「密室」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2003)
戦後間もない昭和20年代の探偵小説雑誌を紹介するシリーズ第5巻です。今回は商業誌ではなく、同人誌として10年近く続いた「密室」です。単なる愛好家やファンの集まりにとどまらず、鮎川哲也さんが別名義で書いていたり、海外作品を翻訳紹介するなど、精力的な活動が特筆されます。
発行責任者による発刊の辞のほか、5篇の長短篇が収録されています。
「苦の愉悦―密室発刊に際して―」(竹下 敏幸):代表者による、熱意あふれる発刊のことば。
「罠」(山沢 晴雄):町工場に勤める主人公は、自分のしくじりが発覚するのを防ぐために深夜の工場で知恵を絞ります。深夜の静まり返った工場内での鬼気迫る主人公の描写に迫力があります。プロレタリア文学風味のピカレスク小説。
「訣別」(狩 久):病気療養中の作家がこれまで発表してきた小説は、戦争で生き別れた探偵小説マニアの恋人に呼びかけたものでした。その甲斐あって、病床を恋人が訪れますが・・・。
「草原の果て」(豊田 寿秋):終戦を目の前にしたロシア国境の村。粗末な農民の小屋で一夜を明かす日本軍士官と兵士たちは、それぞれに事情を抱え、苦悩していました。翌朝、密室で絞殺死体となって発見されたのは――。
「呪縛再現(挑戦篇)」(宇多川 蘭子):宇多川蘭子は、後篇を書いた中川透とともに鮎川哲也のペンネームです。
休暇を過ごすため、熊本県人吉市郊外の“緑風荘”へやって来た7人の学生。うち2組は婚約している間柄です。ところが、トランプに記された不吉な死の予告がなされ、婚約していた片方のカップルが相次いで変死を遂げる惨劇が発生。警察と一緒に現場に駆けつけたのは、名探偵として名高い星影竜三でした。この設定でぴんと来る人も多いと思いますが、実はこの小説、鮎川さんの代表作でもある「リラ荘殺人事件」の原型なのだそうです。
「呪縛再現(後篇)」(中川 透):「呪縛再現」の解決篇。星影竜三は鮮やかな推理で犯人の名を指摘しますが、当人には鉄壁のアリバイがあり、推理は行き詰まってしまいます。そこへふらりと現れたのは、筋金入りのアリバイ崩しの名人(あえて名は秘します)でした。
「圷家殺人事件」(天城 一):昭和16年の秋、圷子爵の屋敷で起きた連続射殺事件を、作者の実見談という体裁で描く長篇。日本有数の財閥でもある三河コンツェルンの政治顧問を務める貴族院議員・圷子爵の屋敷で、子爵が密室で射殺され、秘書で息子・信義の婚約者でもある津中ユリも胸を撃たれて瀕死の状態で発見されます。検事の伊多は助手の天城(語り手)を伴って現場へ駆けつけます。本庁の広警部、知性派刑事の島崎らと協力して捜査が始まり、怪しい行動をとる男爵・千手が捜査線上に浮かびますが・・・。
オススメ度:☆☆
2007.5.5
獣人 (ホラー:アンソロジー)
(井上 雅彦:編 / 光文社文庫 2003)
書き下ろしテーマ別ホラー・アンソロジー『異形コレクション』の第25巻。今回のテーマは狼男に代表される“獣人”です。もちろん“けもの”だけでなく、それ以外の生き物もネタにされています。
いずれ劣らぬ24篇の佳作揃い。さっそく紹介していきましょう。
「赤い窓」(森 真沙子):カーディーラーの福島は、出張先のニューヨークのチャイナタウンで、赤い窓の向こうで手招きする影に誘われ、熱に浮かされたかのような濃密な体験をします。3年後、福島の後輩の大学生・比企田は、福島から謎のアルバイトをもちかけられ、同時に福島の妻が失踪したことを知ります。
「まぎれる」(黒岩 研):雪深い山形の町役場の出張所に務める樋口。宿直の晩、樋口は建屋に近づく足跡と無気味な影に気づき、恐怖に襲われます。付近では、人里離れた山小屋で腹を切り裂かれて殺された死体が発見される事件が相次いで起きていました。
「猫娘夜話」(小中 千昭):のどかな昭和の下町、おちぶれた三味線屋の孫娘・寝子の家に、乱歩に憧れる小説家志望の青年・水野が下宿してきます。ところが、寝子には奇妙な癖があって・・・。
