弱齡寄事外,
委懷在琴書。
被褐欣自得,
屡空常晏如。
時來苟宜會,
宛轡憩通衢。
投策命晨旅,
暫與園田疎。
眇眇孤舟遊,
綿綿歸思紆。
我行豈不遙,
登降千里餘。
目倦川塗異,
心念山澤居。
望雲慚高鳥,
臨水愧遊魚。
眞想初在襟,
誰謂形迹拘。
聊且憑化遷,
終反班生廬。
******
始めて鎮軍參軍と作り 曲阿を經(へ)しときの作
弱齡より 事外に 寄せ,
懷(おも)ひを 委(ゆだ)ぬるは 琴書に 在り。
褐(かつ)を被(き)るも 欣(よろこ)びて 自得し,
屡(しばし)ば 空しきも 常に 晏如(あんじょ)たり。
時 來りて 苟(いやし)くも 宜會なれば,
轡(たづな)を宛(ま)げて 通衢(つうく)に 憩ふ。
策を投じて 晨旅を 命じ,
暫(しば)し 園田と 疎ならんとす。
眇眇(べうべう)たり 孤舟の遊,
綿綿たり 歸思の紆(まと)ふ。
我が行 豈(あ)に 遙かならざらんや,
登降すること 千里の餘。
目は 川塗の異なれるに 倦(う)み,
心は 山澤の居を 念ふ。
雲を望みては 高鳥に慚(は)ぢ,
水に臨みては 遊魚に愧(は)づ。
眞想 初めより 襟(むね)に 在り,
誰か謂ふ 形迹に 拘(かか)はらんとと。
聊(いささか)か 且(しば)し 化(くゎ)の遷(うつ)るに 憑(よ)りて,
終(つひ)には 班生の廬に 反(かへ)らん。
◎ 私感註釈 *****************
※陶潛:陶淵明。東晉の詩人。。。。
※始作鎮軍參軍經曲阿作:前半は田園の居を捨てて、官途に就く心境を詠うもので、一連の陶淵明の作品、とりわけ『帰去来辞(歸去來兮辭)』とは異なった雰囲気を漂わせている。この作品は『昭明文選』第二十六巻に見られる。 ・始作:はじめて…となっ(て)。 ・鎮軍參軍:鎮軍の将軍劉裕の參軍となる。 ・參軍:幕僚。官名。 ・經:通る。へる。 ・曲阿:江蘇省丹陽市。鎭江市のすぐ南になる。
※弱齡寄事外:年の若い頃から、(隠遁に関心があり)世事の外側に置いている。 ・弱齡:年の若いこと。年少。弱冠。 ・寄事外:世事の外側に置いている。隠遁、隠棲を暗示する語。
※委懷在琴書:思いを琴を弾いたり読書をしたりする(超俗的なこと)に委ねていた。 ・委懷:思いを…に ゆだねる。 ・在:…にある。 ・琴書:琴を弾いたり読書をしたりすること。世俗の趣味とは離れたものになる。『歸去來兮辭』 「歸去來兮,請息交以絶遊。世與我以相遺,復駕言兮焉求。ス親戚之情話,樂琴書以消憂。」とある通り、隠棲した陶淵明の風雅な趣味。
※被褐欣自得:粗末な身なりであっても、よろこんで満足していた。 ・被褐:〔pi1he4〕粗末な着物を着る。陶淵明『飮酒二十首』其九に「C晨聞叩門,倒裳往自開。問子爲誰歟,田父有好懷。壺漿遠見候,疑我與時乖。襤縷茅簷下,未足爲高栖。」のことでもある。 ・被:≒披〔pi1〕。・褐:〔かつ;he4●〕ぬのこ。粗くて粗末な布で作った衣服。賎しい身分を表す。 ・欣:〔きん;xin1○〕よろこぶ。たのしむ。うれしそうにする。欣然とする。 ・自得:満足。自分で心に悟る。
※屡空常晏如:しばしば、食べ物に事欠くようなことがあっても、安らかで落ち着いていた。 ・屡空:〔るくう;lu3kong1●◎〕しばしば、食べ物が無くなる。貧窮していることをいう。『論語・先進』「子曰:囘(顔回)也其庶(ちかし)乎,屡空。賜(子貢)不受命而貨殖焉,億則屡中。」や同『論語・雍也』「子曰:賢哉囘(顔回)也。一箪食,一瓢飮,在陋巷,人不堪其憂,囘也不改其樂。賢哉囘也。」での貧窮の中で真理に近づいた孔子の第一番目の弟子・顔回の貧窮に基づく。 ・晏如:〔あんじょ:yan4ru2●○〕安らかで落ち着いているさま。形容詞。〔-如〕は形容詞を作る。
※時來苟宜會:時運がめぐってきて、もしも、良いチャンスであったのならば。 ・時來:時節が到来する。時運がめぐる。 ・苟:〔こう;gou3●〕かりにも。もしも。かりそめにも。いやしくも。 ・宜會:〔ぎくゎい;yi2hui4○●〕よい出会い。筋道にかなう機会。「冥會」ともする。その場合は、積極的に求めずとも自ずからそのことが至ること。神仏の導き。
