酒の夜語り (ホラー:アンソロジー)
(井上 雅彦:編 / 光文社文庫 2001)
テーマ別書き下ろしホラー・アンソロジー『異形コレクション』の第24巻です。今回のテーマは、タイトルからお分かりの通り「酒」。
実は個人的には酒にはあまり良い思い出がありません(笑)。体質的にまったくアルコールを受け付けない(ビールは二口でアウト、ジントニック1杯でブラックアウトします)ため、飲み会では常に会計係、終電では爆睡する上司先輩を最寄り駅で起こし、さらに遅くなったら酒乱の上司をなだめながらタクシーで自宅まで送り届けるのが常でした。まあ下戸がひとりいると、皆さん安心して酔っ払えるようです。でも酔っ払いを相手にしていちばん悲しいのは、自分勝手な議論を吹っかけてきて、何時間も真面目に相手をしてあげたのに(いい加減に応対すると怒るし(^^;)、翌日になると「え? そんなことあったっけ?」としらっと口にすること(とぼけてるんじゃなく、本当に覚えていないのですな)。この本では、酒に溺れてしまう怖さを書いた作品は多いのですが、酔っ払いを身近にした下戸が感じる恐怖や不安を正面から描いたものが皆無なのが、ちと不満です(笑)。満員の終電で、隣に立ってたどす黒い顔のサラリーマンにのしかかられて「うえっぷ」なんて言われた日には――(汗)。
※豆知識:下戸というのはアルコール分解酵素が弱いのだと思われていますが、それは誤解で、アルコール分解の結果として生成される有毒物質アルデヒドの分解酵素が弱い人をいいます。ちなみに両方強い人は底なしの酒豪、両方弱い人は酒がなかなか抜けない二日酔いタイプ、前者が弱くて後者が強い人は、べろべろになってからが長いはしご酒タイプです。
さて、収録された23篇の作品を簡単に紹介していきましょう。
「小さな三つの言葉」(浅暮 三文):ウィーンの謎めいたバーで、秘密の製法で熟成された酒のグラスを傾ける男。その酒を飲むと、愛する死者の声が聞こえるといいますが・・・。
「八号窖の手」(南條 竹則):現代中国の片田舎の酒蔵を訪れた日本人客。歓迎の酒宴で酔った目に、とある酒甕の上で白い手がひらひらしているのが映ります。副長が語った、その由来とは――。
「ジントニックの客」(中井 紀夫):若い女性バーテンダー・加奈子が勤めるバーの常連客4人が、なぜか一晩にひとりずつ、カウンターの片隅に現れてはジントニックを注文して加奈子に学生時代の恋の思い出を語ります。途中でオチが読めてしまいますが、それが却って嬉しいファンタジー。
「夢淡き、酒」(倉阪 鬼一郎):戦後の焼け跡で酒場を営む男。かつては藤山一郎ばりの歌手を目指すも夢破れ、戦争で妻子を失った彼ですが、ひとりバイオリンを弾き焼酎を傾けるうちに――。
「グラスの中の世界一周」(森 奈津子):あるカクテルを特殊な条件で飲むと、別の人の心に入り込むことができる――。その魔法を使えるモナミは、友人の洋子に歪んだ愛情を注いでいましたが・・・。
「瓶の中」(山下 定):年老いた両親の求めで実家へ帰った青年が、過去の因縁めいた悪夢に囚われていく話。もちろん、そこには、ある無気味な酒が介在しています。
「苦艾の繭」(吉川 良太郎):タイトルの見慣れぬ漢字はニガヨモギのことです。第二次大戦下のベルギーを舞台に、幻の酒と言われるアブサン(原料のひとつはニガヨモギ)を密造する男ヨハネス。彼の目の前に現れた青年がもたらしたのは、この世のものとも思えない極上のアブサンでした。その酒に溺れるヨハネスは、身体に異変を感じつつもよみがえる過去にさいなまれていきます。蒸留酒は中世ヨーロッパの錬金術から生まれたいう事実を知っていれば、この錬金術小説がさらに味わい深くなります。この本の中で質量ともに最上の作品。
「赤の渦紋」(青木 和):古代では、酒は嗜好品ではなく、神と交わるための聖なる飲物でした。西からもたらされた稲作によって山村の生活が激変する時代を生きた巫女の物語。
「笑酒」(霜島 ケイ):不老長寿をもたらす酒“笑酒”を求めて諸国を遍歴する道師・八角は、旅の途中で拾った孤児・捨丸とともに、とある村を訪れます。捨丸の記憶では、その村の社には“笑酒”らしき酒が供えられているというのですが・・・。結末が秀逸です。
「ボンボン」(井上 雅彦):子供の頃に口にしたチョコレートボンボンに入っていた甘い酒の味が忘れられない青年は、ふとしたきっかけで過去の扉を開いてしまいます。(そういえば、バレンタインデーに職場のOLからもらったチョコレートを昼休みに食べたら、それがリキュール入りだったため、酔いが醒めるまで2時間ほど応接室で寝ていた記憶が(^^;)
「飛蝗の爺さん」(江坂 遊):夜の酒場の片隅に現れる老人がもたらすのは、過去の甘い記憶か、それとも悪夢か・・・。
「首吊少女亭」(北原 尚彦):スコットランドを一人旅する若い日本人留学生のサチコ。ネス湖を訪れた後、ガイドの青年に誘われて地元のパブで美味しいシングル・モルトを味わいます。“首吊少女亭”というパブの無気味な名前の由来を聞くうちに・・・。トラベル・ロマンス風味から悪夢に暗転するさじ加減が抜群。
「李白一斗詩百篇」(小沢 章友):唐代末期、かの酒仙と呼ばれた大詩人・李白と同姓同名の薬屋の若亭主・李白は、大先輩にあやかって一斗の酒を飲み干してインスピレーションを得ようとしますが、並の人間にはそう簡単に飲みきれるものではありません。諦めきれない李白は奇妙なペルシャ人からもらった丸薬を服用して再挑戦しますが・・・。
「頭にゅるにゅる」(中島 らも):アルコールに毒された頭が生み出す悪夢のような世界ですが、恐ろしいことに、ほぼ実話だそうです。収録されている中で、いちばん怖い話かもしれません。
「痴れ者」(飯野 文彦):「頭にゅるにゅる」と同様、家族も職も失ったアルコール依存症の男がのめりこんでいく悪夢の世界が描かれますが、こちらはフィクション。その分、論理的整合性があります(笑)。
「青い夢」(早見 裕司):過去の本シリーズ(「俳優」や「恐怖症」)の収録作品と共通の人物が登場する“声優もの”。絶大な人気を誇る声優・谷川が抱えている悩みを、長年のパートナー・浅理は気にかけていました。共演したアニメ番組の打ち上げの二次会で・・・。
「夢の入れ子」(石神 茉莉):酒が原因で離婚した柏木は、娘の美那子に会いに行くことが唯一の楽しみでした。しかし、アルコールは次第に彼の心と身体をむしばんで・・・。
「常連」(藤木 稟):リストラされたサラリーマンが酒場で酒に溺れていると、いわくありげな人々が次々に身の上話を始めます。ありがちなオチですが、さらりと怖い。
「ワイン猫の憂鬱」(竹河 聖):血統書つきのチンチラ猫・ミレニアムが気取った口調で語る、愚かな男女の人間模様。最後の一行が効いています。
「秘伝」(草上 仁):近未来、富裕層が暮らす「町」と広大な廃棄物投棄場で暮らす下層階級の「村」に分かれた社会で、「村」いちばんの杜氏ジロは秘伝のトグロ酒を造ろうとしていましたが、最後の隠し味がわかりません。自堕落な生活を続ける兄カズは、そんなジロをせせら笑います。アシモフ好みの洒落たSFミステリです。
