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イクシーの書庫・過去ログ(2007年5月〜6月)

<オススメ度>の解説
 ※あくまで○にの主観に基づいたものです。
☆☆☆☆☆:絶対のお勧め品。必読!!☆☆:お金と時間に余裕があれば
☆☆☆☆:読んで損はありません:読むのはお金と時間のムダです
☆☆☆:まあまあの水準作:問題外(怒)


ファントム・ケーブル (ホラー)
(牧野 修 / 角川ホラー文庫 2003)

「忌まわしい匣」に続いて、牧野さんのホラー短篇集です。今回は、世の中の裏側には人知を超えた無気味で不条理な“悪意”が渦巻いており、折に触れては何の罪もない市井の人々にその魔手を伸ばしてくる――という基本モチーフを底流に、表題作「ファントム・ケーブル」に象徴される幻の経路を通って顕れる、様々な異形の姿を描き出しており、読み終わってやりきれない気分になること請け合いです。
収録された8篇を簡単に紹介していきます。

「ファントム・ケーブル」:高校時代の同級生で、今はそれぞれうらぶれたその日暮らしの生活を送っている吉住、佃、久保田。3人に、見知らぬ相手から「人を殺したよな」という電話がかかってきます。着信通知で表示された番号に掛けなおしても、「現在使われていない」というメッセージが返って来るばかり。3人は、高校時代に犯してしまった罪を思い出しますが・・・。
「ドキュメント・ロード」:田舎でのドキュメント形式のアダルトビデオ撮影に出かける4人の男女。道端の安食堂で、ふたりの女優は逆ナンパをするためにカメラを持って居残ります。助監督(実態はパシリ)のヨシアキは、ふたりが戻るのが遅いのが気になり、闇に沈んだ食堂に足を踏み入れますが、そこで彼を待っていたのは・・・。
「ファイヤーマン」:どこにでもある、女子高での集団いじめ。いじめられながらもじっと耐えている女生徒の前に、消防士のようないでたちの男が現れ、ライターを渡してささやきます。「これで火をつければ、いつでも助けに飛んでくる」と。数日後、いじめグループのひとりミナヨの自宅が家事になり、ミナヨは焼死体となって発見されます。そして、またひとり・・・。
「怪物癖」:学校で変人と思われ、いじめと無視の対象になっている女生徒・高木。しかし、彼女の周囲では怪事が続出します。彼女を殴った体育教師は失踪し、まとわりついていた男子生徒も姿を消します。高木の両親に会うために家庭訪問した担任教師は、地下に掘られた防空壕跡に連れ込まれ・・・。
「スキンダンスの階梯」:異形コレクション「マスカレード」が初出。無為な日々を過ごしていた楠山は、某薬品会社の治験ボランティアに参加することになりました。治験薬と称する湿布を背中に貼られた楠山は、夜毎、無気味な夢に悩まされるようになります。悪夢の果てに待っていた運命は・・・。
「幻影錠」:ピッキングの名人として、錠前業界で一世を風靡した堀切は、高額の報酬にひかれ、これまで誰も開けたことがないという古い錠前の開錠に取り組むことになりますが、それは人間が触れてはならない鍵でした・・・。
「ヨブ式」:妻子と幸せな小市民的生活を送っていた三沢は、ふと気づくと、何者かに執拗な嫌がらせを仕掛けられていました。小動物の死体が郵便受けに投げ込まれ、自動車はドアが開かないよう悪戯され、妻ともうまくいかなくなってきます。そして、ついに事態は凄惨な殺人にまで発展し――不条理な“悪意”が極限まで発揮された、やりきれない一篇。
「死せるイサクを糧として」:ちょっとした過失と偶然から、生まれたばかりの我が子を死なせてしまった薮内は、罪の意識から列車に飛び込んで両脚を失い、今は孤独な車椅子の生活を送っています。聖書の「アブラハムの試練」にわが身をなぞらえて、生きる意味を模索する薮内のもとに、一本の電話がかかってきます。電話の主の言葉に従って、とある研究所を訪れた薮内は、所長の生島から、この世に不条理な不幸をもたらす“悪意ある実体”の存在を聞かされるのですが・・・。

オススメ度:☆☆

2007.5.1


アリス (ホラー)
(中井 拓志 / 角川ホラー文庫 2003)

デビュー長篇「レフトハンド」で、とてつもない発想のバイオSFホラーをものした作者の第3作(第2作「quarter mo@n」は近日登場)です。
1995年夏、『瞭命館パニック』と呼ばれる怪事件が発生しました。東晃大学医学部研究棟で、建物内にいた60人以上が全員、原因不明の意識障害・痙攣発作に襲われ、最終的に17人が死亡、ほとんどが回復不能の廃人となってしまいました。なんとかまともな意識を取り戻したのは2名のみ。調査委員会による原因究明が行われ、ある程度のことはわかりましたが、その調査結果は国家機密として葬り去られました。
それから7年。千葉県のさる学術都市に建つ「国立脳科学研究センター」で、第二の『瞭命館パニック』が発生します。実は、この施設には文部科学省の肝煎りで、7年前のパニックの原因となったひとりの少女――比室アリスが収容されていたのです。薬物を投与され、昏々と眠り続けるアリスは、比類ないサヴァン能力の持ち主でした。
サヴァン能力とは、よくテレビのドキュメント番組などで題材にされていますが、高度の脳障害を持つにもかかわらず、特定の狭い分野で人間離れした才能を発揮する人々(特に子供に多い)の能力のことです。例えば、複雑な掛け算の答を一瞬で出したり、一度耳にした音楽を寸分たがわず演奏してみせたり、数万年先までのカレンダーをすべて覚えていて西暦1万年の1月1日が何曜日か即座に答えられたり――。ところが、スーパーコンピュータで長時間の解析をしないと把握できない事象を一瞬で理解してしまうアリスは、想像を絶する能力を秘めていました。アリスの笑顔を見た者は、大脳のメカニズムによって必然的に、すべて高度の中枢神経障害を惹起させられてしまうのです。
対応の遅れと手違いから、アリスは救急車でふもとの町に運ばれ、大混乱を引き起こしますが、反応は大人と子供で違っていました。現場責任者である文部科学省の権藤は、事態の収拾のため、『瞭命館パニック』の生き残りのふたり、アリスを研究していた比室叡久と槌神五月を現場に呼び出します・・・。
しかし、これは単なるSFパニック・ホラーではありません。瀬名秀明さんの「BRAIN VALLEY」と同様、最先端の脳科学理論に立脚した(不勉強なため、作中で五月が語る説明のどこまでが事実でどこまでが作者の虚構なのかわかりませんが)、大脳の右半球と左半球の相互作用と差異から導き出される、人類の新たなビジョンをも描き出しているのです。特に後半は和製SF版「幼年期の終わり」(A・C・クラーク)か「ブラッド・ミュージック」(グレッグ・ベア)もかくやという展開で、ラストシーンは日常的ながら、未来への希望を象徴する神々しいとも言える光景です。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2007.5.2


「密室」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2003)

戦後間もない昭和20年代の探偵小説雑誌を紹介するシリーズ第5巻です。今回は商業誌ではなく、同人誌として10年近く続いた「密室」です。単なる愛好家やファンの集まりにとどまらず、鮎川哲也さんが別名義で書いていたり、海外作品を翻訳紹介するなど、精力的な活動が特筆されます。
発行責任者による発刊の辞のほか、5篇の長短篇が収録されています。

「苦の愉悦―密室発刊に際して―」(竹下 敏幸):代表者による、熱意あふれる発刊のことば。
「罠」(山沢 晴雄):町工場に勤める主人公は、自分のしくじりが発覚するのを防ぐために深夜の工場で知恵を絞ります。深夜の静まり返った工場内での鬼気迫る主人公の描写に迫力があります。プロレタリア文学風味のピカレスク小説。
「訣別」(狩 久):病気療養中の作家がこれまで発表してきた小説は、戦争で生き別れた探偵小説マニアの恋人に呼びかけたものでした。その甲斐あって、病床を恋人が訪れますが・・・。
「草原の果て」(豊田 寿秋):終戦を目の前にしたロシア国境の村。粗末な農民の小屋で一夜を明かす日本軍士官と兵士たちは、それぞれに事情を抱え、苦悩していました。翌朝、密室で絞殺死体となって発見されたのは――。
「呪縛再現(挑戦篇)」(宇多川 蘭子):宇多川蘭子は、後篇を書いた中川透とともに鮎川哲也のペンネームです。
休暇を過ごすため、熊本県人吉市郊外の“緑風荘”へやって来た7人の学生。うち2組は婚約している間柄です。ところが、トランプに記された不吉な死の予告がなされ、婚約していた片方のカップルが相次いで変死を遂げる惨劇が発生。警察と一緒に現場に駆けつけたのは、名探偵として名高い星影竜三でした。この設定でぴんと来る人も多いと思いますが、実はこの小説、鮎川さんの代表作でもある「リラ荘殺人事件」の原型なのだそうです。
「呪縛再現(後篇)」(中川 透):「呪縛再現」の解決篇。星影竜三は鮮やかな推理で犯人の名を指摘しますが、当人には鉄壁のアリバイがあり、推理は行き詰まってしまいます。そこへふらりと現れたのは、筋金入りのアリバイ崩しの名人(あえて名は秘します)でした。
「圷家殺人事件」(天城 一):昭和16年の秋、圷子爵の屋敷で起きた連続射殺事件を、作者の実見談という体裁で描く長篇。日本有数の財閥でもある三河コンツェルンの政治顧問を務める貴族院議員・圷子爵の屋敷で、子爵が密室で射殺され、秘書で息子・信義の婚約者でもある津中ユリも胸を撃たれて瀕死の状態で発見されます。検事の伊多は助手の天城(語り手)を伴って現場へ駆けつけます。本庁の広警部、知性派刑事の島崎らと協力して捜査が始まり、怪しい行動をとる男爵・千手が捜査線上に浮かびますが・・・。

オススメ度:☆☆

2007.5.5


獣人 (ホラー:アンソロジー)
(井上 雅彦:編 / 光文社文庫 2003)

書き下ろしテーマ別ホラー・アンソロジー『異形コレクション』の第25巻。今回のテーマは狼男に代表される“獣人”です。もちろん“けもの”だけでなく、それ以外の生き物もネタにされています。
いずれ劣らぬ24篇の佳作揃い。さっそく紹介していきましょう。

