐伯。出征を前に、愛しつくした妻を死に追いやられ、その一周忌の日に容疑者と思われる4人の友人の間で起きた毒殺事件を思い出しています。そこへ現れた復員兵姿の男は、ニューギニアで戦死した川地謙三からの言伝を持ってきたといいます。彼が語る、かつての毒殺事件の真相とは――。

オススメ度:☆☆☆

2007.8.7


壺中美人 (ミステリ)
(横溝 正史 / 角川文庫 1978)

中期の金田一耕助もの、長篇「壺中美人」と短篇「廃園の鬼」が収録されています。

「壺中美人」:元々は短篇として発表された「壺の中の女」を長篇化したものだそうです。
成城の高級住宅地で、画家で陶器蒐集でも有名な井川謙造が刺殺されます。悲鳴を耳にした家政婦が、鍵のかかったアトリエを鍵穴から覗くと、中国製の壺に身体をねじ込んでいくチャイナ服の女性の姿が見えました。同じ夜、コートを着込んだ女が、夜道で声をかけた巡査を刺し、車で逃走する事件を起こしており、同一犯の可能性が取り沙汰されます。
警察は、家政婦の証言を一笑に付しましたが、現場へやって来た金田一耕助と等々力警部の反応は違っていました。数日前、「壺中美人」という、美女が壺へ器用に入り込む奇術をテレビで見ていたからです。しかも、現場にあった壺は、テレビに映っていた壺と寸分違いありませんでした。警察は、テレビに映っていた中国人の男女を探し始めます。
一方、井川と別居中で離婚の協議中だった妻のマリ子は、以前に務めていたキャバレーの用心棒だった譲治と一夜をともにしていたとアリバイを主張します。捜査を続けるいちに、殺された井川の変態的な趣味が明らかになり――。
「廃園の鬼」:金田一耕助は、那須に近い高原で休暇を楽しんでいました。同じホテルには、たまたま高名な学者・高柳元教授が著述に専念するため、若い妻の加寿子とともに滞在しています。30も年下の加寿子は元女優で、今回が3度目の結婚でした。ところが、加寿子の最初の夫で映画監督の伊吹がロケのためにスタッフとホテルを訪れたばかりか、二度目の夫で新聞記者の都築も金田一の名をかたる偽手紙で呼び寄せられます。翌朝、テラスで談笑していた金田一や高柳は、渓谷を挟んで建っている廃墟となった屋敷の屋上で、男女が争っているのを目撃します。男は女を屋上から投げ落とし、現場へ駆けつけてみると、加寿子が死体となって転がっていました。犯人は――?

オススメ度:☆☆☆

2007.8.8


ハラノムシ、笑う (雑学)
(田中 聡 / ちくま文庫 2003)

タイトルを見て、寄生虫に関するメディカルエッセイだと短絡的に思い込み(笑)、購入しましたが、実際に読んでみると、少し(いや、かなり)違っていました。
日本語の言い回しの中には、ムシに関わるものが目立ちます。「虫の知らせ」、「虫が好かない」、「虫の居所が悪い」、「虫唾が走る」、「悪い虫がつく」等等。
ここで扱われている「ハラノムシ」は、もちろん寄生虫も含まれてはいますが、それ以上に、江戸時代以前の医術・薬学の中であらゆる病気の元とされていた、漠然とした「体内にわく悪いもの」のことです。体調が悪くなるのも気が狂うのも、全部ムシの仕業。そのような概念を具象化すると、まるで妖怪のような様々な虫(特に長虫)の図像となったわけです。
時代が下って西洋医術が輸入されてくると、中国や日本古来の衛生観・病気観とのせめぎ合いが起き、何でもありのムシの概念には修正が加えられてきます。具体的な寄生虫は明確に切り離され、それ以外の正体不明の病像については西洋風の瘴気だったり悪臭だったり、子供の病はすべて母親の育て方のせいにされたり(現代でも名残があるようですが)、そうこうするうちに、ようやく細菌原因説が普及してくるわけです。
副題が「衛生思想の図像学」となっているように、全篇にわたって散りばめられているのは、物好きな(笑)著者が食費を削ってまで集めた様々な医術・薬学の古書や薬のパッケージの図版です。特に明治から昭和初期にかけての薬の広告やパッケージのイラストと文言は、非常に含蓄に富み、ながめているだけで知的興奮が味わえます。
内容としては唐沢俊一さんと澁澤龍彦さんの中間くらいのエッセイで、高尚にもなりきれず通俗にも徹することができずというイメージでしょうか。どちらかに徹した方が、より面白いものになったと思います。

オススメ度:☆☆

2007.8.9


星のメールストローム (SF)
(H・G・エーヴェルス&ハンス・クナイフェル / ハヤカワ文庫SF 2007)

『ペリー・ローダン・シリーズ』の第338巻です。
銀河系支配を画策するラール人とテラナーとの確執が続き、七銀河同盟の新勢力らしき存在が登場するとともに、前巻「テラ=ルナ脱出作戦」で脱出した地球と月がどうなったかが明らかになります。

