テラ=ルナ脱出作戦 (SF)
(クルト・マール&H・G・フランシス / ハヤカワ文庫SF 2007)
『ペリー・ローダン・シリーズ』の第337巻。
ラール人の脅威から人類を救うため、太陽系帝国首脳はついにタイトルどおりの「テラ=ルナ脱出作戦」を敢行します。ところが、その結果、たいへんな事態が・・・というのがこの巻。
「テラ=ルナ脱出作戦」(クルト・マール):本シリーズで第1話からのレギュラーながら、なかなか表舞台に立たないレジナルド・ブルが、初めて一人称で語り手を務めます。ローダンの代行として常に太陽系帝国を守り、支えてきたブリーが大活躍します。
ラール人と超重族レティクロンの侵攻が迫った今、ローダンは地球と月だけを恒星転送機で銀河中枢部の暗黒星雲に避難させようとするプランを発表します。その結果、反対する過激派組織の活動が激しくなり、太陽系に不穏な空気が漂います。そんな中、ATGフィールドを突破して超重族ミリアナドの艦隊が太陽系内へ侵入し、ブリーは特注の高速宇宙艦システィナを駆って迎撃して、敵艦隊を追い払います。しかし、いよいよ転送が迫ると、再び超重族とラール人の艦隊が大挙して侵攻、ブリーは水星へ向かったミリアナドと対決することになります。
途中、「水星は常に同じ面を太陽に向けている」という記述があり「えっ?」と思いましたが、よく考えれば原書が書かれたのは1974年で、まだこれが定説だったのですね。
それと、システィナの艦長がミリアナドの乗艦を攻撃するのに使った手が、昔「銀河への強襲」で超重族の族長ツォゲがフラグメント船に決死的攻撃をかけたときの手段だというのは、マール先生が同名の先輩に捧げたオマージュなのでしょうか(マールも、「銀河への強襲」を書いたブラントも、ファーストネームは同じ「クルト」)。
「ドレーマーの惑星」(H・G・フランシス):テラ=ルナ脱出作戦の結果、不可解な事態が発生しました。受け入れ先のアルキ・トリトランス星系では、誤ったデータ解析から事態が絶望的だと考えた科学者クレルマインが、同僚ふたりをそそのかしてラール人に寝返ろうとステーションを脱走します。しかし、盗んだスペースジェットは修理中で、もうひとり技術者が乗っていました。
故障したスペースジェットが着いた先は、ビーバーに似た半知性体ドレーマーが生息する惑星でした。ドレーマーとコンタクトを図ろうとするテラの科学チームの基地があるのに気付いたクレルマインは、ハイパーカムでラール人に連絡を取ろうと策略をめぐらせます。
ここでも、基本プロットは初期のエピソード「三人の裏切り者」をなぞっていますが、もしかして懐古期間(笑)なのでしょうか。
オススメ度:☆☆☆
2007.7.9
小栗虫太郎集 (ミステリ)
(小栗 虫太郎 / ちくま文庫 2003)
小栗虫太郎といえば、「黒死館殺人事件」をはじめ戦前の探偵小説文壇に燦然と輝く巨星であり、中学・高校時代から現代教養文庫版の「小栗虫太郎傑作選」全5巻を読みふけっていました。「人外魔境」(角川文庫→角川ホラー文庫)にまとめられた秘教冒険連作も強い印象を残します。
その小栗作品が、ちくま文庫版「怪奇探偵小説名作選」に登場しました。上記の現代教養文庫に収録されていた作品7篇に加え、今回初めて読む作品3篇の、計10篇のバラエティに富んだ短篇が収録されています。もちろん、現代の科学知識に照らせば一笑に付されてしまうような展開もありますが、目くじら立てるのは野暮というもの。不適切な思想や表現も含めて、歴史の重みを感じましょう。
では、簡単に紹介していきます。