「主婦と性生活」(内田 春菊):主婦だけの井戸端会議では、生々しい夜の生活のことも話題に上ります。旦那が夜伽の際に奇妙な振る舞いをするようになったと、軽い調子でしゃべるまち子ですが、話を聞くうちに、その異様さが浮かび上がってきます。でも結局、脳天気な主婦たちは聞き流したまま、日常が続いていくのでした・・・。
「白い犬」(飯野 文彦):地方新聞に就職した語り手の青年は、大掃除のさなか、整理棚に押し込められていた手書きの原稿を発見します。そこには、さる有名な落語家にまつわる驚くような事実が書かれていました。その名跡が襲名される際に、かならず噺される落語「白い犬」に秘められた謎とは――。
「けだもの」(平山 夢明):息子のテオに銀の弾丸がこめれた銃を渡し、撃つようにうながす老人。しかし、試みは常に失敗してしまいます。しかし、テオの連れ子・千鶴が誘拐され、全身の血を抜かれた死体となって発見される事件が起き、老人は一度だけ封印を解くことを決意します。人知を越えた対決の結末は――。
「蛇」(町井 登志夫):真夜中に救急車で運び込まれた少女は、寝床に蛇が入ってきたと話し、全身の痛みと発熱を訴えていました。当直医の邦子は毒蛇にかまれた患者を扱った経験などなく、途方にくれますが、とにかく処置をします。しかし、少女を襲ったのは蛇ではありませんでした。医学的に合理的で、なおかつショッキングなラストが出色。
「鍵穴迷宮」(江坂 遊):夜中に父親の寝室を鍵穴から覗き見た少女は、父親の秘密を知ってしまいました。それを告げると、父親はすべて夢だと言いますが・・・。
「白い猫」(飛鳥部 勝則):臭いに敏感な青年・藤森は、ひょんなことから、おぞましいものの臭いにエクスタシーを覚えるようになります。もともと霊感が鋭く、幽霊を見ることもしばしばだった藤森は――。
「角と牙」(平谷 美樹):バンド仲間の弘志が練習に出てこなくなったことを心配した慎二は、弘志のアパートを訪れます。アパートに閉じこもって憔悴しきった弘志は、コンサートを見に上京した時に地下鉄のホームで目撃した驚くべき出来事を話し始めます。突然、鬼のような姿に変身した男女が殺し合い、ひとりが無惨な死体になったというのに、周囲の人々は無視していた、というのですが・・・。
「浅草霊歌」(田中 文雄):昭和30年代、市場調査で浅草六区の映画館を訪れた語り手の青年は、突然現れた男の子に「父ちゃんを探して」と頼まれます。上映されていたニュース映画に、父親の姿が映ったというのです。父親はちんどん屋で獣人雪男の扮装をしていたという情報を手がかりに、青年は見世物小屋を探し回ります。
「蛇使いの女」(竹河 聖):両国の見世物小屋で評判の蛇使いの女を見に行った少年・正吉は、偶然から舞台に上がり、大蛇を間近で目にします。悲しげになにかを訴えかけるような大蛇の眼差しが気になった正吉は、興行団が宿舎にしている古寺に忍び込みます。
「邪笑ふ闇」(朝松 健):諸国を遍歴する一休宗純は、小さな祠に祈りを捧げる少女に出会います。彼女は15歳ですが、村のしきたりに従って“しゃが様”と呼ばれる謎の存在に人身御供にされる運命にあるというのです。一休は、“しゃが様”の正体を暴き、少女を救うために一肌脱ごうと決意します。
「間人さま」(木原 浩勝):小松左京の名作「くだんのはは」へのオマージュ作品。“濡手”と呼ばれる不思議な腕を持つ祖父と一緒に旅する幼い少女。ある大邸宅を訪れたふたりは、牛の出産に立ち会うことになりますが、少女の心になにかが呼びかけてきます。
「水のアルマスティ」(牧野 修):“アルマスティ”とは、ヒマラヤの雪男や北米のビッグフットほどメジャーではありませんが、コーカサス地方に住むと言われる毛むくじゃらの原人のことです。しかし、物語の舞台は現代日本。バブル時代に開発され、バブル崩壊で放置された巨大リゾート地アクエリアス。いつしか、ゴーストタウンと化したアクエリアスに“水のアルマスティ”と呼ばれる怪物がいるという噂が流れ始めていました。探偵の柴木は、アクエリアス内部に詳しいナラカを案内役に、行方不明になった少年を探してアクエリアスに足を踏み入れます。
「大麦畑でつかまえて」(奥田 哲也):東欧の某国でミステリーサークルが大量に発生していることを聞きつけ、見物に出かけた語り手と友人の安田。地ビールに酔った勢いでドイツ美女のヒルダと意気投合し、3人で深夜の麦畑に出かけます。そこで目撃した異様な光景とは――。
