漢詩 陸放翁　　　望江道中
　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　南宋　陸游

吾道非邪來曠野， 江濤如此去何之。 起隨烏鵲初翻後， 宿及牛羊欲下時。 風力漸添帆力健， 聲常雜雁聲悲。 晩來又入淮南路， 紅樹��山合有詩。

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　　　　　　　　　望江の道中
　　　　　　　　　　　
吾が道は　非なるか　　曠野（くゎうや）に 來（きた）る，
江濤（かうたう）　此（か）くの如し　　去りて 何（いづ）くにか 之（ゆ）く。
起つは　烏鵲（うじゃく）の　　初めて翻（ひるがへ）る後に　隨（したが）ひ，
宿るは　牛羊（ぎうやう）の　　下（くだ）らんと欲する時に　及ぶ。
風力　漸（やうや）く 添ひて　　帆力　健に，
聲（ろせい）　常に雜（まじ）ふ　　雁聲（がんせい）の悲しきを。
晩來　又た入る　　淮南（わいなん）の路，
紅樹 青山　　合（まさ）に 詩　有るべし。

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◎私感訳注：

※望江道中：望江（の町）への途上にて。　・望江：淮南西路/安慶府の南、長江北岸にある都市名。現・安徽省西南。九江の東北東百キロメートルのところ。彭沢の対岸になる。『中国歴史地図集』第六冊　宋・遼・金時期（中国地図出版社））６２ページ「淮南西路」。（『中国歴史地図集』第五冊　隋・唐・五代十国時期（中国地図出版社）では５４ページ「淮南道」に該る。）
※吾道非邪來曠野：わたしがとった道筋には、間違いがあったのだろうか、（曾て流浪した孔子のように）何もなくひろびろとした原野に来てしまった。　*「匪（じ）匪虎之嘆」をいう。　・吾道：わたしがとった道筋。実際に歩んでいる道筋であり、また人生の道筋。　・非：あやまり。あやまち。　・邪：〔や；ye2○〕…か。…や。疑問の語気詞（助字）。蛇足になるが、「よこしま」の意の「邪」は〔じゃ；xie2○〕になる。　・曠野：〔くゎうやkuang4ye3●●〕何もなくひろびろとした野原。『史記・孔子世家』に「孔子問曰：『詩云『匪匪虎，率彼

？ 吾何爲於此。』」とある。賢人が野牛（）や虎でもないのに、それらのように原野を彷徨うこと。世に容れられないで流浪する悲しみをいう。原詩は『詩經・小雅・魚藻之什・何草不黄』の第三章「何草不黄，何日不行。何人不將，經營四方。　　何草不玄，何人不矜。哀我征夫，獨爲匪民。　　

匪匪虎，率彼曠野。哀我征夫，朝夕不暇。

　　有者狐，率彼幽草。有棧之車，行彼周道。」にある。
※江濤如此去何之：長江の大波は、かくばかりであって、どこに向かって行こうとしているのか。　・江濤：大きな川（長江）の大波。　・如此：このように。かくばかり。　・去何之：どこに向かって行くのか。　・之：行く。
※起隨烏鵲初翻後：朝、起きて出発するのは、カササギがはばたいて飛び去った後の時に、付き随って（わたしも旅立ち）。　・起：ここでは､旅立つの意になる｡（朝）起きる。　・隨：したがう。　・烏鵲：〔うじゃく；wu1que4○●〕カササギ。カラスとカササギ。もし、このことばに洒落（かけことば、相関語）があるとすれば「烏鵲〔wu1qiao3〕」は「烏鵲橋」であって、対になる「牛羊〔niu2yang2〕」は「牛郎〔niu2lang2〕」と見ることができるが、明るくなりすぎるか。魏・曹操『短歌行』に「對酒當歌，人生幾何。譬如朝露，去日苦多。　　慨當以慷，憂思難忘。何以解憂，唯有杜康。　　青青子衿，悠悠我心。但爲君故，沈吟至今。　　鹿鳴，食野之苹。我有嘉賓，鼓瑟吹笙。　　明明如月，何時可輟。憂從中來，不可斷絶。　　越陌度阡，枉用相存。契闊談讌，心念舊恩。　　月明星稀，

南飛。繞樹三匝，何枝可依。　　山不厭高，水不厭深。周公吐哺，天下歸心。」 とある。　・翻：はばたく。ひるがえす。
※宿及牛羊欲下時：（夜に）宿泊しようとするのは、ちょうどウシやヒツジが帰ろうとする時である。　・宿：（夜に）宿泊する。とまる。やどる。　・及：およぶ。　・及…時：間に合う。機を逸せず。時を移さず。適時である。　・牛羊：ウシやヒツジ。ここでは家畜のことをいう。『詩經・王風・君子于役』に「君子于役，不知其期。曷至哉，鷄棲于塒。

來。君子于役，如之何勿思。　　君子于役，不日不月。曷其有鷄，鷄棲于桀。日之夕矣，羊牛下括。君子于役，苟無飢渇。」 とある。　・欲：（…うと）する。まさに…しようとしている。ほっする。実質上副詞。　・下：帰る。
※風力漸添帆力健：（船を動かす）風の力に船脚もだんだんとあがっていった。風の力に船脚もだんだんとスピードが上がっていった。　・風力：風の力。　・漸：だんだんと。次第に。　・添：くわわる。そえる。　・帆力：（帆に当たる風の力の作用である）船脚。スピード。　・健：順調にのびる。順調にスピードが上がる。すこやかである。
※艪聲常雜雁聲悲：艪（ろ）をこぐ音に、いつもカリの啼き声が雑（まじ）って（聞こえ）、悲しげである。　・聲：〔ろせい；lu3sheng1●○〕艪（ろ）をこぐ音。艪の音。　・：〔ろ；lu3●〕＝艪。　・常：いつも。つねに。ずっと。　・雜：まじる。動詞。　・雁聲：カリの啼き声。　・悲：悲しげである。
※晩來又入淮南路：日が暮れてきて、またしても淮南西路に入っ（て碇泊し）た。　・晩來：（時間的に）おそくなって。日が暮れてきて。　・又：またしても。　・淮南路：淮南西路。安徽省の長江沿岸地方。現・安徽省の南半分の地方。前出・『中国歴史地図集』第六冊　宋・遼・金時期（中国地図出版社））６２ページ。金と南宋の国境線は淮河であり、淮南西路と淮南東路は長江以北に残された南宋の領土でもあり、前進基地でもある。
※紅樹��山合有詩：（淮南路は）紅葉した木や緑の山（が見事であり、）詩が出来そうである。　・紅樹��山：紅葉した木や緑の山。　・合：まさに（…べし）。当然…すべきである。当然…のはずである。韋荘の『菩薩蛮』に「人人盡説江南好，遊人只

江南老。春水碧於天，畫船聽雨眠。」とある。




◎　構成について

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