「赤い窓」(森 真沙子):カーディーラーの福島は、出張先のニューヨークのチャイナタウンで、赤い窓の向こうで手招きする影に誘われ、熱に浮かされたかのような濃密な体験をします。3年後、福島の後輩の大学生・比企田は、福島から謎のアルバイトをもちかけられ、同時に福島の妻が失踪したことを知ります。
「まぎれる」(黒岩 研):雪深い山形の町役場の出張所に務める樋口。宿直の晩、樋口は建屋に近づく足跡と無気味な影に気づき、恐怖に襲われます。付近では、人里離れた山小屋で腹を切り裂かれて殺された死体が発見される事件が相次いで起きていました。
「猫娘夜話」(小中 千昭):のどかな昭和の下町、おちぶれた三味線屋の孫娘・寝子の家に、乱歩に憧れる小説家志望の青年・水野が下宿してきます。ところが、寝子には奇妙な癖があって・・・。
「主婦と性生活」(内田 春菊):主婦だけの井戸端会議では、生々しい夜の生活のことも話題に上ります。旦那が夜伽の際に奇妙な振る舞いをするようになったと、軽い調子でしゃべるまち子ですが、話を聞くうちに、その異様さが浮かび上がってきます。でも結局、脳天気な主婦たちは聞き流したまま、日常が続いていくのでした・・・。
「白い犬」(飯野 文彦):地方新聞に就職した語り手の青年は、大掃除のさなか、整理棚に押し込められていた手書きの原稿を発見します。そこには、さる有名な落語家にまつわる驚くような事実が書かれていました。その名跡が襲名される際に、かならず噺される落語「白い犬」に秘められた謎とは――。
「けだもの」(平山 夢明):息子のテオに銀の弾丸がこめれた銃を渡し、撃つようにうながす老人。しかし、試みは常に失敗してしまいます。しかし、テオの連れ子・千鶴が誘拐され、全身の血を抜かれた死体となって発見される事件が起き、老人は一度だけ封印を解くことを決意します。人知を越えた対決の結末は――。
「蛇」(町井 登志夫):真夜中に救急車で運び込まれた少女は、寝床に蛇が入ってきたと話し、全身の痛みと発熱を訴えていました。当直医の邦子は毒蛇にかまれた患者を扱った経験などなく、途方にくれますが、とにかく処置をします。しかし、少女を襲ったのは蛇ではありませんでした。医学的に合理的で、なおかつショッキングなラストが出色。
「鍵穴迷宮」(江坂 遊):夜中に父親の寝室を鍵穴から覗き見た少女は、父親の秘密を知ってしまいました。それを告げると、父親はすべて夢だと言いますが・・・。
「白い猫」(飛鳥部 勝則):臭いに敏感な青年・藤森は、ひょんなことから、おぞましいものの臭いにエクスタシーを覚えるようになります。もともと霊感が鋭く、幽霊を見ることもしばしばだった藤森は――。
「角と牙」(平谷 美樹):バンド仲間の弘志が練習に出てこなくなったことを心配した慎二は、弘志のアパートを訪れます。アパートに閉じこもって憔悴しきった弘志は、コンサートを見に上京した時に地下鉄のホームで目撃した驚くべき出来事を話し始めます。突然、鬼のような姿に変身した男女が殺し合い、ひとりが無惨な死体になったというのに、周囲の人々は無視していた、というのですが・・・。
「浅草霊歌」(田中 文雄):昭和30年代、市場調査で浅草六区の映画館を訪れた語り手の青年は、突然現れた男の子に「父ちゃんを探して」と頼まれます。上映されていたニュース映画に、父親の姿が映ったというのです。父親はちんどん屋で獣人雪男の扮装をしていたという情報を手がかりに、青年は見世物小屋を探し回ります。
「蛇使いの女」(竹河 聖):両国の見世物小屋で評判の蛇使いの女を見に行った少年・正吉は、偶然から舞台に上がり、大蛇を間近で目にします。悲しげになにかを訴えかけるような大蛇の眼差しが気になった正吉は、興行団が宿舎にしている古寺に忍び込みます。
「邪笑ふ闇」(朝松 健):諸国を遍歴する一休宗純は、小さな祠に祈りを捧げる少女に出会います。彼女は15歳ですが、村のしきたりに従って“しゃが様”と呼ばれる謎の存在に人身御供にされる運命にあるというのです。一休は、“しゃが様”の正体を暴き、少女を救うために一肌脱ごうと決意します。
「間人さま」(木原 浩勝):小松左京の名作「くだんのはは」へのオマージュ作品。“濡手”と呼ばれる不思議な腕を持つ祖父と一緒に旅する幼い少女。ある大邸宅を訪れたふたりは、牛の出産に立ち会うことになりますが、少女の心になにかが呼びかけてきます。
「水のアルマスティ」(牧野 修):“アルマスティ”とは、ヒマラヤの雪男や北米のビッグフットほどメジャーではありませんが、コーカサス地方に住むと言われる毛むくじゃらの原人のことです。しかし、物語の舞台は現代日本。バブル時代に開発され、バブル崩壊で放置された巨大リゾート地アクエリアス。いつしか、ゴーストタウンと化したアクエリアスに“水のアルマスティ”と呼ばれる怪物がいるという噂が流れ始めていました。探偵の柴木は、アクエリアス内部に詳しいナラカを案内役に、行方不明になった少年を探してアクエリアスに足を踏み入れます。
「大麦畑でつかまえて」(奥田 哲也):東欧の某国でミステリーサークルが大量に発生していることを聞きつけ、見物に出かけた語り手と友人の安田。地ビールに酔った勢いでドイツ美女のヒルダと意気投合し、3人で深夜の麦畑に出かけます。そこで目撃した異様な光景とは――。
「夜、薫る」(井上 雅彦):ストーリーすらない、高速道路を飛ばす男女の会話。暗示だけの散文詩のような小品。
「守護天使」(高野 裕美子):お人よしの青年・真司は、恋人に裏切られて死を考えていたときに子猫を拾い、レオナと名付けてかわいがります。しかし、真司の人のよさにつけ込む性悪女は後を絶たず、その度にレオナは・・・。
「奈落」(藤木 稟):江戸時代、山小屋で暮らす炭焼き・達吉のところへ通ってくる若い女がいました。どんな天気でも険しい山道を越えて通ってくる女・綾乃を愛しいと思うと同時に、本当に人間なのだろうかと恐怖を感じた達吉は――。ありがちな民話をモチーフにしながら、ラストのひねりが効いています。
「鏡を越えて」(石神 茉莉):尊敬する画家の家に下宿して制作を続ける「私」のアトリエを、いつも訪れる少女。他愛無い遊びを繰り返していましたが、アトリエの奥に積まれたガラクタの中から少女が古い三面鏡を見つけたとき・・・。
「双頭の鷲」(速瀬 れい):明の時代、皇帝に献上されるために育てられた双子の少女・香蘭と春蘭は、西洋の商人に買い取られ、西の帝国の皇帝に捧げられます。フリークス好きの皇帝は、ふたりを寵愛しますが――。
「獣人棟」(石田 一):山奥の総合病院に内科医として赴任した折場には、人に知られてはならない秘密がありました。しかし、着いてすぐ、院長の諸尾に精神病棟に連れていかれ――。登場人物の名前に、マニアにだけわかる仕掛けが施されています。
「大蜥蜴の島」(友成 純一):コモドドラゴンを見たくてコモド島を訪れたOLの円。野生のままのドラゴンに会うために、ガイドの案内無しに宿を出た円は、ドラゴンに襲われ、ケガをして道に迷ってしまいます。夜が迫り、進退きわまった円の心には、不思議な感情がきざし・・・。(※作中、「コモドドラゴンの唾液には特殊な毒がある」と書いてありますが、これはフィクション。かまれた相手は雑菌に感染して死ぬのです)
「さいはての家」(菊地 秀行):「地球の長い午後」を思い起こさせる怪物が跳梁する世界。この辺境の地で郵便配達人となった語り手は、荒野の小屋に住む父子と知り合いますが、村人たちはこの親子のことをよく言いません。かつて戦争を止めさせるために、男がとった行動とは――。

オススメ度:☆☆☆

2007.5.8


橋をわたる (ホラー)
(伊島 りすと / 角川ホラー文庫 2003)

いきなり、主人公の独白から始まります。
「僕は吸血鬼ではない。でも他人の血を舐めることはある」
なんとなく、スタージョンの
「きみの血を」と似たような雰囲気を感じさせるオープニングですが、実際にはまったく違った、ある意味ユニークな発想の作品でした。
主人公の早川は19歳の予備校生。塾講師のアルバイトで、小学生に算数を教えています。
今日も、出来の悪い生徒たちに「逆算」(子供の頃は「虫食い算」と習いましたが)を教えるのに四苦八苦。そのうちにひらめいて、式の左右をつなぐ「=」を橋に見立て、「橋を渡れば正解が見えてくる」という説明を始めます。ここで象徴されるのは、他者とコミュニケーションするのは「橋をわたる」ことであるという、この小説の基本モチーフ。
ところが、授業が終わる寸前、おとなしい女生徒・工藤清美が立ち上がり、訴えるような眼差しを向けてきます。適当にあしらっていると、何と彼女は持っていたシャーペンで自分の顔をめった刺しにし始めます。同僚の女性講師も助けに入ってようやく取り押さえますが、清美は左目失明の重傷を負ってしまいます。
なぜ、少女がそんな行動に出たのか・・・。それを知るために、早川は子供の頃からの禁忌を破り、飛び散った清美の血を舐めます。すると、浮かび上がってきたのは――。
ある見方をすれば、サイコメトラーによるオカルトミステリとも言えます。“サイコメトリー”とは、他人の身体や持ち物に触れると、相手の過去や内面を感じ取ることができる超能力で、そういった超能力者が“サイコメトラー”。早川は、血を舐めることで「橋をわたる」ことができる人間なのでした・・・。
かといって、早川青年は決して万能のヒーローではなく、引っ込み思案で人間関係が不器用な、どこにでもいる学生です。バイト仲間や女性講師との恋のういういしく描かれ、自分の能力に悩む姿は青春小説の主人公そのもの。
現代的なテーマも盛り込まれ、短いですがコクがある作品です。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.5.9


家に棲むもの (ホラー)
(小林 泰三 / 角川ホラー文庫 2003)

作者の第4短篇集。メルヘン風味のものからサイコスリラー、スプラッターなものまで、7つの短篇が収められています。

「家に棲むもの」:萩山家に嫁いだ文子は、年老いた義母の世話をするため、幼い娘と一緒に、義母の芳がひとりで暮らしていた夫の実家へ移り住みます(夫の武夫は単身赴任中で、同居はできません)。山奥に建つ家は天井が異様に高く、どこか湿ったかび臭い空気が漂っていました。元の持ち主が借金でトラブルを起こし、競売にかけられたところを、亡き武夫の父が買い取ったのだそうです。暮らし始めてみると、文子は屋敷に家族以外の何者かが潜んでいるのではないかと感じ始めます。娘のひかりは見知らぬお婆さんを見たと言い、姑の芳はボケてきたのか、次第に妙なことを口走るようになってきます。締め切られた納戸の奥で、文子が目にしたものは――。典型的な幽霊屋敷ものと思わせておいて、どんでん返しがあり、しかもラストはハッピーエンドという奇妙な力作です。
「食性」:肉を食べることに異様な執着を示す恋人・易子のところから逃げ出した語り手の青年は、狂信的な菜食主義者の練子と結婚しますが・・・。いずれにせよ、両極端は狂気に繋がりますよ、というお話。
「五人目の告白」:性別も年齢も異なる4人の手記が書かれた、1冊のノート。ひとりめは見知らぬ女に襲われたOL、ふたりめは若い女性の死体が裏庭にあると信じているオタク青年、3人目は殺人犯に追われる小学生の少女、4人目はひとりめと同じ状況で、捨てた愛人に襲われる男性。そして、5人目として、ノートになにかを記さなければならなくなる男は・・・。
「肉」:大学院でバイオテクノロジーを研究する郁美は、高校時代の同級生・星絵とファミレスで食事をしていましたが、やがて師事している助教授の異様な実験について語り始めます。そして、助教授の自宅に呼び出された郁美が見たものは――。
「肉食屋敷」に匹敵する、異様で、しかもちょっと間の抜けた世界が展開されます。
「森の中の少女」:母や兄と森で暮らす少女は、森から外に出ないように言われていました。外の世界には怖ろしいものがいる、と言い伝えられていたのです。しかし、つい森のはずれに出かけてしまった少女は・・・。ストレートなメルヘン・ホラー。
「魔女の家」:妻と暮らす主人公は、小学生時代に自分が書いたと思われるノートを見つけます。そこには、近所で「魔女の家」を見つけてしまった少年の、魔女との対決が書かれていました。しかし、読むまではそんな出来事のことはまったく覚えていませんでした。記憶をたどって、魔女の家があった場所に出向くと――。
「お祖父ちゃんの絵」:遊びに来た孫に、亡くなった祖父との若い頃の思い出を語るおばあちゃん。おばあちゃんの前にあるのは、祖父と自分の半生を描いた絵なのだそうですが(ルーグナ城の魔法のタペストリーのようなものですな)、語るうちに、おばあちゃんの話はだんだんと異様な方向に――。

オススメ度:☆☆☆

2007.5.10


昇竜剣舞4 ―伝説の異能者― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2003)