「夜、薫る」(井上 雅彦):ストーリーすらない、高速道路を飛ばす男女の会話。暗示だけの散文詩のような小品。
「守護天使」(高野 裕美子):お人よしの青年・真司は、恋人に裏切られて死を考えていたときに子猫を拾い、レオナと名付けてかわいがります。しかし、真司の人のよさにつけ込む性悪女は後を絶たず、その度にレオナは・・・。
「奈落」(藤木 稟):江戸時代、山小屋で暮らす炭焼き・達吉のところへ通ってくる若い女がいました。どんな天気でも険しい山道を越えて通ってくる女・綾乃を愛しいと思うと同時に、本当に人間なのだろうかと恐怖を感じた達吉は――。ありがちな民話をモチーフにしながら、ラストのひねりが効いています。
「鏡を越えて」(石神 茉莉):尊敬する画家の家に下宿して制作を続ける「私」のアトリエを、いつも訪れる少女。他愛無い遊びを繰り返していましたが、アトリエの奥に積まれたガラクタの中から少女が古い三面鏡を見つけたとき・・・。
「双頭の鷲」(速瀬 れい):明の時代、皇帝に献上されるために育てられた双子の少女・香蘭と春蘭は、西洋の商人に買い取られ、西の帝国の皇帝に捧げられます。フリークス好きの皇帝は、ふたりを寵愛しますが――。
「獣人棟」(石田 一):山奥の総合病院に内科医として赴任した折場には、人に知られてはならない秘密がありました。しかし、着いてすぐ、院長の諸尾に精神病棟に連れていかれ――。登場人物の名前に、マニアにだけわかる仕掛けが施されています。
「大蜥蜴の島」(友成 純一):コモドドラゴンを見たくてコモド島を訪れたOLの円。野生のままのドラゴンに会うために、ガイドの案内無しに宿を出た円は、ドラゴンに襲われ、ケガをして道に迷ってしまいます。夜が迫り、進退きわまった円の心には、不思議な感情がきざし・・・。(※作中、「コモドドラゴンの唾液には特殊な毒がある」と書いてありますが、これはフィクション。かまれた相手は雑菌に感染して死ぬのです)
「さいはての家」(菊地 秀行):「地球の長い午後」を思い起こさせる怪物が跳梁する世界。この辺境の地で郵便配達人となった語り手は、荒野の小屋に住む父子と知り合いますが、村人たちはこの親子のことをよく言いません。かつて戦争を止めさせるために、男がとった行動とは――。
オススメ度:☆☆☆
2007.5.8
雷神基地 (SF)
(H・G・フランシス&クラーク・ダールトン / ハヤカワ文庫SF 2007)
『ペリー・ローダン・シリーズ』の第335巻です。
ラール人の脅威から逃れるため、ATGフィールドを使って太陽系全体を短期的未来に移行させたローダンですが、次の策として、太陽系内に恒星転送機を構築する計画を実行、それに基いて前巻で白色矮星を太陽系に転送することに成功します。しかし、転送を受ける瞬間は太陽系を現実時間に復帰させざるを得ず、その瞬間をついて超重族レティクロンの艦隊が太陽系へ侵入して来ました。
今回は、その続きです。本シリーズにしては、なかなか濃い人間ドラマもありますが、これもやはりフォルツの影響でしょうか。
「雷神基地」(H・G・フランシス):レティクロンの腹心の部下、同じ超重族のエイモントプは、ATGフィールドの発生装置がある水星を攻撃する命令を受けていましたが、太陽系艦隊の警戒の厳しさに突入を諦め、矮星到着のどさくさにまぎれて海王星へ向かいます。海王星のガス大気中には、昔、超重族が建設した秘密基地“雷神基地”があったのです。ここに隠れて、破壊工作のチャンスを待つのがエイモントプの腹づもりでした。
この判断を批判した副長のカルトプは、身分を剥脱されてしまいますが、汚名返上をかけて決死隊の宇宙艇に密航します。かれらの狙いは、白色矮星を牽引ビームで安定させている巨大艦を乗っ取り、テラナーの計画をくじくことでしたが・・・。
「ハイパー空間をこじあけて」(クラーク・ダールトン):超重族の攻撃をなんとか退けたローダンは、恒星転送機の実験を敢行します。実験スタッフが乗り組んだ艦隊テンダーを、アトランが待つアルキ=トリトランスへ転送しようというのです。慎重に計算された計画は進んでいきますが、謎のエネルギー・チューブが出現し、テンダーは半空間につなぎとめられたまま連絡不能な状態になってしまいます。ラール人の仕業と見たローダンは、グッキー以下のミュータント部隊に出撃させます。超空間につながるエネルギー・チューブというアイディアを見て、なつかしの“レンズマン”シリーズを思い出してしまいました。たしかボスコーンも超空間チューブを通じて地球に攻撃をかけて来ましたよね(「第二段階レンズマン」)。
