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イクシーの書庫・過去ログ(2007年1月〜2月)

<オススメ度>の解説
 ※あくまで○にの主観に基づいたものです。
☆☆☆☆☆:絶対のお勧め品。必読!!☆☆:お金と時間に余裕があれば
☆☆☆☆:読んで損はありません:読むのはお金と時間のムダです
☆☆☆:まあまあの水準作:問題外(怒)


20世紀SF6 1990年代 遺伝子戦争 (SF・アンソロジー)
(中村 融・山岸 真:編 / 河出文庫 2001)

20世紀の英語圏短篇SFの精髄を集めたアンソロジー、いよいよ最終巻、90年代です。
80年代に続き、90年代も、特に前半は読書量が(相対的に)少なかったため、今なんとかそれを取り返そうとしているところです(笑)。なので、この巻に収録されている作家も11人中6人が初読みでした。名前も知らなかった人が4人。
では、収録作品を順に紹介していきましょう。

「軍用機」(スティーヴン・バクスター):作者は英国ハードSFの第一人者。20世紀後半、米ソの冷戦が“熱い戦争”にまで展開してしまった歴史が、世紀末を迎えるまでを描きます。月面に到達したアポロ11号がソビエトの攻撃で破壊されたことから、スペースシャトル計画が大幅に前倒しされ、軍事用に転用したシャトルは宇宙からソ連領土を核攻撃し――。
「爬虫類のごとく……」(ロバート・J・ソウヤー):過去の人々に人格を投影して重ね合わせるという技術が開発されましたが、一方通行で元に戻せないという(文字通り)致命的な欠陥がありました。しかし、平均寿命が延びまくった未来では、安楽死のために活用され、死刑執行にも用いられるようになりました。快楽のために女性を殺し続けた猟奇殺人鬼コーエンは死刑を宣告されますが、人間ではなく中生代のティラノサウルスに人格投影するよう希望し、かなえられます。ソウヤーには珍しく、ぞくりとするようなラストです。
「マジンラ世紀末最終大決戦」(アレン・スティール):“マジンラ”とは、マジンガーZか鋼鉄ジーグもかくやという巨大ロボット。日本のメーカーが軍事用に開発したロボットですが、実戦では使い物にならず、アメリカのスタントショーの興業主に売り込みます。これが最初は大当たりしますが、次第に飽きられ、リース料の支払いも滞る始末。業を煮やしたメーカーは、刺客として第2号のロボットを送り込んできます。ついに火蓋を切る大決戦――勝負の行方は!? 巨大ロボットアニメおたくのアメリカ人が書いた、怪作。
「進化」(ナンシー・クレス):薬剤耐性菌が蔓延した近未来、有効な抗生物質はエンドジンという1種類だけになっていました。院内感染を怖れる人々は病院を忌み嫌い、病院から戻ってきた人は共同体から弾き出され、最悪の場合は「感染を防ぐため」という大義名分のもと、殺されてしまいます。主人公ベティは、病院に関わりあわないように生活していましたが、ひとり息子ショーンが病院を破壊しようとする過激派に加わったという噂を聞いて、かつての恋人ランディ医師を訪れます。しかし、ランディはエンドジンも効かない不治の感染症を発症していました。人類の未来は、ランディが口にした新療法にかかっているのですが・・・。
「日の下を歩いて」(ジェフリー・A・ランディス):90年代SFには、40・50年代の名作SFを現代的な視点から再構築したものが少なくありません。この作品は、ジョン・W・キャンベルの名作「月は地獄だ!」の再話といえます。宇宙船のトラブルで月面に不時着したパトリシアは、救援船がやって来るまでの1ヶ月を、ただひとり月面で生き延びなければならなくなります。水と食糧はありますが、問題はエネルギー。太陽電池を働かせればエネルギー補給はできますが、2週間も続く月の夜が迫っていました。パトリシアにできることは、ただひとつでした・・・。
「しあわせの理由」(グレッグ・イーガン):ハヤカワ文庫SFから出ている短篇集のタイトルにもなっている作品。主人公マークは12歳のとき、脳腫瘍に侵されます。ところが、腫瘍の刺激でエンドルフィン類似の脳内麻薬ロイエンケファリンが大量分泌されたため、マークは常に幸福で怖い物知らずという状態に。最新の遺伝子治療で腫瘍は消滅したものの、副作用でロイエンケファリンの分泌が永久的に止まってしまい、今度はまったく幸せを感じられない重度の鬱状態に陥ってしまいます。“しあわせの理由”を失い、絶望的な生を過ごすばかりのマークの前に、まったく新しい神経療法を開発したという女医が現れますが――。
「真夜中をダウンロード」(ウィリアム・ブラウニング・スペンサー):現実とネット内のバーチャル・リアリティが入り混じった情報ハイウェイを舞台にしたバリバリのサイバーパンクSF。ネット上で絶大な人気を誇るバーチャル・セックス番組のイメージが暴走し、ネットは大混乱に陥ります。ネットのゴミ掃除(要するにデバッグ?)を生業とするマーティンは、修復のため部下のブルームをバーチャル空間に送り込みますが、ブルームは消息を絶ってしまいます。自らもバーチャル世界へ潜行したマーティンは、予想以上の大問題に首を突っ込んでしまったことに気付きますが・・・。
「平ら山を越えて」(テリー・ビッスン):地殻の大変動で、成層圏に達するほどの大山脈に分断されてしまったアメリカ大陸。東と西を結ぶのは、坂道と昇降機で山越えをするトラック輸送隊のみ。もちろん頂上近くは空気がないため、命がけの道行きです。そんなトラック運転手のひとりである語り手は、ふもとでヒッチハイクの少年を拾います。昔の自分も同じようにヒッチハイクで山越えしたことを思い出したからでしたが――。ちょっと心があったかくなるロード・ノベル。
「ケンタウルスの死」(ダン・シモンズ):片田舎の小学校教師をしているケナンは、自分が創作した冒険ファンタジーを、子供たちに定期的に話して聞かせていました。その物語とは、ネコから進化した少女とサルの血を引く男、そしてケンタウルスの青年(なんと名前はロール!)が、惑星ガーデンの“大叢海”を押し渡り、怪物シュライク(!)と戦って、ウェブ宇宙へ通じるゲートを目指すというもの。「ハイペリオン」4部作を読んだ方には明らかですが、ここで語られる物語は「ハイペリオン」の原型となったものだそうです。学期末の日に語られるクライマックスを、子供たちは楽しみにしていましたが・・・。ラストはなんとも考えさせられる、やりきれないものです。
「キリマンジャロへ」(イアン・マクドナルド):新感覚の妖精ファンタジー「黎明の王 白昼の女王」の作者マクドナルドの作品。どことも知れぬ宇宙の果てから、地球へ落ちてくる“生物パック”と呼ばれる謎の物体。それが落ちた地域は生態系がまったく変わってしまい、この世のものとも思えない奇怪な植物群が繁茂する魔境と化してしまいます。キリマンジャロのふもとのジャングルもそんな地帯のひとつですが、若き女性科学者、通称“ムーン”は、研究のためナイロビを訪れます。ところが、地元の名士が集まるパーティで恋仲になった科学者ラングリシュが魔境のジャングルに消えたことを知り、ムーンもジャングルの奥地へ向かいます。彼女がそこで見たものは――。
「遺伝子戦争」(ポール・J・マコーリイ):遺伝子工学の恐るべき進歩と、それがもたらす人類社会の変貌を、(描きこめば大長編のシリーズにもなるのに)少年エヴァンの人生を通してわずか14ページに凝縮した作品。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.1.3


イツロベ (ホラー)
(藤木 稟 / 講談社文庫 2002)

伝奇ミステリ『探偵SUZAKU』シリーズで知られる藤木稟さんですが、これが初読みです(『SUZAKU』シリーズは近日登場)。
大学病院に勤める医師・榎本は、一人息子で13歳の弘幸が突然失踪し、途方にくれていました。友人も少なかった息子のパソコンを立ち上げると、彼が『ゴスペル』というゲームに熱中していたことがわかります。そんな榎本の部屋へ、産婦人科医の間野が訪れます。間野は榎本以上の悲惨な状況に置かれているようでした。間野の驚くべき述懐が始まります。
間野は、さるNGOの医療ボランティアとして中央アフリカの小国ブンジファに赴任します。言葉もほとんど通じない辺境のウロン村に住み着いた間野は、近くの村で研究している動物学者の佐藤(髭面ですがゲイ)に助言を受けつつ、村人たちに医療を施していきます。村の近くにはラウツカ族という謎の部族が住み、そのジャングルは聖域とされて立ち入りを禁止されていました。ところが、村へやって来たラウツカ族の青年・ターパートゥニは意外にも日本語を話し、間野をジャングルの奥地へと導くのでした。大地の母と呼ばれる女神ノネが住まうというジャングルで迷った間野は、幻影とも現実ともつかない体験をし、謎の女性に触れるとともに奇形の赤子ル・ルウを目撃します。なんとかウロン村へ戻った間野は、もぬけの殻になった村でひとり原因不明の奇病にかかり、生死の境をさまよいます。
なんとか生還して日本へ帰って来た間野は、職場復帰して元の生活に戻りますが、何度も幻影に襲われます。妻の洋子はどこかよそよそしく、一人娘の幼い由美だけが間野の生き甲斐となりますが、やがて平和な家庭を悲劇が次々と襲います。怪異が続く中、間野が封印していた記憶が、次第によみがえり――。
「モダンホラーとはジャンルミックスである」という定義に従えば、間違いなくこの作品は、クーンツばりの第一級のモダンホラーです。エキゾチックな魔境冒険小説の味わいに伝奇的要素とSF的要素がほどよくミックスされ、間野の記憶をよぎるリサという女性の正体が明らかになるくだり等には、ミステリ的興味も横溢しています。そして、さらなる展開をほのめかしてエピローグは終わります。予想通り、続篇
「テンダーワールド」が出ています。こちらも、いつか(笑)登場。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.1.4


ダビデの紋章 (オカルト)
(山根 靖広 / ぶんりき文庫 2001)

