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イクシーの書庫・過去ログ(2006年11月〜12月)

<オススメ度>の解説
 ※あくまで○にの主観に基づいたものです。
☆☆☆☆☆:絶対のお勧め品。必読!!☆☆:お金と時間に余裕があれば
☆☆☆☆:読んで損はありません:読むのはお金と時間のムダです
☆☆☆:まあまあの水準作:問題外(怒)


もの言えぬ証人 (ミステリ)
(アガサ・クリスティ / ハヤカワ・ミステリ文庫 2001)

20世紀前半の英米本格ミステリ黄金時代の大物作家のうち、なぜか読破率が5割に達していないのがクリスティとセイヤーズという女流のおふたり。セイヤーズについては文庫化されるのが遅かったという理由がありますが(すべて待ち行列に(^^;)、クリスティはどうしてなのでしょう。まずは、数が多すぎること(笑)と、常に売れているから絶版になる心配がなく「いつでも買って読める」という安心感があったからだと思います。だって、クロフツなんか、買い逃したら即、絶版ですもの(それでも折にふれ復刊フェアをやってくれる創元さんは好きです)。
さて、この「もの言えぬ証人」は、1937年の作品で、ヘイスティングズがワトスン役を務める典型的なポアロものです。
ロンドン近郊の田舎町に住む老嬢ミス・アランデルから、ポアロの許に謎めいた手紙が届きます。2ヶ月前の日付がついた、要領を得ない手紙から読み取れた限りでは、ミス・アランデルは自分が近く殺されるのではないかと懸念を抱いているようでした。興味を引かれて現地を訪れたポアロは、ミス・アランデルが2ヶ月前に持病の肝臓を悪化させて亡くなったことを知ります。40万ポンド近い遺産は、3人の親類縁者を差し置いて、家政婦だったミス・ロウスンに贈られていました。当然、甥のチャールズ、姪のベリーザとベラ、ベラの夫でギリシャ人医師のタニオスは不審と不満を持っています。
好奇心から調査を進めたポアロは、ミス・アランデルが階段から落ちてけがをした直後に遺言書を書き換えていたことを知ります。事故は、飼い犬のボブが遊んでいたボールを階段の途中に置き去りにしていたため、ということになっていましたが、ポアロは別の理由を疑います。ポアロは関係者を次々に訪れて質問をしていきますが(これが全篇の7割を占めます)、相手は誰も彼もなにか隠し事をしている様子・・・。それでも、人間心理を知り尽くしたポアロはヘイスティングズの皮相的な推理を片っ端から否定しながら、真相に近づいていきます。
“クリスティらしさ”が全篇に横溢していて、安心して読める作品です。

オススメ度:☆☆☆

2006.11.2


三月は深き紅の淵を (ミステリ)
(恩田 陸 / 講談社文庫 2002)

「三月は深き紅の淵を」という1冊の幻の本をめぐる、ファンタジックなミステリーです。
読書が趣味という理由で、勤務先の社長の自宅へ招待された青年・鮫島は、社長の金子以下、いずれ劣らぬ個性的な4人の名士とともに、書物で埋め尽くされたその屋敷の中から「三月は深き紅の淵を」という本を探すことになります。その本は、作者の正体も謎、自費出版で200部ほど出されたものの、間もなく作者本人の意思で回収されてしまい、今はただ好事家の間で根強くささやかれているだけという幻の書物です。読んだことがあるという人の話によれば、「三月は深き紅の淵を」は4章で構成され、ミステリとも幻想小説とも私小説ともつかない各章は関連性をほとんど持たないものの、共通するモチーフが存在するといいます。
そして、実際の「三月は深き紅の淵を」(この本ですね)も、4章から成っています。鮫島が幻の本の迷宮に入り込んでいく第1章、ふたりの女性編集者が「三月は深き紅の淵を」の真の作者を求めて出雲に赴くトラベル・ミステリー風味の第2章、ふたりの女子高生の転落死という冒頭から切なく行き場のない青春ゆえの情念がほとばしる第3章、「三月は深き紅の淵を」という小説を書き始めようと悩む作家のモノローグ風の記述と並行してホラー・ファンタジーめいた学園ドラマが進行する第4章――。
本をテーマにしたミステリは古来いくつも書かれていますが、そのような他作品と著しく異なるのは、本書では「三月は深き紅の淵を」という本そのものが主人公であり、作品の隅々にまで存在が息づいているという点です。幻の「三月は深き紅の淵を」と現実の(手にして読んでいる)「三月は深き紅の淵を」が渾然一体となり、読者は作者(幻の作者と現実の作者)がつむぎ出す糸に絡めとられ、目くるめく異世界へいざなわれていきます。「読むこと」と「書くこと」への含蓄あふれる言葉がいくつも散りばめられ、読み終わったときには「ああ、本が好きでよかった」としみじみ言いたくなる、そんな稀有な体験をさせてくれる作品です。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2006.11.6


酒の夜語り (ホラー:アンソロジー)
(井上 雅彦:編 / 光文社文庫 2001)

テーマ別書き下ろしホラー・アンソロジー『異形コレクション』の第24巻です。今回のテーマは、タイトルからお分かりの通り「酒」。
実は個人的には酒にはあまり良い思い出がありません(笑)。体質的にまったくアルコールを受け付けない(ビールは二口でアウト、ジントニック1杯でブラックアウトします)ため、飲み会では常に会計係、終電では爆睡する上司先輩を最寄り駅で起こし、さらに遅くなったら酒乱の上司をなだめながらタクシーで自宅まで送り届けるのが常でした。まあ下戸がひとりいると、皆さん安心して酔っ払えるようです。でも酔っ払いを相手にしていちばん悲しいのは、自分勝手な議論を吹っかけてきて、何時間も真面目に相手をしてあげたのに(いい加減に応対すると怒るし(^^;)、翌日になると「え? そんなことあったっけ?」としらっと口にすること(とぼけてるんじゃなく、本当に覚えていないのですな)。この本では、酒に溺れてしまう怖さを書いた作品は多いのですが、酔っ払いを身近にした下戸が感じる恐怖や不安を正面から描いたものが皆無なのが、ちと不満です(笑)。満員の終電で、隣に立ってたどす黒い顔のサラリーマンにのしかかられて「うえっぷ」なんて言われた日には――(汗)。
※豆知識:下戸というのはアルコール分解酵素が弱いのだと思われていますが、それは誤解で、アルコール分解の結果として生成される有毒物質アルデヒドの分解酵素が弱い人をいいます。ちなみに両方強い人は底なしの酒豪、両方弱い人は酒がなかなか抜けない二日酔いタイプ、前者が弱くて後者が強い人は、べろべろになってからが長いはしご酒タイプです。

さて、収録された23篇の作品を簡単に紹介していきましょう。

「小さな三つの言葉」(浅暮 三文):ウィーンの謎めいたバーで、秘密の製法で熟成された酒のグラスを傾ける男。その酒を飲むと、愛する死者の声が聞こえるといいますが・・・。
「八号窖の手」(南條 竹則):現代中国の片田舎の酒蔵を訪れた日本人客。歓迎の酒宴で酔った目に、とある酒甕の上で白い手がひらひらしているのが映ります。副長が語った、その由来とは――。
「ジントニックの客」(中井 紀夫):若い女性バーテンダー・加奈子が勤めるバーの常連客4人が、なぜか一晩にひとりずつ、カウンターの片隅に現れてはジントニックを注文して加奈子に学生時代の恋の思い出を語ります。途中でオチが読めてしまいますが、それが却って嬉しいファンタジー。
「夢淡き、酒」(倉阪 鬼一郎):戦後の焼け跡で酒場を営む男。かつては藤山一郎ばりの歌手を目指すも夢破れ、戦争で妻子を失った彼ですが、ひとりバイオリンを弾き焼酎を傾けるうちに――。
「グラスの中の世界一周」(森 奈津子):あるカクテルを特殊な条件で飲むと、別の人の心に入り込むことができる――。その魔法を使えるモナミは、友人の洋子に歪んだ愛情を注いでいましたが・・・。
「瓶の中」(山下 定):年老いた両親の求めで実家へ帰った青年が、過去の因縁めいた悪夢に囚われていく話。もちろん、そこには、ある無気味な酒が介在しています。
「苦艾の繭」(吉川 良太郎):タイトルの見慣れぬ漢字はニガヨモギのことです。第二次大戦下のベルギーを舞台に、幻の酒と言われるアブサン(原料のひとつはニガヨモギ)を密造する男ヨハネス。彼の目の前に現れた青年がもたらしたのは、この世のものとも思えない極上のアブサンでした。その酒に溺れるヨハネスは、身体に異変を感じつつもよみがえる過去にさいなまれていきます。蒸留酒は中世ヨーロッパの錬金術から生まれたいう事実を知っていれば、この錬金術小説がさらに味わい深くなります。この本の中で質量ともに最上の作品。
「赤の渦紋」(青木 和):古代では、酒は嗜好品ではなく、神と交わるための聖なる飲物でした。西からもたらされた稲作によって山村の生活が激変する時代を生きた巫女の物語。
「笑酒」(霜島 ケイ):不老長寿をもたらす酒“笑酒”を求めて諸国を遍歴する道師・八角は、旅の途中で拾った孤児・捨丸とともに、とある村を訪れます。捨丸の記憶では、その村の社には“笑酒”らしき酒が供えられているというのですが・・・。結末が秀逸です。
「ボンボン」(井上 雅彦):子供の頃に口にしたチョコレートボンボンに入っていた甘い酒の味が忘れられない青年は、ふとしたきっかけで過去の扉を開いてしまいます。(そういえば、バレンタインデーに職場のOLからもらったチョコレートを昼休みに食べたら、それがリキュール入りだったため、酔いが醒めるまで2時間ほど応接室で寝ていた記憶が(^^;)
「飛蝗の爺さん」(江坂 遊):夜の酒場の片隅に現れる老人がもたらすのは、過去の甘い記憶か、それとも悪夢か・・・。
「首吊少女亭」(北原 尚彦):スコットランドを一人旅する若い日本人留学生のサチコ。ネス湖を訪れた後、ガイドの青年に誘われて地元のパブで美味しいシングル・モルトを味わいます。“首吊少女亭”というパブの無気味な名前の由来を聞くうちに・・・。トラベル・ロマンス風味から悪夢に暗転するさじ加減が抜群。
「李白一斗詩百篇」(小沢 章友):唐代末期、かの酒仙と呼ばれた大詩人・李白と同姓同名の薬屋の若亭主・李白は、大先輩にあやかって一斗の酒を飲み干してインスピレーションを得ようとしますが、並の人間にはそう簡単に飲みきれるものではありません。諦めきれない李白は奇妙なペルシャ人からもらった丸薬を服用して再挑戦しますが・・・。
「頭にゅるにゅる」(中島 らも):アルコールに毒された頭が生み出す悪夢のような世界ですが、恐ろしいことに、ほぼ実話だそうです。収録されている中で、いちばん怖い話かもしれません。
「痴れ者」(飯野 文彦):「頭にゅるにゅる」と同様、家族も職も失ったアルコール依存症の男がのめりこんでいく悪夢の世界が描かれますが、こちらはフィクション。その分、論理的整合性があります(笑)。
「青い夢」(早見 裕司):過去の本シリーズ(
「俳優」「恐怖症」)の収録作品と共通の人物が登場する“声優もの”。絶大な人気を誇る声優・谷川が抱えている悩みを、長年のパートナー・浅理は気にかけていました。共演したアニメ番組の打ち上げの二次会で・・・。
「夢の入れ子」(石神 茉莉):酒が原因で離婚した柏木は、娘の美那子に会いに行くことが唯一の楽しみでした。しかし、アルコールは次第に彼の心と身体をむしばんで・・・。
「常連」(藤木 稟):リストラされたサラリーマンが酒場で酒に溺れていると、いわくありげな人々が次々に身の上話を始めます。ありがちなオチですが、さらりと怖い。
「ワイン猫の憂鬱」(竹河 聖):血統書つきのチンチラ猫・ミレニアムが気取った口調で語る、愚かな男女の人間模様。最後の一行が効いています。
「秘伝」(草上 仁):近未来、富裕層が暮らす「町」と広大な廃棄物投棄場で暮らす下層階級の「村」に分かれた社会で、「村」いちばんの杜氏ジロは秘伝のトグロ酒を造ろうとしていましたが、最後の隠し味がわかりません。自堕落な生活を続ける兄カズは、そんなジロをせせら笑います。アシモフ好みの洒落たSFミステリです。
「酒粥と雪の白い色」(薄井 ゆうじ):吹雪の晩、一人暮らしの老婆の小屋へ、たくましい粗暴な男がやってきます。その男は、数十年前に出て行った老婆の夫に瓜二つでした。一夜の幻想譚。
「朱の盃」(加門 七海):維新直後、零落した若い御家人は、物乞いの老人に亡父の面影を見て酒を振舞ってやります。老人が持っていた鮮やかな朱塗りの盃で、それに注いだ酒を飲むと猩々に化す、と老人は言います。
「思いつづけろ」(菊地 秀行):眠りについた人が次々と消えてしまう怪現象に支配された未来。消えないでいるための方法は、なんと――。

オススメ度:☆☆☆

2006.11.9


夜の終りに (ホラー)
(ディーン・R・クーンツ / 扶桑社ミステリー 1999)

