度遼將軍歌
	黄遵憲

聞鷄夜半投袂起， 檄告東人我來矣。 此行領取萬戸侯， 豈謂區區不余畀。 將軍慷慨來度遼， 揮鞭躍馬誇人豪。 平時蒐集得漢印， 今作將印懸在腰。 將軍嚮者曾乘傳， 高下句驪蹤迹遍。 銅柱銘功白馬盟， 鄰國傳聞猶膽顫。 自從弭節駐鷄林， 所部精兵皆百煉。 人言骨相應封侯， 恨不遇時逢一戰。 雄關巍峨高插天， 雪花如掌春風顛。 歳朝大會召�ｩ將， 銅鑪銀燭圍紅氈。 酒酣舉白再行酒， 拔刀親割生彘肩。 自言平生習鎗法， 煉目煉臂十五年。 目光紫電閃不動， 袒臂示客如鐵堅。 淮河將帥巾幗耳， 蕭娘呂姥殊可憐。 看余上馬快殺賊， 左盤右辟誰當前。 鴨�鵠V江碧蹄��， 坐令萬里銷烽烟。 坐中黄曾大手筆， 爲我勒碑銘燕然。 么麼鼠子乃敢爾， 是何鷄狗何蟲豸。 會逢天幸遽貪功， 它它籍籍來赴死。 能降免死跪此牌， 敢抗顏行聊一試。 待彼三戰三北餘， 試我七縱七擒計。 兩軍相接戰甫交， 紛紛鳥散空營逃。 棄冠脱劍無人惜， 只幸腰間印未失。 將軍終是察吏才， 湘中一官復歸來。 八千子弟半摧折， 白衣迎拜悲風哀。 幕僚歩卒皆雲散， 將軍歸來猶善��。 平章古玉圖鼎鐘， 搜篋價猶値千萬。 聞道銅山東向傾， 願以區區當芹獻， 藉充歳幣少補償， 毀家報國臣所願。 燕雲北望憂憤多， 時出漢印三摩挱。 忽憶遼東浪死歌， 印兮印兮奈爾何!

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度遼將軍の歌       

鷄を聞き　夜半に　　袂たもとを投じて起き，
檄げきに告ぐ：　東人　　我 來れ矣りと。
此この行　　萬戸侯を 領取せん，
豈あに　區區たるを　余に畀あたへずと謂いはんや。
將軍　慷慨して　　來りて遼れうを度わたり，
鞭を揮ふるひ　馬を躍をどらせて　　人豪じんがうを誇る。
平時　蒐集しうしふして　　漢印を得え，
今　將印と作なして　　懸けて腰に在り。

將軍　嚮者 まへ に　　曾かつて傳でんに乘り，
高下句驪　　蹤迹しょうせき　遍あまねし。
銅柱に　功を銘めいす　　白馬の盟，
鄰國　傳へ聞きて　　猶なほ膽きも　顫ふるはす。
弭節 び せつ 自從このかた　　鷄林けいりんに駐し，
部ひきゐる所の精兵は　　皆みな百煉。
人は言ふ　　骨相　應まさに封侯ほうこうたるべしと，
時に遇あはざるを恨みて　　一戰に逢ふ。

雄關　巍峨ぎがとして　　高く 天に插さし，
雪花は　掌たなごころの如く　　春風　顛ふさがる。
歳朝さいてう　大いに會して　　�ｩ將を召し，
銅鑪どう ろ 　銀燭　　紅氈こうせんを圍む。
酒　酣たけなはにして　白さかづきを舉げ　　再び行酒し，
刀を拔きて　親しく　生なまの彘肩ていけんを　割さく。
自みづから言ふ　　平生　鎗法さうはふを習ひ，
目を煉ねり　臂ひを煉ること　　十五年。
目光は　紫電のごとく　　閃ひらめきて 不動，
袒臂たん ぴ 　客に示せば　　鐵の如く堅かたし。
淮河わいがの將帥は　　巾幗きんくゎく 耳のみ，
蕭娘　呂姥せうぢゃう りょ ぼ 　　殊ことに　可憐。
看みよ　余われ　馬に上のるや　　快すみやかに賊を殺し，
左盤 右辟 さ はん う ひ して　　誰たれか前に當らん。
鴨��あふりょくの江かう　　碧蹄��へきていくゎん，
坐して　萬里ばん り に令して　　烽烟を銷けす。
坐中の黄・曾くゎう　そうは　　大手筆だいしゅひつ，
我が爲　碑に勒ろくして　　燕然えんぜんに銘めいせしめん。

么麼えう ま の鼠子そし　　乃なんぢ 敢へて爾しかる，
是これ　何たる鷄狗けいこう　　何たる蟲豸ちゅう ち。
天幸に 會ひ逢ひて　　貪功を遽いそぎ，
它它籍籍 た　た せきせき　　來りて 死に赴おもむかん。
能よく降おりたるは　死を免じたれば　　此の牌に跪ひざまづけ，
敢あへて抗あらがふは　顏行に　　聊いささか一試せん。
彼かの三戰三北さんせんさんぼくの餘を 待ちて，
我が七縱七擒しちしょうしちきんの計を試こころみん。

兩軍　相ひ接して　　戰たたかひ甫はじめて交はり，
紛紛として　鳥散して　　營を空むなしくして 逃ぐ。
冠を棄すて　劍を脱するも　　人の惜しむ無く，
只ただ幸ひにも　　腰間の　印　未だ失はれず。

將軍　終つひには是れ　　察吏さつ り の才，
湘中しゃうちゅうの一官に　　復また歸り來る。
八千の子弟　　半ば摧折さいせつし，
白衣　迎拜すれば　　悲風　哀かなし。
幕僚ばくれう　歩卒　　皆 雲散し，
將軍　歸り來りて　　猶なほ善��のごとし。
古玉を　平章して　　鼎鐘ていしょうを圖はかり，
篋けふを搜さば　價あたひ 猶ほ　　千萬に値あたる。
聞道きくならく： 銅山は　東に向かって傾くと，
願はくは　區區たるを以て　　芹獻きんけんに當て，
藉かりて　歳幣に充あてて　　補償に少ふちせよ，
家を毀こぼち　國に報むくゆるは　　臣の願ふ所。

燕雲えんうん　北のかたを望めば　　憂憤 多く，
時に　漢印を出いだして　　三たび摩挱まさす。
忽たちまち憶おもふ　『遼東 浪死の歌れうとう　らう し 　うた』，
印や　印や　　爾なんぢを　奈何いかんせん!


