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イクシーの書庫・過去ログ(2007年3月〜4月)

<オススメ度>の解説
 ※あくまで○にの主観に基づいたものです。
☆☆☆☆☆:絶対のお勧め品。必読!!☆☆:お金と時間に余裕があれば
☆☆☆☆:読んで損はありません:読むのはお金と時間のムダです
☆☆☆:まあまあの水準作:問題外(怒)


氷の家 (ミステリ)
(ミネット・ウォルターズ / 創元推理文庫 2002)

時おり、重厚な英国ミステリが無性に読みたくなります。そんな気分の時に目を止めて購入したのが、ミネット・ウォルターズのこの本。タイトルも厚さも(本の厚さはけっこうポイントになります)、紹介文も、期待させるに十分。いきなり冒頭に舞台となる屋敷と村の見取り図が掲載されていたり、地元の名士の失踪を報じる新聞記事が載っていたり、1992年の作品ながら半世紀以上前の本格黄金時代を彷彿とさせる道具立てです。でも、読んでみると、いい意味で期待を裏切られました。
ハンプシャー州の片田舎に建つ豪華な屋敷ストリーチ・グレインズには、現在、3人の独身女性が共同生活をしています。屋敷の実質的な所有者フィービ、左翼の闘士で腕利きのフリー・ジャーナリストのアン、インテリアデザイナーのダイアナです。フィービの夫デイヴィッド・メイベリーは妻とふたりの子供を残して10年前に失踪しており、警察は妻のフィービを殺人容疑で追及しましたが、空振りに終わっています。地元の村民らは、30代なかばのこの3人の女性を、魔女だの同性愛者だのと噂して、付き合おうとしません。
そんな中、屋敷の周囲の森の中の氷室から、男性の腐乱遺体が発見されます。衣服は身につけておらず、小動物に食い荒らされたのか、指紋など身元確認の手掛かりになるようなものも残っていません。おまけに、氷室が低温だったことから死亡時期の推定もできず、死因すらはっきりしない状態でした。
地元の警察は、ウォルシュ首席警部を中心に、刑事たちが捜査活動を開始します。ウォルシュは、黄金時代の本格ミステリによく登場した、やる気はあっても頭が固い、名探偵の引き立て役を演じるタイプ(それだけではないことが、後で明らかになりますが)。部下のマクロクリン刑事は妻が親友と駆け落ちしたばかりで落ち込んでおり、もうひとりのロビンソン刑事は人当たりがいい陰で昇格への野心まんまん。ウォルシュは、氷室の遺体は10年前に失踪したメイベリーではないかと考え、屋敷の女性たちを厳しく追及しますが、かたくなな態度を崩さないフィービ、官憲をあしらうことに関しては海千山千のアンなどを相手に、捜査は難航します。
マクロクリンは、関係者への聞き込みを続けるうちに、上司のウォルシュと異なる見解を抱き、独自の調査を開始します。ところが、警察を目の仇にするアンと角突き合わせているうちに――。
とにかく特筆すべきは、ほんの端役のひとりひとりにいたるまで、その人物が内面に秘めているトラウマ、野望、悪意、善意、愛情などがすべて細やかに描かれ、ストーリー上でも全員に見せ場が用意されていることです(その瞬間だけは、その人物が間違いなく主役となります)。フィービの娘ジェリー、村のパブの主人パディや屋敷の使用人フレッド、新人巡査ウィリアムズ、村の老嬢エイミー、ホームレスのウォーリー、トンプソン夫妻など、よきにつけ悪しきにつけ強い印象を残す登場人物は枚挙にいとまありません。
本格謎解きミステリの王道を微妙に外しつつ、それでもきめ細かく張られた伏線がばらばらになったパズルのピースをまとめあげ、一幅の複雑な絵模様を完成させる作者の手腕は見事で、今後の作品(「女彫刻家」「鉄の枷」・・・)に期待大です。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2007.3.3


病魔の棲む街 (ミステリ)
(米山 公啓 / 双葉文庫 2003)

現役医師でもある作者が、病気と医学に関する知識を駆使して描く、「病気」をテーマとしたミステリ短篇集。これまでにも、ミステリ作家森村誠一さんの「感染都市」という短篇集を読んだことがありますが、これは森村さんが過去に発表した多くの短篇の中からそのような題材のものだけを選んで編まれたもの。こちらの「病魔の棲む街」は、最初から疾病にからむキーワードを決めて、書き下ろしたシリーズものです。6つの作品が収められています。題材そのものよりも、その題材を利用する人間のエゴや醜さ、さらに登場する医師の言葉として挟み込まれる、現役医師の本音ともとれる冷徹で醒めたセリフが怖ろしいです。

「複視」:ものが二重に見えるという症状に何度も襲われたデザイナーの江口は、脳腫瘍ではないかと怖れ、学生時代の友人が開業している諫早医院に駆け込みます。医院の玄関で意識を失った江口がベッドで目覚めてみると、諫早医師が診察室で刺殺されていました。数日前に諫早から奇妙な正方形の絵画を預けられていた江口は、殺人事件の謎を解く鍵がその絵に隠されているのではないかと疑いますが・・・。
「発熱」:事務機器メーカーのエンジニア・富岡は、たまたまコピー機の修理に訪れた会社の女性社員・真理子と不倫関係になります。関係を知った富岡の妻は、真理子と話し合った直後に、風邪のような発熱から衰弱して急死してしまいます。富岡と真理子は同棲生活を始めますが、富岡が真理子の旧友、萌子と浮気してしまったことから、真理子は部屋を出て行ってしまいます。慰謝料代わりに、ペットの世話をするよう命じて・・・。感染症の知識のある読者には最初からバレバレのネタでした。
「頭痛」:フリーライターの比留間はしつこい頭痛に悩まされていました。脳のMRI検査の結果、大脳の一部が石灰化していることが判明しますが、原因は不明。比留間は、3年前に交通事故で頭を打ち、入院したことがあるのを思い出しましたが、その前後の記憶があやふやなのに気付きます。手がかりを求めて、比留間は入院していた医院を訪れますが――。悪意ある特定の意図を持った医師が、患者に何ができるのかがあからさまに描かれ、空恐ろしい気分にさせられます。
「動悸」:5年前、不整脈の治療のためペースメーカーを埋め込んだ西村は、最近、夜中になると強い動悸に悩まされ、同時に悪夢を見るようになっていました。ペースメーカーの手術を受けた病院へ行ってみると、院長は息子に代替わりしていました。ペースメーカーのプログラミングを調整するために入院することになった西村は、5年前に手術を受けたとき担当だった看護師・里香子のことを思い出します。そして、その後に起こった、思い出したくない悲劇も――。
「腹痛」:救急医の新居は、夜中に激しい腹痛を訴えて運び込まれた青年を診察しますが、異常は見つからず、鎮痛剤を与えて帰します。その後、都内の病院の雇われ院長に就任したばかりの新居のところに、暴力団風の男がやって来ます。例の腹痛を起こした青年が、その晩のうちに急死した、医療過誤で訴えると脅して来たのです。必死に対応を画策する新居は、その裏に隠された過去の秘密に気付きます。
「発疹」:コンビニチェーンの本社統括部に勤める梅多は、新商品企画会議で、部長が推薦した輸入品のサプリメントカプセルをのみます。その後、サプリメントをのんだ梅多を含む数人に、激しい痒みを伴う発疹が出、さらに発疹が出た社員がひとり、またひとりと変死します。恐怖を感じた梅多は、サプリメントの正体を知ろうと、独自の調査を開始しますが、彼が行き着いた先は会社に潜む闇の部分でした・・・。

オススメ度:☆☆☆

2007.3.4


猫は手がかりを読む (ミステリ)
(リリアン・J・ブラウン / ハヤカワ・ミステリ文庫 2001)

「あなたは犬派ですか猫派ですか?」と問われれば、断然猫派と答えます(笑)。ですが、猫が主役または重要な役どころを務めるミステリはたくさんあるのに、あまり読んでいませんでした(「ミセス・マーフィー」とか「三毛猫ホームズ」とか)。で、遅ればせながら、この「シャム猫ココ」シリーズに手を出すことに。
ハヤカワ・ミステリ文庫では、シリーズ第1巻として
「猫は殺しをかぎつける」が出ているわけですが、実はそれは第4作で、この「猫は手がかりを読む」が本当の第1作なのだそうです。ですので、原作の順番に合わせて読んでいくことにしました。
第1作だけあって、これは人間の主人公クィラランと、シャム猫ココの馴れ初めの記でもあります。
“デイリー・フラクション”紙の編集部に雇われたベテラン新聞記者クィラランは、畑違いの美術担当になります。同紙ではマウントクレメンズという謎の美術批評家がコラムを担当しており、辛辣な批評で町の芸術家や画商、美術館員らに混乱と軋轢を引き起こしていました。クィラランは取材を通して、商業的に成功した青年画家ハラペイ夫妻、画廊経営者のアールと妻で画家のゾーイ、ゾーイの友人で金工家のブッチー、前衛的な造形芸術化ナインオウらを知りますが、かれらの間には悪意と中傷が渦巻いており、その中心にはマウントクレメンズがいるようでした。ところが、ひょんなことからクィラランはマウントクレメンズの家に下宿することになり、美術評論家の見事な料理につられて、彼の飼い猫で高貴なシャム猫のココ(本名カウ・コウ=クン)の世話役も押し付けられることとなります。
やがて、画廊を経営するアールが刺殺され、絵の一部が切り裂かれているのが発見されます。腕利きの警察担当記者だった経験を生かし、クィラランは事件の謎に取り組みますが、ふたたび芸術家が変死し、事態は混迷を極めてきます。シャム猫ココが読み取った、事件の手がかりとは――。
ココが擬人化されて語ったりするシーンがあるのかと思っていましたが、そのようなことはなく、あくまでココは猫らしく、偶然なのか故意なのかわからない形でクィラランに事件解決のヒントを示します。犯人探しの謎解きミステリとしてはアンフェアかもしれませんが、登場人物たちのユーモラスなやり取りや、ココの猫らしさを味わうのが本筋というものでしょう。 このシリーズ、ぼちぼち読んでいきます。

オススメ度:☆☆☆

2007.3.5


ハサミ男 (ミステリ)
(殊能 将之 / 講談社文庫 2002)

1999年にメフィスト賞を受賞した、作者のデビュー長篇。一種独特の雰囲気が漂う、奇妙な味の一品です。
女子高校生が絞殺され、鋭く尖ったハサミの先でのどを刺し貫かれるという猟奇的な殺人事件が、1年余りの間に2件起こります。マスコミは、犯人を「ハサミ男」と呼んでセンセーショナルに扱っていましたが、犯人の手がかりも掴めないまま、2件目の事件から半年が過ぎ去り、世間の関心も薄れていました。しかし、犯人である主人公は、3人目の犠牲者に目をつけ、身辺を慎重に調べ始めていました。
主人公は20代独身のフリーターで、神田の小さな出版社でアルバイトをしています。この出版社は高校生向けの通信講座もやっており、主人公が犠牲者を見つけるのも、受講者名簿からでした。今回、目を付けられたのは目黒区の葉桜学園高校に通う樽宮由紀子でした。主人公は由紀子の家を探り、学校から家までを尾行しながら、犯行の機会をうかがいます。また、主人公には自殺願望があり、毎週のように自宅でクレゾールや殺鼠剤を飲んだりして、手を変え品を変え自殺未遂を繰り返しています。そして失敗した後には、必ず「医師」と呼ばれる人物と不愉快な面談をしなければなりません。
晩秋のある日、ついに由紀子の殺害実行を決意し、先端を鋭く磨き上げたハサミを用意して由紀子の自宅近くの公園に向かいますが、誰かに先を越されていたことを発見して愕然とします。「ハサミ男」とまったく同じ手口で、樽宮由紀子が殺害されていたのです。はからずも第一発見者のひとりとなってしまった主人公は、「医師」に要求されて由紀子殺しの真犯人を突き止めるべく、由紀子の家族や同級生に探りを入れ始めます。
一方、第三の「ハサミ男」殺人に警察も色めきたち、所轄の目黒署には警視庁のエリート犯罪心理分析官・堀之内が派遣されてきます。目黒署の若手刑事・磯部は堀之内の指示を受けて聞き込み捜査を開始します。情報を集めるうち、由紀子の死体の発見者のひとり、フリーターの日高光一を怪しいとにらんだ刑事たちは、彼の身辺を探り始めます。
主人公のモノローグと、刑事たちの活動が交互に物語られる構造になっており、由紀子の複雑な家庭環境や奇妙な行動が、次第に詳しく明かされていきます。同じ場面が主人公の視点と刑事たちの視点とで別々の角度から語られたり(当然、双方の視野に相手が映っているところが描かれたりします)、モザイクノベルでよく使われるテクニックも生きています。主人公と「医師」のカウンセリングめいた会話(「医師」の正体は、序盤で見当がつきますが、別に作者はそのことを隠しているわけではありません)はサイコスリラー風味ですし、所轄の刑事たちの日常会話は本格的警察小説。そして、犯人探しには二重三重の大掛かりなトリックが仕掛けられ、本格謎解きミステリとしても満足のいく出来になっています。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.3.7


一八八八切り裂きジャック (ミステリ)
(服部 まゆみ / 角川文庫 2002)