モダンホラーのベストセラーを量産するクーンツの、ごく初期の作品。当時は別名義(K・R・ドワイヤー)で発表されています。実はこの作品、後年に作者自身の手で全面改稿され、「チェイス」というタイトルで作品集「嵐の夜」に収録されています。ストーリーを膨らませるクーンツには珍しく、「チェイス」の方が50ページほど短くなっています。
ベトナム戦争の帰還兵、24歳のベン・チェイスは、現地の作戦行動で精神に傷を負い、治療を受けながら障害年金で生活していました。ただ静かに孤独な生活を送りたいチェイスですが、世間は放っておきません。「英雄」扱いされ新聞に載り、町の名士に祭り上げられてしまいます。
そんなある日、夜中に街外れの丘(若い男女が車で乗り付けるデートスポット)を車で通りかかったチェイスは、男が刃物でカップルを襲っている現場を目撃し、格闘の末に男を撃退します。カップルの女性は助かりましたが、ボーイフレンドのマークはメッタ刺しにされて死んでいました。警察の事情聴取を終えて下宿へ帰ったチェイスは、犯人から電話を受けます。ジャッジと名乗る相手は、罪深い若者を罰しただけだとうそぶき、次はおまえを殺してやると宣言します。
その後、チェイスは車に轢かれそうになったり銃撃されたり、ジャッジからと思われる攻撃を次々に受けますが、ベトナム仕込みの勘と運動神経でなんとか逃れます。しかし、精神分析医コーヴェルは、ジャッジはチェイスの罪の意識が生み出した架空の人物だと断定し、警察もチェイスの主張を信じてくれません。
ひとりで戦うことを決断したチェイスはジャッジの正体を暴くべく調査を始めますが、その過程で新聞社に勤める魅力的な女性グレンダと知り合います。互いに惹かれあうふたりですが、それを知ったジャッジはグレンダにも魔手を――。
クーンツの作品に貫かれている「最後に愛は勝つ」というポリシーは、今回も生きていますが、こちらの結末はちょっとあっけなさ過ぎる感じです。ストーリーの骨格に大きな差はないはずですが、読後感は「チェイス」の方が満足できた気がします。エンタテインメント・フィクションとしての出来は明らかに「チェイス」が上ですが、読者が受けるぎらぎらとしたインパクトは、荒削りな分、この「夜の終りに」の方が強いのでしょう。

オススメ度:☆☆☆

2006.11.109


アルクトゥルス事件 (SF)
(クルト・マール / ハヤカワ文庫SF 2006)

『ペリー・ローダン・シリーズ』の第329巻。今回は珍しく、2話をマールが続けて書いています。リレー小説では例外的なこのようなケースは、大事件が起きて1話では書ききれない場合に、時おり見られます。初期の対スプリンガー作戦とか、ドルーフの異時間平面に突入した時とか、ポスビが銀河へ強襲してきた時とか。今回も期待にたがわぬエポックメイキングな出来事が連発します。
まず前半の冒頭では、“カピン族”サイクル以来、謎に包まれたまま存在していた“科学者”グループが姿を現します。惑星コペルニクスに拠点を持つこの人類グループは、銀河の歴史の表面に現れないまま千年に渡って活動を続け、太陽系帝国を凌駕する技術力を有しています。“科学者”グループからコンタクトを受けて銀河イーストサイドへ向かったローダンは、“科学者”の小型宇宙船が、無敵と思われていたラール人のSVE艦のバリアを無力化するのを目にします。
“科学者グループ”の協力を確保して地球に戻ったローダンは、秘密基地に潜むアトランから緊急連絡を受けます。なんと、ラール人の抵抗勢力(つまり、人類にとっては同志)プロヴコナーのリーダー、ロクティン=パルが密かに地球に潜入していたのです。面会したローダンに、ロクティン=パルはラール人の銀河へのひそかな侵攻の全貌を明らかにします。
“科学者”の超兵器の科学的裏付けや銀河に点在するラール人の秘密基地についての記述は、さすがに物理学者のマールだけに説得力があります。
後半では、銀河中枢部の暗黒星雲内部に隠された、プロヴコナーの秘密基地惑星への旅が描かれます。これまで暗黒星雲は、強烈な宇宙嵐の影響で最新技術を駆使したテラナーの宇宙艦でも破壊されてしまうため、人類にとってはまったく未知の領域でした。そこへの進入の過程が、これも宇宙SFらしい迫力ある筆致で描かれ、シリーズでも久々にSFらしさを堪能できる内容でした。

<収録作品>「アルクトゥルス事件」、「暗黒星雲への飛行」

オススメ度:☆☆☆☆

2006.11.11


ローズマリーの赤ちゃん (ホラー)
(アイラ・レヴィン / ハヤカワ文庫NV 1999)

現代オカルト・ホラー小説の原点とも言える作品です。ロマン・ポランスキー監督のよる映画化も、その後の「エクソシスト」や「オーメン」に繋がるオカルト映画の嚆矢でした(見てませんけど(^^;)。なぜ今ごろになって初めて読んでいるのかというと、単にこれまで縁がなかったというだけのことです。
ニューヨークで暮らす若妻ローズマリーは、売れない俳優の夫ガイとアパート探しをしていましたが、ずっと気に入っていたビクトリア風のアパートが空いたという連絡を受け、大喜びで入居します。父親代わりに面倒をみてくれていた旧友のハッチは、そのアパートは昔からよからぬ噂がつきまとっている(猟奇殺人犯が住んでいたり、赤ん坊の死体が発見されたり)ことから反対しますが、若夫婦は気にも留めません。住環境もいたってノーマル。ただ、隣の住人の部屋から、夜な夜な奇妙な音楽や話し声が聞こえてくるのだけが、気にかかるところでした。
共同洗濯室で、ローズマリーは同年代のテリーという娘と知り合います。テリーは、隣の部屋に住む老夫婦キャスタベット夫妻の養女でしたが、ある晩、アパートから飛び降り自殺をしてしまいます。それが縁で、ローマンとミニーのキャスタベット夫妻と近づきになったローズマリーとガイ。図々しくておせっかい焼きのミニーにローズマリーはうんざりしますが、ガイはローマンと意気投合し、たびたび隣家を訪ねるようになります。
いい役に恵まれなかったガイにも、運が向いてきました。オーディションで最後まで争っていたライバルにアクシデントが起き、主役の座が回ってきたのです。これまで金銭的理由で子づくりをためらってきたガイも、ローズマリーの希望に応じます。
そんな中、ある晩、ミニーが差し入れてくれたデザートが身体に合わなかったのか、ローズマリーは気分が悪くなってしまいます。夢うつつのうちに、ローズマリーは何者かに犯される異様な夢をみます。そして数週間後、妊娠が発覚。
喜びに包まれたローズマリーは、ミニーとローマンが推薦してくれた著名な産科医ドクター・サパースタインにかかりますが、やがて下腹部が激痛に襲われたり、生肉が食べたくてたまらないといった異様な症状が起きます。やせ細った自分の身体を不安に感じるローズマリーですが、サパースタインはよくあることだと言い切り、ミニーが調合する薬草のシロップを飲み続けるよう指示するだけでした。
久しぶりに訪ねてきたハッチは、この様子に驚きます。しかし数日後、キャスタベット夫妻について知らせることがあるから会おうと伝えてきたハッチは、その当日に倒れて昏睡状態になってしまいます。
自分の周りでなにか異常なことが起こっている――不安にさいなまれたローズマリーは逃げ出そうとしますが・・・。
ストーリー自体は、複雑なプロットが錯綜する現代のモダンホラーと比較すれば非常にシンプルなものです。ローズマリーを襲う恐怖も、すべては状況証拠ばかりで、ローズマリーの妄想なのか事実なのか、どちらともとれるように描くテクニックも秀逸。
結末には賛否両論分かれるところでしょうが、続篇「ローズマリーの息子」も出ていますので、そちらを読んでから判断することにしましょう。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.11.14


死者が飲む水 (ミステリ)
(島田 荘司 / 講談社文庫 2001)

島田荘司さんの長篇第3作。探偵役はお馴染みの御手洗潔ではなく、北海道警の平凡な中年刑事・牛越佐武郎です(たぶん、この作品だけの登場?)。
札幌に住む会社役員・赤渡雄造が殺害されます。死体はバラバラにされてトランクに詰められ、頭部と両腕を除いて自宅に送り届けられます。そのトランクは、東京と水戸に嫁いだ雄造のふたりの娘が両親の結婚記念日のプレゼントに、毎年、骨董品を送るために使われているものでした。雄造は元・農林省の高級官僚で、娘夫婦や旧友に会いに東京へ行ったまま連絡を絶ち、数日後に死体となって戻って来たのです。
司法解剖の結果、雄造の死因は溺死で、汽水(河口など、海水と淡水が混じり合った水)によるもので、その水には微量の水銀が含まれていました。これがタイトル「死者が飲む水」の由来ですね。失踪前の東京での行動などから、雄造は利根川の河口付近で殺されたものと推測されます。雄造は官僚時代から堅物で、酒席や女性にも興味を示さず、生活はきれいなものでした。牛越は地道に捜査を進め、東京、水戸、銚子といった、事件に関係する土地を訪れて、聞き込みやアリバイ捜査を行いますが――。
二度にわたって時刻表が登場したり、東京へ出張する牛越が窓外に広がる風景に感慨にふけったり、ひとつひとつの疑問を足を使ってつぶしていくのも、まさにこれはクロフツ直系のアリバイ崩しミステリです(“トラベル・ミステリー”という形容は、あまりしたくありません)。人情味あふれる牛越のキャラクターといい、特にクライマックスの雰囲気は、刑事ドラマで言えば「特捜最前線」。御手洗潔ものの、大向こうをうならせる猟奇犯罪や派手なトリックを期待すると肩透かしをくいますが、島田さんの作風の広さをうかがい知ることができる一篇です。

オススメ度:☆☆☆

2006.11.16


シャドウランド(上・下) (ファンタジー)
(ピーター・ストラウブ / 創元推理文庫 2002)

ストラウブ初期のダーク・ファンタジー。先日(といっても10ヶ月前か)読んだ「ミスターX」と雰囲気は似ています。
厳格な私立の学校カースン学院へ進学したトム・フラナガン。入学式からさっそく、“毒蛇レイク”と仇名されるブルーム校長やくせ者揃いの教師たちに脅え、上級生に理不尽ないじめを受ける悪夢の日々が始まります。カードのマジックの達人デルや、語り手の“ぼく”(もしかするとストラウブ本人が投影されているのかも知れません)は、教師でフットボールのコーチでもあるリドパースの息子で陰険な最上級生スティーヴ(無気味な外見から通称は“骸骨”)に目を付けられ、事あるごとにいやがらせを受けます。そして、たびたびトムの目にだけ映る謎の男の姿――。
そんなある日、恒例のフットボールの対抗戦のため訪れたライバル校で、貴重な置物が盗まれます。パーティの最中、“骸骨”スティーヴが盗むのを、トムやデルは目撃していましたが、口に出すことはできません。スティーヴの行動はますます常軌を逸していき、ついに学院を惨劇が襲います。
ようやく学院から解放された夏休み、直前に父親をガンで亡くしたトムは、デルに誘われて、デルの伯父コールマン・コリンズの屋敷で過ごすことになります。コールマンは凄腕のマジシャンで、デルもトムも彼の下でマジックの修行をするのを楽しみにしていましたが、コールマンのマジックは、手品ではなく神秘の力を操る魔術でした。シャドウランドと呼ばれる屋敷に足を踏み入れたトムは、同年代の謎めいた少女ローズに出会い、惹かれます。コールマンの言いつけに背いて夜中に部屋を抜け出したトムは、荒くれ男たちが演じる無気味な儀式を目撃します。
コールマンはふたりの少年(日本で言えば中学3年から高校1年に当たります)に、含蓄に富んだおとぎ話とともに、自分の若い頃の神秘体験を徐々に語っていきます。コールマンは、偉大な魔術師である自分の後継者を探し求めていたのでした。
若き日のコールマンが、クロウリーやウスペンスキーといった実在の魔術師(?)と対決したりするなど、ここで描かれるマジックは、多分にブラック・マジックに近いものです。とはいえ、元々、人知を超えた神秘的な超自然力には善悪の区別はないわけですが。作中に散りばめられた隠喩が最後まで隠喩のままで終わってしまうため、明確な結末を求める人にはなんとなく納得がいかないラストかも知れません。

オススメ度:☆☆☆

2006.11.21


「X」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2002)

戦後間もない昭和20年代に創刊された推理雑誌を紹介する、『甦る推理雑誌』シリーズの第3巻です。今回は、「X」(前身は「Gメン」)、「新探偵小説」、「真珠」、「フーダニット」という4誌。どれも2〜3年という短命な雑誌ですが、戦前派から戦後の新人まで、それなりの作家が顔を揃えています。
では、収録作品を雑誌別にざっと紹介していきましょう。

<Gメン→X>
「湖のニンフ」(渡辺 啓助)
:湖畔のさびれた旅館にひとり滞在していた若い女性に、ふらりと現れた男性が声をかけ、湖でのボート乗りに誘います。しかし、当地には逃亡中の殺人犯が逃げ込んだという情報がありました・・・。ちくま文庫版
「渡辺啓助集」には未収録の作品。
「吹雪の夜の終電車」(倉光 俊夫):雪国のローカル線の終電車には、陰鬱な雰囲気が漂っていました。前夜、同じ電車が女性の飛び込み自殺に遭っていたのです。幽霊が出るのではと脅され、びくびくする車掌と運転士。そこへ、青い顔をした青年が飛び乗って・・・。ミステリというよりは、純粋の怪奇小説。
「匂う密室」(双葉 十三郎):病死した資産家の遺言状を巡る密室殺人事件。作者の本業は映画評論家です。
「第二の失恋」(大倉 Y子):将来を嘱望されていた若手女流ピアニストが、留学先のヨーロッパからの帰途、投身自殺を遂げますが、後日、その真相を告白する手紙が、姉に届きます。
「悪魔の護符」(高木 彬光):妻を殺そうと酒場で悶々とする青年の前に、自分は悪魔だと称する謎の老人が現れます。老人にそそのかされて、遂に青年は妻を拳銃で撃ち殺しますが――。無気味な発端から読後感の良いラストにいたる展開はさすがです。
「月光殺人事件」(城 昌幸):当時の探偵作家たちによって、さるイベントで演じられた劇。内容はさほどのものではありませんが、探偵役が江戸川乱歩、検死する医師が木々高太郎、警官役が大下宇陀児と角田喜久雄など、出演者の顔ぶれがすごいです。