『時の車輪』の第7シリーズ第4巻です。
今回は、ケーリエンのアル=ソア周辺とエバウ・ダーにいるナイニーヴ&エレインの状況が交互に描かれます。
強大な力を秘めたテル=アングリアルを求めて物騒な港町エバウ・ダーに滞在しているナイニーヴとエレインの一行。アル=ソアのたっての頼みで護衛として同行したマットは女性陣に完璧に無視され、苛ついています。危険が近づくと頭の中のダイスが回りだすマットですが、そのダイスが絶え間なく回り続けているのも悩みの種でした。予感を裏付けるかのように、宿屋や街中で、次々とマットに刺客が襲い掛かってきます。
一方、権謀術数をめぐらすいくつもの勢力に取り巻かれ、ケーリエンにとどまっていたアル=ソアの許に、ひとりの異能者が訪れてきます。その名はカドスアン・メレードリン。何年も前に“白い塔”から姿を消し、伝説的な存在となっていた最長老の異能者でした。すべてをわかっているような表情で、カドスアンはアル=ソアに謎めいた言葉を投げかけます。心を乱されたアル=ソアは、部屋を訪れたミンと・・・。
カドスアンは、おそらく物語に登場するのは初めてでしょう。これまで名前程度はふれられていたかも知れませんが、まったく記憶に残ってはいませんでした。“白い塔”とも“小さな塔”とも違う立場のようで、これからどうストーリーにからんでくるのか楽しみです。

オススメ度:☆☆☆

2007.5.11


雷神基地 (SF)
(H・G・フランシス&クラーク・ダールトン / ハヤカワ文庫SF 2007)

『ペリー・ローダン・シリーズ』の第335巻です。
ラール人の脅威から逃れるため、ATGフィールドを使って太陽系全体を短期的未来に移行させたローダンですが、次の策として、太陽系内に恒星転送機を構築する計画を実行、それに基いて
前巻で白色矮星を太陽系に転送することに成功します。しかし、転送を受ける瞬間は太陽系を現実時間に復帰させざるを得ず、その瞬間をついて超重族レティクロンの艦隊が太陽系へ侵入して来ました。
今回は、その続きです。本シリーズにしては、なかなか濃い人間ドラマもありますが、これもやはりフォルツの影響でしょうか。

「雷神基地」(H・G・フランシス):レティクロンの腹心の部下、同じ超重族のエイモントプは、ATGフィールドの発生装置がある水星を攻撃する命令を受けていましたが、太陽系艦隊の警戒の厳しさに突入を諦め、矮星到着のどさくさにまぎれて海王星へ向かいます。海王星のガス大気中には、昔、超重族が建設した秘密基地“雷神基地”があったのです。ここに隠れて、破壊工作のチャンスを待つのがエイモントプの腹づもりでした。
この判断を批判した副長のカルトプは、身分を剥脱されてしまいますが、汚名返上をかけて決死隊の宇宙艇に密航します。かれらの狙いは、白色矮星を牽引ビームで安定させている巨大艦を乗っ取り、テラナーの計画をくじくことでしたが・・・。

「ハイパー空間をこじあけて」(クラーク・ダールトン):超重族の攻撃をなんとか退けたローダンは、恒星転送機の実験を敢行します。実験スタッフが乗り組んだ艦隊テンダーを、アトランが待つアルキ=トリトランスへ転送しようというのです。慎重に計算された計画は進んでいきますが、謎のエネルギー・チューブが出現し、テンダーは半空間につなぎとめられたまま連絡不能な状態になってしまいます。ラール人の仕業と見たローダンは、グッキー以下のミュータント部隊に出撃させます。超空間につながるエネルギー・チューブというアイディアを見て、なつかしの“レンズマン”シリーズを思い出してしまいました。たしかボスコーンも超空間チューブを通じて地球に攻撃をかけて来ましたよね(「第二段階レンズマン」)。

オススメ度:☆☆☆

2007.5.12


フリー・フライヤー (SF)
(米田 淳一 / ハヤカワ文庫JA 2003)

「ホロウ・ボディ」に続く、ハード・アクションSF『プリンセス・プラスティック』のシリーズ第3作です。
前作で宿敵として登場してきた国際的アトラクター(高度な技術を持ったクラッカー)、ラッティが、再び日本を中心とするアジア共同体にサイバーテロを仕掛けてきます。
ヒマラヤ上空を飛ぶ貨物飛行船が、何隻も消息を絶ち、船ごと積荷が奪われた後、乗組員だけが記憶を消されて戻ってくるという事件が続発します。新手の空賊が、付近を根城に暗躍しており、盗まれた物資は闇ルートでテロリストに渡っているものと思われました。事態を重く見た内閣調査庁は、戦艦クラスの火力を持つシファとミスティ、ふたりの女性型バイオロボットを貨物飛行船に乗り込ませ、敵の正体を探ろうとします。しかし、そこにはラッティの罠が待ち構えていました。
一方、バングラデシュに潜り込んだ軍事探偵・経川ケイコは、テロリストの資金源となっている闇商人のアジトを突き止め、南西太平洋上で訓練中のパワード・スーツ部隊を率いる盟友、香椎のりこに通報、歴戦の勇者・香椎が率いる部隊が現場へ向かいます。
しかし、その頃、アジア共同体のコンピュータ・ネットワークは、ラッティが送り込んだウイルスによって大混乱に陥っていました。
あらゆるデータが狂った中、シファとミスフィは全力を挙げて逆襲を開始します。
クライマックスのバーチャル空間での対決は、ありがちRPG風味ですが迫力と説得力があり(絶対、「機動戦艦ナデシコ」第12話の影響を受けていると思います(^^;)、“家内制空賊業”を営むビビデバビデ団は微笑ましく、前巻の幼女から10代半ばへと成長したハイパー・ホムンクルス、クドルチュデスはますます妖艶さ(?)を増しています。正面きっての対決は、次回でしょうか。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.5.13


不死鳥の剣 (ファンタジー:アンソロジー)
(中村 融:編 / 河出文庫 2003)

これはもう、嬉しくてたまらないアンソロジーです。
いわゆる“ヒロイック・ファンタシイ”、“剣と魔法”として表されるジャンルの物語の古典、代表的なヒーロー(一部ヒロインも)が活躍するエピソードの精髄を集めた傑作集。「ドラゴンクエスト」を初めとする中世風冒険RPGの原点、『グイン・サーガ』の原型がここにあります(特に初期の外伝「七人の魔道師」や「イリスの石」には、これらの先行作品の雰囲気が色濃く反映されていますね)。
幸い、ここで紹介された主人公たちの登場するシリーズは、近年、多くが復刊・新刊で出されていますので、ヒロイック・ファンタシイへの入門用としても格好の作品集となっています。
では、収録作品8篇をご紹介します。

「サクノスを除いては破るあたわざる堅砦」(ロード・ダンセイニ):このジャンルの物語の代表的エッセンスが凝縮された、初期のサンプル的作品。オーラスリオンの村人を夜な夜な脅かす邪悪な夢は、最強の魔術師ガズナクが送り込んでくるものでした。ガズナクが潜む城砦は堅牢であらゆる魔法に守られ、それを打ち破れるのはサクノスの剣のみ。領主の息子、勇敢な若者レオスリックは、サクノスの剣を手に入れるために、巨竜サラガヴヴェルグに挑みます。この設定だけで、わくわくしてくるでしょう?
「不死鳥の剣」(ロバート・E・ハワード):ご存知『コナン』シリーズの第1作。野蛮な北の国キンメリア出身のコナンは、アキロニアに悪政を敷いていた国王ヌメディデスを倒し、自ら王位に就いています。しかし、盗賊の長アスカランテ、騎士団長グロメルらはコナンを倒すべく反乱の陰謀をめぐらせていました。蛇神セトのしもべにして強大な魔術師だったトート=アモンは、力の源である指輪を奪われ、今はアスカランテの奴隷になっています。蜂起の晩、反乱軍はコナンの寝所を急襲しますが、指輪を取り戻したアモンも同時に行動を起こし――。
「サファイアの女神」(ニッツィン・ダイアリス):借金取りに追われ、自殺を考えていた中年男は、気付くと次元の扉を抜け、異世界に転生していました。そこで待っていた戦士ザルフから、自分はオクトランのカラン王であり、邪悪な魔術師ドジュル・グルムに記憶を封印されて地球へ追放さていたということを聞かされます(ゼラズニイは『アンバー』シリーズで同様のネタを使っていますね)。失われた記憶と――奪われた王国、美しい姫君を取り戻すため、カランは忠実なザルフと荒野の精霊の血を引く少年コトとともに、もうひとりの強大な魔術師アグノル・ハリトの下へ赴きますが、記憶を取り戻す代償として、サファイアの女神像を探してくるよう命じられます。
「ヘルズガルド城」(C・L・ムーア):このジャンルではおそらく初の女性の主人公、ジョイリーのジレルが活躍するシリーズの最後の作品(ムーアもこのジャンル初の女流作家かもしれません)。ガルロットの領主ギイに家臣たちを人質にとられてしまったジレルは、ギイの要求に従い、恐怖の城として知られるヘルズガルド城に隠された霊宝を持ち帰らなければならなくなります。200年前、ヘルズガルド城主アンドレッドは霊宝目当ての賊に教われましたが、八つ裂きにされても宝の在り処を明かさなかったといいます。そして、アンドレッドの死霊は今でも宝を守っており、城に足を踏み入れた者は二度と戻らないと言われていました。勇を鼓してヘルズガルド城に乗り込んだジレルは、場内に人がいるのに驚きます。アンドレッドの子孫を名乗るアラリックの虜となったジレルを、真夜中にアンドレッドの霊が襲いますが・・・。
「暗黒の砦」(ヘンリー・カットナー):ムーアの夫君カットナーの作品。故国サルドポリスを奪われ、屈強なヌビア人の従者エブリクとともに放浪する王子レイノル。正体不明の賊に同行の少女デルフィアをさらわれたレイノルは、そこに現れた謎めいた妖術師ギアールの助言を受け、マルリック男爵の隠れ家へ向かいます。しかし、デルフィアはギアールの姦計にかかって奪われ、レイノルは十重二十重の魔法の罠に囲まれたギアールの城砦へ乗り込んでいきます。
「凄涼の岸」(フリッツ・ライバー):『ファファード&グレイ・マウザー』シリーズの一篇。北国出身の蛮人ファファードと、魔術師あがりで“手術刀”と呼ばれる細身の短剣を操る小男グレイ・マウザーのコンビは、凶運の都と呼ばれるランクマーで、謎めいた黒衣の男に呪いをかけられ、船で西の海の果て、“凄涼の岸”へ向かいます。そこで待っているのは、おぞましき“死”――。
「天界の眼」(ジャック・ヴァンス):本業はSF作家のヴァンスが、はるか遠未来の地球を舞台に描いた「終末期の赤い地球」に始まるシリーズの1篇。主人公の悪党、“切れ者”キューゲルは、仲間にそそのかされて盗みに忍び込んだ魔術師イウカウヌの館で罠に落ち、命と引き換えに、かつて地上を襲った妖魔が遺したガラスの尖頭を手に入れてくるよう命じられます。その尖頭を目に埋め込むと、この世のものとも思えない風景が広がるというのです。尖頭があると言われるカッツの地を訪れたキューゲルが目にしたものは――。
「翡翠男の眼」(マイクル・ムアコック):ムアコックの代表作『エルリック・サーガ』の1篇、長篇「この世の彼方の海」の原型となった中篇だそうです。滅んだ自国を捨て、相棒ムーングラムとともにチャラルの都を訪れたメルニボネの皇子エルリックは、高名な探検家アヴァン公爵に請われて、西の古代大陸にあるという幻の都ルリン・クレン・アアを探す旅に同行することになります。トカゲ人間に襲われ、部下の多くを失いながら古代の都へ到着した一行は、都市を見下ろす翡翠の男の像と、“永生の定めを受けし者”に出会います。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.5.14


剣の門 (ホラー)
(桐生 祐狩 / 角川ホラー文庫 2003)