オススメ度:☆☆☆
2007.5.12
不死鳥の剣 (ファンタジー:アンソロジー)
(中村 融:編 / 河出文庫 2003)
これはもう、嬉しくてたまらないアンソロジーです。
いわゆる“ヒロイック・ファンタシイ”、“剣と魔法”として表されるジャンルの物語の古典、代表的なヒーロー(一部ヒロインも)が活躍するエピソードの精髄を集めた傑作集。「ドラゴンクエスト」を初めとする中世風冒険RPGの原点、『グイン・サーガ』の原型がここにあります(特に初期の外伝「七人の魔道師」や「イリスの石」には、これらの先行作品の雰囲気が色濃く反映されていますね)。
幸い、ここで紹介された主人公たちの登場するシリーズは、近年、多くが復刊・新刊で出されていますので、ヒロイック・ファンタシイへの入門用としても格好の作品集となっています。
では、収録作品8篇をご紹介します。
「サクノスを除いては破るあたわざる堅砦」(ロード・ダンセイニ):このジャンルの物語の代表的エッセンスが凝縮された、初期のサンプル的作品。オーラスリオンの村人を夜な夜な脅かす邪悪な夢は、最強の魔術師ガズナクが送り込んでくるものでした。ガズナクが潜む城砦は堅牢であらゆる魔法に守られ、それを打ち破れるのはサクノスの剣のみ。領主の息子、勇敢な若者レオスリックは、サクノスの剣を手に入れるために、巨竜サラガヴヴェルグに挑みます。この設定だけで、わくわくしてくるでしょう?
「不死鳥の剣」(ロバート・E・ハワード):ご存知『コナン』シリーズの第1作。野蛮な北の国キンメリア出身のコナンは、アキロニアに悪政を敷いていた国王ヌメディデスを倒し、自ら王位に就いています。しかし、盗賊の長アスカランテ、騎士団長グロメルらはコナンを倒すべく反乱の陰謀をめぐらせていました。蛇神セトのしもべにして強大な魔術師だったトート=アモンは、力の源である指輪を奪われ、今はアスカランテの奴隷になっています。蜂起の晩、反乱軍はコナンの寝所を急襲しますが、指輪を取り戻したアモンも同時に行動を起こし――。
「サファイアの女神」(ニッツィン・ダイアリス):借金取りに追われ、自殺を考えていた中年男は、気付くと次元の扉を抜け、異世界に転生していました。そこで待っていた戦士ザルフから、自分はオクトランのカラン王であり、邪悪な魔術師ドジュル・グルムに記憶を封印されて地球へ追放さていたということを聞かされます(ゼラズニイは『アンバー』シリーズで同様のネタを使っていますね)。失われた記憶と――奪われた王国、美しい姫君を取り戻すため、カランは忠実なザルフと荒野の精霊の血を引く少年コトとともに、もうひとりの強大な魔術師アグノル・ハリトの下へ赴きますが、記憶を取り戻す代償として、サファイアの女神像を探してくるよう命じられます。
「ヘルズガルド城」(C・L・ムーア):このジャンルではおそらく初の女性の主人公、ジョイリーのジレルが活躍するシリーズの最後の作品(ムーアもこのジャンル初の女流作家かもしれません)。ガルロットの領主ギイに家臣たちを人質にとられてしまったジレルは、ギイの要求に従い、恐怖の城として知られるヘルズガルド城に隠された霊宝を持ち帰らなければならなくなります。200年前、ヘルズガルド城主アンドレッドは霊宝目当ての賊に教われましたが、八つ裂きにされても宝の在り処を明かさなかったといいます。そして、アンドレッドの死霊は今でも宝を守っており、城に足を踏み入れた者は二度と戻らないと言われていました。勇を鼓してヘルズガルド城に乗り込んだジレルは、場内に人がいるのに驚きます。アンドレッドの子孫を名乗るアラリックの虜となったジレルを、真夜中にアンドレッドの霊が襲いますが・・・。
「暗黒の砦」(ヘンリー・カットナー):ムーアの夫君カットナーの作品。故国サルドポリスを奪われ、屈強なヌビア人の従者エブリクとともに放浪する王子レイノル。正体不明の賊に同行の少女デルフィアをさらわれたレイノルは、そこに現れた謎めいた妖術師ギアールの助言を受け、マルリック男爵の隠れ家へ向かいます。しかし、デルフィアはギアールの姦計にかかって奪われ、レイノルは十重二十重の魔法の罠に囲まれたギアールの城砦へ乗り込んでいきます。
