世短意常多,
斯人樂久生。
日月依辰至,
舉俗愛其名。
露淒暄風息,
氣澈天象明。
往燕無遺影,
來雁有餘聲。
酒能百慮,
菊爲制頽齡。
如何蓬廬士,
空視時運傾。
塵爵恥虚罍,
寒華徒自榮。
歛襟獨閒謠,
緬焉起深情。
棲遲固多娯,
淹留豈無成。
******
九日 閒居
世 短くして 意 常に多く,
斯(こ)の人 久生を 樂(この)む。
日月 辰(とき)に 依(よ)りて 至るも,
俗を 舉(あ)げて 其の名を 愛す。
露 淒(しげ)くして 暄風(けんぷう) 息(や)み,
氣 澈(す)みて 天象 明かなり。
往きし燕は 遺影 無く,
來たれる雁は 餘聲 有り。
酒は能(よ)く 百慮を(はら)ひ,
菊は 頽齡(たいれい)を 制すと 爲(な)す。
如何(いか)んぞ 蓬廬(ほうろ)の士,
空く 時運の傾くを 視(み)んや。
塵爵(ぢんしゃく)は 虚罍(きょらい)に 恥ぢ,
寒華は 徒(いたづ)らに 自ら 榮ゆ。
襟を 歛(をさ)め 獨り 閒謠せば,
緬焉(めんえん)として 深情 起る。
棲遲(せいち) 固(もと)より 娯(たのしみ) 多く,
淹留(えんりゅう)すれど 豈(あ)に 成る 無からんや。
◎ 私感註釈 *****************
※陶潜:陶淵明。東晉の詩人。。
。
。『九日閒居并序』としてある。序文はこちら
。
※九日閒居:九月九日の重陽の節句に詠ったもの。「余閒居愛重九之名,秋菊盈園,而持醪靡由,空服九華,寄懷於言。」と序にあるように、菊の花は咲いても酒がなかったという寂しい節会を詠った。 ・九日:九月九日の重陽の節句。菊花を餐し酒に浮かべて邪を去る。この風習は、遙か楚の時代にあり、屈原の『楚辭・離騷』
でも「衆皆競進以貪婪兮,憑不厭乎求索。 羌内恕己以量人兮, 各興心而嫉妬。 忽馳
以追逐兮,非余心之所急。老冉冉其將至兮,恐脩名之不立。朝飮木蘭之墜露兮,夕餐秋菊之落英。苟余情其信
以練要兮,長
頷亦何傷。」
また、『九章・惜誦』に「檮木蘭以矯蕙兮,
申椒以爲糧。播江離與滋菊兮,願春日以爲
芳。恐情質之不信兮,故重著以自明。矯茲媚以私處兮,願曾思而遠身。」というふうに、屈原の時代から、身を清めるために菊の花を餐していたことが分かる。以降、長く伝えられ、陶潛の『飮酒二十首』其七「秋菊有佳色,
露
其英。汎此忘憂物,遠我遺世情。一觴雖獨進,杯盡壺自傾。日入羣動息,歸鳥趨林鳴。嘯傲東軒下,聊復得此生。」
や『飮酒』二十首其五「結廬在人境,而無車馬喧。問君何能爾,心遠地自偏。采菊東籬下,悠然見南山。山氣日夕佳,飛鳥相與還。此中有眞意,欲辨已忘言。」
と、超俗的な作用をするものであり、重陽節の菊花にまでなった。 ・閒居:ひまでいる。閑静なところに住む。世間との交わりをやめ、煩(わずら)わされることなく、心静かに住むこと。隠棲すること。
※世短意常多:人生は短いが、思いは多い。 ・世短:人生は短い。人がこの世に生きている間は短い。 ・意:おもい。 ・常:いつも。つねに。 ・多:人生の短さに比して、思いは多いこと。
※斯人楽久生:わたしは不老長生を好む。 ・斯人:この人。ここでは、わたし、のことになる。 ・樂:このむ。あいする。動詞。 ・久生:長く生きる。長生。不老長生。
※日月依辰至:月日は、星の運行による時間の経過でやってくるものだ。 *特別なことではなく、天の通常の運行に過ぎない。 ・日月:月日。ここでは、九月九日を指している。 ・依:…による。依拠する。 ・辰:時刻。とき。星。 ・至:いたる。来る。
※挙俗愛其名:世間こぞって陽数の極である九が重なる「重陽」をめでたいこととして愛している。 ・舉俗:世間こぞって。庶民はみんな。 ・愛:愛する。 ・其名:「九月九日」。「九九」と陽数の極である九が重なる「重陽」を吉祥とすること。
※露淒暄風息:(秋の)露は、(夏の)熱い風 を追い払い。 ・露:つゆ。 ・淒:〔せい;qi1○〕きびしい。さむい。ものすごい。 ・暄風:〔けんぷう;xuan1feng1○○〕春の暖かい風。 ・息:やむ。
※気澈天象明:(秋の)空気も澄み渡り、日月星辰の形象もはっきりとしている。 ・氣:空気。気配。 ・澈:〔てつ;che4●〕清い。 ・天象:天空の様子。天気。 ・明:はっきりとしている。。
※往燕無遺影:(南国へ)ツバメ飛んでいき、完全にその姿は無くなった。 ・往燕:(南国へ)飛んでいったツバメ。 *夏が去って秋が来たという季節の変化をいう。 ・遺影:遺した姿。
※来雁有餘声:(北国から)飛んできたガン鳴き声がまだ響いている。 ・來雁:(北国から)飛んできたガン。 *秋が去ろうとして冬が来始めたという季節の変化の激しいことをいう。中国は、日本に比べて中間の春季や秋季が短く変化が激しい。一日の気温の変化も激しく、日本風にいえば、早朝は秋で白昼は夏という風なのが多い。 ・餘聲:声が響いている。残響がある。