「完全犯罪」:作者のデビュー作。1930年代、戦乱に荒れる中国南部は湖南省西端の町・八仙寨に、西域の少数民族・苗族を主体とする共産軍が駐屯してきます。軍を指揮するのは冷徹なロシア士官ワシリー・ザロフ。ザロフは、町で孤独な生活を送っていた英国婦人エリザベス・ローレルの屋敷に幹部とともに寄宿します。ある晩、幹部専用の軍娼ヘッダが密室で死んでいるのが発見されます。軍医は病死と判断しますが、ザロフは他殺を疑い、様々な実験をしながら推理を進めていきます。果たして――。
「白蟻」:江戸期に馬霊教という宗教の教祖となって一世を風靡するも、昭和の政府からは淫祠邪教と断ぜられて首都を追われ、祖先の地である隠れ里のような秘境へ引きこもって暮らす騎西一族。当主・十四郎の妻、滝人は夫の正体に疑問を持っていました。落盤事故に遭った際に人格と容貌に変貌を遂げて生還した十四郎ですが、そのとき犠牲になった同僚の鵜飼が実は十四郎で、現在の夫は鵜飼ではないかという疑念にさいなまれていたのです。懊悩の末に、滝人が選んだ鬼気迫る道とは――。乱歩の「芋虫」に肩を並べる圧倒的な迫力が横溢した作品。
「海峡天地会」:太平洋戦争中のマレーシアを舞台にした謀略ミステリ。華僑系秘密結社「天地会」の首領とされる謎の中国人、張崙を捕えるためにタイ国境近くのジャングルに張り込んでいた日本軍部隊が、張崙と思われる中国人を捕えます。しかし、陸軍広報部に属する探偵作家・小暮は疑念を抱き、軍医の飯沼とともに、その正体を暴こうとしますが、やがて暗闇で殺人事件が起き――。開戦前後、実際にマレーシアへ赴任していた経験を十二分に生かしています。
「紅毛傾城」:千島列島の北端ラショワ島は蘇古根一族の根城で、姉の紅琴、横蔵と慈悲太郎の兄弟が、土民を支配していました。そこへ現れたロシアの軍船は疫病に侵されており、島からの火矢に撃たれて、多くの遺体とともに炎上して沈没します。生き残ったのは、緑の髪の白人女性フローラひとり。フローラの口から漏れたのは、ベーリング海峡の発見者ベーリングが今際の際に遺した「ラショワ島に黄金郷がある」という言葉でした。
「源内焼六術和尚」:殺人の嫌疑を受けて江戸から姿を消した蘭学者・平賀源内。彼が残した源内焼の大皿には、虫眼鏡でなければ見えないほどの文章が書き付けられていました。島原の乱からイエス・キリスト生誕にまで遡る壮大な物語とは――。
「倶利伽羅信号」:不思議な運命の悪戯で、サーカス団に拉致されてしまった女給の野枝。手首に彫られた刺青のせいで殺人容疑に怯える野枝は、団長のおぞましい計略を阻止して愛する人を救おうと、必死に策をめぐらせますが……。
「地虫」:かつて4人組の悪党の犯罪を暴き、ひとりを殺人罪で死刑台に送った名検事・左枝八郎。しかし、自殺した別の悪党の遺書により、自分が死刑にした男が無実だったことを知って、人生を投げ、皮肉にも一味の情婦だった女の売春宿に入り浸る毎日でした。しかし、死んだはずの一味の首領・高坂が生きているという噂が流れ……。
「屍体七十五歩にて死す」:愛憎渦巻く作家の家で起きた変死事件。死体が生き返って別の部屋で改めて死んだという怪異の真相とは。
「方子と末起」:肺病で療養する方子は、女学校の後輩で互いに憎からず想っている末起の手紙で、彼女が危険にさらされていることを看破します。1年前、末起の母が密室で殺され、犯人と目された祖母は廃人同様になっています。祖母の瞳に、自分への声なき訴えを見た末起は――。
「月と陽と暗い星」:平安の世、世間を騒がす百済根童子。検非違使の追及をものともしない正体不明の義賊に胸をときめかす女御たちと、甲斐性のない夫に悩む女房たちの人間模様。「陰陽師」に相通ずる平安風俗小説とも言えます。
オススメ度:☆☆☆
2007.8.2
星のメールストローム (SF)