「ぶんりき文庫」という文庫は初めて読みます。非常にマイナーな文庫で、新刊書店では八重洲ブックセンターでしか見かけたことがなく、作者にも知っている名前はありませんでした。ちょっと調べてみたところ、一般から原稿を募集して、これはというものを文庫の形で出版しているらしいです。なるほど、知った作家がいなかったわけだ。
さて、この「ダビデの紋章」は、帯に“超常現象の大事典!”と書いてあるのに惹かれて、気になりつつも(笑)買ってしまったもの。ある意味、正解でした。ものすごい密度の濃い「トンデモ本」だったのです。「と学会」が採り上げていないのが不思議なほど(既にどこかで採り上げられていて、こちらが知らないだけなのかも知れませんが)。
一応、小説です。北海道の縄文遺跡で“ダビデの紋章”が刻まれた石を発掘した考古学者・加納は、洞窟でオカルト出版社の若手スタッフ中川、ユキ、裕子と知り合います。かれらのオカルト談義が全篇のほとんどを占めるわけですが、一応、“ダビデの紋章”を手に入れて“契約の柩”(例のロスト・アークのことです)を開き、世界をわがものにしようと暗躍するユダヤ・フリーメイスンの秘密結社も登場し、クライマックスには映画や小説に出てくる“お約束”がてんこ盛りの活劇シーンもあります。そして、ムーの末裔(出た!)として覚醒した(出た!)主人公たちが、世界をハルマゲドンから救って(出た!)、めでたしめでたし・・・。でも、ストーリーはおまけに過ぎないと思います。著者が本当に言いたかったのは、登場人物の口を通じて語られる、ありとあらゆるオカルト理論でしょう。
ノストラダムス、義経ジンギスカン説、日ユ同祖論、古史古伝、影の世界政府、ユダヤ陰謀論、フリーメースン陰謀論、ヒトラーの南極逃亡説、ロズウェル事件にMJ−12、アブダクション、心霊現象、超能力、ムーとアトランティス、ピラミッドの謎、シュメール神話と聖書と日本神話の暗合、火星の人面岩、第三の選択、グランド・クロスにポール・シフト、古代宇宙飛行士説、人類家畜テーマ、etc.
ただし、著者のオリジナルはほとんどなくて、すべて過去の「トンデモ本」からの子引き孫引きという印象です。「トンデモ本の世界」などでツッコミを入れられている内容を、大真面目で紹介しているのに、つい失笑(^^; 他にも「孔雀王」や「うしろの百太郎」などマンガやアニメの影響も見られ、クライマックスの場面は映画「レイダース・失われた聖櫃」そのもの。
著者は、声高に主張するわけではなく、しばしば登場人物の口を借りて「ばかげているように見えるけれど、否定はできないと思います」とか「その可能性はありますね」とか「もしかしたら、そうかも知れませんよ」とかソフトな口調で訴えてきます。少なくとも居丈高に押し付けられるよりは受け入れやすいようにというテクニックだと思いますが、内容が内容だけに説得力はゼロ(笑)。
あと、トンデモ作家さんの例にもれず、オカルトには詳しくても一般常識に疎いようで、妙な漢字や外来語が続出します。アメリカ大頭領とか、軍の特種部隊とか(スクープ専門のジャーナリスト部隊ですか)、自縛霊が取り憑いた(勘違いしている人は多いですが、地縛霊が正しい)、など。カタカナ語では、バックを提げた女性がコーヒを飲みながらベットでくつろぎ、研究室でプレパトラー(正しくはプレパラート)を顕微鏡で覗いたりします。“てにをは”の使い方が妙なため、主語と述語がとんちんかんな文章が多く、同じ文中で「ですます調」と「である調」が混在していたり、特に会話文では句点が欠落していたり、内容以外でもツッコミどころが満載です。
さらに、小説の書き方もよく知らないようで、物語はしばしば予想外の(笑)展開を見せます。深刻な事態になっているのにのんびりとオカルト談義に花を咲かせて笑い合う登場人物たちは、別の意味でホラーです。仲間のひとりが秘密結社に誘拐されて、「四国の剣山まで来い」と脅迫されているのに、時刻表を見て「直行便は明日の昼までないから」と、みんなでくつろぎながら新宿の高層ビルで夜景を眺めるのです(直行便がなかったら、大阪まで飛んでタクシーでも使えよ!)。
オカルトネタでも「おいっ!」と言いたくなる記述は多く、すさまじかったのはこれ。 太古に地球に飛来して人類を創造した神(もちろん宇宙人)は、七つの惑星の出身だったのだそうです(これはまあいい)。主導的だった惑星がヤーウェー(これもありがち)というのはまだいいとして、残りの惑星の名前というのがシリウス、オリオン、アンドロメダ、カノープス、タイタン、ベテルギウス――知ってる天体の名前を並べただけじゃないのか、と思ってしまうのは、自分だけでしょうか(笑)。ちなみにシリウス、カノープス、ベテルギウスは恒星、オリオンとアンドロメダは星座、タイタンは土星の衛星ですよ〜。しかも、シリウス星系の惑星という意味ではなく、シリウス自体が惑星だとしか思えない書き方をしています。
「と学会」の本が好きな人ならば、楽しめること請け合いです。

オススメ度:☆☆(←マニア向け)

2007.1.9


太陽起爆装置 (SF)
(ハンス・クナイフェル&エルンスト・ヴルチェク / ハヤカワ文庫SF 2007)

『ペリー・ローダン・シリーズ』の第331巻。
前巻の後半から、事態は風雲急を告げています。ポスビ艦隊から不意の攻撃を受けたラール人は、部隊を太陽系から引き上げ、最後通牒を突きつけてきました。2週間以内に攻撃の首謀者を突き止めてラール人側に差し出さなければ、南太平洋に隠したという爆弾で地球もろとも太陽系を破滅させるというのです。
暗黒星雲から帰還したローダンは、全力を挙げて爆弾を捜索するとともに、太陽系からの避難作戦に踏み切ります。しかし、援助を求められた銀河の諸勢力は冷たい反応・・・。
結局、起爆装置は発見され、危ういところで太陽系は救われます。起爆装置の正体――というか隠し場所はかなり見え見えで、38ページの段階でわかっちゃいましたが(笑)。
後半では、さらなるローダンの深謀遠慮な計画が徐々に明らかになってきます。その作戦の一環として惑星オリンプで秘密裏に活動していたアトランが正体をけどられ、ローダンは早すぎる決断を強いられることになりますが・・・。

<収録作品と作者>:「太陽起爆装置」(ハンス・クナイフェル)、「死人狩り」(エルンスト・ヴルチェク)

オススメ度:☆☆☆

2007.1.10


死者の靴 (ミステリ)
(H・C・ベイリー / 創元推理文庫 2000)

H・C・ベイリーは、あまりよく知られていませんが、クリスティ、セイヤーズ、クロフツ、バークリーらと並んで、20世紀前半の英国探偵小説黄金期に活躍した本格ミステリ作家のひとりです。美食家で貴族趣味の探偵レジイ・フォーチュン氏が探偵役として有名で、創元推理文庫から「フォーチュン氏の事件簿」が出ています。
でも、この「死者の靴」の探偵役はフォーチュン氏ではありません。ベイリーが創造したもうひとりの名探偵(?)ジョシュア・クランク弁護士が探偵役を務めます。
ささやかなリゾート地として知られる田舎町キャルベイの海岸で、居酒屋のボーイをしていた少年の死体が発見されます。検視の結果、頭部に打撲傷を追った後、海に落ちたと判明、居酒屋の経営者ブライオニーに嫌疑がかかります。ブライオニーは旧知の骨董商コウドに紹介された弁護士クランクに弁護を依頼してきます。検視裁判に乗り込んだクランクは、鮮やかな弁舌でブライオニーの嫌疑を晴らし、一件落着かと思われましたが、引き続きクランクは信頼する部下ホプリーをキャルベイの町に送り込みます。
ホプリーは地元の新聞記者ランドルフと知り合い、地元の名士のゴシップや、州警察と市警察の対立、ヴィニャードと呼ばれる貧民街の実態など、興味深い情報をクランクに送りますが、クランクは本心を明かさず状況を見守るのみ。やがて、貴族の未亡人と電撃結婚した不動産業者が変死し、事件は動き出します。しかし町の住人は、警察を含め一癖も二癖もある連中ばかりで、ホプリーは途方にくれてしまいます。少年の死と不動産業者の死は、どのように繋がってくるのか――。
弁護士が探偵役というのは、比較的よくある設定ですが、ジョシュア・クランクはペリー・メイスンとは異なり、純然たる正義派ではなく、腹に一物も二物もある人物。セイヤーズ作品の探偵役ピーター・ウィムジイ卿と言動は似ていますが、ウィムジイ卿に比べてはるかに腹黒いイメージです(笑)。今回も依頼者のブライオニーは、密漁や密輸との関係も取り沙汰される胡散臭い人物ですし、クランク自身、事件を解決する陰で自分の利益をちゃっかり得るという立ち回り方をします。部下のホプリーは正統派の正義漢で、その妻ポリーも聡明で善意にあふれた人物なので、バランスがとれていますが。
なお、原題は"Dead Man's Shoes"で、直接的には死んだ少年の靴がなくなっていたという事実を指していますが、英語には"wait for dead man's shoes"という言い回しがあり、それが事件の真相を暗示しているようです(ネタバレになりかねないので意味は書きません)。

オススメ度:☆☆☆

2007.1.12


十三番目の人格ISOLA (ホラー)
(貴志 祐介 / 角川ホラー文庫 2000)

貴志祐介さんのデビュー長篇。第3回日本ホラー小説大賞の佳作受賞作です。
阪神大震災の直後。東京から来た若き女性ボランティア、由香里は被災者の心のケアに取り組んでいました。心理学は独学で、特に資格も持たず臨床経験もなかった由香里ですが、被災者の心を開かせる才能があると評判になっていました。それもそのはず、実は由香里は生まれつきのエンパス(共感能力者)だったのです。エンパスとは、他人の感情を敏感に察知できる能力者で、テレパスほどではありませんが、相手が強く感じているときには心象風景を鮮やかに読み取ることができます。しかし、コントロールできないと、周囲の人のありとあらゆる感情が無制限に流れ込んできてしまい、「コロナ」(
「20世紀SF3」に所収)の主人公の少女のように心を破壊されてしまいます。由香里も思春期になると、この能力のため精神を病み、家族との間に決定的な溝ができてしまっていました。そのせいで家出した彼女は、現在は薬で共感能力をコントロールしながら、密かに能力を生かして東京で一人暮らしをしています。しかし、震災の報道を見て、いてもたってもいられず、ボランティアに駆けつけたわけです。
ボランティア仲間の要請を受けた由香里は、入院中の名門女子高生・森谷千尋と面会しますが、なかなか心を通わせないという千尋が、実は多重人格者だと知って驚きます。もちろん、これは由香里がエンパスだからこそ確認できたことでした。千尋の高校の常勤心理カウンセラー、野村浩子も由香里の直感と才能(エンパスだということは知りません)に驚き、ふたりは協力して千尋のカウンセリングを行うことになります。
5歳のときに交通事故で両親を失い、その際に臨死体験をしたという千尋は、叔父夫婦に引き取られて生活していましたが、家庭にはいろいろな問題があるようでした。そんな複雑な生い立ちの中で、千尋は様々な人格を作り出しており、その数は13。その中でも特異だったのは、震災の後で出現したという最も新しい人格でした。由香里がぞっとするほど、異質で邪悪なその人格は“イソラ”と名乗り、浩子と由香里は、それが千尋の愛読書、上田秋成の「雨月物語」の一話「吉備津の釜」に登場する怨霊“磯良”のことだと判断します。
ボランティア期間が終了した由香里は、千尋のことは浩子に託して帰京しますが、やがて千尋の周囲では不可解な死が頻発します。千尋にひどく関心を抱いていた、臨死体験を研究しているという女性研究者、高野弥生の影がちらつき、由香里は再び関西へ――。13番目の人格“イソラ”に秘められた謎とは――。
400ページの大作ですが、2時間弱で読み終わってしまいました。つまり、それだけストーリーに引き込まれるということ。ところどころに不自然な展開もありますが、ほとんど気になりません。根幹をなす真相は、海外のホラー作品にも何度か使われているネタのバリエーションなのですが、料理方法が上手いです。“イソラ”に関するミスディレクションも鮮やかで、謎が解かれた時、物語が始まる以前から目の前に手掛かりがぶら下げられていたことに気が付き、唖然とする快感を味わえます。ラストはいかにもホラーで、背筋がぞくりとすること請け合いです(実はこれも、ジョン・ソールのさる作品と同じオチなのですが、うまく処理されています)。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.1.13


