記事No | : 1797 |
タイトル | : Re: 他業、自業、他得、自得、そしてその先 |
投稿日 | : 2012/12/15(Sat) 12:33:34 |
投稿者 | : 桃青 |
そこらじゅうに結果は現われ、
現われる結果というものは、
他業他得、自業他得、他業自得、自業自得であるものなのだ。
ここまでは、人間の眼で普通に解る。
ただし、某M教や某M教的思考のかたは、他業他得、自業自得しか眼に入らないようなんですねー。
でもね、実際には自業他得、他業自得ということはあるわけです。
彼らは、それに気づかないものだから、それらを無いものとして、社会のルールを造り上げようとするわけですよ。
例えば、日本の「国民皆保険」という制度は、他業他得、自業自得しか見えない人々には絶対に理解できないルールだと思うですよ。
なので、日本人がアメリカナイズされてきて、やれ選択の結果だのなんだのというモノの見方が幅を利かせてきた昨今、国民皆保険制度がゆらぎはじめている。
困ったもんだなー。
他業他得、自業他得、他業自得、自業自得は、まあ、言われれば、よほど某M教的モノの見方に取り憑かれているのでなければ、気付きますが、そこからジャンプして「ひっくるめて自業自得」という「自業自得」は、理解が難しいのではないかと思われます。
講師も力を込めて「だから、自業自得以外ありえないのです!!」と声高に言われるばかりで・・・。
まあ、御自分は解っているので、力むしかないのでしょうが、大声で言えば、伝えたいことが伝わるかといえば、そうはならない。
「自業自得」と言う言葉を聞いた途端、聴衆は、
他業他得、自業他得、他業自得、自業自得、と並べた段階での「自業自得」と理解し、この4つをジャンプしたところにある「自業自得」だとは気がつかないのじゃないのかなあ。
では、お前は気が付いたのか、解ったのか、と問われると、困るけれど、全く気が付かないでいるよりは、少しは解ったと思うのだけれど・・・。
でも、せめて他業他得、自業他得、他業自得、自業自得と4つ並べて、世俗化した「自業自得」が、あらゆる結果を構成する一部分であること、だから「選択の結果」などというものも、それが結果をもたらすほんの一部分であることを、もっと世の中のひとに知って欲しいなあ。
選択の結果だの、自業自得だの言いたてて、美味しいところを独占しようとする者達に、自分の人生をいいようにされないためにもね。