「凄涼の岸」(フリッツ・ライバー):『ファファード&グレイ・マウザー』シリーズの一篇。北国出身の蛮人ファファードと、魔術師あがりで“手術刀”と呼ばれる細身の短剣を操る小男グレイ・マウザーのコンビは、凶運の都と呼ばれるランクマーで、謎めいた黒衣の男に呪いをかけられ、船で西の海の果て、“凄涼の岸”へ向かいます。そこで待っているのは、おぞましき“死”――。
「天界の眼」(ジャック・ヴァンス):本業はSF作家のヴァンスが、はるか遠未来の地球を舞台に描いた「終末期の赤い地球」に始まるシリーズの1篇。主人公の悪党、“切れ者”キューゲルは、仲間にそそのかされて盗みに忍び込んだ魔術師イウカウヌの館で罠に落ち、命と引き換えに、かつて地上を襲った妖魔が遺したガラスの尖頭を手に入れてくるよう命じられます。その尖頭を目に埋め込むと、この世のものとも思えない風景が広がるというのです。尖頭があると言われるカッツの地を訪れたキューゲルが目にしたものは――。
「翡翠男の眼」(マイクル・ムアコック):ムアコックの代表作『エルリック・サーガ』の1篇、長篇「この世の彼方の海」の原型となった中篇だそうです。滅んだ自国を捨て、相棒ムーングラムとともにチャラルの都を訪れたメルニボネの皇子エルリックは、高名な探検家アヴァン公爵に請われて、西の古代大陸にあるという幻の都ルリン・クレン・アアを探す旅に同行することになります。トカゲ人間に襲われ、部下の多くを失いながら古代の都へ到着した一行は、都市を見下ろす翡翠の男の像と、“永生の定めを受けし者”に出会います。
オススメ度:☆☆☆☆
2007.5.14
カーニバル 二輪の草 (ミステリ)
(清涼院 流水 / 講談社文庫 2003)
世紀末超絶ミステリ『カーニバル』五部作の第2巻です。
第1巻「カーニバル 一輪の花」のラスト、1996年8月10日の土曜日に発生した大事件を皮切りに、過去に類例のないスケールの大事件『犯罪オリンピック』がスタートしました。
この巻と次の「カーニバル 第三の層」では、以降、毎週土曜日の午後1時に世界各地で起きる超絶な不可能犯罪を中心に、『犯罪オリンピック』を唱導する国際秘密結社RISEと、DOLLやJDCの探偵たちとの壮絶な知略合戦が描かれます。なにしろ、“ビリオン・キラー”の犯行(現場には未知の物質で作られた髑髏が残され、MIBが目撃されています)に呼応するように全世界の死者が一気に増え、謎の死病の流行やら猟奇犯罪の頻発やらが続発します。
「二輪の草」には前半の13の事件が収められており、一話ごとに完結するエピソードがあると同時に、全体が大きなストーリーを構成するという流れになっています。世界各地の超古代史・オカルトスポットめぐりとも言えるモダンホラーじみたプロットは、収拾できるのだろうかという不安さえ覚えますが・・・(笑)。
では、各エピソードを簡単に紹介しましょう(ネタバレを防ぐため、どうしても奥歯に物が挟まったような書き方になってしまいますが)。
第1週「JDC本部ビル」:「一輪の草」のラストシーンから始まります。正体不明の犯罪者“ビリオン・キラー”によって崩壊したJDC。総代・鴉城蒼司は行方不明となり、動ける探偵は一握りしかいない状態になり、再起不能と思われたJDCを立て直し、総代代行に就任したのは、不良探偵・天城の高校時代の同級生で、稀代の弁舌家にしてナルシストの由比賀独尊でした。
第2週「エンパイアステートビル」:エンパイアステートビルでの事件が起きた頃、DOLL屈指のS探偵のひとりロンリー・クイーンは、かつて祖父が事件を解決した宿屋「双頭の犬」で、全米を震撼させていた連続猟奇殺人鬼“ディープ・カット”の事件の謎を解きます。
第3週「ストーン・ヘンジ」:「一輪の花」の冒頭で、パリのDOLLへ渡った統計探偵・氷姫宮幽弥。DOLLが誇るS探偵のひとり、フラウ・Dの助手になりますが・・・。
第4週「カッパドキア」:氷姫宮幽弥は、パリへ出張してきた龍宮城之介と九十九音夢の両探偵と再会、カフェーでお茶を飲みながら『犯罪オリンピック』の謎を解こうとしていましたが、かれらを奇怪な事件が襲います。