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◎　私感訳註：

※黄遵憲：清朝末期の外交官。政治改革者。１８４８年（道光二十八年）〜１９０５年（光緒三十一年；明治三十八年）。字は公度。別号は人境廬主人（この別号は陶淵明の『飮酒二十首』・其五の「結廬在人境」から取っているのだろう）。広東嘉応州（現・梅県市）の人。富裕な官僚地主家庭に生まれる。二十歳代末に挙人となり、外交官僚として明治維新後の日本に渡る。そこで、当時の日本の諸多改革を目の当たりし、日本の近代化や資本主義の発展を具に体験した。そこから生まれた日本の朝野の人士との交流を深めて通じての豊かな日本についての知識、幅広く、歴史から風俗に亘り、大量の資料に基づき、研究を深めた。同時に日本に対して、中国の古代文化の紹介にも努めた。黄遵憲は、近代中国の日中文化交流の巨人である。１８８５年（光緒十一年）の八月、彼が日本滞在期の資料に基づいた『日本國志』、詩集『日本雜事詩』がある。

※度遼将軍歌：（前漢の度遼将軍・范明友のように）遼河を渡って、遼東半島で敵（日本）を征伐しようとした将軍（湖南巡撫の呉大瀓（ごだいちょう；Wu2 Da4cheng2））の歌。　*日清戦争での清国側の問題点を、将軍・呉大瀓を旧制度が具現された人物としてとらえ、そのさまを詠った詩。清側の旧体制・旧弊（湘軍と淮軍の相剋等）を揶揄した詩で、個人をこれだけ徹底的に攻撃する詩は、なかなか類を見ない、過激な詩。呉大瀓とは、『中国軍事史略』下巻（高鋭主編　軍事科学出版社）７４〜７８ページの「三、遼東戰場與膠東戰場」によると、「威海衞陷落…，北洋海軍被殲，…使日艦唾手而得制海權…。淮軍在前線作戰一再失利，…�C廷任命湘系首腦、…湖南巡撫呉大瀓爲幇辦。…�C軍數萬人集中於海城周圍，四次反攻海城，未能克敵。…呉大瀓率各部隊約６萬人會攻海城。日軍衝出重圍，佯攻遼陽，占領鞍山站，切斷牛莊與遼陽�闢I通道。�C軍赴去救援遼陽，…日軍轉而偸襲牛莊。牛莊爲�C軍後方根本，守軍却極少，湘軍急忙回援。次日，日軍分三路進攻牛莊，�C軍雖奮勇苦戰，死傷被俘三、四千人，牛莊失陷。宋慶（宋慶：四川提督）放棄營口。�C軍在田莊臺大敗，日軍占領田莊臺。宋慶、呉大瀓等率部退守錦州。至此，日軍占領遼東、遼南地區。」とあり、連戦連敗の将となっている。ただ、呉大瀓のために付け加えれば、清朝の政治と軍事の体制が当時の日本のように明瞭に区分されてはおらず、必ずしも軍事に精通した軍事の専門家が事に当たったとも呉大瀓自身も、湖南の巡撫という（軍事・警察権も管掌するものの、）行政職の要素も強い役職の人物である。それ故、日清戦争後、これらの旧体制を打破し、改革していく「変法自強」の運動が始まり、本ページの詩作品も世に現れた。　・度遼将軍：前漢の度遼将軍・范明友のこと。前漢の元鳳三年（紀元前７８年）に遼東の烏桓が叛いたので、范明友を度遼将軍として派遣し、中原の地から遼河を渡って夷狄を征伐したことによる名称。ここでは呉大瀓のことをいう。

※聞鷄夜半投袂起：（不祥なこととされていた）夜半の鶏鳴を聞いて（中原恢復の志ある者は、）たもとを振りあげて奮起した。　・聞鷄：（不祥なこととされていた）夜半の鶏鳴を聞くことで、志ある者は、時に応じて奮起すること。晋の中原恢復に力を尽くした志士である祖逖と劉との故事に基づく。祖逖と劉が（不祥なこととされていた）夜半の鶏鳴を聞き、跳び起きて、剣を舞ったこと。志ある者は、時に応じて奮起すること。『晋書・列伝・祖逖』に「逖與司空劉倶爲司州主簿，情好綢繆，共被同寢。中夜聞荒鷄鳴，蹴覺曰：『此非惡聲也。』因起舞。逖、並有英氣，毎語世事，或中宵起坐，相謂曰：『若四海鼎沸，豪傑並起，吾與足下當相避于中原耳。』」とある。、『晋書巻六十二・列伝第三十二』「仍…百餘家渡江，中流撃楫而誓曰：『祖逖不能�C中原而復濟者，有如大江！』辭色壯烈，衆皆慨歎。」である。祖逖とは、『晋書・祖逖』に「仍…百餘家渡江，中流撃楫而誓曰：『祖逖不能�C中原而復濟者，有如大江！』辭色壯烈，衆皆慨歎。」とある人物である。南宋・劉辰翁の『浪淘沙』秋夜感懷に「無葉着秋聲，涼鬢堪驚。滿城明月半窗横，惟有老人心似醉，未曉偏醒。　　　起舞故無成，此恨難平。正襟危坐二三更，除却故人曹孟�ｺ，更與誰爭。」とある。 　・夜半：夜中。『晉書・列傳・祖逖』の表現では「中夜」（前出・青字部分参照）。　・投袂：〔とうべい；tou2mei4○●〕たもとを振りあげる。奮起するさま。

※檄告東人我來矣：ふれぶみで、日本人よ、「俺さまは、来てやったぞ！」と告げてやった。　・矣：〔い；yi3●〕完了や過去を表す語気詞。命令、感嘆、停頓を示す。　・檄：〔げき；xi4●〕ふれぶみ。めしぶみ。召集またはふれを告げるため、役所から出した木札の文書。　・東人：日本軍を指す。　・我來矣：「来てやったぞ！」。この「我」は呉大瀓自身を指そう。日本軍ともとれるが…。　・矣：〔い；yi3●〕完了や過去を表す語気詞。命令、感嘆、停頓を示す。