※宛轡憩通衢:(そういう思いで)手綱を曲げて、(人生の)行く方向を変えた。 ・宛轡:〔ゑんぴ;wan3pei4●●〕手綱を曲げる。行く方向を変えること。前出『飮酒二十首』其九の後半「紆轡誠可學,違己非迷。且共歡此飮,吾駕不可回。」に同じ。ここの「紆轡」〔うひ;yu1pei4○●〕とは、手綱を巡らす。向きを変えることをいう。「紆」:〔う;yu1○〕まがる。めぐる。 ・宛:〔ゑん;wan3●〕曲げる。かがむ。動詞。 ・轡:〔ひ;pei4●〕たづな。くつわづな。日本では、くつわ。 ・憩:〔けい;qi4〕いこう。やすむ。 ・通衢〔つう(とう)く;tong1qu2○○〕四方に通ずる大道。ここでは、官途のことをいう。『歸去來兮辭序』での「余家貧,耕植不足以自給。幼稚盈室,瓶無儲粟,生生所資,未見其術。親故多勸余爲長吏,脱然有懷,求之靡途。會有四方之事,ゥ侯以惠愛爲コ,家叔以余貧苦,逐見用于小邑。」 のことになるか。
※投策命晨旅:(隠棲していた時に使っていた)つえを抛って、朝立ちの旅の支度を命じて。 *この辺りの描写は『歸去來兮辭』の恰度逆になる。 ・投策:つえをなげすてる。 ・策:つえ。 ・命:命じる。動詞。 ・晨旅:朝立ちの旅。「晨裝」ともする。
※暫與園田疎:しばらくは、田園生活と遠ざかることにした。 ・暫:しばらく。暫時。 ・與:…と。(田園)と。 ・園田:田園。陶淵明の一連の『歸園田居五首』其一(少無適俗韻) 『歸園田居五首』其二(野外罕人事) 『歸園田居五首』其三(種豆南山下) 『歸園田居五首』其四(久去山澤游) 『歸園田居五首』其五(悵恨獨策還)でも園田とする。 ・疎:〔そ;shu1(su1)○〕遠ざかる。疎遠にする。
※眇眇孤舟遊:遙か遠くにただ一つだけぽつんと舟は行く(ものの)。 ・眇眇:〔べうべう;miao3miao3●●〕小さいさま。高遠なさま。「渺渺」〔べうべう;miao3miao3●●〕は、はるかでかすかなさま。 ・孤舟:ただ一つだけぽつんと行く舟。 *孤独を表す表現でもある。 ・遊:旅をする。 「逝」ともする。その場合は「ゆく」。
※綿綿歸思紆:故郷に帰りたいという思いは(心に)まとわりつき、長々と続いて絶えない。 ・綿綿:〔めんめん;mian2mian2○○〕長々と続いて絶えないさま。事細かなさま。安静なさま。かすかなさま。 ・歸思:故郷に帰りたいという思い。 ・紆:〔う;yu1○〕まつわる。からみつく。心がむすぼれる。気がふさぐ。まとう。めぐる。
※我行豈不遙:わたしの旅路は、どうして遙かに遠く行くものではないといえようか。 ・我行:わたしの旅路。 ・豈:どうして…か。あに…や。反語、反問。 ・不遙:遠くまで離れるものではない。遙かなものではない。近い。身近である。
※登降千里餘:千里余りの道程を跋渉した。 ・登降:山河を跋渉すること。後世、唐・魏徴の『述懷』「中原初逐鹿,投筆事戎軒。縱計不就,慷慨志猶存。杖策謁天子,驅馬出關門。請纓繋南越,憑軾下東藩。鬱紆陟高岫,出沒望平原。」にいうところは同じ。 ・千里:遙かな道程を言う。 ・餘:余り。
※目倦川塗異:(船旅の)川の旅路は、見飽きて。 ・目倦:見飽きる。見るべきものがないために倦み疲れること。 ・川塗:川筋。川の旅路。≒「川途」。 ・倦:〔けん;juan4●〕うむ。つかれる。くたびれる。 ・異:ことなる。他郷を表現する。『晉書・列傳・王導』「晉國既建,以(王)導爲丞相軍諮祭酒。桓彝(桓階の弟、桓温の父)初過江,見朝廷微弱,謂周曰:「我以中州多故,來此欲求全活,而寡弱如此,將何以濟!」憂懼不樂。往見(王)導,極談世事,還,謂(周)曰:『向見管夷吾,無復憂矣。』過江人士,毎至暇日,相要出新亭飮宴。周中坐而歎曰:『風景不殊,舉目有江河之異。」皆相視流涕。惟(王)導愀然變色曰:「當共力王室,克復神州,何至作楚囚相對泣邪!』衆收涙而謝之。」は、多くの豪放詞や詩で有名。
※心念山澤居:心に深く、山や沢のある隠棲していた故郷の田園を思う。 ・心念:心に深く思う。 ・山澤居:山や沢のある隠棲していた故郷の田園。『歸園田居五首』其四に「久去山澤游,浪莽林野娯。試攜子姪輩,披榛歩荒墟。徘徊丘壟間,依依昔人居。井竈有遺處,桑竹殘朽株。借問採薪者,此人皆焉如。薪者向我言,死沒無復餘。一世異朝市,此語眞不虚。人生似幻化,終當歸空無。」とある。