「酒粥と雪の白い色」(薄井 ゆうじ):吹雪の晩、一人暮らしの老婆の小屋へ、たくましい粗暴な男がやってきます。その男は、数十年前に出て行った老婆の夫に瓜二つでした。一夜の幻想譚。
「朱の盃」(加門 七海):維新直後、零落した若い御家人は、物乞いの老人に亡父の面影を見て酒を振舞ってやります。老人が持っていた鮮やかな朱塗りの盃で、それに注いだ酒を飲むと猩々に化す、と老人は言います。
「思いつづけろ」(菊地 秀行):眠りについた人が次々と消えてしまう怪現象に支配された未来。消えないでいるための方法は、なんと――。
オススメ度:☆☆☆
2006.11.9
「X」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2002)
戦後間もない昭和20年代に創刊された推理雑誌を紹介する、『甦る推理雑誌』シリーズの第3巻です。今回は、「X」(前身は「Gメン」)、「新探偵小説」、「真珠」、「フーダニット」という4誌。どれも2〜3年という短命な雑誌ですが、戦前派から戦後の新人まで、それなりの作家が顔を揃えています。
では、収録作品を雑誌別にざっと紹介していきましょう。
<Gメン→X>
「湖のニンフ」(渡辺 啓助):湖畔のさびれた旅館にひとり滞在していた若い女性に、ふらりと現れた男性が声をかけ、湖でのボート乗りに誘います。しかし、当地には逃亡中の殺人犯が逃げ込んだという情報がありました・・・。ちくま文庫版「渡辺啓助集」には未収録の作品。
「吹雪の夜の終電車」(倉光 俊夫):雪国のローカル線の終電車には、陰鬱な雰囲気が漂っていました。前夜、同じ電車が女性の飛び込み自殺に遭っていたのです。幽霊が出るのではと脅され、びくびくする車掌と運転士。そこへ、青い顔をした青年が飛び乗って・・・。ミステリというよりは、純粋の怪奇小説。
「匂う密室」(双葉 十三郎):病死した資産家の遺言状を巡る密室殺人事件。作者の本業は映画評論家です。
「第二の失恋」(大倉 Y子):将来を嘱望されていた若手女流ピアニストが、留学先のヨーロッパからの帰途、投身自殺を遂げますが、後日、その真相を告白する手紙が、姉に届きます。
「悪魔の護符」(高木 彬光):妻を殺そうと酒場で悶々とする青年の前に、自分は悪魔だと称する謎の老人が現れます。老人にそそのかされて、遂に青年は妻を拳銃で撃ち殺しますが――。無気味な発端から読後感の良いラストにいたる展開はさすがです。
「月光殺人事件」(城 昌幸):当時の探偵作家たちによって、さるイベントで演じられた劇。内容はさほどのものではありませんが、探偵役が江戸川乱歩、検死する医師が木々高太郎、警官役が大下宇陀児と角田喜久雄など、出演者の顔ぶれがすごいです。
<新探偵小説>
「幽霊妻」(大阪 圭吉):理由もなく離縁された貞淑な妻が、毒をあおって自殺します。そのしばらく後、夫の惨殺死体が発見されますが、死体の手には、女の長い髪の毛が握られていました。幽霊が恨みを晴らしに来たのでしょうか・・・?
「赤いネクタイ」(杉山 平一):リゾートホテルで、赤いネクタイをした男性客が密室で殺されます。ところが、冷蔵室に保管したはずの遺体が姿を消し、崖下の渓流で発見されます。密室と死体消失というふたつの要素が組み合わさったトリッキーな作品。
「こがね虫の証人」(北 洋):パリ郊外の旅館で発生した盗難事件の謎を、日本人科学者の光岡が解き明かします。手掛かりは、タイトルにあるコガネムシでした。
「奇蹟の犯罪」(天城 一):アパートで、女性の射殺死体が発見されますが、発見者は停電した室内で、死体が叫び声を上げたと言い張ります。その真相は――?
「二十の扉はなぜ悲しいか」(香住 春作):書斎で子供たちと“二十の扉”ごっこをしていた科学者が、突然の来客で遊びを中断しますが、諍いを起こした来客が帰った直後、ペーパーナイフで背中を刺された死体となって発見されます。“二十の扉”とは、当時はやっていたラジオ番組で、20のヒントから、なるべく早く正解を当てるというもの。
「温故録」(森下 雨村):「新青年」の初代編集長として辣腕を振るった著者が、故人となった同輩や先輩の思い出を綴ったエッセイ。「新青年」のタイトルにまつわる逸話が興味深いです。
「雑草花園」(秋野 菊作):ミステリ翻訳・創作に活躍した西田政治が別名義で連載した評論集。辛辣な筆致でミステリ雑誌の低俗化を怒り、探偵映画を一刀両断し、戦後の探偵小説文壇になかなか傑作が出てこないことを憂える一方、新人作家として香山滋を高く評価し、純文学畑から登場した「不連続殺人事件」(坂口安吾)に注目するなど、鋭い視点が光っています。
「井上良夫追悼特輯」:戦前、欧米本格ミステリの翻訳家として活躍した井上良夫さんの死を悼み、実績を讃えて、江戸川乱歩・森下雨村・西田政治・服部元正の4氏が短文を寄せています。(それぞれ「名古屋・井上良夫・探偵小説」、「彼、今在らば――」、「灰燼の彼方の追憶」、「井上良夫の死」)
「A君への手紙」(井上良夫):同氏の遺稿。探偵像と犯人像という視点から、探偵小説論を展開しています。文中にヴァン・ダインの代表作「グリーン家殺人事件」「僧正殺人事件」のネタバレがありますので、未読の方はご注意。
<真珠>
「朱楓林の没落」(女銭 外二):北京を舞台に、中華料理店「朱楓林」の盛衰を、ライバル店との確執をからめてミステリタッチで描きます。結末はいかにも中国的。
「妖虫記」(香山 滋):現代教養文庫版「香山滋傑作選」には未収録の作品で、今回はじめて読みました。昆虫学者である語り手が、蜘蛛を忌み嫌うようになった事情を、最愛の女性を失った経緯をからめて語ります。自室で事切れていた恋人を発見する場面のエキゾチックなエロチックさは強い印象を残します。
「探偵小説か?推理小説か?」(黒沼 健):戦前の「探偵小説」という名称が「推理小説」に変更された事情がわかります。著者は怪奇実話の大家です。子供の頃に読んだ「怪奇と謎の世界」は、ライターが嘘八百をでっちあげていた他のオカルト本とは一線を画す名著で、おかげで読んだ後しばらくは、夜にひとりでトイレへ行けませんでした(笑)。
「ひと昔」(戸田 巽):神戸在住の筆者が、戦前に神戸を訪れた諸作家の思い出を語ります。
「加賀美の帰国」(角田 喜久雄):長篇ミステリ「高木家の惨劇」で起用された探偵役・加賀美警部はシムノンのメグレ警部をモデルにしていました。その経緯を作者自身が語ります。
<フーダニット>
「探偵小説」(北村 小松):探偵作家志望の青年と探偵作家が、喫茶店で探偵小説の書き方を論じ合ううちに、隣のテーブルの男を題材に探偵術を実践することになり――。ホームズとワトスンの会話を思わせる、ユーモラスな一篇。
「灯」(楠田 匡介):ダンサーがアパートの自室で殺されます。前夜、ふたりの男性が部屋を訪れていましたが・・・。ダイイング・メッセージとロウゾクの炎を手掛かりに真相が解き明かされるトリッキーな作品。
「幽霊の手紙」(黒川 真之助):幼い頃から親友として育ったふたりの青年。しかし、生活環境の違いから、ひとりは常に劣等感を抱いていました。それがやがて殺意に変わりますが・・・。