地球儀のスライス (ミステリ)
(森 博嗣 / 講談社文庫 2002)

森博嗣さんの第二短篇集。犀川&萌絵が登場する2篇を含む10篇が収められています。第一短篇集「まどろみ消去」と同様、本格謎解きから純粋ホラー、SF、ダーク・ファンタジー風味の作品まで、バラエティに富んでいます(どれがどのジャンルかを書くとネタバレになることもあるため、以下の記述では意図的にぼかしていることもあります)。
各作品を簡単にご紹介しましょう。

「小鳥の恩返し」:父親の急死により故郷へ帰った島岡清文医師は、かつて恋人関係にあった看護師・綾子と結婚し、父の病院を継ぐことになります。父は、夜中に運び込まれた錯乱した患者に殺され、犯人は行方不明のままでした。現場には、1羽の白い小鳥が残され、綾子と島岡はペットとして小鳥を可愛がります。数年後、島岡はみすぼらしい母子の訪問を受けますが、なんと母子は父を殺して逃亡した犯人の家族でした。その後、小鳥は逃げてしまいますが、さらに数年後、新たに採用した看護師・白坂美帆が清文に驚くべきことを言い出します。美帆は、あの小鳥の生まれ変わりで、恩返しをしに来たというのです。民話「鶴の恩返し」を現代的なミステリにうまくアレンジした作品。
「片方のピアス」:カオルは、恋人のトオルから双子の弟サトルを紹介されますが、顔や背格好はそっくりなのにふたりの印象が対照的なのに驚かされます。陽のトオルに対し陰のサトルと、表裏一体というイメージがぴったりでしたが、なぜかカオルはサトルに惹かれていきます。奇妙な三角関係は、やがて悲劇を生むことになりますが・・・。
「素敵な日記」:ある日記を手に入れた複数の人間のモノローグで構成される異色の作品。どうやら、この日記を手にした人は次々に死んでいくようなのですが・・・。日記に隠された秘密とは?
「僕に似た人」:タイトルは、ロアルド・ダールの「あなたに似た人」のもじりでしょうか。小学生のちょっと変わった男の子のモノローグで語られる、近所のちょっと変わった男の子の話。いくらでも深読みができそうな作品です。
「石塔の屋根飾り」:ある晩、西之園萌絵の部屋で開かれた晩餐会(名称は『黒窓の会』で、英語にするとアシモフの「黒後家蜘蛛の会」とアルファベット1文字しか違いません)で、犀川助教授が提出した謎は、古代インドの遺跡を写した1枚の写真でした。謎解きもともかく、アシモフファンなら歓喜するような趣向が凝らされており、途中で気付いたときには大喜びしてしまいました。この短篇集でいちばんのお気に入りです。
「マン島の蒸気鉄道」:学会のためイギリスに渡った犀川と同僚の喜多は、西之園家の別荘があるマン島を訪れます。萌絵や叔母の睦子、従兄弟の大御坊らも集合し、マン島観光としゃれ込むことになったわけですが、マン島名物の蒸気機関車にまつわる不思議な写真に、一同は首をひねります。謎の写真に秘められた真相は――。
「有限要素魔法」:記憶を失った男は、ライフルを抱えて、とある別荘に立てこもっています。部屋には、ピストルで頭を吹き飛ばされた見知らぬ男の死体が。一方、街角で謎めいた占い師と出会ったカップルの男性は、後日、恋人の目の前でピストルを取り出します。ふたつのストーリーが収斂する先に待つものは・・・。クロウリーが書きそうな黒魔術小説でもあります。
「河童」:都会化してすっかり変わってしまった故郷を訪れた淳哉は、フィアンセに10年前の出来事を語ります。神秘的な雰囲気をもった友人・其志朗と、下宿先の娘で女子高生の亜衣子。3人の微妙な関係が崩れるとき、悪夢が淳哉を訪れます・・・。読後感はデ・ラ・メアの恐怖小説。
「気さくなお人形、19歳」:語り手のレンムは、いかにも軽くて現代的な19歳。ただ、一人称が“僕”なのにスカートをはいていたり、合気道の達人だったり、最後まで性別がはっきりしません(笑)。突然、目の前に現れたロールスロイスのリムジンに乗っていた老紳士から、破格のバイト料で相手をしてくれないかと頼まれます。バイトの内容は、最初に考えたようないかがわしいものではなく、言われた服装をして(コスプレ?)、老人と食事をしたり話し相手になったり、高価な鉄道模型で遊んだりすること。どうやら、飛行機事故で死んだ孫娘の身代りをさせられているようでしたが・・・。
「僕は秋子に借りがある」:木元は、大学の食堂で目の前に座ったちょっと変わった女子大生・秋子に声をかけられます。うっとうしく思った木元ですが、秋子のペースに引き込まれ、午後のデートをすることに。木元のことを根掘り葉掘り尋ね、勝手に身の上話をする秋子。兄を火事で亡くしたという秋子に、自分も姉を交通事故で亡くしていた木元は共感を覚えます。しかし――。

オススメ度:☆☆☆

2007.1.16


七週間の闇 (ホラー)
(愛川 晶 / 講談社文庫 1999)

同じ作者の「霊名イザヤ」と同様、ホラー風味のミステリ・・・というよりミステリ風味のホラーでしょうか。作者あとがきによれば、「本格推理とホラーの両立を目指した」とのことですが、「霊名イザヤ」よりもホラー寄りの作品(細かく分ければサイコホラー)だと思います。よってジャンル分け(あえてひとつに決める必然性もないのですが)は「ホラー」にしました。
臨死体験を何度も経験したことから、臨死体験の研究家として何冊も本を書いていた女性、磯村澄子が自宅アトリエで変死しているのが発見されます。チベット仏教の曼荼羅が一面に描かれた室内で、聖歓喜天(男女が交合している図で表される仏)に抱かれるようにして首を吊っていたのです。現場の状況や、澄子が不治の癌に侵されていたことなどから、自殺と断定されますが、担当した刑事の馬目は疑念を払いきれません。澄子の夫で画家の明にも疑いはかかりましたが、澄子が死んだ時間帯は鎌倉の画廊で絵を描いていたという従業員の証言があります。
そのまま馬目の捜査活動が続けて描かれるのかと思っていたら、物語はいきなり数年後に飛んで、ひとり娘を育てる別の女性のモノローグとなります。しかも、彼女は澄子を殺したのは自分だと宣言、真犯人の正体は早くも読者の前に明かされてしまいます。
しかし、物語が本格的に動き出すのはそれからです。犯人の生い立ちから、磯村明や娘の優麻との関係、秘められた事実などが次第に明らかとなってきます。刑事の馬目も、彼女の周囲を調べまわっているようです。新たな脅迫者も現れ、ついに彼女は――。
「十三番目の人格ISOLA」といい、「地球儀のスライス」にも同じようなネタの短篇がありましたし、シンクロニシティのように同じネタが含まれる小説ばかり続いて読むことになって、偶然とはいえ驚いています(笑)。もちろん、それぞれ料理の仕方は違っていますが。

オススメ度:☆☆☆

2007.1.17


証拠は語る FBI犯罪科学研究所のすべて (ノンフィクション)
(デイヴィッド・フィッシャー / ヴィレッジブックス 2002)

タイトルの通り、第一線のノンフィクション作家(フィクションも書いているらしい)が、20世紀前半から数々の犯罪事件に光明を与えてきたFBIの犯罪科学研究所に焦点をあて、現場の検査官への無数のインタビューを通じて、かれらの活躍と、それを支える科学技術を詳細かつ広範囲に紹介したドキュメントです。
要するに、事件に関係する、生身の人間以外の証拠品をすべて調べる部門。調査の対象は、遺体とその一部、髪の毛、塗料のかけら、薬品、あらゆる毒物、銃弾、火器、線維の切れ端、爆発物、筆跡、指紋にDNA、写真とビデオ、音声、血痕に銃痕、タイヤ痕など、言ってみればこの世に存在するありとあらゆるものに及びます。暗号解読までやります。麻薬組織やテロリストは部外者にわからないように連絡を取り合うわけですから。
各部局に分かれた各分野のエキスパートたちが、時代の最先端の技術と長年の経験と勘を生かして、協力しながら事件の真相を解き明かしていく様子は、小説にはない迫力と凄みがあります。映画化したらすごいドキュメンタリーになりそうですが、すべてを再現するのは難しいでしょう。ケネディ大統領暗殺をはじめとする有名な事件のほか、誘拐に殺人、詐欺に偽造、麻薬やテロといった組織犯罪、航空機事故に至るまで、目に見えないほどのちっぽけな証拠から浮かび上がる事件の真相は、事実だけが持つ重みで迫ってきます。
紹介されている知識にも、目からウロコといったものがかなりありました。例えば「銃に装填するのは“弾丸”だという認識は間違っている。弾丸を発射するための“炸薬”を含めた“弾薬”が装填されるのだ」という記述。考えてみれば、その通りなんですけど。また、研究所内で銃を試射する時の方法とか(水を溜めたタンクの中に撃つと、弾丸が傷つかない)、ピンボケ写真をコンピューター処理して被写体を明らかにする原理とか、古文書を偽造する方法とか、小説のネタに使えそう(笑)な情報が満載です。
ただ、部局ごとに章を分けて紹介している関係上、同じ事件が何度も出てくるのですが、毎回はじめて紹介する事件のように扱われるので、いささかとまどいを覚えます。でも、20世紀アメリカの犯罪カタログであると同時に、上質の知的興奮を味わえる、濃密で説得力の高いノンフィクションだといえます。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.1.20


 (怪奇・幻想)
(ダフネ・デュ・モーリア / 創元推理文庫 2000)