<新探偵小説>
「幽霊妻」(大阪 圭吉)
:理由もなく離縁された貞淑な妻が、毒をあおって自殺します。そのしばらく後、夫の惨殺死体が発見されますが、死体の手には、女の長い髪の毛が握られていました。幽霊が恨みを晴らしに来たのでしょうか・・・?
「赤いネクタイ」(杉山 平一):リゾートホテルで、赤いネクタイをした男性客が密室で殺されます。ところが、冷蔵室に保管したはずの遺体が姿を消し、崖下の渓流で発見されます。密室と死体消失というふたつの要素が組み合わさったトリッキーな作品。
「こがね虫の証人」(北 洋):パリ郊外の旅館で発生した盗難事件の謎を、日本人科学者の光岡が解き明かします。手掛かりは、タイトルにあるコガネムシでした。
「奇蹟の犯罪」(天城 一):アパートで、女性の射殺死体が発見されますが、発見者は停電した室内で、死体が叫び声を上げたと言い張ります。その真相は――?
「二十の扉はなぜ悲しいか」(香住 春作):書斎で子供たちと“二十の扉”ごっこをしていた科学者が、突然の来客で遊びを中断しますが、諍いを起こした来客が帰った直後、ペーパーナイフで背中を刺された死体となって発見されます。“二十の扉”とは、当時はやっていたラジオ番組で、20のヒントから、なるべく早く正解を当てるというもの。
「温故録」(森下 雨村):「新青年」の初代編集長として辣腕を振るった著者が、故人となった同輩や先輩の思い出を綴ったエッセイ。「新青年」のタイトルにまつわる逸話が興味深いです。
「雑草花園」(秋野 菊作):ミステリ翻訳・創作に活躍した西田政治が別名義で連載した評論集。辛辣な筆致でミステリ雑誌の低俗化を怒り、探偵映画を一刀両断し、戦後の探偵小説文壇になかなか傑作が出てこないことを憂える一方、新人作家として香山滋を高く評価し、純文学畑から登場した「不連続殺人事件」(坂口安吾)に注目するなど、鋭い視点が光っています。
「井上良夫追悼特輯」:戦前、欧米本格ミステリの翻訳家として活躍した井上良夫さんの死を悼み、実績を讃えて、江戸川乱歩・森下雨村・西田政治・服部元正の4氏が短文を寄せています。(それぞれ「名古屋・井上良夫・探偵小説」、「彼、今在らば――」、「灰燼の彼方の追憶」、「井上良夫の死」
「A君への手紙」(井上良夫):同氏の遺稿。探偵像と犯人像という視点から、探偵小説論を展開しています。文中にヴァン・ダインの代表作「グリーン家殺人事件」「僧正殺人事件」のネタバレがありますので、未読の方はご注意。

<真珠>
「朱楓林の没落」(女銭 外二)
:北京を舞台に、中華料理店「朱楓林」の盛衰を、ライバル店との確執をからめてミステリタッチで描きます。結末はいかにも中国的。
「妖虫記」(香山 滋):現代教養文庫版「香山滋傑作選」には未収録の作品で、今回はじめて読みました。昆虫学者である語り手が、蜘蛛を忌み嫌うようになった事情を、最愛の女性を失った経緯をからめて語ります。自室で事切れていた恋人を発見する場面のエキゾチックなエロチックさは強い印象を残します。
「探偵小説か?推理小説か?」(黒沼 健):戦前の「探偵小説」という名称が「推理小説」に変更された事情がわかります。著者は怪奇実話の大家です。子供の頃に読んだ「怪奇と謎の世界」は、ライターが嘘八百をでっちあげていた他のオカルト本とは一線を画す名著で、おかげで読んだ後しばらくは、夜にひとりでトイレへ行けませんでした(笑)。
「ひと昔」(戸田 巽):神戸在住の筆者が、戦前に神戸を訪れた諸作家の思い出を語ります。
「加賀美の帰国」(角田 喜久雄):長篇ミステリ「高木家の惨劇」で起用された探偵役・加賀美警部はシムノンのメグレ警部をモデルにしていました。その経緯を作者自身が語ります。

<フーダニット> 「探偵小説」(北村 小松):探偵作家志望の青年と探偵作家が、喫茶店で探偵小説の書き方を論じ合ううちに、隣のテーブルの男を題材に探偵術を実践することになり――。ホームズとワトスンの会話を思わせる、ユーモラスな一篇。
「灯」(楠田 匡介):ダンサーがアパートの自室で殺されます。前夜、ふたりの男性が部屋を訪れていましたが・・・。ダイイング・メッセージとロウゾクの炎を手掛かりに真相が解き明かされるトリッキーな作品。
「幽霊の手紙」(黒川 真之助):幼い頃から親友として育ったふたりの青年。しかし、生活環境の違いから、ひとりは常に劣等感を抱いていました。それがやがて殺意に変わりますが・・・。

オススメ度:☆☆☆

2006.11.27


20世紀SF5 1980年代 冬のマーケット (SF:アンソロジー)
(中村 融/山岸 真:編 / 河出文庫 2001)

20世紀を代表する英米のSF短篇を年代別に集めたアンソロジー、今回は1980年代です。
実は80年代のSFにはあまり馴染みがありません。SFに限らず、80年代後半から90年代にかけては仕事が忙しく、本は月に10冊読めるか読めないかという状況でした。なので、この時代に読み逃してしまった作品を、今、一生懸命集めて、数年後には(笑)読もうと目論んでいるところです。
この時代は、サイバーパンクやナノテクSFが勃興したわけですが、上記のような事情もあって、これらのジャンルのSFについては、食わず嫌いという傾向があります。特にサイバーパンクはウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」を読んで、「趣味じゃないな」と思ったので、ほとんど放置状態でした(^^;
そんなわけで、12篇が収録されたこの巻、名前も知らなかった作家が4人、それを含めて7人の作家が初読みでした。
では、収録作品を順に紹介していきましょう。

「冬のマーケット」(ウィリアム・ギブスン):サイバーパンクといえばこの人、というくらいイメージが固まっている電脳SFの代表作家の作品。機械を精神に直結でき、人間の感情そのものをプログラミングしてCDソフトのように売買するのが普通になっている近未来――そんなプログラマーの若者が、虚無的な少女リーゼと出会います。彼女の感情をベースにプログラムしたソフトはベストセラーとなりますが――。でも、やはり、こういう世界観は趣味じゃないです。
「美と崇高」(ブルース・スターリング):以前、短篇集
「タクラマカン」を読んだときにも感じましたが、同じサイバーパンクの代表作家でも、スターリングの作風はギブスンよりも肌に合っている気がします。この作品もそう。すべてがコンピュータ制御されている近未来、グランドキャニオンのリゾートを舞台に、富裕階級の若者たちの恋の鞘当てを、コンピュータの制御なしに人間のバランス感覚だけで飛ぶ(ある意味ではレトロな、ある意味では人間性の回復の象徴ともいえます)飛行機械の開発とからめて描きます。
「宇宙の恍惚」(ルーディ・ラッカー):同じサイバーパンクでも、あっけらかんとバカバカしくぶっ飛んでいるだけ、とっつきやすい作品です。マルチ商法用のフォンボット(自動電話セールスロボット)を買わされてしまった青年デニーは、フォンボットをカスタマイズして無差別ナンパ電話発信システムに改造してしまいますが、そのナンパ電話で知り合った女性シルクと、斬新なポルノビデオの製作を思いつきます。それは、宇宙シャトル内での無重力セックスの実況でした(そういえば映画「さよならジュピター」にも、そんなシーンがあったような・・・)。科学的かつバカバカしい結末が待っています。
「肥育園」(オースン・スコット・カード):サイバーパンクのアナーキーさと対極に位置する作家と言えば、カードはその代表でしょう。ヒューゴー・ネビュラ両賞受賞の「エンダーのゲーム」をはじめ、その作風にはモルモン教徒である自身の道徳観が色濃く現れています。本編の主人公バース氏は数年に一度、怠惰で不摂生な生活で肥満体になると、非合法の秘密施設である“肥育園”へやって来ます。ここでバース氏は、若く精悍な肉体に精神をコピーし、新たなバース氏となって世間へ戻って行くのです。しかし、オリジナルのバース氏は、どうなるのでしょうか・・・?
「姉妹たち」(グレッグ・ベア):遺伝子操作が普及し、子供の特質を親が思い通りに設計して生むことができるようになった未来、ほとんどの子供たちは容姿端麗、性格温和、成績優秀で、兄弟姉妹のように似通っています。ところが、遺伝子操作に反対し、自然に任せる親たちも少数ながら存在していました。そんな両親を持つリティーシャは、容姿やスタイルが他の女の子たちに比べて劣っていることで、疎外感を持っていました。演劇の授業で老女役を割り振られたことで、リティーシャの不満は爆発します。一方、クラスメートの間では、癲癇のような痙攣発作を起こす生徒が次第に増え始め――。共感と理解、そして愛に満ちた結末は落涙ものです。
「ほうれん草の最期」(スタン・ドライヤー):史上初のハッカー小説(正しくは“ハッカー”ではなく“クラッカー”ですが)だそうです。高名な科学者である父親の研究室に遊びに来た息子とその友人は、セキュリティをあっさりと突破してしまいます。IDとパスワードがあるからセキュリティは万全だ、と胸を張る父親の姿に、「住基ネットは絶対に安全です」と答弁するお役人の姿がダブります。
「系統発生」(ポール・ディ・フィリポ):はるかな未来、エイリアンに侵略された人類は、生き延びるために、地球上のあらゆる生物の強みをブレンドし、遺伝子を改変して奇想天外な変貌を遂げます。見栄も外聞もかなぐり捨てた人類の姿とは――。
「やさしき誘惑」(マーク・スティーグラー):「ほうれん草の最期」が初のハッカー小説であれば、こちらは初のナノテクSFだそうです。主人公は、山で暮らす保守的で平凡な女性。彼女が憎からず思っていたジャックは、未来に思いを馳せる進歩的なコンピュータ技術者でした。ジャックは先進テクノロジーを開発するために街へ去り、彼女は山へ残ります。しかし、歳を取るにつれ、最新テクノロジーは山へも押し寄せ、その利点を享受するうちに、彼女の中で進取の気性が芽吹き、やがて時代の最先端に――そして外宇宙へまでも、出て行くようになります。時空の果てで、彼女が出逢ったものとは・・・。
「リアルト・ホテルで」(コニー・ウィリス):量子論で言う「不確定性原理」は、ミクロな素粒子の世界でのみ観察できるというのが通説ですが、この作品では、現実世界で不確定性が事象に影響を及ぼします。量子物理学の国際学会が開かれるホテルを舞台に、登場人物は大真面目なのに、端から見ると見事なまでにスラップスティックというドラマが展開されます。とはいえ、こちらの世界でも、予測のつかない理不尽な行動をする素粒子のような人はたくさんいるわけですが(笑)。
「調停者」(ガードナー・ドゾワ):“サイバーパンク”という言葉を作って初めて使ったのは、このドゾワだそうです。この作品は、同時代のアメリカを席巻した宗教カルトの不条理性と恐ろしさを、地球温暖化による海面上昇で破滅に瀕した世界を舞台に生々しく描きます。原題の“The Peacemaker”の方が、内容をよく表していると思います。
「世界の広さ」(イアン・ワトスン):ある日突然、世界中で距離がどんどん広がっていくという怪現象が発生します。交通機関は遅れに遅れ、貿易はストップし(だって、何十万キロも離れた場所まで物資を運ぶ手段がありません!)、食糧を自給できない地域の住民は餓死するしかありません。そんな中、人々の失踪が相次ぎますが――。ホーガンの「時間泥棒」を思わせるアイディア・ストーリーです。
「征たれざる国」(ジェフ・ライマン):異世界ファンタジーと呼ぶには、あまりにも悲しく苦痛に満ちた物語です。“征たれざる国”と呼ばれる国に生まれた少女は、大国がもたらした隣国との戦争に巻き込まれ、家族を失います。難民となった彼女は、敵国の兵士カラスに口説かれ、妻となることを承知しますが、裏で糸を引く大国(最後まで、姿は現しません)の思惑に踊らされた戦争は混迷の一途をたどり、カラスも銃弾に倒れます。他国との戦争は、やがて内戦となり、ますます泥沼へ――。作者がイメージしているのは、明らかにベトナム戦争でしょう。

オススメ度:☆☆☆

2006.11.28


達磨峠の事件 (ミステリ)
(山田 風太郎 / 光文社文庫 2002)

『山田風太郎ミステリー傑作選』の最終巻。第1巻「眼中の悪魔」から、2年かけて、ようやく全巻読み終わりました。
今回は“補遺篇”ということで、過去の9巻に収めきれなかったもの、編集後に新たに発掘された作品などが収録されています。全体は3部に分かれ、通常の短篇小説(とはいってもバラエティに富んでいますが)、ショートショート、そして作者が十代の頃に受験雑誌の懸賞に応募して掲載された青春小説など、全部で35編。ミステリ作品はすべて収録するという編集方針のため、レベル的にはややバラつきがありますが、それでも楽しめたり考えさせられる作品が多いです。
それでは、簡単に紹介していきましょう。