「権力のモニュメント」(H・G・エーヴェルス):惑星オリンプもラール人と超重族レティクロンの軍に占領され、自由商人を束ねる皇帝アーガイリスも、ラール人の追及を避けて地下に潜伏せざるを得ない状態になっています。折りしも、七銀河同盟の第三の種族が乗っていると思われる黒いピラミッド状の飛行物体がオリンプに飛来してきます。
オリンプ駐留のラール軍司令官クラトス=ピイルは、無数の罠が仕掛けられたアーガイリスの地下基地探索のため、遺伝子操作の研究をしていた自由商人の科学者に特殊能力を持った生物の開発を依頼します。一方、ラール人のレジスタンス組織の指導者でローダンの同盟者でもあるロクティン=パルが、アーガイリスにコンタクトするべく、危険を冒してオリンプへ潜入、事態は動き始めます。
ようやくアーガイリスに会うことができたロクティン=パルは、驚くべき頼みを言い出すのでした。

「星のメールストローム」(ハンス・クナイフェル):前巻で、ラール人の魔手から安全な場所へ逃れるために、レムリアの恒星転送機を使って太陽系から脱出したテラ=ルナ星系ですが、原因不明のアクシデントが発生し、予定されたアルキ=トリトランスには実体化しませんでした。
気がつけば、ローダンら太陽系帝国の首脳部を乗せたまま、テラ=ルナ系はどことも知れぬ宇宙で未知の強力な宇宙気流に巻き込まれていました。ローダンはじめ科学者チームやミュータント部隊は、この未曾有のカタストロフに対応すべく、大車輪の活動を始めます。
地球の運命は如何に!――というところで次巻へ。

オススメ度:☆☆☆

2007.8.10


黒い童謡 (ホラー)
(長坂 秀圭 / 角川ホラー文庫 2003)

四季とわらべ歌をテーマにした連作ホラー。童謡と殺人事件の組み合わせというのは、「僧正殺人事件」をはじめミステリの定番ですが、無邪気な同様と血も凍る怪奇な出来事も相性がいいようで、以前にも水木しげるさんが監修した「妖かしの宴」というホラー・アンソロジーがありました。この「黒い童謡」は、長坂さんのオリジナル書下ろしで、特に有名なよっつの童謡を題材に、「弟切草」シリーズと同様の、軽くて怖くてちょっとエッチで無気味な長坂ワールドが展開されます。

「春・ずいずいずっころばし」:未雪は、雪山で遭難して死んだ恋人の舜也が忘れられず、友人のアオ子が見つけてきた東北某所の寺で、霊媒師の左仁和に舜也の霊を呼び出してもらいます。最初はインチキではないかと疑った未雪ですが、自分と舜也しか知らない事実を言い当てられ、死後の世界に生きる舜也の存在を信じるようになります。その後、アオ子の手ほどきで幽体離脱の訓練を行い、ついに成功した未雪は霊界で舜也と再会しますが、幽体となって訪れたアオ子の部屋で、思いがけない裏切りの言葉を耳にします。「ずいずいずっころばし」の歌詞に秘められた謎とは――。

「夏・花いちもんめ」:透子は、女子大生仲間のふたりと、「花いちもんめ」にまつわる伝説がある房総の花畑を見に出かけます。透子の幼馴染で、透子を崇拝し“パシリ”扱いされているオカルトマニアの久司は、烏の鳴き声と寺の鐘、それに「花いちもんめ」が聞こえたら逃げないと命を落とすことになる、と真剣に心配しますが、透子は取り合わず、現地でナンパされた暴走族グループの頭・爽介と恋仲になってしまい、久司はストーカー扱いされて爽介にヤキを入れられてしまう破目に――。そして1年後、思い出の場所へツーリングに出かけた透子たちは、ひとり、またひとりと・・・。

「秋・かごめ」:神原卓郎は、早世した母親譲りの“聖なる手”の持ち主でした。体調が悪い人の患部に手を当てると症状を和らげることができるばかりか、地面に埋まっているものを探し当てることもできます。家庭の事情で高校へも行けなかった卓郎は、“聖なる手”の能力を使って発掘した石器を、当時の考古学界では異端の学者だった白鳥教授のところへ持ち込み、それがきっかけで白鳥教授のスタッフに雇われます。若かった卓郎は、教授の娘で病弱の亜起子へ恋心を抱いていました。しかし、その恋心が、教授の娘婿(つまり亜起子の夫)で野心家の西江に利用されることになります。亜起子の身体をちらつかされ、“聖なる手”を捏造に利用するよう持ちかけられた卓郎は、拒むことができませんでした。卓郎の“聖なる手”によって、次々に塗り替えられる日本の旧石器時代の歴史――このあたりは、実際に起きた石器発掘捏造事件を忠実になぞっています。ですが、現場には、常に赤い和服を着たおかっぱの幼女の姿が・・・。

「冬・通りゃんせ」:孝介は、早朝の新宿の交差点で「通りゃんせ」のメロディを聞きます。歌をたどって訪れた研究所では、高級のアルバイトが待っていました。側頭葉を刺激して幻影を作り出す実験の被験体というのが仕事の内容です。実験ブースの鳥居をくぐったとたん、孝介は信州の雪景色の中にいました。飲み屋で知り合った気まぐれで魅力的な女・乃波を追って訪れた、彼女の故郷の信州の記憶そのものです。しかし、出会った村人は、孝介は狐にたぶらかされていると話し、次第に何が真の現実なのか、孝介自身にもあやふやになってしまいます。果たして真相は――?

