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聞下田開港 | ||
月性 |
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七里江山付犬羊, 震餘春色定荒涼。 櫻花不帶腥膻氣, 獨映朝陽薰國香。 |
七里の江山 犬羊 に付 す,
震餘 の春色定 めて荒涼 。
櫻花 は 帶びず腥膻 の氣,
獨 り朝陽 に映じて 國香を薰 ず。
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◎ 私感註釈
※釋月性:江戸末期の詩僧。文化十四年(1817年)~安政三年(1856年)。周防国の人。勤王の志を持って、海防(=国防)の急を叫ぶ。釈は、釈門の意。月性の詩では、『將東遊題壁』「男兒立志出郷關,學若無成不復還。埋骨何期墳墓地,人間到處有靑山。」が有名。
※聞下田開港:下田が開港されたということを聞いて。 *清末・黄遵憲の『贈梁任父同年』「寸寸山河寸寸金,瓜離分裂力誰任。杜鵑再拜憂天涙,精衞無窮填海心。」と主旨は同じくする。 ・聞:(噂に)聞く。 ・下田:静岡県の伊豆半島の南東端にある東西交通の要港。安政元年(1854年)の日米和親条約によって開港され、アメリカ総領事館が置かれ、その後ロシア等もすぐに来た。 ・開港:条約や法令によって外国との貿易のために港を開くこと。
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※七里江山付犬羊:30キロメートルに亘る祖国の山河を洋夷に渡して。 ・七里:下田の範囲を謂う。現在の下田市の市域は、東西13キロメートル、南北16キロメートル。なお1里≒3.9…キロメートルで、7里では、約15.7キロメートル。 ・江山:川と山。山川。祖国の山河の情景。「江山」という表現では「祖国の…」と謂った雰囲気が籠もる。 ・付:〔ふ;fu4●〕あたえる。さずける。わたす。幕末・山内容堂の『亢龍喪元』に「亢龍喪元櫻花門,敗鱗散與飛雪飜。腥血如河雪亦赤,乃祖赤裝勇無存。汝到地獄成佛否,萬頃淡海付犬豚。」とある。山内容堂は桜田門外の変の報に接しての作なので安政七年(この事件後、間もなく萬年元年1860年)の作なので、このページの月性の作品の方が先になる。 ・犬羊:〔けんやう;quan3yang2●○〕犬とひつじ。つまらぬものの喩え。
※震餘春色定荒涼:地震後の春の風景も、荒れはててさびしいものだ。 ・震餘:地震後。この頃の大地震は、 ◎嘉永六年(1853年):関東大地震。 ◎嘉永七年/安政元年(1854年):下田地震・大津波。 ◎安政二年(1855年):江戸大地震…。詩題と制作時期(安政二年(1855年))からすると嘉永七年/安政元年(1854年)の下田地震・大津波になろう。なお、この津波では、ロシア使節のプチャーチンがその乗艦を失った。 ・春色:春の気配 春の景色。 ・定:きっと。定めし。定めて。 ・荒涼:〔くゎうりゃう;huang2liang2○○〕荒れはててさびしい。
※櫻花不帶腥膻氣:(しかしながら)桜の花は、(洋夷の)なまぐさい匂いが移ることなく。 ・帶:(…を)おびる。盛唐・劉長卿の『送靈澈』に「蒼蒼竹林寺,杳杳鐘聲晩。荷笠帶斜陽,青山獨歸遠。」とあり、 太宰春臺の『登白雲山』に「白雲山上白雲飛,幾戸人家倚翠微。行盡白雲雲裡路,滿身還帶白雲歸。」
とある。 ・腥膻:〔せいせん;xing1shan1○○〕なまぐさいもの。なまぐさい物を食う外国人を罵る言葉。南宋・張孝祥の『六州歌頭』に「長淮望斷,關塞莽然平。征塵暗,霜風勁,悄邊聲。黯銷凝。追想當年事,殆天數,非人力。洙泗上,絃歌地,亦羶腥。隔水氈鄕,落日牛羊下,區脱縱橫。看名王宵獵,騎火一川明,笳鼓悲鳴,遣人驚。 念腰間箭,匣中劍,空埃蠹,竟何成!時易失,心徒壯,歳將零。渺神京,干羽方懷遠,靜烽燧,且休兵。冠蓋使,紛馳鶩,若爲情?聞道中原遺老,常南望,羽葆霓旌。使行人到此,忠憤氣填膺,有涙如傾。」
とある。
※獨映朝陽薰國香:ひとり、朝日に照り映えて、国家盛徳のかがやきを放っている。 ・獨:(好ましくない環境の中にあっても)それだけは。ひとり。盛唐・杜甫の『諸將』五首其二に「韓公本意築三城,擬絶天驕拔漢旌。豈謂盡煩回紇馬,翻然遠救朔方兵。胡來不覺潼關隘,龍起猶聞晉水淸。獨使至尊憂社稷,諸君何以答升平。」とある。 ・映:はえる。後出・宣長の歌でいえば青字の「匂ひ」の部分に該る。 ・朝陽:朝日。本居宣長の和歌に「
敷島 の大和心 を人 問 はば 朝日に匂 ふ山櫻花 」がある。 ・薰:〔くん;xun1○〕かおり。かおる。よい匂いがする。本来は、かおりぐさ。 ・國香:〔こくくゎう;guo2xiang1●○〕国中で最も好い香り。「国光」とすれば、国の栄光。国家盛徳のかがやき。国華。上掲・本居宣長の歌でいえば大和心 であり、大和魂 のことである。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「羊涼香」で、平水韻下平七陽。この作品の平仄は、次の通り。
●●○○●●○,(韻)
●○○●●○○。(韻)
○○●●○○●,
●●○○○●○。(韻)
平成23.9. 2 9. 3 9. 4完 令和3.10.15補 |
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