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我生君之後,
相去五百年。
毎讀五柳傳,
目想心拳拳。
昔嘗詠遺風,
著爲十六篇。
今來訪故宅,
森若君在前。
不慕樽有酒,
不慕琴無絃。
慕君遺榮利,
老死此丘園。
柴桑古村落,
栗里舊山川。
不見籬下菊,
但餘墟中煙。
子孫雖無聞,
族氏猶未遷。
毎逢姓陶人,
使我心依然。
陶公の舊宅を 訪(おとな)ふ
我は 君の後に 生まれ,
相ひ去ること 五百年。
五柳傳を 讀む 毎(たび)に,
目に想ひ 心に 拳拳たり。
昔 嘗(かつ)て 遺風を 詠(よ)み,
著して 十六篇と爲(な)す。
今 來りて 故宅を訪ね,
森として 君 前に在るが 若(ごと)し。
樽に 酒 有るを 慕はずして,
琴に 絃 無きを 慕はず。
君を慕ふは 榮利を 遺(わす)れ,
此の丘園に 老いて死せしこと。
柴桑の 古き村落,
栗里の 舊き山川。
籬(まがき)の下に 菊を 見ずして,
但だ 墟中の煙を 餘す。
子孫 聞こゆる 無しと 雖(いへど)も,
族氏 猶(な)ほ未だ 遷(うつ)らず。
姓 陶なる人に 逢ふ毎に,
我をして 心 依然たらしむ。
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◎ 私感註釈
※訪陶公舊宅:陶淵明の旧居を訪れる。当時白居易は、陶淵明の故郷である柴桑、栗里のある九江郡の司馬に任じられていた。白居易の境涯は、陶潜の生き方に共鳴するところもあって、陶淵明を慕って歌ったものや作風を真似たものも多い。なお、この作品は長く、このページは、その後半になる。前半はこちら。
※我生君之後:わたし・白居易は、あなたの歿後(五百年)に生まれ。 ・我生:わたし白居易は、…に生まれた。 ・君之後:あなたの歿後。
※相去五百年:(あなたの歿後より)去ってゆくこと五百年になる。 ・相去:去ること。 ・五百年:陶潛と白居易の在世の差違。陶潛は、宋文帝の元嘉四年(西暦427年)に世を去り、白居易がこの地を訪れたのは、『琵琶行』の序に「元和十年,予左遷九江郡司馬。」ともあるとおり、憲宗の元和(げんな)十年以降で、西暦815年、歳次乙未以降になる。その差は 390年間ほどになる。五百年は、この数値の概数になる。
※毎讀五柳傳:陶淵明の自伝である『五柳先生傳』を読むたびに。 ・毎讀:読むたびに。読むごとに。 ・五柳傳:陶淵明の自伝『五柳先生傳』のこと。「先生不知何許人,不詳姓字,宅邊有五柳樹,因以爲號焉。」から始まる。
※目想心拳拳:まぶたの裏では想い偲び、心では恭しく慎む。 *陶淵明を慕う気持ちをいう。 *ここは〔S1+V1 S2+V2〕という互文的表現であって、「目」で本当に「想」えるのか、とそのいいまわしを深く考える必要はない。漢語の常套表現の一で、方向詞、対義語、反義語からなる主語+述語構造のとき、その比喩的表現の形容として、この互文表現が見受けられる。蛇足になるが、もしも、ここで語順を変えて〔S1+ S2 V1+V2〕とすると、比喩的表現から、事実を述べる表現になってしまう。 ・目:眼で。 ・想:おもう。 ・心:こころでは。 ・拳拳:うやうやしい。つつしむ。ねんごろ。
※昔嘗詠遺風:以前に陶淵明風の作品を作ってみたことがある。 *白居易が陶淵明の作風や生き方をしたって、陶淵明風の作品を作ってみたことがあることを指す。後出の『效陶潛體詩』十六首を始めとした、一連の作品がある。語彙や内容が、たしかに陶潛風になっている。 ・昔嘗:むかしはかつて…したことがある。 ・詠:詩篇を作る。よむ。 ・遺風:のこしている作風。