※望雲慚高鳥:(空を自由に流れゆく)雲を眺めては、高らかに飛びゆく(自由な)鳥の様子に(本心とは違う行いをしている自分自身を)面目なく思い。 ・望雲:(空を自由に流れゆく)雲を眺める。 ・慚高鳥:高らかに飛びゆく(自由な)鳥の様子に(本心とは違う行いをしている自分自身を)はずかしく思う。 ・慚:〔ざん;can2○〕面目を失いはずかしい。面目なく思う。
※臨水愧遊魚:川ぞいに立てば(自由に)泳ぎゆく魚に(我が身を)とがめだてする。 ・臨水:水際。川縁。 ・愧遊魚:(自由に)泳ぎゆく魚にはじる。「遊魚」を「游魚」ともする。 ・愧:〔き;kui4●〕自分の見苦しいのを人に対してはずかしく思う。とがめる。
※眞想初在襟:純真な(生活を)憧れている想いは、もともとはじめから胸の内にある(ので)。 ・眞想:純真で素朴な(生活への)想い。純粋な生活を送りたいという精神的な願望。官に仕えるのではなくて、田野にあって自由に生活したい願いがもともとある。 ・初:はじめから。もともと。最初から。 ・襟:胸の内。胸襟。心の中。
※誰謂形迹拘:(「真想」といった精神的な願望を)肉体の行為(世俗の礼儀)が拘束しているのだと、一体誰がいっているのか。肉体の物質的な満足のために、精神を束縛していると、誰が言っているのだ。 ・誰謂:だれがいうのか。 ・形迹拘:肉体の行為『歸去來兮辭』「歸去來兮,田園將蕪胡不歸。既自以心爲形役,奚惆悵而獨悲。悟已往之不諫,知來者之可追。」とあるのに同じ。(「心爲形役」「心」を「形(肉体)」のために使役する。肉体の物質的な満足のために精神を奴隷とすること。 ・心:こころ。ここでは、「心」に対応する概念として「形」を使っている。 ・形:肉体。) ・形迹:〔けいせき;xing2ji4○●〕肉体の行為。世俗の礼儀。挙措。挙動。あとかた。 *心、精神作用に対置して使っている。 ・拘:〔こう;ju1○〕とどめる。とらえる。拘束される。かかわる。
※聊且憑化遷:今しばらくの間は、自然の造化のなりゆきに委せよう。 ・聊且:しばらくの間。後出『歸去來兮辭』では青字部分になる。 ・憑:よる。後出『歸去來兮辭』では紫字「乘」になる。 ・化遷:自然世界の移りゆき。自然の造化の変化。(死を見つめた)人生の成り行き。天命のままに。『昭明文選』第十四巻に班孟堅『幽通賦』末の「登孔昊而上下兮,緯群龍之所經。朝貞觀而夕化兮,猶諠己而遺形。若胤彭而偕老兮,訴來哲而通情。」があり、陶淵明の『歸去來兮辭』には、「已矣乎,寓形宇内復幾時。曷不委心任去留,胡爲遑遑欲何之。富貴非吾願,帝ク不可期。懷良辰以孤往,或植杖而耘。登東皋以舒嘯,臨C流而賦詩。聊乘化以歸盡,樂夫天命復奚疑。」とある。
※終反班生廬:終(つい)には班固の廬(いおり=上仁の居処)に帰っていこう。前出橙色字部分になる。 ・終:ついには。しまいには。 ・反:かえる。もどる。 ・班生:班さん。後漢の歴史学者、班固(紀元32年〜92年)のこと。字は孟堅。父班彪の遺志を継いで『漢書』を編輯した。前出『昭明文選』第十四巻に班孟堅(班固)『幽通賦』があり、「巨滔天而泯夏兮,考遘愍以行謠。終保己而貽則兮,里上仁之所廬。」となっている。 ・廬:〔ろ(りょ);lu2○〕いおり。粗末な小屋。ここでは、上仁の盧するところのことになる。
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◎ 構成について
仄韻入声の一韻到底。韻式は「AAAAAAAAAA」。 韻脚は「書如衢疎紆餘居魚拘廬」で平水韻で見れば、上平六魚(魚書居廬)、七虞(衢紆)。この作品の平仄は次の通り。
●○●●●,
●○●○○。(韻)
○●○●●,
●○○●○。(韻)
○○●○●,
●●●○○。(韻)
○●●○●,
●●○○○。(韻)
●●○○○,
○○○○○。(韻)
●○●●○,
○●○●○。(韻)
●●○○●,
○●○●○。(韻)
◎○○○●,
○●●○○。(韻)
○●○●○,
○●○●○。(韻)
●●○●○,
○●○○○。(韻)
2004.12. 7 12. 8 12. 9 12.10 12.11 12.12 |
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