オススメ度:☆☆☆
2006.11.27
20世紀SF5 1980年代 冬のマーケット (SF:アンソロジー)
(中村 融/山岸 真:編 / 河出文庫 2001)
20世紀を代表する英米のSF短篇を年代別に集めたアンソロジー、今回は1980年代です。
実は80年代のSFにはあまり馴染みがありません。SFに限らず、80年代後半から90年代にかけては仕事が忙しく、本は月に10冊読めるか読めないかという状況でした。なので、この時代に読み逃してしまった作品を、今、一生懸命集めて、数年後には(笑)読もうと目論んでいるところです。
この時代は、サイバーパンクやナノテクSFが勃興したわけですが、上記のような事情もあって、これらのジャンルのSFについては、食わず嫌いという傾向があります。特にサイバーパンクはウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」を読んで、「趣味じゃないな」と思ったので、ほとんど放置状態でした(^^;
そんなわけで、12篇が収録されたこの巻、名前も知らなかった作家が4人、それを含めて7人の作家が初読みでした。
では、収録作品を順に紹介していきましょう。
「冬のマーケット」(ウィリアム・ギブスン):サイバーパンクといえばこの人、というくらいイメージが固まっている電脳SFの代表作家の作品。機械を精神に直結でき、人間の感情そのものをプログラミングしてCDソフトのように売買するのが普通になっている近未来――そんなプログラマーの若者が、虚無的な少女リーゼと出会います。彼女の感情をベースにプログラムしたソフトはベストセラーとなりますが――。でも、やはり、こういう世界観は趣味じゃないです。
「美と崇高」(ブルース・スターリング):以前、短篇集「タクラマカン」を読んだときにも感じましたが、同じサイバーパンクの代表作家でも、スターリングの作風はギブスンよりも肌に合っている気がします。この作品もそう。すべてがコンピュータ制御されている近未来、グランドキャニオンのリゾートを舞台に、富裕階級の若者たちの恋の鞘当てを、コンピュータの制御なしに人間のバランス感覚だけで飛ぶ(ある意味ではレトロな、ある意味では人間性の回復の象徴ともいえます)飛行機械の開発とからめて描きます。
「宇宙の恍惚」(ルーディ・ラッカー):同じサイバーパンクでも、あっけらかんとバカバカしくぶっ飛んでいるだけ、とっつきやすい作品です。マルチ商法用のフォンボット(自動電話セールスロボット)を買わされてしまった青年デニーは、フォンボットをカスタマイズして無差別ナンパ電話発信システムに改造してしまいますが、そのナンパ電話で知り合った女性シルクと、斬新なポルノビデオの製作を思いつきます。それは、宇宙シャトル内での無重力セックスの実況でした(そういえば映画「さよならジュピター」にも、そんなシーンがあったような・・・)。科学的かつバカバカしい結末が待っています。
「肥育園」(オースン・スコット・カード):サイバーパンクのアナーキーさと対極に位置する作家と言えば、カードはその代表でしょう。ヒューゴー・ネビュラ両賞受賞の「エンダーのゲーム」をはじめ、その作風にはモルモン教徒である自身の道徳観が色濃く現れています。本編の主人公バース氏は数年に一度、怠惰で不摂生な生活で肥満体になると、非合法の秘密施設である“肥育園”へやって来ます。ここでバース氏は、若く精悍な肉体に精神をコピーし、新たなバース氏となって世間へ戻って行くのです。しかし、オリジナルのバース氏は、どうなるのでしょうか・・・?
「姉妹たち」(グレッグ・ベア):遺伝子操作が普及し、子供の特質を親が思い通りに設計して生むことができるようになった未来、ほとんどの子供たちは容姿端麗、性格温和、成績優秀で、兄弟姉妹のように似通っています。ところが、遺伝子操作に反対し、自然に任せる親たちも少数ながら存在していました。そんな両親を持つリティーシャは、容姿やスタイルが他の女の子たちに比べて劣っていることで、疎外感を持っていました。演劇の授業で老女役を割り振られたことで、リティーシャの不満は爆発します。一方、クラスメートの間では、癲癇のような痙攣発作を起こす生徒が次第に増え始め――。共感と理解、そして愛に満ちた結末は落涙ものです。
「ほうれん草の最期」(スタン・ドライヤー):史上初のハッカー小説(正しくは“ハッカー”ではなく“クラッカー”ですが)だそうです。高名な科学者である父親の研究室に遊びに来た息子とその友人は、セキュリティをあっさりと突破してしまいます。IDとパスワードがあるからセキュリティは万全だ、と胸を張る父親の姿に、「住基ネットは絶対に安全です」と答弁するお役人の姿がダブります。
「系統発生」(ポール・ディ・フィリポ):はるかな未来、エイリアンに侵略された人類は、生き延びるために、地球上のあらゆる生物の強みをブレンドし、遺伝子を改変して奇想天外な変貌を遂げます。見栄も外聞もかなぐり捨てた人類の姿とは――。
「やさしき誘惑」(マーク・スティーグラー):「ほうれん草の最期」が初のハッカー小説であれば、こちらは初のナノテクSFだそうです。主人公は、山で暮らす保守的で平凡な女性。彼女が憎からず思っていたジャックは、未来に思いを馳せる進歩的なコンピュータ技術者でした。ジャックは先進テクノロジーを開発するために街へ去り、彼女は山へ残ります。しかし、歳を取るにつれ、最新テクノロジーは山へも押し寄せ、その利点を享受するうちに、彼女の中で進取の気性が芽吹き、やがて時代の最先端に――そして外宇宙へまでも、出て行くようになります。時空の果てで、彼女が出逢ったものとは・・・。
「リアルト・ホテルで」(コニー・ウィリス):量子論で言う「不確定性原理」は、ミクロな素粒子の世界でのみ観察できるというのが通説ですが、この作品では、現実世界で不確定性が事象に影響を及ぼします。量子物理学の国際学会が開かれるホテルを舞台に、登場人物は大真面目なのに、端から見ると見事なまでにスラップスティックというドラマが展開されます。とはいえ、こちらの世界でも、予測のつかない理不尽な行動をする素粒子のような人はたくさんいるわけですが(笑)。
「調停者」(ガードナー・ドゾワ):“サイバーパンク”という言葉を作って初めて使ったのは、このドゾワだそうです。この作品は、同時代のアメリカを席巻した宗教カルトの不条理性と恐ろしさを、地球温暖化による海面上昇で破滅に瀕した世界を舞台に生々しく描きます。原題の“The Peacemaker”の方が、内容をよく表していると思います。
「世界の広さ」(イアン・ワトスン):ある日突然、世界中で距離がどんどん広がっていくという怪現象が発生します。交通機関は遅れに遅れ、貿易はストップし(だって、何十万キロも離れた場所まで物資を運ぶ手段がありません!)、食糧を自給できない地域の住民は餓死するしかありません。そんな中、人々の失踪が相次ぎますが――。ホーガンの「時間泥棒」を思わせるアイディア・ストーリーです。