ヒッチコック映画「鳥」や「レベッカ」の原作を書いた(ということでしか残念ながら知られていない)女流作家デュ・モーリアの短篇集です。様々な傾向の作品が含まれており、ジャンル分けをするのに非常に悩みました(あえてジャンルのレッテルを貼る必要もないわけですが、一応は当書庫の決まりですので(^^;)。創元さんはミステリ枠に入れておられますが、当書庫では「怪奇幻想」とさせていただきました。さらに言えば、ロアルド・ダールやジョン・コリアのような“奇妙な味”に分類されるのではないかという気がします。
初めて読んだわけですが、ミステリアスなロマンス小説から、伝奇小説、心理ホラー、皮肉な運命に翻弄される物語、大掛かりな叙述トリックが仕掛けられていて結末であっと言わされる作品まで、とにかくとても上手な作家だなあ、という印象を強く持ちました。
では、収録された8作品をご紹介していきます。

「恋人」:自動車修理工場で地道に働く主人公の青年は、ある日ふと訪れた映画館の案内嬢に心惹かれます。最終の上映が終わるのを待って、青年は彼女をデートに誘い、一緒にバスに乗って郊外へ出かけ、ミステリアスな彼女とどきどきするひと時を過ごします。翌日、給料をはたいて贈物を買った青年は、わくわくして夕方を待ちますが、彼女は――。途中から結末は予想できてしまうのですが、そうなってくれるなと祈るこちらの気持ちとは裏腹に訪れる切なく哀しいラストが深い余韻を残します。これまでに読んだ短篇小説の中でもベストテンに入る作品だと思います。
「鳥」:ヒッチコックの映画をテレビで見たのは小学生のときだったと思います。見終わってからしばらくの間、自宅で飼っていたカナリヤが怖くて仕方がありませんでした。この原作は映画以上に怖いかもしれません。イギリスの海辺の村で暮らす主人公は、夜中に小鳥の群れに襲われます。翌日、隣の農場や村のパブでそのことを話しますが、誰もとりあってくれません。海岸で異様な数のカモメを目撃した主人公は迫り来る危険を感じて、家族とともに準備を始めます。そして満潮とともに、無数の鳥が群がってきます。描かれるのは片田舎の村だけですが、1台のラジオが効果的に使われて、世界の運命が暗示される演出が絶妙です。
「写真家」:中流階級出身ながら貴族に嫁ぎ、今は侯爵夫人として何不自由ない生活をしている主人公。夫は仕事で忙しく、侯爵夫人はふたりの娘とその家庭教師とともに、海辺のリゾートで退屈な日々を過ごしていました。ふと町へひとりで散歩に出かけた侯爵夫人は、さえない写真館の店主と知り合い、彼が自分を崇拝の目で見つめるのを見て不思議な快感をおぼえます。家族写真を撮ってもらうという口実で写真家に接近した彼女は、やがて人気のない岬で写真家と逢引を繰り返すようになります。彼女はあくまでひと夏の情事のつもりでしたが、相手は違っていました。別れを切り出したとき、悲劇は起こります。
「モンテ・ヴェリタ」:ヨーロッパのある国に、モンテ・ヴェリタという山がありました。頂上近くには岩を掘り抜いて造られた修道院があり、サセルドテッサと呼ばれる神秘的な人々が暮らしていると言われています。時々、若い娘がサセルドテッサに“呼ばれて”行方不明になることがあるため、ふもとの村人は山上の住人を恐れ憎んでいます。山好きの若夫婦ヴィクターとアンナは、村人が止めるのも聞かずにモンテ・ヴェリタへ登ろうとしますが、昔から神秘的なところがあったアンナは、夜のうちに姿を消してしまいます。憔悴しきって戻って来たヴィクターは入院し、共通の友人である語り手にその話を語った後、退院して行方をくらませます。それから数十年、語り手はたまたま自分がモンテ・ヴェリタのすぐ近くに来たことを知り、登ることを決意しますが――。ミステリアスな結末が冒頭に提示され、フラッシュバックの手法でそもそもの始まりから事情が語られるという構成で、伝奇小説としての完成度が高まっています。
「林檎の木」:主人公は、3ヶ月前に妻を亡くしました。妻は口数が多く、いつもこせこせしていて、余計な言動で夫の気分を台無しにする名人だったので、彼はなかばほっとしています。屋敷の庭には3本の林檎の木がありましたが、ねじくれて枯れかけていた1本が、妻の死後に急に生き生きと枝を伸ばし始めたことに、主人公は気付きます。その林檎の木は焚き木や林檎の実をもたらしてくれましたが、焚き木は燃えず実は不味く、まるで悪意があるかのように主人公を苦しめます。ついに彼は木を処分してしまおうと決意しますが――。心理描写を積み重ねて徐々に不安を増幅させていくヘンリー・ジェイムズの手法を十分に生かした、無気味な一篇。
「番」:海辺の掘っ立て小屋にすみついた老夫婦の姿が、ある漁師のモノローグを通じて語られます。夫婦には4人の子供がいましたが、やがて悲劇が――。結末のショックは出色です。
「裂けた時間」:未亡人のミセス・エリスは、散歩から戻ると自宅が怪しげな見知らぬ男女に占拠されているのに気付きます。なじみのある家財道具は持ち出されたらしく、見知らぬ調度に囲まれて我が物顔で居座る人々に恐怖をおぼえますが、ミセス・エリスは気丈に警察を呼びます。ところが、警察署に連れて行かれた彼女は、警察が自分のことを狂人か記憶喪失の病人としか思っていないことを知り、愕然とします。電話帳にも彼女の名前や住所もなく、一人娘のスーザンがいるはずの寄宿学校にも、そういう名前の少女はいないと言われます。実は、読者はミセス・エリスの身に何が起きたか、サイエンス・ファンタジー的な真相に見当がつくのですが、1920年代のつつましい婦人であるミセス・エリスの常識と想像力では、思い当たるはずもありません。カレンダーの異状に気付いても「ひどい誤植ね」で済ませてしまうのですから。序盤にさりげなく記された伏線が生きて、ちゃんと結末ではループが閉じます。
「動機」:愛する夫の初めての子供を身ごもって、幸せの絶頂にいたはずの若妻メアリーが、突然ピストル自殺をします。思い当たる動機がまったくなかった夫は、私立探偵を雇って調査を依頼し、完璧主義者の探偵ブラックは、メアリーの過去を探り始めます。そして、運命に翻弄されたメアリーの思わぬ半生が明らかにされます。読んでいてマーガレット・ミラーの重厚な傑作「見知らぬ者の墓」を思い出しました。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.1.23


ローズ・マダー(上・下) (ホラー)
(スティーヴン・キング / 新潮文庫 1999)

結婚してから14年間、ロージー(ローズ)は夫ノーマンのDVに苦しんできました。ノーマンの職業は警察官。外では優秀な強面の刑事ですが、家では残酷な暴君に変身し(本人は“ちょっとした癇癪を起こすだけ”と言っています)、肉体的にも精神的にもローズを支配していました。ローズは腎臓を殴られ続けて(顔と違って傷が残らない)血尿を出すのが普通となり、時にはノーマンが“ちょっとやり過ぎた”せいで肋骨を折られ、流産してしまったことすらあります。暴力的な夫のところから逃げ出そうという考えすら、思い浮かばない精神状態に追い込まれていました。
ところが、ある朝、ベッドシーツについた一滴の血の染み(前夜、殴られて出た鼻血が残っていた)を見たことがきっかけで、ロージーは逃げ出そうと決心します。勤務に出かけているノーマンのキャッシュカードを持ち出し、いくばくかのお金を引き出して、長距離バスに乗って、1300キロ離れた都会へ――。買い物以外にほとんど出歩いたことのない(勝手にどこかへ出かけてことがわかれば、ノーマンから“ふたりきりでみっちり話をしよう”と言われるからです。もちろん、話は言葉だけで行われるわけではありません)ロージーにとっては、ATMで現金を下ろしバスのチケットを買うことすら、恐怖と不安が背中合わせの行動です。
ようやく新たな都市にたどり着いたロージーは、『娘たち&姉妹たち』というボランティアが営む女性向けシェルターに受け入れられます。所長のアンナをはじめ、同じような境遇から逃げてきた女性たちに温かく迎えられ、ホテルのメイドの仕事に就いて自立への道を歩み始めたロージーは、ようやく希望の光を見出すのでした。
ある日、ロージーは質屋の店先に置かれていた絵に惹きつけられ、衝動的に買ってしまいます。絵に描かれた女性は古代ギリシャ風の淡紅色(英語で言えば“ローズ・マダー”)のトーガをまとい、こちらに背中を向けています。絵を買ったことがきっかけで、ロージーは店番をしていたビル(店主の息子)と出逢い、常連客のレファーズから魅力的な仕事を紹介してもらうことになります。ロージーがその仕事にぴったりだった理由が、実は長年ノーマンの虐待に耐えてきたことで培われたものだったというキングらしい皮肉も効いています。しかし、ロージーが買った絵は、普通の絵ではありませんでした。
一方、ローズに逃げられたノーマンは復讐の一念に燃え、刑事として鍛えたテクニックを駆使して捜索を始めます。ついにローズの逃亡先の街を突き止めたノーマンは、休暇を取って、本格的な追跡を始めます。その過程で露わになるのは、ノーマンが人種差別と女性蔑視の権化であるばかりでなく、彼の意識下に潜んだ快楽殺人者の本性でした――。
“追跡”はモダンホラーではしばしば扱われるテーマです。第一人者といえばクーンツで、その名も「邪教集団トワイライトの追撃」とか「戦慄のシャドウファイア」、「ウォッチャーズ」、
「心の昏き川」など、追うものと追われるものが織り成すサスペンスを前面に押し出した作品だけでも枚挙にいとまがありません。マキャモンの「マイン」「遙か南へ」なども“追跡”がメインテーマになっています。この「ローズ・マダー」も、基本的にはロージー(追われるもの)とノーマン(追うもの)という単純な図式ではあるのですが、ロージーが買った絵『ローズ・マダー』が介入することで、他の“追跡”ホラーとは一味違う作品に仕上がっています(ある部分では伝統的な異世界ファンタジー)。また、クーンツなら最後には必ず“愛は勝つ”結末になるので安心して読み進められますが、キングだけにハッピーエンドになるとは限らないので、最後まで油断できません。たしかに、底抜けに明るいクーンツのエンディングと異なり、いろいろと考えさせられるラストです。
中盤、ロージーのいる街へやって来たノーマンと、まだそれを知らないロージーが、ほんのわずかな距離ですれ違うのに互いに気付かないといった場面や、デートに誘うために部屋をノックしたビルに、ノーマンが来たのだと思い込んだロージーが重い缶詰を武器代わりに振りかざして襲い掛かろうとする場面など、当事者にとっては笑い事ではないはずですが、そこはかとないユーモラスな雰囲気が漂うのも、キングにしては異色な気がします。
それと、蛇足ですが、ご夫人のタビサ・キングが書いた奇天烈ホラー「スモール・ワールド」の解説で、唐沢俊一さんが「キング夫妻はやたらと小便にこだわっている」という趣旨のことを書いていますが、この作品でも“そういうシーン”にやたらと力が入っています(笑)。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.1.28