(H・G・エーヴェルス&ハンス・クナイフェル / ハヤカワ文庫SF 2007)
『ペリー・ローダン・シリーズ』の第338巻です。
銀河系支配を画策するラール人とテラナーとの確執が続き、七銀河同盟の新勢力らしき存在が登場するとともに、前巻「テラ=ルナ脱出作戦」で脱出した地球と月がどうなったかが明らかになります。
「権力のモニュメント」(H・G・エーヴェルス):惑星オリンプもラール人と超重族レティクロンの軍に占領され、自由商人を束ねる皇帝アーガイリスも、ラール人の追及を避けて地下に潜伏せざるを得ない状態になっています。折りしも、七銀河同盟の第三の種族が乗っていると思われる黒いピラミッド状の飛行物体がオリンプに飛来してきます。
オリンプ駐留のラール軍司令官クラトス=ピイルは、無数の罠が仕掛けられたアーガイリスの地下基地探索のため、遺伝子操作の研究をしていた自由商人の科学者に特殊能力を持った生物の開発を依頼します。一方、ラール人のレジスタンス組織の指導者でローダンの同盟者でもあるロクティン=パルが、アーガイリスにコンタクトするべく、危険を冒してオリンプへ潜入、事態は動き始めます。
ようやくアーガイリスに会うことができたロクティン=パルは、驚くべき頼みを言い出すのでした。
「星のメールストローム」(ハンス・クナイフェル):前巻で、ラール人の魔手から安全な場所へ逃れるために、レムリアの恒星転送機を使って太陽系から脱出したテラ=ルナ星系ですが、原因不明のアクシデントが発生し、予定されたアルキ=トリトランスには実体化しませんでした。
気がつけば、ローダンら太陽系帝国の首脳部を乗せたまま、テラ=ルナ系はどことも知れぬ宇宙で未知の強力な宇宙気流に巻き込まれていました。ローダンはじめ科学者チームやミュータント部隊は、この未曾有のカタストロフに対応すべく、大車輪の活動を始めます。
地球の運命は如何に!――というところで次巻へ。
オススメ度:☆☆☆
2007.8.10
黒い童謡 (ホラー)
(長坂 秀圭 / 角川ホラー文庫 2003)
四季とわらべ歌をテーマにした連作ホラー。童謡と殺人事件の組み合わせというのは、「僧正殺人事件」をはじめミステリの定番ですが、無邪気な同様と血も凍る怪奇な出来事も相性がいいようで、以前にも水木しげるさんが監修した「妖かしの宴」というホラー・アンソロジーがありました。この「黒い童謡」は、長坂さんのオリジナル書下ろしで、特に有名なよっつの童謡を題材に、「弟切草」シリーズと同様の、軽くて怖くてちょっとエッチで無気味な長坂ワールドが展開されます。
「春・ずいずいずっころばし」:未雪は、雪山で遭難して死んだ恋人の舜也が忘れられず、友人のアオ子が見つけてきた東北某所の寺で、霊媒師の左仁和に舜也の霊を呼び出してもらいます。最初はインチキではないかと疑った未雪ですが、自分と舜也しか知らない事実を言い当てられ、死後の世界に生きる舜也の存在を信じるようになります。その後、アオ子の手ほどきで幽体離脱の訓練を行い、ついに成功した未雪は霊界で舜也と再会しますが、幽体となって訪れたアオ子の部屋で、思いがけない裏切りの言葉を耳にします。「ずいずいずっころばし」の歌詞に秘められた謎とは――。
「夏・花いちもんめ」:透子は、女子大生仲間のふたりと、「花いちもんめ」にまつわる伝説がある房総の花畑を見に出かけます。透子の幼馴染で、透子を崇拝し“パシリ”扱いされているオカルトマニアの久司は、烏の鳴き声と寺の鐘、それに「花いちもんめ」が聞こえたら逃げないと命を落とすことになる、と真剣に心配しますが、透子は取り合わず、現地でナンパされた暴走族グループの頭・爽介と恋仲になってしまい、久司はストーカー扱いされて爽介にヤキを入れられてしまう破目に――。そして1年後、思い出の場所へツーリングに出かけた透子たちは、ひとり、またひとりと・・・。