第5週「バミューダ・トライアングル」:視点ががらりと変わり、『犯罪オリンピック』の仕掛け人である秘密結社RISEの全貌が姿を現します。総統R・Sと16人の幹部、手足となる無数の“ドット”たち・・・。かれらの狙いとは――。
第6週「喜望峰」:巨大なシー・サーペントが出現したというアフリカ近くの大西洋を進む客船の上で、RISEの“ドット”マリオンと、JDCの探偵・鈴風鵜ノ丸が繰り広げる頭脳戦の結末は――。
第7週「マチュピチュ遺跡」:ペルーにあるインカ帝国の遺跡マチュピチュで起きた、大量全裸変死事件。捜査に赴いたのは、ファジー探偵・九十九音夢でした。音夢がつかんだ、コンビーフ缶の謎とは・・・。
第8週「エッフェル塔」:再び、舞台はRISEの本拠地・月虹神殿へと移ります。総統R・Sの素顔とは――。
第9週「シベリア鉄道」:精神を病んで入院していたJDC第1班班長・刃仙人は、自分を毒殺しようとした少年を誘拐し、シベリア鉄道で逃避行を繰り広げます。しかし、ロシアに名を轟かせる連続首切り殺人鬼“アムール虎”の影がちらつき、仙人は、乗り合わせたDOLLモスクワ支部の探偵とともに、事件に巻き込まれていきます。
第10週「ネス湖」:ネス湖の怪物に襲われ、皆殺しにされたテレビクルーと観光客。分を越えて、この事件のトリックに興味を持った“ドット”のひとりは、思いもかけぬ行動に出ます。
第11週「ナイアガラの滝」:JDCでは、“天才妊婦”の通り名を持つ名探偵が“ビリオン・キラー”の犯行を予見していました。RISEの魔手が彼女に伸びますが、その夫が失踪して――。
第12週「アマゾン麻薬工場」:コロンビアの麻薬シンジケートを束ねるボスのところへふらりと現れたのは、JDCを辞職した天城漂馬でした。
第13週「ボロブドゥール寺院」:ジャワのボロブドゥール遺跡で観光客相手の運転手兼案内人を務めるゲッペンは、黒衣の日本人(龍宮城之介)に声をかけられます。そこで発生した、何の変哲もないひとりの死が意味するものは・・・。
読んでいるうちに、もしかすると全体の根幹をなす大ネタはチェスタトンの某長篇小説と同じなのではないかと感じ始めたのですが・・・。まあ、最後まで読めばわかるでしょう(笑)。
オススメ度:☆☆☆
2007.5.24
カーニバル 三輪の層 (ミステリ)
(清涼院 流水 / 講談社文庫 2003)
「カーニバル 二輪の草」に引き続き、謎のテロリスト集団RISEが展開する“犯罪オリンピック”の超絶的大事件が描かれます。「一輪の花」でさりげなく、またはあからさまに張られた伏線が徐々にうごめき始め、ラストではRISEの意外な(というか、予想していた通りの)素顔が明らかになります。
「二輪の草」と同様、13の週に次々と起きる事件が、13の章で時系列を追って語られる構成になっています(前巻からの続きなので、第14週から第26章)。
第14週「摩天楼の新凱旋門ビル」:京都郊外にそびえる『龍宮城』で、内輪のささやかなパーティが開かれ、『龍宮城』に住む龍宮城之介・乙姫の姉弟と九十九十九・音夢の兄妹、そして星野多恵という、古くからJDCにかかわりの深い5人が未来に思いを馳せます。一方、パリでは氷姫宮幽弥とクリスマス・水野の目の前で――。
第15週「グリニッジ旧王立天文台」:ごく短い章ですが、ペルーへ出張した“黒衣の貴公子”龍宮城之介の身に異変が起きます。
第16週「イースター島のモアイ」:龍宮城之介の命を受けて、イースター島へ渡ったクリスマス・水野は、泊まった安宿で盲目の少女ジョイータと知り合います。ジョイータと水野の目の前で、モアイ像を凶器とした大量殺戮が発生――。
第17週「ナスカの地上絵」:龍宮城之介は、星野多恵改め風紋寺浄華とともに、ナスカ平原で発生したミステリーサークルの謎を解くために、ペルーに来ていました。イースター島からクリスマス・水野も合流しますが、その直後に――。
第18週「大坂城天守閣」:“犯罪オリンピック”と対決するJDCの名前が高まると同時に、JDC人気に便乗した様々なブームが起こってきました。JDCメンバーのコスプレをした人気バンド・JDCバンドが大坂城ホールでコンサートを開催することになり、DOLLのS探偵メイルとJDCのとんち少女探偵・サムダーリン雨恋は招待されて会場へ赴きますが・・・。