昇竜剣舞2 ―反逆の代償― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2003)

『時の車輪』の第7シリーズ第2巻です。
前巻で、“絶対力”を使った壮絶な戦いの後始末をつけたアル=ソアは、旧友ペリンを伴ってケーリエンへ帰還します。ところがケーリエンでは、“白い塔”の“異能者”と内通していた貴族婦人コラヴェーレが策謀をめぐらせ、王位に就いていました。二度と姿を現さないものと思っていた竜王アル=ソアの帰還に動揺するコラヴェーレ。侍女としてコラヴェーレに仕えていたファイールの告発で、彼女は代償を支払うことになります(これが副題の意味ですね)。
アル=ソアが悩みつつもいくつも策を打つ一方、“小さな塔”のアミルリン位に就いたエヴウェーンもまた、曲者揃いの“異能者”たちをまとめるのに苦労していました。そして、ある晩、キャンプに大変な異変が起こります――。
今回は表向きは大きな動きはほとんどなく、じっくりと状況が描きこまれる回です。 以下、次巻

オススメ度:☆☆☆

2008.1.29


 (ホラー)
(栗本 薫 / 角川ホラー文庫 2003)

「手」をテーマにした怪奇小説、ホラー小説はたくさんあります。蔵書データベース(笑)を調べただけで、「手」というタイトルの短篇小説が5つ見つかりました。モーパッサン、クライヴ・バーカー、ラムジー・キャンベルなど、ほとんどが怪奇作家。ほかにもレ・ファニュ「白い手の怪」、ジェイコブズの「猿の手」、日本の長篇では怪作「レフトハンド」(中井拓志)があります。ほとんどは、手が持ち主の意思に逆らって勝手に動き出したり、手だけが人を襲ったりというもの。
で、手では飽き足らず、手の先についた「指」が怪異を引き起こすというのが、この「指」です。そういえば柴田よしきさんにも「ゆび」というホラー長篇がありました(未読)。
祐市は小学5年生。両親は「りこんちょうていちゅう」で、父親は「ほかのおんなのひと」と近所で暮らし、同居する母親は弟ばかりを可愛がって、酒を飲んでは祐市に当り散らします。今日から一週間の林間学校は、祐市にとって家を離れられてほっとする行事になるはずでした。
気が弱くて自分の意思をはっきりと表すことが苦手な祐市は、クラスでは「変なヤツ」と思われており、家庭の事情を知っている担任の田辺先生がいろいろと気を遣うせいで、えこひいきされていると思われています。けれど、いじめの標的にされているといったわけでもありません。
軽井沢の寮に到着した生徒たちは、わくわくしながら林間学校の一日目を始めます。田辺先生の気遣いで、おとなしめの生徒ばかりの班に入れられた祐市は、他の4人の生徒と一緒に離れの部屋を割り振られます。その部屋のベッドで、祐市は奇妙なものを目にし、恐怖に襲われます。祐市が選んだベッドのふとんの陰に転がっていたのは、一本の指でした。しかし、同室の子供たちにはその指は見えず、祐市も悪戯か錯覚だろうと自分を納得させます。
しかし、祐市を襲う恐怖は、始まったばかりでした・・・。
全篇、5年生の祐市のモノローグで進行します。フィニイの「盗まれた街」を思わせる、周囲の人が別の存在に入れ替わってしまったのではないかという不安――。子供らしい感性と知識で、なんとか怪異に説明をつけ、現実を取り戻そうとする祐市の努力が切ないまでに心に響きます。栗本さんは少年の心情を描かせると、なぜこんなに上手いのでしょう。
また、中盤以降に出現する怪異――怪物も迫力十分で、とても11歳の祐市では太刀打ちできないでしょう。やはりグインか安西あたりでないと(笑)。あまりにリアルで、粘着質なほどにしつこく描かれるので、長くてぬるぬるしてのたくる生き物が苦手な人は、読むのを避けた方がよろしいかと思います。読後感は、バーカーの初期作品でした。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.1.31


ベナンダンティ (ノンフィクション)
(カルロ・ギンズブルグ / せりか書房 1986)

副題が「16−17世紀における悪魔崇拝と農耕儀礼」とあるように、その時代、イタリア北部の農村地帯で信仰されていた“ベナンダンティ”と呼ばれる「良き魔法使い」についての著作です。著者はイタリアの歴史学者で、内容もオカルトめいたものではなく、文献資料に基いた真摯な研究書です。
なぜこんなマイナーな(笑)本を入手することになったのかというと、事情は昨年の春に遡ります。スウェーデンの女流作家MAJGULL AXELSSONの“APRIL WITCH”という長篇小説を原書(英語版)で読んで(読まされて(^^;)いたのですが、かなりプロットが複雑で手強い話でした。その中で超自然的要素として用いられていたのが“ベナンダンティ”という概念。読んでもよくわからず、悩んでいたところ、たまたま立ち寄った古書市で、このタイトルが目に飛び込んできまして、「シンクロニシティ?」とか思ってレジに持って行ってしまったわけです。その時は斜め読みしただけだったのですが、今回ちゃんと通読してみました。
イタリア北部のフリウーリ地方で行われた異端審問の記録を元に、現地で信仰されていた“ベナンダンティ”について解き明かし、キリスト以前に起源を持つと思われる豊穣信仰が、カトリック思想の導入により悪魔崇拝というとらえ方に変質していった過程が検証されています。
“ベナンダンティ”は、「生まれたときにシャツを着ている」(羊膜に包まれて生まれてくる)ことで、他の人と区別されます。たしかに中世以前からヨーロッパでは羊膜に包まれた赤ん坊は幸運に恵まれていると信じられてきました。そして、そういう男性は20歳になると年長のベナンダンティに誘われ、年に4回、季節の斎日に魂となって野原へ出かけ、悪い魔法使い(マランダンティ)と戦います。ベナンダンティが勝てば、その年は豊作が保証され、敗れれば凶作となります。また、ベナンダンティは魔法使い(魔女)を見分けることができ、悪い魔女がかけた術を解くことができると信じられていました。
しかし、カトリックの異端審問が浸透するとともに、ベナンダンティは魔女と同一視され、異端として告発されるようになります。もともと無知な農夫にしか過ぎないベナンダンティたちは、審問官の尋問に誘導される形で、次第に自分たちは魔法使いだと認めるようになっていってしまいます。こうして100年あまりのうちに、良き存在としてのベナンダンティの概念は失われてしまいました。
当時の審問記録も収録されていますが、拷問などは行われておらず、巷に喧伝されている苛烈な異端審問に比べると、かなりのどかな感じがします。これには理由があって、この地方を担当した異端審問官が、苛烈なことで知られる聖ドミニコ会士でなく、穏やかな聖フランチェスコ会の聖職者だったからなのだそうです。
豊穣を祈るための儀礼だったものが、悪魔が主宰するサバトへと変貌していく過程は興味深く、小説を読んでいるかのように興奮させられます。

オススメ度:☆☆(マニア向け)

2007.2.1


ホラー・ガイドブック (ガイドブック)
(尾之上 浩司:編 / 角川ホラー文庫 2003)

角川にはかなり恨みもあるのですが(笑)、角川ホラー文庫を創刊して維持し続けていることだけは高く評価しています。昔の“カドカワFシリーズ”では続々訳出されていた海外ファンタジーのシリーズをことごとく途中で打ち切られて、恨み骨髄(笑)でしたが、現在のホラー隆盛に角川ホラー文庫が大きく貢献しているのは間違いありません。少しくらい儲からなくなっても、打ち切らないでくださいね(^^;
さて、この「ホラー・ガイドブック」、昨年4月に読んだ(もうそんなに前なのか)、
「ホラー小説大全」と似たようなタイトルですし、しかも同じ角川ホラー文庫。どう違うのかと思っていたら、ちゃんと序文で尾之上さんが説明してくださいました。「大全」はかなりアカデミックな話題も多かったのですが、こちらは「ガイドブック」というタイトルの通り、初心者にわかりやすく、具体的にホラーの歴史を解き明かすと同時に、お勧め(初心者向けの)の本や映画を紹介してくれます。
前半では日本のホラーをさらにジャンル分けして「SFホラー」、「ミステリーホラー」、「怪獣小説」を、それぞれ造詣の深い専門家が解説し、また小説、映画、テレビ番組というメディア別でのホラー小史をわかりやすく紹介しています(マンガとゲームは紙数の関係で割愛されたそうです。残念)。日本のホラー小説については知識や情報にかなり抜けがあったので、とても役立ちました。
後半は海外ホラーがテーマ。年代別の代表的な作品を、やはり小説、映画、テレビ番組に分けて紹介しています。ここで思いましたが、「20世紀SF」と同じように「20世紀ホラー(+19世紀以前)」という年代別アンソロジーをどこかで出してくれないものでしょうか(笑)。
さらに、尾之上さんを司会に井上雅彦・飯野文彦・菊地秀行の3氏による対談、瀬名秀明さんへのインタビュー(初代アニメ「ドラえもん」の主題歌の歌詞は「すたこらさっさのドラえもん」じゃなくて「ほいきたさっさのドラえもん」ですよ、瀬名さん)など、密度の濃い企画が詰まっています。
最大の収穫は、子供時代に「日曜洋画劇場」の予告CMだけ見てひどく怖い思いをし、その後何年もトラウマになって暗いところへ行けなかった怪奇映画のタイトルが、幼心に記憶していた「ヒエラデコブレの幽霊」ではなく「シエラ・デ・コプレの幽霊」(スペイン系ですな)だったと判明したことでした。ホントに怖かったんだよぉ・・・。
海外ホラーについても、いくつも知らなかった情報が得られましたので、また古書店へ行く楽しみが増えました。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.2.2


死人花 (ホラー)
(長坂 秀圭 / 角川ホラー文庫 2003)

京都を舞台のホラー「彼岸花」の、アナザーストーリーです。というか、裏ストーリーと呼ぶ方が正しいでしょう。
※以降、作品の性格上、「彼岸花」のネタバレに触れざるを得ません。「彼岸花」を未読の方はご注意ください。ただ、両作品を読む順番はどちらが先でもかまわないと思います。