「征たれざる国」(ジェフ・ライマン):異世界ファンタジーと呼ぶには、あまりにも悲しく苦痛に満ちた物語です。“征たれざる国”と呼ばれる国に生まれた少女は、大国がもたらした隣国との戦争に巻き込まれ、家族を失います。難民となった彼女は、敵国の兵士カラスに口説かれ、妻となることを承知しますが、裏で糸を引く大国(最後まで、姿は現しません)の思惑に踊らされた戦争は混迷の一途をたどり、カラスも銃弾に倒れます。他国との戦争は、やがて内戦となり、ますます泥沼へ――。作者がイメージしているのは、明らかにベトナム戦争でしょう。
オススメ度:☆☆☆
2006.11.28
達磨峠の事件 (ミステリ)
(山田 風太郎 / 光文社文庫 2002)
『山田風太郎ミステリー傑作選』の最終巻。第1巻「眼中の悪魔」から、2年かけて、ようやく全巻読み終わりました。
今回は“補遺篇”ということで、過去の9巻に収めきれなかったもの、編集後に新たに発掘された作品などが収録されています。全体は3部に分かれ、通常の短篇小説(とはいってもバラエティに富んでいますが)、ショートショート、そして作者が十代の頃に受験雑誌の懸賞に応募して掲載された青春小説など、全部で35編。ミステリ作品はすべて収録するという編集方針のため、レベル的にはややバラつきがありますが、それでも楽しめたり考えさせられる作品が多いです。
それでは、簡単に紹介していきましょう。
「達磨峠の事件」:戦後すぐ、探偵雑誌「宝石」の第1回懸賞に入選した、事実上のデビュー作。雪の晩に起きた若い娘の首吊り自殺を、医科大学を出たばかりの医師が殺人と看破して犯人を指摘する本格ミステリ。
「天使の復讐」:脱獄した凶悪犯が、山小屋で暮らす母子の前に姿を現します。
「泉探偵自身の事件」:近所で起きる怪事件を次々に解決して“街の名探偵”の異名をもつ泉青年。同じアパートに滞在していた伯父が殺され、泉は伯父の秘書が怪しいとにらみますが・・・。
「全き円は天上に」:ひとりの女性を巡って、鳥取砂丘でピストルによる決闘を決意したふたりの青年がたどる皮肉な運命。
「天誅」:寺に入り込んだ脱獄囚は、鐘突きの老人の孫娘をさらいます。彼に降りかかった天誅とは――。
「疾風怪盗伝」:資産家の屋敷を襲って住人を皆殺しにし、秘宝を奪った強盗団。しかし、秘宝は呪われたものでした。悪党どもを襲う“呪い”の医学的な正体が秀逸です。
「旅の獅子舞」:田舎回りの旅芸人一座に渦巻く愛憎が生んだ悲劇。
「死人館の白痴」:「水葬館の魔術」(「笑う肉仮面」に収録)と同じプロットとトリックを使った本格パズラー。
「片目の金魚」:痴話ゲンカの末に恋人を屋上から突き落としてしまった青年は、必死に犯行を隠蔽しようとしますが・・・。
「東京魔法街」:甲斐性のない夫に愛想をつかして田舎を飛び出した若妻。胸をふくらませて帝都を訪れた彼女は、運命に翻弄され――。珍しく(?)ハッピーエンドです。
「下山総裁」:当時、日本中を震撼させた、国鉄総裁の轢死事件について、奔放な想像力で真相に迫る力作。
「渡辺助教授毒殺事件」:「下山総裁」と同じく、当時の実在の事件をモデルにした犯罪小説。
「霧月党」:ソ連と共産組織とつながりのある過激派秘密結社“霧月党”と、その解体を目指す工作員Qとの暗闘。
「ビキニ環礁午前四時」:広島の原爆を発端としてビキニの水爆実験まで、核に翻弄された一家の悲劇を描きます。
「一刀斎と歩く」:老人ボケから自分を剣豪だと思い込んだ旧華族と、その部下のお人よし青年が大騒動を巻き起こす、ホラ小説。
「ふしぎな異邦人」:特攻に散った恋人を忘れられないまま、アメリカ兵の情婦となっていた女性の前に現れた、謎の中国人は――。
「女が車に乗せるとき」:失恋して雪山で自殺しようとしていた女性は、突然現れた青年に陵辱され、青年を車で東京へ連れて行くよう強要されます。しかし――。
「女」:たおやかな女性が好みで、理想的な妻をめとった男が、早世した若妻の遺言で後妻に迎えた女性は――。
「千人目の花嫁」:女性恐怖症を克服するため、女性と見れば強気で説教するようになった青年。彼がめぐり合った理想の女性とは。
「鳥の死なんとするや」:17歳から87歳まで、10年ごとに死を思う男の日記。
「無用な訪問者」:老学者の臨終の席にやって来た男の真意は――。
「幻華飯店」:評判の中華料理屋に来たけれど、美味しく思えなかった男は、家族に戦後の闇市で食べた美味しいラーメンの思い出話を始めますが――。
「妖物」:旅先で、ある女性が大切にしていた封筒を誤って持ち帰ってしまった男。中に入っていた無気味なものとは・・・。
「幸福」:男女の幸福を考える、2ページの小品。
「しゃべる男」:遊びに来てはしゃべりまくっていく友人にうんざりしていた男。その友人が急死し、形見にもらったものとは――。
「雲南」:雲南の山奥で、旧日本兵が発見されますが――。怪談のような、ホラ話のような。
「石の下」:死んだ兄の代わりに医学校を受験するよう強要された文学少年の苦悩。
「鳶」:浪人を繰り返す年上の従兄弟と一緒に勉強しつつ、合格を目指す少年。運命の日、ふたりは――。
「鬼面」:伯父と従兄弟の家に同居して受験勉強をする主人公。父親の厳しさに耐えかねて、従兄弟は家を出て行ってしまいますが・・・。
「三年目」:代用教員をしつつ、進学を目指すふたりの青年。対照的な性格のふたりですが・・・。
「白い船」:連絡船に乗って受験に出かける受験浪人。昔馴染みと会い、希望に胸をふくらませていましたが、戦争の暗雲が漂っていました。
「陀経寺の雪」:雪深い寺にこもって受験勉強に励む3人の少年。でも、ひとりが村の娘に恋をしてしまいます。
「信濃の宿」:受験合宿のため、信州の木賃宿に滞在中のふたりの少年。ところが、宿の娘が遊郭に売られそうになり、ふたりは何とかしようとしますが――。
「青雲寮の秘密(第2回)」:「天国荘奇譚」に収録されたユーモア・ナンセンス「青雲寮の秘密」ですが、実は雑誌に連載された第2回が欠落していました。後に発見された欠落分が、これです。
「肉仮面」:「笑う肉仮面」の原型となった作品。連載予定の雑誌が潰れてしまったため、こちらは中断されてしまっていましたが、全面的に書き直して「笑う肉仮面」になった由。
オススメ度:☆☆☆
2006.11.30
バースデイ (ホラー)
(鈴木 光司 / 角川ホラー文庫 1999)
「リング」三部作のサイドストーリーをなす短篇が3編、収められています。シリーズ全体との時系列的関係で表せば、“before”と“during”と“after”でしょうか。
作品の性格上、紹介するにはどうしても本編のネタバレになってしまいます。未読の方はご注意ください。
「空に浮かぶ棺」:“during”に該当します。「らせん」に登場するヒロイン、高野舞は、師にあたる高山竜司の遺品を整理するうちに、例のビデオテープを見てしまい、ある重大な役割を果たすことになってしまいます。この短篇は、「らせん」では結果だけが示されたクライマックスを、当事者である舞の視点から描いたものです。誰にも気付かれないビルの屋上で、不安と恐怖に苛まれつつ、●●を迎える舞を、過去の回想とともに描きます。