第19週「スカイビル空中庭園」:大坂城の事件の一週間後、有力な手がかりがあるとの情報を得て、JDC総代代行・由比賀独尊と補佐役のBOKU、探偵の牛若は梅田スカイビルへやって来ます。しかし、そこには“ビリオンキラー”の罠が待ち構えていました。
第20週「ギザの三大ピラミッド」:信頼していた人々の度重なる死に絶望したクリスマス・水野は、かつて兄(ピラミッド・水野)と旅行したエジプト・ギザを訪れます。そこで出会った老婆と少年から、兄の秘密を聞かされた水野は、ひとりでクフ王のピラミッドの頂上を目指します。
第21週「ピッツァとピサの斜塔」:イタリアへ出張したサムダーリン雨恋とS探偵メイルは、ピサの町で“ビリオンキラー”が引き起こした惨事に遭遇します。
第22週「グランドキャニオン」:梅田スカイビルの事件で重傷を負ったBOKUは、病室を訪れた元JDC第1班班長代理・霧華舞衣と近況を語り合い、総代代行・由比賀独尊への疑念を初めて口にします。一方、アメリカのグランドキャニオンでは――。
第23週「ノイシュバンシュタイン城」:JDCのファジー探偵・九十九音夢は、失踪したDOLLのS探偵レムリア・サリバンの足跡を追ってギリシアへ向かい、デルファイ神殿で得た情報を元に、ドイツの古城ノイシュバンシュタインへ赴きますが――。
第24週「コスタリカの巨大石球」:不良探偵・天城漂馬は、盗まれたIDカードの謎を追ってアメリカへ渡ります。極度の船酔いと高所恐怖症を克服するために、同僚に催眠術をかけてもらいますが、それをきっかけに封印していた幼い頃の記憶が甦ります。JDC総代・鴉城蒼司の実家で起きた酸鼻を極める事件、鴉城家殺人事件の真相を――。
第25週「アイスランド地底牢獄」:天城漂馬は、自分のニセモノを追い、麻薬シンジケートのアンジェラに伴われて、手がかりを追ってメキシコのアカプルコへ赴きます。漂馬の後を追って、JDCの牛若とDOLLのロンリー・クイーンの両探偵もアカプルコへやってきますが、とき既に遅く・・・。
第26週「地球を包む流血の赤道」:パリの氷姫宮幽弥は、S探偵フラウ・Dの秘密ファイルを開き、驚くべき事実を知ります。そして、RISEの空中要塞で明かされる、幹部たちの正体とは――。
さらに怒涛の展開となって、第4部・5部へ続きます。
オススメ度:☆☆☆
2007.5.27
時間ダイヴァー (SF)
(ハンス・クナイフェル&エルンスト・ヴルチェク / ハヤカワ文庫SF 2007)
『ペリー・ローダン・シリーズ』の第336巻。
“七銀河の公会議”を牛耳るラール人と、その手下として“銀河系第一ヘトラン”に就任した超重族レティクロンの脅威にさらされている太陽系。ローダンたちは、人類が生き延びる手段を模索し続けています。
「時間ダイヴァー」(ハンス・クナイフェル):ATGフィールドの力で相対未来に隠れている太陽系ですが、ラール人の科学力をもってすれば、フィールドが破られるのは時間の問題でした。ローダンら太陽系帝国幹部が心配していた通り、ラール人は“時間ダイヴァー”と名付けられた構造物を投入してきます。“時間ダイヴァー”を使えば、短時間ですがATGフィールドの時間の壁に亀裂を生じさせることができます。単発ならば大きな脅威ではありませんが、同時多発的に使用されれば、太陽系は現在時間に戻され、無防備に攻撃にさらされることになります。
時間ダイヴァーの量産工場の場所を突き止めたローダンは、ミュータントやUSOのスペシャリストを中心とした特殊コマンドを編成し、破壊活動を敢行します。
「テラのカウントダウン」(エルンスト・ヴルチェク):太陽系帝国を遠く離れた辺境のUSO秘密基地ポタリ=パネでは、不穏な空気が漂い始めていました。ローダンが太陽系帝国を見捨てて逃げ出すという噂がまことしやかに流れ、基地司令も予想できなかった反乱の芽が生まれようとしています。実は、この基地には太陽系帝国の未来の鍵を握る秘密が隠されていたのですが・・・。
ラール人の脅威から人類を救うための、ローダンの大計画は徐々に明らかにされ、カウントダウンに入っていきます。決行はいつか?