演劇の勉強をするためにニューヨークに留学している篠崎圭子。アクターズ・スクールでシェークスピアの「から騒ぎ」を公演することになり、準備に忙しい日々を過ごしていましたが、14歳の妹・瑛が日本からやって来ます。
瑛はいささか変わった性格の持ち主でした。よく言えば感受性が強く、素直で真正直で純粋無垢。悪く言えば、場の空気に無頓着で他人を疑うことを知らず、世間知らずで詐欺師のカモ候補ナンバーワン。ニューヨークの街にひそむ危険を承知している圭子は、常にやきもきしていなければなりません。そんな姉の気持ちを理解できない瑛は、恐れ気もなくスラムに出かけていき、ストリートミュージシャンや黒人の泥棒一家と仲よくなったりします。あげくの果てに、瑛は何も知らないまま押し込み泥棒の片棒を担がされ、圭子も巻き込まれることになってしまます。
折りしも、アメリカ東海岸を北上するように“ケーキサーバー”と呼ばれる連続猟奇殺人鬼がニューヨークへ近づいていました。被害者は、FBIのプロファイラーも途方にくれるような脈絡のなさで、幼女から少年、女子大生や中年の労務者にまで及びます。共通点は、通り名のように被害者の身体がまるで切り分けたかのように四肢と胴体、頭部がきちんとバラバラにされていること。しかも奇妙なのは、被害者が生きながら切断されたのは生体反応から明らかなのに、まるで苦しんだ様子がなく、逆に安らかな表情を浮かべて死んでいたことでした。
圭子の公演が行われる日、ついにニューヨークでも“ケーキサーバー”の犯行が行われ、市警の刑事・ケネスとミレディのコンビはFBI捜査官ドーソンに協力して捜査に取り組みます。そんな中、圭子と瑛が関係した窃盗事件の現場で発見された指紋が、“ケーキサーバー”のものと一致することが明らかになります。参考人として拘引された圭子がドーソンの尋問を受けているとき、思いがけない惨劇が――。
ここまでの道具立てを見ると、ヒロインが刑事たちと協力してシリアル・キラーと対決するという、典型的なサイコ・ホラーに見えます。ところが、実は大違い。ホラーマニアの定番的予想をことごとく覆す仰天の展開が待っています。イメージとしてはマイクル・スレイドと合作したクーンツでしょうか。キャラクター造型や背景となる世界観はクーンツ、伝奇的要素とスプラッターはスレイドという感じ。作中、ホテルのテレビで映画「キャリー」を見ていた軍の工作員がラストシーンを見て気絶してしまう場面がありますが(笑)、クライマックスは「キャリー」というより「フューリー」です。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.5.16


安達ヶ原の鬼密室 (ミステリ)
(歌野 晶午 / 講談社文庫 2003)

奇妙な構成の長篇(?)ミステリです。
まずはいきなり、童話風の挿絵付き物語「こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん」が始まります。ガチャポンで、人気特撮ドラマ「ナノレンジャー」のレアアイテムをゲットしたこうへいくんは、見せびらかしに公園へ行きます。同級生のゆみちゃんとたからものを見せ合っているうちに、ふたりとも枯れ井戸に落としてしまいます。井戸には鉄格子がはまっていて、取ることができません。物語はそのまま後半へ――。ひらがなを使い、“ですます”調の文体で童話風に書かれてはいますが、子供には理解できそうにない熟語がひらがなになっただけだったり、子供向けではありません。しかし、どのみち「安達ヶ原の鬼密室」などという本を子供が手に取るわけではありませんから、似非童話でもまったく問題ないのでしょう。
続いて始まるのは、アメリカ南部の地方都市を舞台にした学園ミステリ「The Ripper with Edouard―メキシコ湾岸の切り裂き魔」。日本から留学している高校生フセ・ナオミは、なかなかクラスメートに溶け込めません。しかし、ウェルカムパーティーの晩、同級生の運転する車でドライブに出かけたナオミは、思わぬところで殺人事件の被害者の死体と対面することになります。しかも、被害者はナオミが通う高校の上級生でした。ミステリ好きのナオミは独自に調査を始め、なにかと悪い噂がある上級生ビル・ハミルトンが手がかりを握っているとにらみます。危険を冒してビルの呼び出しに応え、いかがわしい盛り場へ出向いたナオミは――これもまた、「後半へ続く」となります。
そして、130ページを越えたところで、ようやく本編「安達ヶ原の鬼密室」が始まります。 終戦も迫っていた昭和20年の夏、国民学校の疎開先を抜け出した兵吾少年は、疲労で倒れ、気付くと、東京の実業家の別荘、地元では「鬼屋敷」と呼ばれる邸宅で寝かされていました。眠っていた兵吾は、二階の窓から覗き込む鬼の姿を目にしますが、兵吾を助けた留守番の老婆は夢を見たのだと取り合いません。しかし夕方、付近に墜落したという米軍機のパイロットを捜索中だという日本兵が4人、屋敷を訪れます。それが“黒塚七人殺し”と呼ばれることになる怪奇な連続殺人事件の始まりでした。
そして現代――。直観探偵・八神一彦の事務所に現れた依頼人は、兵吾の妹でした。昭和20年の惨劇を生き残った兵吾は当時の記憶をまったく失くしたまま成長しましたが、年老いて認知症を患うようになると、記憶がよみがえってきたというのです。兵吾が語る“黒塚七人殺し”の真相を解明してほしい、というのが依頼内容でした。現地に出向いた調査員の鴇子の推理を八神は一笑に付し、「展望風呂殺人事件」を思い出せと語ります。
そこから、鴇子が以前に調査を担当した「展望風呂殺人事件」という密室殺人の顛末が語られますが、これはこれで独立した短篇ミステリとしても読めます。
結局、この「安達ヶ原の鬼密室」は、4つの中短篇がゆるやかな入れ子構造になっているわけですが、4篇の話に共通点があることに気付くのは終盤になってから。とはいえ、作者の意図がどこにあるのかはよくわかりませんが、それほど成功しているとは言えないようです。
読後感は、「で? 結局、何がやりたかったの?」です。

オススメ度:☆☆☆

2007.5.18


QED 六歌仙の暗号 (ミステリ)
(高田 崇史 / 講談社文庫 2003)

マニアック歴史ミステリ『QED』シリーズの第2作です。
主人公の博覧強記の漢方薬剤師・桑原崇は、前作
「百人一首の呪」では、百人一首の札を握って死んでいた実業家の殺人事件の真相を暴くと同時に、百人一首の和歌に秘められた謎を解き明かしましたが、今回は京都を舞台に、現代の殺人事件と歴史上のミステリを見事に解決してくれます。
桑原や、後輩の棚旗奈々が卒業した明邦大学の文学部では、「七福神に関する論文は、一切禁止する」というルールができていました。数年前に、七福神を卒論のテーマに選んだ男子学生が京都で事故死し、半年前には七福神人形の収集を趣味にしていた薬学部の教授(布袋様というあだ名でした)が密室で変死し、その第一発見者が自宅で刺殺されるという事件が起きており、最後の被害者は漢数字の「七」に見えるダイイング・メッセージを血文字で書き残していたのです。「相次ぐ変事は七福神の呪いである」という投書が寄せられたことから、マスコミも騒ぎ始め、大学側も騒ぎを大きくしないために前述のルールを決めたのでした。
しかし、文学部4年の斉藤貴子は、あえて自分の卒論のテーマに七福神を選び、担当の木村助教授を説得してOKをもらいます。実は、数年前に事故死した男子学生は貴子の兄で、京都へ出かける前に「七福神は呪われている。その証拠をつかみにいく」と言い残していました。
兄の死の謎を解くために、七福神を調べようと決めた貴子は、先輩の棚旗奈々を通じて、日本史に造詣の深い桑原崇に協力を仰ぎます。たまたま、製薬会社が京都で主催する薬草園研修に参加する予定だった奈々と崇も、現地で貴子と落ち合って「七福神めぐり」をすることになりますが――。
平安時代の御霊信仰、言霊信仰を背景に、「七福神」に秘められた謎を解き明かしていくうちに、古今和歌集で紀貫之が言及した「六歌仙」との関係が浮かび上がってきます。現実の事件よりも、こちらの方が実にコクがあって、知的好奇心を満足させてくれます。井沢元彦さんの「逆説の日本史」(特に3巻「古代言霊編」あたり)と併読すると、さらに興味深く読めるかと思います。現実の事件の方は、序盤で、ある人物が不自然な言動をしているのに気付いて、犯人の見当がついてしまいましたが(^^;

オススメ度:☆☆☆☆

2007.5.19


カーニバル 一輪の花 (ミステリ)
(清涼院 流水 / 講談社文庫 2003)

「コズミック」「ジョーカー」に続く超絶ミステリで、はるかにスケールが大きい『カーニバル』五部作の第1作です。
「コズミック」で描かれた密室卿による「1年で1200人を1200の密室で殺す」という宣言から始まった連続密室殺人事件は、JDC(日本探偵倶楽部)の精鋭によってなんとか解決されました。
それから2年後の1996年夏。インターネットが爆発的に普及し始め、迫り来る世紀末に向けて世相も人心も動揺を隠せなくなっている中、ネットでひそやかにささやかれ、広がっていく不穏な噂がありました。それは『犯罪オリンピック』――。具体的には何も明らかにされず、噂の発信源も不明なため、JDC内部でもまだ真剣に受け取っている探偵は少なかったのですが、データを何より重視する“統計探偵”氷姫宮幽弥だけは、事態を深刻に受け止め、調査を進めていました。しかし成果は上がらず、氷姫宮はJDC総帥・鴉城蒼司の命により、パリにある国際探偵組織の総本山・DOLLへレンタル移籍することになります。
JDCにも激震が走っていました。第三班に属する探偵が麻薬所持で逮捕されるというスキャンダルが発覚し、スタッフは対応に追われています。そんな中、入院中の第一班班長・刃仙人の毒殺事件が発生、さらに「ジョーカー」事件の生き残りでJDCへの参加が決まっている星野多恵の家に、死者の名前で鉢植えと無気味なメッセージが届けられます。メッセージは“黒衣の推理貴公子”龍宮城之介によって解読されますが、このふたつの事件を知った総帥・鴉城蒼司はJDCの探偵(総勢350人!)に緊急招集をかけます。
全5巻におよぶ大作のプロローグという位置付けなので、舞台の紹介と主要人物の顔見せという雰囲気ではありますが、最後の2行によって、すべての予想は崩壊してしまいます。
冒頭に「読者への挑発状」というのがあって、興味をかきたてますが、ラストで謎を明かされてみれば、別に何てことはない(笑)。バタフライ効果のひとつの具体例でしかないです。
巻末付録に、「コズミック」と「ジョーカー」で、作者が仕掛けたけれど読者のほとんどが気付かなかった(笑)というネタバレ解説もあります。
物語は始まったばかり、すぐに続きに取り掛かるしかありません。

オススメ度:☆☆☆

2007.5.21


カーニバル 二輪の草 (ミステリ)
(清涼院 流水 / 講談社文庫 2003)

世紀末超絶ミステリ『カーニバル』五部作の第2巻です。
第1巻「カーニバル 一輪の花」のラスト、1996年8月10日の土曜日に発生した大事件を皮切りに、過去に類例のないスケールの大事件『犯罪オリンピック』がスタートしました。
この巻と次の「カーニバル 第三の層」では、以降、毎週土曜日の午後1時に世界各地で起きる超絶な不可能犯罪を中心に、『犯罪オリンピック』を唱導する国際秘密結社RISEと、DOLLやJDCの探偵たちとの壮絶な知略合戦が描かれます。なにしろ、“ビリオン・キラー”の犯行(現場には未知の物質で作られた髑髏が残され、MIBが目撃されています)に呼応するように全世界の死者が一気に増え、謎の死病の流行やら猟奇犯罪の頻発やらが続発します。
「二輪の草」には前半の13の事件が収められており、一話ごとに完結するエピソードがあると同時に、全体が大きなストーリーを構成するという流れになっています。世界各地の超古代史・オカルトスポットめぐりとも言えるモダンホラーじみたプロットは、収拾できるのだろうかという不安さえ覚えますが・・・(笑)。
では、各エピソードを簡単に紹介しましょう(ネタバレを防ぐため、どうしても奥歯に物が挟まったような書き方になってしまいますが)。