オススメ度:☆☆☆

2007.8.11


クリムゾンの迷宮 (ホラー)
(貴志 祐介 / 角川ホラー文庫 2003)

藤木芳彦は目を覚ますと、自分がまったく見知らぬ荒野にいることに気付きます。勤務先の一流企業が倒産し、妻子にも逃げられ、ホームレスもどきの生活をしていた藤木ですが、なぜこのような場所にいるのか、手がかりになる記憶はありません。周囲は深紅色に染まり、岩山と潅木に囲まれた火星のような風景が広がるばかり。荷物の中に携帯ゲーム機を見つけ、スイッチを入れると「火星の迷宮へようこそ」というメッセージが浮かび上がります。どうやら、理由はわかりませんが、藤木は何者かの手によってゲームの駒にされてしまったようでした。
メッセージに導かれて「第一チェックポイント」へ向かった藤木は、途中で同じく途方にくれていた大友藍と出会います。彼女は高校時代の薬物中毒を克服した経験があり、現在はエロ漫画家ということでした。今後、ふたりはパートナーとなって行動していくことになります。
第一チェックポイントでは、他に7人の男女がいました。いずれも藤木や藍と同様、わけもわからずゲーム内に取り込まれた雑多な日本人。ゲーム機の指示により、東西南北に手分けして進むことになります。東へ行けばサバイバルグッズが、西へ行けば護身用の武器が、南へ行けば食糧が、北へ行けば情報が得られるというのです。藍の助言で、北へ情報を求めにいくことになった藤木ですが・・・。
ここまで読んでくればピンと来ますが、この展開はかつて流行した「アドベンチャー・ゲームブック」にそっくりです。コンピューターを使ったRPGを本に置き換えたゲームブックは、スティーヴ・ジャクソンの「ソーサリー」(創元推理文庫)をはじめ、秀作がたくさん出ていました(やっつけ仕事の駄作も多かったですが)。「クリムゾンの迷宮」の設定は、イアン・リヴィングストンの「死のワナの地下迷宮」(現代教養文庫)によく似ています。通常は主人公ひとりが冒険する設定が多いのですが、「死のワナの地下迷宮」では主人公のほかに同じ目的で「迷宮探検競技」に挑むキャラクターが5人おり、ゲーム中で協力するか敵対するかの選択が成功への大きな鍵になります。同様に、藤木もほかのプレイヤーたちとの間で疑心暗鬼に陥りつつ、サバイバルゲームを続けなければなりません。
チェックポイントごとにゲーム機を通じて知らされる情報により、状況は次第にわかってきますが、誰が何の目的でこのようなセッティングを行ったのかは不明のままです。そして、危機が次々と藤木と藍を襲い、プレイヤーの数もだんだんと減っていくことに・・・。
極限状況での死を賭したサバイバル・ゲームといえば、S・キングの「バトルランナー」などが思い浮かびますが、どちらかといえば巨大なテーマパークでリアルなRPG体験のアトラクションが暗転する「ドリーム・パーク」(ニーヴン&バーンズ。現在は絶版ですが、必読です)に近いイメージです。とにかく一気にラストまで読み進むのが吉。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.8.12


女彫刻家 (ミステリ)
(ミネット・ウォルターズ / 創元推理文庫 2000)

「氷の家」に続く、ウォルターズの長篇第2作です。
離婚した夫や娘の問題を抱え、すっかり人生にやる気をなくしているノンフィクション作家ロザリンド(ロズ)が主人公。出版社から契約を切られそうになり、エージェントのアイリスに半ば強引に、猟奇殺人犯オリーヴ・マーティンに関する本を書く約束をさせられます。
オリーヴは6年前に自宅で母親と妹を殺し、遺体を切り刻んでジグソーパズルのようにキッチンの床に並べたことから、“女彫刻家”というネックネームを冠せられ、現在は無期刑で服役しています。犯行を自分から自白し、心神耗弱で刑の軽減を図ろうとする弁護人にも反対、精神鑑定ではまったくの正常人という結果が出ています。
肥満した巨体(逮捕前のオリーヴは過食症でした)を引きずって現れたオリーヴの姿に最初は嫌悪感を抱くロズですが、話をするうちに、オリーヴは人並み以上の知性の持ち主だと確信します。弁護士の話を聞き、当時の現場の状況を調べていくうちに、どこかしっくりこないものを感じたロズは、本当はオリーヴは殺人犯ではなく、誰かをかばっているのではないかと疑い始めます。
かつての隣人たち、オリーヴの学校時代の恩師や同級生と話すと、オリーヴの妹アンバーは誰からも好かれる“いい子”で、オリーヴはアンバーを心から大切にしていたこと、オリーヴの両親の間が冷え切っていたこと、近所の不良少年とオリーヴが付き合っていたらしいこと、オリーヴの父ロバートは最近になって死ぬまで、なぜか殺人があった家に住み続けていたこと、重要な証言をした隣人のクラーク夫妻が事件直後に行き先を告げずに引っ越したことなどがわかってきます。
一方、通報を受けて最初に現場に到着し、オリーヴの身柄を確保した刑事のハルは、現在は引退してレストランのオーナーシェフをしていましたが、ロズが話を聞きに訪れてみると、レストランは荒れ果てたひどい状態でした。お約束どおり、ロズとハルは互いに惹かれあうことになるのですが、互いに自分が異性に魅力的なはずがないと思い込んでいるため、誤解に次ぐ誤解でなかなか進展しません(これも定石どおりですが)。
ともかくも、時に自信が揺らぎつつもロズは丹念に聞き込みを続けて、オリーヴの殺人事件に別の解釈があることを解明していきます。そして――。
主人公が女性になり、ハンニバル・レクター並みの存在感のあるサイコ・キラーを配したことで、いいか悪いかは別にして、コーンウェルの『検屍官ケイ』シリーズを彷彿とさせるイメージに仕上がっています。
しかし、もうひとつのどんでん返しを狙ったエピローグを付けるべきだったか否かは、論議の的になるでしょう。私は否定派。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.8.14


