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無題 | ||
夏目漱石 | ||
秋風鳴萬木, 山雨撼高樓。 病骨稜如劍, 一燈靑欲愁。 |
秋風 萬木 を鳴らし,
山雨 高樓 を撼 がす。
病骨 稜 として劍の如く,
一燈靑 くして愁 へんと欲 す。
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◎ 私感註釈
※夏目漱石:明治期の小説家。慶応三年(1867年)~大正五年(1916年)東京出身。名は金之助。東大英文科卒。松山中学教諭、五高教授を経て、イギリスに留学し、帰国後一高教授。『明暗』では、自我を越えた所謂「則天去私」の世界を志向した。
※無題:この作品は、修善寺の大患後、明治四十三年の秋の詩。(修善寺の大患:明治四十三年(1910年)の夏、療養のため、伊豆の修善寺に滞在中に血を吐いたこと。(夏目漱石『思い出す事など』(青空文庫))。なお、この『思い出す事など』の二十二章の最後に、この詩がある)。
※秋風鳴萬木:秋の風があまたの木を鳴らして。 ・鳴:ならす。 ・萬木:たいへん多くの木。あまたの木。
※山雨撼高楼:(修善寺の)山中に雨降るは、(宿舎の)高くて立派な家を揺るがしている。 ・山雨:山中の雨。山から降り始めた雨。晩唐・許渾の『咸陽城東樓』に「一上高城萬里愁,蒹葭楊柳似汀洲。溪雲初起日沈閣,山雨欲來風滿樓。鳥下綠蕪秦苑夕,蝉鳴黄葉漢宮秋。行人莫問當年事,故國東來渭水流。」とある。 ・撼:〔かん;han4●〕ゆるがす。ゆさぶる。ゆり動かす。うごかす。 ・高楼:たかどの。高くて立派な家。ここでは、修善寺の宿舎を指す。
※病骨稜如剣:病気に罹っているからだは、かどだっていて剣(つるぎ)のようで。 ・病骨:病気に罹っているからだ。=病躯。 ・稜:〔りょう;leng2○〕かどだっている。*前出・夏目漱石『思い出す事など』十八章(青空文庫)に「不幸にして余の皮は血液のほかに大きな長い骨をたくさんに包んでいた。その骨が―― 余は生れてより以来この時ほど吾骨の硬さを自覚した事がない。その朝眼が覚めた時の第一の記憶は、実にわが全身に満ち渡る骨の痛みの声であった。」
とある。中唐・李賀の『傷心行』に「咽咽學楚吟,病骨傷幽素。秋姿白髮生,木葉啼風雨。燈青蘭膏歇,落照飛蛾舞。古壁生凝塵,羈魂夢中語。」とあり、南宋・陸游の『病起書懷』に「病骨支離紗帽寬,孤臣萬里客江干。位卑未敢忘憂國,事定猶須待闔棺。天地神靈扶廟社, 京華父老望和鑾。出師一表通今古,夜半挑燈更細看。」
とある。
※一灯青欲愁:電灯の薄暗いさまは、愁(うれ)いを齎(もたら)そうとしている。 ・青:薄暗い、の意。「灯青」:明かりが薄暗い意。 *前出・夏目漱石『思い出す事など』二十二章(青空文庫)では、「室の中は夕暮よりもなお暗い光で照らされていた。天井から下がっている電気灯の珠(たま)は黒布で隙間なく掩いがしてあった。弱い光りはこの黒布の目を洩もれて、微かに八畳の室を射た。そうしてこの薄暗い灯影に、真白な着物を着た人間が二人坐っていた。…」
とある。前出・李賀の『傷心行』に「咽咽學楚吟,病骨傷幽素。秋姿白髮生,木葉啼風雨。燈青蘭膏歇,落照飛蛾舞。古壁生凝塵,羈魂夢中語。」とあり、唐・無名氏の『聽琴』に「六律鏗鏘間宮徴,伶倫寫入梧桐尾。七條痩玉叩寒星,萬派流泉哭纖指。空山雨脚隨雲起,古木燈青嘯山鬼。田文墮涙曲未終,子規啼血哀猿死。」とある。 ・欲愁:憂え悲しみを帯びだす。
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◎ 構成について
韻式は、「AA」。韻脚は「楼愁」で、平水韻下平十一尤。この作品の平仄は、次の通り。
○○○●●,
○●●○○。(韻)
●●○○●,
●○○●○。(韻)
平成30.1.25 1.26 1.27 |
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