「秋・かごめ」:神原卓郎は、早世した母親譲りの“聖なる手”の持ち主でした。体調が悪い人の患部に手を当てると症状を和らげることができるばかりか、地面に埋まっているものを探し当てることもできます。家庭の事情で高校へも行けなかった卓郎は、“聖なる手”の能力を使って発掘した石器を、当時の考古学界では異端の学者だった白鳥教授のところへ持ち込み、それがきっかけで白鳥教授のスタッフに雇われます。若かった卓郎は、教授の娘で病弱の亜起子へ恋心を抱いていました。しかし、その恋心が、教授の娘婿(つまり亜起子の夫)で野心家の西江に利用されることになります。亜起子の身体をちらつかされ、“聖なる手”を捏造に利用するよう持ちかけられた卓郎は、拒むことができませんでした。卓郎の“聖なる手”によって、次々に塗り替えられる日本の旧石器時代の歴史――このあたりは、実際に起きた石器発掘捏造事件を忠実になぞっています。ですが、現場には、常に赤い和服を着たおかっぱの幼女の姿が・・・。
「冬・通りゃんせ」:孝介は、早朝の新宿の交差点で「通りゃんせ」のメロディを聞きます。歌をたどって訪れた研究所では、高級のアルバイトが待っていました。側頭葉を刺激して幻影を作り出す実験の被験体というのが仕事の内容です。実験ブースの鳥居をくぐったとたん、孝介は信州の雪景色の中にいました。飲み屋で知り合った気まぐれで魅力的な女・乃波を追って訪れた、彼女の故郷の信州の記憶そのものです。しかし、出会った村人は、孝介は狐にたぶらかされていると話し、次第に何が真の現実なのか、孝介自身にもあやふやになってしまいます。果たして真相は――?
オススメ度:☆☆☆
2007.8.11
変身のロマン (怪奇幻想・アンソロジー)
(澁澤 龍彦:編 / 学研M文庫 2003)
澁澤さんが「暗黒のメルヘン」に続いて、自分の趣味を丸出しにして(笑)厳選した幻想小説のアンソロジー。タイトルにあるように、こちらは「変身」というテーマに絞って古今東西の名作短篇が集められています。変身譚は、古代の神話や童話に始まり、ファンタジーを経てSFにまで広がっていますが、この「変身のロマン」には古典的な代表作の多くが収録されており、同テーマで現代ホラーを集めた『異形コレクション』「変身」と読み比べるのも一興でしょう。
では、収録作品を紹介していきます。
「メタモルフォーシス考」(澁澤 龍彦):澁澤さんが古来の変身譚を分類し、愛して病まない変身譚の魅力と綴ったエッセイ。序文として最適です。
「夢応の鯉魚」(上田 秋成):『雨月物語』の一篇で、三井寺の僧が鯉に化身するお話。
「高野聖」(泉 鏡花):語り手と同宿することになった高野山の僧が語る、若き日の異様な体験談。信州の山奥でさびれた旧街道に入ってしまった僧が、一夜の宿を求めた山中の一軒家の主は、鄙には稀なともいうべき佳人で、動物に囲まれて暮らしていました。本筋からは外れますが、僧が森の中で山ヒルの群れに襲われる場面の凄絶なビジュアルは鬼気迫るものがあります。
「山月記」(中島 敦):中国で、旅の途中に人喰い虎に出会った役人。ところが、その虎は藪に隠れて人語を発し、かつての学友だったことが明らかになります。
「魚服記」(太宰 治):青森の深山には、大蛇に変身した木こりの伝説がありました。滝のほとりで育った少女・スワは、年頃になりましたが、父親が――。