晴明鬼伝 (伝奇)
(五代 ゆう / 角川ホラー文庫 2003)

『異形コレクション』の常連なので、作者の短篇ホラー小説はよく読んでいるのですが、長篇、しかも時代伝奇ホラーは初めてです。
時は10世紀はじめの平安中期。平安と名付けられた時代とは裏腹に(このあたりの事情は
「逆説の日本史4」に詳しく書いてあります)、京の都は菅原道真公の怨霊に祟られるなど、世情は騒然としており、夜ともなれば百鬼夜行が横行しています。陰陽師として都の安全をはかる義務がある賀茂忠行は、役行者の末裔、葛城一族が住む葛城の里を訪れ、旧知の里長・大角の勧めで大角の息子の志狼を都へ連れ帰ることになります。
都では、河原者に混じって舞を演じる歩き巫女、鳴滝の一党が暗躍を始めていました。時の左大臣・藤原忠平の出世を妬む右大臣・藤原定方は、鳴滝が放った式神・小萩に篭絡され、魔道に堕ちます。飯綱使いの少女・葛葉も鳴滝の手下でしたが、もともと純粋な心の持ち主だった葛葉は、孤児の童子を弟のように可愛がっており、たまたま河原で出会った志狼と互いに惹かれあいます。しかし、それも妖女・鳴滝と、葛城一族に復讐の炎を燃やす鋏丸が企んだことでした。
忠平の臣下には武人・平将門と、一時は盗賊一味に身を寄せていたものの、魔性の者が見える能力のおかげで将門と出会い意気投合した藤原純友がいました。さらに延暦寺の高僧・浄蔵、陰陽師の賀茂忠行・保徳父子らが加わり、帝を狙う魔の者たち(つまり鳴滝一味)との魔術抗争が始まります。その中で翻弄される葛葉と志狼の純愛――。鳴滝の秘術によって生み出された童子の恐るべき能力、そして遠い異国の黒い肌の呪術師を父親に持つ謎の男ドーマは、どのように関わってくるのか・・・。平安版「帝都物語」ともいうべき物語は、「ナイトワールド」(F・P・ウィルソン)もかくやというクライマックスへ向かって突き進んでいきます。
実は、序盤から、タイトルと内容のギャップに違和感を感じつつ読み進んでいたわけですが、その違和感はラストで見事にカタルシスに変わります。

オススメ度:☆☆☆

2007.8.16


魔女の鉄鎚 (伝奇)
(ジェーン・S・ヒッチコック / 角川文庫 1998)

タイトルになっている「魔女の鉄鎚」のオリジナルは、15世紀に書かれた実在の本です。
本書の中でも解説されていますが、「魔女と魔術の事典」(ローズマリー・エレン・グィリー 原書房)によれば、1486年、ふたりのドミニコ会士ハインリヒ・クラマーとヤーコプ・シュプレンガーが著し、時のローマ教皇の勅令によって公式のものと認められています。当世風に言えば、「魔女狩りと魔女裁判の公式マニュアル」となったわけで、無数の無実の女性たちを魔女の嫌疑で火刑台に追いやることになった書物です。
さて、資料調査専門家のビアトリスは夫と離婚して、医師で古書蒐集家の父親と二人暮しをしていましたが、ふとしたことから亡くなった母への父の不貞を知り、父を非難して許せないまま仕事に出かけます。ところが、帰宅してみると父は強盗に射殺され、前夜、見せてくれたばかりの中世の魔術書がなくなっていました。
父を殺した犯人は、魔術書を狙っていたに違いないと考えたビアトリスは、別れた夫でノンフィクションライターのスティーヴンの協力を得て、魔術書のことを調べ始めます。父が殺される前に呼んでいたというオカルト専門の古書商ラヴロックは、その魔術書には死人返し(ネクロマンシー)の秘術が載っており、テンプル騎士団の秘宝の隠し場所の手がかりが隠されていると教えてくれますが、これ以上かかわりになると身に危険が及ぶと警告します。
一方、父の昔馴染みの古書商アントネッリの友人で、著名なモートン神父からは、父の蔵書を寄付してくれないかと要請が来ます。神父が理事を務めるドゥアルテ協会に赴いたビアトリスは、中世に書かれた「魔女の鉄鎚」が協会の推薦図書になっていることを知ります。おぞましい女性蔑視思想に彩られた「魔女の鉄鎚」の内容を知ったビアトリスは協会に疑念を抱き、スティーヴンは、フェミニズム運動家や人権派の女性弁護士などの連続失踪事件と協会との関係をほのめかす情報に行き着きます。
そして、父を殺害した犯人を求めて、ロンドンやイタリアまで足を伸ばして調査を進めるビアトリスの前に、魔法書に秘められた真の謎と、中世から連綿と続く秘密組織の姿が浮かび上がってきます・・・。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.8.19