※此行領取萬戸侯：今回の出征は、多くの封土を持つた諸侯（日本の大名）の封を受け取る（機会）で。　・此行：今回の出征。　・領取：受け取る。とって自分のものとする。　・萬戸侯：多くの封土を持つた諸侯。日本でいえば大名。南宋・岳飛の『題新淦蕭寺壁』（題青泥市寺壁）に「雄氣堂堂貫斗牛，誓將直節報君讐。斬除頑惡還車駕，不問登壇萬戸侯。」や、王昌齡の『閨怨』「閨中少婦不知愁，春日凝妝上翠樓。忽見陌頭楊柳色，悔�ﾍ夫壻覓封侯。」や、陸游の『訴衷情』「當年萬里覓封侯，匹馬戍梁州。關河夢斷何處？塵暗舊貂裘。胡未滅，鬢先秋，涙空流。此生誰料，心在天山，身在蒼洲！」や、現代では、毛澤東が『沁園春』長沙で「獨立寒秋，湘江北去，橘子洲頭。看萬山紅遍，層林盡染；漫江碧透，百舸爭流。鷹撃長空，魚翔淺底，萬類霜天競自由。悵寥廓，問蒼茫大地，誰主沈浮？　　　携來百侶曾游。憶往昔、崢�ｴ歳月稠。恰同學少年，風華正茂；書生意氣，揮斥方遒。指點江山，激揚文字，糞土當年萬戸侯。曾記否，到中流撃水，浪遏飛舟？」や同・陸游の『村飮示鄰曲』に「七年收朝迹，名不到權門。耿耿一寸心，思與窮友論。憶昔西戍日，孱虜氣可呑。失萬戸侯，遂老三家村。朱顏捨我去，白髮日夜繁。夕陽坐溪邊，看兒牧鷄豚。雕胡幸可炊，亦有社酒渾。耳熱我欲歌，四座且勿喧。即今黄河上，事殊曹與袁。扶義孰可遣，一戰洗乾坤。西酹呉玠墓，南招宗澤魂。焚庭渉其血，豈獨�C中原。吾儕雖益老，忠義傳子孫。征遼詔儻下，從我屬櫜鞬。」 とある。

※豈謂區區不余畀：どうして天下がわたしに与えられないわけがあろうか。　・豈：どうして…のことがあろうか。まさか…のことはあるまい。あに…（ならんや）。反語・反問を表す疑問副詞。　・謂：…という。　・區區：〔くく；qu1qu1○○〕天下。前出「萬戸侯」にあたる。また、小さい。わずか。取るに足らない。ここは、前者の意で使われる。　・不余畀：わたしに与えない。上代漢語の語法で、疑問文や否定文では人称代（名）詞を疑問詞の間に置く。「不畀余」⇒「不余畀」。上代漢語の語法を使ったのは、この句が『左傳』に基づいているため。『左傳・昭公十三年』に「他年，芋尹申亥以王柩告，乃改葬之。　　初，靈王卜，曰：『余尚得天下。』不吉，投龜，詬天而呼曰：『是區區者而不余畀，余必自取之。』民患王之無厭也，故從亂如歸。」（『左傳』５７４ページ　岳麓書社 ２０００年北京）とある。　・畀：〔ひ；bi4●〕あたえる。たまう。

※將軍慷慨來度遼：（度遼）将軍（湖南巡撫の呉大瀓）は、意気盛んなさまで、遼河を渡ってやってきた。　・將軍：〔しゃうぐん；jiang1jun1○○〕一軍を統率、指揮する人。度遼将軍。ここでは､湖南巡撫の呉大瀓のことになる｡なお、「將軍」という場合の「將」は〔しゃう；jiang1○〕であるが後出・「將帥」〔しゃうすゐ；jiang4shuai4●●〕での「將」は〔しゃう；jiang4●〕。これは、「將軍」という語は「軍を将（ひき）いる」と「將」を動詞として使うことに因る。なお、「將帥」での「將」は「軍司令官」の意で名詞のため。（ただし、「將」〔しゃう；jiang4●〕にも「将（ひき）いる」という動詞の意味もあり、品詞のみでの分類はし難い。ただ、実態としては、「將軍」での「將」は〔しゃう；jiang1○〕であり、「將帥」での「將」は〔しゃう；jiang4●〕。）　・慷慨：〔かうがい；kang1kai3◎●〕意気盛んなさま。また、憤り嘆く。悲しみ嘆く。ここは、前者の意。　・來度遼：遼河を渡りにやってきた。

※揮鞭躍馬誇人豪：鞭を振るって馬を勢いよく進め、（自分を）傑出して優れた人であると誇っている。　・躍馬：〔やくば；yue4ma3●●〕馬を勢いよく進める。馬を躍（おど）りあがらせる。　・人豪：〔じんがう；ren2hao2○○〕多くの人の中で、特に優れた人。人傑。

※平時蒐集得漢印：ふだん、漢代の古い印章を蒐集（しゅうしゅう）しており。　・平時：平和で何事も無い時。ふだん。平常。　・蒐集：〔しうしふ；sou1ji2○●〕あつめる。収集する。集めてまとめる。呉大瀓は、古代の金石を多く集めており、金石に関する著述も多数遺されている。　・漢印：漢代の古い印章。

※今作將印懸在腰：今、将軍職の印璽として、腰にぶら下げている。　・將印：〔しゃういん；jiang4yin4●●〕将軍の印璽。一軍を率いる湖南巡撫・呉大瀓の職位を表す印璽。　・懸在腰：腰にぶら下げている。

※將軍嚮者曾乘傳：（呉大瀓）将軍は、以前（甲申政変の際）に、早馬に乗ったことがあり。　*朝鮮国の近代化を目指した甲申政変に対して、清国が政治的・軍事的介入をし、維新派とその一族を粛清した際、呉大瀓は、左副都御史として参加した。　・嚮：〔きゃう；xiang4●〕先に。先ほど。前に。以前に。ここでは、朝鮮国の甲申政変（１８８４年）の際を指す｡　・曾：いままで…したことがある。かつて。　・乘傳：乗車する。　・傳：駅車。　・嚮者：〔きゃうしゃ；xiang4zhe3●●〕先に。先ほど。前に。以前に。　・嚮：〔きゃう；xiang4●〕先に。先ほど。前に。以前に。　・曾：いままで…したことがある。かつて。　・乘傳：乗車する。　・傳：駅継ぎの馬。早馬。駅車。

※高下句驪蹤迹遍：高句麗（朝鮮国の北部）の各地を隅々まで遍（あまね）く行った。　・高下句驪：「高句驪」や「下句驪」。どちらも高句麗のことで、「下句驪」は新の王莽による改名。「高下句驪」としたのは語調を整え、「高句麗の隅々まで」といった感じを表したかったか。「下句驪」については、次のようなことが記録されている。新の王莽が匈奴征伐のため高句麗に援軍を要請したが、出兵を拒み続けた。強いて出兵させたが、高句麗兵は逃亡してしまった。それらの結果、高句麗は下句麗と名前を変えられた。『漢書・王莽傳』に「（王）莽發高句驪兵，當伐胡，不欲行，郡強迫之，皆亡出塞，因犯法爲寇。…其更名高句驪爲下句驪，布告天下，令咸知焉。」とある。 　・蹤迹：〔しょうせき；zong1ji1○●〕足跡。人の行った跡。　・遍：隅々まで広くゆきわたっている。あまねし。