19世紀末の英国ロンドンを恐怖のどん底に陥れた実在の連続殺人鬼「切り裂きジャック」。彼(または彼女)については、数ヶ月の間に犯行が止み、最後まで捕まらなかったこともあって、その正体をめぐり内外で無数の本が書かれています。
これまで読んだ中では、名探偵エラリイ・クイーンとかのシャーロック・ホームズが半世紀の時を超えてジャックの正体に挑む「恐怖の研究」(エラリイ・クイーン)、ジャックが20世紀のアメリカで生き延びていたという設定の「切り裂きジャックはあなたの友」(ロバート・ブロック)などが印象に残っています。キム・ニューマンの
「ドラキュラ紀元」でも、吸血鬼の娼婦を次々と殺す切り裂きジャックの正体を暴くのがストーリーの柱になっていました。未読の本の山の中にもコリン・ウィルスン、パトリシア・コーンウェル、仁賀克雄などのノンフィクションから、菊地秀行、栗本薫らのフィクションといった『切り裂きジャック』ものは枚挙にいとまがありません。
さて、この「一八八八切り裂きジャック」は、フィクションです。しかし、主人公ら架空の人物に実在の人物を上手にからみあわせ、ヴィクトリア朝時代(厳密に言えば“ヴィクトリア朝”という王朝は存在していないので、“ヴィクトリア女王在位の時代”と呼ぶのが正しいのでしょうけれど)のロンドンの風俗なども緻密に描写されていて、ミステリであると同時に重厚な歴史小説にも仕上がっています。
語り手の柏木薫は、国費でドイツに留学している医学生。北里柴三郎や森林太郎(後の森鴎外)と共に勉学にいそしんでいましたが、ふと目にした論文で、異常な畸形のまま生きているジョゼフ・メリック(通称“エレファント・マン”)を知り、実物を研究したいと志してロンドンへと渡ります。
初日の晩、柏木は深夜のイースト・エンドでごろつきに襲われていた女性を助けます。彼女はヴィットリアと名乗っただけで、姿を消してしまいますが、柏木は彼女の鳶色の瞳が忘れられなくなってしまいます。旧知の友人・鷹原光の下宿に転がり込んだ柏木は(作者はホームズとワトスンの関係を意識して書いていると思います)、イースト・エンドにあるロンドン病院でメリックの世話をしているトリーヴス医師に師事します。毎日のようにメリックの病室へ通いながら、隣家のおしゃまな少女ヴァージニア(後のヴァージニア・ウルフ)との交流(柏木は「不思議の国のアリス」にちなんで彼女を「アリス」と呼びますが、「薫」=「キャロル」というのは考えすぎでしょうか(^^;)や、スコットランドヤードに務めながらもロンドン社交界とも関係が深い鷹原につれられて、心霊学者ブラヴァツキー夫人の降霊会に出席したり、英国王家とも知り合ったり、柏木は忙しい日々を送ります。
そんな中、イースト・エンドで娼婦が喉を切り裂かれて殺されるという事件が起こります。ヤード勤務の鷹原は熱心に捜査に参加し、柏木も否応なく事件に関係していくことになります。しかし、被害者は次々に増えていき、新聞社には“切り裂きジャック”を名乗る手紙が舞い込みます。
他のフィクション、ノンフィクションでもそうですが、ジャックの容疑者には事欠きません。メスさばきの鮮やかさから、医師ではないかという説も根強いですし、皇族や貴族関係者、外国船の船員、ユダヤ人や共産主義者、単なる精神異常者など、これまで容疑者として名前を挙げられた人物は100人を越すそうです。この作品でも、王室のエドワード王子、弁護士のドルイット(ヴィットリアに顔立ちが似ています)、ヴァージニアの従兄弟で狂気を秘めた詩人スティーヴン、自警団を結成した社会主義者ラスクなど、柏木と鷹原はジャックの正体をめぐって悪夢めいたロンドンの霧に深く足を踏み入れていきます。
ラストで明かされる犯人とその動機、手口も説得力があります。もちろん、小説ですからそれなりに伏線や演出が効果的に使われているわけで、その意味ではノンフィクションの諸作品が持論を声高に主張しているのと異なり、読者にも受け入れやすく仕上がっているわけです。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.3.13


恒星三角形の呪縛 (SF)
(H・G・フランシス&ハンス・クナイフェル / ハヤカワ文庫SF 2007)

『ペリー・ローダン・シリーズ』の第333巻です。
今回は、ある意味ちょいと特異で、ふたつのエピソードとも、ローダンやアトランをはじめとする主要登場人物がまったく出てきません。唯一の例外は、後半の冒頭にブリーが数ページ出てくるだけです(もともとブリーは登場頻度がかなり少ないですから、主要人物と言えるのかどうか・・・笑)。どうやら、今後の展開へ向けていろいろと伏線を張る巻のようです。

「火山泥棒」(H・G・フランシス):なんか“火事場泥棒”みたいなタイトルですが(笑)。地球から1万7千光年あまり離れたトウ=トノ星系の第2惑星には、先史時代の文明の遺跡があり、その中心に位置するクモル火山は、人類の知性を向上させる放射を出す稀少物質クモル金属が銀河で唯一、採鉱できる場所でした。人類にとって貴重なこの金属がラール人の手に落ちるのを防ぐべく、火山全体を惑星から切り取って運び出そうと、ローダンの密命を帯びたコマンドがトウ=トノ星系にやってきます。指揮官は、何十巻ぶりの登場でしょうか、悪魔のような外見のシェボパル人で知性捜索コマンドのチーフ、シェFでした。ところが、クモル火山に建てられた大学では、学長のアンティ、パイルシェ=パモの主導でレトルト培養人間の実験が行われていました。クモル金属がなくなれば実験が続けられなくなるパイルシェ=パモは、シェFに敵対して古代文明が遺した兵器を投入します。しかし、事態をかぎつけたラール人の意を受けた超重族の艦隊が迫っていました・・・。フランシスよりもフォルツが好んで書きそうな思わせぶりなエピソードですが、ここで初登場したレトルト人間のフランクが、今後のストーリーに大きくからんできそうな予感がします。

「恒星三角形の呪縛」(ハンス・クナイフェル):ラール人から人類を守るために意を砕くブリーが取り寄せた、20年前のエクスプローラー船の記録。それは、“大群”が銀河に出現する直前に、古レムール人が建設した恒星転送機を探すために銀河中枢部へ送り込まれたエクスプローラー船2隻の冒険でした。アンドロメダ星雲につながる転送機とは別の恒星転送機を発見したエクスプローラー・コマンドですが、待機中に“大群”の痴呆化放射に襲われ、乗組員のでたらめな操作の結果、偶然にも古レムール人が疎開した二重星系にたどりつきます。船長のレルクは、そこに地球型の惑星を発見しますが・・・。
前半のシェFといい、“アンドロメダ”サイクルや“大群”サイクルなど、ディープなファンには懐かしい舞台や名前が次々出てきて、もしかして懐古モードに入ったのだろうか、という気になりましたが、途中からシリーズを読み始めた人には、何が何やらというエピソードかもしれません(笑)。
このエピソード、まだまだ続きそうです。

オススメ度:☆☆☆

2007.3.14


きみの血を (ホラー)
(シオドア・スタージョン / ハヤカワ文庫NV 2003)

ホラー界で幻の古典と言われていた作品の復刊。
スタージョンを初めて読んだのは、SF映画「地球の危機」のノヴェライゼーション「原子力潜水艦シービュー号」(創元推理文庫)でした。それもあって、最初はガチガチのSF作家というイメージが強かったのですが、ミュータント・テーマの古典「人間以上」、カーニバルを舞台にしたダーク・ファンタジー風味の「夢みる宝石」(どちらもハヤカワ文庫SF)と読み進むにつれて最初のイメージは崩れていき、SFからダークな幻想小説、怪奇小説までを広くカバーしていることがわかってきました。特に、モダンホラーアンソロジー「闇の展覧会」(ハヤカワ文庫NV)に収録された「復讐するは……」は、メディカル・ホラーの傑作でした。
そんなスタージョンですから、ヴァンパイアもののホラー小説を書いていたと聞いても、さして驚きはしなかったのですが、読んでみると予想外。マシスンの「地球最後の男」のようなSF要素を含んだ(例えばお得意のミュータントとか)吸血鬼小説かと思っていたのですが、道具立ても舞台設定も非常に地味な心理小説――現代ならば間違いなくサイコホラーとして売り出されるだろう異常心理小説だったのです。
日本のアメリカ軍基地に駐屯していた兵士ジョージ・スミスは、故郷の恋人に書き送った手紙の内容を問われて上官に激昂、手にしたガラスのコップを握りつぶすと、上官に殴りかかろうとします。ところが、ガラスの破片で切った自分の手から流れる血に気付くや、夢中で吸い始めました。この異常な行動から、本国に送還されたジョージは精神科病棟に収容され、精神科医フィリップに精神分析を受けることになります。無口で失語症傾向があるジョージの内面を知るために、フィリップは自伝的な小説を書いてみるように勧め、物語の前半はジョージの半生の物語が占めます。
ジョージは病弱の母親と飲んだくれの父親の間に生まれたひとり息子でした。酔って父親が振るう暴力を逃れ、ジョージは幼い頃から森の中でひとりで過ごしていました。釣りと狩りが、ジョージの慰めだったのです。無口なジョージは小学校でも友達ができず、周囲からは知恵遅れだと思われていました。貧しかった家庭は母が病死してからますます困窮し、ジョージは食料品店から盗みを働くようになります。父親もそれを黙認するどころか奨励していましたが、やがて犯行は露見し、ジョージは少年院へ送られます。服役中に父も死に、刑期を終えて16歳になったジョージは伯母メアリーに引き取られ、伯母の連れ合いのジムの農場で暮らすことになります。たくましい大男に育っていたジョージは、隣家(といっても山を越えた向こう)の娘で体と知能に若干の障害があるアンナと知り合い、肉体関係を持つようになります。しかし、平穏に見えた生活を乱す出来事があり、ジョージは自ら志願して兵役につくことになります。
後半は、フィリップが様々な精神分析の手法を駆使して、ジョージの内面に隠された謎を解明していきますが、会話のテープ記録や手紙のやりとりで構成されるため、一直線に謎が解かれるという形にはなりません。しかし、徐々に真相が明らかになっていくに従って、前半のジョージの小説に隠されていた伏線が見事に効果を発揮してきます。そして極めつけ、ラストで明かされるジョージがアンナに書いた手紙の中身は、実にリアルでぞっとさせられるものです。
たしかに、この作品がヴァンパイア・テーマの小説の中で特異な地位を要求できるものだということは、間違いありません。好みに合うかどうかは別として。

オススメ度:☆☆☆

2007.3.15


猫はソファをかじる (ミステリ)
(リリアン・J・ブラウン / ハヤカワ・ミステリ文庫 2001)

『シャム猫ココ』シリーズの第2作(日本版ではシリーズの3番目)です。
前作
「猫は手がかりを読む」で、なしくずし的にシャム猫ココのパートナー(“飼い主”と書くとココに怒られそうです)となった新聞記者クィララン。前回も畑違いの美術担当記者にされていたクィラランですが、今度もまた、まったく縁がない、新たに創刊されるインテリア雑誌の編集を任せられてしまいます。今の住居から近々の立ち退きを通告されているクィララン、断れば首が危なくなるのでやむを得ず引き受けます。
いざ引き受ければ全力で取り組む彼のこと、町の有力なインテリア・デコレイター、ライクと良好な関係を築き、ライクの紹介で大邸宅に住む翡翠コレクター、テイトのインテリアを取材します。ところが、雑誌が出た直後、テイトの屋敷からコレクションの翡翠が盗まれ、病弱だった夫人が遺体で発見されるという事態が発生してしまいます。警察は姿を消した下働きの少年に嫌疑をかけ、ライバル紙はクィラランの雑誌の記事が犯行の誘因になったのではないかと非難します。名誉挽回のため、クィラランは編集局長を説得して事件に首を突っ込もうとしますが・・・。
ココは今回は冒頭から機嫌が悪く、高級ソファをかじったり(これがタイトルの由来)姿をくらませたりします。しかし、クィラランとの日課、辞書を開いて単語を示すゲーム(その単語をクィラランが知っているかどうかで勝負が決まる)では、故意か偶然か、自分の意思を示しているような様子が垣間見えます。一方、クィラランはクィラランで、インテリア会社に勤める女性コーキーと、いい雰囲気に。とはいえ、第2号の取材をした建物でも、またトラブルが――(つーか、この建物が出てきたとたん、正体がぴんと来てしまい、「おいおい、こんなの取材していいの?」と思ってしまったのですが)。
ラストで、またもクィラランはココの活躍で命拾いし、ココが抱えていた問題も解決されて、めでたしめでたしとなります。

オススメ度:☆☆☆

2007.3.16


霊玉伝 (ファンタジー)
(バリー・ヒューガート / ハヤカワ文庫FT 2003)

「鳥姫伝」に続く中華伝奇冒険ファンタジーの第2弾です。
「鳥姫伝」で謎の奇病に倒れた村の子供たちを救おうと、唐代屈指の賢者・李老師を頼った若き農夫・十牛。中国全土を経巡る冒険の末に事件は解決し、現在は十牛は李老師の一番弟子・・・と言いますか、唯一の弟子として鍛えられています。
ある日、李老師の許へ助けを求めてきたのは、哀谷にある寺の管長でした。寺の法師のひとりが人間業とは思えないような形で惨殺され、犯人は750年前に死んだ暴虐な王・笑君ではないかと言うのです。笑君とは、哀谷を現在治める劉宝王の祖先で、自らの利得のために民衆を酷使し、暴虐の限りを尽くしたあげく、狂死したという悪名高い王。調査のために現場を訪れた李老師と十牛は、笑君にまつわる謎の石の伝説に突き当たります。
笑君の墓所に秘められた謎を探るため、李老師は都・長安に赴き、天才的な楽人・月童に協力を仰ごうとしますが、月童ははるか西方の趙王の宮廷に滞在中とのことでした。気ままな月童を連れ戻せる女性・暁愁を長安の妓官長から借り出した李老師は、早馬を駆って趙王の宮廷へ。暁愁は子供の頃の記憶を失くしているものの、武芸に優れ諜報員としても鍛えられた美貌の女性で、十牛は一目惚れしてしまいます。
3人が趙の主父王の宮廷へ到着してみれば、月童は千年に一度という天才的イケメン楽士でありながら、男色でも地獄の鬼さえ骨抜きにしてしまうというテクニックの持ち主。一行は知恵を絞って、屈強で勇敢な主父王と彼が率いるアマゾン軍団のような女性兵士の精鋭・金燦女軍を出し抜き、月童をなんとか連れ出すことに成功します。
哀谷に取って返した一行は、劉宝王とともに笑君の墓所の謎を解こうとしますが・・・。
これで全体の半分くらいです。前作では“心優しい力持ち”の農夫だった十牛は、李老師の教育のおかげと生まれつきの頭の回転の早さで、知恵も併せ持つようになっています。一方、良識を失くした――と言うと言いすぎでしょう、“ハメを外したガンダルフ”という雰囲気の李老師のコンビに、秘密の過去を背負った女戦士・暁愁と性技の(←変換ミスではありません)楽士・月童が加わって(表紙カバーイラストに描かれたふたりですな)、冒険が繰り広げられていきます。発端は怪事件、謎解きの鍵を握る宝物の存在、協力者を求めての第一の冒険、決死の逃避行、さらに危機に瀕した仲間を救うために異世界への第二の冒険、ラストダンジョン(!)の探索、そしてラスボスとの対決――と、冒険ファンタジーの王道を行ってはいるわけですが、微妙に外したキャラクター造型とストーリー展開で、読者はお釈迦様の手のひらの孫行者のように翻弄されてしまいます。しかも、荒唐無稽ファンタジーでありながら、前作と同様に論理的解決と意外な真相というミステリ的カタルシスも待っているのです。
第3弾「八妖伝」も出ています。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.3.18