変身のロマン (怪奇幻想・アンソロジー)
(澁澤 龍彦:編 / 学研M文庫 2003)

澁澤さんが「暗黒のメルヘン」に続いて、自分の趣味を丸出しにして(笑)厳選した幻想小説のアンソロジー。タイトルにあるように、こちらは「変身」というテーマに絞って古今東西の名作短篇が集められています。変身譚は、古代の神話や童話に始まり、ファンタジーを経てSFにまで広がっていますが、この「変身のロマン」には古典的な代表作の多くが収録されており、同テーマで現代ホラーを集めた『異形コレクション』「変身」と読み比べるのも一興でしょう。
では、収録作品を紹介していきます。

「メタモルフォーシス考」(澁澤 龍彦):澁澤さんが古来の変身譚を分類し、愛して病まない変身譚の魅力と綴ったエッセイ。序文として最適です。
「夢応の鯉魚」(上田 秋成):『雨月物語』の一篇で、三井寺の僧が鯉に化身するお話。
「高野聖」(泉 鏡花):語り手と同宿することになった高野山の僧が語る、若き日の異様な体験談。信州の山奥でさびれた旧街道に入ってしまった僧が、一夜の宿を求めた山中の一軒家の主は、鄙には稀なともいうべき佳人で、動物に囲まれて暮らしていました。本筋からは外れますが、僧が森の中で山ヒルの群れに襲われる場面の凄絶なビジュアルは鬼気迫るものがあります。
「山月記」(中島 敦):中国で、旅の途中に人喰い虎に出会った役人。ところが、その虎は藪に隠れて人語を発し、かつての学友だったことが明らかになります。
「魚服記」(太宰 治):青森の深山には、大蛇に変身した木こりの伝説がありました。滝のほとりで育った少女・スワは、年頃になりましたが、父親が――。
「デンドロカカリヤ」(安部 公房):この人の作品集は1冊しか読んだことがありませんが(「R62号の発明・鉛の卵」新潮文庫)、変身をモチーフにした作品が多かったように記憶しています。これは、主人公のコモン君が緑化週間のポスターを見たことがきっかけで熱帯植物のデンドロカカリヤに変身してしまう不条理と諦観の物語。
「牧神の春」(中井 英夫):ある呪文を唱えたことで牧神(パンまたはサテュロス)になってしまった男性と、ニンフのような少女との大人のメルヘン。
「牡丹と耐冬」(蒲 松齢):中国の奇譚集『聊斎志異』の1エピソード。花の精と交わる道士の、ちょっとエロチックでユーモラスな物語。
「美少年ナルキッススとエコ」(オウィディウス):ギリシア神話で有名な、ナルシシズム(自己愛)の語源となった美少年と、声だけの存在となってしまった妖精エコーの物語。
「悪魔の恋」(ジャック・カゾット):19世紀のフランス・ロマン派の幻想小説「悪魔の恋」の一場面を抜粋したもの。悪魔ベルゼブルを呼び出す青年の前に出現したのは――?
「オノレ・シュブラックの失踪」(ギヨーム・アポリネール):金はあるのに、真冬でも素肌に上着を身につけただけの格好をしている奇妙な青年オノレ・シュブラック。その秘密は、危機に瀕したときに発揮される不思議な体質にありました。
「みどりの想い」(ジョン・コリアー):「ラパチーニの娘」(N・ホーソーン)と並ぶ植物怪談の傑作。マナリング氏が入手した新種のランは、肉食でした。マナリング氏や同居人、飼い猫も食われて同化させられてしまいますが・・・。
「断食芸人」(フランツ・カフカ):変身小説の金字塔「変身」を書いたカフカの短篇。興行主の都合で断食の見世物を40日で中止させられてしまうのが不満な断食芸人は、別のサーカスに移って無限の断食に入りました。その結末は――。結末で明かされる、彼が断食を始めることになった動機が秀逸。
「野の白鳥」(アンデルセン):日本では「白鳥の王子」というタイトルの方が有名でしょうか。魔女の継母のせいで白鳥にされてしまった11人の王子を元に戻すために、末の妹エリサは数々の苦難に耐えなければなりません。
「変形譚」(花田 清輝):数々の変身譚について、方法論の欠如を指摘し、社会自体に変化を及ぼすのは労働者だと唱えるエッセイ。全体のエピローグの役割を果たします。