※著爲十六篇:作って十六篇になった。 ・著爲:著作して…とする。 ・十六篇:白居易に『效陶潛體詩』が十六首あり、それを指す。「余退居渭上,杜門不出。時屬多雨,無以自娯。會家新熟,雨中獨飮,往往酣醉,終日不醒。……因詠陶淵明詩,適與意會,遂傚其體,成十六篇。」とその序にいう。
※今來訪故宅:今回、(陶潛の)旧居を訪問した。 ・今來:今回。このたび。今、やってきて。 ・訪:おとずれる。 ・故宅:(陶潛の)旧居。ここの節奏は、当然ながら「今來・訪故宅」とするところで、「今・來訪・故宅」とはできない。
※森若君在前:厳かな雰囲気で、あなたが、目の前にいるかのようである。 ・森:おごそかなさま。森嚴。 ・若:ようである。ごとし。 ・君在前:あなたが、目の前にいる。
※不慕樽有酒:わたし・白居易は、(陶潛の詠った「樽有酒」を)慕うのではない。 ・不慕:(陶潛の詠った「樽有酒」を)慕うのではない。意思の否定。 ・樽有酒:酒器に酒が満ちている。前出『五柳先生傳』に「性嗜酒,而家貧不能恒得,親舊知其如此,或置酒招之,造飮必盡,期在必醉,既醉而退,曾不吝情。」があり、このほかにも、『歸去來兮辭』「攜幼入室,有酒盈樽。引壺觴以自酌,眄庭柯以怡顏。』やその他、飲酒のことについては非常に多い。
※不慕琴無絃:(わたし・白居易は、陶潛が酔うごとに撫弄していた)「無絃琴」を慕うのでもない。酔いの境地を慕うものではない。社会からの逃避としての酔いの境地や、反骨の象徴としての無絃琴の演奏を慕うものではない。隠者風の生活を慕うものではない。 ・不慕:(陶潛が撫弄していた「琴無絃」を)慕うのではない。意思の否定。 ・琴無絃:琴には弦が張っていない。陶淵明が持っていた琴。無弦琴。弦の張っていない琴の躯体に過ぎないものをいうのか。具体的な琴の躯体では無く、抽象的な琴なのではないのか。ここでの弦の無い琴の躯体を、酒を飲みながら撫弄したという行為が、「音律を解さない人」だったからか、それとも、「世間への反骨心からの行為」であったか。ここでの場合、具体的な琴の躯体では無く、抽象的な琴なのではないのか。後出の昭明太子の言うところも、「彼は仮に音律を解さずとも、その存在自体が音楽であった」と、言っているのではないのか。 *ここの語句の解釈について、多くのご教示をいただきました。 *昭明太子蕭統の『陶靖節(淵明)傳』に「淵明不解音律,而蓄無絃琴一張,毎酒適,輒撫弄以寄其意。」とあることによる。李白は、陶潛を詠って「陶令去彭澤,茫然太古心。大音自成曲,但奏無弦琴。」と使い、王昌齡は「客來舒長簟,開閤延清風。但有無絃琴,共君盡尊中。」とし、白居易自身にも『丘中有一士』「丘中有一士,守道歳月深。行披帶索衣,坐拍無弦琴。不飲濁泉水,不息曲木陰。所逢苟非義,糞土千黄金。」にも同様の語が出てくる。具体的なイメージが湧きにくいが、「無絃琴」や「無弦琴」が陶潛の生活を象徴することばであることは、よく伝わってくる。
※慕君遺榮利:わたし(白居易)が、あなた(陶潛)をお慕いしているのは、栄達や利益を求めなることなくて、(名利を得られる都会から離れた田舎の丘に老いて死んでいった)からなのです。「遺榮利,老死此丘園」なのだからです。 ・慕君:あなたをお慕いしている(のは、「遺榮利,老死此丘園」なのだからです)。 ・遺:見捨てる。すてる。わすれる。やる。のこす。ここでは、前者の意。 ・榮利:栄達と利益。前出『五柳先生傳』に「閑靜少言,不慕榮利。」とある。