「デンドロカカリヤ」(安部 公房):この人の作品集は1冊しか読んだことがありませんが(「R62号の発明・鉛の卵」新潮文庫)、変身をモチーフにした作品が多かったように記憶しています。これは、主人公のコモン君が緑化週間のポスターを見たことがきっかけで熱帯植物のデンドロカカリヤに変身してしまう不条理と諦観の物語。
「牧神の春」(中井 英夫):ある呪文を唱えたことで牧神(パンまたはサテュロス)になってしまった男性と、ニンフのような少女との大人のメルヘン。
「牡丹と耐冬」(蒲 松齢):中国の奇譚集『聊斎志異』の1エピソード。花の精と交わる道士の、ちょっとエロチックでユーモラスな物語。
「美少年ナルキッススとエコ」(オウィディウス):ギリシア神話で有名な、ナルシシズム(自己愛)の語源となった美少年と、声だけの存在となってしまった妖精エコーの物語。
「悪魔の恋」(ジャック・カゾット):19世紀のフランス・ロマン派の幻想小説「悪魔の恋」の一場面を抜粋したもの。悪魔ベルゼブルを呼び出す青年の前に出現したのは――?
「オノレ・シュブラックの失踪」(ギヨーム・アポリネール):金はあるのに、真冬でも素肌に上着を身につけただけの格好をしている奇妙な青年オノレ・シュブラック。その秘密は、危機に瀕したときに発揮される不思議な体質にありました。
「みどりの想い」(ジョン・コリアー):「ラパチーニの娘」(N・ホーソーン)と並ぶ植物怪談の傑作。マナリング氏が入手した新種のランは、肉食でした。マナリング氏や同居人、飼い猫も食われて同化させられてしまいますが・・・。
「断食芸人」(フランツ・カフカ):変身小説の金字塔「変身」を書いたカフカの短篇。興行主の都合で断食の見世物を40日で中止させられてしまうのが不満な断食芸人は、別のサーカスに移って無限の断食に入りました。その結末は――。結末で明かされる、彼が断食を始めることになった動機が秀逸。
「野の白鳥」(アンデルセン):日本では「白鳥の王子」というタイトルの方が有名でしょうか。魔女の継母のせいで白鳥にされてしまった11人の王子を元に戻すために、末の妹エリサは数々の苦難に耐えなければなりません。
「変形譚」(花田 清輝):数々の変身譚について、方法論の欠如を指摘し、社会自体に変化を及ぼすのは労働者だと唱えるエッセイ。全体のエピローグの役割を果たします。
オススメ度:☆☆☆
2007.8.21
「探偵実話」傑作選 (ミステリ・アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2003)
戦後間もない昭和20年代の探偵小説雑誌を紹介する『甦る推理雑誌』シリーズの第6巻。今回はエログロの犯罪実話を主体に、小説も加えて12年にわたって続いた「探偵実話」です。
巻末に総目次が100ページ以上も掲載されていますが、各記事のタイトルを見ているだけでゾクゾクしてきます。現代の東スポの一面など足元にも及ばない、ついつい中身を読んでみたくなるエロとグロが絶妙にミックスされた扇情的なタイトルの嵐(たまたま開いたページのタイトルを順に並べても「モデル女の欲望」「喰いちぎられる女体」「妖かしの刀」「接吻殺人事件」「女は金で飼え!」「血ぬられた青年巡査の情事」「白昼の姑殺人事件」「未亡人はそれを我慢できない」・・・と続きます)。
とはいえ、小説についてもかなりのビッグネームが揃っており、鮎川哲也も名作「りら荘事件」を連載していますし、戦前の作品の再録にも熱心だったようです。本書には全部で10篇の中短篇が収められています。
「山女魚」(狩 久):友人夫婦の住む山荘を訪れた探偵作家が語る、近くの山小屋でかつて起きたという人間消失事件の顛末。密室の浴室から消えた美貌の人妻が、滝壺で遺体となって発見された事件の真相は?