「死人花」のストーリーは、クライマックス直前まではそのまま「彼岸花」をなぞって展開します。ただし、視点が大きく異なっています。
のぞみ号の車内で知り合った3人の女子大生、有沙、融、菜つみは、目的地が同じ京都だということもあって、すぐに意気投合し、一緒に行動することになります。3人には他にも、変態趣味の持ち主だった恋人が死んだり行方不明になっているという共通点もありました。
「彼岸花」では、偶然、同じ車両に乗り合わせたことになっていた3人ですが、実はそう仕向けたのは有沙でした。有沙は1年前に、恋人だった紀氏亨が舞妓姿の女に日本刀で首を切断されて殺される現場を目撃していました。なぜか事件はなかったことにされ、有沙は亨の遺品から、殺人犯は融と菜つみのどちらかだと推理し、3人が一緒に行動することになるよう仕向けて、自分で犯人を突き止めて復讐しようと考えていたのです。ところが、そう考えていたのは有沙だけではありません。菜つみもまた、現在の恋人で、首なし殺人事件を捜査する警視庁刑事・柚木の頼みを受け、昔の恋人を殺した犯人を突き止めようとしていたのです。
京都に着いた3人は、菜つみの発案で京都怪奇スポットめぐりを始めますが、行く先々で彼岸花の模様の振袖をまとった女性(タクシーの運転手は、それは過去に非業の死を遂げた“お篠さま”という幽霊だと話します)と、白いマフラーの青年、そして菜つみに指示を出しつつ行動する柚木に出会います。
やがて、紀氏亨が殺された現場と思われる幻の古寺“鬼谷寺”にたどりついた3人は、今は民宿となっている“鬼谷寺”に泊まることになりますが、そこには柚木の手で様々なからくりが施されていました。ところが、柚木以外にも事態を動かす謎の存在がいることが明らかとなり、3人は友情が深まるとともに、怪異に出会って疑心暗鬼に陥っていきます。
紀氏亨が生前に探っていた、“鬼谷寺”に秘められた謎“187”とは何か――。それが明らかにされるとき、物語は「彼岸花」とは異なる戦慄の結末を迎えることになります。
「弟切草」はサウンドノベルゲームを小説化したものでしたが、逆に「彼岸花」は小説を元にサウンドノベルとしてゲーム化され、エンディングはおびただしい数(ネタバレになるかもしれませんので具体的には伏せます)に及ぶそうです。作者あとがきによれば、それらのエンディングのすべてを越えたラストとのこと。たしかに脱力させた後で恐怖が押し寄せてくる演出は職人芸です。
なお、あとがきで長坂さんは「これは『ミステリー小説』である」(つまり、ホラーじゃない)と断言していますが、その発言自体もホラ(語尾を延ばさない)ではないかと考えた方がいいような気がします。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.2.4


「妖奇」傑作選 (ミステリ・アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2003)

戦後間もない昭和20年代に刊行されていた探偵小説雑誌を紹介する『甦る推理雑誌』シリーズ第4巻。今回は、1947年から5年半にわたって続いた「妖奇」(後に「トリック」と改題)。
「妖奇」というタイトルから想像されるとおり、巻末に載っている収録作品リストをながめると、エログロをイメージした猟奇的なタイトルの作品が並んでいます。また、ひとつの特徴として、戦前の作品の再録が多く(当時は著作権なんかなかったんですよね)、夢野久作・小酒井不木・甲賀三郎など、刊行時には故人となっている作家の作品も目立ちます。それと同時に、無名作家の名前も並んでおり、ここにも戦後の出版界の混沌とした状態がうかがえます。
さて、この巻に収録されているのは、短篇が4つと300ページを越える長篇「生首殺人事件」。簡単に紹介していきましょう。

「化け猫奇談 片目君捕物帳」(香住 春作):時代小説的なタイトルですが、中身は現代もの。素人探偵の片目(別に隻眼というわけではなく、こういう名字なのだそうです)が、近所で起きた不思議な強盗事件を解決する話。一人息子の留守中に、道に迷ったという見知らぬ娘を泊めることになった老夫婦。その晩、強盗が押し入りましたが、娘の部屋へ踏み込んだとたん、悲鳴をあげて逃げ出してしまいます。その顛末は――? 捕物帳という副題のとおり、人情味あふれるオチとなっています。
「初雪」(高木 彬光):私生児として生まれた薄幸の少女・雪枝を育て上げた老家政婦・静のモノローグ。年頃の娘に成長した雪枝は、土地の名家の息子・白石と恋をしますが、身分の違いからその恋はかなわず、白石は親の決めた相手と結婚してしまいます。悲しみに沈む雪枝を見かねた静は――。
「煙突綺譚」(宇 桂三郎):不倫を清算するため、計画的に愛人を殺した主人公。完全犯罪を目論んだはずが、思わぬ目撃者がいたことに気付きます。新たな殺人計画を実行に移す主人公ですが・・・。
「電話の声」(北林 透馬):著名な作家・小栗の自宅から、警察に電話が入ります。若い女性の声が助けを求めた後、電話は切れ、駆けつけた警察官は、小栗の愛人・せい子の他殺死体を発見します。現場にいた若い娘・可恵(彼女も小栗の愛人でした)に嫌疑がかかりますが、事件は一筋縄ではいきません。小栗本人に、小栗の正妻・麻利子、せい子の夫・加山など、関係者はいずれも怪しく、しかし決め手がありません。被害者の解剖を担当した法医学者・藤田博士はある事実に気付き、犯人のアリバイトリックを見破ります。
「生首殺人事件」(尾久木 弾歩):名探偵・江良利久一は、妻の千鶴子の友人である菊岡家のクリスマスパーティーに招待されます。菊岡家の当主は銀行の頭取で、広島有数の資産家。しかし、家族の間には複雑な人間関係があり、招待客を含めて愛憎が渦巻いています。そんな中、ピアノの鍵盤の隙間から無気味な殺人予告のカードが発見され、パーティ参加者が麻雀に興じている間に、当主の長男が密室で首無し死体となって見つかります。江良利の叔父である県警の佐藤警部が指揮する捜査員が駆けつけ、捜査が始まりますが、それを嘲笑うように第二の予告状が見つかり、その通りに再び密室で首無し死体が――。
愛憎渦巻く金持ちの邸宅が舞台という点では「Yの悲劇」、首無し連続殺人という点では「エジプト十字架の謎」という、いずれもエラリー・クイーンの代表作がありますが、探偵役の名前といい、作者はクイーンをかなり意識しているようです。冒頭にいきなり「災厄の町」のネタバレがあるのにもびっくり(笑)。中盤で早くも「読者への挑戦」が挿入されるなど、クイーンばりの本格謎解きミステリと、江戸川乱歩的なおどろどろしい猟奇犯罪小説を融合させようという、作者の意気込みが微笑ましく、エロチック風味と大時代的な展開も、レトロな味をかもし出していて楽しいです。

オススメ度:☆☆☆

2007.2.7


闇の果ての光 (ホラー)
(ジョン・スキップ&クレイグ・スペクター / 文春文庫 2003)

スプラッター・ゾンビホラー・アンソロジー「死霊たちの宴」を編纂し、“スプラッタパンク”の旗頭でもあるスキップ&スペクターのコンビの合作第1弾。
クライブ・バーカーの“血の本”の冒頭を飾った「ミッドナイト・ミートトレイン」もかくやという、地下鉄内の惨劇から物語は幕を開けます。マンハッタンの地下鉄車内に出現したのは、太古から存在し続けてきた謎の吸血鬼。乗客は次々と喉を噛み裂かれ、手足をもぎ取られ、どこからともなく現れたネズミの群れにむさぼり食われて死んでいきます。たまたま乗車してきた、虚無と退廃に満ちた若者ルーディ・パスコも餌食となりますが、吸血鬼のほんの戯れから、ルーディは吸血鬼として甦ります。
主人の吸血鬼は去ってしまい、マンハッタンの地下鉄駅構内に取り残されたルーディは、自分こそ地上の支配者になるという野望にかられ、次々と惨劇を引き起こしていきます。
たまたまそれに気付いたのが、メッセンジャーサービス会社(日本で言えば宅配業者ですが、荷物ではなくメッセージを届けることもある)に勤めるジョーゼフと親友のイアンでした。ジョーゼフはレスラー並みの大男で、女手ひとつで育ててくれた母親が辻強盗に遭って寝たきりの生活になってしまったため、ニューヨークにはびこる悪に強い反感と敵意を持っており、街のちんぴらどもに実力行使に出ることもしばしばでした。
ルーディにやられた被害者のひとりを目撃し、人ならざる魔物がニューヨークの地下を徘徊していると直感したジョーゼフは、自ら情報を集め始め、地下鉄車内でルーディの名前を呼んだ青年スティーヴンと出会います。スティーヴンを皮切りに、ルーディを直接間接に知る関係者が次々に集まってきます。ルーディの元恋人・ジョサリン、ルームメイトをルーディに惨殺されたホラーマニアのクレア、クレアの恋人でホラーおたくのダニー、すべての地下鉄の入口で謎めいた行動をとるアーモンド老人――。アーモンド老人は、地下鉄車内でルーディが引き起こした惨劇を目撃して、ただひとり正気を保っていた人物でした(その理由は、すさまじくも説得力に満ちています)。
ジョーゼフをリーダーに、イアンが作戦を練り、メッセンジャーサービスの同僚ら(かれらは週末になるとアパートに集まっては「ダンジョンズ&ドラゴンズ」に熱中するという筋金入りのオタク集団です)の協力を得て、ヴァンパイア討伐作戦の準備は着々と整います。しかし――。
跳梁する吸血鬼との対決――という図式は、「ドラキュラ」の昔から、キングの「呪われた町」やマキャモンの「奴らは渇いている」でも踏襲されたオーソドックスな図式ですが、この作品は一味違います。何と言っても、敵役のルーディの設定が出色で、彼は吸血鬼にはなったものの、自分がどのような能力を得たのか理解しておらず、力に振り回されてしまってパニックを起こすほど(笑)。しかも、生前のコンプレックスがそのまま残っているので、怯える相手は徹底的にいたぶるくせに、ちょっと強く出られると逃げ腰になってしまうという・・・。
ともかく、集結した素人ヴァンパイア・バスターズがルーディを追跡し始めてからは、本を置くことができなくなります。序盤から中盤にかけてさりげなく張られた伏線が、クライマックスで一気に花開き、怒涛の展開も納得させられてしまいます。マキャモン作品に例えれば、「奴らは渇いている」の設定に「スティンガー」のストーリーを乗せ、「マイン」風味を加えた、という感じでしょうか。
「けだもの」もそうでしたが、どろどろぐちゃぐちゃのスプラッターでありながら、それだけに終わらずに清々しい物語にまで昇華しているのが、このコンビの非凡なところなのでしょう。登場人物がたくさん死ぬのに、読後感はさわやかです。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.2.11


超重族レティクロン (SF)
(ウィリアム・フォルツ&H・G・エーヴェルス / ハヤカワ文庫SF 2007)