※老死此丘園:この田園の丘に老いて死んでい(ったから)。『歸去來兮辭』「既窈窕以尋壑,亦崎嶇而經丘。木欣欣以向榮,泉涓涓而始流。羨萬物之得時,感吾生之行休。」 『挽歌詩 其三』「死去何所道,託體同山阿。」。 ・老死:老いて死んでいく。 ・此丘園:この田園にある丘。『歸園田居五首 其一』に「少無適俗韻,性本愛邱山。」がある。
※柴桑古村落:陶淵明の故郷の柴桑の古くからある村々。 ・柴桑:地名。〔さいさう;chai2cang1〕。陶淵明の故郷の一。潯陽(現・江西省北部にある九江市)の西南になる。 ・古村落:古くからある村々。
※栗里舊山川:陶淵明の故郷の昔からの山や川。 ・栗里:地名。〔りつり;li4li3〕。陶淵明の故郷の一。潯陽(現・江西省北部にある九江市)附近になる。 ・舊山川:昔からの山や川。昔なじみの山や川。
※不見籬下菊:まがきのもとには、(詩句にあった)菊の花が見あたらなくて。 ・不見:見あたらない。 ・籬下菊:『飮酒二十首 其五』「結廬在人境,而無車馬喧。問君何能爾,心遠地自偏。采菊東籬下,悠然見南山。」に基づく。
※但餘墟中煙:ただ村の中の生活の煙がそのまま残っているだけである。 ・但餘:ただ…だけが残っている。 ・墟中:村の中。『歸園田居五首 其一』「曖曖遠人村,依依墟里煙。」の「墟里」に基づく。また 『歸園田居 五首 其二』にも「野外罕人事,窮巷寡輪鞅。白日掩荊扉,虚室絶塵想。時復墟曲中,披草共來往。」とある。 ・煙:けむり。生活のけむり。前出『歸園田居五首 其一』「曖曖遠人村,依依墟里煙。」の「煙」に基づく。
※子孫雖無聞:陶潛の子孫には有名人となったものはいないとはいうものの。 ・子孫:陶潛の子孫のこと。 ・雖:…といえども。 ・聞:広く知れ渡る。名高い。
※族氏猶未遷:一族は、いまだに引っ越すことがなく。 ・族氏:一族。 ・猶未:いまだに。 ・遷:引っ越す。移る。
※毎逢姓陶人:陶という姓の人に出逢うごとに。 ・毎逢:行きあうごとに。(偶然に)出逢うごとに。 ・姓陶:陶という姓。陶という苗字の人。 ・姓:…という姓である。動詞。蛇足になるが、この用法は現代語でもしばしば使う。
※使我心依然:わたしに懐かしい感情を起こさせてくれる。 ・使我:わたしに…させる。 ・依然:なごりおしく離れにくいさま。=依依。もとのまま。昔のまま。ここは、前者の意。前出『歸園田居五首 其一』「曖曖遠人村,依依墟里煙。」の「依依」に基づく。
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◎ 構成について
仄起。一韻到底。前のページから続いている。韻式は、「AAAAAAAA」。 韻脚は「年拳篇前絃園川煙聞遷人然」で、平水韻上平十一真、上平十三元、上平十四寒、下平一先と、多岐に亘る。すべて〔-n〕韻。「傳」はここの用法、名詞の場合、仄になる。次の平仄はこの作品のもの。
●○○○●,
○●●●○。(韻)
●●●●●,
●●○○○。(韻)
●○●○○,
●○●●○。(韻)
○○●●●,
○●○●○。(韻)
●●○●●,
●●○○○。(韻)
●○○○●,
●●●○○。(韻)
○○●○●,
●●●○○。(韻)
●●○●●,
●○○○○。(韻)
●○○○○,(韻)
●●○●○。(韻)
●○●○○,(韻)
●●○○○。(韻)
2004.2.14 2.15完 2.16補 2.17 2007.4.28 2009.9.21 |
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