「レモンハート」:“before”に該当する中篇。「リング」で、主人公の雑誌記者・浅川は、ビデオの謎を解くために、先輩記者の吉野に山村貞子の過去の調査を依頼します。吉野の調査の結果、貞子は大島から上京して劇団へ入り、その後、失踪したことが判明しますが、この作品は劇団時代の貞子を、恋人の視点を通して描いたものです。劇団でSF(音響効果)担当だった遠山は、新人女優の貞子と恋仲でしたが、演出家の重森も貞子に気があり、力関係を利用して言い寄っていました。貞子は重要な脇役で初舞台を踏むことになりますが、その際の音響テープに無気味な女性の声が混じっているという噂が広がります。遠山は、真偽を確かめようとしますが、聞こえてきたのは、別の音声でした。そして24年後、遠山は・・・。
「ハッピー・バースデイ」:“after”に該当し、全篇の棹尾を飾るにふさわしい作品です。「ループ」で、転移性のガンウイルスによって危機に瀕した人類を救うため、主人公の二見馨は自らの命を捧げますが、恋人・礼子にはふたりの愛の結晶が宿っていました。礼子は馨の協力者・天野に呼び出され、バーチャル世界「ループ」の真相と馨の運命を知らされます。一時は絶望にかられる礼子ですが、別れ際に馨が残した言葉の意味を知り・・・。
オススメ度:☆☆☆
2006.12.1
プランク・ゼロ (SF)
(スティーヴン・バクスター / ハヤカワ文庫SF 2002)
「虚空のリング」に代表される、バクスターの壮大な宇宙史“ジーリー・クロニクル”を構成する短篇連作集。本来は1冊なのですが、邦訳は後半の「真空ダイヤグラム」と2分冊で刊行されています。
自分なりのオリジナルな宇宙史を構築するというのは、SF作家の性とも言えることで、アシモフ、ハインラインなど多くの作家が行っています。この“ジーリー・クロニクル”は最新の科学理論を縦横に駆使して、ビッグバンによる宇宙創生から一千万年先の未来まで、人類と多くの異知性体との関わりを描く野心的なもの。フレデリック・ポールの“ヒーチー・クロニクル”とラリー・ニーヴンの“ノウンスペース・シリーズ”の魅力を合わせて現代的に作り変えたようだ、と表現すればいいでしょうか。特に最初の数作品には、ハル・クレメントさえ想像もしなかったような(しかも理論的には実在が想定できる)異生物が(しかも、かれらの視点から)描かれています。
前半の「プランク・ゼロ」には、13作品が収められています。
「プロローグ:イヴ」:様々な雑誌に発表されていた各短編を、この連作集にまとめる際に、全体をつなぎ合わせる役割を託して書き下ろした作品。短篇「プランク・ゼロ」の主人公でもあるジャック・ラウールが、亡き妻イヴのヴァーチャル存在との対話を通して、過去から未来へわたる年代記を概観します。各作品の合い間にイヴとラウールの会話が挿入され、物語と物語をつないでいます。「宇宙生命襲来!」の「ジューブ」みたいな役割ですね(例えがわかりません)。
「太陽人」:「時間的無限大」の主人公マイケル・プールがワームホールを使った移動方式を開発した時代が舞台です。太陽系外に出て行くための橋頭堡とすべく、プールはカイパーベルトの天体にワームホールを作ろうとしますが、そこには計画を妨げる想定外の発見が待ち構えていました。ヒューマンなラストが秀逸です。
「論理プール」:海王星の衛星で世捨て人の生活を送る論理数学者のドームを訪問した政府職員。そこでかれらが目にしたものは、科学者の遺体と、彼が創り出した異様な知性体でした。作者の発想を完全に理解できた自信がないので、これ以上の説明はパス(笑)。
「グース・サマー」:ワームホールを通って冥王星の探査に来た宇宙船が、思わぬ事故に遭い、ふたりの乗組員は冥王星上で救出船の到着を待つことになります。暇つぶしに(笑)地表の調査を始めたリヴォフは、衛星カロンとの間に延びる、微細なクモの糸のようなものを目撃しますが、それが意味するものは、ふたりへの死刑宣告でした。「冷たい方程式」の設定と「地球の長い午後」のイメージが混在する佳品。
「黄金の繊毛」:今度は水星が舞台。太陽探査計画を進めるための前進基地へ送るため、水星で原料を採掘していたスタッフが、思わぬ事態に遭遇します。氷の下には人工物と思われる高密度の質量が存在しており、地下の熱水噴出孔の周囲には生物が発見されます。太古に水星に墜落したと思われる宇宙船の乗員と、甲冑魚のような生物との関連性は――。
「リゼール」:「虚空のリング」の主人公のひとりである女性リゼールの、成長の物語。「虚空のリング」では多くを語られていなかった部分を補完する、太陽探査という重要な目的のために人生を歪められてしまった少女リゼールの切ないエピソードです。
「パイロット」:49世紀、地球は外宇宙から飛来した魚に似た異星人スクウィームに支配されてしまいます。太陽系全域が制圧される中、辺境空域に残っていた宇宙船のパイロットたちは、スクウィームの目を逃れて小惑星キロンに秘密の居留地を建設します。しかし、隠者のような生活に疲れたパイロットらは、土星の重力を利用したスウィングバイを使って、キロンそのものを太陽系から脱出させる道を選びます。しかし、気付いたスクウィームは人工知能搭載のミサイルを使って果てしなく追尾してきます。ミサイルを振り切るために、乗組員たちは加速を継続し――。ベンフォードの「荒れ狂う深淵」とアンダースンの「タウ・ゼロ」の合体技。
「ジーリー・フラワー」:バクスターのデビュー作だそうです。超種族ジーリーの技術で作られた製品を盗み出すよう、支配種族スクウィームから命令を受けたジョーンズは、恒星のノヴァ化が迫り大混乱の惑星へ忍び込みます。花のようなジーリー製品を首尾よく入手したジョーンズですが、スクウィーム宇宙船に見捨てられ――。
「時間も距離も」:ジーリーの超技術の遺産を求めて、とある辺境の惑星へ向かった人類の女性パイロット。瞬時コミュニケーションの手段を発見しますが、それを横取りしようとする異星人に襲われてしまい――。
「スイッチ」:これもジーリーの遺産をめぐる物語。重力制御装置らしきものを発見した技術者は、それを使って、いつも嫌がらせをする乗員へ仕返しをします。ちょっとしたアイディア・ストーリーですが、ジーリーが銀河に遺した超技術の産物をめぐる争奪戦というのは、ポールの“ヒーチー・クロニクル”を思い出させます。
「青方偏移」:スクウィームの支配を退けた後、人類が遭遇した第二の強敵はクワックスでした。個体数が少なく経済論理に長けたクワックスは、メンタリティで言えば“ノウンスペース・シリーズ”のパペッティア人、生態学的にはディックの「銀河の壺直し」に登場するグリマングでしょうか(これも例えがわかりません。特に後者)。クワックスも他の銀河種族と同様、ジーリーの超技術を追い求めていました。この物語は、クワックスの命令を受けて、すべての銀河が向かう宇宙の一点“グレート・アトラクター”へ向かう人類パイロット、ジム・ボールダーが主人公です。彼はジーリー製の宇宙船に乗り、超光速飛行で宇宙の果てを目指すわけですが、余計なことができないよう、クワックスの手でスイッチのほとんどは壊されています。“グレート・アトラクター”で、ジムが見たものは――。ここまでのプロットは、ニーヴンの「銀河の“核”へ」によく似ていますが、ラストの展開では、こちらの方がとんでもないことになります。