「青衣の画像」(村上 信彦):ふたりの看板娘、芳江と環を目当てに集まる学生たちで繁盛する喫茶店。恋の鞘当の末に、ふたりとも想いを寄せていた学生と結婚しますが、そのうちの一組、矢内原四郎と環は、拳銃による無理心中で死亡します。それから10年、生き残った氷川夫妻の間で沸き起こった疑惑から明らかになった事件の真相とは――。
「生きている屍」(鷲尾 三郎):夫の俊彦と幸せに暮らしていた美保ですが、戦死したはずの前夫が現れ、俊彦と姉の嘉代は前夫に撃たれてしまいます。嘉代は即死でしたが、俊彦は、アメリカ帰りのエリート医師で美保の婚約者だった藤村の治療で、命はとりとめたものの植物人間となってしまいます。しかし、美保の妹・幽紀が藤村に送った手紙に書かれていたのは・・・。
「白い異邦人」(黒沼 健):怪奇ノンフィクションの書き手の草分けだった作者(ジュニア向けの「怪奇と謎の世界」は、子供時代に読んでもっとも怖かった怪奇読み物でした)のSF味の濃い作品。紀元前15世紀、北ヨーロッパの原人の居留地に白い肌の男女がやって来ます。エジプトから来た巫女と神官は、ある密命を帯びて原人に接触しますが、折りしも空に巨大なほうき星が出現して――。
「推理の花道」(土屋 隆夫):役者を目指して田舎を飛び出してきた新之助。市川紋太夫一座に加わりますが役者として芽が出ず、苦しむ毎日でした。紋太夫の故郷での凱旋公演の舞台で大きなしくじりをした新之助は、思わず小屋を飛び出してしまいますが、その晩、紋太夫が撲殺死体となって見つかります。数年後、役者として成功した新之助は、ふとつぶやきます――「紋太夫を殺した犯人は私らしい」。
「ばくち狂時代」(大河内 常平):競馬の厩舎で騎手見習いを務める信公は、ばくちのカタに情婦の順子を親方に取られてしまいますが、お返しに親方の妾に手をつけ、レースの騎手をイカサマで横取りされても、イカサマ師らしい仕返しを果たします。こういうギャンブル小説を読むと、阿佐田哲也さんのギャンブル小説がいかに品位がある作品か、よくわかります。
「鼻」(吉野 賛十):盲人の按摩が、マックス・カラドス張りの盲人ならではの観察力で偽札事件の真相を看破します。
「碧い眼」(潮 寒二):不注意から、添い寝していた生後間もない息子を死なせてしまった道子は、夫に知られまいと、近くの銭湯で別の赤ん坊をさらってしまいますが、碧眼の男の子が目撃していました・・・。
「毒環」(横溝 正史/高木 彬光/山村 正夫):いずれ劣らぬ一流作家によるリレー小説。同じ毒薬を使用した三つの毒殺事件の真相は――? 作者の力量もあるのでしょうが、リレー小説でもメンバーが3人程度だと、ストーリーにも破綻を生ずることなく、そつなく仕上がるのでしょう。
「赤い密室」(中川 透):中川透は、鮎川哲也の前のペンネームです。大学医学部の解剖室で発見された、美人看護師エミ子のバラバラ死体。現場は密室で、唯一の鍵を持っていた助手の浦上(エミ子の恋人)に嫌疑がかかりますが・・・。名探偵・星影竜三の推理が光ります。
オススメ度:☆☆☆
2007.8.23