※酒能百慮:酒は多くの煩雑な物思いを追い払うことができる(といわれており)。 ・酒:魏武帝曹操の『短歌行』に「對酒當歌,人生幾何。譬如朝露,去日苦多。慨當以慷,憂思難忘。何以解憂,唯有杜康。」
と歌われている。 ・能:よく。 ・
:〔きょ;qu1○〕はらう。はらい清める。追う。取り去る。 ・百慮:多くのおもんばかり。多くの深い考え。
※菊為制頽齢:菊は、年をとることを抑えるといわれている。 ・菊:前出『飮酒二十首』其七「秋菊有佳色」、『飮酒』二十首其五「采菊東籬下,悠然見南山。」
の菊。 ・爲:…となる。 ・制:防ぐ。とどめる。抑制する。制禦する。 ・頽齡:〔たいれい;tui2ling2○○〕衰える歳。年寄りになること。老化。老衰。老齢。
※如何蓬廬士:(一体)どうするつもりなのだ、茅屋に住んでいる隠者さんよ。 ・如何:どうしよう。どうしようか。どうするのか。どうするか。いかん。いかに。いかが。対処・処置を問う。なお、「何如」は:どのようであるか。どんな風か。どんなか。いかん。方法・状態・性質・是非などを問う。後世、中唐・柳宗元は『登柳州峨山』で「荒山秋日午,獨上意悠悠。如何望鄕處,西北是融州。」とし、明・劉基は『絶句』で「人生無百歳,百歳復如何。古來英雄士,各已歸山阿。」
とする。 ・蓬廬士:隠棲の人。貧士。作者自身のこと。 ・蓬廬:〔ほうろ;peng2lu2○○〕あばらや。雑草のヨモギが生い茂った庵。
※空視時運傾:時運が傾いていくのをじっと見ているだけなのか。 *自分の立場に対するシニカルな表現である。 ・空視:空しく見つめるだけ。 ・時運:時の巡りあわせ。時のまわりあわせ。時の運。時節。 ・傾:よくない方に向かう。衰えかける。かたむく。
※塵爵恥虚罍:塵が積もったさかづきが酒だるを恥じている。 *酒のない重陽節のみじめさをいう。序の「秋菊盈園,而持醪靡由,空服九華」のこと。 ・塵爵:(久しく使われなくて)塵が積もったさかづき。 ・爵:〔しゃく;jue2●〕さかずき。雀の形をした酒盃。三本脚の背の高い酒器。 ・恥:本来菊英を浮かべた酒を飲みたいところなのだが、手許に酒がないことを表現している。 ・虚罍:空っぽの酒樽。 ・罍:〔らい;lei2○〕酒樽。雷雲の形を浮き彫りにした青銅製の壷でフタがあって、両肩に環が附いている。
※寒華徒自栄:寒い時に咲く菊の花だけが、空しく咲き誇っている。 ・寒華:寒い時に咲く花。ここでは、菊の花を指している。 ・徒:むなしく。無意味に。無駄に。いたづらに。 ・自榮:自分一人だけで花開いている。他人に評価されることを期待しないで、自分一人だけで花開いている。
※歛襟独閒謡:(酒もなく、冷気が襲ってきたので)えりを合わせて、ひとりだけで、静かに声に出して謡う。 ・獨:ひとりだけで。 ・閒謠:静かに謡う。 ・歛襟:〔れんきん;lian3jin1◎○〕えりをかき合わせる。 ・獨:ひとりだけで。 ・閒謠:静かに謡う。
※緬焉起深情:遙か遠くを思いやれば、深い思いが起こってくる。 ・緬焉:〔めんえん;mian3yan1●○〕遙かなさま。遠く思いやるさま。緬然。 ・起:おこす。おこる。 ・深情:深い思い。
※棲遅固多娯:隠棲していても、もとより充分に楽しみはあるのであって。 ・棲遲:〔せいち;qi1chi2○○〕遊びやすむ。ゆっくり遊ぶ。 ・棲:とどまる。 ・遲:たたずむ。 ・固:もとより。 ・多娯:楽しみが多い。
※淹留豈無成:(田舎に)とどまっていてもどうして思いが遂げられないといえようか。 ・淹留:〔えんりう;yan1liu2◎○〕久しくとどまる。『楚辭』九辯「獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征。時而過中兮,蹇淹留而無成。」や『飮酒』其十六「少年罕人事,遊好在六經。行行向不惑,淹留遂無成。竟抱固窮節,饑寒飽所更。弊廬交悲風,荒草沒前庭。披褐守長夜,晨鷄不肯鳴。孟公不在茲,終以翳吾情。」
による。 ・無成:成功することがない。成就することがない。
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◎ 構成について
仄韻入声の一韻到底。韻式は「AAAAAAAAA」。 韻脚は「生名明聲齡傾榮情成」で平水韻で見れば、下平八庚(明榮生情成聲名傾)、下平九青(齡)。この作品の平仄は次の通り。
●●●○●,
○○●●○。(韻)
●●○○●,
●●●○○。(韻)
●○○○●,
●●○●○。(韻)
●●○○●,
○●●○○。(韻)
●○○●●,
●●●○○。(韻)
○○○○●,
○●○●○。(韻)
○●●○○,
○○○●○。(韻)
◎○●○○,
●○●○○。(韻)
○○●○○,
◎○●○○。(韻)
2004. 8. 6 8. 7完 8. 9補 2007. 5. 1 2010.10.22 |
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