図説 人体寄生虫学 第6版 (学術書)
(吉田 幸雄 / 南山堂 2005)

目黒寄生虫館の売店で購入した、寄生虫学の専門書。完全にプロ向けですが、基礎知識は十分だったので(笑)、夢中になって読みふけってしまいました。
「寄生虫学」とは、人間に感染して病気を引き起こす生物のうち、ウイルス・細菌・リケッチア・スピロヘータ・真菌類を除く、比較的大きな生物(アメーバのような単細胞生物から、回虫・サナダムシなどの多細胞のぜん虫類)を扱うものです。さらに、病気を媒介したり人間に害を与える動物(蚊などの昆虫類や、貝類、ネズミ、毒ヘビなど)も、広義の人体寄生虫学の守備範囲だそうで、そういった記述(「衛生動物学」)も含まれています。
内容は、人体寄生虫学の総論が記述された後、各論が詳細に展開されます。おおまかには原虫類(赤痢アメーバ、マラリア原虫、トリパノソーマ、トキソプラズマなど)、線虫類(回虫・ぎょう虫・アニサキス・糸状虫など)、吸虫類(肺吸虫、肝吸虫、住血吸虫など)、条虫類(サナダムシ、エキノコックスなど)、そして「衛生動物学」として昆虫類やダニ、ネズミ、毒ヘビなど。
ページの半分をカラー図版が占め、美しい(?)寄生虫たちが生々しく迫ってきます。著者が真面目な顔で何メートルもの条虫をぶら下げ、背後で助手らしき女性が必死に笑いをこらえているという、お茶目な写真もあったりしますが、すべて医学専門家の参考資料としての写真ですから、目を背けたくなるような写真も(特に病に冒された幼児の写真や、虫がうようよしている内臓の摘出写真など)無数にあります。生半可な気持ちでは読み進められません。
ただ、ちゃんと読めば、寄生虫病に関する正しい知識がつき、自分の身を守ることができるようにはなります。でも、これを読む前に一般向けの教養書を何冊も読んで、基礎知識を得るのが先だとは思いますが。
寄生虫に関する一般教養書としては、「寄生虫の世界」(鈴木 了司 NHKブックス 1997)がよくまとまっていて、お勧めです。

オススメ度:☆(←完全に専門家向け)

2007.3.19


真空ダイヤグラム  (SF)
(スティーヴン・バクスター / ハヤカワ文庫SF 2003)

ビッグバンによる宇宙の始まりから恒星がすべて死に絶える終焉までを壮大に描いた、宇宙年代記連作集の後半です。前半「プランク・ゼロ」では、宇宙に進出した人類が遭遇する驚くべき生命体や宇宙の神秘、想像を絶する姿やメンタリティを持った異星人との知恵比べ、超種族ジーリーの謎の解明など、センス・オブ・ワンダーに満ちた作品が多かったのですが、こちらは特に後半になると、人類と宇宙の運命をペシミスティックな視点で見つめる内容に変わってきます。全体的な雰囲気はベンフォードの機械知性v.s.有機体知性の対立を描く例のシリーズか、ブリッシュの『宇宙都市』シリーズでしょうか。
収録作品は、エピローグの「イヴ」(「プランク・ゼロ」冒頭の「プロローグ:イヴ」の直接の続き)を含めて、10篇です。

「ゲーデルのヒマワリ」:銀河系には、ジーリーと異なる太古の宇宙文明の遺物が、様々な場所に遺されていました。そんな異文明の遺産を人類のものにするのが、カプールの任務。軍人のメイスと共に巨大なスプライン船に乗り組んだカプールは、とある古い恒星系に存在する“雪片”という巨大構造物の調査に赴きます。フラクタル構造をとる“雪片”は、これを作り出した異質知性のデータバンクのようでした。数学者ゲーデルが証明した定理に秘められた“雪片”の秘密とは――。
「真空ダイヤグラム」:ジーリーが遺した巨大建造物“角砂糖”を調査する人類。内部へのあらゆる探索を拒み続ける“角砂糖”に対して、グリーン中佐は特殊な能力を持った記憶喪失の青年ポールを送り込みます。しかし、ジーリーとの共存を唱えるタフト博士はグリーンに反旗を翻し・・・。混乱の中、量子力学的波動関数を操る能力を発揮したポールは“角砂糖”内部に入り込み、ジーリーの驚くべき企てを知ることになります。
「密航者」:長篇「天の筏」の一部(冒頭または冒頭に近い部分でしょう)を抜き出して加筆した作品だそうです。ジーリーの“大放射点”を攻撃して蹴散らされた人類の末裔は、驚くべき重力定数を持つ宇宙で生活していました。鉄鉱山で働く少年リースは、宇宙への憧れに突き動かされて、天に浮かぶ“筏”を目指して密航を敢行します。
「天の圧制」:“大放射点”への攻撃が失敗した結果、付近の星系に散った人類は、それぞれコロニーを築いて孤立して歴史を刻むことになりました。そして数万年後、宗教的情熱をもって、散在する人類コロニーへ布教を続ける“全一”のスプライン船団。新人パイロットのロディは、中性子星上で生活できるよう進化した人類コロニーとコンタクトし、かれらが先祖代々伝えてきた詩の断片を耳にします。ほかのコロニーでも、同じような詩が収集されていましたが、言葉の断片が組み合わさったとき、隠されていた歴史の真実がよみがえります。
「ヒーロー」「フラックス」で描かれた中性子星が舞台の一篇。森で凶悪なエイに襲われかけたテアを救ってくれたのは、伝説のスーツに身を固めた“ヒーロー”でした。しかし、彼の正体は――。どことなく「ドラえもん」や「パーマン」のような藤子不二雄テイストが漂っています。
「秘史」:「真空ダイヤグラム」でジーリーの驚くべき計画に巻き込まれた青年ポールは、はるかな時の彼方で人類を超えた存在となって覚醒します。ポールは、人類の知らない宇宙の歴史――ジーリーが巨大なリングを建造して宇宙から去った理由、ジーリーや人類に代表されるバリオン生命体とはまったく異質な暗黒物質生命フォティーノ・バードの目的――を知ることになります。
「“殻”」:この作品から先は、三部作となります。ジーリーの最終的な攻撃によって、人類は故郷の地球に“封じ込め”を受けてしまいます。それから数百万年、人類はすべての歴史を忘れ去り、氷河時代を思わせる黄昏の地球で細々と暮らし、滅びるのも時間の問題でした。しかし、好奇心と冒険心に満ちた少女アレルは、頑固な母ボイドを説得して、空を覆いつくす巨大な“殻”を目指して熱気球を作り始めます。ポオの「ハンス・プファールの無類の冒険」を思わせる旅の果てに、アレルとボイドがたどりついた場所は――。
「八番目の部屋」:アレルの孫ティールが主人公。人々は、凍てついた故郷を離れ、アレルが発見した“殻”へ移住してきていましたが、気候の変化はこちらにも否応なく押し寄せてきていました。ティールは、“殻”の原住種族マミー・カウ――どうやら人類に奉仕するために遺伝子改変されて創られた半知性種族。おそらく先祖は牛――の伝承に歌われた“八つの部屋”を求め、家族を捨てて旅立ちます。“八つの部屋”を通り抜け、八番目の部屋にたどり着けば、外世界への道が開かれるというのです。同行したマミー・カウのオレンジに助けられ、なんとか“八つの部屋”へ到着したティールが発見したものは――。
「バリオンの支配者たち」:ティールの旅と発見から8年――。人類の居留地はさらに苛酷な気候にさらされ、食糧難と病気で全員が死んでしまうのも時間の問題と思われました。ティーンの妻だったアーワルは、かつては自分を裏切った夫の発見を信じていませんでしたが、わらにもすがる思いから、村人たちとともに“八つの部屋”を探して旅立ちます。たどり着いた“八つの部屋”は、人々に温かい寝場所を提供してくれましたが、アーワルは八番目の部屋の先にある黒い物体に気付きます。そして、声なき呼びかけが――それは、非物質知性となって宇宙をさまよっていたポールでした・・・。
「エピローグ:イヴ」:亡き妻イヴのヴァーチャル存在の導きで、数百万年先の未来を垣間見たラウールは、シルヴァー・ゴーストが行おうとしている実験の正体に気付きます。しかし、新たな未来を創造しようとしたゴーストの試みは思わぬ展開を見せ・・・。何とも言えない余韻を残すラストは、この壮大な年代記にふさわしい幕切れでしょう。いくらでも続篇が書けそうですし。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.3.20


昇竜剣舞3 ―戦士の帰還―  (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2003)

『時の車輪』の第7シリーズ第3巻です。
今回はアル=ソアとその周辺メンバーの登場はなし。エグウェーン一行と、ナイニーヴ&エレインの遠征隊の動きが、それぞれ描かれます。
ガレス・ブライン卿が率いる軍勢を護衛に、タール・ヴァロンの“白い塔”に向けて進むエグウェーンたち。確固たる基盤のないアミルリン位のエグウェーンは、相変わらず先輩“異能者”たちの口出しや対立に頭を痛めています。そんな中、シウアンから“異能者”のひとりシリルが重要な隠し事をしているという情報を聞かされます。ガレス卿やシウアンとともに、シリルの秘密が隠された場所へ赴いたエグウェーンは、
前シリーズのラストで傷心のうちに姿を消した戦士の姿を見出します。パートナーを喪ったことで狂気の寸前にいた彼に、エグウェーンはある任務を授けるのでした。
一方、強大な力を秘めたテル=アングリアルを求めて港町エバウ・ダーに滞在中のナイニーヴ、エレイン、ビルギッテ、アビエンダは、海住民族に協力を求めます。ほとんど水のない荒地育ちのアビエンダが、海を見たときの反応が微笑ましいです。また、彼女らに同行しながらもないがしろにされているマットは、街で見覚えのある女性を見かけますが、それはかつてマットを殺そうとした闇の信徒でした・・・。
物語は、ゆったりとうねりを強めているようです。以下、次巻

オススメ度:☆☆☆

2007.3.21


星の葬送 (ファンタジー)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 2003)

『グイン・サーガ』の第88巻。タイトルどおり、ひたすら「お葬式」(の裏側)のお話です。 前巻のラストで、ついに来るべきものが来たと言いますか、あの人が逝去されました。その翌日の1日を描くのが、この「星の葬送」です。
栗本さんもあとがきで伊丹十三監督のあの映画を引き合いに出しておられますが、たしかに人が亡くなった際は、その人が重要人物であればあるほど、遺された人々の間の人間模様や心理葛藤が赤裸々になるわけで、その意味では重要な巻だと思います。
自分の立場と悲しみとの間で揺れ動くリンダ、ひたすら実務に没頭するヴァレリウス、己の迷いを捨てきれないまま気丈に対処するリギア、常に落ち着いて、皆の心のよりどころとなるグイン、思いがけず現れる●●●●(伏字)、そして、いかにも彼らしいというか、そこまでやるかという破天荒な行動に出るイシュトヴァーン・・・。しかし、各人がそれぞれに自らけじめをつけ、癒しをもたらされて、新たに未来へ向かって歩き出します。それこそが、死者の望んだことなのでしょうから・・・。
次回からは幻魔大戦(違)でしょうか?

オススメ度:☆☆☆

2007.3.22


凶笑面 (ミステリ)
(北森 鴻 / 新潮文庫 2003)

人呼んで“民俗学ミステリー”。短篇集『蓮丈那智フィールドファイル』の第1巻です。伝奇的要素満載の贅沢な謎解きミステリが5篇。実に面白いです。こういう伝奇ネタは、付け焼刃の底の浅い知識を振り回す作家の手になると、途方もなく萎える結果になるのですが、そんな心配は杞憂。じっくりと描きこまれた古代史や遺跡、宗教的遺物の謎は、史実と虚構が見事に入り混じり、重厚なリアリティをかもし出しています。作者の北森さん自身、「短篇一つでも膨大な資料を集めなければならず、量産がきかない」とおっしゃっていますが、言ってみれば伝奇長篇5本分の上質のネタが300ページあまりの中に凝縮されているわけです。こんな贅沢な短篇集はめったにありません。第2集「触身仏」も出ています。
物語のパターンは決まっています。東敬大学民俗学助教授で、異端の学者と呼ばれる美貌の天才学者・蓮丈那智と、その助手の内藤三國が、民俗学の調査に全国各地に赴き、関連して発生する殺人事件などに巻き込まれます。しかし、那智が持ち前の直観力と観察力、論理構築力で快刀乱麻、事件を解決すると共に民俗学上の謎も解明してしまうという次第。しかし、諸々の理由により、その成果を学界に発表できない、いわゆる「X−ファイル」になってしまった事件が集められているというわけです。歴史ミステリと本格謎解きミステリの醍醐味が同時に味わえるという贅沢な趣向で、使われているトリックには森博嗣さんのテイストがあるものもあります。
ワトスン役の内藤も決して無能な研究者というわけではないのですが(那智がわざわざ助手に抜擢したくらいですから、並以上の能力を持っているはずです)、どうしても引き立て役の常識人という役回りになってしまっています。とはいえ、彼がいればこそホームズ役の那智が輝き、作品に安定感が出ていることは疑いありません。
では、収録作品をご紹介しましょう。