※銅柱銘功白馬盟：国境に銅柱を建てて、手柄を彫って記録した白馬の盟での勲功（を）。　・銅柱：国境の標識。日本・江戸（黄遵憲よりわずかに先の）長尾秋水の『松前城下作』に「海城寒柝月生潮，波際連檣影動搖。從此五千三百里，北辰直下建銅標。」とある。・銘功：手柄を彫って記録する。　・銘：〔めい；ming2○〕記（しる）す。　・白馬盟：白馬を刑（くびき）って、同盟の誓いをする。誓って「銅柱銘功」の手柄をたてる努力をすること。

※鄰國傳聞猶膽顫：隣国では（このことを）伝え聞いて、肝を潰してぞっとしていよう。　・鄰國：具体的に特定の国を指してはいまい。呉大瀓の意気軒昂たるさまに周囲の国々は肝を冷やしていることを謂う。　・傳聞：伝え聞く。　・猶：〔いう；you2○〕なおまだ。…ですらなお（かつ）。　・膽顫：〔たんせん；dan3zhan4●●〕肝を潰す。肝が潰れてぞっとする。膽戰心驚。

※自從弭節駐鷄林：使節として吉林（鷄林）に駐在してより。　・自從：…より。…から。　・弭節：〔びせつ；mi3jie2●●〕使節が駐在すること。　・鷄林：〔Ji1lin2○○〕吉林〔Ji2lin2○○〕（現・吉林省吉林）。但し、『中国史稿地図集』下冊（郭沫若主編　中国地図出版社）９９−１００ページ「清代疆域」では「吉林」と表記、同書１０５−１０６ページ「盛京、吉林西南部、直隸中北部」でも「吉林」と表記。『中国歴史地図集』第六冊　宋・遼・金時期（中国地図出版社）には無い。

※所部精兵皆百煉：統（す）べるところの精兵は、練り鍛えあげられている。　・所部：統（す）べるところ。名詞。　・部：統（す）べる。動詞。　・精兵：よりすぐれの兵士。精鋭。精卒。　・百煉：幾度も練り鍛える。百戦錬磨。

※人言骨相應封侯：人が言うことには、（呉大瀓の）骨相は、諸侯に列せられるべきものだ、とのことだが。　・骨相：〔こっさう；gu3xiang4●●〕骨組みの現れ。骨組みの上に現れた人の性格や運命。　・應：きっと…だろう。当然…であろう。まさに…べし。　・封侯：〔ほうこう；feng1hou2○○〕とりたてられて諸侯に列すること。また、領土を与えて諸侯すること。諸侯に封（ほう）ずること。ここは、前者の意。

※恨不遇時逢一戰：残念なことには、時運にめぐまれない（ために出世できないでいたが、今回）その機会に恵まれた。　・恨：うらめしい（ことは）。遺憾（なことは）。　・不遇：〔ふぐう；bu2yu4●●（慣用）〕時運にめぐまれない（ために出世できない）。よい君主に出逢わない。世に容れられない。こと。　・逢：出逢う。

※雄關巍峨高插天：雄大な関門（山海関）は、高く雄大で、天に聳え立っており。　・雄關：強く秀でた関門。ここでは山海関のことを謂う。現・河北省の北東端・秦皇島の北東にあり、遼寧省の省境に位置する関門の名。万里の長城の東端にあたる。この関門を北に出れば、伝統的な中華の地から離れることになり、雄々しく外征する表現になる。「西出陽關無故人」や『出塞』に似た風情がある。　・巍峨：〔ぎが；wei1（2）e2○○〕（山や建築物の）高くて雄大なさま。酒に酔って足許のあぶないさま。ここは、前者の意。なお、「巍巍」は高大なさま。「峨峨」は高く険しいさま。 ・插天：〔さふてん；cha1tian1●○〕天に高く聳え立つ。

※雪花如掌春風顛：（舞い落ちてくる）雪は、掌（てのひら）のようで、春風は（山海関で）ふさぎ止められている（関外はまだ冬である）。　・雪花：（舞い落ちてくる）雪。　・如掌：てのひらのよう（に大きい）。　・顛：〔てん；tian1○〕ふせぐ。ふさがる。王之煥の『涼州詞』「黄河遠上白雲間，一片孤城萬仞山。羌笛何須怨楊柳，春風不度玉門關。」の「不度」に該る。

※歳朝大會召�ｩ將：旧暦の元旦に、部下の諸将を召し出して、皆を集めて新年会をし（た時）。　・歳朝：元旦。旧暦・一月一日の朝。ここでは､光緒二十一年（１８９５年＝明治二十八年）の元旦（旧暦元旦は一月二十六日頃）になる｡海城をめぐる攻防戦が繰り広げられていた頃になろうか。

※銅鑪銀燭圍紅氈：銅製のストーブに銀製の燭台が、赤い絨毯（じゅうたん）を囲んでいた。　・銅鑪銀燭：銅製の火鉢（ひばち）/ストーブに銀製の燭台。　・圍：〔ゐ；wei2○〕かこむ。　・紅氈：赤い敷物。赤い絨毯（じゅうたん）。

※酒酣舉白再行酒：酒盛りがたけなわになった時、杯を挙（あ）げて乾杯し、酒を勧めて。　・酒酣：酒盛りがたけなわになる。　・舉白：（さかずき（杯）を挙（あ）げて）乾杯する。　・白：さかずき（杯）。　・行酒：酒を勧める。順番に酒を斟（つ）ぐ。

※拔刀親割生彘肩：刀を抜いて、自（みずから）ら豚の肩の肉切り分けた。　・拔刀：刀を抜く。　・親割：自（みずから）ら切り分ける。　・彘：〔てい；zhi4●〕ぶた。いのこ。こぶた。　・彘肩：〔ていけん；zhi4jian1●○〕ぶたの肩（の肉）。

※自言平生習鎗法：自ら言うことには、平素から槍術を習い。　・平生：ふだん。平素。平時。　・鎗法：〔さう（しゃう）はふ；qiang1fa3○●〕槍術。槍法。

※煉目煉臂十五年：十五年間、目を鍛え、腕を鍛えてきた。　・煉目：目を鍛える。　・煉臂：腕を鍛える。　・十五年：呉大瀓は、日清戦争の第一年目（１８９４年（光緒二十年甲午））の暮から翌年当初にかけて、日本軍との戦闘に加わった。前出・「自從弭節駐鷄林，所部精兵皆百煉」にあたる吉林防衛の任に就いたのが約１５年前の１８８０年（光緒六年）のことなので、ここの「十五年」とはその間のことになろう。

