遙夜沈沈滿幕霜,
有時歸夢到家鄕。
傳聞已築西河館,
自許能肥北海羊。
回首兩朝倶草莽,
馳心萬里絶農桑。
人生一死渾閒事,
裂眥穿胸不汝忘。
******
在金の日の作
遙けき夜 沈沈として 幕に滿つる霜,
時 有りて 歸夢 家鄕(かきゃう)に 到る。
傳へ聞く 已(すで)に 西河館を 築かれしを,
自(みづか)ら許す 能(よ)く 北海の羊を 肥やすを。
首(かうべ)を回らせば 兩朝 倶(とも)に 草莽(さうまう),
心を馳(は)す 萬里 農桑を絶てるを。
人生 一死 渾(すべ)て 閒事,
眥(まなじり)を裂かれ 胸を穿(うが)たるるも 汝(なんぢ)を忘れず。
◎ 私感註釈 *****************
※宇文虚中:金初の(詩)人。北宋~南宋、金に仕えた。宇文が姓。字は叔通。号は龍渓。成都華陽の人。南宋時代、金に使者として使わされ、やがて金に仕える。後、金から逃亡しようとして処刑された。1079年~1146年。
※在金日作:金国(女真人、後の満洲民族の建てた国)に滞在する時の作。両朝(二国)に跨って仕えたが、祖国の旧国民の教育や産業に心を砕いてきた。処罰されて殺されることをどうして恐れようか、と漢人の立場でうたう。
※遙夜沈沈滿幕霜:長い夜が深く静まっていき、テントいっぱいに霜が降って。 ・遙夜:長い夜。南唐後主李煜の『蝶戀花』「遙夜亭皋閑信歩。乍過淸明,早覺傷春暮。數點雨聲風約住。朦朦淡月雲來去。桃李依依春暗度。誰在秋千,笑裏低低語?一片芳心千萬緒,人間沒個安排處!」とあり、北宋・秦觀の『如夢令』に「遙夜沈沈如水,風緊驛亭深閉。夢破鼠窺燈,霜送曉寒侵被。無寐,無寐,門外馬嘶人起。」
とある。 ・沈沈:深く静まっているさま。前出北宋・秦觀の『如夢令』
の青字部分。 ・滿幕霜:テントいっぱいに降りた霜、の意。 ・幕:テント。金国での宿舎。
※有時歸夢到家鄕:時々、故郷に帰った夢を見る。 ・有時:時々。 ・歸夢:故郷に帰ったゆめ。 ・家鄕:故郷。
※傳聞已築西河館:伝え聞くところによると、(古代の西河館のように)学館(郷校)が建てられたということだが。 *金国も、文化・教育・福祉・厚生事業に熱心であるのだ、と言いたい。異民族支配のための撫民政策。或いは、この学館は、金に仕えていた宇文虚中の手配によって建てられたのかも知れない。 ・傳聞:伝え聞く。…という。…らしい。伝聞表現。なお「聞道(○●)」は、原則●●となるべきところで使い、「傳聞(○○)」は○○のところで使う。清末・秋瑾は『紅毛刀歌』で「一泓秋水淨纖毫,遠看不知光如刀。直駭玉龍蟠匣内,待乘雷雨騰雲霄。傳聞利器來紅毛,大食日本羞同曹。濡血便令骨節解,斷頭不俟鋒刃交。抽刀出鞘天爲搖,日月星辰芒驟韜。斫地一聲海水立,露鋒三寸陰風號。」と使う。 ・已築:もう建てられた、の意。ここでは、金国の恩顧で、もうすでに学校が建てられたそうだが、の意。 ・西河館:西河に建てられた学館。春秋・魏文侯が孔子の弟子の卜子夏のために西河に建てた学館。ここでは、「その故事のように、金によって南宋遺民(新規の金国国民)のために建てられた学校」の意で使われている。 ・西河:地名。現・陝西省大茘。西安の東北東150キロメートルのところ。北から南に流れる黄河の西側。『中国歴史地図集』第一冊 春秋・戦国時期(中国地図出版社)22-23ページ「春秋 晉秦」では大茘。現代地図でも大茘。