第1週「JDC本部ビル」:「一輪の草」のラストシーンから始まります。正体不明の犯罪者“ビリオン・キラー”によって崩壊したJDC。総代・鴉城蒼司は行方不明となり、動ける探偵は一握りしかいない状態になり、再起不能と思われたJDCを立て直し、総代代行に就任したのは、不良探偵・天城の高校時代の同級生で、稀代の弁舌家にしてナルシストの由比賀独尊でした。
第2週「エンパイアステートビル」:エンパイアステートビルでの事件が起きた頃、DOLL屈指のS探偵のひとりロンリー・クイーンは、かつて祖父が事件を解決した宿屋「双頭の犬」で、全米を震撼させていた連続猟奇殺人鬼“ディープ・カット”の事件の謎を解きます。
第3週「ストーン・ヘンジ」:「一輪の花」の冒頭で、パリのDOLLへ渡った統計探偵・氷姫宮幽弥。DOLLが誇るS探偵のひとり、フラウ・Dの助手になりますが・・・。
第4週「カッパドキア」:氷姫宮幽弥は、パリへ出張してきた龍宮城之介と九十九音夢の両探偵と再会、カフェーでお茶を飲みながら『犯罪オリンピック』の謎を解こうとしていましたが、かれらを奇怪な事件が襲います。
第5週「バミューダ・トライアングル」:視点ががらりと変わり、『犯罪オリンピック』の仕掛け人である秘密結社RISEの全貌が姿を現します。総統R・Sと16人の幹部、手足となる無数の“ドット”たち・・・。かれらの狙いとは――。
第6週「喜望峰」:巨大なシー・サーペントが出現したというアフリカ近くの大西洋を進む客船の上で、RISEの“ドット”マリオンと、JDCの探偵・鈴風鵜ノ丸が繰り広げる頭脳戦の結末は――。
第7週「マチュピチュ遺跡」:ペルーにあるインカ帝国の遺跡マチュピチュで起きた、大量全裸変死事件。捜査に赴いたのは、ファジー探偵・九十九音夢でした。音夢がつかんだ、コンビーフ缶の謎とは・・・。
第8週「エッフェル塔」:再び、舞台はRISEの本拠地・月虹神殿へと移ります。総統R・Sの素顔とは――。
第9週「シベリア鉄道」:精神を病んで入院していたJDC第1班班長・刃仙人は、自分を毒殺しようとした少年を誘拐し、シベリア鉄道で逃避行を繰り広げます。しかし、ロシアに名を轟かせる連続首切り殺人鬼“アムール虎”の影がちらつき、仙人は、乗り合わせたDOLLモスクワ支部の探偵とともに、事件に巻き込まれていきます。
第10週「ネス湖」:ネス湖の怪物に襲われ、皆殺しにされたテレビクルーと観光客。分を越えて、この事件のトリックに興味を持った“ドット”のひとりは、思いもかけぬ行動に出ます。
第11週「ナイアガラの滝」:JDCでは、“天才妊婦”の通り名を持つ名探偵が“ビリオン・キラー”の犯行を予見していました。RISEの魔手が彼女に伸びますが、その夫が失踪して――。
第12週「アマゾン麻薬工場」:コロンビアの麻薬シンジケートを束ねるボスのところへふらりと現れたのは、JDCを辞職した天城漂馬でした。
第13週「ボロブドゥール寺院」:ジャワのボロブドゥール遺跡で観光客相手の運転手兼案内人を務めるゲッペンは、黒衣の日本人(龍宮城之介)に声をかけられます。そこで発生した、何の変哲もないひとりの死が意味するものは・・・。

読んでいるうちに、もしかすると全体の根幹をなす大ネタはチェスタトンの某長篇小説と同じなのではないかと感じ始めたのですが・・・。まあ、最後まで読めばわかるでしょう(笑)。

オススメ度:☆☆☆

2007.5.24


カーニバル 三輪の層 (ミステリ)
(清涼院 流水 / 講談社文庫 2003)

「カーニバル 二輪の草」に引き続き、謎のテロリスト集団RISEが展開する“犯罪オリンピック”の超絶的大事件が描かれます。「一輪の花」でさりげなく、またはあからさまに張られた伏線が徐々にうごめき始め、ラストではRISEの意外な(というか、予想していた通りの)素顔が明らかになります。
「二輪の草」と同様、13の週に次々と起きる事件が、13の章で時系列を追って語られる構成になっています(前巻からの続きなので、第14週から第26章)。

第14週「摩天楼の新凱旋門ビル」:京都郊外にそびえる『龍宮城』で、内輪のささやかなパーティが開かれ、『龍宮城』に住む龍宮城之介・乙姫の姉弟と九十九十九・音夢の兄妹、そして星野多恵という、古くからJDCにかかわりの深い5人が未来に思いを馳せます。一方、パリでは氷姫宮幽弥とクリスマス・水野の目の前で――。
第15週「グリニッジ旧王立天文台」:ごく短い章ですが、ペルーへ出張した“黒衣の貴公子”龍宮城之介の身に異変が起きます。
第16週「イースター島のモアイ」:龍宮城之介の命を受けて、イースター島へ渡ったクリスマス・水野は、泊まった安宿で盲目の少女ジョイータと知り合います。ジョイータと水野の目の前で、モアイ像を凶器とした大量殺戮が発生――。
第17週「ナスカの地上絵」:龍宮城之介は、星野多恵改め風紋寺浄華とともに、ナスカ平原で発生したミステリーサークルの謎を解くために、ペルーに来ていました。イースター島からクリスマス・水野も合流しますが、その直後に――。
第18週「大坂城天守閣」:“犯罪オリンピック”と対決するJDCの名前が高まると同時に、JDC人気に便乗した様々なブームが起こってきました。JDCメンバーのコスプレをした人気バンド・JDCバンドが大坂城ホールでコンサートを開催することになり、DOLLのS探偵メイルとJDCのとんち少女探偵・サムダーリン雨恋は招待されて会場へ赴きますが・・・。
第19週「スカイビル空中庭園」:大坂城の事件の一週間後、有力な手がかりがあるとの情報を得て、JDC総代代行・由比賀独尊と補佐役のBOKU、探偵の牛若は梅田スカイビルへやって来ます。しかし、そこには“ビリオンキラー”の罠が待ち構えていました。
第20週「ギザの三大ピラミッド」:信頼していた人々の度重なる死に絶望したクリスマス・水野は、かつて兄(ピラミッド・水野)と旅行したエジプト・ギザを訪れます。そこで出会った老婆と少年から、兄の秘密を聞かされた水野は、ひとりでクフ王のピラミッドの頂上を目指します。
第21週「ピッツァとピサの斜塔」:イタリアへ出張したサムダーリン雨恋とS探偵メイルは、ピサの町で“ビリオンキラー”が引き起こした惨事に遭遇します。
第22週「グランドキャニオン」:梅田スカイビルの事件で重傷を負ったBOKUは、病室を訪れた元JDC第1班班長代理・霧華舞衣と近況を語り合い、総代代行・由比賀独尊への疑念を初めて口にします。一方、アメリカのグランドキャニオンでは――。
第23週「ノイシュバンシュタイン城」:JDCのファジー探偵・九十九音夢は、失踪したDOLLのS探偵レムリア・サリバンの足跡を追ってギリシアへ向かい、デルファイ神殿で得た情報を元に、ドイツの古城ノイシュバンシュタインへ赴きますが――。
第24週「コスタリカの巨大石球」:不良探偵・天城漂馬は、盗まれたIDカードの謎を追ってアメリカへ渡ります。極度の船酔いと高所恐怖症を克服するために、同僚に催眠術をかけてもらいますが、それをきっかけに封印していた幼い頃の記憶が甦ります。JDC総代・鴉城蒼司の実家で起きた酸鼻を極める事件、鴉城家殺人事件の真相を――。
第25週「アイスランド地底牢獄」:天城漂馬は、自分のニセモノを追い、麻薬シンジケートのアンジェラに伴われて、手がかりを追ってメキシコのアカプルコへ赴きます。漂馬の後を追って、JDCの牛若とDOLLのロンリー・クイーンの両探偵もアカプルコへやってきますが、とき既に遅く・・・。
第26週「地球を包む流血の赤道」:パリの氷姫宮幽弥は、S探偵フラウ・Dの秘密ファイルを開き、驚くべき事実を知ります。そして、RISEの空中要塞で明かされる、幹部たちの正体とは――。

さらに怒涛の展開となって、第4部・5部へ続きます。

オススメ度:☆☆☆

2007.5.27


怪奇現象博物館 フェノメナ (オカルト)
(J・ミッチェル&R・リカード / 北宋社 1987)

数あるオカルト本の中では、一種の古典とも呼べる本です。ベテランの超常現象マニア(?)ならば、まず必ずこの本を読んでいるのではないかと思います。20年前、書店で立ち読みしただけで、買わないうちに新刊書店から姿を消してしまったため、中途半端なままになっていたわけですが、某古書市で見かけたため(しかも安かった)、つい購入してしまいました。
とはいえ、やはり書かれた時代が古い(原書の出版は1977年)ですから、内容もそれなりのもので、現在では捏造と判明していたり、科学的に説明がついてしまったりしているエピソードも堂々と書かれています。また、現代の一部のオカルト本のようにセンセーショナルな書き方をしていないため、今となってはあまりインパクトはありません。
ただ、著者のスタンスとして特筆すべきは、淡々と超常現象をいくつも並べているわけですが、決して分析したり説明を加えようとせず、ある意味では解説を放棄してしまっている点です。世の中には、科学で説明できない事象(著者は「幻象」と呼んでいます)がこんなにたくさんあるんですよ、それは認めましょうよ――と訴えているだけで、超常現象を認めろと声高に主張する凡百のオカルト・ライターよりも、はるかに好感が持てます。でも説得力があるわけではありませんが(笑)。
今となっては、古典またはオカルト分野の歴史資料として読むしかないのかもしれません。

オススメ度:☆☆

2007.5.28


砂漠の戦争 (ノンフィクション)
(アラン・ムーアヘッド / ハヤカワ文庫NF 1999)

第二次世界大戦の北アフリカ戦線で繰り広げられた連合国軍と枢軸国軍の戦いを描いたドキュメント。著者ムーアヘッドは、大戦当時「デイリー・エクスプレス」紙の従軍記者として実際に北アフリカ戦線におり、自分の目で見た砂漠の戦争の真実を過不足なく記録しています。
1940年(日本が太平洋戦争に突入する1年以上前)、現在のリビア地方を占領するイタリア軍に対して、イギリス軍がエジプト方面から反撃の口火を切ります。それが、北アフリカの砂漠地帯で機甲師団を主体として戦われた消耗戦の始まりでした。
イタリア軍を蹴散らして地中海沿岸の要衝を確保したイギリス軍に対し、今度はロンメル将軍が率いるドイツ陸軍戦車部隊が襲い掛かります。優勢なドイツ軍に押しまくられて再びエジプトへ撤退した連合国軍ですが、アメリカ軍の増援により、エルアラメインの戦車戦で、戦局は決定的な転換点を迎えることになります。
この本は、連合軍がチュニジアの首都チュニスを占領したところで終わっていますが、その後、連合軍はシチリア島への侵攻を足がかりにイタリア本土へ上陸、戦況は雪崩を打って連合国に有利に傾いていくことになるわけです。
第二次世界大戦に関する本はかなり読んでいましたが、アフリカ戦線はなぜか守備範囲から外れていたため、本格的に読んだのはこれが初めてでした。従軍記者だったムーアヘッドは実体験に基く日常的な記述が多く、一般の戦記ものにあるような大所高所から俯瞰した内容が少ない分、誇張のない戦線の実情が明確に描かれていると言えます。その意味では地味ですが、太平洋戦争の戦記ものと違って悲壮感が少ないのは、日本が当事者ではないところと、最後の一兵まで戦い玉砕するという考え方がなく、負けそうになれば比較的あっさり降伏するというヨーロッパ人の姿勢にもよるのでしょう。