『ペリー・ローダン・シリーズ』の第332巻。
前半部を新(とは言っても30年前)プロット作家のフォルツが書いており、物語は転換点を迎えます。
前巻で、ローダンが処刑したはずのアトランが生きていたことがラール人に露見し、攻撃を恐れた太陽系は30年前と同じ手段で宇宙から身を隠すこととなりました。しかし一方、この事実は銀河系にいる無数の独裁者にとっては、自らがローダンに代わってラール人に認められ、銀河系の第一ヘトラン、すなわち支配者になる千載一遇のチャンスでした。カルスアル同盟や中央銀河ユニオンに属するテラナーをはじめ、スプリンガー、アコン人、アルコン人、アンティ、ブルー族など、野望に満ちた面々が、我こそはとラール艦隊へと馳せ参じます。その中でも、超重族のレティクロンは際立っていました。
超重族はシリーズでは歴史の深い存在ですが、最近は――というより50巻を越えた頃から、取るに足りないチョイ役になってしまっていました。久しぶりに登場した存在感のある悪役(?)がレティクロンです。怪力にものを言わせるだけでなく、リバルド・コレッロに匹敵する超能力とイラチオ・ホンドロをはるかにしのぐ冷酷さと狡猾さの持ち主。彼が、第一ヘトランの座をめぐってライバルたちを死闘を繰り広げる展開は、1話にとどめてしまうには惜しいほどの迫力です。特に最後の戦いの相手となるノス・ガイモルは、この1話で退場してしまうのがもったいないほど。
また、『公会議』を構成する新たな種族、不定形の集合知性体ヒュプトンも銀河に飛来し、今後の展開にどうからんでくるのか楽しみです。

<収録作品と作者>:「超重族レティクロン」(ウィリアム・フォルツ)、「時間トンネル」(H・G・エーヴェルス)

オススメ度:☆☆☆

2007.2.12


翼ある蛇 (ホラー)
(今邑 彩 / 角川ホラー文庫 2000)

伝奇ホラー『蛇神』シリーズの第2巻です。
第1作の
「蛇神」とは、物語としては独立していますが、登場人物が重複していたりするので、できれば順番に読む方が楽しめると思います。
沖縄出身の女性編集者・蛍子は、フェミニズムの闘士として売れ始めたエッセイスト・逸子から、自分のホームページの書籍化と出版を打診されます。逸子のホームページの中身は、日本を含めた世界中の神話や伝説に共通した蛇のモチーフがあることから、太古の蛇信仰と女性原理の復活をうたうという、いささか「トンデモ」的なものでした。
ところが、都内でバラバラに切断された男子学生の遺体が見つかり、逸子のホームページの掲示板にその犯行を連想させる書込みがされていたことが判明します。“真女子”というハンドルネームのその人物は、自分には身体に蛇のうろこがある、母なる神に人間の生贄を捧げる、という内容の書込みをしていました。それを見た蛍子は不安に襲われます。同居している13歳下の姪・火呂の胸に、生まれつき蛇のうろこを思わせる痣があることを知っていたからです。その痣のため、子供の頃、故郷の沖縄では火呂は“神の子”と呼ばれていました。
ある日、親友の祥代と同居するために家を出て行った火呂が、蛍子に一通の手紙を差し出します。それは、癌で亡くなった母親(蛍子の姉)の遺言でした。そこには、思いもよらなかった火呂の出生の秘密が書かれていました。気になった蛍子は、旧知の私立探偵・伊達に調査を依頼し、伊達は信州の奥地にある古い村“日の本村”にたどりつきます・・・。
ラストで“真女子”による殺人事件は解決しますが、「蛇神」から続く謎は、この巻では背景にただよっているだけで、ほとんど進展はありません。第3巻「双頭の蛇」、第4巻「暗黒祭」で壮大な謎が解き明かされることになるのでしょう。近日登場。

オススメ度:☆☆☆

2007.2.14


呪怨 (ホラー)
(大石 圭 / 角川ホラー文庫 2003)

ビデオと映画で大ヒットし、ハリウッドでもリメイク映画化された「呪怨」。例によって(笑)、ブームがとっくに去った頃に読んでいます。
原作かと思っていましたが、ビデオと映画を元にしたノヴェライゼーションでした。
小さい頃から内向的で、友達がいなかった伽椰子。大学へ入って、同級生の小林俊介に初めて恋をしますが、引っ込み思案の伽椰子は声をかけることもできず、片思いを続けるだけ。ストーカーめいた行動をし、妄想をスクラップブックに記し続けて自分を満足させることしかできませんでした。その後、両親の死を契機に今の夫・佐伯剛雄と結婚した伽椰子は、ひとり息子の俊雄(夫に内緒で、初恋の人にちなんだ名前を付けています)にも恵まれ、それなりに幸せな生活を送っていました。ところが、偶然、小学校に入学した俊雄の担任が小林だったことから、悲劇の歯車は動き始めます。
ほんのわずかな誤解と偶然から、悪意と憎悪が坂道を転げ落ちる雪玉のように膨れ上がり、5人もの命が奪われる惨劇がもたらされる序盤の展開は、関係者がごく普通の人々であるだけに、自分の周辺でも起きるのではないかというリアルな怖ろしさがあります。この部分を読んだとき、思い浮かんだのはスティーヴン・キングの大作
「ニードフル・シングズ」でした。キング作品では、ごく普通の人々に悪意と憎悪の種を植え付け、それをあおる邪悪な存在が明らかにされていましたが、「呪怨」で悲劇をもたらすのは、伽椰子や剛雄の心の奥に潜んでいた、誰にでもあるコンプレックスである点が、より怖ろしいです。
その後、伽椰子にまつわる惨劇の舞台となった家に何も知らずに引っ越してきた徳永家を中心に、関係者に次々と、怖ろしく無気味な出来事が繰り返されていきます。悲劇の背後に見え隠れする、白い服をまとった女性と、裸の男の子の姿・・・。
ここまで読んできて思ったのは、「呪怨」の題材は「幽霊屋敷に取り憑いた怨霊が、何も知らずにそこを訪れた人々に悲惨な運命をもたらす」という、ごくオーソドックスなものだということでした。ただ、舞台となるのが森の奥にそびえる古色蒼然たる大邸宅ではなく、現代のどこの町にもある普通の一軒家で、取り憑いているのもいわく因縁に満ちた幽霊ではなく、世間のどこにでもいる普通の人の霊だという点が、これまでの幽霊屋敷ものと大きく異なっています。また、一般には、地縛霊というのは事故や自殺で自分が死んだことに気付かず、その場所に縛り付けられたまま、そこへやって来た不運な人に取り憑いて自分が死んだ状況を再現し、その結果、その人を死なせてしまうというものですが、伽椰子はそれだけにとどまらず、生前のコンプレックスに基いた世界への強い怨みを抱いており、地縛霊の特性のほかに復讐という明確な目的まで持っています。
「呪怨」が大ヒットした理由は、昔から人口に膾炙していたなじみ深い「幽霊屋敷の怨霊」テーマを現代的にアレンジしたことでしょう。初期のキングがよく用いていた手法ですね(同じテーマならば「シャイニング」、吸血鬼テーマならば「呪われた町」)。ただ、惜しむらくは、映像作品を小説化した際にありがちな欠点が見受けられる点でしょうか。視覚的にインパクトの強いスプラッターな描写なども多用されているのですが、映像作品ならば、たたみかけてくる迫力に視聴者は圧倒されてしまうでしょう。しかし、小説の場合、読者には一歩引いて考えるという余裕が与えられているので、「え〜、それはちょっとどうよ? 無理があるんじゃないの?」と感じてしまうこともあるわけです。オリジナルの映像に引きずられて、文章が本来持っている、恐怖をもたらす力が十分に発揮できていない印象を持ってしまうのが、残念といえば残念です。

オススメ度:☆☆☆

2007.2.16


あやかし(上・下) (ホラー)
(高橋 克彦 / 双葉文庫 2003)

これは、何と表現したらいいのでしょう。ハチャメチャ・トンデモ伝奇SFホラー?(笑)
モダンホラーはジャンルミックスである、という定義に当てはめれば、ある意味ではモダンホラーと言えるでしょう。
舞台は1964年。日本では東京オリンピックの開催を控えて、高度成長に拍車がかかっていた時代です。主人公のひとり隆司は、岩手県S町(作者の生地・紫波町がモデルだそうです)の裕福な医師の息子で、従兄弟の良行とふたりでヨーロッパを長期旅行中。ビートルズに憧れてロンドンを訪れた隆司は、同じ日本人の深田に声をかけられます。深田に誘われて、招待された豪華な屋敷には、無気味な雰囲気が漂っていました。それから2ヶ月――。
(この2ヶ月の間に何が起きたのかは、下巻で隆司の回想の中で明らかにされます)
大学で血液学の研究をしている青垣は、後輩の森下修一の頼みで盛岡を訪れます。修一の相談とは、彼の勤める病院に持ち込まれた血液標本についてでした。S町郊外で車を運転していた青年が子供と老人をはねたのですが、老人は姿を消し、その老人が残した血を分析すると、人間のものとは思えない血液であることが明らかになったのです。
一方、ヨーロッパから帰国した隆司が病気で寝込んでいると聞いて、高校の同級生・速夫(修一の弟)らはS町の隆司の自宅へ見舞いに訪れます。途中で、隆司を訪ねてきたという美少女・時枝由布子と出会いますが、由布子は隆司に会わずに姿を消します。由布子の名を聞かされた隆司は、なぜか恐怖の色を浮かべるのでした。
謎の血液の正体を追う青垣と修一は、怪しい妨害を受けたことから、S町近くの山村に鍵があることに気付き、民話の研究家を装って偵察に出かけます。同級生が変死した速夫と同級生の大介も、隆司が関わっているのではないかと思い、S町へ。合流したかれらは、空飛ぶ円盤が頻繁に目撃されたという山奥の村へ向かいますが、突然の天変地異に襲われ、S町もろとも外界から孤立してしまいます。瓦礫の山となったS町へ戻った一行は、生存者のリーダー・瀬川と協力して、無気味な敵と相対しますが・・・。
ここまでの前半の展開は、典型的モダンホラーで、
「屍鬼」やキングの某作品を思わせます。しかし、作者の本領発揮はそこから先。地元で言い伝えられていた数々のおとぎ話がすべて事実だったという驚愕の(?)事実が明らかになった時点で、楽しむ視点がひとつ増えます。なにしろ、「ぼくは月には宇宙人が住んでいると思っていますから」と真顔で語る高橋さんです。並の作家なら恥ずかしくて書けないようなトンデモネタを、臆面もなくぶち込んで、笑えてしかも感動する一大長篇(ジャンル分けすれば“メルヘン・ホラー”でしょうか)を堂々と仕上げてしまうおおらかさには、清々しささえおぼえます。どんなネタが盛り込まれているのかは、読んでのお楽しみということで。

オススメ度:☆☆☆

2007.2.21


 (ホラー)
(坂東眞砂子 / 角川ホラー文庫 1999)