「鬼封会」:学生のひとり都筑が那智に送りつけてきたビデオには、彼の故郷である岡山県のある村に伝わる祭祀が映っていました。しかし、穢れを払うとされる「鬼封会」に属すると思われるその映像には、過去に収集された事例にはないパターンがありました。興味を引かれた那智と内藤は祭祀を伝える青月家にフィールドワークに出かけますが、調査を始めたとたん、都筑が殺害されてしまいます。ストーカー行為の末の事件ということでしたが、那智が「鬼封会」の真の意味を解くと同時に、都筑の死の真相も明らかになります。
「凶笑面」:長野のさる村に、死者を続出させるという禍々しい面が伝えられているので、民族学的調査をしてほしい――依頼して来たのは、業界で悪名高い骨董屋・安久津でした。面を所蔵している谷山家を訪れた那智は、すでに他大学の民俗学者・甲山が調査を進めていることを知ります。安久津は凶笑面の他にもう一枚、喜人面が存在するという写真を見せ、謎はますます深まります。ところが翌朝、面を収めた蔵の中で、重いガラス瓶で頭を割られて死んでいる安久津が発見され、警察は当主の谷山玲子に嫌疑をかけます。画期的だという甲山の理論を聞いた那智は――。
「不帰屋」:かつて絶対的に男性中心だった中近世の日本社会で、年に1回だけ女性が男性よりも優位になれるという祭事――“女の家”。フェミニストの論客として名高い護屋菊恵の依頼で、東北の山村の屋敷に残る不思議な離れの正体を確かめに赴いた那智と内藤。茶室に似たその離れは、ふたつの巨大な一枚板から作られたもので、戸口の他は対面に小さな窓があるだけの狭い部屋でした。菊恵は、この部屋は女性が生理の期間中にこもることを強制された“不浄の間”だと考えていましたが、翌朝、当の菊恵が部屋の中で死体となって発見されます。現場はまさに“雪の密室”でした・・・。古典的な密室トリックが光ります。
「双死神」:全国各地に残る“だいだらぼっち”伝説と古代製鉄集団との関連についての仮説を検証するために、珍しくひとりでフィールドワークに出かけた内藤。中国地方の山間にやってきた内藤は、古代製鉄場の遺跡を見つけたという地元の研究家・弓削と落ち合い、調査に張り切る内藤ですが、宿で那智に雰囲気がよく似た謎の女性に声をかけられ、謎めいた警告を受けます。女性は“狐”と名乗り、“税所コレクション”という言葉を残して消えます。数日後、横穴式遺跡が崩落して弓削が死に、警告は現実のものとなりますが・・・。“狐”の正体は、実は――って、見え見えですが。
「邪宗仏」:聖徳太子はイエス・キリストだった――唐突につぶやいた那智の言葉に秘められた古代史の謎とは・・・。山口県のさる村に、両腕を肩から切り落とされた観音像があるという2通の手紙を受け取った那智は、内藤と共に現地に赴きます。ところが、到着してみると、片方の手紙の差出人は仏像と同じ両腕を切り落とされた姿の死体となって発見され、村は大騒ぎとなっていました。もう一通の手紙の差出人・佐芝は村の有力者で、謎の仏像を元ネタに日ユ同祖論やら何やらのトンデモ仮説を組み合わせて大々的に村おこしを目論んでいました。佐芝のセクハラ(笑)を軽々とあしらいながら、腕を切り取られた死体の謎を、那智が鮮やかに解きます。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2007.3.23


ドリームキャッチャー(1〜4) (ホラー)
(スティーヴン・キング / 新潮文庫 2003)

最近のキングには珍しい、ストレートな本格モダンホラーです。題材といい料理のしかたといい、ストーリー展開といい、クーンツかマキャモンと間違えてしまうほど(笑)。4巻1300ページ超のボリュームがまったく気になりません。
ニューイングランドの町デリー(あの
「IT」の舞台です)で育った幼馴染の4人組は、大人になってからも毎年11月に集まって山へ鹿狩りに行く習慣を守っていました。4人とも既に40を間近にし、それぞれに悩みを抱えています。大学助教授のジョーンジーはこの春に交通事故で生死の境をさまよい、いまだに後遺症に悩まされています。精神科医のヘンリーは自殺願望に取り憑かれ、自動車セールスマンのピートはアルコール依存症、大工のビーヴァーは結婚生活の危機にあります。しかし、4人はただの悩める中年男ではありませんでした。
4人とも、普通の人とは異なる特殊能力の持ち主であることは、プロローグで描かれる4者4様のエピソードでさりげなく示されます。人の心が読めたり、将来の出来事が予測できたり、離れた場所で起きていることがわかったり・・・。この超能力は「不定期エスパー」のようなもので、常に現れるわけではありません。しかし、この年(2001年)には、なぜかそれがはっきりと現れているようでした。
さて、ジョーンジーは山小屋の近くで、遭難したらしい見知らぬハンターを助けます。しかし、マッカーシーというそのハンターは異様な様子でした。記憶が混乱しているばかりか、前歯は抜け落ち、頬には赤い発疹が生じ、毒ガスどころの騒ぎではない強烈な臭気のガスを絶え間なく尻から発するのでした。ジョーンジーとビーヴァーは、なんらかの感染症を疑いますが、放ってもおけず、マッカーシーをベッドに寝かせます。吹雪が激しくなり始める中、森の上空には怪しい発光体が乱舞し、野生動物たちが群れをなして移動していきます。飛来した州空軍のヘリコプターは、この地域が閉鎖されたことを伝え、動かないでいるようにと告げて、飛び去ります。
一方、ふもとの雑貨屋“ゴッセリン”へ食糧の買出しに出ていたヘンリーとピートも、山小屋へ向かう途中、放心したように座り込んでいる人影にハンドルをとられ、事故を引き起こしてしまいます。けがをしたピートを残し、ひとり山小屋へ向かったヘンリーは、その能力で山小屋で異変があったことを察知します。
事件に巻き込まれた4人組には、申し合わせたかのように共通の記憶が甦ります。一時的に仲良しグループ5人目のメンバーだったダディッツのことでした。ダウン症候群で特殊学校に通っていたダディッツが、不良上級生にいじめられているのを見た4人は、身体を張ってダディッツを助け、親友になったのでした。成長するにつれ、ダディッツの記憶は次第に薄れていっていましたが、ダディッツは4人のことを忘れてはいませんでした。親友たちの危機を察知したダディッツは・・・。
ここまでが第1巻。無気味で怪しげな雰囲気を盛り上げるだけ盛り上げておいて、2巻では一気に爆発します(怪物の登場シーンは、まんま「エイリアン」)。軍の特殊部隊が集結し、周囲を封鎖しての機密作戦を開始。指揮官のカーツは冷酷なサディストで、副官アンダーヒルは反感を抱いています。しかし、命令に従い、アンダーヒルは山中に着陸した謎の物体に攻撃をかけます。ですが怪物は死んではいませんでした。そして、いくつもの偶然と陰謀が絡み合った結果、後半にいたって三つ巴の壮絶な追跡劇が展開されることになります。ここからはクーンツの「戦慄のシャドウファイア」かマキャモンの「遙か南へ」もかくやという展開。たしかにキングはふたりのことを意識しているようで、ある登場人物の本名はクーンツ(さえない名字なので(笑)改名したらしい)ですし、章題のひとつはそのものズバリ「遙か南へ」です。
以前、「トミーノッカーズ」を読んだ時にキング版「未知との遭遇」という表現を使いましたが、こちらの方が真のキング版「未知との遭遇」(+「エイリアン」&「宇宙戦争」)だと思います。1巻こそ、キング独壇場の粘液質の恐怖がじわじわと迫ってきますが、2巻以降はクーンツばりのジェットコースター・ノベル。終わらせ方もクーンツ(またはマキャモン)風で、さわやかな読後感になっています。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2007.3.29


逆説の日本史7 中世王権編 (ノンフィクション)
(井沢 元彦 / 小学館文庫 2003)

『逆説の日本史』のシリーズ第7巻です。
前巻の後半では、後醍醐天皇と建武の新政の裏面が描かれましたが、今回はその続き。半世紀にわたる南北朝の争乱を招いた後醍醐天皇の失政と、その時代を描いた「太平記」に秘められた謎、そして室町幕府を開いた足利氏の将軍たち――尊氏、義満、義教の功罪が、まったく新たな視点から掘り起こされます。
実は、高校時代に習った日本史の授業の中で、室町時代はもっとも印象に残らなかった時代でした。建武の新政の他は、北山文化・東山文化の相違とか、応仁の乱について少し触れただけで、すぐに戦国時代になだれ込んでしまったような気がします。
それだけに、日本の武家政治の歴史の中であまり大きく扱われてこなかった足利氏の将軍たちに、画期的な位置付けを与える井沢さんの筆は、まさに一読、目からウロコがぽろぽろと落ちる斬新な視点に満ちています。室町時代って、こんなに面白かった(interestingの意味です)んだ〜。
この巻を読み進んで、ふと思ったのですが、前首相の小泉さんは、このシリーズの愛読者だったのではないでしょうか。それほど、本書に書かれた「権力者とはこうあるべきだ」という理念を実践したとしか思えない、小泉氏の行状ですが(笑)。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.3.30


クスリ通 (エッセイ)
(唐沢 俊一 / 幻冬舎文庫 2003)

生家が薬局で、大学の薬学部中退という唐沢俊一さんのクスリ薀蓄エッセイ。「薬局通」の姉妹篇でもあります。
もともとは、医薬品専門商社の月報に連載していたものだそうで、1テーマがちょうど文庫本で3ページに収まっています。そのためか、ちょっと手に取っただけなのに、もう1話、もう1話と読み進んでいるうちに、小一時間でいつの間にか読み終わってしまっていました(笑)。
媒体が媒体だっただけに、あまりにトンデモな話題は少なく、どちらかといえば世にはびこっている誤った医療・薬品情報や、「健康のため(ダイエットのため、でも可)なら死んでもいい!」という極端な傾向に警鐘を鳴らす内容が、「薬局通」よりかなり多くなっています。でも、それ以外にも、日本医師会が発行していたカストリ雑誌の中身とか、「知っていても実生活には何の役にも立たない」有意義な情報がいっぱい。
とにかく、知的好奇心をくすぐられる一品です。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.3.30


モンスター・ドライヴイン (ホラー)
(ジョー・R・ランズデール / 創元SF文庫 2003)

ええと、どう表現すればいいのでしょうか(笑)。紹介文には「伝説の奇想天外スラプスティック青春SFホラー」となっていますが、おそらくそれでは言い足りていないでしょう。
語り手のジャックは、テキサスに住むごく普通のティーンエイジャー。友人たちと車を乗り回し、週末には巨大なドライヴイン・シアターでオールナイトのB級ホラー映画を楽しみ、ちょっと背伸びして未成年者お断りのプールバーに入ってみては喧嘩に巻き込まれてビビる、そんな青春を送っています。
プールバーで知り合った工員のウィラードが街を出て行くことになり、ジャックは親友ボブ、特撮オタクの黒人ランディと4人で、送別会を兼ねて週末の映画鑑賞(もちろん上映作品は「ナイト・オブ・リビング・デッド」や「悪魔のいけにえ」、「死霊のはらわた」といった、錚々たるラインアップ)としゃれこみます。なじみのドライヴイン・シアター(日本では土地がないので普及していませんが、自動車に乗ったままで巨大スクリーンに映る映画を見ることができます)「オービット」は、4000台の車が収容でき、6面のスクリーンで6本の映画を同時上映するという、だだっぴろいもの。満杯になれば、ひとつの町が出来上がると言っても過言ではありません。
いつもの週末と同様、「オービット」はにぎわっていましたが、上映中、異変が起こります。いきなり上空に謎の巨大彗星(!)が飛来し、ドライヴインはゼリー状の闇に包まれて、外界と切り離されてしまいます。ゼリー状の闇は、「マックイーンの最大の危機」に登場した人喰いアメーバのように、触れたものをすべて飲み込み、人間を溶かしてしまいます。
閉じ込められた人々(数千人に及びます)は、最初のうちこそ秩序を保っていましたが、やがて核戦争後の荒廃した世界のように、小グループを作って権力と食糧を求めて争いを始めます。ついには異形の怪物、その名も“ポップコーン・キング”が出現し、血と殺戮の恐怖政治を敷くことになります。まさに「アタック・オブ・ザ・キラートマト」のような、出来の悪い低予算スプラッター・ホラー映画そのものの展開。しかし、ジャックとボブは希望を失わず、チャンスを待ちます。そして――。
時計がすべて止まってしまったため、映画を上映し続けることで時間を測るとか(たいていのB級ホラー映画は1時間半です)、食糧と言えば売店にあったポップコーンとソフトドリンクだけなので、栄養の偏りを補うために●●をむさぼり食ったり、論理的なのか狂っているのかよくわからない(たぶん両方なのでしょう)場面が次々に展開し、いいかげんにせえ!とツッコミを入れたくなります。ツッコミどころが満載なのがB級映画の特徴と言えば言えるわけですが(笑)。でも、とにかくテンポがいいので最後まで読まされてしまいます。かといって、物語はすっきりと終わるわけでもないのですが。
続篇も書かれているようですが、幸い(?)邦訳は現時点では出ていないようです。

オススメ度:☆☆

2007.3.31


夜鳥 (怪奇幻想)
(モーリス・ルヴェル / 創元推理文庫 2003)

戦前の探偵小説雑誌と、そこに掲載された作品を紹介した『幻の探偵雑誌』シリーズ(光文社文庫)には、各巻末に掲載作品全リストが付されています。国内作品、海外の翻訳作品、コラムやエッセイまで漏らさず載っているわけですが、そこによく登場する作家がモーリス・ルヴェルでした。現在では耳慣れない作家であるにもかかわらず、ポオやドイルと同じくらい、というよりポオやドイル以上に、作品が翻訳されているのです。
どんな作家なんだろう、と思っていたところ、いいタイミングで創元さんが作品集を出してくださいました。しかも、新訳ではなく、当時『新青年』などに掲載されたままの田中早苗さんの訳で。この訳文が、まったく古さを感じさせません。
作品としては、フランス作家らしいコント(風刺やひねりの利いた短篇小説のこと。短いもので、現在のショートショートに近いです)が中心で、ここには31篇が収められています。作風は、O・ヘンリー風の人情味あふれるものから、サキのように諧謔味のあるもの、ポオのような無気味なものなど、バラエティに富んでいますが、登場する人物は主に市井にうごめく下層階級が多く、それだけに貧困や不幸がかもし出す哀切な雰囲気に満ち、救いのない陰惨な結末のものが半数を占めます。特に悲惨さを強調するわけではなく、事実だけを淡々と描いているところに逆に凄みを感じるような気がします。また、医師という経歴から、医師や医療を題材にしたものも目立つのも特徴です。
では、簡単に収録作品を紹介しましょう。