オススメ度:☆☆☆

2007.5.29


カーニバル 四輪の牛 (ミステリ)
(清涼院 流水 / 講談社文庫 2003)

世紀末超絶ミステリ『カーニバル』の第4作。
この巻の前半では、「二輪の草」から「三輪の層」のラストにいたる半年間、“犯罪オリンピック”の上半期の事件の流れが再度、放浪の少年探偵・犬神夜叉の一人称で描かれます。
犬神はJDCには属さない私立探偵でしたが、たまたま九十九十九と協力して事件の捜査に当たっている際に8月10日の大事件に遭遇し、そのまま九十九の助手として、九十九に脅迫状を送りつけてきた謎の人物・九十九邪鬼の正体を探ることになります。
RISEによる世界的な怪事件と並行して、日本でも続発する怪奇犯罪のいくつかが、犬神をはじめとする日本の探偵たちの手で解決されますが、犬神が謎を解いた“猿仮面事件”、講談社から出版された「コズミック」「ジョーカー」のノベルス版の本を凶器とした“CJ連続撲殺事件”、京都府警の関係者が次々と惨殺される“三猿鬼連続殺人事件”などは、この「カーニバル」の舞台背景無しには、ナンセンスでリアリティのかけらもない、ただのおバカ・ミステリに終わってしまったでしょう。でも、“犯罪オリンピック”というリアリティが別のものに変貌してしまった世界では、なぜか「こういう事件も有りか」と強引に納得させられてしまいます。
そして、犬神夜叉の独白の終わりとともに、“犯罪オリンピック”は下半期へと突入し、それを記念しての空前絶後の同時多発破壊工作“水晶の悪夢(クリスタル・ナイトメア)”が勃発します。週に一度の“ビリオン・キラー”による超常現象的事件も相変わらず起きますが、上半期の大量殺人から変化し、被害者のない不可思議現象という側面が濃くなってきます。
「三輪の層」の終盤でRISEに拉致されたJDCの探偵たちも、空中要塞“神聖城”の中で過ごすうちにRISEの秘密を少しずつ知っていきます。そしてついに、RISEの幹部たちの真の正体が明かされることになりますが・・・。
――そんなのあり?(汗)

オススメ度:☆☆☆

2007.6.2


天使の事典 (事典)
(ジョン・ロナー / 柏書房 1999)

オカルトがらみの事典類は、相当持っています。「悪魔の事典」、「地獄の辞典」、「魔女と魔術の事典」、「妖怪と精霊の事典」、「吸血鬼の事典」etc.
で、古書市で見つけて値段が手ごろだったので買ってみたのが、この「天使の事典」。
ちょっと期待外れでした。
確かにそれなりの項目が盛り込まれているのですが、どれも内容が通り一遍で薄っぺらいのです。同じ天使の雑学本ならば、トム・ゴドウィンの「天使の世界」の方が、はるかに系統立ってまとまっています。
また、著者はスピリチュアルな事象のビリーバーで、天使が実在していると信じているらしく、「天使と出会った」「天使に助けられた」人々の体験談の紹介に、かなりの紙面を割いています。だから、逆に書いてあることすべてが嘘っぽく感じられてしまうという悪循環。
天使や堕天使についてリサーチをするうえでの取っ掛かりにはなるかも知れませんが、前述のゴドウィンの「天使の世界」とフレッド・ゲディングズの「悪魔の事典」が手許に揃っていれば、この「天使の事典」は必要ありません。

オススメ度:☆☆

2007.6.4


カーニバル 五輪の書 (ミステリ)
(清涼院 流水 / 講談社文庫 2003)

超絶ミステリ『カーニバル』五部作の最終巻です。
下半期へと入った『犯罪オリンピック』は『犯罪ビッグバン』と名前を変えてさらにエスカレートし、地球人類は間近に迫った終焉の日『カーニバル・デイ』に怯えています。
史上最大のテロリスト集団“RISE”の幹部たちの正体も明かされ、JDCやDOLLの名探偵たちも次々と移動要塞“神聖城”に集結してきます。“RISE”が敵対する、歴史の裏社会を牛耳ってきた謎の集団とは何か。“ビリオン・キラー”が引き起こした超常現象的犯罪の究極トリックの正体とは――。そして、人類を滅亡に追い込む“コズミック・ボム”とは・・・。
逆転に次ぐ逆転、幾重にも張り巡らされた欺瞞と駄洒落とミスディレクションの末、人類の命運がひとつの謎謎に託されるクライマックス(キングの『ダーク・タワー』の1シーンのパクリ?)は、ばかばかしくも清々しく、作者の掌中で好き放題に転がされた快感に打ち震えることになります。あまりに臆面のないネタの数々が納得できてしまうのは、取りも直さず、荒唐無稽驚天動地何でもありの、描きこまれた舞台設定の賜物でしょう。
確かに、“ビリオン・キラー”が使ったトリックの謎解きは、論理的ではあっても確証的でなく、本格ミステリファンからは総スカンを食うようなものでしょう。でも、気にしない気にしない。この物語がそういう構造(構想?)を持っていることは、犯罪現場に遺されるあの不思議アイテムを見ただけで、自明だったわけですから。『カーニバル』はミステリの装いを凝らした伝奇SFモダンホラーなのですから。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.6.5


ドゥームズデイ・ブック(上・下) (SF)
(コニー・ウィリス / ハヤカワ文庫SF 2003)

1992年度のヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞という英語圏のSF賞を総なめにした時間テーマSFの大作――という説明にひかれましたが、作者ウィリスは初読みということもあって、あまり大きな期待をせずに読み始めました。
2054年、過去への時間旅行が可能となった近未来が舞台です。中世史を専攻する女子大生キヴリンは、実地研究のために14世紀初頭のイギリスへ送られることになります。指導教官のひとりダンワージーは、中世へ生身の人間を送るのは危険すぎると反対しますが、学部長代理のギルクリスト教授は自分の名誉欲のため、中世イギリスの危険度を過小評価してキヴリンを送り出します。
ところが、キヴリンが出発した直後、担当技術者バードリが原因不明の熱病で倒れ、キヴリンの“降下”がうまくいったのかどうかわからなくなります。心配したダンワージーは状況を確認しようとしますが、折からのクリスマス休暇で必要な人材には連絡がつかず、さらにバードリの熱病が周囲に広がったため、オックスフォード一帯は隔離され大混乱に陥ってしまいます。
一方、14世紀のイギリスへ到着したキヴリンですが、予定されていた街道沿いとは異なる森の中に出現してしまい、いきなり熱病に侵されてしまいます。熱に浮かされたキヴリンは若い男に助けられ、村へ運ばれますが、そのせいで自分の“降下地点”がわからなくなる破目に。2週間後に“降下地点”にいない限り、元の世界へ帰ることはできません。ようやく回復したキヴリンは、地元の貴族ギヨーム卿の家族だという一家と暮らし始めます。しかし、キヴリンを森から連れ出した剣士ガーウィンはギヨーム卿の妻エリウィスに道ならぬ恋をしているらしく、それを快く思わない姑レイディ・イメインの命令で使いに出されてしまいます。このままでは“降下地点”がわからないキヴリンは、一家の娘アグネスとロザムンドの世話をしながら、なんとかガーウィンと話をしようとしますが、村には恐るべき疫病が襲いかかろうとしていました。
21世紀のオックスフォードでも、事態は混迷の度合を増していました。14世紀のキヴリンを描くパートは、きめこまかな歴史小説の趣なのに対し、こちらは大勢の際立ったキャラクターたちがすれ違いと勘違いの大騒ぎを演じるスラップスティック・サスペンス風味。キヴリンの無事を確認しようと必死のダンワージー、ダンワージーの助手で指示されないと何もできない(その代わり、具体的に指示されれば何でもしっかりとこなす)フィンチ青年、権力欲と自己保身の塊のギルクリスト、重要な事実をつかんでいるのに熱病に浮かされて言葉にできないバードリ、熱病の解明に献身的にあたるベテラン女医メアリ、メアリの姪の息子で知恵がはたらき行動力もある少年コリン、病弱な(?)息子の身を心配して隔離封鎖を強引に突破してきた猛女ミセス・ギャドスン、でも当の息子ウィリアムは母親と出くわさないように隠れながら大勢のガールフレンドとよろしくやっています。そして、ちょっと医学知識がある(あるいはメディカル・サスペンスを読みなれた)読者なら、熱病の原因も見当がついてしまうのですが、登場人物がなかなかそのことに気付かないという焦燥感にさいなまれることになります。
終盤に至って、すべての謎がほどけはじめ、絶望と思われていた事態に光明がさしてくると、それまで延々と感じていた焦燥感は一気に期待感に変わり、クライマックスまで本を置くことができなくなります。この未来パートの展開は、ハインラインの「夏への扉」のクライマックスと同じ感覚。一方、あくまで淡々と重厚に描かれる14世紀の出来事は、けなげで必死なキヴリン、レディ・イメインにさげすまれながらも村人たちのために献身的に働く田舎司祭ローシュなど、深く胸を打ちます。そして、書こうと思えばいくらでもドラマチックに盛り上げられたと思いますが、抑えた筆致で淡々と描かれるラストもかえって印象深く、心に残ります。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2007.6.9


時間ダイヴァー (SF)
(ハンス・クナイフェル&エルンスト・ヴルチェク / ハヤカワ文庫SF 2007)

『ペリー・ローダン・シリーズ』の第336巻。
“七銀河の公会議”を牛耳るラール人と、その手下として“銀河系第一ヘトラン”に就任した超重族レティクロンの脅威にさらされている太陽系。ローダンたちは、人類が生き延びる手段を模索し続けています。

「時間ダイヴァー」(ハンス・クナイフェル):ATGフィールドの力で相対未来に隠れている太陽系ですが、ラール人の科学力をもってすれば、フィールドが破られるのは時間の問題でした。ローダンら太陽系帝国幹部が心配していた通り、ラール人は“時間ダイヴァー”と名付けられた構造物を投入してきます。“時間ダイヴァー”を使えば、短時間ですがATGフィールドの時間の壁に亀裂を生じさせることができます。単発ならば大きな脅威ではありませんが、同時多発的に使用されれば、太陽系は現在時間に戻され、無防備に攻撃にさらされることになります。
時間ダイヴァーの量産工場の場所を突き止めたローダンは、ミュータントやUSOのスペシャリストを中心とした特殊コマンドを編成し、破壊活動を敢行します。

「テラのカウントダウン」(エルンスト・ヴルチェク):太陽系帝国を遠く離れた辺境のUSO秘密基地ポタリ=パネでは、不穏な空気が漂い始めていました。ローダンが太陽系帝国を見捨てて逃げ出すという噂がまことしやかに流れ、基地司令も予想できなかった反乱の芽が生まれようとしています。実は、この基地には太陽系帝国の未来の鍵を握る秘密が隠されていたのですが・・・。
ラール人の脅威から人類を救うための、ローダンの大計画は徐々に明らかにされ、カウントダウンに入っていきます。決行はいつか?
その結果どうなってしまうかは、実は「ローダン・ハンドブック」を読んだので知っているんですが(^^;

オススメ度:☆☆☆

2007.6.11


アラマタ図像館2 解剖 (ノンフィクション)
(荒俣 宏 / 小学館文庫 1999)