「クォグマ・データ」:“クォグマ”とは“クォーツのマグマ”という意味だそうですが、バクスターの造語なのか、最新科学にこういう用語があるのかは勉強不足でわかりません。クワックスに続いて人類が出会った星間航行種族シルヴァー・ゴースト(銀色に輝く球体をしているので、この名があります)を出し抜いて、150億光年離れた宇宙の果てへ向かうルース博士。人類オリジナルの超光速駆動スージー・ドライブを搭載した宇宙船でたどり着いた先に待っていたものは、ビッグバンの直後に存在していた謎の知性体(ジーリーではない)が遺した、途方もないメッセージでした。
「プランク・ゼロ」:シルヴァー・ゴーストが計画している途方もない企てに立ち会うために、肉体をゴーストと同じように改変してしまった人類の大使ラウール。シルヴァー・ゴーストの野心的な実験とは、不確定性原理を破ることでした。それがタイトルの意味です――つまりプランク定数がゼロになれば、波動関数は収束し、電子の位置と速度の双方が決定的に観測可能となって――何が起こるかは、誰にも予想がつきません。ラストでは、冒頭でラウールがつぶやく、「ブラックホールから脱出する方法はあるのか?」という疑問が、恐ろしい意味を持って迫って来ることになります。
後半へ、つづく。
オススメ度:☆☆☆☆
2006.12.7
バイオ・プログラム (SF)
(H・G・フランシス&H・G・エーヴェルス / ハヤカワ文庫SF 2006)
『ペリー・ローダン・シリーズ』の第330巻です。
前巻で、ラール人への抵抗勢力プロヴコナーが潜む銀河辺境の暗黒星雲内部を訪れたローダン一行。抵抗勢力のリーダー、ロクティン=パルの協力を得ながら今後の策を練っていますが、安全と思われた惑星にも、ラール人の魔手はひたひたと迫っていました。
テラナーとの親交を深めていた有力科学者イツァル=ノロンの自宅を訪れたテレポーターのラス・ツバイは、当人の変死体を発見しますが、現地の警察からは容疑者とみなされてしまいます。まるでアシモフのSFミステリを地で行くような発端と展開。自らの潔白を証明するため、ラスはグッキーのおせっかい――ではなく手助けを得て、真相究明に乗り出し、ついには凄腕の工作員だったイツァル=ノロンの過去にまで遡っていきます。一方、イツァルの一人息子でロクティン=パルの信頼も篤いイヴェク=タンホルは、テラナーが惑星へ到着してからというもの原因不明の頭痛に悩まされていました。頭痛に襲われるたびに、彼の人格は変わっていき、テラナーに対する憎悪に取り付かれていきます。そしてついには、惑星もろとも《マルコ・ポーロ》を爆破しようと反物質爆弾を作り始めます。ふたつのシュプールが交差したとき、倫理観のかけらもないラール人の恐るべき策謀が姿を現すことに――。
後半のエピソードでは、一転、久しぶりにポスビの母星である二百の太陽の星が舞台となります。物理学者ホストラは、アイディアは天才的ですが軽率で常識を欠くため(マッドサイエンティストの典型ですね)、テラの科学界からはじき出され、二百の太陽の星で細々と研究を続けていました。彼は秘密のうちに、ラール人のSVE艦のバリアを消失させる技術を完成させ、中央プラズマを言葉巧みに説得して、ポスビのフラグメント船に搭載することに成功します。そして、新兵器を積んだ数万隻のフラグメント船が銀河に向けて出撃します。ラール人を欺くためにローダンが面従腹背の作戦を取っていることを中央プラズマは知らず、出撃はテラナーを救うための善意に基くものでした。事態を察知したテラでは、ローダンの留守を預かるブリーが、早まったポスビの行動を阻止しようとしますが、時すでに遅く――。
前巻に続き、今回も2話とも工夫が凝らされていて読み応えがあります。ラストではラール人が謎めいた行動をとり、事態が新段階に入ったことを暗示して、次巻へ続きます。
<収録作品と作者>:「バイオ・プログラム」(H・G・フランシス)、「ブーメラン作戦」(H・G・エーヴェルス)
オススメ度:☆☆☆☆
2006.12.13
変化 (怪奇幻想)
(テオフィル・ゴーチェ / 現代教養文庫 1993)
創元推理文庫の「怪奇小説傑作集」の4巻と5巻で、フランス・ドイツ・ロシアの怪奇幻想小説に接して以来、収録作家の作品集を(文庫限定ですが(^^;)見かけるたびに、買い込んでいました。ホフマンとかノディエとかメリメとか。ゴーチェもそのひとりです。ゴーチェの幻想小説集は、岩波文庫版(「死霊の恋・ポンペイ夜話」)のほか、現代教養文庫から3冊出ていますが、「変化」はその第3巻。第1巻「魔眼」は前世紀に(笑)読了、第2巻「吸血女の恋」は先日、某古書市にて入手しました。
この巻にはエキゾチックな怪奇幻想小説が3篇、収められています。
「変化」:パリに住む青年オクターヴは、フィレンツェに旅行した際に知り合ったラビンスカ伯爵夫人へのかなわぬ恋心にやせ細り、命すら消え去ろうとしていました。優しく愛らしい夫人は、コーカサス人の勇猛な軍人である夫オラフを心から愛しており、オクターヴの求愛を誠意ある態度で断り続けています。オクターヴが、診療したインド人医師シェルボノーに思いのたけを打ち明けると、シェルボノーは驚くべき提案をします。インド妖術の達人でもあるシェルボノーは、人の魂を操る術を身につけており、一計を案じてオラフとオクターヴの魂を入れ替えてしまいます。オラフの肉体に宿ったオクターヴは、今度こそ想いを遂げんものとラビンスカ伯爵の屋敷へ帰って行きますが――。一方、平民オクターヴの肉体に閉じ込められたオラフは・・・。怪奇幻想風味を横溢させながら、結末はいかにもロマンスです。
「ポンペイの幻」:岩波文庫版では「ポンペイ夜話」というタイトルになっていました(翻訳者は別の人です)。観光でナポリを訪れた3人の学生。そのひとり、夢想家のオクタヴィヤンは、考古学博物館で見たポンペイの遺物に心を奪われます。その遺物とは、ヴェスビオ火山の噴火でポンペイが滅んだ際、火山灰に埋もれた女性の乳房の痕がくっきりと写し取られた凝灰岩でした。その後、市内観光で件の灰の塊りが発掘された屋敷の廃墟を訪れたオクタヴィヤンは、かの女性への恋慕の想いにひとり涙するのでした(かなりの胸フェチですね)。その晩、友人たちを酒を飲んだ後、酔いを醒まそうと散歩に出たオクタヴィヤンは、いつの間にか自分が紀元1世紀のポンペイに迷い込んでいるのに気付きます。そして、劇場で出会ったのは、あの灰に乳房の痕跡を遺した女性アッリアその人でした・・・。
「ミイラの足」:文鎮を探して古道具屋を訪れた主人公は、怪しげな老齢の店主からミイラの足を買い取ります。店主の話では、この足は古代エジプトの王女ヘルモンティスだそうです。半信半疑のまま帰宅した主人公ですが、夜に眠りから覚めると、部屋には切り取られた足を求めて現れた王女がいました。快く足を返してあげた主人公は、お礼にと王女に誘われ、古代エジプトに赴きますが・・・。「ポンペイの幻」と同じく、一夜の夢まぼろしを描いたものですが、前者はロマンス色豊か、後者はユーモア味と、好一対です。