先般“子猫殺し”のエッセイが波紋を呼んだ作者の初読みです。
“虫”がからむホラーとなれば、放っておくわけにはいきません。しかも旧字の“蟲”ですから、楽しみも増そうというもの。日本の女流作家による“虫ホラー”には、ひどく
痛い思い出がありますが(しかも同じ角川ホラー文庫)、さすがにそんなことはもうないでしょう。
造園設計事務所に勤める純一は、出張先の富士川のほとりで、泥に埋まっていた古い石の容器を拾います。拾った際、開いてしまった容器から白い玉が飛び出したような気がしましたが、純一はあまり気に留めず、自宅に持ち帰ります。
純一と職場結婚した妻のめぐみは妊娠3ヶ月。妊娠を機に退職して専業主婦になっためぐみは、仕事人間の純一に不満を募らせていました。ところが、富士川の出張から戻って以来、純一が変わったのに気付きます。皮肉な口調は影を潜め、残業もせずに早く帰宅するようになり、それにもかかわらず、いつも疲れているようでした。夫の行動をいぶかしんだめぐみは、ある日、会社を出た純一を尾行し、新宿の高層ビル街に作られた“サンクチュアリ”と呼ばれる植物園に行き着きます。そして、そこでめぐみは夫の身体から出てきた無気味な“蟲”を目撃します。
毎夜のように見る、幼い頃に祖母に連れられていった“虫送り”の夢――。憑かれたように調査を始めためぐみは、石の容器に刻まれた“常世蟲”の文字を追います。
7世紀の日本、富士川の周辺に“常世虫”をあがめる民間信仰が存在していたことは、日本書紀にも記載されており、豊田有恒さんにもずばり「常世の虫」という短篇があります(角川文庫「持統四年の諜者」に収録されています)。夢の中で祖母が警告した「むしがおきた」という言葉は、常世虫の復活を意味しているのでしょうか・・・。
他の作品を読んでいませんので、この人の作風なのかどうかはわかりませんが、もやもやした結末はあまり好みに合いませんでした。このラストシーン、まさか「悪魔の収穫祭」のパクリじゃないでしょうね?(笑)

オススメ度:☆☆

2007.2.22


火星のタイム・スリップ (SF)
(フィリップ・K・ディック / ハヤカワ文庫SF 2002)

ディック作品は全部読むつもりで、新刊本や絶版本を買い集めています。読んだのはこれで27冊目です(ゼラズニイとの合作「怒りの神」を含めれば28冊目)。
ディックの作品には、虚構と現実の境目が曖昧になり、何が確実な現実なのかまったくわからなくなってしまうというパターンが多いのですが、これはその中でもわかりやすい方。
近未来の火星には、多くの地球人が入植し、厳しい環境に苦しみながらもなんとか生活を続けていました。空気も一応は呼吸でき、先史文明が遺したと思われる運河(!)が火星全土に張り巡らされていたため、住人たちはそれを頼りに生活に必要な水を得ています。さらに、火星にはブリークマンと呼ばれる先住種族がいました。黒人にそっくりなかれらは、先史文明の担い手が衰退した存在とも言われていますが、現在はほとんど文明を持たず、荒野を放浪して暮らしており、中には人間の従者として使われている者もいます(このあたりの設定は、アフリカなど白人が入り込んだ地域で何度となく繰り返されてきたことのメタファーかも知れません)。
水利権を管理する組合の理事アーニイ・コットは野心家でした。地球の国連が、誰も見向きもしない荒地のFRD山に目を付けたという情報を得るや、投機のチャンスを逃すまいと動き始めます。一方、機械修理屋のジャックはひょんなことからアーニイに目を付けられ、仕事を請け負ったことから、妻子がいるにもかかわらずアーニイの愛人ドーリンと関係を持ってしまいます。ジャックは地球にいたころに統合失調症(もちろん書かれたのが半世紀前ですから、別の名称が使われていますが)にかかり、回復した過去がありますが、再発するのではないかと怯えています。また、精神障害児の収容施設に勤務する精神科医グローブは、自閉症や統合失調症の患者には常人とは異なる時間感覚があり、それが理由で他者とのコミュニケーションがとれないのではないかという説を唱えています。
地球の投資家に先を越され、焦ったアーニイは、グローブの説を聞いたことから、施設に収容されている自閉症の男の子マンフレッドに時間改変能力があるのではないかと考え、ジャックに命じてマンフレッドと意思疎通するための装置を作らせます。当のマンフレッドは、遠い未来の自分の姿がはっきり見えることに苦しんでいました。マンフレッドの意識は周囲にも影響を及ぼし始め、時間は狂い出し、現実と虚構が入り乱れていきます・・・。
本筋の流れと並行して、登場人物のすべての人間関係が微妙にからみ合い、そこここでコミュニケーションの問題が取り上げられています。火星の先住民族という、書きようによってはそれだけでも大長編になりそうな道具立ても、いかにもさりげなく、しかも押さえるところはしっかり押さえて扱われ、過不足ない出来に仕上がっています。ラストも吉。

オススメ度:☆☆☆

2007.2.24


薔薇の女 (ミステリ)
(笠井 潔 / 創元推理文庫 2002)

“本質直観”型探偵、矢吹駆を主人公とするミステリ連作の第3巻。初期三部作の最終作品でもあります。第1作「バイバイ、エンジェル」と第2作「サマー・アポカリプス」(当時は角川文庫版でタイトルも「アポカリプス殺人事件」でした)を読んだのは、はるか昔のことで、第4作「哲学者の密室」を読んだのも3年半前。基本的に各作品のストーリーは独立していますが、駆やワトスン役のナディア、ナディアの父親でパリ警視庁の敏腕警視モガール、鬼警部バルベスなどのレギュラー陣と、それぞれの事件の裏で糸を引く謎のロシア人という共通項があります。また、時間的に先行する事件のネタバレについてもさりげなく触れられていますので、発表順に読むのが正解です。
さて、この「薔薇の女」では、「サマー・アポカリプス」の半年後にパリで発生した連続女性バラバラ殺人事件の謎を、駆が鮮やかな推理で解き明かします。
第一の被害者は、女優志願の薬局店員シルヴィー。彼女は、戦前のフランス映画界で活躍した女優ドミニク・フランスにそっくりの顔立ちでした。ドミニクは、いくつもの文学作品を原作とした映画に主演して存在感を示していましたが、戦時中ドイツの宣伝映画に出演したことから、戦後は映画界から身を引き、50年代にブルターニュの断崖から海に身を投げて自殺しています。しかし、近年になって再評価されており、テレビでも主演映画が連続放映されるようになっていました。ドミニクのデビュー映画がテレビ放映された火曜日の深夜、シルヴィーは自室で首なし死体になって発見されます。血に染まった部屋には真赤な薔薇の花がばらまかれ、“アンドロギュノス”という犯人の署名が残されていました。
次の火曜日にはアメリカ人の留学生が殺され、彼女は両腕を持ち去られていました。その次の火曜日には第三の少女が殺害され、現場からは両脚がなくなっていました。手口や現場の遺留品から、同一犯人であることは明らかでしたが、なぜ被害者が選ばれたのかは不明で、パリ警視庁のモガール警視やバルベス警部は性的サディズムを持った通り魔の犯行とにらみます。しかし、駆はあっさりと事件と被害者の共通点を見抜き、第四の被害者の特徴を言い当てます。波乱の人生を送って自ら命を絶ったドミニクと、彼女が死んだ時期に起きた“ブレストの連続切り裂き魔”は、今回の事件にどう関わってくるのか――。“アンドロギュノス”と名乗る犯人は、若い女性の死体を使って、何をしようとしているのか・・・。物語の中盤、駆がドミニクと親交があった文学者ルノワールと論じ合う、性倒錯者の精神類型とテロリズムとの関連性が、作品の白眉でしょう。アリバイの必要がない人物がアリバイ工作をしているのはなぜか、という逆説的プロットも生きています。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.2.26


倒錯の死角 (ミステリ)
(折原 一 / 講談社文庫 2002)

叙述トリックの名手、折原さんのデビュー長篇。結末の意外性を象徴するように、ラスト16ページが袋とじになっています。こういうパターンは、ビル・バリンジャーの「歯と爪」(創元推理文庫)以来。確かに、期待にたがわないどんでん返しが堪能できます。
吝嗇で嫌味な伯母と一軒家で生活する独身の40男・大沢芳男。翻訳家の芳男は自宅の2階を仕事場にしていましたが、そこからは向かいのアパート「メゾン・サンライズ」の窓が見えます。さらに屋根裏部屋へ上れば、アパートの2階の各室内の様子がありありと覗けてしまうのです。特に201号室には若い女性が入居しており、芳男は自分を抑えられずに夜毎、屋根裏部屋から双眼鏡で彼女の一挙一動を見守るのが常でした。ところが、ある晩、悲鳴を聞いて屋根裏部屋から覗いてみた芳男は、その女性が絞殺されているのを目撃してしまいます。それ以降、悪夢にさいなまれ、酒に溺れるようになった芳男は、ついにアルコール中毒患者として強制入院させられます。ようやく回復し、自宅へ戻った芳男は、空き部屋になったはずの201号室に、新たな女性が入居しているのに気付きます。再び身をもたげようとする悪癖を、芳男はなんとか抑えようとしますが・・・。
清水真弓は、新卒で旅行代理店に就職し、田舎から上京したばかり。ひどく安い家賃にひかれて、「メゾン・サンライズ」の201号室に入居します。向かいの家の2階にいる暗そうな中年男に不安を覚えますが、希望に胸をふくらませた真弓は、仕事にレジャーにと毎日を楽しみ、ついには本社のプレイボーイ課長・高野との不倫に溺れるまでになってしまいます。故郷では、女手ひとつで真弓を育てた母・ミサ子が娘の身を案じているにもかかわらず――。
一方、アル中病棟で芳男と同室だった窃盗常習犯・曽根は、ひょんなことから芳男に敵意を抱き、弱みを握ってやろうと芳男の身辺を嗅ぎ回りはじめます。たまたまメゾン・サンライズに空き巣に忍び込んだ曽根は、201号室で日記を見つけ、部屋の主に関心を持ちます・・・。
三者三様の視点がめまぐるしく交錯し、細かな偶然がひとつひとつ積み重なり、絡み合っていくうちに、否応なしに登場人物たちが悲劇的運命に陥っていくプロセスは迫力満点で、途中から本を置けなくなります。結末で明かされる真相は「そんなあ!?」と「やられたあ!」の半々くらいでしょうか。よく考えると無理や破綻もあるのですが、細かいツッコミを入れるのは野暮と思えてしまうくらいの怒涛の展開は見事です。
姉妹篇「倒錯のロンド」、完結篇(?)「倒錯の帰結」も、講談社文庫から出ています。

オススメ度:☆☆☆☆

2007.2.28


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