オススメ度:☆☆☆

2007.8.21


「探偵実話」傑作選 (ミステリ・アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2003)

戦後間もない昭和20年代の探偵小説雑誌を紹介する『甦る推理雑誌』シリーズの第6巻。今回はエログロの犯罪実話を主体に、小説も加えて12年にわたって続いた「探偵実話」です。
巻末に総目次が100ページ以上も掲載されていますが、各記事のタイトルを見ているだけでゾクゾクしてきます。現代の東スポの一面など足元にも及ばない、ついつい中身を読んでみたくなるエロとグロが絶妙にミックスされた扇情的なタイトルの嵐(たまたま開いたページのタイトルを順に並べても「モデル女の欲望」「喰いちぎられる女体」「妖かしの刀」「接吻殺人事件」「女は金で飼え!」「血ぬられた青年巡査の情事」「白昼の姑殺人事件」「未亡人はそれを我慢できない」・・・と続きます)。
とはいえ、小説についてもかなりのビッグネームが揃っており、鮎川哲也も名作「りら荘事件」を連載していますし、戦前の作品の再録にも熱心だったようです。本書には全部で10篇の中短篇が収められています。

「山女魚」(狩 久):友人夫婦の住む山荘を訪れた探偵作家が語る、近くの山小屋でかつて起きたという人間消失事件の顛末。密室の浴室から消えた美貌の人妻が、滝壺で遺体となって発見された事件の真相は?
「青衣の画像」(村上 信彦):ふたりの看板娘、芳江と環を目当てに集まる学生たちで繁盛する喫茶店。恋の鞘当の末に、ふたりとも想いを寄せていた学生と結婚しますが、そのうちの一組、矢内原四郎と環は、拳銃による無理心中で死亡します。それから10年、生き残った氷川夫妻の間で沸き起こった疑惑から明らかになった事件の真相とは――。
「生きている屍」(鷲尾 三郎):夫の俊彦と幸せに暮らしていた美保ですが、戦死したはずの前夫が現れ、俊彦と姉の嘉代は前夫に撃たれてしまいます。嘉代は即死でしたが、俊彦は、アメリカ帰りのエリート医師で美保の婚約者だった藤村の治療で、命はとりとめたものの植物人間となってしまいます。しかし、美保の妹・幽紀が藤村に送った手紙に書かれていたのは・・・。
「白い異邦人」(黒沼 健):怪奇ノンフィクションの書き手の草分けだった作者(ジュニア向けの「怪奇と謎の世界」は、子供時代に読んでもっとも怖かった怪奇読み物でした)のSF味の濃い作品。紀元前15世紀、北ヨーロッパの原人の居留地に白い肌の男女がやって来ます。エジプトから来た巫女と神官は、ある密命を帯びて原人に接触しますが、折りしも空に巨大なほうき星が出現して――。
「推理の花道」(土屋 隆夫):役者を目指して田舎を飛び出してきた新之助。市川紋太夫一座に加わりますが役者として芽が出ず、苦しむ毎日でした。紋太夫の故郷での凱旋公演の舞台で大きなしくじりをした新之助は、思わず小屋を飛び出してしまいますが、その晩、紋太夫が撲殺死体となって見つかります。数年後、役者として成功した新之助は、ふとつぶやきます――「紋太夫を殺した犯人は私らしい」。
「ばくち狂時代」(大河内 常平):競馬の厩舎で騎手見習いを務める信公は、ばくちのカタに情婦の順子を親方に取られてしまいますが、お返しに親方の妾に手をつけ、レースの騎手をイカサマで横取りされても、イカサマ師らしい仕返しを果たします。こういうギャンブル小説を読むと、阿佐田哲也さんのギャンブル小説がいかに品位がある作品か、よくわかります。
「鼻」(吉野 賛十):盲人の按摩が、マックス・カラドス張りの盲人ならではの観察力で偽札事件の真相を看破します。
「碧い眼」(潮 寒二):不注意から、添い寝していた生後間もない息子を死なせてしまった道子は、夫に知られまいと、近くの銭湯で別の赤ん坊をさらってしまいますが、碧眼の男の子が目撃していました・・・。
「毒環」(横溝 正史/高木 彬光/山村 正夫):いずれ劣らぬ一流作家によるリレー小説。同じ毒薬を使用した三つの毒殺事件の真相は――? 作者の力量もあるのでしょうが、リレー小説でもメンバーが3人程度だと、ストーリーにも破綻を生ずることなく、そつなく仕上がるのでしょう。
「赤い密室」(中川 透):中川透は、鮎川哲也の前のペンネームです。大学医学部の解剖室で発見された、美人看護師エミ子のバラバラ死体。現場は密室で、唯一の鍵を持っていた助手の浦上(エミ子の恋人)に嫌疑がかかりますが・・・。名探偵・星影竜三の推理が光ります。