「或る精神異常者」:主人公は、火事や転落などの突発事故を求めてサーカスや劇場に出かけるという異常性格者。自転車を使った綱渡りの見世物に入り浸りますが・・・。
「麻酔剤」:手術で麻酔をされるなら、恋人に施術してほしいと語る婦人に対し、老医師が語る若き日の苦い思い出。
「幻想」:ひとときでも幸せになりたいと願う乞食が、幸福感を味わった意外な事情とは?
「犬舎」:嵐の晩、夫人の浮気を疑う紳士がとった怖ろしい行動とは・・・。
「孤独」:独りでつつましく暮らしてきた実直な初老の公務員。人並の娯楽を求めてレストランで食事をしますが、周囲で笑いさざめく人々にかえって孤独感が強まる結果になります。
「誰?」:主人公の医師は、時おり町ですれ違う青年に見覚えがあると感じますが、相手は知っている素振りも見せません。たまたま診察を受けに来た青年の身の上話を聞いた医師は、真相に思い当たります。
「闇と寂莫」:年老いた乞食の3姉弟は力を合わせてなんとか暮らしていました。しかし、姉が死に、ひとりは目が見えず、もうひとりは耳が聞こえない弟たちを、悲劇が見舞います。
「生さぬ児」:妻の不実を疑った農夫は、幼い息子が自分の子かどうか疑い、そして・・・。
「碧眼」:“碧眼”という通り名だった娼婦が、1年前に死刑になった恋人の墓に供える花を買うため、病気を押して再び街角に立ちますが・・・。ブラックなO・ヘンリーといった風味。
「麦畑」:母親から、妻が地主の旦那とできているのではないかと聞かされた作男。麦刈りの途中、地主と一緒にいる妻を見つけ・・・。あっけらかんとしたスプラッターなラストが秀逸。
「乞食」:人のいい乞食が、夜の街道で馬車の事故で死にかけている御者に行き会います。近くの村にある御者の実家へ助けを求めに行きますが・・・。
「青蠅」:愛人の死体の前で、殺人容疑にシラをきり続ける男が、急に自白することになった理由とは。
「フェリシテ」:孤独なまま年を重ねる女工のフェリシテは、たまたま知り合った中年男と週末の2時間を一緒に過ごすようになります。ひそかに将来に希望を抱くフェリシテですが・・・。
「ふみたば」:パトロンのマダムとの恋に破れ、後腐れを防ぐために恋文までも返さなければならなくなった劇作家が、マダムに意趣返しをした手段とは。
「暗中の接吻」:痴話ゲンカの果てに、愛人から顔に硫酸をかけられて失明した男。しかし、法廷では愛人をかばい、実刑を免れさせます。男の真意とは――。
「ペルゴレーズ街の殺人事件」:収録作の中でいちばんミステリらしい作品。夜汽車に乗り合わせた4人の乗客が、最近起こった殺人事件の話をし始めます。遺体に決定的な証拠となる手形が残っていたことをはじめて聞いて、乗客のひとりがとった行動とは。
「老嬢と猫」:肉欲は悪魔の所業と信じ、純潔さに狂信的にこだわる老女は、飼っている牝猫プセットにも恋をすることなど許しません。しかし、ある晩、家を抜け出したプセットは――。
「小さきもの」:男に捨てられ、乳飲み子とふたりきりになってしまった若い女は、赤ん坊がいるという理由で女中の口も断られ、子供を施設に預けるかどうか苦悩します。決断の結果は?
「情状酌量」:息子が強盗殺人で捕まったことを知った年老いた母親。弁護士から情状酌量になるような事実はないかと問われ・・・。
「集金掛」:実直な会計係だったラヴノオは、練りに練った犯罪計画を実行に移します。しかし、たったひとつの名前を思い出せないばかりに――。
「父」:母親が病死し、老いた父とふたりだけの家族になってしまった青年。しかし、母が遺した手紙から母の不実を知り、本当の父は別にいるとわかります。息子のとった行動は――。
「十時五十分の急行」:かつて急行の運転手をしていた男が語る、暴走列車の恐怖。
「ピストルの蠱惑」:愛人をピストルで射殺するも、無罪放免になった男。自分でも、なぜ殺してしまったのかわかりません。その動機とは・・・。
「二人の母親」:語り手が公園で出会った、男の子と母親らしい女性。ところが、女性は男の子の姓も、自分が母親なのかどうかもわからないと語ります。戦争が招いた悲劇。
「蕩児ミロン」:かつては将来を嘱望された画家ミロンですが、女がらみでパリから夜逃げをし、田舎に身を隠したまま十数年が経ちました。ふと思い立ったミロンは、再び筆を執って絵を仕上げ、画廊に持ち込みますが・・・。
「自責」:かつて腕利きの検事だった老人が、死の床で自分が初めて死刑にした男性が実は無実ではなかったかという苦しみを告白します。真相は?
「誤診」:ある医師の誤診が、ひとつの家族を破滅に追い込んでしまいます。その結末は――。
「見開いた眼」:恐怖と苦悶を表情を浮かべて変死していた男性。愛人だった小間使いに疑いがかかりますが、彼女も恐怖を浮かべ――。
「無駄骨」:遺産を手に入れるために、吝嗇と評判の父を殺してしまった私生児の青年。しかし、それが無駄骨だった理由は?
「空家」:空家に忍び込んだ泥棒が、暗闇の中で味わう恐怖。その家に潜んでいたのは――。
「ラ・ベル・フィユ号の奇妙な航海」:波止場のごろつきガルールは、ラ・ベル・フィユ号の運転士を名乗る男に酒をおごられ、船を乗っ取る手助けをしてくれと頼まれます。船を手に入れればインドでお大尽の暮らしができると聞かされ、ガルールは仲間の悪党連を集めて船に乗り込みますが・・・。

以上のほかに、当時『新青年』に寄せられた、錚々たる日本作家がルヴェルを礼賛する短文が収録されています(「鬼才モリス・ルヴェル」田中早苗、「夜鳥礼賛」小酒井不木、「田中早苗君とモーリス・ルヴェル」甲賀三郎、「少年ルヴェル」江戸川乱歩、「私の好きな読みもの」夢野久作)。

オススメ度:☆☆☆

2007.4.1


蛇神降臨記 (ホラー)
(スティーヴ・オルテン / 文春文庫 2003)

海洋サスペンス「メガロドン」でデビューしたスティーヴ・オルテンの第3作。スケールの大きな伝奇SFホラーに仕上がっています。
6500万年前、ユカタン半島付近に巨大隕石が落ち、それが原因の気候の激変が恐竜の絶滅を招いたというのは、学界でも有力な仮説です。この作品では、落ちてきたのは隕石ではなく、異星から飛来した宇宙船――しかも、追尾してきた別の宇宙船によって撃墜されたという設定になっています。
さて、舞台は2012年の初秋。美貌の精神科インターン、ドミニクはフロリダにある研修先の病院で、妄想性の統合失調症で12年前から隔離処置を受けている青年マイケルを担当することになります。マイケルの父ジュリアンは異端の考古学者で、マヤの暦に記された世界の終末が実際にやって来ると信じ、それを防ぐ手段が世界の古代遺跡のどこかに隠されているという仮説を立てて活動してきた人物でした。ジュリアンはかつての共同研究者ボルジアに陥れられ、失意のうちに死亡、マイケルはボルジアに暴行し片目を失明させた罪に問われ、法的に隔離処置を受けているということでした。
マイケルはドミニクに心を開き、父親と一緒に発見した古代の謎を説明するとともに、マヤの暦が告げる世界の終末がその年の冬至、12月21日にやって来る、それまでにここを脱出し、なんらかの手を打たねばならないと、ドミニクを説得しようとします。しかし、ドミニクは半信半疑。マイケルに会っているときは信用しかけ、担当医フォレッタに説得されるとすべてはマイケルの妄想だと納得してしまいます。このあたりのドミニクの心情の揺れ動きが、ひとつの見所です。通常、こういう小説のヒロインは、比較的すぐに主人公の言うことを信じ込み、行動を共にしていくわけですが、精神科のインターンらしく、マイケルに引かれながらも患者と医師の関係を崩そうとしないドミニクに、読者はやきもきすると共に不思議な安心感をおぼえることと思います。
一方、ロシアと中国がアメリカに敵対的態度をとったことで世界情勢は緊迫しています。今や国務長官となっているボルジアは、タカ派の保守主義者として次期大統領候補にも名前が挙がる地位についていますが、過去の傷を消すため、これまで幽閉するにとどめてきたマイケルを抹殺しようと決意します。そうこうしているうちに、メキシコ湾に海底に沈んでいた太古の宇宙船が目覚め、世界各地に恐るべき出来事が――。いまだ半信半疑のドミニクの協力で病院を脱走したマイケルは、マヤの遺跡へ向かいます。
グラハム・ハンコックやエーリッヒ・フォン・デニケンが唱える“古代宇宙飛行士説”を下敷きに、マヤやインカの伝説、ギザーのピラミッドの謎を組み合わせて、一歩間違えばトンデモ小説になってしまいそうなネタを上手に料理しています。題材としては、さほど目新しいものではないのですが、2012年12月21日という、かなり間近に迫った世界終末予言と核戦争、さらにアンチ・テラフォーミングとも言うべきSFテーマがうまく融合しています。マイケルたちの行動と並行して各章の間に挿入されるジュリアスの日記が、作品に変化を与え、リズム感を生み出しています。また、ボルジアのライバルで、リベラルなハト派の黒人副大統領の名前がチェイニーというのは、作者の強烈な皮肉でしょうか。
余談ですが、ノストラダムスと違って、このマヤの終末予言を扱ったトンデモ本は非常に数が少ないような気がします。先人が残した著作が少ないから、パクったり切り貼りするネタがなく、並のトンデモさんでは手が出ないのではないかと考えましたが、深読みしすぎでしょうか(笑)。
あとがきによれば、この「蛇神降臨記」は三部作の第1作だそうで、同じ文春文庫から出ている「邪神創世記」は第2作のようです。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.4.4


ブラッド (ホラー)
(倉阪 鬼一郎 / 集英社文庫 2003)

『異形コレクション』では常連で、短篇はいくつも読んでいる倉阪さんですが、長篇を読むのは初めてです。一種、異様なホラー小説でした。
都内某所に完成した巨大なアミューズメント・パーク。その周辺で、動機不明の異常殺人や事故・自殺が頻発します。突然ファミレスで客の母子を惨殺したウエイトレス、喫茶店で見も知らぬ女性を刺殺した大学生、恋人を殺して自殺したOL、タクシー事故で死んだ運転手、隣接する墓地で変死したオカルト・ライター。
小説家の公卿、所轄の左藤警部、新聞記者の麗子、心理カウンセラーの夜見川らは、それぞれに事件の謎に迫っていきますが、かれらの身にも次々と異様な運命が降りかかっていきます。アミューズメント・パークはもともと国内屈指の資産家・久谷家の屋敷跡で、当主は無気味なタイトルの本を自費出版した後、失踪しています。また、近くには新興宗教「霊火社」があり、ここでも惨劇が起こります。さらに、周辺地域を天変地異までもが襲い、神道系の宗教家が超党派で作っている「除霊研究会」のメンバーは、事件の裏に潜む邪悪な霊の存在を信じ、祓い清めようとしますが・・・。
一見、描写からすればグロテスクなスプラッター・ホラーで片付けられてしまいそうですが、実際にはアレイスター・クロウリーのさる長篇のような本格的黒魔術小説です。しかも、こちらの方がスケールの点でも段違いに大きいと言えます。しかも、主人公たちが試行錯誤を繰り返して事件の核心に迫っていくに従って、恐怖の源が明らかになる――というオカルト・ホラーの定石をくつがえすストーリー展開。クーンツは眉をひそめ、キングさえも肩をすくめるかもしれませんし、スプラッタパンクの面々ならば我が意を得たりとにやりとするでしょう(笑)。各章のナンバーの下に、微妙にずれた数字が記されているので、何のことかと思っていたら、解説で正体がわかって愕然としました。
ただし、決していい趣味とは言えませんし、食事中や食前食後に読むのはお勧めできません(笑)。

オススメ度:☆☆

2007.4.6


猫はスイッチを入れる (ミステリ)
(リリアン・J・ブラウン / ハヤカワ・ミステリ文庫 2001)

『シャム猫ココ』シリーズの第3作(←発表順では)です。
クリスマスを前に、年に一度の記事コンテストに応募するにふさわしいネタを探していたクィララン。たまたまタクシーの運転手から街のふきだまりと呼ばれる“ジャンクタウン”の話を聞き、そこの住人を題材に特集記事をものしようと考えます。ところが、いざ取材に乗り出してみると、そこはクィラランが予想していたジャンキー(麻薬中毒者)が住むスラム街ではなく、ジャンク(がらくた)を扱う骨董屋が寄り集まる通りでした。
またもや畑違いのアンティークに関する記事を書かねばならなくなり、うんざりするクィラランですが、しばらく前に街の人望篤かったアンティーク・ディーラーが変死したことを聞きつけ、自慢の口ひげが震えます(クィラランのひげには、殺人事件に反応する不思議な能力があるようです)。2匹の同居猫、ココとヤムヤムを連れてジャンクタウンの骨董屋に部屋を借りたクィラランは、いずれも一癖も二癖もあるディーラーたちに翻弄されながら、調査を進めていきます。死んだディーラー、アンドリューの恋人だったメアリーにも心惹かれますが、彼女の正体は・・・。
そうこうしているうちに、クリスマスは近づき、第二、第三の変死事件が起こります。クィラランは、今回もココの思わぬ助けで、事件の謎を解くことになります。
今回は伏線も上手に張られており、ミステリとしても(もともとミステリじゃなかったんですか)出来はいいと思います。

オススメ度:☆☆☆

2007.4.7


魔石の伝説7 ―霊たちへの祈り― (ファンタジー)
(テリー・グッドカインド / ハヤカワ文庫FT 2003)