オススメ度:☆☆☆
2006.12.16
第81Q戦争 (SF)
(コードウェイナー・スミス / ハヤカワ文庫SF 1997)
独特の世界観をもつSF『人類補完機構』の第4集。現時点で邦訳されている作品集はここまでですが、解説によると、まだ未訳の作品がいくつか(本1冊分になるほど)残っているそうです。
「鼠と竜のゲーム」、「シェイヨルという名の星」のふたつの作品集から漏れたシリーズ短篇が9篇、および、『人類補完機構』に属さない単発のSF短篇5篇が収録されています。(他には長篇「ノーストリリア」があります。いずれもハヤカワ文庫SF)
比較的わかりやすい作品が多く、『人類補完機構』の歴史の謎がかなり明確に理解できてきます。もっとも読む方も4冊目なので、スミスの描く世界に慣れてきたというのも理由なのかもしれません。
では、順に収録作品をご紹介していきます。
「第81Q戦争」:スミス14歳のときに書かれ、学生雑誌に掲載された処女作品。22世紀、エネルギー資源をめぐって対立したアメリカとチベットは、戦争によって決着をつけることになります。この時代の戦争は、人命の犠牲を出さないよう遠隔操作の空中戦艦によって行われ、世界中から見物人が詰めかける、一種のショー的要素をもったものでした。2万2千トンの戦艦が5隻ずつ選ばれて、空中戦を展開します。アメリカ側のパイロット(もちろん安全な場所からの遠隔操縦)は無名の新人、対するチベットは百戦錬磨の達人たち――。戦いの結末よりも、設定と描写に非凡なものを感じます。
「マーク・エルフ」:『人類補完機構』を統括する謎のヴォマクト一族――その出自が明らかになる一篇。第二次大戦末期、ナチス・ドイツで新兵器を開発していた科学者フォムマハトは、3人の娘を低温保存してロケットに乗せ、軌道上に発射しました。そして1万6千年後、娘のひとりカーロッタはロケットごと地上に落ち、見る影もなく変化した地球を目にします。困惑するカーロッタは、様々な出会いを経た後、自分を軌道上から呼び戻した存在とともに歴史を作り始めることになります。
「昼下がりの女王」:「マーク・エルフ」の続篇ですが、スミスの死後、彼が遺した創作メモを元に夫人が完成させた作品とのこと。今度はカーロッタの妹ユーリが軌道上から下りてきます。犬から進化した“無認可民”に救われたユーリは、以前にカーロッタを助けた“熊”の元へ連れていかれ、中国人を先祖とする支配種族チャイネシア人への反抗勢力に身を投じることになります。
「人びとが降った日」:人類が入植した金星には、ラウディという生き物が大量に生息していました。この生き物は通常は害をもたらしませんが、殺すと広い土地を毒物で汚染するという厄介な相手で、土地開発を阻んでいます。ドビンズと恋人テルザは金星で愛を育んでいましたが、ある日、チャイネシア人が金星の支配権を買い取り、ラウディを取り除くために、中国人にしか思いつかないような驚くべき作戦を開始します。それを目の当たりにしたドビンズとテルザは――。クライマックスで展開される光景は、クライヴ・バーカーの短篇「丘に、町が」に匹敵する“異形”です。
「青をこころに、一、二と数えよ」:平面航法が開発される以前、恒星から恒星へと旅する人々は、冷凍睡眠状態になって数十年から数百年をかけて宇宙船で移動していました。ごく少数の乗組員は交代で目覚めながら航行を制御するわけですが、長期にわたる孤独とストレスは人間性の醜さを露見させ、何度も悲劇が起こりました。悲劇を繰り返さないため、心理保護士の発案で、恒星間宇宙船に乗り込む無垢の少女ヴィーシィに、ある処理が施されます。旅の途中、目覚めたヴィーシィはふたりの男性乗員と仕事をすることになりますが、案の定、ひとりが暴力的な衝動を抑えられなくなり、ヴィーシィは危機に見舞われます。そのとき――。
「大佐は無の極から帰った」:初の平面航法実験が行われましたが、パイロットとして送り出されたハーケニング大佐は、全裸で地上に戻ってきます。大佐は正気を失い、人間的な反応をまったく示しません。医師団は、ついに悪名高い準テレパスに協力を求めますが――。ちょっとほろりと来る、いいラストです。
「ガスタブルの惑星より」:スミスには珍しいユーモラスな一篇。惑星ガスタブルの知性体は巨大なアヒルに似た姿をしていましたが、ものすごい健啖家でした。初めて地球を訪れた外交使節が地球の食べ物の魅力に取り付かれると、評判を聞いたガスタブル人が大挙して押し寄せ、一気に地球は食糧危機に。超能力を持ったガスタブル人との戦争は論外で、地球人は対策に悩みますが、ある事件をきっかけに――。
「酔いどれ船」:「大佐は無の極から帰った」の設定を拡大して、『人類補完機構』の歴史観・宇宙観を鮮やかに表現した作品。青年ランボーは、恋人エリザベスの危機を救うために駆けつけますが、その現れ方は異様なものでした。ランボーは全裸で草むらに倒れているところを発見され、病院へ収容されましたが、彼は人間的な反応をまったく示さず、どのようにしてそこへやって来たのか、誰にもわかりませんでした。その裏には、ロード・クルデルタによる秘密実験が隠されていました。後半、真相が明らかになる法廷シーンは読み応えがあります。
「夢幻世界へ」:「SFベスト・オブ・ザ・ベスト」にも収録されている作品。第二次大戦後のソ連では、スターリンの肝煎りで秘密実験が行われていました。科学者ロゴフは妻アナスターシャ、党から送り込まれた監視役の2名とともに、遠隔地にいる人間の心理を知り、操る装置の開発を続けます。成功すれば、ソ連がアメリカとの情報戦を完全に支配し、勝利することができます。しかし、自らの脳を使って実験を敢行したロゴフがコンタクトしたのは――。ファースト・コンタクト・テーマのバリエーションでもあります。
「西欧科学はすばらしい」:ここからシリーズ以外の作品となります。中国の山地に二千年前から住んでいたのはひとりの火星人。地元民からは魔物と呼ばれる彼は、噂に聞く西欧の機械文明に憧れており、時たま訪れるアメリカ人やロシア人と接触を図ろうとします。しかし、どうにもその方法がとんちんかんで・・・。ユーモアSFですが、政治的な風刺がぴりりと効いています。
「ナンシー」:「青をこころに、一、二と数えよ」と似た設定。深宇宙へ向かうパイロットの精神的危機を回避するために、パイロットは特殊なウイルスを投与され、非常スイッチを押す権利が与えられます。新人パイロットのグリーンは、出発に先立ちふたりの老人の面接を受けます。ひとりは将軍、もうひとりは少尉ですが、この差をグリーンが理解したのは、飛行を終えてからということになるのでした・・・。
「達磨大師の横笛」:古代インドの金細工師が作製した魔法の横笛。達磨大師が魔物を追い払うために使ったという笛は、数奇な運命をたどってナチ支配下のドイツからアメリカのロケット工学者の元へたどり着きます。そして――。