※自許能肥北海羊:(自分は漢の蘇武のように、異民族の中にあっても、漢の節を持ったまま十九年間)バイカル湖畔で牧羊ができると自負している。 *「肥北海羊」と、蘇武のしたことを謂うのは、作者・宇文虚中が南宋から金国に使者に立った後、金に仕えるようになった複雑な過程があるための言。たとえ異郷にあっても、漢民族としての気節は忘れてはいない、自分は蘇武同様に漢民族の精神を持ち続けている、ということ。 ・自許:自負するところがある。 ・能:…することができる。(客観的に見て)…する能力を持っている。よく…。あたふ。 ・肥:肥育する。 ・北海羊:バイカル湖畔での牧羊。前漢の蘇武のことを謂う。蘇武は匈奴への使者を務めたが、匈奴への帰順を要求されたが、蘇武は拒んだ。あらゆる試煉に耐えて、バイカル湖の畔で牧羊をしながらも漢の節(使節としての杖)を手放さなかった。苦節十九年、白髪になって祖国・漢に帰ることが出来た。『漢書・蘇武列伝』「單于愈益欲降之,乃幽武置大窖中,絶不飲食。天雨雪,武臥齧雪與旃毛并咽之,數日不死,匈奴以爲神,乃徙武北海(バイカル湖)上無人處,使牧羝(雄羊),羝乳乃得歸。別其官屬常惠等,各置他所。武既至海(バイカル湖)上,廩食不至,掘野鼠去屮實而食之。杖漢節牧羊,臥起操持,節旄盡落。……武留匈奴凡十九歳,始以彊壯出,及還,須髮盡白。」蘇武の『詩四首』其三「結髮爲夫妻,恩愛兩不疑。歡娯在今夕,婉及良時。征夫懷往路,起視夜何其。參辰皆已沒,去去從此辭。」や、李陵の『與蘇武詩』「良時不再至,離別在須臾。屏營衢路側,執手野踟
。仰視浮雲馳,奄忽互相踰。」
や、同・『與蘇武詩』其二「嘉會難再遇,三載爲千秋。臨河濯長纓,念子悵悠悠。遠望悲風至,對酒不能酬。行人懷往路,何以慰我愁。獨有盈觴酒,與子結綢繆。」
がある。
※回首兩朝倶草莽:(靖康の変で金国に拉致された)北宋末の皇帝の徽宗、欽宗の二代の皇帝は、金では、両帝ともに庶民(として生活されている)。 ・回首:ふり返る。首(こうべ)をめぐらす。 ・兩朝:北宋の皇帝の徽宗、欽宗の二代。靖康之変直前の時代。或いは、宋朝と金代。作者・宇文虚中が仕えた二つの王朝。ここは、「草莽」という表現から、前者の意。 ・倶:ともに。どちらもみな。 ・草莽:〔さうまう;cao3mang3●●〕民間。在野。本来は、草むら。草原。草のおい茂つているところ。ここは、前者の意で使われる。東晉・陶潛の『歸園田居』五首其二「野外罕人事,窮巷寡輪鞅。白日掩荊扉,虚室絶塵想。時復墟曲中,披草共來往。相見無雜言,但道桑麻長。桑麻日已長,我土日已廣。常恐霜霰至,零落同草莽。」や、唐・李白『戰城南』「去年戰桑乾源,今年戰葱河道。洗兵條支海上波,放馬天山雪中草。萬里長征戰,三軍盡衰老。匈奴以殺戮爲耕作,古來唯見白骨黄沙田。秦家築城備胡處,漢家還有烽火然。烽火然不息,征戰無已時。野戰格鬪死,敗馬號鳴向天悲。烏鳶啄人腸,銜飛上挂枯樹枝。士卒塗草莽,將軍空爾爲。乃知兵者是凶器,聖人不得已而用之。」
とある。