『真実の剣』の第2シリーズの第7巻、最終巻です。
前シリーズ
「魔道士の掟」のラストで悪の魔王ダークン・ラールを倒した“探求者”リチャードですが、その戦いの影響で地下世界と現世とを隔てる“ヴェール”にほころびが生じ、地下世界で死者を統べる“番人”が地上を席巻する可能性が高まります。それを防げるのはリチャードだけ、ということで始まる冒険と探求が描かれたのが、この「魔石の伝説」でした。
前巻のラストで、邪悪な魔道士の罠にかかって危機に陥ったカーラン(ここはどうも前々巻のラストと丸かぶりですが)は、勇気と知略と仲間の協力でなんとか危地を脱出、そのままアイディンドリルにとどまって老魔道士ゼッドの到着を待つことにします。
一方、“予見者の宮殿”で修行に励むリチャードは、ついに自力で院長との面会に成功して“番人”を撃退する手がかりをつかみます。さらに、ひょんなことから自分を捨てた(とリチャードは思い込んでいた)カーランの真意を悟ったリチャードは、希望を取り戻します(彼?の存在意義はそういうところにあったのですね)。しかし、魔道士ウォレンから“予見者の宮殿”の秘密を聞いたリチャードは、その秘密のせいでカーランと再会できなくなることを恐れ、無理やりにでも自分を束縛する首輪を外そうと試みます。予言書には、世界が救われるにはカーランが死ななければならないとほのめかされており、リチャードの焦りはつのります。“予見者の宮殿”にひそかに浸透していた“闇の信徒”も、今や正体を現そうとしていました。
リチャードはカーランを救い、世界をも救うことができるのか・・・(できなきゃ物語は終わってしまいますが(^^;)。
長大なシリーズになると、各部の前半で風呂敷を広げすぎて、いざ最終巻となるとたたむのに苦労して、つい端折ってしまうケースもあります。同じファンタジー大作、R・ジョーダンの『時の車輪』ではキャラクターが多い分、そうなってしまう傾向がありますが、こちらは主要キャラクターがある程度限定されており、しっかり計算がなされているため、うまくクライマックスに向かってまとめられています。
いったんは危機を回避した世界ですが、リチャードとカーランの冒険と苦難の旅は、すぐさま第3部へと続きます。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.4.8


カリブソの監視者 (SF)
(ウィリアム・フォルツ&H・G・エーヴェルス / ハヤカワ文庫SF 2007)

『ペリー・ローダン・シリーズ』の第334巻です。
まずは、訳者の名前を見て驚きました。まさか、嶋田洋一さんがローダン翻訳チームに参加されるとは!? 英語がご専門と思っていましたが、ドイツ語も一流なのですね。
前巻の後半のエピソードで存在が明らかになった、古レムール人の恒星転送機。ラール人の脅威が太陽系に迫ったときの脱出手段として、恒星転送機の技術をなんとか利用しようというローダンの命を受けて、アトランをリーダーとする超弩級戦艦“カリオストロ”が派遣されます。みっつの恒星からなる星系に迷い込んだ白色矮星を、太陽系へ転送しようというのですが・・・。

「カリブソの監視者」(ウィリアム・フォルツ):いかにもフォルツらしい、思わせぶりな一篇。過去にちょっとだけ登場して、物語から引っ込んでしまったいくつかの小道具・キャラクターが再登場します。アラスカ・シェーデレーアがサイノスのシュミットから受け継いだ、謎めいた“殲滅スーツ”と、“時間の穴”を抜けて時空を行き来する人形使いカリブソ。実は、アトランのコマンドが赴いた恒星系には、失った“殲滅スーツ”の手がかりを探すため、過去にカリブソが監視者を配置していました。しかし、監視ステーションにはレムール人が開発したバイオ兵器があったのです。5万年が経っても生き続けていたレムールの兵器は、ステーションに侵入したラス・ツバイにも牙をむきます。

「太陽ベビー作戦」(H・G・エーヴェルス):アトランの作戦が成功することを信じて、太陽系でも白色矮星を受け入れる準備が着々と進んでいます。しかし、計算データが改竄されていることが判明、中枢部にラール人の工作員が潜入している疑いが高まります。実は、工作員らしき存在は、冒頭で読者の前に明らかにされているのですが、この敵が誰に化けているのかが、ポイントになります。フォルツのデビュー作「戦慄」を彷彿させる、SFホラーと謎解きミステリが融合したような作風は、シリーズでは珍しいものです。もしかすると、プロット作家フォルツの意を受けて、このような雰囲気のエピソードが今後、増えてくるのかもしれません。

オススメ度:☆☆☆

2007.4.8


異形家の食卓 (ホラー)
(田中 啓文 / 集英社文庫 2003)

グロで悪趣味で、でも不思議な魅力にあふれたホラー作品集。半分は、アンソロジー『異形コレクション』に収録されていた作品です。
田中さんの作品と言えば、長篇ホラー
「ミズチ 水霊」を読んで、いかにも自分好みだということを再確認したわけですが、ここでさらに再々確認(笑)。ダジャレで落とすという独特の作風も、あまり気になりませんでした。ダジャレ落ちの特徴が如実に表れているのは、表題にもなっている「異形家の食卓」にまつわる3篇の連作。ちょっと妙な素性の一家が食卓で繰り広げる団欒なのですが、なんとも人を食った話が展開されます。
良い悪いは別にして、非常に読者を選ぶ作品と思います。どろどろにゅるにゅるねちょねちょぐちゃぐちゃといった内容が苦手な方には、お勧めできません(笑)。
では、収録作品を簡単にご紹介しましょう。

「にこやかな男」:アジアの小新興国ゾエザル王国の外務大臣ジュサツが、アジア開発援助機構の外相会議に出席するために来日、ゾエザル王国の公用語が話せるただひとりの外務省職員・春山が世話係兼通訳として付き添うことになります。アジア各国はゾエザル王国を露骨に嫌っており、会議でも嫌がらせが続出します。それでも“にこやかな男”の異名をとるジュサツは心からの笑顔を絶やしません。彼がストレスを解消する手段とは・・・。
「新鮮なニグ・ジュギペ・グァのソテー。キウイソース掛け」:異形コレクション「グランドホテル」が初出。とあるホテルのシェフが年に1回だけ出すという特別料理。辛口の評価で知られるグルメ評論家までが絶賛するその料理の材料は――。グロなビジュアルイメージは、収録作品中いちばん。
「異形家の食卓1 大根」:異形家の長男タケルが、俳優を目指して上京したときの出来事。田舎者の大根役者とばかにされるタケルに、女優のマリアは優しくしてくれますが・・・。
「オヤジノウミ」:異形コレクション「トロピカル」が初出。家族と乗っていた船が遭難して、周囲の海域とは異なる異様な生態系(生物すべてが毒を持っている)の小島に漂着した少年タモツは、2年を生き長らえた後、救出されます。彼の命を支えたものとは――。二度目に読んで、初めてタイトルに二重の意味があることに気付きました(^^;
「邦夫のことを」:容姿とスタイルは抜群だが、男を食い物にして生きている秀子。語り手は秀子の現在の愛人で、秀子にすべてをつぎ込み、借金でがんじがらめになってしまっています。秀子が寝物語に語った、幼くして死んだ弟・邦夫にまつわる秘密とは・・・。
「異形家の食卓2 試食品」:異形家の長女ケロヒメが、気晴らしに訪れたスーパーの食品売り場。必死に食欲を我慢するケロヒメに、試食コーナーの女性がしつこく声をかけます。その結果・・・。
「三人」:異形コレクション「宇宙生物ゾーン」が初出。恒星間宇宙船に乗り組む3人。個室でホムンクルスの制作に取り組むジロウ、ジグソーパズルマニアで淫乱なマリア、自殺願望にとりつかれた霊感少女イヴと、いずれも宇宙船のクルーにはふさわしくない面々ですが、さらに誰が連れ込んだのか、船内にはナメクジとイソギンチャクを合わせたような無気味な宇宙生物まで這いずっています。P・K・ディック作品を思わせる悪夢の先に待っていた真実は・・・。
「怪獣ジウス」:異形コレクション「GOD」が初出。リアルな怪獣映画にしたいという監督の要請を受けて、莫大な報酬と引き換えに異星の怪獣ガガ竜と一時的に脳を交換することを選んだ三流俳優ジウス。しかし、不幸にも人間に戻ることができなくなり・・・。実はジウスの正体は(以下自粛)
「俊一と俊二」:異形コレクション「悪魔の発明」が初出。将来を嘱望されていたロボット研究者の俊一は、突然大学を辞めて山奥の山荘に引きこもり、人間型ロボットの開発を独自に進めていました。山荘を訪れた婚約者・里里香が見たものは、俊二と名付けられた無気味な人造人間でした・・・。切ないラストが秀逸。
「異形家の食卓3 げてもの」:異形家の当主、股太郎(桃太郎ではありません)が語る、若き日に鬼ヶ島へ鬼退治に行ったときの冒険(?)談。鬼にはいい迷惑です(謎)。
「塵泉の王」:曾祖母から「ゴミを粗末にしたらバチが当たる」と言われ続けて育った主人公は、ゴミとは縁がなさそうな一流ホテルに就職したものの、配属されたのは塵芥処理課でした。ホテルのゴミ処理場に秘められた秘密とは――。初期のクライブ・バーカーが書きそうな話です。

オススメ度:☆☆(←普通の神経の方には)

2007.4.9


Pの密室 (ミステリ)
(島田 荘司 / 講談社文庫 2003)

名探偵の子供時代を描いたミステリというのは、ありそうで、あまり聞いたことがありません(読んでいないだけかも知れませんが)。ホームズもポワロもクイーンも、少年時代の活躍を描いた作品は寡聞にして知りませんし、日本でも、伊集院大介(「早春の少年」)くらいでしょうか。最初から美少女(または少年)探偵という設定のものは除きます。
この「Pの密室」は、名探偵・御手洗潔が子供時代(なんと幼稚園と小学校2年生)に遭遇し、見事に解決したふたつの事件が収録されています。ワトスン役の石岡と、
「龍臥亭事件」で初登場した女子大生・里美が狂言回しとなって、埋もれていた過去の事件が日の目を見ることになるという構成。
大人時代はエキセントリックで好きになれない(あくまで個人的意見)御手洗ですが、ここで描かれるキヨシ少年は一生懸命でいじらしく、強面で石頭の刑事を必死に説得する彼のセリフを、つい高山みなみさんボイス(←名探偵コナン)で脳内変換してしまったり(笑)。また、幼くして両親に死に別れ、厳格で世間体を気にする伯母に引き取られて、しかも女子大の敷地内(!)で育ったという事実が明かされ、ああいう人格が形成された事情も納得がいきます。とはいえ、どちらの事件でも、推理が当たったことを得意がることもなく、自分が真相を暴いたせいで関係者が不幸になることを思い、子供ながら苦悩する姿は胸を打ちます。

「鈴蘭事件」:名門女子大・セリトス女子大(現在、里美が在籍しています)の理事長を務める伯母の家で暮らす御手洗潔少年。女子大の近所にあるトリスバー「ベル」の一人娘、えり子は幼稚園の友達です。あるとき、えり子の父親が本牧埠頭から車で海に落ち、死亡します。同時に、「ベル」の店内では大量のグラスが割れて床に散乱しているのが発見されました。しかし、奇妙なことに、割れているグラスは無色透明なものだけでした。地元派出所の馬夜川巡査は簡単に事故で片付けようとしますが、キヨシは現場の状況に不審を抱き、大人たちに怒鳴られながらも証拠品集めに奔走します。案の定、その後「ベル」ではひと騒動起きるわけですが・・・。
「Pの密室」:「鈴蘭事件」の2年後、ふたたび本牧で奇怪な事件が起きます。著名な画家・土田が自宅で愛人・恭子と全身をめった刺しにされて死んでいるのが発見されますが、遺体があった部屋と家の双方が、すべて内側から鍵がかけられ、いわば二重の密室になっていました。さらに、部屋の床には真赤に塗られた画用紙が敷き詰められていました。死亡推定時刻の直前まで雨が降っており、周囲の地面はぬかるんでいたため、家に出入りした者がいれば、必ず足跡が残ります。その足跡から、恭子の夫が逮捕されますが、密室の謎や画用紙を敷き詰めた理由などはまったく明らかにならず、担当する刑事は焦りの色を濃くしていました。そこへえり子を伴って現れたのが、小学2年生のキヨシ少年。学校でえり子が見聞きしたとある出来事から、事件の真相を看破したキヨシは、ステロタイプな“おいこら”刑事・村木と一応は聞く耳を持つ橋本刑事を説得して現場へ入り込み、自分の推理を確認します。現場見取り図などもふんだんに活用される、トリッキーな一篇。

オススメ度:☆☆☆

2007.4.11


黒猫の三角 (ミステリ)
(森 博嗣 / 講談社文庫 2002)

『S&M』シリーズに続く森ミステリ、『V』シリーズの第1作です。前シリーズと同様、主たる舞台は那古野市とその周辺。第1作の今回は登場人物の顔見せと共に、クリスティの「ABC殺人事件」を思わせる不思議な暗合の連続殺人事件の顛末が描かれます。
那古野市郊外に建つ古式ゆかしい豪邸、桜鳴六画邸。現在の当主である小田原家の妻、静子の許に脅迫状が届きます。実は3年前から、周辺で特定の日に特定の年齢の女性が殺害されるという事件が起こっていました。手口からも同一犯の仕業と断定されていますが、警察は手がかりすら掴んでいません。6月6日に44歳の誕生日を迎える静子は、被害者となり得る条件を完璧に満たしていたのです。
静子は、小田原家がオーナーのアパート阿漕荘に住む便利屋探偵・保呂草に身辺警護を依頼します。保呂草は同じアパートに住む大学生、小鳥遊練夢(武道の達人で女装が趣味)と香具山紫子(関西弁丸出しの、比較的常識人)を助手として、小田原家で開かれた静子の誕生パーティーを監視する任務に就きます。しかし、パーティーのさなか、内側から鍵の掛けられた自室で、これまでの事件と同様の手口で殺されている静子が発見されます。
桜鳴六角邸の元の所有者の末裔で、現在は離れに居候している瀬在丸紅子とともに、保呂草らは事件の謎を解こうとします。紅子は性格も言動もいささか浮世離れした女性で、別れた夫は愛知県警の刑事(この連続殺人事件を担当しています)です。一人息子と執事の根来(小鳥遊の武道の師匠でもあります)と暮らしており、保呂草たちとは麻雀仲間です。ちなみに保呂草は紅子に想いを寄せていますが、紅子は「わたし、あの人、嫌い」と言っています。
まるで数列か行列のようなパターンに基いて実行された殺人は、調査を進めるにつれ、かすかな線ですが、つながりがあることがわかってきます。保呂草と紅子の禅問答のような会話から、浮かび上がってくる真犯人とは――。
ええと、実は、冒頭の数ページの記述を読んだときに、「こういう書き方をしているってことは、この人が犯人なんじゃないか?」と思って読み進めていったら・・・当たりでした(笑)。前シリーズのレギュラー、犀川助教授や萌絵に勝るとも劣らない、いずれも個性的な登場人物たち――
次回につながる余韻を残しつつ、シリーズはまだまだ続きます。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.4.14