※目光紫電閃不動：眼光は鋭く、紫色の稲妻をひらめかせ。　・目光：眼光。　・紫電：鋭い眼光。紫色にひらめく電光。　・閃：〔せん；shan3●〕ひらめく。

※袒臂示客如鐵堅：肌を脱いで、腕や肩を露わにして客に示せば、鉄のように堅い。　・袒臂：〔たんひ；tan3bi4●●〕（片）肌を脱ぐ。はだぬいで、腕や肩を露わにする。　・如鐵堅：鉄のように堅い。鉄の堅さのようである。

※淮河將帥巾幗耳：淮軍の将領（である平壌の守将の葉志超たち）は、女ばかりで（弱い。平壌の戦闘では、撤退・逃亡をした）。　・淮河將帥：葉志超（平壌の守将）、衛汝貴などの淮軍の将領。陸戦では平壌の戦闘で、淮軍と湘軍との対立・相剋があった。１８９４年（明治二十七年、光緒二十年）９月１５日に日本軍が攻撃を開始、夕刻に清軍は白旗を掲げて翌日の開城を約したが、平壌の守将である淮軍の葉志超は、約を違えて密かに撤退（逃亡）する。ここで「巾幗」＝女、というのはその行為を指していう。淮軍は、安徽省合肥を基とする李鴻章が作った軍事組織。湘軍と張り合う。なお、この詩の主人公・呉大瀓は湘軍の将帥。　・淮河：〔わいが；Huai2he2○○〕黄河の南、長江の北を（三者並行して）東流する第三の大河。河南省南端の桐柏山に源を発し、安徽省・江蘇省の洪沢湖を経て、やがて海に注ぐ。ここでは淮軍を指す。　・將帥：〔しゃうすゐ；jiang4shuai4●●〕軍隊を指揮・統率する人。将軍等の司令官。なお、（既に述べているが）「將帥」〔しゃうすゐ；jiang4shuai4●●〕での「將」は〔しゃう；jiang4●〕であるが、前出・前出「將軍」という場合の「將」は〔しゃう；jiang1○〕になる。これは、「將帥」での「將」は「軍司令官」の意で名詞であるためだが、「將軍」という語は「軍を将（ひき）いる」の意で「將」を動詞として使うことに因る。（ただし、「將」〔しゃう；jiang4●〕にも「将（ひき）いる」という動詞の意味もあり、品詞のみでの分類はし難い。ただ、実態としては、「將軍」での「將」は〔しゃう；jiang1○〕であり、「將帥」での「將」は〔しゃう；jiang4●〕）。　・巾幗：〔きんくゎく；jin1guo2○●〕婦人の謂い。本来は、婦女の髪飾りのこと。後出・『南史・梁宗室上・臨川靖惠王宏』の青字部分参照。　・耳：ばかり。のみ。…だけ。

※蕭娘呂姥殊可憐：（怯懦で、女のような）蕭（宏）や呂（僧珍）は、とりわけ可憐である。　・蕭娘呂姥：怯懦な人物を「女々（めめ）しい奴」として、女性の呼称を附けて謡った。一種の厭味である。蕭娘とは蕭宏のことで、呂姥とは呂僧珍のこと。百万の大軍を率いながら戦わずして駐屯した。また、夜間の暴風雨を、敵の来襲と勘違いをして、あらゆる物を投げ棄てて逃げ出した人物である。『南史』梁宗室上・臨川靖惠王宏に「臨川靖惠王宏字宣達，文帝第六子也。…武帝詔宏�ｷ督�ｩ軍侵魏。…軍次洛口，前軍剋梁城。…�ｩ將欲乘勝深入，宏聞魏援近，畏懦不敢進，召諸將欲議旋師。呂僧珍曰：『知難而退，不亦善乎。』宏曰：『我亦以爲然。』…停軍不前。魏人知其不武，遺以巾幗。北軍歌曰：「不畏蕭娘與呂姥，但畏合肥有韋武（韋叡）。」とある。　・娘：〔ぢゃう；niang2○〕むすめ。少女。母。　・姥：〔ぼ；mu3●〕うば。婆（ばば）。老婆。　・殊：〔しゅ；shu1○〕とりわけ。ことに。　・可憐：いじらしく、かわいらしい。かわいそうである。

※看余上馬快殺賊：看：看よ、わたしは任に就くやいなや、すばやく侵入者（敵）をやっつけて。　・看：看よ。　・余：わたし。　・上馬：馬に乗る。着手する。任に就く。　・快：すばやく。　・殺賊：侵入者（敵）をやっつける。

※左盤右辟誰當前：（素速い身のこなしで）左にまがり、右に避けて、一体だれが目の前にいようか。　・左盤：〔さはん；zuo3pan2●○〕左にまがる。　・右辟：〔うひ；you4bi4●●〕右に避ける。⇔左辟。　・誰：一体だれが。反問・反語の語気がある。　・當前：〔たうぜん；dang1qian2○○〕目前（の）。

※鴨�鵠V江碧蹄��：（朝鮮国との国境の）鴨緑江から（漢城（現・ソウル）の西北郊の）碧蹄館と。　・鴨�鵠V江：鴨緑江。清（現・中国）と朝鮮（現・北朝鮮）の国境となる大河。白頭山を源として西に流れ、黄海に注ぐ川。　・碧蹄��：漢城（現・ソウル）の西北郊(現・高陽市徳陽区碧蹄洞)。碧蹄館が日清戦争の時、どのような関わりがあったのか不明。（或いは、李氏朝鮮をイメージする地名の中、美しさで選んだのか？平壌では戦いがあったが…）

※坐令萬里銷烽烟：（名軍師のように、帷幄の内に）坐って、遙か彼方の戦闘を指揮して、戦火を消した。　・坐令：（帷幄の内に）坐って（遙か彼方の戦闘を）指揮する。軍師の姿をいう。　・令：〔れい；ling4●〕命じる（動詞）。いいつけ（名詞）。なお使役（…しむ）や仮定（もし。たとひ）といった副詞的な助字は〔れい；ling2○〕。　・萬里：遙か彼方のことを謂う。　・銷：消す。　・烽烟：戦火。兵火。戦争ののろし。　・銷烽烟：戦火を消滅させる。

※坐中黄曾大手筆：この場にいる者の中で、黄自元と曾廣鈞は、書法の名人（なので）。　・坐中：坐（すわ）っている者の中（で）。　・黄曾：黄自元と曾廣鈞を指す。共に湖南省出身の進士で、湖南巡撫の呉大瀓の帷幄の中の人。　・大手筆：大著作（家）。詔勅などの国家の重要な文章。ここでは（毛筆の）書法に優れた人物をいう。