※馳心萬里絶農桑:(淮河以北の華中・華北の)広汎な地域で農業や養蚕業といった、地方の産業が途絶していることに、心を向けている。 *旧・宋の領地(新たな金国の領土)の人民の産業振興に関心を示している。 ・馳心:〔ちしん;chi2xin1○○〕心を向ける。心を馳せる。 ・萬里:非常に遠い距離。 ・絶:とだえる。とぎれる。続いていたものごとが途中で切れて続かなくなること。 ・農桑:農業と養蚕。
※人生一死渾閒事:人が生きていて、死ぬこと(に気を使うの)は、つまらないことだ。 ・人生:人が生きる。 ・渾:〔hun4;こん●〕すべて。まったく。なお、〔hun2;こん○〕濁る。≒「混」。蛇足になるが、現代語では〔hun2〕。 ・閒事:〔かんじ;xian2shi4○●〕どうでもいいこと。つまらないこと。余計なこと。
※裂眥穿胸不汝忘:(たとえ)目玉をえぐり出されても、胸を刺し貫かれても、漢民族の祖国・南宋を忘れてはいない。 ・裂眥:本来の意は、眦(まなじり)を裂く。目を大きく見開く。本来は憤怒の表情を謂うが、詩句の前後(「人生一死渾閒事」「穿胸不汝忘」)から考えて、ここではそうではなくて、目玉をえぐり出される、の意で使われている。 ・眦:〔せい、し、さい;zi4●〕まなじり。清末・秋瑾が『寶劍歌』で「炎帝世系傷中絶,茫茫國恨何時雪?世無平權祗強權,話到興亡眦欲裂。千金市得寶劍來,公理不恃恃赤鐵。死生一事付鴻毛,人生到此方英傑。饑時欲啖仇人頭,渇時欲飮匈奴血。」と、本来の意で使う。 ・穿胸:胸を刺し貫かれる。 ・不汝忘:あなたを忘れ得ない。上代漢語の語法で、否定文や疑問文では人称代詞が否定詞の後、動詞の前に来る。「不忘汝」のこと。この用例を次に挙げる。漢魏・蔡文姫の『胡笳十八拍』「與我生死兮逢此時,愁爲子兮日無光輝,焉得羽翼兮將汝歸。一歩一遠兮足難移,魂消影絶兮恩愛遺。十有三拍兮弦急調悲,肝腸攪刺兮人莫我知。」
や、東晉・陶潛『雜詩十二首・ 其二』「白日淪西阿,素月出東嶺。遙遙萬里暉,蕩蕩空中景。風來入房戸,夜中枕席冷。氣變悟時易,不眠知夕永。欲言無予和,揮杯勸孤影。日月擲人去,有志不獲騁。念此懷悲悽,終曉不能靜。」
(「無予和」:わたしにこたえて、調子を合わせてくれる(人)がいない。上代漢語語法で人称代名詞が否定の語のすぐ後につく。〔否定詞+代詞+目的語〕で、「無和予」のこと。また、似た用法、上代漢語語法の疑問文の用法で、秦末漢初の項羽の『垓下歌』「力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。騅不逝兮可奈何,虞兮虞兮奈若何。」
(「奈若何」:あなたをどのようにしよう。「奈何」の間に人称代詞の「若」が入る。また、漢・『樂府』『箜篌引』「公無渡河,公竟渡河。墮河而死,當公何。』がある。) ・汝:〔じょ;ru3●〕あなた。なんじ。ここでは、漢民族の祖国・南宋。
◎ 構成について
韻式は「AAAAA」。韻脚は「霜郷羊桑忘」で、平水韻下平七陽。次の平仄はこの作品のもの。
○●○○●●○,(韻)
●○○●●○○。(韻)
○○●●○○●,
●●○○●●○。(韻)
○●●○◎●○,
○○●●●○○。(韻)
○○●●◎○●,
●●○○●●○。(韻)
2007.8.19 8.20 8.21 |
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