荒俣宏さんが秘蔵の稀覯本から厳選した図版の数々ををテーマ別に紹介する、全6巻の「アラマタ図像館」の第2巻。第1巻「怪物」を読んでから、もう3年半も経ってしまいました。
第2巻のテーマは「解剖」です。
ルネサンス以降、人体の内部がどのようになっているのかを細密に描写した銅版画を集めた解剖書が、主にヨーロッパで次々と出版されました。最初はグロテスクなだけだった図柄も、やがて裸婦の解剖図を中心としたエロティシズムを色濃くたたえたものまで出てくるようになります。それもそのはず、下世話な話ですが、当時ヌードを堂々と描けるのは、宗教画か学術画しかなかったわけです。
紹介されている中で、モノクロの精密な銅版画は幻想的な雰囲気をたたえていますが、多色刷り図版はかなりグロです。たしかに芸術性も感じられますが、ちょっと正視するには抵抗があります。これなら寄生虫のカラー写真の方がよほどきれいです(笑)。実際、寄生虫好きになった原点は、中学校の理科室にあった、人体の内臓模型の消化器内部に回虫や条虫(もちろん作り物)がうごめいているのを飽きずながめていたためなのですが。その意味では解剖図もさほど嫌いではありません。
西洋の図版よりもインパクトがあったのは、「三之助解剖図」という江戸後期(「解体新書」の20年後)に描かれた、日本の死刑囚の解剖絵でした。色使いやら描き方が、洋物よりも生々しいです。
普通の人には、あまりお勧めできません(笑)。

オススメ度:☆☆

2007.6.12


薔薇十字団 (ノンフィクション)
(クリストファー・マッキントッシュ / ちくま学芸文庫 2003)

17世紀初頭にヨーロッパに現れ、オカルティズムの世界で一世を風靡した“薔薇十字運動”。
120歳以上も生きたというクリスティアン・ローゼンクロイツが創始者だとされ、錬金術やフリーメースンとも関連が深く、ゲーテやベーコンなどの著名人も関係していたという“薔薇十字運動”を源流として、いくつもの秘教的秘密結社が栄枯盛衰をきわめ、現代でもオカルト団体として世界各地で脈々と息づいているといいます。
薔薇十字の歴史をひもとけば、サン・ジェルマン伯爵、カリオストロ、アレイスター・クロウリー、グルジェフなど、オカルト・魔術関係の大物が次々と出現してきます。著者マッキントッシュは豊富な資料を駆使して、秘密に満ちた薔薇十字運動(固定された“薔薇十字団”という結社が連綿と続いてきたと考えると誤解を招きます)の歴史的・思想的背景をわかりやすく解き明かしてくれます。ただ、あくまで学術書で、センセーショナルなオカルト本ではありませんので、理解するにはかなりの読解力を必要とします。
でも、350ページで1400円というのは、ちと高いです(ちくま文庫、特に学芸文庫では、このくらいの価格はザラですが)。

オススメ度:☆☆

2007.6.14


猫たちの聖夜 (ミステリ)
(アキフ・ピリンチ / ハヤカワ文庫NV 1997)

1989年度のドイツ・ミステリ大賞を受賞した猫ミステリ――ということで、楽しみに読み始めました。
主人公の雄猫フランシスは、孤独だけれど脳天気な売れない小説家グスタフの飼い猫。グスタフが引っ越した先は、高級住宅街の片隅にひっそりと建つ、くたびれた三階建ての一軒家でした。
さっそく近所の探検に出かけたフランシスは、全身傷だらけの古参猫・青髭と出会います。青髭が覗き込んでいたのは、無惨に喉を噛み破られた同類の惨死体。しかも、青髭の話では、最近、似たような事件が続発しているといいます。持ち前の好奇心にかられた(ことわざ通りですな)フランシスは、この連続殺猫事件の謎を解こうと、事情通の青髭の協力を得て捜査に乗り出します。
粗暴なボス猫コングと腰巾着のヘルマン兄弟に脅されたり、老猫ヨーカーが主催する、昔の殉教者(殉教猫?)クラウダンドゥスを聖者としてあがめるカルト教団(もちろん猫の)の集会に入り込んだり、事件の物音を聞いたという上品な盲目の家猫フェリシタスに淡い恋心を抱いたりした末、フランシスはパソコンを操る老賢者(もちろん猫ですよ)パスカルの知己を得ます。パスカルは飼い主の留守中にパソコンを駆使し、周辺で暮らす1000匹近い猫のデータベースを作り上げていました。パスカルとフランシスはデータを分析し、連続殺猫事件になんらかのパターンを見出そうとします。
ある晩、気晴らしにネズミ狩りに出かけたフランシスは、自宅の地下室で、十数年前この家で動物実験を繰り返していた研究者プレテリウス教授の日記を見つけます。その日記には、成功の鍵を握る実験動物としてクラウダンドゥスという名前が挙げられていました。
猫が主人公のミステリという紹介文から、
“シャム猫ココ”シリーズのようなほのぼの系ミステリを期待すると、見事に裏切られます。モダンホラーに通底するジャンルミックス作品で、サイコ・スリラーであり、バイオ・サスペンスであり、マッドサイエンティストSF風味もあり、フランシスがたびたび見る悪夢はダーク・ファンタジーです。また、完全に猫の視点から語られる日常も、人間から見れば異世界冒険小説のイメージ。テイストは「ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち」と共通しています。
冒頭、フランシスの哲学的なモノローグが続く箇所は、ちととっつきにくいですが、実際にフランシスが行動に移ってからは謎解きと冒険の風味がマッチしてテンポも上がり、あとは一気呵成。壮大な(?)真相までぐいぐいと引っ張って行かれてしまいます。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.6.16


雲なす証言 (ミステリ)
(ドロシー・L・セイヤーズ / 創元推理文庫 2002)

「誰の死体?」に続くセイヤーズの長篇第2作です。
「誰の死体?」事件を解決した貴族探偵ピーター・ウィムジイ卿は、気ままなコルシカ旅行に出ていましたが、立ち寄ったパリのホテルで目にしたタイムズ紙の見出しに驚きます。なんと、実兄のデンヴァー公爵が殺人の容疑者として逮捕されたというのです。デンヴァー公爵の拳銃で撃たれて死んだ被害者は、妹メアリの婚約者キャスカート大尉で、その晩、婚約をめぐってデンヴァー公爵と口論していました。
忠実な従者バンターとともに急いで屋敷に取って返したピーターは、事件を担当していた旧友、スコットランドヤードのパーカー警部と合流し、兄の嫌疑を晴らすべく捜査を始めます。しかし、兄デンヴァー公爵も妹メアリも、本当のことを話しているようには思えません。デンヴァー公爵は黙秘権を決め込み、メアリは仮病を使って誰とも会おうとせず、事件当夜に屋敷に居合わせた客の証言は決め手になりません。庭を調べたピーターとパーカーは、未知の人物の足跡やサイドカーのわだち、なにか重いものが置かれた跡を見つけ、銃撃現場の近くで猫をかたどった高価なアクセサリーを見つけます。近所の農場に聞き込みに行けば、すこぶるつきの美人妻と嫉妬深い暴力夫に犬をけしかけられ、手がかりを追ってロンドンへ出向けば、危うく撃ち殺されそうになります。
その後もピーター卿は底無し沼にはまったり、飛行機で嵐の中の決死行を演じたり、イギリス伝統の冒険小説の主人公張りの行動力で事件を解決に導きます。
トリックは正直いって大したことはないので、偶然とすれ違いと勘違いに全員が振り回される波乱万丈の物語そのものを楽しむことが肝要です。

オススメ度:☆☆☆

2007.6.19


暗黒祭 (ホラー)
(今邑 彩 / 角川ホラー文庫 2003)

伝奇ホラー『蛇神』シリーズ四部作の完結編です。
第1作
「蛇神」で自分の出生の秘密を知った葛原日美香は、かつて都落ちした物部氏が築いたという信州の日の本村の宮司・神聖二と養子縁組をし、神の巫女・日女(ひるめ)として先祖代々伝わる家伝書の読解に取り組んでいます。日美香の胸には、蛇のウロコのような“しるし”がありました。
また、村に縁が深く、次期総理の呼び声高い政治家・新庄の次男・武も、受験勉強のため日の本村の神家に滞在しています。第2作「翼ある蛇」で犯人に刺され重傷を負った武の背中にも、蛇のウロコを思わせる痣ができていました。神聖二は、日美香と武を結婚させることで、家伝書に記された予言を成就しようとします。
一方、日の本村を探りに行った元恋人の私立探偵・伊達に失踪された喜屋武蛍子は、マスコミにも取り上げられた幼女誘拐事件に日の本村がからんでいるのではないかと疑い、話を聞いたフォトジャーナリストの鏑木が、7年に一度の村の大祭の取材という名目で日の本村を探りに訪れます。しかし、聖二の弟・郁馬は蛍子の身辺を探っていました。村の秘密保持のために強硬手段を取ろうと主張する郁馬は、煮え切らない聖二の態度にしびれを切らし、独断専行に走ろうとします。
神家の面々、日の本村の村人たち、その謎を探る蛍子や鏑木など、各人の思惑が複雑に絡み合う中、大祭の夜が刻々と近づいてきます・・・。
第3作「双頭の蛇」を読んだとき、クライマックスになだれ込んでいく“つなぎ”の巻なので物語が地味だと感じたのですが、この巻も同じように地味でした。目立った事件が起きないという点では、四部作の中でも一番かも知れません。村の謎を探る蛍子たちの動きはほとんど描かれず(この点は物足りません)、聖二・日美香・武・郁馬を中心とした人間ドラマが柱になっているからでしょうか。描きようによっては古代の邪神が復活するスペクタクルホラーにもなっていたかも知れませんが、そのような展開にはなりませんでした。これは、作者が本質的にはミステリ作家でありホラー作家ではないからだと思います。
いくらでも続篇が書けるような含みを残した結末ですが、今のところ続篇が書かれる気配はないようです。

オススメ度:☆☆☆

2007.6.21


死者たちの謝肉祭 (ミステリ)
(栗本 薫 / 角川文庫 2003)

大正から昭和初期にかけて、平安時代から連綿と続く貴族の名家、大導寺家の盛衰を描く大河浪漫シリーズ『六道ヶ辻』の第5巻。今回、ついに時代は戦後へ移ります。
昭和20年秋――。左半身に火傷を負った大男の復員兵・西郷は、浅草の闇市で地元のごろつきに追われていた少年・未知夫を助けたのが縁で、ストリッパーもどきの踊り子・朱理のバラックへ転がり込み、身寄りのない同士、未知夫と3人で暮らすようになります。当時、周辺では『人食い鬼』と呼ばれる、娼婦や踊り子を殺害してはバラバラにして乳房や局部を持ち去るという連続猟奇殺人が起きており、女子供だけの生活は物騒でした。
朱理の出演する劇場の用心棒となった西郷は、17歳の美少年・雅臣と知り合います。雅臣は、踊り子のひとり、茜を慕う従兄弟の薫(早世した薫の母親の名が茜)に付き添うのと同時に、ある目的を持ってこの界隈に頻繁に顔を出しているのでした。
そんなとき、もっとましな収入を求める西郷は、朱理の紹介で地回りの顔役『竜』に会います。死と暴力の臭いを漂わせた男、『竜』の正体とは――って、これまでシリーズとずっと付き合ってきた読者には見え見えですが。
戦争が人の心になすりこんだ深い闇と虚無を描きながら、平安の世から続くもうひとつの大道寺家(発音は同じ「ダイドウジ」ですが、一文字だけ違います)と大導寺家との確執が浮かび上がってきます。
本シリーズ、あと1巻で完結するとのことです。

オススメ度:☆☆☆

2007.6.22


ドグマ・マ=グロ (ホラー)
(梶尾 真治 / 新潮文庫 2003)