※爲我勒碑銘燕然：わたしのために、燕然山の（石碑にわたしの功績を）彫（ほ）り刻（きざ）んで（はくれないか）。　・勒：（石などに）彫（ほ）る。刻（きざ）む。・燕然：山の名。燕然山。「燕然都督府」。現・モンゴル国のハンガイ山脈（杭愛山・都督軍山） 『後漢書巻四・孝和孝殤帝紀第四』に「車騎將軍竇憲…與北匈奴戰於稽落山，大破之，…竇憲遂登燕然山，刻石勒功而還。」とある。南北朝時代・無名氏の古楽府『木蘭詩』に「喞喞復喞喞，木蘭當戸織。不聞機杼聲，惟聞女歎息。問女何所思，問女何所憶。女亦無所思，女亦無所憶。昨夜見軍帖，可汗大點兵。軍書十二卷，卷卷有爺名。阿爺無大兒，木蘭無長兄。願爲市鞍馬，從此替爺征。東市買駿馬，西市買鞍韉。南市買轡頭，北市買長鞭。旦辭爺孃去，暮宿黄河邊。不聞爺孃喚女聲，但聞黄河流水鳴濺濺。旦辭黄河去，暮至�K山頭。不聞爺孃喚女聲，但聞燕山胡騎鳴啾啾。」や、宋・范仲淹の『漁家傲』に「塞下秋來風景異，衡陽雁去無留意。四面邊聲連角起。千嶂裡，長煙落日孤城閉。　　　濁酒一杯家萬里，燕然未勒歸無計。羌管悠悠霜滿地。人不寐，將軍白髮征夫涙。」とある。　・勒碑銘燕然：手柄を立てて功績を碑に彫って、燕然山にたてること。ここでは､手柄を立てることを謂う。

※么麼鼠子乃敢爾：小さいネズミのような小者（日本）が、おしきってこのようなことをする（のは）。　・么麼：〔えうま（現代仮名遣いでは「ようま」）；yao1mo2○○〕小さい。細かい。微小である。微力にして言うに足らない。　・鼠子：ネズミのような小者。ここでは､日本軍を指す｡後出・『世説新語』の青字部分参照。「−子」は接尾字で、名詞や一部動詞、形容詞の後に附き名詞化する。また、軽視や嫌悪の情を表す場合もある。　・乃：〔だい（ない）；nai3●〕⇒「乃爾」〔だい（ない）じ；nai3er3●●〕かくのごとし。　・敢爾：おしきってこのようなことをする。あえて爾（しか）る。南朝宋・劉義慶『世説新語・簡傲第二十四』の15に「王子敬兄弟見郗公，躡履問訊，甚修外生禮。及嘉賓死，皆著高屐，儀容輕慢。命坐，皆云：『有事不暇坐。』既去，郗公慨然曰：「使嘉賓不死，鼠輩敢爾！」（『世説新語譯注』７７４ページ 張萬起　劉尚慈訳注 中華書局 １９９８年北京 ）とある。

※是何鷄狗何蟲豸：何たるニワトリやイヌ（のようなつまらないもの）のすることで、何たる虫けらなのだ。　・是：これ。　・何：なんたる。　・鷄狗：ニワトリやイヌ。つまらないものの喩え。　・蟲豸：〔ちゅうち；chong2zhi4○●〕むしけら。人を卑しめていう語。「蟲」は足のある虫。「豸」は足のない虫（うじむし、ミミズなど）。

※會逢天幸遽貪功：天の与える幸（さいわ）いに折良くでくわせば、急いで功績をよくばって。　・會逢：でくわす。「會逢其適」ちょうどその折にでくわす。　・天幸：〔てんかう；tian1xing4○●〕天のあたえるさいわい。　・遽：〔きょ；ju4●〕急に。俄に。急いで。せまる。　・貪功：〔たんこう；tan1gong1○○〕功績をよくばる。功績をむさぼる。

※它它籍籍來赴死：入り乱れて横たわって、死んでいく。　・它它籍籍：〔たたせきせき；ta1ta1ji2ji2○○●●〕（禽獣が）入り乱れて横たわっているさま。多く積み重なっているさま。＝它它藉藉、他他藉藉。　・赴死：死んでいく。

※能降免死跪此牌：（日本軍から）降伏してきた者は、命を助けてやるから、この命令書に跪（ひざまづ）け。　・能降：よく降伏できた（者）。　・免死：命を助けてやる。　・跪：ひざまづく。　・牌：軍隊での秘密命令を伝える文書。官吏が地方を巡視する際の身分証明書。

※敢抗顏行聊一試：敢えて抗（あらが）者には、先鋒にあたって、ちょっと試してやる。　・抗：あたる。はりあう。はむかう。　・顏行：先に立って行く。軍隊の前列。先鋒。　・聊一試：ちょっと試してみる。ちょっと書いてみる。「〔聊一〕＋動詞」で、「ちょっと…しておく」の意を持つ表現。　・一：〔一＋「動詞」〕ちょっと…してみる。晩唐・杜牧の『張好好詩』に「怪我苦何事，少年垂白鬚。朋遊今在否，落拓更能無。門館慟哭後，水雲秋景初。斜日挂衰柳，涼風生座隅。灑盡滿襟涙，短歌聊一書。」とある。

※待彼三戰三北餘：彼の日本軍が三回戦って三回敗れるのを待って。　・彼：日本軍を指す。　・北：逃げる。負ける。敗北する。　・餘：〔よ；yu2○〕（…の）後。　*この聯は、呉大瀓の討日檄文の中にあることばをもじったというが、未確認。　・彼：日本（軍）側を指す。　・三戰三北：三回戦って三回敗れる。　・北：逃げる。負ける。敗北する。

※試我七縱七擒計：我が方は、諸葛孔明の（仁徳ある）七縱七擒の計でもって試みよう。　・試：ためす。こころみる。　・我：呉大瀓（の軍）。　・七縱七擒計：諸葛孔明の兵法で、敵を七度（たび）擒（とら）えて七度（たび）縱（はな）つこと。七回捕らえて、七回放つこと。諸葛孔明は、叛乱を起こした孟獲を捕らえては解き放ち、再び叛乱を起こして捕らえても、また放った。このようなことが七度（たび）繰り返された。結果、孟獲は諸葛孔明に心服したという故事に基づく。　・縱：〔しょう；zong4●〕はなつ。ゆるす。ときはなす。蛇足になるが、「（縦横の）たて」の意は〔じゅう；zong1○〕。　・擒：〔きん；qin2○〕とらえる。生け捕る。

※兩軍相接戰甫交：兩軍：（日清）両軍の軍勢が接近してきて、はじめて交わり。　・兩軍：双方の軍勢。ここでは､日清の両軍のことになる｡　・甫：〔ほ（ふ）；fu3〕はじめて。