その結果どうなってしまうかは、実は「ローダン・ハンドブック」を読んだので知っているんですが(^^;
オススメ度:☆☆☆
2007.6.11
うつろ舟 (怪奇幻想)
(澁澤 龍彦 / 河出文庫 2002)
澁澤さんの評論やエッセイはかなり読んでいますが、小説を読むのはほぼ初めてです。ほぼ、というのは、この本にも収録されている「髑髏盃」を河出文庫版「日本怪談集」で読んでいるから。
8作品が収録されていますが、いずれも江戸期以前を舞台にした怪奇幻想味の濃い短篇で、イメージとしては「清明が出てこないので事件が解決しない『陰陽師』」でしょうか(笑)。日本や中国の怪異譚を下敷きにしている作品がほとんどのようですが、このような民間伝承の怪異譚は論理的な解決もセンセーショナルな悲劇もなくクライマックスが訪れないままあっさり終わってしまうことも多く、そのためか、あやふやだったり尻切れとんぼに終わってしまったりして煙に巻かれてしまうような不完全燃焼のラストになっている作品が多いです。しかし、それはそれで無気味な余韻が残り、論理的にせよ超自然の解決にせよ必ず納得のいく結末を用意しなければならない西洋の怪奇小説へのアンチテーゼとも読み取れます。
ストーリーを追うと同時に、澁澤さんの味のある文体、大人のメルヘンとも言える色濃く漂うエロチックな要素を堪能するのが、この作品集の楽しみ方でしょう。
では、順に紹介していきましょう。
「護法」:酔っ払って、鎌倉の古寺から護法童子の木像を背負って家へ持ち帰ってしまった彦七。それをきっかけに、夜な夜な生身の護法童子が訪れるようになりました。護法の法力を知った彦七は、女房の首をすげ替えてほしいと頼みますが・・・。
「魚鱗記」:5年ぶりに長崎の師匠の家を訪れた絵師は、昔大流行していた魚を使った遊びを当主がきっぱり止めてしまっているのを知り、いぶかしく思います。その晩、寝所でその家の長女ゆらの幽霊を見た絵師が聞き出した事情とは――。
「花妖記」:明の国からの密輸入品を売りさばく五郎八は、ふと知り合った酔っ払いの町人の若者と賭けをします。女性の秘部に挿入すると最上の悦びをもたらすという石を、若者が通う梅林の庵の女性に使ってみようというのですが・・・。
「髑髏盃」:盲目の詩人・蘭亭は、信長公が討ち取った敵の武将の髑髏で酒盃をつくり愛用したという話を聞いて、自分もひとつ手に入れたいと、南北朝時代の武将の墓を暴きます。一年後、蘭亭を襲った運命とは・・・。
「菊燈台」:塩田で苦役にあえぐ下人たちの中に、片腕の半助と面を被ったままの菊麻呂がいました。脱走を試みた下人・菊麻呂は、長者に手打ちにされそうになりますが、長者の娘・志乃のとりなしで死罪は免れ、別の罰を科されます。そして祭りの夜、菊麻呂と志乃は――。
「髪切り」:女だてらに江戸に剣術道場を開いた十九歳の女剣士・お留伊。近所に出没し始めた怪しげな行者に心騒がされるのを覚えますが、ある晩・・・。
「うつろ舟」:UFOマニアの間でも有名な「うつろ舟」伝説を下敷にした作品。常陸の国の海岸に、ある日、ガラスと鉄でできた中空の舟が流れ着き、内部には金髪碧眼の異人の若い女性がにこにこして乗っていました。漁師たちは大騒ぎになりますが、女性の正体はさっぱりわかりません。網元の息子で十六歳の仙吉は、好奇心にかられてこっそりと浜へ行き、いつの間にやら舟の中に入り込んでいるのに気付きます。女性とのめくるめく体験は夢かうつつか・・・漁師たちが気付いたときには、舟も仙吉も浜から消えていました。
「ダイダロス」:源実朝公の命により建設された巨大な船。しかし、実朝の死によって宋に渡るという目的もついえ、鎌倉の浜で朽ち果てるのを待つばかりでした。船の屋形に飾られた織物に縫いこまれた天平美女は、今も実朝の訪れを空しく待っていましたが・・・。
オススメ度:☆☆☆☆
2007.6.25