タイトルを見ただけで、また冒頭の場面、暗闇で「・・・ヴィイィ―――ンンン―――」という妖しい振動音が響いてくるのを読んだだけで、この作品が戦前の夢野久作の一大幻妖小説「ドグラ・マグラ」へのオマージュであることは明らかです。
片田舎の丘の上に建つ培尾総合病院の新人看護師・由井美果は、初めての夜勤当直に緊張していました。この病院は戦前は陸軍病院で、戦時中には米軍の捕虜を実験台にした生体実験が行われていたと噂され、夜な夜な“首なし軍人”の幽霊が徘徊するという怪談もささやかれています。先輩看護師からは鬼軍曹のごとく恐れられている婦長・柚佳子とふたりきりで当直するうち、ブザーが鳴って救急外来へ向かった美果は、年齢不明の小男が倒れているのを見つけます。精神に障害があるのか意識が混濁しているのか、男は意味のわからない言葉をつぶやくばかり。すると、二人の前に、どこからともなく武器を構えた黒ずくめの男たちが現れます。拉致された美果の前で展開される、この世のものとも思えない惨劇。こうして一夜だけの怪奇と幻想の壮絶なドラマが幕を開けます。
序盤から中盤にかけては、怪異の進行と並行してグランドホテル形式で多彩な登場人物が紹介され、ストーリーが進むにつれて必然と偶然の絡み合いの中で様々な人間ドラマが展開されていきます。脳出血で集中治療室に入院している右翼政治結社の頭目・福岡久作(ここでも、福岡出身で父親が右翼の大物と親交が深かった夢野久作を意識していますね)と、付き添う15歳の結社員・漱彦。漱彦はコーヒー代を貸してくれた美果にほのかな想いを抱きます。何十年にもわたって勤務し、病院内のことは知り尽くしている冷徹な柚婦長と、アルコール依存症のさえない警備員・内藤。ふたりの間にはなんらかのいわくがあるようです。看護婦をナンパしてSEXしたいという短絡的な欲望から病院へ忍び込む暴走族少年・薫平と亀吉。部屋の鍵を忘れたためにボーイフレンドとデート中に病院へ立ち寄った看護師・千晶は、出まかせとハッタリと色仕掛けだけで世渡りしている軽薄女です。リューマチで入院していた老女・ケサは強力なサイキック能力の持ち主で、病院内の異変を察知し、同室の老人ボケ患者たちと探検を始めます。さらに、戦時中に軍の人体実験を逃れて、以降何十年も天井裏で暮らしてきた元米軍捕虜や、死してなお強烈な残留思念を遺す“首なし軍人”、院内の機密施設を牛耳るマッドサイエンティストの院長、その秘密計画に関与する黒装束軍団のリーダー・薔薇垣。それ以外にも右翼団体メンバーや黒装束軍団の兵隊など、大勢のキャラクターが登場しますが、ほんの端役のひとりひとりまでがきめ細かく描かれ、しかも各自にちゃんと見せ場が用意されています(このあたりはマキャモンの「スティンガー」や
「スワン・ソング」的)。
また、キャラクターがどこか間が抜けていたり、強面の人物が意外な弱みを垣間見せたり、逆に頼りないと思われていた人物が大活躍したり、思わぬカップルや和解が生まれたり、おぞましい怪物が暴れて多数の人が死ぬのに、どこか全体的にほのぼのとした雰囲気が漂っているのは、まさに梶尾さんワールドの真骨頂でしょう。特にケサ婆さんとボケ老人シスターズが活躍する場面は、スラップスティックな中にこもるペーソスが絶妙です。
クライマックスでは驚天動地の真相(?)が明かされ、切なさと安堵感と、ほんのちょっぴり底無しの不安感が混在する余韻の残るラストが訪れます。
スプラッターな怪物ホラーでありながらハードSF、恋愛小説で人情小説の要素も併せ持つ、とにかく不思議で奥行きが深い作品です。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2007.6.24


うつろ舟 (怪奇幻想)
(澁澤 龍彦 / 河出文庫 2002)

澁澤さんの評論やエッセイはかなり読んでいますが、小説を読むのはほぼ初めてです。ほぼ、というのは、この本にも収録されている「髑髏盃」を河出文庫版「日本怪談集」で読んでいるから。
8作品が収録されていますが、いずれも江戸期以前を舞台にした怪奇幻想味の濃い短篇で、イメージとしては「清明が出てこないので事件が解決しない
『陰陽師』」でしょうか(笑)。日本や中国の怪異譚を下敷きにしている作品がほとんどのようですが、このような民間伝承の怪異譚は論理的な解決もセンセーショナルな悲劇もなくクライマックスが訪れないままあっさり終わってしまうことも多く、そのためか、あやふやだったり尻切れとんぼに終わってしまったりして煙に巻かれてしまうような不完全燃焼のラストになっている作品が多いです。しかし、それはそれで無気味な余韻が残り、論理的にせよ超自然の解決にせよ必ず納得のいく結末を用意しなければならない西洋の怪奇小説へのアンチテーゼとも読み取れます。
ストーリーを追うと同時に、澁澤さんの味のある文体、大人のメルヘンとも言える色濃く漂うエロチックな要素を堪能するのが、この作品集の楽しみ方でしょう。
では、順に紹介していきましょう。

「護法」:酔っ払って、鎌倉の古寺から護法童子の木像を背負って家へ持ち帰ってしまった彦七。それをきっかけに、夜な夜な生身の護法童子が訪れるようになりました。護法の法力を知った彦七は、女房の首をすげ替えてほしいと頼みますが・・・。
「魚鱗記」:5年ぶりに長崎の師匠の家を訪れた絵師は、昔大流行していた魚を使った遊びを当主がきっぱり止めてしまっているのを知り、いぶかしく思います。その晩、寝所でその家の長女ゆらの幽霊を見た絵師が聞き出した事情とは――。
「花妖記」:明の国からの密輸入品を売りさばく五郎八は、ふと知り合った酔っ払いの町人の若者と賭けをします。女性の秘部に挿入すると最上の悦びをもたらすという石を、若者が通う梅林の庵の女性に使ってみようというのですが・・・。
「髑髏盃」:盲目の詩人・蘭亭は、信長公が討ち取った敵の武将の髑髏で酒盃をつくり愛用したという話を聞いて、自分もひとつ手に入れたいと、南北朝時代の武将の墓を暴きます。一年後、蘭亭を襲った運命とは・・・。
「菊燈台」:塩田で苦役にあえぐ下人たちの中に、片腕の半助と面を被ったままの菊麻呂がいました。脱走を試みた下人・菊麻呂は、長者に手打ちにされそうになりますが、長者の娘・志乃のとりなしで死罪は免れ、別の罰を科されます。そして祭りの夜、菊麻呂と志乃は――。
「髪切り」:女だてらに江戸に剣術道場を開いた十九歳の女剣士・お留伊。近所に出没し始めた怪しげな行者に心騒がされるのを覚えますが、ある晩・・・。
「うつろ舟」:UFOマニアの間でも有名な「うつろ舟」伝説を下敷にした作品。常陸の国の海岸に、ある日、ガラスと鉄でできた中空の舟が流れ着き、内部には金髪碧眼の異人の若い女性がにこにこして乗っていました。漁師たちは大騒ぎになりますが、女性の正体はさっぱりわかりません。網元の息子で十六歳の仙吉は、好奇心にかられてこっそりと浜へ行き、いつの間にやら舟の中に入り込んでいるのに気付きます。女性とのめくるめく体験は夢かうつつか・・・漁師たちが気付いたときには、舟も仙吉も浜から消えていました。
「ダイダロス」:源実朝公の命により建設された巨大な船。しかし、実朝の死によって宋に渡るという目的もついえ、鎌倉の浜で朽ち果てるのを待つばかりでした。船の屋形に飾られた織物に縫いこまれた天平美女は、今も実朝の訪れを空しく待っていましたが・・・。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.6.25


昇竜剣舞5 ―<光の要塞>陥落!― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2003)

『時の車輪』の第7シリーズ第5巻です。
天候を支配する力があるというテル=アングリアルを求めて、港町エバウ・ダーに滞在しているナイニーヴとエレインは、護衛として付き添うマットを邪険に扱ったことを謝罪し(しぶしぶでしたが)、なんとか協力体制を取り戻します。その帰り、宿の女将から“絶対力”を操る女性たちの集団が町にある情報を聞き、その隠れ家に赴きます。ここで、相変わらず癇癪もちのナイニーヴと気位の高いエレインとの角突き合いが展開されます。マットやアル=ソアなら「だから女ってやつは・・・」とつぶやくでしょう。
一方、自由になった闇セダーイ、モゲディーンは思わぬ運命に見舞とわれ、ペリンはアル=ソアの密命を受けてファイールやビアレイン、配下の兵士とともにギールダン王国へ赴きます。そして、モーゲイズ女王が幽閉されている“光の要塞”に未知の軍勢が攻め寄せ、要塞はあっという間に陥落してしまいます。軍勢の正体は、伝説の――。
ナイニーヴたちが出会った女性たちの正体は、おそらく次巻で明らかにされることでしょう。副題からも明らかです(笑)。

オススメ度:☆☆☆

2007.6.26


夢魔の王子 (ヒロイック・ファンタジー)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 2003)

『グイン・サーガ』の第89巻です。
葬儀を終えて(←クリスティではありません)、事態はゆるゆると動き始めています。
リンダと話し合ったマリウスは、ようやくおのれのなすべきことを見出し(でもきっとまた途中でどこかへ行ってしまうのではないかと、過去の実績から予想できますが)、グインはケイロニア軍を率いてクリスタル・パレスを目指して進軍を開始します。
最初の交戦で、レムス軍のある将軍を捕らえ、優位に立ったと思われたケイロニア軍ですが、夜営するグインの前に現れたのは、急成長した魔王子(←J・ヴァンスのSFシリーズではありません)アモンでした。シリウスもそうですが、美形悪役を描かせると、栗本さんは本当に上手いです。
グインの意を受けてイシュトヴァーンも動き始め、敵の本丸での決戦が迫ります。
以下、次巻――。

オススメ度:☆☆☆

2007.6.27


人形式モナリザ (ミステリ)
(森 博嗣 / 講談社文庫 2002)

那古野市郊外のボロアパート“阿漕荘”の住人たちと、近所のお屋敷の離れに居候する謎の女性・瀬在丸紅子が難事件に挑む『V』シリーズの第2作。
阿漕荘の住人のひとり、女装趣味で拳法の達人の医学生・小鳥遊練夢は、夏休みに蓼科のペンション“美娯斗屋”でバイトをしていました。その伝手で美娯斗屋で休暇を過ごそうと、紅子、関西弁の女子大生・紫子、何でも屋の私立探偵・保呂草潤平がやってきます。ところが偶然にも、紅子の別れた夫、愛知県警の林警部が現在のパートナー(職務上も私生活でも)七夏と休暇を過ごすために近くのホテルへ投宿し、嵐の予感が漂います。
翌日、ペンションの女将・大河内優美の親戚が営む人形博物館を見物に行った一行は、そこで演じられる人形劇「乙女文楽」を見物しますが、舞台で演じていた岩崎麻里亜が毒を飲まされて倒れ、操り役の祖母・雅代が刺殺体で発見されます。実は2年前に麻里亜の夫・亮が自宅で刺殺されており、今回の凶器の銀のナイフはその時の金のナイフと対になったものでした。
数日前には、親族の画家・中町豊が描いた作品「微笑む機械」が近くの美術館から盗まれています。金銭的価値がさほどない絵が盗まれた理由は、雅代の夫で人形コレクターだった故・岩崎達治が遺した芸術的人形『モナリザ』の行方を探る手がかりが秘められていると考えられたためでした。
微妙な人間関係のゆらぎをはらみつつ、事件は進行しますが、犯人やトリックよりも登場人物たちの人間模様を追う方が絶対に楽しいです。林、紅子、七夏のちょっと不思議な三角関係と、紅子とつかず離れずの微妙な距離をとる保呂草、保呂草にほのかに想いを寄せる(どこまで真剣なのかは不明)紫子、雑用係のポジションに置かれながら美味しい場面を持っていく小鳥遊など、レギュラー陣のドラマはぜひ映像化したいほど。端役ながら、ペンションの一人娘でアニメ声の中学生・翔子(書かれたのがあと数年遅かったら、絶対“しょこたん”と呼ばれたでしょうね)が印象に残ります。
『S&M』シリーズも、振り返ってみればミステリ形式で描かれたラヴ・ストーリーだったわけですが、『V』シリーズはその要素がもっと色濃く漂っているように思います。今後の展開(どうせ一筋縄ではいかないのでしょうけれど)が楽しみです。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.6.29


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