「達磨峠の事件」:戦後すぐ、探偵雑誌「宝石」の第1回懸賞に入選した、事実上のデビュー作。雪の晩に起きた若い娘の首吊り自殺を、医科大学を出たばかりの医師が殺人と看破して犯人を指摘する本格ミステリ。
「天使の復讐」:脱獄した凶悪犯が、山小屋で暮らす母子の前に姿を現します。
「泉探偵自身の事件」:近所で起きる怪事件を次々に解決して“街の名探偵”の異名をもつ泉青年。同じアパートに滞在していた伯父が殺され、泉は伯父の秘書が怪しいとにらみますが・・・。
「全き円は天上に」:ひとりの女性を巡って、鳥取砂丘でピストルによる決闘を決意したふたりの青年がたどる皮肉な運命。
「天誅」:寺に入り込んだ脱獄囚は、鐘突きの老人の孫娘をさらいます。彼に降りかかった天誅とは――。
「疾風怪盗伝」:資産家の屋敷を襲って住人を皆殺しにし、秘宝を奪った強盗団。しかし、秘宝は呪われたものでした。悪党どもを襲う“呪い”の医学的な正体が秀逸です。
「旅の獅子舞」:田舎回りの旅芸人一座に渦巻く愛憎が生んだ悲劇。
「死人館の白痴」:「水葬館の魔術」(「笑う肉仮面」に収録)と同じプロットとトリックを使った本格パズラー。
「片目の金魚」:痴話ゲンカの末に恋人を屋上から突き落としてしまった青年は、必死に犯行を隠蔽しようとしますが・・・。
「東京魔法街」:甲斐性のない夫に愛想をつかして田舎を飛び出した若妻。胸をふくらませて帝都を訪れた彼女は、運命に翻弄され――。珍しく(?)ハッピーエンドです。
「下山総裁」:当時、日本中を震撼させた、国鉄総裁の轢死事件について、奔放な想像力で真相に迫る力作。
「渡辺助教授毒殺事件」:「下山総裁」と同じく、当時の実在の事件をモデルにした犯罪小説。
「霧月党」:ソ連と共産組織とつながりのある過激派秘密結社“霧月党”と、その解体を目指す工作員Qとの暗闘。
「ビキニ環礁午前四時」:広島の原爆を発端としてビキニの水爆実験まで、核に翻弄された一家の悲劇を描きます。
「一刀斎と歩く」:老人ボケから自分を剣豪だと思い込んだ旧華族と、その部下のお人よし青年が大騒動を巻き起こす、ホラ小説。
「ふしぎな異邦人」:特攻に散った恋人を忘れられないまま、アメリカ兵の情婦となっていた女性の前に現れた、謎の中国人は――。
「女が車に乗せるとき」:失恋して雪山で自殺しようとしていた女性は、突然現れた青年に陵辱され、青年を車で東京へ連れて行くよう強要されます。しかし――。
「女」:たおやかな女性が好みで、理想的な妻をめとった男が、早世した若妻の遺言で後妻に迎えた女性は――。
「千人目の花嫁」:女性恐怖症を克服するため、女性と見れば強気で説教するようになった青年。彼がめぐり合った理想の女性とは。
「鳥の死なんとするや」:17歳から87歳まで、10年ごとに死を思う男の日記。
「無用な訪問者」:老学者の臨終の席にやって来た男の真意は――。
「幻華飯店」:評判の中華料理屋に来たけれど、美味しく思えなかった男は、家族に戦後の闇市で食べた美味しいラーメンの思い出話を始めますが――。
「妖物」:旅先で、ある女性が大切にしていた封筒を誤って持ち帰ってしまった男。中に入っていた無気味なものとは・・・。
「幸福」:男女の幸福を考える、2ページの小品。
「しゃべる男」:遊びに来てはしゃべりまくっていく友人にうんざりしていた男。その友人が急死し、形見にもらったものとは――。
「雲南」:雲南の山奥で、旧日本兵が発見されますが――。怪談のような、ホラ話のような。
「石の下」:死んだ兄の代わりに医学校を受験するよう強要された文学少年の苦悩。
「鳶」:浪人を繰り返す年上の従兄弟と一緒に勉強しつつ、合格を目指す少年。運命の日、ふたりは――。
「鬼面」:伯父と従兄弟の家に同居して受験勉強をする主人公。父親の厳しさに耐えかねて、従兄弟は家を出て行ってしまいますが・・・。
「三年目」:代用教員をしつつ、進学を目指すふたりの青年。対照的な性格のふたりですが・・・。
「白い船」:連絡船に乗って受験に出かける受験浪人。昔馴染みと会い、希望に胸をふくらませていましたが、戦争の暗雲が漂っていました。
「陀経寺の雪」:雪深い寺にこもって受験勉強に励む3人の少年。でも、ひとりが村の娘に恋をしてしまいます。
「信濃の宿」:受験合宿のため、信州の木賃宿に滞在中のふたりの少年。ところが、宿の娘が遊郭に売られそうになり、ふたりは何とかしようとしますが――。
「青雲寮の秘密(第2回)」「天国荘奇譚」に収録されたユーモア・ナンセンス「青雲寮の秘密」ですが、実は雑誌に連載された第2回が欠落していました。後に発見された欠落分が、これです。
「肉仮面」:「笑う肉仮面」の原型となった作品。連載予定の雑誌が潰れてしまったため、こちらは中断されてしまっていましたが、全面的に書き直して「笑う肉仮面」になった由。

オススメ度:☆☆☆

2006.11.30


バースデイ (ホラー)
(鈴木 光司 / 角川ホラー文庫 1999)

「リング」三部作のサイドストーリーをなす短篇が3編、収められています。シリーズ全体との時系列的関係で表せば、“before”と“during”と“after”でしょうか。
作品の性格上、紹介するにはどうしても本編のネタバレになってしまいます。未読の方はご注意ください。

「空に浮かぶ棺」:“during”に該当します。「らせん」に登場するヒロイン、高野舞は、師にあたる高山竜司の遺品を整理するうちに、例のビデオテープを見てしまい、ある重大な役割を果たすことになってしまいます。この短篇は、「らせん」では結果だけが示されたクライマックスを、当事者である舞の視点から描いたものです。誰にも気付かれないビルの屋上で、不安と恐怖に苛まれつつ、●●を迎える舞を、過去の回想とともに描きます。
「レモンハート」:“before”に該当する中篇。「リング」で、主人公の雑誌記者・浅川は、ビデオの謎を解くために、先輩記者の吉野に山村貞子の過去の調査を依頼します。吉野の調査の結果、貞子は大島から上京して劇団へ入り、その後、失踪したことが判明しますが、この作品は劇団時代の貞子を、恋人の視点を通して描いたものです。劇団でSF(音響効果)担当だった遠山は、新人女優の貞子と恋仲でしたが、演出家の重森も貞子に気があり、力関係を利用して言い寄っていました。貞子は重要な脇役で初舞台を踏むことになりますが、その際の音響テープに無気味な女性の声が混じっているという噂が広がります。遠山は、真偽を確かめようとしますが、聞こえてきたのは、別の音声でした。そして24年後、遠山は・・・。
「ハッピー・バースデイ」:“after”に該当し、全篇の棹尾を飾るにふさわしい作品です。「ループ」で、転移性のガンウイルスによって危機に瀕した人類を救うため、主人公の二見馨は自らの命を捧げますが、恋人・礼子にはふたりの愛の結晶が宿っていました。礼子は馨の協力者・天野に呼び出され、バーチャル世界「ループ」の真相と馨の運命を知らされます。一時は絶望にかられる礼子ですが、別れ際に馨が残した言葉の意味を知り・・・。

オススメ度:☆☆☆

2006.12.1


魔石の伝説6 ―予見者の宮殿― (ファンタジー)
(テリー・グッドカインド / ハヤカワ文庫FT 2002)

『真実の剣』の第2シリーズ第6巻。本シリーズ『魔石の伝説』もクライマックスに近づいています。前巻に引き続き、残酷度・陰謀度・アダルト度がかなりアップしています(笑)。
前巻のラストであわやという状況になったカーランですが、なんとか事なきを得ます。一人前の軍隊に生まれ変わったエイビニシア軍と別れ、カーランは“泥の民”の戦士チャンダレンを護衛に、本来の目的地であるアイディンドリルへ向かいます。
一方、“光の信徒”シスター・ヴァーナとともに“予見師の宮殿”へ向かうリチャードは、沼地に住む戦士集団バカ・バン・マナと対決することになります。多くの戦士の犠牲を出した末、リチャードは“真実の剣”の秘密の一端を垣間見、自分が背負う運命の重さを再認識するのでした。
“予見師の宮殿”がある港町タニムラ(日本語的な響きがありますが、偶然でしょうか?)へ到着したリチャードには、若く可愛らしいシスター見習いパシャ・メイズが世話役として付けられます。歓迎会の席上で“光の信徒”への不審と敵意をあらわにしたリチャードに、パシャは戸惑いを隠せません。禁断の森の魔物を倒したリチャードは、一躍名士となりますが、有力な魔道士のジェディダイア(これまでもいわくありげなエピソードが断片的に紹介されていました)の反感を買います。一方、地下の書庫にこもってばかりの魔道士ウォレンもリチャードに興味を抱き、ふたりは古い予言書を研究することになります。“光の信徒”の院長も研究しているという予言書には、暗示的な文章がいくつも書かれていました。
ラストでは、アイディンドリルに到着したカーランが新たな危機に見舞われます(以前にも書きましたが、作者にはサディストの気がありそうな(^^;)。ちらりとだけ出てきたゼッドとエイディの老魔術師コンビ(このふたりもえらいことになっていますが)が、シリーズ最終巻では活躍しそうです。

オススメ度:☆☆☆

2006.12.2


 (ミステリ)
(麻耶 雄嵩 / 講談社文庫 1999)

麻耶雄嵩さんの第3作。前作「夏と冬の奏鳴曲」の続篇らしき設定ですが、やはりひねくれた作者のこと、まともな続篇を期待してはいけません。
「夏と冬の奏鳴曲」で、和音島で発生した衝撃的な連続殺人事件と天変地異から生還したアルバイト雑誌記者・如月烏有と女子高生・桐璃。ところが、烏有は入院中に頭を打ったせいで、島での事件の記憶を失ってしまいます。桐璃は相変わらず恋人気取りでまとわりついてきますが、烏有はこの少女と一緒に島で過ごしたことも思い出せません。
正式採用された雑誌社の取材で、烏有はリテラアートという前衛芸術を主宰する巫子神と、アシスタントのわぴ子と知り合い、別れた恋人の伶子とよく似ているわぴ子に心惹かれます。
ある日、部屋で炒め物を作ろうとしていた烏有は、ぼんやりしていてフライパンの油でボヤを起こしてしまいますが、立ち昇った炎の中に、失った記憶につながる断片的な映像を見出します。数日後の夜中、烏有は灯油のポリタンクとライターを持って神社の境内に茫然と立っている自分の気付きます。抑えられない衝動にかられ、放火してしまう烏有ですが、翌日の新聞記事を見て仰天――神社の火災現場から他殺死体が発見されたというのです。その後も、週末のたびに烏有は半ば無意識のうちに放火事件を繰り返すのですが、必ず現場からは身に覚えのない死体が見つかります。そして、烏有の部屋には事情を知っている何者かの脅迫状が舞い込むようになります。やがて、殺人犯の魔手は烏有の知り合いにも――。
これも取材で訪れたミステリ研究会には巫子神と、著名な私立探偵の木更津悠也(第1作「翼ある闇」で、メルカトル鮎と推理合戦を繰り広げるライバル役です)が参加していました。烏有は自分の放火はともかく、一緒に起きる殺人のことが気になっていたので、木更津から情報を得ようとします。一方、街で突然、怪しげな山高帽の男・メルカトル鮎に呼び止められた烏有は、半ば強引にメルカトルの助手にさせられ、探偵修行をする破目になります。翌日、呼び出された場所は、殺人現場でした。
「翼ある闇」や「夏と冬の奏鳴曲」と違って、舞台も京都の街中、道具立ても派手ではないので、驚天動地の一大トリックもなく、解決も予定調和的で、ありきたりな印象を受けます。でも、おそらくはそれが作者の狙いなのでしょう。計算された投げやりな筆致、余韻を残すラストは、好き嫌いは別として(どちらかと言えば嫌いな方です(^^;)、すぐには忘れられない強い印象を残します。

オススメ度:☆☆☆

2006.12.3


朱色の研究 (ミステリ)
(有栖川 有栖 / 角川文庫 2002)

タイトルからして、ドイルの「緋色の研究」を意識しています。でも、作品中に色彩感が横溢しているという点では、元祖(?)の比ではありません。ここで言う“朱色”の象徴は夕焼けです。燃えるような夕焼けで始まり、穏やかな夕陽の中で終わる物語。
“臨床犯罪学者”火村は、自分のゼミの女子学生・貴島朱美から頼み事を受けます。朱美は交通事故で両親を失い、伯父夫婦の家で生活していましたが、5年前に放火で家が焼け、焼死する伯父の姿を目の当たりにした結果、強烈なオレンジ色――例えば、夕陽――に恐怖をおぼえるというトラウマを負っています。しかし、朱美の依頼はその放火事件ではなく、今から2年前に和歌山の別荘で起きた殺人事件でした。伯父(焼死した庄太郎伯父の義弟)の山内陽平の元恋人・夕雨子が崖下で撲殺死体で発見されたのですが、現在も犯人は捕まっていません。
火村は相棒の推理作家アリスのマンションで、その事件について話していましたが、明け方、火村宛に奇妙な電話が入ります。電話の指示に従って、近くのマンションの一室へ赴いたふたりが見つけたのは、他殺死体でした。そして、そのマンションには、朱美の従兄弟・宗像が住んでおり、宗像の友人・六人部は、謎の脅迫状を受け取っていました。
5年前の放火事件、2年前の別荘での殺人、今回の殺人は関係があるのか・・・。夕陽を怖れる朱美(逆説的な名前が象徴的です)、“夕陽研究家”を自称する六人部と、もうひとりの友人・中村、夜闇に浮かび上がる炎、和歌山の海岸に残る補陀落渡海伝説――朱色に彩られた殺人劇は、散りばめられたトリックの真相とともに、切なさに満ちた全貌をあらわにします。

オススメ度:☆☆☆

2006.12.5


プランク・ゼロ (SF)
(スティーヴン・バクスター / ハヤカワ文庫SF 2002)

「虚空のリング」に代表される、バクスターの壮大な宇宙史“ジーリー・クロニクル”を構成する短篇連作集。本来は1冊なのですが、邦訳は後半の「真空ダイヤグラム」と2分冊で刊行されています。
自分なりのオリジナルな宇宙史を構築するというのは、SF作家の性とも言えることで、アシモフ、ハインラインなど多くの作家が行っています。この“ジーリー・クロニクル”は最新の科学理論を縦横に駆使して、ビッグバンによる宇宙創生から一千万年先の未来まで、人類と多くの異知性体との関わりを描く野心的なもの。フレデリック・ポールの“ヒーチー・クロニクル”とラリー・ニーヴンの“ノウンスペース・シリーズ”の魅力を合わせて現代的に作り変えたようだ、と表現すればいいでしょうか。特に最初の数作品には、ハル・クレメントさえ想像もしなかったような(しかも理論的には実在が想定できる)異生物が(しかも、かれらの視点から)描かれています。
前半の「プランク・ゼロ」には、13作品が収められています。

