中国語音韻と詩韻
1.はじめに
ここでは、現北京語を中心とした現代中国語と、作詩をする際に使う詩韻、主として平水韻の関わりや、音韻の変遷について述べる。
2.現代中国語とは
中国語はSino-Tibetan語族(漢蔵語系)に属する声調言語であり、Altai語族(阿爾泰語系)の日本語とは著しい差異を有する。「中国語」という名称は、「中国話」「中国語」と口頭ではいわれるものの、言語の名称としては、現在中国ではあまり使われていない。中国は多民族国家であるという国是のため、この言語の名称は、「漢(民)族の言葉」というわけで、「漢語」とよんでいる。
現代漢語には、多くの方言がある。それは、単に地勢的な要因にとどまらず、歴史的な各種の要因が織り合わさってできあがったものであろう。漢語方言は、いろいろな分類法があり、多くの説があるが(七大方言等)わたしたち日本人になじみが深いのは、北方方言を除けば、やはり
方言(福建語。台湾語=
南話)、粤方言(広東語;広州話。香港等で使用)、そして呉方言、(上海語等)くらいのものだろう。後は、音韻を考える上での興味深い対象でしかない、というよりも、わたしたちは、外国人としての日本人故、限界がある。
以下に現代漢語方言の方言区を挙げる。この列挙の仕方は、ある程度方言の親疎関係を踏まえている。なお、「−話」は、日本語の「−語」に近いが、「話されている言葉」というニュアンスが強い。「言語」というニュアンスは、日本語と同じ「−語」。方言は、音声、語彙、文法等各方面から総合的に見て論じていくが、ここでは、詩韻との関連に重点を置いているので、音声についてのみ見ていく。) なお、この配列は、「漢語方言」
伯慧(湖北人民出版社)による。
・北方方言(広義の北京語、北京語系統の言葉。しかし、中国西部、西南部もこれに属するので「北京語」というには、注意が必要。北京話といえば、北京市ではなされていることばになる。)
・呉方言(上海話。日本では上海語とよぶことが多い。)
・湘方言(湖南話)
・
方言(江西話)
・客家方言
・粤方言(広州話。日本では広東語とよぶ。香港等で使用)
・
方言(
語、福
話。台湾は
南話。日本では福建語。
南語、台湾語とよぶことが多い。福建語よりも
南話(語)(台湾語)の方が下位の概念。)
このページでは、北方方言系の方言について考えていく。
一般に中国語といえば、北京語である。北京官話、マンダリンともいわれた。現在、中国では、普通話と呼ばれている。台湾では、標準国語、香港では国語、普通話等とも呼ばれているようだ。なお、北京語と普通話は、厳密にいえば、違う。北京語は、北京地方で使われている言葉で、普通話は、北京の発音と北方方言系の語彙と代表的な現代文学に使われている語法(文法)から成り立っている「標準語」なのである。また、同様に北京語と北京土語とも違うともいえる。
3.現代語の声調
中国語は、声調言語であり、一音節の抑揚・音の高低で語の意味が分かれる。(日本語で、同様の例を探せば、複数の音節に亘ることが多いが、「はし」(=橋、箸、端)。また、「かき」(=柿、牡蛎、垣)等で、その例あまり多くはないであろう。)中国語は、全ての音節(=語=漢字)が、固有の声調を持っている。その数が中古以後四種類あり、それでこの声調を四声という。
(上古は、平声と入声が先ずあり、そこから派生していったとは、王力先生の説(「漢語史稿」)。なお、現代語(北京語)は、中古と同じ四種の声調があるが、少し異なる点がある。後述。)
「平仄」(声調)とは、本来、音声の問題であって、文字(漢字)の問題ではない。しかしながら、今ここでは、わたしたち「日本人が詩を作る」という前提があって、論を進めているので、暫く中国語の特性である一音節=一語(一義)=一漢字という見方に立って、漢字を中心としていきたい。その方があっさりしていて、わたしたちには分かり易い。邪道かもしれないが、外国語であるそれを漢字という媒体を活用することで、日本語の拡張されたものとして接していけるからである。
現代北京音(通称) |
現代語の抑揚 |
・陰平(一声)※5
・陽平(二声) |
高くなめらかにのばす ※1
尻上がりに高くいう ※2 |
・上声(三声) |
下がってまた上がる。※6 ※3 |
・去声(四声)※7 |
勢いよく下がる ※4 |
(無い) ※8 |
本来の入声は、去声(一部陽平)へ移った。 |
4.上古、中古の音韻
漢語音韻の変遷の中、声調の変遷について見ていく。声調は、言語それ自身の問題によってのみ変わるのではなく、外的な要因=歴史的な事件を経ても大いに変わり得るだろう。大陸は多くの民族が住んでおり、相互に影響しあっている。非漢語系民族に因る中原制覇なども影響大であると考えられ、元朝の前後(中古と中世)を比べれば面白かろう。
次に声調の変遷の表を掲げる。これは、漢語音韻について書かれた「」「」「」「「」等を参考にして、関連項目の内容を比べ、わたしの独断で一つにまとめ上げたものである。当然問題も有ろうかとも思われるが、その点、寛恕。上声が中古から現代へ、すなおに移行した図になっているが、中世以降、去声などへの変化を遂げたものもある。
上古の声調は(
続く。00.3.16)
中古(晋、斉、梁)の音韻では、音の抑揚、や詞尾で
・平声(ひょうしょう)、
・上声(じょうしょう)、
・去声(きょしょう)、
・入声(にっしょう)
の四つの声調に分けている。その音は
・平声(ひょうしょう):平らかで(高く)
・上声(じょうしょう):尻上がり
・去声(きょしょう) :尻下がり