オススメ度:☆☆☆

2007.8.23


魔都の聖戦1 ―大将軍の野望― (ファンタジー)
(テリー・グッドカインド / ハヤカワ文庫FT 2003)

『真実の剣』の第3シリーズ「魔都の聖戦」の第1巻です。
前シリーズの
ラストで、死者の住む地下世界と現世との間を隔てる“ヴェール”のほころびをふさぐことに成功したリチャードは、カーランと結ばれて幸福なひと時を過ごしました。
しかし、リチャードがいるアイディンドリルの町は混迷のさなかにあり、戦う魔道士にして“探求者”であるリチャードは、息つく暇もありません。
このシリーズの決まりごと(?)として、あるシリーズの事件が終わった直後から次シリーズの物語が始まります。リチャードとの戦いに敗れて“予見者の宮殿”を脱出した“闇の信徒”たちは、新たな主人の元へ赴きます。アン院長が亡くなった“予見者の宮殿”では、次期院長を狙うシスターたちの駆け引きが始まりますが、シスター・ヴァーナと魔道士ウォレンは世界の新たな動きに思いを馳せています。
アイディンドリルのリチャードは、魔の怪物ムリスウィズの群れに襲われるなど、安穏としてはいられません。ミッドランズを支配しようとする“至高秩序団”の野望をくじくべく、ダーラ軍の司令部へ向かうリチャードに思いがけない味方が現れます。一方、“至高秩序団”と協力関係にあるニコバリーズの“同志の血”軍団を率いる大将軍ブローガンは姉の魔女ルネッタと配下の精鋭を連れてアイディンドリルにやって来ます。すべての魔法を邪悪なものと断じるブローガンの野望とは――。
ラール卿としてダーラ軍を掌握したリチャードは、各国代表を集めた場である宣言を下します。以下、次巻。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.8.24


玄い女神 (ミステリ)
(篠田 真由美 / 講談社文庫 2001)

『建築探偵桜井京介の事件簿』の第2作です。
タイトルの「玄い女神」とは、インド神話最強にして最凶の鬼神カーリーのこと。1984年、W大学の演劇好きの学生がたむろしていたスナック「シャクティ」の常連が、マスターの橋場に連れられてガンジス河のほとりの町ヴァラナシに滞在していました。ところが、ある日の夜明け、橋場が密室で変死しているのが発見されます。胸は何か重い鈍器で殴られたように潰れていました。しかし、寄宿先の大家の骨折りで警察沙汰は免れ、結局は病死と処理されて、現場にいた5人の学生は無事に帰国しました。
それから10年――。5人のうちのひとりで、橋場の恋人だった女優の狩野都から、京介の元に手紙が届きます。当時15歳の京介も「シャクティ」の常連でしたが、家庭の事情から件のインド旅行には参加していませんでした。都は再びインドに渡っていましたが、急に帰国して群馬の山奥にインド風のホテル「恒河館」(もちろん“恒河”とはガンジス川のこと)を開業し、開業記念パーティには京介とともに10年前の関係者が招待されています。
京介と無理やりついていった蒼を出迎えたのは、まだ32歳のはずなのに50代に見えるほど老いてしまった都でした。「恒河館」にはもうひとり、都の養子だというインド人青年ナンディがいましたが、左手首がないせいか、あまり人前に姿を現したがらないようでした。
招待客が全員到着した初日の晩餐後、都は目的を明らかにします。10年前に橋場を死に追いやった人物を明らかにしたいというのです。京介は探偵役として呼ばれたのでした。当時、都と橋場を取り合っていた祥子をはじめ、他のメンバーも反発しますが、都は強硬でした。
そして、折からの台風で外界と隔絶されてしまった「恒河館」で、悲劇は起こります。
10年前の都との約束を果たすため、自らの意に反して過去を掘り返さざるを得ない京介が、苦悩の果てに見出した真相は――?
ラストのどんでん返しが実に鮮やかで、余韻ある読後感を残します。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.8.26


quarter mo@n (ミステリ)
(中井 拓志 / 角川ホラー文庫 2000)