「プロローグ:イヴ」:様々な雑誌に発表されていた各短編を、この連作集にまとめる際に、全体をつなぎ合わせる役割を託して書き下ろした作品。短篇「プランク・ゼロ」の主人公でもあるジャック・ラウールが、亡き妻イヴのヴァーチャル存在との対話を通して、過去から未来へわたる年代記を概観します。各作品の合い間にイヴとラウールの会話が挿入され、物語と物語をつないでいます。「宇宙生命襲来!」の「ジューブ」みたいな役割ですね(例えがわかりません)。
「太陽人」「時間的無限大」の主人公マイケル・プールがワームホールを使った移動方式を開発した時代が舞台です。太陽系外に出て行くための橋頭堡とすべく、プールはカイパーベルトの天体にワームホールを作ろうとしますが、そこには計画を妨げる想定外の発見が待ち構えていました。ヒューマンなラストが秀逸です。
「論理プール」:海王星の衛星で世捨て人の生活を送る論理数学者のドームを訪問した政府職員。そこでかれらが目にしたものは、科学者の遺体と、彼が創り出した異様な知性体でした。作者の発想を完全に理解できた自信がないので、これ以上の説明はパス(笑)。
「グース・サマー」:ワームホールを通って冥王星の探査に来た宇宙船が、思わぬ事故に遭い、ふたりの乗組員は冥王星上で救出船の到着を待つことになります。暇つぶしに(笑)地表の調査を始めたリヴォフは、衛星カロンとの間に延びる、微細なクモの糸のようなものを目撃しますが、それが意味するものは、ふたりへの死刑宣告でした。「冷たい方程式」の設定と「地球の長い午後」のイメージが混在する佳品。
「黄金の繊毛」:今度は水星が舞台。太陽探査計画を進めるための前進基地へ送るため、水星で原料を採掘していたスタッフが、思わぬ事態に遭遇します。氷の下には人工物と思われる高密度の質量が存在しており、地下の熱水噴出孔の周囲には生物が発見されます。太古に水星に墜落したと思われる宇宙船の乗員と、甲冑魚のような生物との関連性は――。
「リゼール」:「虚空のリング」の主人公のひとりである女性リゼールの、成長の物語。「虚空のリング」では多くを語られていなかった部分を補完する、太陽探査という重要な目的のために人生を歪められてしまった少女リゼールの切ないエピソードです。
「パイロット」:49世紀、地球は外宇宙から飛来した魚に似た異星人スクウィームに支配されてしまいます。太陽系全域が制圧される中、辺境空域に残っていた宇宙船のパイロットたちは、スクウィームの目を逃れて小惑星キロンに秘密の居留地を建設します。しかし、隠者のような生活に疲れたパイロットらは、土星の重力を利用したスウィングバイを使って、キロンそのものを太陽系から脱出させる道を選びます。しかし、気付いたスクウィームは人工知能搭載のミサイルを使って果てしなく追尾してきます。ミサイルを振り切るために、乗組員たちは加速を継続し――。ベンフォードの「荒れ狂う深淵」とアンダースンの「タウ・ゼロ」の合体技。
「ジーリー・フラワー」:バクスターのデビュー作だそうです。超種族ジーリーの技術で作られた製品を盗み出すよう、支配種族スクウィームから命令を受けたジョーンズは、恒星のノヴァ化が迫り大混乱の惑星へ忍び込みます。花のようなジーリー製品を首尾よく入手したジョーンズですが、スクウィーム宇宙船に見捨てられ――。
「時間も距離も」:ジーリーの超技術の遺産を求めて、とある辺境の惑星へ向かった人類の女性パイロット。瞬時コミュニケーションの手段を発見しますが、それを横取りしようとする異星人に襲われてしまい――。
「スイッチ」:これもジーリーの遺産をめぐる物語。重力制御装置らしきものを発見した技術者は、それを使って、いつも嫌がらせをする乗員へ仕返しをします。ちょっとしたアイディア・ストーリーですが、ジーリーが銀河に遺した超技術の産物をめぐる争奪戦というのは、ポールの“ヒーチー・クロニクル”を思い出させます。
「青方偏移」:スクウィームの支配を退けた後、人類が遭遇した第二の強敵はクワックスでした。個体数が少なく経済論理に長けたクワックスは、メンタリティで言えば“ノウンスペース・シリーズ”のパペッティア人、生態学的にはディックの「銀河の壺直し」に登場するグリマングでしょうか(これも例えがわかりません。特に後者)。クワックスも他の銀河種族と同様、ジーリーの超技術を追い求めていました。この物語は、クワックスの命令を受けて、すべての銀河が向かう宇宙の一点“グレート・アトラクター”へ向かう人類パイロット、ジム・ボールダーが主人公です。彼はジーリー製の宇宙船に乗り、超光速飛行で宇宙の果てを目指すわけですが、余計なことができないよう、クワックスの手でスイッチのほとんどは壊されています。“グレート・アトラクター”で、ジムが見たものは――。ここまでのプロットは、ニーヴンの「銀河の“核”へ」によく似ていますが、ラストの展開では、こちらの方がとんでもないことになります。
「クォグマ・データ」:“クォグマ”とは“クォーツのマグマ”という意味だそうですが、バクスターの造語なのか、最新科学にこういう用語があるのかは勉強不足でわかりません。クワックスに続いて人類が出会った星間航行種族シルヴァー・ゴースト(銀色に輝く球体をしているので、この名があります)を出し抜いて、150億光年離れた宇宙の果てへ向かうルース博士。人類オリジナルの超光速駆動スージー・ドライブを搭載した宇宙船でたどり着いた先に待っていたものは、ビッグバンの直後に存在していた謎の知性体(ジーリーではない)が遺した、途方もないメッセージでした。
「プランク・ゼロ」:シルヴァー・ゴーストが計画している途方もない企てに立ち会うために、肉体をゴーストと同じように改変してしまった人類の大使ラウール。シルヴァー・ゴーストの野心的な実験とは、不確定性原理を破ることでした。それがタイトルの意味です――つまりプランク定数がゼロになれば、波動関数は収束し、電子の位置と速度の双方が決定的に観測可能となって――何が起こるかは、誰にも予想がつきません。ラストでは、冒頭でラウールがつぶやく、「ブラックホールから脱出する方法はあるのか?」という疑問が、恐ろしい意味を持って迫って来ることになります。

後半へ、つづく。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.12.7


ダーウィンの使者(上・下) (SF)
(グレッグ・ベア / ヴィレッジブックス 2002)

現代SFの巨匠のひとりベアが、人類進化のビジョンを壮大に描くSF。一読して、彼の出世作「ブラッド・ミュージック」を思い出しました。とはいえ、「ブラッド・ミュージック」を初めて読んだ時には、世間で言われているような強いインパクトを受けたとは言えません。今になって思えば、まだ高校生でしたから、内容を十分に消化して受け入れるにはこちらが未熟だったのでしょう。この「ダーウィンの使者」は、ベアが最新の科学と想像力を駆使して描いた「ブラッド・ミュージック」の再話と言えるのかもしれません。
オーストリア・アルプスの洞窟で、人類学者ミッチ・レイフェルスンは、ネアンデルタール人と思われる男女のミイラ遺体と、現生人類に近い一体の嬰児の遺体を発見します。しかし、帰路に遭難して仲間は死に、ミッチも盗掘の罪で国外追放されてしまいます。
一方、仕事で旧ソ連のグルジアに滞在していた女性分子生物学者ケイは、国連軍の依頼で、地下墓地で発見された死体の検屍を行います。並べられた死体はいずれも妊婦で、腹を銃で撃たれていました。地元警察はスターリン時代の古いものだと主張しますが、ケイの目にはもっと新しいものだと映ります。CDC(アメリカ疾病対策予防センター)のウイルスハンター、クリスもケイと前後し同じ墓地を訪れます。
ケイは、人間のDNAにはウイルスの欠片が含まれているという学説を唱え、ヒト内在性レトロウイルス(HERV)の存在を予言した論文を書いています。夫ソールが経営するバイオベンチャー企業との提携を求めてグルジアへ渡ったわけですが、商談はうまくいかず、もともと神経を病んでいるソールは精神的危機に陥ってしまいます。
CDCでは、新たに発見されたレトロウイルス、SHEVAの感染によって引き起こされる“ヘロデ流感”が大問題になっていました。これこそ、ケイが予言していたHERVの一種だったわけですが、SHEVAが妊婦に感染すると、必ず流産が引き起こされることが明らかになります。人類の存続に関わる危機に、CDCをはじめとする政府組織は対策チームを作り、クリスやケイもメンバーに加わります。一方、世界規模の医薬品コングロマリット、アメリコルも、ビジネスチャンスと見て参入し、CEOのマージ・クロスから直に口説かれたケイは、「マージには気をつけたほうがいい」という恩師からの警告にもかかわらずアメリコルのチームにも参加することにします。
学界から追放されて廃人同様の生活を送っていたミッチは、“ヘロデ流感”のニュースを知り、自分がオーストリアの洞窟で発見したミイラとの関連性に気付いて愕然とします。ミッチはCDCのクリスと連絡をとり、アメリコルのビジネスライクなやり方に不満を募らせていたケイも合流します。3人のエキスパートはSHEVAについて新たな視点から検討を加え、これは病気を引き起こすウイルスではなく、人類の進化に影響を及ぼす別のものだという推論をします。しかし、もちろんこの説はCDCやアメリコル首脳部からは一笑に付されてしまいます。
また、“ヘロデ流感”にかかった妊婦の胎児は、流産する前に驚くべき作用を母親に及ぼしていることが明らかになります。世界が危機感に包まれる中、ケイとミッチは、未来への新たな希望を求めて重大な決意を実行に移すことに――。
非常にコクのある内容で、生物学的なテクニカルタームが多発するため、読み飛ばすことは不可能です。じっくりと時間をとって読み込まなければなりませんが、いったん引き込まれれば、一気呵成にラストまで突き進まずにはいられなくなります。ベア作品は自分の中では好き嫌いが大きく分かれるものが多いのですが、これはもっとも好きな作品。
続編「ダーウィンの子どもたち」も出ています。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.12.12


バイオ・プログラム (SF)
(H・G・フランシス&H・G・エーヴェルス / ハヤカワ文庫SF 2006)

『ペリー・ローダン・シリーズ』の第330巻です。
前巻で、ラール人への抵抗勢力プロヴコナーが潜む銀河辺境の暗黒星雲内部を訪れたローダン一行。抵抗勢力のリーダー、ロクティン=パルの協力を得ながら今後の策を練っていますが、安全と思われた惑星にも、ラール人の魔手はひたひたと迫っていました。
テラナーとの親交を深めていた有力科学者イツァル=ノロンの自宅を訪れたテレポーターのラス・ツバイは、当人の変死体を発見しますが、現地の警察からは容疑者とみなされてしまいます。まるでアシモフのSFミステリを地で行くような発端と展開。自らの潔白を証明するため、ラスはグッキーのおせっかい――ではなく手助けを得て、真相究明に乗り出し、ついには凄腕の工作員だったイツァル=ノロンの過去にまで遡っていきます。一方、イツァルの一人息子でロクティン=パルの信頼も篤いイヴェク=タンホルは、テラナーが惑星へ到着してからというもの原因不明の頭痛に悩まされていました。頭痛に襲われるたびに、彼の人格は変わっていき、テラナーに対する憎悪に取り付かれていきます。そしてついには、惑星もろとも《マルコ・ポーロ》を爆破しようと反物質爆弾を作り始めます。ふたつのシュプールが交差したとき、倫理観のかけらもないラール人の恐るべき策謀が姿を現すことに――。
後半のエピソードでは、一転、久しぶりにポスビの母星である二百の太陽の星が舞台となります。物理学者ホストラは、アイディアは天才的ですが軽率で常識を欠くため(マッドサイエンティストの典型ですね)、テラの科学界からはじき出され、二百の太陽の星で細々と研究を続けていました。彼は秘密のうちに、ラール人のSVE艦のバリアを消失させる技術を完成させ、中央プラズマを言葉巧みに説得して、ポスビのフラグメント船に搭載することに成功します。そして、新兵器を積んだ数万隻のフラグメント船が銀河に向けて出撃します。ラール人を欺くためにローダンが面従腹背の作戦を取っていることを中央プラズマは知らず、出撃はテラナーを救うための善意に基くものでした。事態を察知したテラでは、ローダンの留守を預かるブリーが、早まったポスビの行動を阻止しようとしますが、時すでに遅く――。
前巻に続き、今回も2話とも工夫が凝らされていて読み応えがあります。ラストではラール人が謎めいた行動をとり、事態が新段階に入ったことを暗示して、次巻へ続きます。

<収録作品と作者>:「バイオ・プログラム」(H・G・フランシス)、「ブーメラン作戦」(H・G・エーヴェルス)

オススメ度:☆☆☆☆

2006.12.13


肉食屋敷 (ホラー)
(小林 泰三 / 角川ホラー文庫 2001)