・入声(にっしょう) :詰まる
と云われている。
◎ 現代漢語の音韻と上古、中古音韻の関係
現代語(北京語≒北方方言系≒普通話)では、平声が二種類あり、一つを陰平、もう一つを陽平という。唐の後、平声の濁音が清音に変化したが、それらは、陽平になった。また、入声が無くなった。これが中古音韻と現代音の異動である。図示すると、次の通りである。
中古音 |
現代北京音(通称)※6 |
現代語の抑揚 |
・平声 |
・陰平(一声)
・陽平(二声) |
高くなめらかにのばす 5→5
※1
尻上がりに高くいう 3→5 ※2 |
・上声 ※9 |
・上声(三声) |
下がってまた上がる。 2→1→4 ※3 ※5
|
・去声 |
・去声(四声)※7 |
勢いよく下がる 5→1 ※4
|
・入声
|
(無い) ※8
|
本来の入声は、去声(一部陽平)へ移った。 |
注釈:
先ず、fontの力を借りて、表現してみる。(^^;)
※1:陰平(一声)は、「キャーァ、アレー、助けて!」の「キャーァ」「アレー」等の悲鳴のとき(少し大げさか)
※2:陽平(二声)は、「えぇっ!何だって!それは大変だ!」の 驚いて尻上がりの「えぇっ!」。
※3:上声(三声)は、「ふうん?そうお?でも、疑わしいなあ。」のいぶかしがったり、疑った感じの「ふうん?」や「そうお?」。
※4:去声(四声)は、「まあ!そんなにひどかったのですか!」と、驚いた感じ。高いところから勢いよく下がる。
実際の四声の発音は、次の通りである。(中国人:北方方言系)
※5:これは、この語(字)を単独で、または単語(日本語でいうところの熟語)の終わりにきた場合。或いは、強調するとき、こう発音する。普通、会話の語の中、単語の頭や中の時は、低く下がったまま。特にこれを半上声とよんでいる。
※6:現代中国人や中国語学習者は、声調を区別していうときは、普通通称の「一声」、「二声」……という。
※7:この去声を意味する「四声」は、「よんせい」といって、四種類の声調という意味の「四声」(しせい)と区別する。なお中国語では、前者を「第四声」(ディースーション)、「四声」(スーション)、または正式の言い方の「去声」(チューション)、後者を「声調」(ションディアオ)、「四声」(スーション)。
※8:北方方言系の最大の特徴は、入声が無くなったことであろう。旧入声は、全濁は、陽平へ、次濁は去声へ、清入声は平、上、へ分かれて移った。しかし、入声音は、南方の六大各方言では、いろいろな形で、はっきりと残している。大ざっぱに云えば、南(南東)へ行けば行くほど、より明瞭で完全な入声がある。
※9:中古音上声の一部は現代北京語の去声になっている。他は、そのまま上声へ。
****************
以上を見ても分かるとおり、北京語では、入声の消滅が大きな特徴となっている。北方中国人は、入声の韻字は、分からなくなったが、(想像は出来るかもしれない)南方中国人や日本人は、入声は分かる。入声は漢字の音読みで語尾が「−き」「−く」、「−ち」「−つ」、「−ふ」(「−ふ」は旧仮名遣いでの場合)のものがそうだ。「−き」「−く」は「−k」音の入声、「−ち」「−つ」「−t」音の入声、「−ふ」は「−p」音の入声である。これら「−k」「−t」「−p」入声音は、それぞれ「−ng」「−n」「−m」と対応している。
なお、ここで誤解をしてはならないのは、現代語の「陰平・陽平」と、詩韻の「上平・下平」との関係である。日本で出版されている何冊かの本では、「『上平』と『陰平』は、同じものであり、『下平』と『陽平』も同じものである。」という叙述がなされている。
しかし、これは間違っている。「広韻」で「上平声」「下平声」と、平声を二つに分けたのは平声に該当する文字数が他の声調よりずっと多く、その結果「平声上巻」「平声下巻」となったのである。実際、「上平」の終わりの韻目と「下平」の始めの韻目は、近い。これらは皆、韻尾が「−n」のものである。それに対して、「下平」の終わりの辺りの韻目は、現代日本語や現代の北京語から見れば、同じようで韻尾が「−n」のものであるように見えるが、これは「−m」であって、「上平」の終わりから「下平」の始めにかけての「−n」韻目とは、異なる。それに対して、現代北京語の陰平、陽平の区分は、一義的には発音上の差異から来ているが、音韻史から見れば、唐代の後、平声の濁音が清音に変化し、それらが陽平とになったものである。
詳しくは、
詩韻のページを見ていただきたい。
◎中世漢語の音韻について
漢語は中世になると大きく変化を遂げる。当時、再編集ではなく、新しく編された「中原音韻」には、その経過がよくわかる。これは、宋代末期(南宋)には長江以北は漢民族ではない遼、金が、国を建て、南宋は江南の地の半壁江山に甘んじていた。その後、元が中華の地を制した。
10世紀初頭に遼が上京、南京(現北京)をみやことしてより、金の燕京(現北京)、元の大都(現北京)と、14世紀中葉に到るまで450年近く異民族(女真、モンゴル)に支配されていたわけで、Sino-Tibetan語族(漢蔵語系)の漢語が、Altai語族(阿爾泰語系)の言語を母語とする民族に支配されていたわけであり
(続く)
◆「
現代音文字表記」については
ここを、
◆「
現代語語彙」については
ここを、
◆「
現代語音声」については、
ここを押す。
’99.6.5
’00.2.27
3.16
4.30
5. 4 |
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