忌まわしい匣 (ホラー)
(牧野 修 / 集英社文庫 2003)

先日読んだ「ブラッド」の倉阪鬼一郎さんと同様、『異形コレクション』の常連でおなじみだった牧野修さん、1冊の本として読むのは初めてです。クライブ・バーカーの『血の本』もかくやというグロテスクでスプラッターな作品がてんこ盛りですが、バーカーと同様、いたずらに扇情的で下劣な方向に堕することなく、ある種の崇高な狂気とも言うべき雰囲気が横溢しています。
全部で13の短篇(うち5篇は『異形コレクション』で読んだことがあります)が収められており、それらをつなぐエピソードとして、「忌まわしい匣」というタイトルを付された掌篇が冒頭・中間・巻末に添えられています。連作短篇集にはこういった趣向が多く、ホラーの分野では前述のバーカー『血の本』や「人体模型の夜」(中島らも)などが挙げられます。
では、収録作品を簡単にご紹介しましょう。

「忌まわしい匣」1〜3:幸せな昼下がりを過ごしていた平凡な主婦・恭子の前に、突然“忌まわしい匣”と名乗る男が出現します。お前は“聞く女”だと名指しされた恭子は、異形の匣と化したテレビの中でうごめく無数の人々が語る言葉(つまり、それが本書に収められた各エピソードというわけです)に耳を傾けなければならなくなります。
「おもひで女」:初出は異形コレクション「時間怪談」。老母とふたりきりで暮らすサラリーマンの主人公。彼の記憶の中に巣食う、無気味な女性の影。過去の忌まわしい記憶を思い出すたびに、そこにいなかったはずの女性の姿がよぎり、不安はいや増します。その結末は――。
「瞼の母」:うらぶれた場末の歓楽街に流れ着いた初老の男、赤座。裕福な家庭に生まれ、教育熱心な母親からエリート教育を受けた赤座が、なぜこのような境遇に陥ってしまったのでしょうか。赤座の前に現れた見知らぬ若い男は、赤座を弾劾する言葉を浴びせます。
「B1伯爵夫人」:団地で暮らす小学生タカヒコの前に、夜な夜な現れる赤い鎧の男。彼の言葉に導かれて地下室へ向かったタカヒコは、“伯爵夫人”に出会います。タカヒコと一緒に地下室を抜け出した“伯爵夫人”は、団地を血に染めることに・・・。
「グノーシス心中」:変人で、友達もいない12歳の少年・千秋。カグヤマと名乗る男に誘拐された千秋は、カグヤマと霊的問答を繰り返しながら、連続殺人を続けます。
「シカバネ日記」:死んだような生活を送っている男。彼は、同じように死んだ生活を送っていた女を本当の死体にしてしまいますが・・・。
「甘い血」:外国人排斥運動が激化している日本。函崎は無気味な男に襲われている少女、ベニを救い、同居するようになります。「少なくともガイジンの血は流れていない」と語るベニの正体は・・・。
「ワルツ」:初出は異形コレクション「変身」。夜の街で老人に襲われ、四肢の腱を切られて強姦された女。車椅子生活になった彼女は、カリスマ的な音楽プロデューサー、ヒダカに引き取られ、ヒダカの屋敷で暮らすようになります。ヒダカは畸形や異形のもののコレクターとして有名で、彼女も実はコレクションの一部なのでした。やがて、彼女は暴行された際にみごもった両性具有の子供を産み落とします・・・。
「罪と罰の機械」:初出は異形コレクション「侵略!」。人知を超えた存在が創造した“罪と罰の機械”は、人間の罪をすべて吸い込んで測定しては、おぞましき暴力的な罰を下します。暴行するために母娘をさらった青年が、たまたま“機械”が潜む廃屋を訪れたことで、異変が起こります。
「蜜月の法」:初出は異形コレクション「月の物語」。“法”(“混沌”に相対するもの)が支配する現世には、数百年ごとに“扉”が現れます。今、“扉”を封じる“鍵”の役目を担った少年が、とある山小屋に潜む“扉”の元を訪れます。“扉”が開いてしまえば、“法”の支配が終わりを告げることになるのですが・・・。
「翁戦記」:縄文時代、異世界からやって来て世界を支配しようとした禍津霊は、3人の戦士によって封じ込まれました。そして現代、再び甦ろうとしている禍津霊を倒すため、古代から連綿と続いてきた勇士の血筋が目覚めますが、残念ながら3人とも年老いており、ひとりは老衰で死んでしまっていました。人類に明日はあるのでしょうか・・・。
「<非−知>工場」:初出は異形コレクション「悪魔の発明」。オカルト研究家の毛利は、初めての町で地下街に迷い込み、MIB(メン・イン・ブラック)に導かれて、異形の機械が並ぶ光景を目にします。アメリカCIAの機密実験の結果作られたという施設で、超常現象の認識論を戦わせた末に、毛利を訪れた運命は・・・。
「電波大戦」:ネットやトンデモ本で世間に蔓延する、いわゆる“電波な人々”について、異形ホラー的な解釈を施した一篇。無意味かつ狂気に富んだ電波系の専門用語とありがちなトンデモネタを散りばめ、RPG的な異世界冒険ファンタジーとしても読めるところがミソ。これ一編を読むだけでも、この本を買う価値はあります。
「我ハ一塊ノ肉塊ナリ」:小型宇宙艇に乗って、放棄された初期の植民惑星オモパギアを調査に向かった主人公。着陸した彼は、土木工事のために遺伝子的に作り出された亜種(「自由軌道」のクァディのようなもの)の集落で、思いもかけなかった異変に出くわします。バーカーの「丘に、町が」を宇宙規模に拡大したような壮絶なラストが秀逸。

オススメ度:☆☆☆

2007.4.15


シャングリラ病原体(上・下) (ホラー)
(ブライアン・フリーマントル / 新潮文庫 2003)

謀略小説やミステリをいくつも出しているフリーマントルですが、今回が初読みです。本来は守備範囲外の作家ですが、タイトルを見て「これは読むしかない!」と即決(笑)。
南極にあるアメリカの観測基地で、観測チームの4人全員が怖ろしい死を遂げているのが見つかります。20代から40代だった隊員たちが全員、極度の老衰と思われる症状で死んでいたのです。救援に赴いた5人も、隊長のストッダードを除く全員が同じ症状に襲われ、フォートデトリック(アメリカ陸軍屈指、世界でも最先端の医学研究所があります)に収容されますが、次々と痴呆症、白内障、骨粗鬆症、多臓器不全を起こして死んでいきます。
「早老症」という病気は現実に存在していますが、ごく稀な遺伝病で、子供にしか発症しません(フジテレビのドキュメンタリー番組で扱われたこともありましたね)。しかし、どうやらこの病気はあらゆる年齢の人間を襲い、しかも伝染するようでした。間もなく、北極やシベリアでも同じ症状の患者が見つかり、事態はアメリカばかりでなくイギリス、フランス、ロシアを巻き込むことになります。そして、各国の首脳は必死に善後策を練り始めます。
唯一の生き残りストッダードは、謎の疾病を研究する国際チームのリーダーとなり、各国から派遣された超一流の病理学者、ウイルス学者を取りまとめることになります。一方、関係する政府首脳は、この突発事件を自分の利権につなげられないかと考え、虚虚実実のかけひきを開始します。アメリカ大統領パーティントンは自分の権力強化に努め、大統領首席補佐官代理スペンサーは、自分の肩書きから「代理」の文字を外そうと策謀をめぐらせます。これまで科学担当の大統領顧問として閑職に追いやられていたアマンダも、国務長官の椅子を狙って動き出し、イギリスの次期首相の座を狙う科学大臣レネルと内通します。
もちろん、科学者たちも一枚岩ではありません。地球温暖化阻止運動の急先鋒だったストッダードは、大統領と駆け引きして温暖化防止の予算を引き出し新たな政府組織を作らせようとします。イギリスの女性病理学者ジェラルディンは恋人と別れた悲しみを埋めるため、必死に研究に取り組みますが、ロシアの女性ウイルス学者ライサはプライドが高く名誉欲の権化で、研究成果を独占しノーベル賞を取ろうと虎視眈々。
有望な手がかりが見つからないまま、世界各地で不可解な死が次々と報告され始めます。人間ばかりでなく、海生哺乳類や鳥がインフルエンザのような症状で大量死しているというのです。やがて、ロシアのバイカル湖近くで太古の洞窟が発見され、そこで見つかった驚くべき死体に手がかりを求めて、一行はバイカル湖に赴くことになりますが・・・。
さすがにベストセラー作家の職人芸と言いますか、現実と虚構をうまく組み合わせてリアリティを盛り上げ、謎の病気の解明と生臭い政治の世界の暗闘というダブルプロットを上手に操って、一級のサスペンスに仕上げています。個人的には、病気の解明の方をもっと綿密に描いてもらいたかったところですが、それじゃ売れないだろうな(笑)。
ジャンル分けが難しい小説ですが、あえて「ホラー」とします。理由は最後まで読めばわかるかも・・・。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.4.18


襲撃! 異星からの侵入者(上・下) (SF)
(デイヴィッド・ファインタック / ハヤカワ文庫SF 2003)

ミリタリーSF『銀河の荒鷲シーフォート』のシリーズ第7作。現時点ではこれ以上の邦訳は出ていません。
通常、シリーズの語り手はシーフォート自身ですが(第5作
「突入! 炎の叛乱地帯」だけは例外)、今回の語り手はシーフォートの旧友デレク・カーの息子、14歳のランディです。
ランディは、デレクがホープ・ネーション星系の元首だった頃に生まれた息子で、父親を死に追いやったのはシーフォートだと信じ、深い恨みを抱いていました。現在のホープ・ネーションの指導者で年上の甥という複雑な関係にあるアンソニーが、ランディの事実上の保護者でしたが、アンソニーは再統一教会の主教らと対立しており、あるパーティーでランディが主教を侮辱する発言をしたことで窮地に追い込まれます。ランディもそれをきっかけに家出をし、セントラルタウン(ホープ・ネーションの首都)に住む友人ケヴィン・ダッコの家に転がり込みます(ケヴィンの父親クリスは、「チャレンジャーの死闘」の、あの小生意気なガキんちょです)。
折りしも、太陽系から最新の大型戦艦“オリンピアッド”がホープ・ネーションに到着しますが、なんと艦長を務めていたのはシーフォートでした。休暇でセントラルタウンを訪れていたおなじみタッド・アンセルムとミハイル・タマロフと偶然知り合ったランディとケヴィンは、頼み込んで“オリンピアッド”の艦内を見学させてもらいます。食堂で、思いがけずシーフォートとディナーを共にすることになったランディは(もちろん、彼がデレクの息子だとシーフォートは知りません)、衝動的にシーフォートを襲い、重傷を負わせてしまいます。ランディは拘束され、軍事裁判にかけられることになりますが、一件落着したのも束の間、全滅したと思われていた異星生物“魚”が出現し、事態は風雲急を告げます。
回復したシーフォートは、“魚”の行動が過去と異なることに気付き、思い切った決断を下します。クルーや乗客、ホープ・ネーション住民のほとんどが反対する中、ランディも協力して、困難なファースト・コンタクトの作業が始まります。しかし、地上でもアンソニーと対立する教会勢力や地主の連合が不穏な動きを見せ始め、ふたたびホープ・ネーションに動乱が巻き起ころうとしていました・・・。
今回はまさにシリーズの集大成で、これまでの物語でも重要な舞台となっていたホープ・ネーションの関係者を中心に、懐かしのキャラクター総登場という展開になっています。ランディやシーフォートが人間的な弱さ(ランディの場合は若さゆえの未熟さ)で、次々と窮地に追い込まれていくのはいつも通りですが、これまで殺すか殺されるかだった“魚”との関係にも劇的な変化が訪れ、クライマックスは「夏への扉」でした(謎)。
当たり前のことですが、このシリーズは順番に読んでください(笑)。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.4.21


だれも猫には気づかない  (ファンタジー)
(アン・マキャフリー / 創元推理文庫 2003)

『パーンの竜騎士』や『歌う船』など、SF大作シリーズでおなじみのマキャフリーによる、ライトファンタジー。普段はプロットや設定に凝るマキャフリーですが、これは肩の力を抜いて楽しく書いているのが伝わってきます。
舞台は中世。エスファニア公国の摂政を務めていたマンガン・ティーゲが大往生を遂げます。若き領主ジェイマス五世は、武勇には優れているものの、ごく普通の君主で、若さと未経験による失政を防ぐのに、摂政のマンガンは大いに力になっていました。自分の死が遠くないことを悟ったマンガンは、ジェイマスの側近として有能な人材を集め、自ら育てていました。そして、彼の遺した最大の切り札は、なんと雌猫のニフィだったのです。
当時、エスファニアは安穏としていられる状況ではありませんでした。隣国モーリティアの王エグドリルは、“熱心王”という通り名で呼ばれるほど領土拡張に野心を燃やし、エスフィニアも標的にされているようでした。また、エグドリルが現在の王妃ヤスミンと結婚してからこの方、周囲の有力な貴族や政治家が次々と不審な死を遂げているのも気がかりでした。相手の真意を探るべく、ジェイマスはマンガン肝煎りの側近、秘書官のフレネリーと侍従長クラントの助言を入れて、エグドリルを狩りに招待します。するとエグドリルは、3人の美しい姪とふたりの王子をつれてエスファニアに乗り込んできます。3人のうち誰かをジェイマスの結婚相手にというエグドリルの意図は明らかでしたが、目論見どおり、ジェイマスはそのひとりウィローと恋に落ちてしまいます。狩りではニフィも活躍してジェイマスの危機を救い、夜のパーティでは婚約発表まで行われ、両国の関係は良好に保たれたようでしたが、やがてエグドリルが帰国したモーリティアから、不穏な噂が・・・。
事態のポイントポイントでさりげなく現れては、決定的な行動をするニフィの存在感は、シャム猫ココというよりは、オナー・ハリントンの相棒のモリネコ、ニミッツに近いものがあります。シンプルですが剣と魔法のファンタジーの勘所を押さえたストーリーと、気づかないうちに(笑)必ずいいところを持っていくニフィの姿を、じっくりとご堪能ください。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2007.4.22