小林泰三さんの第3短篇集。怪物もの、ゾンビもの、サイコスリラーなど、バラエティに富んだ4篇が収められています。
「肉食屋敷」:田舎町の役場に勤める語り手は、街外れの丘の上に怪しいドラム缶を積んだトラックが放置されているという住民の報告を受け、トラックの持ち主が住む民間の研究所を訪ねます。製薬会社のオーナーの息子・小戸がバイオテクノロジーの基礎研究をしているという触れ込みの生命科学研究所ですが、何人もいた従業員はすべて辞めてしまい、今は所長の小戸がひとりで生活しながら研究を続けているはずでした。夕暮れ近くに研究所に着くと、建物は無気味にゆがみ、人間の目や耳、手などを模した大きなオブジェが突き出ています。勇気を奮い起こして屋敷へ足を踏み入れた語り手は、奥の実験室から動こうとしない小戸から、トラックに火を放って屋敷に突っ込ませてほしいと頼まれます。当然ながら突っぱねる語り手に、小戸は自分が行った驚くべき実験を語り始めます。それは、恐竜が絶滅した6500万年前の地層に含まれる有機物のDNAを分析して、「ジュラシック・パーク」のように恐竜のクローンを創り出そうとしていたのです。ところが、彼が創り出してしまったものは――。「ウルトラQ」や「怪奇大作戦」を意識して書かれたそうですが、ラヴクラフト直伝のコスミック・ホラーが色濃く漂っています。
「ジャンク」:『異形コレクション』第6巻の
「屍者の行進」に収録されていた作品。3年半ぶりだったので、結末を含めてストーリーをほとんど忘れており、楽しく読めました(笑)。ひとことで言えば“ゾンビ・ウエスタン”です。舞台となっている、こことは異なる世界の西部では、テクノロジーは人間の死体を加工することで成り立っています。無差別に人間を殺してはスクラップ屋に売り飛ばす、ハンターと呼ばれる無法者が幅を利かせ、人々が移動手段として使う“馬”も、人間の死体をつぎはぎしてこしらえた無気味な代物。そして辺境では、『生ける屍』という怪物の噂が流れています。そんな中、ハンターを狙うハンター・キラー(こちらの世界の西部で言えば、賞金稼ぎのようなもの)の主人公が、地元に巣食う無法なハンター一味と対決します。
「妻への三通の告白」:十数年の時を隔てて同じ男性から恋人(後に妻)に宛てた3通の手紙から成る作品。ただし、手紙が紹介される順番は、新しいものから昔のものへと、時を遡っていきます。構成は夢野久作の傑作「瓶詰の地獄」によく似ていますが、ストーリーの進み方はまったくの別物なので、特に意識したわけではないでしょう。現在の手紙では、夫はどうやら動けない妻を介護しているようで、癌で余命宣告をされた夫が妻を思いやる情愛が心を打ちます。ところが、2番目の手紙になると、親友との三角関係が無気味なきしみを忍び込ませ、いちばん古い手紙に至って、ぞっとする真相が明らかになるという仕掛けになっています。
「獣の記憶」:主人公の語り手は多重人格で、『敵対者』と名付けたもうひとつの人格を恐れ、憎んでいます。自分の記憶に空白が目立つようになり、どうやらその間は『敵対者』が肉体を支配しているようです、しかも『敵対者』は嫌がらせとしか思えない行動をとって、語り手を追い詰め、生活を破綻させていきます。ふたつの人格がコミュニケーションできるのは、1冊のノートを通じてのみ。そのノートには、知らないうちに『敵対者』の挑発的で悪意に満ちたメッセージが書き込まれているのです。主人公は女性精神科医のカウンセリングを受けていますが、『敵対者』の悪意はエスカレートし、ついには殺人予告がノートに書き込まれます。ジャンル分けすればサイコ・ミステリですが、ラストのどんでん返しには唖然とさせられます。一読しただけだと論理が破綻しているように見えますが(解説の田中啓文さんは「そんなあほな!」とツッコミを入れています(^^;)、よく読みこむと、ちゃんと論理的に完結していることに気付きます。

オススメ度:☆☆☆

2006.12.14


変化 (怪奇幻想)
(テオフィル・ゴーチェ / 現代教養文庫 1993)

創元推理文庫の「怪奇小説傑作集」の4巻と5巻で、フランス・ドイツ・ロシアの怪奇幻想小説に接して以来、収録作家の作品集を(文庫限定ですが(^^;)見かけるたびに、買い込んでいました。ホフマンとかノディエとかメリメとか。ゴーチェもそのひとりです。ゴーチェの幻想小説集は、岩波文庫版(「死霊の恋・ポンペイ夜話」)のほか、現代教養文庫から3冊出ていますが、「変化」はその第3巻。第1巻「魔眼」は前世紀に(笑)読了、第2巻「吸血女の恋」は先日、某古書市にて入手しました。
この巻にはエキゾチックな怪奇幻想小説が3篇、収められています。

「変化」:パリに住む青年オクターヴは、フィレンツェに旅行した際に知り合ったラビンスカ伯爵夫人へのかなわぬ恋心にやせ細り、命すら消え去ろうとしていました。優しく愛らしい夫人は、コーカサス人の勇猛な軍人である夫オラフを心から愛しており、オクターヴの求愛を誠意ある態度で断り続けています。オクターヴが、診療したインド人医師シェルボノーに思いのたけを打ち明けると、シェルボノーは驚くべき提案をします。インド妖術の達人でもあるシェルボノーは、人の魂を操る術を身につけており、一計を案じてオラフとオクターヴの魂を入れ替えてしまいます。オラフの肉体に宿ったオクターヴは、今度こそ想いを遂げんものとラビンスカ伯爵の屋敷へ帰って行きますが――。一方、平民オクターヴの肉体に閉じ込められたオラフは・・・。怪奇幻想風味を横溢させながら、結末はいかにもロマンスです。
「ポンペイの幻」:岩波文庫版では「ポンペイ夜話」というタイトルになっていました(翻訳者は別の人です)。観光でナポリを訪れた3人の学生。そのひとり、夢想家のオクタヴィヤンは、考古学博物館で見たポンペイの遺物に心を奪われます。その遺物とは、ヴェスビオ火山の噴火でポンペイが滅んだ際、火山灰に埋もれた女性の乳房の痕がくっきりと写し取られた凝灰岩でした。その後、市内観光で件の灰の塊りが発掘された屋敷の廃墟を訪れたオクタヴィヤンは、かの女性への恋慕の想いにひとり涙するのでした(かなりの胸フェチですね)。その晩、友人たちを酒を飲んだ後、酔いを醒まそうと散歩に出たオクタヴィヤンは、いつの間にか自分が紀元1世紀のポンペイに迷い込んでいるのに気付きます。そして、劇場で出会ったのは、あの灰に乳房の痕跡を遺した女性アッリアその人でした・・・。
「ミイラの足」:文鎮を探して古道具屋を訪れた主人公は、怪しげな老齢の店主からミイラの足を買い取ります。店主の話では、この足は古代エジプトの王女ヘルモンティスだそうです。半信半疑のまま帰宅した主人公ですが、夜に眠りから覚めると、部屋には切り取られた足を求めて現れた王女がいました。快く足を返してあげた主人公は、お礼にと王女に誘われ、古代エジプトに赴きますが・・・。「ポンペイの幻」と同じく、一夜の夢まぼろしを描いたものですが、前者はロマンス色豊か、後者はユーモア味と、好一対です。

オススメ度:☆☆☆

2006.12.16


ユリ迷宮 (ミステリ)
(二階堂 黎人 / 講談社文庫 1998)

二階堂黎人さんの第一短篇集。買う順番が逆だったため、第二短篇集「バラ迷宮」の方を先に読んでしまっていました。
こちらには、美少女名探偵・二階堂蘭子が活躍する、いずれもトリッキイな本格作品が3篇、収録されています。
「ロシア館の謎」:一瞬、作者は有栖川さんの間違いではないか、と思ってしまうタイトルですが(笑)。おなじみの喫茶店『紫煙』で開かれる推理小説愛好会の会合で、ドイツ人の老教授シュペアが語る若い頃に経験した謎を、蘭子が鮮やかに解明してみせる歴史ミステリ。ドイツ人青年シュペアは、スパイとして革命直後のロシアに潜入していましたが、接触した白軍将校の手引きで、シベリア中部、バイカル湖近郊の深い森の奥に建つ『吹雪の館』と呼ばれる石造りの屋敷に潜む将軍ボートキンへ密書を届けます。そこには、憂いを秘めたマリーヤという美しい女性がいて、若いシュペアは一目惚れしてしまいます。しかし、館に隠された秘密が露わになったとき、内紛が起こり、いったん館を脱出したシュペアが戻ってみると、場所は間違いないはずなのに『吹雪の館』は跡形もなく消え去っていたのです。クイーンの「神の灯」もかくやという家屋消失トリックを、蘭子はあっさりと解き明かし、秘められた歴史的な真相を突き止めます。
「密室のユリ」:新進女流探偵作家・生田百合美がマンションの自室で他殺体となって発見されます。しかし、現場は三重の密室になっていました。ドアも窓も二重に施錠され、さらに警備員の証言によれば事件があった時間帯にマンションに出入りした不審者はいません。しかし、百合美が作品を口述していたテープには、犯人との間で交わされたやり取りが生々しく残っていました。蘭子は密室の謎を解き明かすとともに、純粋論理で真犯人を鮮やかに指摘します。
「劇薬」:短い長篇と呼べる、200ページ以上のボリュームがある作品。実業家・長坂重蔵のもとに、「来年の4月にお前を殺す」という脅迫状が舞い込み始めます。重蔵は強欲で倣岸、厚顔無恥が服を着て歩いているようなあくどい男で、恨まれる原因には事欠きません。予告された4月が来たところで、重蔵は蘭子と黎人の元を訪れ、犯人を突き止めるよう依頼(というよりは強引に命令)します。容疑者を屋敷に集めてコントラクト・ブリッジを行い、そこでの行動から脅迫状の送り主を指摘しろという、「カナリヤ殺人事件」(ヴァン・ダイン)か「ひらいたトランプ」(クリスティ)のような趣向。集まったのは、重蔵と放蕩者の長男・晋也、親の借金のカタにいやいや嫁いできた後妻の秀子、顧問弁護士・島内、使い込みがばれた専務の吉川、主治医の伊東、関東ブリッジ協会会長で妖艶な藤内未亡人、それに二階堂黎人でした。黎人以外は、いずれも重蔵に深い恨みを抱いています。先約があった蘭子は、翌朝に来ることになっていました(ブリッジは徹夜で行われることになっていた)が、夜中近くに、重蔵は急に倒れ、手当ての甲斐なく死んでしまいます。体内からはほぼ致死量の砒素が検出されました。蘭子はブリッジの点数表から各自の心理を分析し、真犯人を指摘しようとします。作者自身がワトスン役・黎人の口を借りて「探偵が解決を示しても、その後にかなりの頁数があったら、他の解決が残っているのは明白」とセルフ・ツッコミを入れる(笑)、二重三重のどんでん返しは論理的で鮮やかです。

オススメ度:☆☆☆

2006.12.18


第81Q戦争 (SF)
(コードウェイナー・スミス / ハヤカワ文庫SF 1997)

独特の世界観をもつSF『人類補完機構』の第4集。現時点で邦訳されている作品集はここまでですが、解説によると、まだ未訳の作品がいくつか(本1冊分になるほど)残っているそうです。
「鼠と竜のゲーム」「シェイヨルという名の星」のふたつの作品集から漏れたシリーズ短篇が9篇、および、『人類補完機構』に属さない単発のSF短篇5篇が収録されています。(他には長篇「ノーストリリア」があります。いずれもハヤカワ文庫SF)
比較的わかりやすい作品が多く、『人類補完機構』の歴史の謎がかなり明確に理解できてきます。もっとも読む方も4冊目なので、スミスの描く世界に慣れてきたというのも理由なのかもしれません。
では、順に収録作品をご紹介していきます。