※紛紛鳥散空營逃：（戦闘は）入り交じって乱れ、（やがて呉大瀓の軍は）ちりぢりになって軍営を空っぽにして逃げ出してしまった。　・紛紛：〔ふんぷん；fen1fen1○○〕入り交じって乱れるさま。ここでは清軍の清国内での連戦連敗のさまを謂う。　・鳥散：ちりぢりになる。　・空：空っぽにする。動詞。　・營：軍営。兵営。なお、陸軍の編制の単位である大隊も「営」と呼ぶ。

※棄冠脱劍無人惜：（軍官としての）地位を表す冠（軍帽）を投げ棄てて、（武官の象徴である）剣（名誉や矜恃）を取り外すことを、誰も惜しいことだとは思わなかった。　・棄冠：（軍官としての）地位を投げ棄てる。　・脱劍：（武官の誇りと象徴である）剣を取り外す。　・無人-：だれも…ない。…のような人はだれもいない。

※只幸腰間印未失：ただ幸いなことに、腰の印璽は失われずにあった。　・只幸：ただ幸いなことに。　・腰間：腰のあたり。腰のまわり。

※將軍終是察吏才：（呉大瀓）將軍は、結局は（行政職の色彩が強い）巡撫職の器量であった。　・將軍：湖南巡撫の呉大瀓のこと。　・終是：結局は…だ。　・察吏：省の長官である（軍隊の指揮権はあるものの、）行政職の色彩が強い巡撫職。文官。文民の公務員。　・才：器量。（器）うつわ。

※湘中一官復歸來：（呉大瀓は）湘軍のとある官職にふたたび（故郷の湘（湖南省）へ戻って（再び湖南巡撫になっ）たが。　・湘中：湘軍の。湖南軍で。呉大瀓は湖南巡撫。　・湘：〔しゃう；xiang1〕湖南省。呉大瀓の本拠地。　・湘中一官：湘軍のとある官職（ここでは湖南巡撫のことになる）｡　・復：また。ふたたび。

※八千子弟半摧折：（項羽は部下八千人を失い、その父兄に会わせる顔がないと言ったが、呉大瀓は）八千人の部下の内、半分を潰滅させてしまった。　・八千子弟：（地域の父兄から預かった）８０００人の子弟兵。『史記・項羽本紀』の赤字部分で「於是項王乃欲東渡烏江。烏江亭長艤船待，謂項王曰：「江東雖小，地方千里，衆數十萬人，亦足王也。願大王急渡。今獨臣有船，漢軍至，無以渡。」項王笑曰：「天之亡我，我何渡爲。且籍與江東子弟八千人渡江而西，今無一人還，縱江東父兄憐而王我，我何面目見之。縱彼不言，籍獨不愧於心乎。」とある。　・摧折：〔さいせつ；cui1zhe2○●〕くじきおる。打ち壊す。

※白衣迎拜悲風哀：喪服の白衣で（戦死者の遺骨を）迎えていると、悲しげにもの寂しい音をたてる風は哀れを誘ってくる。　・白衣：喪服。ここでは､戦死者を迎える戦死者の親族を指す｡　・悲風：悲しげな風。もの寂しい音をたてる風。悲しみの情を起こさせる風。漢・李陵の『與蘇武詩』其二「嘉會難再遇，三載爲千秋。臨河濯長纓，念子悵悠悠。遠望悲風至，對酒不能酬。行人懷往路，何以慰我愁。獨有盈觴酒，與子結綢繆。」や、『古詩十九首』の第十四首「去者日以疎，來者日以親。出郭門直視，但見丘與墳。古墓犁爲田，松柏摧爲薪。白楊多悲風，蕭蕭愁殺人。」、高適の『宋中』「梁王昔全盛，賓客復多才。悠悠一千年，陳迹惟高臺。寂寞向秋草，悲風千里來。」や、杜甫の『乾元中寓居同谷縣作歌』「有客有客字子美，白頭亂髮垂過耳。歳拾橡栗隨狙公，天寒日暮山谷裏。中原無書歸不得，手脚凍皴皮肉死。嗚呼一歌兮歌已哀，悲風爲我從天來。」や、朱敦儒の『相見歡』に「金陵城上西樓，倚清秋，萬里夕陽垂地、大江流。　　　中原亂，簪纓散，幾時收？試倩悲風吹涙、過揚州。」とある。

※幕僚歩卒皆雲散：（呉大瀓）の幕営にいた参謀将校から兵卒に至るまで、離れ離れになって消え失せてしまった（が）。　・幕僚：〔ばくれう；mu4liao2●○〕将軍の参謀。幕営にあって将軍を助ける者。司令官に直属する参謀将校。高級将校。　・歩卒：兵卒。下級兵士。　・雲散：一緒にいた人々が離れ離れになること。（物事が）消え失せること。

※將軍歸來猶善飯：（呉大瀓）将軍は帰ってきてもなお（廉頗将軍以上に）健啖だった。（戦意は旺盛だった）。　・善飯：（敵を駆逐する力の根元の食欲があって）大いに飯（めし）を食う。廉頗将軍の故事で、廉頗将軍は、老いたりと雖も尚も敵を駆逐する力の根元の食欲があることを示すために大飯を喰らったことを謂う。『史記・巻八十一・廉頗藺相如列伝・第二十一』に「廉將軍雖老，尚善飯。（廉頗居梁久之，魏不能信用。）……趙以數困於秦兵，趙王思復得廉頗，廉頗亦思復用於趙。趙王使使者視廉頗尚可用否。廉頗之仇郭開多與使者金，令毀之。趙使者既見廉頗，廉頗爲之一��斗米，肉十斤，被甲上馬，以示尚可用。趙使還報王曰：『廉將軍雖老，尚善飯，…」 老いたりと雖も尚も敵を駆逐する力の根元の食欲があることをいう。ここでは「飯」は動詞。飯を食う。能＋（動詞）＋否：…が、できるかどうか。蛇足になるが、趙王は、結局、廉頗を用いなかった。その理由とは、「…然與臣坐，頃之三遺矢矣。』趙王以爲老，遂不召。」つまり、屡々トイレに立って三回大便をしたので、趙王は、「やっぱりだめだ。年をとっている。」という次第で、登用を諦めた。

※平章古玉圖鼎鐘：（呉大瀓）は古い時代の宝玉の品定めをしたり、鼎（かなえ）や鐘（つりがね）に（自分の）功績を彫りつけることを考慮し。　・平章：公平に品定めをする。品評する。また、平和に導き徳を明らかにさせる。ここは、前者の意。　・古玉：古い時代の宝玉。　・圖：図（はか）る。考慮する。　・鼎鐘：〔ていしょう；ding3zhong1●○〕かなえと、つりがね。それらに人の功績を彫りつけた。