宇宙兵ブルース (SF)
(ハリイ・ハリスン / ハヤカワ文庫SF 2002)

原題は"BILL, THE GALACTIC HERO"つまり「銀河の英雄ビル」です。この物語は、一介の農民から宇宙軍に志願した主人公ビルが、厳しい訓練に耐えて宇宙戦艦に配属され、戦友の屍を乗り越えて、銀河帝国をおびやかす恐るべきトカゲ型宇宙人チンガーを撃破し、銀河の英雄としてたくましく生き抜いていく壮大かつ勇壮なミリタリー・スペース・オペラ・・・ではありません(笑)。
ビルは、新兵を徴集するためには手段を問わない(ドラッグも催眠音波も使い放題)悪辣な軍曹に騙されて、いつの間にやら新兵訓練所に送り込まれます。そこでの生活は映画「フルメタル・ジャケット」よりもはるかに残酷で厳しいもので、しかも戦局悪化の折、ビルたちは訓練半ばで前線へ送り込まれます。ビルの配属先は宇宙戦艦の“ヒューズ交換”係(笑)。膨張航法という爆笑ものの宇宙航法で飛ぶ宇宙戦艦(艦長は貴族でなくてはならぬという銀河帝国の伝統を守るため、艦長は幼稚園児)では、2メートルもあるヒューズが飛ぶたびに、迅速に交換しなければならないのです。
それでも、ビルはほんの偶然から敵艦を破壊し、一躍ヒーローになって帝国の主惑星ヘリオールへ受勲のために送られます。しかし、壮麗な勲章授与式はすべて俳優を使った宣伝用の“やらせ”でした。休暇を取ったビルは、迷路のような都市を歩き回るのに疲れ、油断しているうちに認識票を盗まれ、ディックの小説(例えば「流れよわが涙、と警官は言った」)の主人公さながら、IDを失って官憲に追われる身となります。腰抜けテロリストの二重スパイを演じた末、なんとか軍に戻ったビルを待っていたのは、脱走兵として軍法会議(もちろん刑は銃殺以外にありません)にかけられる運命でした・・・。
ハインラインの「宇宙の戦士」が若い兵士の成長と活躍、軍人同士の友情と団結を描いた戦争賛美の作品であるように、この「宇宙兵ブルース」は、戦争の裏側の汚さ、いやらしさ、醜悪さ(つまり、どうやって楽をするか、死なずに済むようにするか、私腹を肥やすか)をユーモアの衣でくるみ、皮肉たっぷりに反戦を訴えた作品です。最初は腕っ節だけは強い純朴な青年だったビルも、すっかり軍人として生き延びられるよう鍛え上げられて、ラストではまるでタイムマシンテーマの作品を見るように時間の輪が閉じるのです。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.4.23


ピーター卿の事件簿 (ミステリ)
(ドロシー・L・セイヤーズ / 創元推理文庫 2002)

いくつもの長篇で探偵役として活躍している小粋な英国貴族、ピーター・ウィムジー卿が登場する短篇集の第1弾。日本のオリジナル編集です。1920年代から30年代の英米本格ミステリ黄金時代の香りを伝える(その分、古めかしさは否めませんが)、7篇の中短篇が収められています。長篇と違って、カーのような怪奇趣味が目立つのが意外でした。

「鏡の映像」:ピーター卿と同じホテルに泊まり合わせた小男ダックワージーは、体中の内臓が左右逆になっているという不思議な人物でしたが、彼は一時的に記憶をなくしているうちに犯罪を犯しているのではないかと怯えています。案の定、その日の夕刊には、女性を絞殺した有力容疑者としてダックワージーとそっくりの写真が載っていました。ピーター卿の慧眼で、彼の体の秘密が明らかとなり、嫌疑も晴れることになります。
「ピーター・ウィムジー卿の奇怪な失踪」:民俗学の研究のためにバスク地方の山村を訪れたラングレー教授は、奇妙な噂を耳にします。数年前に村はずれに住みついたアメリカ人夫婦のうち、妻が悪魔に取り憑かれたというのです。その夫婦とはなんと、ラングレーの旧友ウェザーオールと美しい妻アリスでした。山小屋を訪れてみると、かつてラングレーが惹かれていたアリスは正気を失い、獣のような振る舞いをするばかりでした。ウェザーオールに、身に覚えのない不倫を疑う言葉を投げつけられ、ショックを受けて逃げるように村を去ったラングレーは、パリ行きの急行電車の車内でピーター卿と出会います。興味をひかれたピーター卿は一計を案じ、自ら魔法使いを名乗って迷信深いバスクの山村に乗り込みます。発端の怪奇性と中盤のユーモア、ラストの合理的解決が見事に融合した佳作。カー好みかも。
「盗まれた胃袋」:ピーター卿の旧友で医師のトマスは、95歳で死んだ大伯父の遺言で、大伯父自身の消化管(食道から肛門まで)のホルマリン漬けを遺贈されます。一方、もうひとりの相続人ロバートは、自分の遺産の取り分が少ないことに不満を持っていました。ある晩、トマスの家に泥棒が押し入り、大伯父の消化管が盗まれてしまいます。タイトルを見ると戦前の海野十三あたりの
怪奇ミステリを想像させられますが、ホームズもののさる作品を彷彿させる洒落たオチの一篇。
「完全アリバイ」:高利貸しが自室で刺殺されますが、彼を殺す動機のある人物はすべて、遠く離れた場所にいたという完璧なアリバイがあります。ピーター卿は自ら実験して、犯人の巧緻なトリックを暴きます(このトリックは現代ではちょっと難しそうですが)。
「銅の指を持つ男の悲惨な話」:ロンドンのクラブに現れた映画俳優ヴァーデンが、昔ニューヨークで体験した奇妙な経験を語ります。金属彫刻家ロウダーの屋敷に滞在していたヴァーデンは、その頃モデルを務めていたマリア(ロウダーの愛人でもありました)に心惹かれていましたが、仕事のため海外へ行かざるを得なくなります。ニューヨークへ戻ったヴァーデンはマリアが失踪したことを知りますが・・・。
「幽霊に憑かれた巡査」:冒頭、ピーター卿の赤ん坊の出産シーンがあって驚かされます。もちろん生んだのはハリエット。つまりこれは、「学寮祭の夜」や「忙しい蜜月旅行」の後の出来事なのですね。さて、頭を冷やすためにピーター卿は外に出ますが、うちひしがれた様子で歩いてくる巡査に出くわします。この地域を担当したばかりだというその巡査は、13番地と表示が出た家で悲鳴が聞こえ、郵便受けから覗き込んだら男が刺殺されて倒れているのを目撃したと言います。ところが、この通りには偶数番の番地しかなく、応援の巡査と聞き込みをしても事件の目撃情報もなし。挙句の果てに、巡査は勤務中に酒を飲んでいたのだろうと疑われる始末。存在しないはずの部屋が現れるというM・R・ジェイムズの短篇「十三号室」もかくやという怪奇な現象を、ピーター卿は鮮やかに解き明かします。
「不和の種、小さな村のメロドラマ」:田舎の小さな村を訪れたピーター卿は、滞在先の治安判事ピムから、地元の大立者バードックがアメリカで死に、死体が送り返されて葬儀が大々的に行われることを聞かされます。しかし、バードックは長男マーティンのスキャンダルを契機に逃げるように村を離れており、遺言の内容も公開されていません。また、都会から来た新任の牧師は村人たちをそりが合わず、ピム家の雇い人プランケットは前夜、幽霊馬車を目撃したことに恐怖して寝込んでいます。その晩、旧友の家で酒食をともにしたピーター卿は、馬に乗って帰る途中、雨模様の闇の中を音もなく走る無気味な馬車を目にします。4頭の馬には首がなく、首無しの御者が操るという、イングランドの言い伝えにある幽霊馬車そのものでした。また、その頃、教会には賊が押し入り、遺体を守っていたメンバーは納屋へ押し込められてしまっていました。その後、バードックの次男に招待されたピーター卿は、古書の隙間から遺言状を発見しますが、そこには奇妙な文言が書かれていました。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.4.25


SF百科図鑑 (ガイドブック)
(ブライアン・アッシュ:編 / サンリオ 1978)

これはもう完全に稀覯本です。新刊で出たのは高校生の時で、ちと値が高かったので敬遠しているうちに、サンリオ自体が出版から撤退してしまい、書店から姿を消してしまいました。昨年、とある古書市で遭遇して、定価の倍近かったのに(でも相場としては安い)、ついふらふらと買ってしまいました(笑)。
内容は、総合年表、ジャンル別の解説と作品紹介、評論、各メディアの解説と、4部に分かれています。
まず年表は、SFというジャンルが確立する前の黎明時代から、ヴェルヌ、ウェルズといった初期の巨人、ヒューゴー・ガーンズバックやジョン・W・キャンベルといった名編集者の手腕によるSF雑誌の第一期黄金時代、戦後の動き、ニュー・ウェーヴ運動とポスト・ニュー・ウェーヴまで、年次別に雑誌掲載作・単行本・映画・ファンダムに分けて代表的な作品を紹介し、英語圏のSFの流れを概観できます。もちろん1976年までですが。
次が、全ページ数の半分を占めるサブジャンル別の解説と代表作品の紹介です。執筆しているのがいずれも当時一流のSF作家・評論家・編集者というのも嬉しいところ。ざっと挙げると、アシモフ、P・アンダースン、ヴァン・ヴォークト、オールディス、A・C・クラーク、R・シェクリイ、L・ニーヴン、J・G・バラード。ハリー・ハリスン、P・J・ファーマー、F・ポール、フリッツ・ライバー等々。ただし、70年代前半までのトピックですから、未来の科学技術を予測している中で、ネットや携帯電話の爆発的普及についてはまったく予想されていないのが面白いです。紹介されている作品も当時は未訳のものが多く、それから30年、当時つけられていた仮題と実際に邦訳されてついたタイトルを比較するのも一興。また、現在では忘れ去られている作家や作品の名前も多く、懐かしく思い出しました。
温故知新という意味で、読んでみる価値はあると思います。でも5000円も1万円も払ってまでという必要はないでしょう。図書館ででも見かけたら、ということで。

オススメ度:☆☆

2007.4.26


双頭の蛇 (ホラー)
(今邑 彩 / 角川ホラー文庫 2002)

伝奇ホラー『蛇神』シリーズの第3部です。
今回は、第1部
「蛇神」で始まった、長野県日の本村の奇祭にまつわるエピソードがじわじわと進み、第2部「翼ある蛇」の登場人物がからんで、第4部「暗黒祭」のクライマックスへなだれ込んでいく、いわば“つなぎ”の巻でしょう。そのためか、表立った大きな出来事はほとんど起きません。それでいて、400ページを越える量にもまったく退屈しないのはさすがです。
「翼ある蛇」で事件に巻き込まれた女性編集者・喜屋武蛍子は、姪の火呂の出生の秘密を探るため、かつての恋人の私立探偵・伊達浩一に調査を依頼していました。「翼ある蛇」事件は無事に解決したわけですが、長野県の日の本村へ向かっていた伊達は、そのまま行方不明になってしまっていました。日の本村にまつわる数々の謎を知った蛍子は、自ら調査に赴き、伊達が父の形見として大切にしていたライターが、村の聖地である蛇の口の底無し沼の近くに落ちていたことを突き止めます。しかし、それ以上の手がかりはなく、蛍子は空しく帰郷――その背後には、村の秘密を守ろうとする影が張り付いていました。
一方、「翼ある蛇」のラストで、真犯人の犠牲になりかけた高校生・新庄武の存在が大きくクローズアップされてきます。武は、日の本村出身で時期総理大臣の呼び声も高い新庄貴明の次男でしたが、優秀な兄・信貴へのコンプレックスから、すさんだ生活をしていました。ところが、事件の後、武の背中に蛇の鱗のようなアザが出現します。日の本村で神主を務める神聖二は、それを知り、武を日の本村へ来るよう誘い、家庭教師役として「蛇神」で出生の秘密を知った日美香を呼び寄せます。門外不出の秘伝書の一節、双頭の蛇にまつわる記述の中に聖二が見出した秘密とは――。
すべては、第4部「暗黒祭」で明らかにされるはずです。近日登場。

オススメ度:☆☆☆

2007.4.27


Jの神話 (ミステリ)
(乾 くるみ / 講談社文庫 2002)

1998年に第4回メフィスト賞を受賞した、作者のデビュー長篇です。
八王子郊外の山中に建つ、ミッション系の全寮制女子高「純和福音女学院」。坂本優子は新入生として入学式に臨みますが、生徒会長として挨拶した3年生の朝倉麻里亜に心を奪われます。麻里亜は聖母マリアと見まがうほどに美しく、神々しいとも言えるカリスマを具えており、学院中が心酔しているかのようでした。寮では1年生は2年生と同室となり、“姉妹”として生活面や諸々の指導を受けることになります。優子は“姉”となった生徒会役員の青木冴子から、優子が使うことになったベッドや家具は昨年まで麻里亜が使っていたことを聞かされ、甘酸っぱい残り香に酔います。ところが、学院では昨年のクリスマス・イブの晩に生徒のひとりが塔から墜落死しており、優子はその生徒に面影が似ていると聞かされ、胸騒ぎをおぼえます。
同期生の高橋椎奈に愛を告白されたり、男性教師・蛭川に妙に注目されたり、心騒がされながらも優子は学園生活に溶け込んでいきますが、その矢先、麻里亜が自室で大量出血して死んでいるのが発見されます。事件の鍵を握るのは、“ジャック”という名前でした・・・。
一方、麻里亜の父・朝倉剛蔵は、娘の死の謎を解くべく、“黒猫”という通り名を持つ凄腕の女性探偵・鈴堂美音子に調査を依頼します。実は、麻里亜の姉・百合亜も、初めての出産を目前にして自宅で夫とともに死体で発見され、胎児は行方不明になっていたのです。調査を進めた“黒猫”は、姉妹の検死解剖をした医師から、思いもよらぬ事実を聞かされます。
さえない新入生の視点から描かれる、閉鎖的な全寮制女子高にうごめく愛憎と、カリスマ性のある学園の女王、謎めいた死と暗号といった、いわゆる“美少女学園ホラー・ミステリ:百合風味添え”小説の典型的パターンで始まり、謎めいた女性探偵の介入も定石どおりという展開で進みますが、ラストは驚天動地、リチャード・レイモンが大喜びするような結末が待っています。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.4.30


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