「第81Q戦争」:スミス14歳のときに書かれ、学生雑誌に掲載された処女作品。22世紀、エネルギー資源をめぐって対立したアメリカとチベットは、戦争によって決着をつけることになります。この時代の戦争は、人命の犠牲を出さないよう遠隔操作の空中戦艦によって行われ、世界中から見物人が詰めかける、一種のショー的要素をもったものでした。2万2千トンの戦艦が5隻ずつ選ばれて、空中戦を展開します。アメリカ側のパイロット(もちろん安全な場所からの遠隔操縦)は無名の新人、対するチベットは百戦錬磨の達人たち――。戦いの結末よりも、設定と描写に非凡なものを感じます。
「マーク・エルフ」:『人類補完機構』を統括する謎のヴォマクト一族――その出自が明らかになる一篇。第二次大戦末期、ナチス・ドイツで新兵器を開発していた科学者フォムマハトは、3人の娘を低温保存してロケットに乗せ、軌道上に発射しました。そして1万6千年後、娘のひとりカーロッタはロケットごと地上に落ち、見る影もなく変化した地球を目にします。困惑するカーロッタは、様々な出会いを経た後、自分を軌道上から呼び戻した存在とともに歴史を作り始めることになります。
「昼下がりの女王」:「マーク・エルフ」の続篇ですが、スミスの死後、彼が遺した創作メモを元に夫人が完成させた作品とのこと。今度はカーロッタの妹ユーリが軌道上から下りてきます。犬から進化した“無認可民”に救われたユーリは、以前にカーロッタを助けた“熊”の元へ連れていかれ、中国人を先祖とする支配種族チャイネシア人への反抗勢力に身を投じることになります。
「人びとが降った日」:人類が入植した金星には、ラウディという生き物が大量に生息していました。この生き物は通常は害をもたらしませんが、殺すと広い土地を毒物で汚染するという厄介な相手で、土地開発を阻んでいます。ドビンズと恋人テルザは金星で愛を育んでいましたが、ある日、チャイネシア人が金星の支配権を買い取り、ラウディを取り除くために、中国人にしか思いつかないような驚くべき作戦を開始します。それを目の当たりにしたドビンズとテルザは――。クライマックスで展開される光景は、クライヴ・バーカーの短篇「丘に、町が」に匹敵する“異形”です。
「青をこころに、一、二と数えよ」:平面航法が開発される以前、恒星から恒星へと旅する人々は、冷凍睡眠状態になって数十年から数百年をかけて宇宙船で移動していました。ごく少数の乗組員は交代で目覚めながら航行を制御するわけですが、長期にわたる孤独とストレスは人間性の醜さを露見させ、何度も悲劇が起こりました。悲劇を繰り返さないため、心理保護士の発案で、恒星間宇宙船に乗り込む無垢の少女ヴィーシィに、ある処理が施されます。旅の途中、目覚めたヴィーシィはふたりの男性乗員と仕事をすることになりますが、案の定、ひとりが暴力的な衝動を抑えられなくなり、ヴィーシィは危機に見舞われます。そのとき――。
「大佐は無の極から帰った」:初の平面航法実験が行われましたが、パイロットとして送り出されたハーケニング大佐は、全裸で地上に戻ってきます。大佐は正気を失い、人間的な反応をまったく示しません。医師団は、ついに悪名高い準テレパスに協力を求めますが――。ちょっとほろりと来る、いいラストです。
「ガスタブルの惑星より」:スミスには珍しいユーモラスな一篇。惑星ガスタブルの知性体は巨大なアヒルに似た姿をしていましたが、ものすごい健啖家でした。初めて地球を訪れた外交使節が地球の食べ物の魅力に取り付かれると、評判を聞いたガスタブル人が大挙して押し寄せ、一気に地球は食糧危機に。超能力を持ったガスタブル人との戦争は論外で、地球人は対策に悩みますが、ある事件をきっかけに――。
「酔いどれ船」:「大佐は無の極から帰った」の設定を拡大して、『人類補完機構』の歴史観・宇宙観を鮮やかに表現した作品。青年ランボーは、恋人エリザベスの危機を救うために駆けつけますが、その現れ方は異様なものでした。ランボーは全裸で草むらに倒れているところを発見され、病院へ収容されましたが、彼は人間的な反応をまったく示さず、どのようにしてそこへやって来たのか、誰にもわかりませんでした。その裏には、ロード・クルデルタによる秘密実験が隠されていました。後半、真相が明らかになる法廷シーンは読み応えがあります。
「夢幻世界へ」「SFベスト・オブ・ザ・ベスト」にも収録されている作品。第二次大戦後のソ連では、スターリンの肝煎りで秘密実験が行われていました。科学者ロゴフは妻アナスターシャ、党から送り込まれた監視役の2名とともに、遠隔地にいる人間の心理を知り、操る装置の開発を続けます。成功すれば、ソ連がアメリカとの情報戦を完全に支配し、勝利することができます。しかし、自らの脳を使って実験を敢行したロゴフがコンタクトしたのは――。ファースト・コンタクト・テーマのバリエーションでもあります。
「西欧科学はすばらしい」:ここからシリーズ以外の作品となります。中国の山地に二千年前から住んでいたのはひとりの火星人。地元民からは魔物と呼ばれる彼は、噂に聞く西欧の機械文明に憧れており、時たま訪れるアメリカ人やロシア人と接触を図ろうとします。しかし、どうにもその方法がとんちんかんで・・・。ユーモアSFですが、政治的な風刺がぴりりと効いています。
「ナンシー」:「青をこころに、一、二と数えよ」と似た設定。深宇宙へ向かうパイロットの精神的危機を回避するために、パイロットは特殊なウイルスを投与され、非常スイッチを押す権利が与えられます。新人パイロットのグリーンは、出発に先立ちふたりの老人の面接を受けます。ひとりは将軍、もうひとりは少尉ですが、この差をグリーンが理解したのは、飛行を終えてからということになるのでした・・・。
「達磨大師の横笛」:古代インドの金細工師が作製した魔法の横笛。達磨大師が魔物を追い払うために使ったという笛は、数奇な運命をたどってナチ支配下のドイツからアメリカのロケット工学者の元へたどり着きます。そして――。
「アンガーヘルム」:ソ連が人口衛星スプートニクを打ち上げた直後、米ソ双方のスパイ網が活発に活動を始めます。しかし、どちらもことの核心を掴みかねていました。アメリカの下部エージェントのひとりは、ミネソタの片田舎に住む何の変哲もない老人アンガーヘルムが事件の中心人物だと気付きます。老人の元を訪れたエージェントが出会ったものは――。どこかシマックの作品を思い起こさせます。
「親友たち」:事故で入院した宇宙船パイロットは、ともに飛んでいた親友たちが無事だったか心配しています。医師がパイロットに告げた言葉は――。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.12.20


幽霊屋敷 (オカルト)
(ピーター・ヘイニング / 国書刊行会 1982)

某古書市(たしか新宿KO百貨店だったと思います)で見つけ、定価の倍近い値がついていましたが即座にゲットしたものです。
国書刊行会から1980年代前半に刊行された、全3巻のビジュアル・ブック・シリーズ『深夜画廊』の1冊。3冊とも、「世界霊界伝承事典」や
「ヴァンパイア・コレクション」を編纂したピーター・へイニングの手になるもので、この「幽霊屋敷」のほか、ケルト伝統の妖精譚を集めた「妖精異郷」、アメリカのパルプマガジンに掲載されたモンスターを中心にした「怪物世界」があります(「妖精異郷」は発売当時に入手し、「怪物世界」は後日に入手)。ビジュアル・ブックと冠されただけに、いずれも文章よりも図版が充実しています。
さて、「幽霊屋敷」ですが、副題に「絵と写真で見る西洋幽霊史」とあるように、古代バビロニアやエジプトの伝承から始まって、中世から近世にかけての文献と絵画、ポルターガイストや心霊写真に至るまで、幽霊に関わる出来事がコンパクトにまとまっています。後にヘイニングが著した「世界霊界伝承事典」の原型と言ってもいいかもしれません。博識なヘイニングは、日本や中国の幽霊にも言及しています。
著者のスタンスは、ビリーバーでもなければ懐疑派でもない中立的なもの。19世紀末から20世紀初めにかけて量産された偽心霊写真や偽霊媒師のからくりを暴く一方、説明がつかない現象については判断を保留しています。もっとも、現在では真相が明らかになっている(と判断されている)マリー・セレスト号事件とかバルバドスの動く棺桶事件に、「もっとも不可思議な謎」とコメントしていたりしますが、それは仕方のないことです。
文章に誤植が目立つのは残念ですが、掲載された様々な図版をながめて神秘の世界に思いを馳せるのも、時にはいいのかも知れません。

オススメ度:☆☆(←マニア向け)

2006.12.21


サム・ホーソーンの事件簿2 (ミステリ)
(エドワード・D・ホック / 創元推理文庫 2002)

1920年代のニューイングランドの田舎町を舞台に、不可能犯罪の謎を解く若き医師サム・ホーソーンの活躍を描く連作短篇集の第2巻。1巻と同様、年老いたサム・ホーソーン医師が若き日に遭遇した事件の思い出を語るという設定になっています。しかも、どの作品でも最後に次の事件の予告がなされるもので、ついつい途中で詠む読むのをやめられなくなってしまいます。
医科大学を出たばかりのサムがノースモントの町で診療所を開業して、5年が経過しました。地域にすっかり溶け込み、エイプリル看護婦やレンズ保安官との息もぴったり。ですが、時おり起こるチェスタトン好みの(笑)怪事件が町の平穏を乱し、サムの出番となるわけです。
では、収録作品を簡単に紹介していきましょう。

「伝道集会テントの謎」:“触れるだけでどんな病人も治す奇跡の少年”という触れ込みで、新興宗教の教祖がノースモントに伝道に訪れます。伝道集会を覗きに行ったサムは、集会が終わりがらんとしたテントの中で教祖のジョージと言い争いになり、殴ってしまいます。その直後にジョージは刺殺され、現場にいた唯一の人物ということで、サムに殺人の嫌疑がかかってしまいます。
「ささやく家の謎」:ノースモントの町外れにあるブライアー屋敷(現在は空家)に幽霊が出るという噂が立ち、屋敷の所有者に調査を頼まれたというゴースト・ハンターが町にやって来ます。たまたま屋敷近くの農家に往診に来ていたサムは、ゴースト・ハンターとともに屋敷で一夜を過ごすことになります。その晩、屋敷に忍び込んできた男が他殺死体となって発見されますが、被害者はもっと前に死んでいたことが判明――生ける死者の謎は?
「ボストン・コモン公園の謎」:サムは医師会の総会に出るために、エイプリル看護婦と一緒にボストンに出かけますが、宿泊したホテルのそばの公園では、クラーレ(南米インディオが使う神経毒。ミステリ小説に出てくる毒薬としてはポピュラーです)による連続無差別殺人が起きていました。容疑者は特定されているのに、警察は逮捕できずにいると言います。サムが突き止めた真犯人は――。
「食料雑貨店の謎」:雑貨店の店主マックスがショットガンで撃たれて殺され、内側から鍵がかかった店内では、発射されたショットガンとともに、女性参政運動の活動家マッジが気を失って倒れていました。もちろんマッジが容疑者として拘引されますが、サムは疑問を抱きます。
「醜いガーゴイルの謎」:隣町で起きた、三角関係のもつれによると思われる死亡事件の裁判がノースモントで開かれることになり、サムも陪審員に選ばれます。ところが、裁判の当日、水を飲んだ裁判長が急死し、コップの水からは青酸が見つかります。容疑は、水を運んだ廷吏のティムにかかりますが――。
「オランダ風車の謎」:世界恐慌の年、ノースモントに「ピルグリム記念病院」が開業します。サムにとっては商売敵でもあるわけですが、町が発展するとともに患者数も増えてきていたので、逆に歓迎すべきことでした。それから間もなく、病院の敷地内にある風車の中でボヤが起こり、土地の寄贈者コリンズが大火傷を負って発見されます。彼は「ルシファー・・・」とささやきました。さらに数日後、風車は燃え落ち、ガソリンスタンドの店主の焼死体が――。風車に潜む悪魔に、サムが挑みます。
「ハウスボートの謎」:ノースモント郊外の小さな湖チェスター湖のほとりに小さな別荘地があり、そこで夏を過ごしにきた一家とサムは親しくなります。そして、伯父夫婦と一緒に滞在していたミランダと、サムは恋仲になっていました。ある夕方、サムとミランダを残し、ミランダの伯父夫婦は隣家のハウザー夫妻と4人でハウスボートのクルージングに出かけます。ところが、漂流しているボートに異変を感じたサムとミランダが現場へ駆けつけると、4人の姿は煙のように消え失せていました。
「ピンクの郵便局の謎」:ノースモントにきちんとした郵便局が開局した日、ウォール街では株の大暴落が起こります。急遽、ニューヨークに金を送らなければならなくなった実業家ウォーターズが、1万ドルの債券が入った封筒を局長のヴェラに渡しますが、ちょっとした騒ぎが起きた隙に、サムやミランダ、エイプリルやレンズ保安官が見ている前で、封筒は消え失せてしまいます。サムが暴いた「盗まれた手紙」の在り処は?
「八角形の部屋の謎」:郵便局長ヴェラとレンズ保安官は、サムの知らないうちに恋仲となっており、晴れて結婚式を挙げることとなりました。式場として選ばれたのはイーデン夫妻が所有する“イーデン・ハウス”の八角形の部屋。ところが、式の当日、部屋には内側から鍵がかけれており、ドアを破って入ってみると、浮浪者風の見知らぬ男が短剣で刺されて死んでいました。密室殺人の真相は――?
「ジプシー・キャンプの謎」:死にそうな顔をして、ピルグリム記念病院へ駆け込んできたジプシー青年。「呪われた! 銃弾で殺される!」と叫んだ直後、青年は急死し、解剖の結果、驚くべき事実が判明します。青年の心臓から、発射されたばかりの22口径の銃弾が発見されたにもかかわらず、銃創はどこにも見つかりませんでした。ジプシーのキャンプを訪ねたサムは、ジプシーのリーダーから、死んだ青年をたしかに呪ったと聞かされますが――。
「ギャングスターの車の謎」:ある朝、サムは見知らぬ男に銃を突きつけられ、拉致同然に連れ去られます。密造酒をめぐるトラブルでギャングのボスが撃たれ、ノースモントのはずれの小屋に身を隠しているので、治療のために連れて行かれたというわけです。さらに、取引のためにやって来た密造業者が車の中から煙のように消えうせるという怪事件が発生、いつ撃たれるかという危機的状況の中、サムの頭脳がフル回転します。
「ブリキの鵞鳥の謎」:飛行サーカス団が、ノースモントへ興業にやってきます。地元新聞の記者ボニーは、団長のウィンズロウと一夜のうちに恋に落ちますが、翌日、曲芸飛行を終えて着陸した操縦席で、刺殺されているウィンズロウが発見されます。空を飛ぶ密室の謎を、サムはいかにいて解き明かすのでしょうか・・・。
「長方形の部屋」:これはサム・ホーソーンものではありません。学生寮で男子学生が殺されます。同室の学生が容疑者として逮捕されますが、彼は20時間もの間、死体と一緒に部屋に閉じこもっていました。レオポルド警部は意外でやるせない真相に到達しますが、サム・ホーソーンものと異なり、サイコ・ミステリに分類される現代的なネタです。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.12.22


幽霊が多すぎる (ミステリ)
(ポール・ギャリコ / 創元推理文庫 2000)

ずっと名前だけは知っていたポール・ギャリコ、これが初読みです(つまり、「ジェニイ」も「トマシーノ」も「マチルダ」も「スクラッフィ」もまだ読んでいない)。とはいえ、これは解説によるとギャリコには珍しい本格ミステリとのこと。タイトルはホラーっぽいですが、創元さんが怪奇・ファンタジーではなくミステリのジャンルで出していることで、真相が超常現象ではないことはバレバレ――と思いましたが、ハヤカワさんの「ジャクソンヴィルの闇」という例もあるので(バリバリのホラーなのにミステリ文庫から出ている)、油断はできません(笑)。
※ここまで書いて、念のため蔵書データベースをチェックしてみたら、学生時代にエラリイ・クイーン編のアンソロジー「犯罪の中のレディたち」に収録された短篇「単独取材」を読んでいました(^^;

