趙孟頫老態　詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Zhao Mengfu 趙松雪

老態
	元・趙孟頫

老態年來日日添，
黑花飛眼雪生髯。
扶衰毎藉過眉杖，
食肉先尋剔齒籤。
右臂拘攣巾不裹，
中腸慘慼涙常淹。
移床獨就南榮坐，
畏冷思親愛日簷。

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老態

老態　年來　　日日に添くははり，
黑花　眼に飛び　　雪髯ひげに生ず。
扶衰ふすゐ　毎つねに藉よる　　眉を過こゆる杖つゑ，
肉を食くらひては　先まづ尋たづぬ　　齒を剔えぐる籤せん。
右臂いうひ　拘攣こうれんして　　巾おほひ裹つつめず，
中腸ちゅうちゃう　慘慼さんせきとして　　涙常に淹ひたす。
床しゃうを移して　獨ひとり就つく　　南榮なんえいの坐，
冷れいを畏おそれ　親しまんと思ふ　　愛日あいじつの簷えん。

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◎　私感註釈

※趙孟頫：〔てうもうふ（ちょうもうふ）Zhao4 Meng4fu3〕南宋～元の政治家、文人。南宋の王室の一族・趙家の出であるが、元朝に仕えた人物。１２５４年（寶祐二年）～１３２２年（至治二年）字は子昂。号して松雪。呉興（現・浙江省湖州）の人。

※老態：年老いたさま。　*病気を詩に詠んだものに、白居易の『觀幻』「有起皆因滅，無睽不暫同。從歡終作慼，轉苦又成空。次第花生眼，須臾燭過風。更無尋覓處，鳥跡印空中。」や清・龔自珍の『冬日小病寄家書作』「黄日半窗煖，人聲四面希。餳簫咽窮巷，沈沈止復吹。小時聞此聲，心神輒爲癡。慈母知我病，手以棉覆之。夜夢猶呻寒，投於母中懷。行年迨壯盛，此病恆相隨。飮我慈母恩，雖壯同兒時。今年遠離別，獨坐天之涯。神理日不足，禪悅詎可期。沈沈復悄悄，擁衾思投誰。」などがある。

※老態年來日日添：年老いたさまが近年来、毎日のように増えてきて。　・年來：近年来。としごろ。数年来。ここ数年。としごろ。　・日日：毎日。　・添：増し加える。附け加える。

※黑花飛眼雪生髯：黒い靄（もや）が眼の中を飛び、雪のように白いものがひげに生えてきて。　・髯：ひげ。ほおひげ。頬に生えるひげ。　・黑花飛眼：黒い靄（もや）が眼の中を飛ぶ。加齢に伴う眼球中の硝子体のトラブルである飛蚊（ひぶん）症を謂う。なお、“花”〔hua1〕は現代語でも「眼などがぼんやりしてはっきりしない」「眼が霞（かす）む」意であり、「黒い花（はな）が眼の中を飛びかう」ことではない。　・雪：雪のように白いもの。ここでは、ひげに白いものが生えてきたことをいう。　・髯：ひげ。ほおひげ。頬に生えるひげ。頬髯

※扶衰毎藉過眉杖：つえにいつも頼るが、（杖の上部が）眉の位置よりも高い杖であって。　・扶衰：つえ。＝扶老。　・藉：依（よ）る。たよる。借りる。　・過眉杖：（杖の上部が）眉の位置よりも高い杖。

※食肉先尋剔齒籤：肉を食べれば、先（ま）ず歯をほじくるつまようじを探す。　・食肉：肉を食べる。　・先：まず。　・尋：さがす。　・剔齒：歯をほじくる。歯をえぐる。　・剔：〔てき；ti1●〕除く。えぐる。　・籤：〔せん；qian1○〕つまようじ。また、串。（物を数える時の）竹の棒。ここは、前者の意。蛇足になるが、現代語でも、「つまようじ」は“牙簽（牙籤）”〔ya2qian1〕という。

※右臂拘攣巾不裹：右腕が引き攣（つ）って、布で包むことも出来ずに。　・臂：〔ひ；bi4●〕うで。かいな。ひじ。　・拘攣：〔こうれん；ju1luan2○○〕ひきつる。筋肉が異状に収縮し、屈伸できない症状。　・巾不裹：布で包むことが出来ない。　・巾：〔きん；jin1○〕おおう。かぶせる（動詞）。また、四角い布。おおい。ふきん。てぬぐい（名詞）。ここは、前者の意。　*実際のところ、この布はどのような布で，何のためにくるむのか不明である。「繃帯で包む」とする解もあるが、「巾」は四角い布で、繃帯状のものは「帶」と表現するのが普通。よくわからない。　・裹：〔くゎ；guo3●〕つつむ。すっぽり包む。

※中腸慘慼涙常淹：心の奥底は痛みうれえて、涙でいつも浸（つ）かっている。　・中腸：心の奥底。はらわた。　・慘慼：〔さんせき；can3qi1●●〕いたみうれえる。＝慘戚、慘慽。　・淹：〔えん；yan1○〕ひたす。つける。つかる。水がおおう。

※移床獨就南榮坐：こしかけを移して、独りだけで南側の日当たりの良い窓辺の場所に陣取って。　・床：こしかけ。また、寝台。ゆか。とこ。ここは、前者の意。　・南榮：南向きの軒（のき）。「榮」は、屋根の檐端（のきば）のたちあがったところ。　・坐：占める位置。すわる場所。居どころ。≒座。

※畏冷思親愛日簷：冷たさをおそれて、冬の日に、愛すべき太陽の射す窓辺を親しく思っている。　・畏冷：冷たさをおそれる。　・思親：親しく思う。　・愛日：〔あいじつ；ai4ri4●●〕冬の日。また、愛すべき太陽。　・簷：〔えん；yan2○〕ひさし。のき。＝檐。

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◎　構成について

韻式は、「AAAAA」。韻脚は「添髯籤淹簷」で、平水韻下平十四鹽。この作品の平仄は、次の通り。

●●○○●●○，（韻）
●○○●●○○。（韻）
○○●●◎○●，
●●○○●●○。（韻）
●●○○○●●，
○○●●●○○。（韻）
○○●●○○●，
●●○○●●○。（韻）