「レフトハンド」でデビューした中井さんの第2作。
岡山県北部の地方都市・久米原市で、1999年9月、中学生を中心とした変死事件が頻発していました。自殺もあれば他殺もあり、他殺と思われる現場には、中学生と思われる多数の靴跡が残っています。そして、死者のポケットなどには、「わたしのHuckleberry friend」という謎めいたメモと暗号が遺されていました。所轄の警察と県警が必死に捜査を続けますが、報道によって模倣や便乗と思われる事件が全国に拡大したため、ついに警察庁までが乗り込んできます。自身の離婚問題のため現場を外された巡査部長・楢崎は、本庁からオブザーバーとして派遣された女性警部補・見原の世話役をおおせつかります。
久米原市は、政府の次世代通信網構想の実験モデル地区に指定され、ニュータウンの全ての家庭にパソコンが無償配布されて光ネットワークで結ばれていました。大人にはちんぷんかんぷんのネット環境に順応し、使いこなすようになっていたのは、地元の立見台中学の生徒たちでした。皆おとなしく従順で、問題などかけらもないと思われていた中学生たちは、自分たちだけの世界を構築し、独自のルールを決めて、それを破った者には処罰を与えていたのです。
たまたま、ある中学生から聞き込みをした見原は、“4号室のキリコ”という言葉を知り、楢崎とともに調査を始めます。彼女がネット上で垣間見たのは、謎の人物ハックルベリーが創造した“月の帝国”でした。帝国を管理する三人の月の女神(ヘラ、アテナ、アフロディテ)と、姿を見せない4人目の女神アルテミスの正体は――。“4号室のキリコ”とは何を意味するのか・・・。
8年前に書かれた小説ですが、学校裏サイトなどに代表されるネットの闇が子供たちを侵食していく姿を予言した作品とも言えます(現在では現実の方がフィクションのずっと先を行っているような気はしますが)。ホラー文庫から出てはいますが、スーパーナチュラルな要素はなく、サイコミステリに分類するのが妥当でしょう。読み進んでいるうちに、ジョン・ソールの某作品(ネタバレになる可能性があるのでタイトルは伏せます)との類似性に気付きました。もしかしたら、作者はアレを読んでいたのかな?

オススメ度:☆☆☆☆

2007.8.27


奇談千夜一夜 (雑学)
(庄司 浅水 / 現代教養文庫 1975)

今は亡き(笑)現代教養文庫の『奇談シリーズ』の一冊。数年前、某駅の構内に臨時に出ていた古書のワゴンから100円で拾ったものです。
特にオカルトや怪奇現象に限らず(この本では、むしろそういったテーマはあまり扱われていません)、世界中のいわゆる“ウソのようなホントの話”を集めたもので、300〜400のエピソードが収められています。海外にはR・L・リプレーの「信じようと信じまいと」(河出文庫から
「世界奇談集」として出ています)など、このような本はいくつも出ており、庄司さんもそれらを元ネタにまとめているようです。
読んでみると、子供の頃に読みふけった「世界ふしぎ物語」や「世界の秘境」などに載っていたエピソードがいくつも出てきました。「頭の体操」の設問になっていたエピソードまで出てきて、ネタとしての利用の広さにも驚かされます。もちろん、“ウソのようなホントの話”のうち、8割くらいは“本当のウソ”なわけですが、そこは目くじら立てずに楽しみましょう。
文章も淡々としていて、最近の都市伝説本のように「信じるか信じないかは、あなた次第」などと脅しめいたプレッシャーも感じません。著者自身のコメントは少ないのですが、時たま出てくるのは「この人は、少しおかしいのではないだろうか」とか、「もしかしたら“松沢行き”の人だったのかも知れない」とか、すっとぼけていて味があります。(“松沢行き”の意味は、「松沢病院」でネット検索すればわかります)

オススメ度:☆☆☆

2007.8.29


異星人情報局 (SF)
(ジャック・ヴァレ / 創元SF文庫 2003)

作者ヴァレは日本ではあまり知られていませんが、フランスの著名なUFO研究家で、映画「未知との遭遇」でフランソワ・トリュフォーが演じたラコーム博士のモデルなのだそうです。先日読んだコリン・ウィルソンの「世界不思議百科」にも、信頼できる情報源として何回も名前が言及されていました。
テレビ・ジャーナリストのピーター・ケラーは、オカルト番組「インサイド・ストーリー」の製作スタッフでしたが、視聴率至上主義の上司ベンとそりが合いません。ベンの命令でしぶしぶUFOコンタクティ団体“銀河科学の友邦団”を取材に行ったピーターは、アブダクションを体験したというレイチェルに出会います。そして、ピーターの前に謎の黒衣の男女(MIB?)が出没するようになります。
実は、アメリカ政府内部には大統領も知らない秘密組織“エイリンテル”(=異星人情報局)が存在していました。かれらは大衆の心理を操作するため、UFOの目撃事件などを捏造してきましたが、その一方、実在する(!)UFOを捕獲して異星人のテクノロジーを利用すべく活動しています。しかし、内部で対立が起き、反主流派が主流派の陰謀を白日の下にさらそうと、ピーターを利用しようとしていたのです。
ピーターはレイチェルとともに、“銀河科学の友邦団”を主宰するボロディン博士や、エイリンテルの秘密基地を目撃したという元科学者デントンにコンタクトをとるべく、エイリンテル反主流派の指示で捜索を始めますが・・・。
世の中に氾濫しているUFO本には、「ロズウェルで回収されたUFOには生きた異星人が入っていた」、「アメリカ政府は異星人と密約している」といったUFO陰謀論が取り上げられていますが、ヴァレはそのような陰謀論を上手に小説に採り入れています。カーティス・ピープルズの良心的な労作「人類はなぜUFOと遭遇するのか」には、CIAをはじめとした政府組織が行った非合法活動を隠蔽するためにUFO目撃情報を利用したという情報や、アメリカ空軍のUFO研究はソ連などの東側諸国の兵器開発を警戒したものだという事実が解説されていますが、併読すると、より深く楽しむことができます。

オススメ度:☆☆☆

2007.8.31


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