さて、英国ノーフォークの由緒ある屋敷、パラダイン男爵が代々住まうパラダイン館には、16世紀より様々な怪異が言い伝えられてきました。先代が亡くなり、相続税を払うために、当主パラダイン卿は屋敷をカントリークラブとして会員に解放します。ところが、初夏のある晩、ポルターガイストが現れ、以降、屋敷には言い伝えにあるような怪異が次々と起こります。部屋が荒らされ、誰もいない音楽室でハープの音が鳴り響き、悲運のうちに死んだ16世紀の尼僧の亡霊がさまよい歩きます。晩餐の席では重い椅子が勝手に動き、原因もなくロウソクが消えて、スープ皿にウサギの惨死体が出現します。さらに、滞在客のひとりは夜中に冷たい手で首を絞められそうになります。
隣り合った地所に住むサー・リチャードは、怪異の謎を解くために(そして、自分の愛する女性を幽霊の悪意から守るために)、旧知のゴースト・ハンター、アレグザンダー・ヒーローを呼び寄せ、調査を依頼します。大仰な、人を食ったような名前ですが、れっきとしたフランス系の姓だと説明されています。
パラダイン館を訪れたヒーローは、早速、地元の牧師が行う悪魔祓いの儀式に遭遇しますが、もちろん(笑)儀式は大失敗に終わります。現代のゴースト・ハンターらしく、ヒーローが真っ先に目を付けたのは、屋敷の人々の複雑な人間関係でした。
当主のパラダイン男爵と夫人には、ふたりの子供、マークとベスがいます(ふたりとも成人しています)。他に、先代の妹で実質的に屋敷を取り仕切っているオールドミスのイザベル、ひねくれて底意地の悪い従兄弟の青年フレッド。自分の屋敷を改築中のリチャードと、ベスの友人で活動的なアメリカ女性スーザンもパラダイン館に滞在しています。ヒーローの見たところ、マークはスーザンに、ベスはリチャードに首っ丈なのに、当のリチャードとスーザンが恋仲のようでした。
屋敷で休暇を過ごしているカントリークラブの会員も、多士済々です。名誉欲と保身の塊りのような下衆野郎のカーター下院議員と妻子(さえない娘ノーリーンは12歳で、ポルターガイストにつき物の“思春期で精神的に不安定な少年少女”というカテゴリーに見事にはまりこみます)、“力こそ正義なり”という言葉が服を着て歩いているようなウィルスン陸軍少佐と妻のヴィヴィアン、生半可な知識をひけらかす善良な(笑)オカルトマニアのジェリコット、自尊心の塊りのような原子物理学者ポールスン、世知に長けたテイラー未亡人、物静かな技師エリスンといった面々。
ヒーローは、さっそくスーザンに心惹かれ、夫に不満を持つウィルスン夫人からあからさまにモーションをかけられます。女性に弱く、火遊びもいとわないヒーローは(まあ、仕方がないです、“ヒーロー”なんですから)、それが自分の弱点だとわかっていながら、克服できないでいます。わかっちゃいるけどやめられない――といったところでしょうか。
関係者の話を聞き、実際にポルターガイストを体験したヒーローは、謎めいた言葉をつぶやきます――「この屋敷には、幽霊が多すぎる」
事態は自分ひとりの手に余ると感じたヒーローは、有能な助手――継妹のメグを呼び寄せます。彼女こそ、待ってましたという絵に書いたようなヒロインでした(笑)。主人公が男だと知って、どうせゴーストハンターを出すなら、ルナ(J・D・ケルーシュの「不死の怪物」の主人公、美少女ゴーストハンター)みたいな方がいいな、と不埒な考えを抱いていましたが、メグが出てきて不満は雲散霧消。親が再婚同士なのでヒーローとは血が繋がっていない妹ですが、パラダイン家もひれ伏す名家ヘネ伯爵家の娘にして、才色兼備で腕利きの写真家――心霊現象の探求に有能なカメラマンは不可欠ですから、適切な人選といえます。
メグの協力を得て、幽霊の謎を解こうとするヒーローですが・・・。
結論は、「幽霊よりも怖いのは生身の人間」ということになるわけですが、それでもギャリコは訴えかけてきます――でも、人間だって、捨てたものじゃない。その証拠に、ミステリなのに登場人物はひとりも死にません(これはネタバレにはならんでしょう)。
この作品は単発もののようですが、ヒーローとメグの揺れ動く微妙な感情など、もっともっと続きを読みたいという気にさせられてしまいます。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2006.12.24


六色金神殺人事件 (ミステリ)
(藤岡 真 / 徳間文庫 2000)

書店の棚から呼ばれたような気がして(笑)、つい手に取った本です。まったく知らない作者でしたが、メタリックグリーンの背表紙が目立ったのと、タイトルに惹かれたのでしょう。何といっても「神」と「殺人」で、しかも古史古伝がメインテーマ。伝奇ミステリとしては最高の道具立てでしょう。昔、『伝説』シリーズ(半村 良)や『新黙示録』シリーズ(志茂田景樹)に夢中になったことを思い出しました。ここで期待しすぎたのが失敗(笑)。
プロローグは昭和12年。青森県の片田舎にある津本町で、神秘の古文書“六色金神伝紀”をめぐる争いが描かれます。地元の名家・東元家に伝わる“六色金神伝紀”には、日本史の常識を覆す、太古の神々の戦いが描かれているといいます。
一転して現代。損保会社の調査員・江面直美は、調査で青森へ出張した帰り、大雪の中で道に迷った末に、津本町にたどり着きます。着いたとたん、直美は変死体の発見現場に出くわし、予言能力があるという老人・栗栖から謎めいた言葉をかけられます。津本町では、町興しのために“六色金神伝紀”にまつわる壮大な“六色金神祭”が行われようとしていました。東京からアイドル女優も呼ばれ、“六色金神伝紀”をめぐるシンポジウムも開かれますが、大雪のため道路は封鎖され電話も不通、町は陸の孤島と化しています。祭を取り仕切るイベント会社の青年・緒梶と知り合った直美は、仕方なく祭を楽しもうとしますが、シンポジウムの席上で、“六色金神伝紀”の解釈に反対する在野の学者・岡島が宙を飛んで壁に突き刺さって死ぬという変事が持ち上がります。それを皮切りに、“六色金神伝紀”に描かれる神々の戦いの見立てとしか思えない不可能殺人が次々に発生しますが、不可解なことに主催者は祭を続行しようとします。直美の見る限り、地元警察は無能で、事件を隠蔽しようとしているかのようでした。人間には不可能とも思える連続殺人事件の真犯人は、太古からよみがえった神なのでしょうか・・・。
ここまでが第1部。“六色金神伝紀”は“竹内文書”がモデルでしょうし(トンデモ度はどっこいどっこい)、解釈をめぐる論争は、一時期、実際に活発に展開された“東日流外三郡誌”論争(こちらは真贋論争でしたが)が下敷きでしょう。説明不足気味でテンポが速いため、ついていくのに若干の苦労がありますが、わくわくする展開に、さて真相はと勇んで第2部に進んでみたら――思い切り脱力しました(汗)。無理に(伏線も細かく張ってあるので、作者としては計算通りなのでしょう)合理的解決に持っていかなくとも、半村さん風味の伝奇小説のままで終わらせた方が良かったのではないかと、ひしひしと感じます。重厚な伝奇サスペンスが、いつの間にか薄っぺらな自己満足ミステリに変わってしまっているのを見るのは悲しいです。最後にもう一度どんでん返しを試みているようですが、思い切りすべってるし(^^;
第1部が終わったところで、読むのを止めるのが吉。

オススメ度:☆☆

2006.12.26


鳴風荘事件 (ミステリ)
(綾辻 行人 / 光文社文庫 1999)

先日読んだ「殺人方程式」の続篇。続篇とは言っても、主人公らが共通するだけで内容は独立したものです。
警視庁捜査一課の刑事・明日香井叶(きょう)には、いまだに京都で気ままな学生暮らしをしている一卵性双生児の兄・響(きょう)がいます。容姿はおろか、名前の発音まで一緒のため、叶の愛妻・深雪は“カナウ”君、“ヒビク”君と呼び分けていますが、そっくりなことを利用して響が刑事の叶になりすまし、新興宗教『御玉神照命会』の教主殺人事件を解決したのが「殺人方程式」でした。それから1年――。
深雪は、中学時代の旧友と10年ぶりに会うために、信州を訪れます。大人になって叶えたい夢を封じ込めたタイムカプセルを、恩師の青柳画伯とともに掘り出すためでした。刑事と結婚するという夢を叶えた深雪は、証拠(笑)として叶を一緒に連れて行くことにしていましたが、直前に叶は虫垂炎で緊急入院し、万事休す。代わりに、たまたま上京してきた響が叶に成りすまして同行することになります。
教師を引退した青柳の家に集まったのは、かつての同級生、男性2名(後藤と蓮見)、女性2名(あずさと夕海)のほか、作家となった夕海の付き添いでフリーの編集者・千草、かつて深雪の家庭教師をしていた五十嵐でした。現れた夕海を見て、深雪は驚愕します。野暮ったくてさえない少女だった夕海が、6年前に都内のマンションで殺された姉・紗月とそっくりの神秘的な美女になっていたのです。紗月の殺害現場を見つけたのは深雪と夕海で、たまたま現場を目撃して駆けつけたのが、大学生だった叶――それが、叶と深雪の出会いでした。予言の能力があったという紗月は腰まであった長い髪を切り取られており、犯人と目されたベンチャー企業の青年社長・中澤は、そのしばらく後に自殺しています。
夕海の変貌ぶりに驚く一同ですが、タイムカプセルを開けた後は、予定通り、近くにある蓮見の別荘『鳴風荘』に泊まって旧交を温めることになります。ところが、その翌朝、寝室で殺されている夕海が発見されます。姉と同様に、長い髪は切り取られていました。現場の状況から考えると、“犯人は足にけがをしている人物ではない”と思われました――実は、深雪や後藤、蓮見の妻・涼子など、関係者の半数は、なんらかの理由で足にけがをしていたのです。犯人は、なぜ夕海の髪を持ち去ったのか? 6年前の事件との関係は――?
実は、犯人が髪を切った理由については、「これじゃないかな?」と思ったことが当たっていました。でも、そこから連想した「6年前の事件は、アレとアレが実はアレしてたんじゃないか?」という推理は見事にハズレ(笑)。響が解き明かす真相を読むと、細かに計算された伏線が過不足なく散りばめられていたことに改めて気付かされ、「だまされたあ!」という心地よい気分を味わうことができます。
あと、細かいことですが、309ページにE・クイーンの「スペイン岬の謎」のネタバレがありますので、未読の方はご注意ください。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.12.27


ポストマン (SF)
(デイヴィッド・ブリン / ハヤカワ文庫SF 1998)

「スタータイド・ライジング」をはじめとする“知性化”シリーズでおなじみのデイヴィッド・ブリンの長篇第4作。かなり初期の作品ですね。ケビン・コスナー監督・主演で映画化されました(いつものことながら、見ていませんが(^^;)。
舞台は第三次世界大戦(?)で世界中の国家が崩壊し、廃墟となった近未来です。世界を破滅させた戦争から17年、アメリカ西部の旧オレゴン州でも、生き残った人々が小さなコミュニティを各所に築き、必死に生きようとしていました。人々を脅かしている最大の危険は、凶暴な野生動物でも残留放射能でも疫病でもなく、定期的に襲来しては略奪と殺戮をほしいままにする盗賊たちでした。かつての極右思想家の著書を聖典とあがめる“ホルニスト”と呼ばれる武装集団は特に凶悪で、旧軍人を中心に組織化され、封建主義を標榜する過激な行動で地域の人々の脅威になっています。
そんな中、中部のミネソタ州から長い旅をしてオレゴンにやってきたひとりの男がいました。名前はゴードン・クランツ。戦後の混乱の中、秩序を守ろうと民兵組織に志願して戦った後、今は孤独に旅を続けながら、行く先々の村や町で寸劇を演じて、生きる糧を得ています。彼は、盗賊に襲われて荷物を失い、山をさまよっているうちに、乗り捨てられた1台のジープを発見します。ジープに乗っていたのは、制服を着けたままミイラ化していた男の遺体と、袋いっぱいの手紙――ジープは、アメリカ郵政公社の郵便物運搬車だったのです。
ゴードンは遺体から制服や制帽を奪って(これは生きるための正当な行為)旅を続けますが、最初に訪れた村パイン・ビューで大歓迎を受けます。とまどうゴードンは、やがて自分が郵便配達員だということが、村人が興奮した理由なのだと思い当たります。孤独で外部と隔絶された苦しい生活を送る村人たちは、郵便こそ外部と繋がりを持てる唯一の手段だと感じ、それを担っている“ポストマン”である(実は偽者なわけですが)ゴードンを英雄のように扱ったのです。ゴードンは、この点を最大限に利用し、排他的な他のコミュニティに受け入れてもらうための方便として、自分は東部にある架空の“復興合衆国”の特使であり、西部に郵便ネットワークを復活させるために派遣されたのだという話をでっちあげます。しかし、彼の言うことを信じ、未来への一筋の希望を託す人々の姿に、ゴードンも、人類にとって崇高ななにかを守るために立ち上がらねばならないと決意します。
今や西部復興の象徴となったゴードンは、サイクロプスと呼ばれる謎の存在が秩序と平和を維持しているという北部の町を訪ね、後に恋人となるデーナと出会います。次いで、迫り来る武装集団に対抗すべく、州南部の農民たちを団結させている有力な指導者ジョージ・パウハタンに共闘を呼びかけますが――。
最終戦争後の荒廃した世界を旅するひとりの男、という設定を知ったときは、同じような設定の「怒りの神」(P・K・ディックとR・ゼラズニイの合作)を思い浮かべたのですが、読んでみると、テイストはマキャモンの
「スワン・ソング」でした。特に、ひとりひとりのキャラクターが脇役に至るまできっちりと描きこまれていて、強い印象を残すところが共通しています。また、ゴードンは決して自分からヒーローになりたかったわけではなく、行き掛かり上、そうなってしまうわけで、常に自分の行動の理由や正しさを自問自答して、悩み抜きます。“我こそは正義なり”と公言してはばからない、同じ国(笑)の政治家には、そんなゴードンの気持ちは理解できないでしょう。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.12.29


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