李煜喜遷鴬詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩　李いくliyu

liyu LiYu 漢詩
　

　喜遷鶯

曉月墜，
宿雲微，
無語枕頻欹。
夢回芳草思依依，
天遠雁聲稀。

啼鶯散，
餘花亂，
寂寞畫堂深院。
片紅休掃儘從伊，
留待舞人歸。

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喜遷鶯
　　　　　　　　　　　　　

曉月は　　墜（お）ち，
宿雲は　　微（かすか）に，
語無く　　枕を頻（しきり）に　欹（そばだ）つ。
夢は　芳草を回りて　　思ひ　依依たり，
天　遠く　　雁聲　稀なり。

啼鶯は　　散じ，
餘花は　　亂（ち）り，
寂寞たる　　畫堂深院。
片紅　掃くを休（や）めて　　伊（そ）の儘從（なすがまま）にし，
留めて　　舞人の歸るを　待つ。

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私感注釈

※喜遷鶯：詞牌の一。詳しくは下記「構成について」を参照。
※曉月墜：明け方の月は、西の方へ沈みかけて。　*悩みのために眠りが浅く、しばしば目覚め、夜も充分に眠れないでいたことをいう。　・曉月：明け方の月。夜明けの月。　・墜：西の方へ沈む。
※宿雲微：夜間に出ていたの雲は、少なくなっていった。　・宿雲：夜間の雲。　・微：かすかになった。ほのかな。はっきりしない。おとろえる。雲がだんだんなくなっていったことをいう。
※無語枕頻欹：だれと言葉を交わすことも無く、（寝苦しくて）しきりに枕をそばだて、まくらに斜めによりかかっている。　*李煜『烏夜啼』「燭殘漏斷頻欹枕，起坐不能平。」にもある。　・無語：言葉もなく。だれと言葉を交わすことのないさま、独り無言で、ことばの無い静寂を表す。李煜に『烏夜啼』「無言獨上西樓，月如鈎。」がある。　・枕：マクラ。　・頻：しきりに。　・欹：〔い；yi1〕そばだつ。偏る。よりかかる。　・欹枕：枕をそばだてる。まくらに斜めによりかかっている。寝苦しい状態であることをいう。古来、詩詞で「欹枕」は、憂いがあって眠れない場合等によく使われている。
※夢回芳草思依依：夢の中で、すばらしい春の情景をいつまでも思い続けている。ここは、晩唐の韋荘『女冠子』「昨夜夜半，枕上分明夢見。語多時。依舊桃花面，頻低柳葉眉。　　半羞還半喜，欲去又依依。覺來知是夢，不勝悲。」の影響があろう。　・夢回：夢の中で、思い巡る。或いは、夢から覚める、とも取れる。　・芳草：普通の詩では、香りのよい春の草。婉約詞では、極めてよく使われる。　思：おもい。　・依依：名残惜しく離れにくいさま。
※天遠雁聲稀：大空の遠いところでガンの鳴き声が（だんだんと）消えていった。　・天遠：空の遠いところで。　・雁聲：ガンの啼き声。ガンは、夜景や便り（雁信：蘇武の項参照）を表現するのに用いられる。　・稀：少なくなっていった。まれになっていった。「稀」字の用法から考えると、今、目前で、雁の鳴き声が小さくなっていったというよりも、女性からの雁信（便り）が少なくなって、まれになった、というのに相応しい。ここは、双方の意。
※啼鶯散：春の象徴であるウグイスも飛んで去り。　・啼鶯：春を告げるウグイス。　・散：飛んでいった。
※餘花亂：咲き残っていた花も散ってしまった。　・餘花：（まだ散らないで）咲き残った花。　・亂：散る。
※寂寞畫堂深院：さびしげになった美しく彩った御殿の奥庭では。　*李煜の『烏夜啼』にも「無言獨上西樓，月如鈎。寂寞梧桐深院鎖淸秋。」がある。・寂寞：さびしくなった。さびしげな。ここは、恰も動詞であるかのような用法ともいえる。　・畫堂：美しく彩った御殿。　・深院：幾重もの塀で囲まれた奥庭。
※片紅休掃儘從伊：はらはらと散ってきた花びらを掃き取ることをしないで、その散るが儘（まま）にしている。　・片紅：ひとひらの花びら。　・休：…をやめる。　・掃：はく。（花びらを）掃き取る。　・休掃：花びらがなくなってしまうと春が過ぎ去ってしまったことになり、花びらを留めておくことで、春を引き留めておきたいことをいう。　・儘從：なすがままに任せる。牟融の「林下貧居甘困守，儘敎城市不知名。」や、和凝の「醉來咬損新花子，曵住仙郞儘放嬌。」に同じ。　・伊：それ。これ。その。この。ここでは「片紅」を指す。
※留待舞人歸：（散った花びらを掃き取ることなく）その場に留め置いて（春の名残を留め置いて）、いとしい舞人が帰って来（やすいようにしておいて、彼女を）待っている。　・留：（花びらを掃き取ることなく、その場に）留め置く。　・待：（舞人が帰ってくるのを）まつ。ここでは「留待」（後のことにする、後日のことにする）の意はない。　・舞人：舞姫。ここでは、作者の愛人になる。　・歸：帰ってくる。自分の手許にもどってくる。

◎　構成について

小令と長調の両体があり、これは、小令のもの。四十七字。双調。　平韻。韻式は「AAA　bbｂAA」。一般には「AAA　ｂｂCC」が多い。李煜の場合、他の詞牌でも、押韻が多い場合がある。韻脚は「微欹依稀　　散亂院　　伊歸」で、詞韻第三部平声四支、五微と、第七部去声十五翰。

　　　●，
　　　●○○。（韻）
　　　●●○○。（韻）
　　　○●●○○。（韻）
　　　○●●○○。（韻）

　　　●，（韻）
　　　○●。（韻）
　　　●○●。（韻）
　　　●●○○。（韻）