※搜篋價猶値千萬：衣裳箱の中を捜せば、値段はまだまだ千万の値打ちに該当する（ものがある）。　・搜篋：〔けふ；qie4●〕衣類などを収める長方形の箱。　・搜篋：〔さう（しう）けふ；sou1qie4○●〕衣裳箱の中を捜す。引き出しを捜す。　・價：値段。　・値：あたる。　・千萬：極めて高価なことを謂う。

※聞道銅山東向傾：聞くところによると銅山（銭（ぜに）≒金銭）は、東の方の日本に向かって傾き流れて（日本に対して賠償金を支払うようになった）とのことだが。　・聞道：聞くところによると。人の言うのを聞くと。きくならく。「聞道」は伝聞表現の語で、それ以降が伝聞の内容。　・銅山：銭（ぜに）を指す。　・東向傾：東の方日本に向かって傾く。日本に対して賠償金を支払うようになったことを謂う。

※願以區區當芹獻：お願いするのだが、細（ささ）やかでいいからお志（こころざ）を贈っていただいて。　*この句、形式的には聯の下句だが、次の「藉充歳幣少補償」に繋がっている。　・芹獻：〔きんけん；qin2xian4○●〕お口よごし。人への贈り物をへりくだっていうことば。『列子・楊朱編』にセリなどをもらって食べた人が口が苦く腹痛になったという寓話「昔人有美戎菽，甘枲莖、芹萍子者，對�ｸ豪稱之。�ｸ豪取而嘗之，蜇於口，慘於腹。衆哂而怨之，其人大慚。」に基づく。

※藉充歳幣少補償：（その贈っていただいたお金を）借りて、毎年、（日本に対して）納める賠償金基金に充当して、（対日）補償に付け加え（るのだ）。　・藉：借りる。　・充：あてる。充当する。　・歳幣：毎年、日本に対して納める賠償金。　・少：〔せう；shao1●〕扶持（ふち）する。＝稍〔せう；shao1●〕。

※毀家報國臣所願：家（産）を潰しても、国の恩に報（むく）いるのは、臣下の願うところ（だろう）。　・報國：国の恩に報（むく）いる。中唐・張仲素『塞下曲』に「朔雪飄飄開雁門，平沙歴亂捲蓬根。功名恥計擒生數，直斬樓蘭報國恩。」とある。　・臣：臣下。また、臣下の自称。　・所願：願うこと。願うところ。　・所−：動詞の前に附き、動詞を名詞化する。

※燕雲北望憂憤多：燕州と雲州（現・河北省〜山西省）といった燕雲十六州（遼（契丹）に割譲した領土）のある北方を眺めれば悲しみいきどおることが多く。　・燕雲：燕州と雲州（現・河北省〜山西省）。燕雲十六州。五代・晋（後晋）の石敬瑭が遼（契丹）に割譲した現・河北〜山西省一帯の十六州の総称。（遼から見れば、新たに獲得した領土だが、）漢民族からすれば、失われた祖国の大地の意になる。　・憂憤：悲しみいきどおること。

※時出漢印三摩挱：時々、漢代の古い印章を取りだしては、何度も撫でている。　・時：時々。　・漢印：漢代の古い印章。　・三：しばしば。何度も。読みは「三（み）たび」としても、その意は「３回」といった回数を限ったものではない。　・摩挱：〔まさ；ma1sa0◎？〕手で撫でる。なでつける。

※忽憶遼東浪死歌：忽然と『遼東の浪死の歌』（『遼東の無駄死にの歌』）を思い出したが。　・忽：〔こつ；hu1●〕たちまち。　・憶：思い出す。　・遼東浪死歌：『遼東の無駄死にの歌』。隋代、長白山に拠った王薄の農民叛乱軍の隊歌。王薄の『遼東の無駄死に（の歌）』にかけて、遼東半島での清軍戦死者を『遼東の無駄死に』と暗に謂う。『資治通鑑・隋紀五・煬帝大業七年』に「鄒平民王薄擁衆據長白山，剽掠齊、濟之郊，自稱知世郎，言事可知矣；又作無向遼東浪死歌以相感勸，避征役者多往歸之。」（『資治通鑑』第六册 第一百八十一卷  隋紀五 煬皇帝上之下 煬帝大業七年（６１１年）中華書局（１９９６年北京）版 ５６５６ページ）とある。　・浪死：犬死に。無駄死に。徒死。

※印兮印兮奈爾何：印章よ、印章よ、おまえをどのようにしよう。　*項羽の『垓下歌』に基づく。『史記・項羽本紀』に「項王則夜起，飮帳中。有美人名虞，常幸從；駿馬名騅，常騎之。於是項王乃悲歌慨，自爲詩曰：「力拔山兮氣蓋世，時不利兮騅不逝。騅不逝兮可何，虞兮虞兮奈若何！」歌數美人和之，。項王泣數行下，左右皆泣，莫能仰視。」とある。　・兮：〔けい；xi1○〕詩歌で語調をととのえ、強めるため、節奏の部分に現れる辞。上古詩に多い。　・奈爾何：おまえをどうしよう。上古の語法で、疑問文や否定文では人称代（名）詞を疑問詞の間に置く。「奈何」に代名詞「爾」を加えて表現するときは「奈何」を分けて「奈＋［代名詞］＋何」⇒「奈爾何」とする。上代では「奈何爾」とはしない。　・奈何：どうしよう。なんとせん。いかんぞ。処置、手段を問う。　・爾：〔じ；er3●〕なんぢ（なんじ）。漢・武帝（劉徹）の『秋風辭』「秋風起兮白雲飛，草木黄落兮雁南歸。蘭有秀兮菊有芳，懷佳人兮不能忘。汎樓船兮濟汾河，��中流兮揚素波。簫鼓鳴兮發櫂歌，歡樂極兮哀情多。少壯幾時兮奈老何。」とあり、李商隠の『聞歌』に「斂笑凝眸意欲歌，高雲不動碧嵯峨。銅臺罷望歸何處，玉輦忘還事幾多。��冢路邊南雁盡，細腰宮裏北人過。此聲腸斷非今日，香灺燈光奈爾何。」とある。

◎　構成について

２００９．４．１４ 　　　　　４．１５ 　　　　　４．１６ 　　　　　４．１７ 　　　　　４．１９ 　　　　　４．２０ 　　　　　４．２１ 　　　　　４．２２ 　　　　　４．２３ 　　　　　４．２４ 　　　　　４．２５ 　　　　　４．２６ 　　　　　４．２７ 　　　　　４．２８ 　　　　　４．２９ 　　　　　４．３０完 　　　　　５．　３補

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