「アンガーヘルム」:ソ連が人口衛星スプートニクを打ち上げた直後、米ソ双方のスパイ網が活発に活動を始めます。しかし、どちらもことの核心を掴みかねていました。アメリカの下部エージェントのひとりは、ミネソタの片田舎に住む何の変哲もない老人アンガーヘルムが事件の中心人物だと気付きます。老人の元を訪れたエージェントが出会ったものは――。どこかシマックの作品を思い起こさせます。
「親友たち」:事故で入院した宇宙船パイロットは、ともに飛んでいた親友たちが無事だったか心配しています。医師がパイロットに告げた言葉は――。
オススメ度:☆☆☆☆
2006.12.20
サム・ホーソーンの事件簿2 (ミステリ)
(エドワード・D・ホック / 創元推理文庫 2002)
1920年代のニューイングランドの田舎町を舞台に、不可能犯罪の謎を解く若き医師サム・ホーソーンの活躍を描く連作短篇集の第2巻。1巻と同様、年老いたサム・ホーソーン医師が若き日に遭遇した事件の思い出を語るという設定になっています。しかも、どの作品でも最後に次の事件の予告がなされるもので、ついつい途中で詠む読むのをやめられなくなってしまいます。
医科大学を出たばかりのサムがノースモントの町で診療所を開業して、5年が経過しました。地域にすっかり溶け込み、エイプリル看護婦やレンズ保安官との息もぴったり。ですが、時おり起こるチェスタトン好みの(笑)怪事件が町の平穏を乱し、サムの出番となるわけです。
では、収録作品を簡単に紹介していきましょう。
「伝道集会テントの謎」:“触れるだけでどんな病人も治す奇跡の少年”という触れ込みで、新興宗教の教祖がノースモントに伝道に訪れます。伝道集会を覗きに行ったサムは、集会が終わりがらんとしたテントの中で教祖のジョージと言い争いになり、殴ってしまいます。その直後にジョージは刺殺され、現場にいた唯一の人物ということで、サムに殺人の嫌疑がかかってしまいます。
「ささやく家の謎」:ノースモントの町外れにあるブライアー屋敷(現在は空家)に幽霊が出るという噂が立ち、屋敷の所有者に調査を頼まれたというゴースト・ハンターが町にやって来ます。たまたま屋敷近くの農家に往診に来ていたサムは、ゴースト・ハンターとともに屋敷で一夜を過ごすことになります。その晩、屋敷に忍び込んできた男が他殺死体となって発見されますが、被害者はもっと前に死んでいたことが判明――生ける死者の謎は?
「ボストン・コモン公園の謎」:サムは医師会の総会に出るために、エイプリル看護婦と一緒にボストンに出かけますが、宿泊したホテルのそばの公園では、クラーレ(南米インディオが使う神経毒。ミステリ小説に出てくる毒薬としてはポピュラーです)による連続無差別殺人が起きていました。容疑者は特定されているのに、警察は逮捕できずにいると言います。サムが突き止めた真犯人は――。
「食料雑貨店の謎」:雑貨店の店主マックスがショットガンで撃たれて殺され、内側から鍵がかかった店内では、発射されたショットガンとともに、女性参政運動の活動家マッジが気を失って倒れていました。もちろんマッジが容疑者として拘引されますが、サムは疑問を抱きます。
「醜いガーゴイルの謎」:隣町で起きた、三角関係のもつれによると思われる死亡事件の裁判がノースモントで開かれることになり、サムも陪審員に選ばれます。ところが、裁判の当日、水を飲んだ裁判長が急死し、コップの水からは青酸が見つかります。容疑は、水を運んだ廷吏のティムにかかりますが――。
「オランダ風車の謎」:世界恐慌の年、ノースモントに「ピルグリム記念病院」が開業します。サムにとっては商売敵でもあるわけですが、町が発展するとともに患者数も増えてきていたので、逆に歓迎すべきことでした。それから間もなく、病院の敷地内にある風車の中でボヤが起こり、土地の寄贈者コリンズが大火傷を負って発見されます。彼は「ルシファー・・・」とささやきました。さらに数日後、風車は燃え落ち、ガソリンスタンドの店主の焼死体が――。風車に潜む悪魔に、サムが挑みます。
「ハウスボートの謎」:ノースモント郊外の小さな湖チェスター湖のほとりに小さな別荘地があり、そこで夏を過ごしにきた一家とサムは親しくなります。そして、伯父夫婦と一緒に滞在していたミランダと、サムは恋仲になっていました。ある夕方、サムとミランダを残し、ミランダの伯父夫婦は隣家のハウザー夫妻と4人でハウスボートのクルージングに出かけます。ところが、漂流しているボートに異変を感じたサムとミランダが現場へ駆けつけると、4人の姿は煙のように消え失せていました。
「ピンクの郵便局の謎」:ノースモントにきちんとした郵便局が開局した日、ウォール街では株の大暴落が起こります。急遽、ニューヨークに金を送らなければならなくなった実業家ウォーターズが、1万ドルの債券が入った封筒を局長のヴェラに渡しますが、ちょっとした騒ぎが起きた隙に、サムやミランダ、エイプリルやレンズ保安官が見ている前で、封筒は消え失せてしまいます。サムが暴いた「盗まれた手紙」の在り処は?
「八角形の部屋の謎」:郵便局長ヴェラとレンズ保安官は、サムの知らないうちに恋仲となっており、晴れて結婚式を挙げることとなりました。式場として選ばれたのはイーデン夫妻が所有する“イーデン・ハウス”の八角形の部屋。ところが、式の当日、部屋には内側から鍵がかけれており、ドアを破って入ってみると、浮浪者風の見知らぬ男が短剣で刺されて死んでいました。密室殺人の真相は――?
「ジプシー・キャンプの謎」:死にそうな顔をして、ピルグリム記念病院へ駆け込んできたジプシー青年。「呪われた! 銃弾で殺される!」と叫んだ直後、青年は急死し、解剖の結果、驚くべき事実が判明します。青年の心臓から、発射されたばかりの22口径の銃弾が発見されたにもかかわらず、銃創はどこにも見つかりませんでした。ジプシーのキャンプを訪ねたサムは、ジプシーのリーダーから、死んだ青年をたしかに呪ったと聞かされますが――。
「ギャングスターの車の謎」:ある朝、サムは見知らぬ男に銃を突きつけられ、拉致同然に連れ去られます。密造酒をめぐるトラブルでギャングのボスが撃たれ、ノースモントのはずれの小屋に身を隠しているので、治療のために連れて行かれたというわけです。さらに、取引のためにやって来た密造業者が車の中から煙のように消えうせるという怪事件が発生、いつ撃たれるかという危機的状況の中、サムの頭脳がフル回転します。
「ブリキの鵞鳥の謎」:飛行サーカス団が、ノースモントへ興業にやってきます。地元新聞の記者ボニーは、団長のウィンズロウと一夜のうちに恋に落ちますが、翌日、曲芸飛行を終えて着陸した操縦席で、刺殺されているウィンズロウが発見されます。空を飛ぶ密室の謎を、サムはいかにいて解き明かすのでしょうか・・・。
「長方形の部屋」:これはサム・ホーソーンものではありません。学生寮で男子学生が殺されます。同室の学生が容疑者として逮捕されますが、彼は20時間もの間、死体と一緒に部屋に閉じこもっていました。レオポルド警部は意外でやるせない真相に到達しますが、サム・ホーソーンものと異なり、サイコ・ミステリに分類される現代的なネタです。
オススメ度:☆☆☆☆
2006.12.22
幽霊が多すぎる (ミステリ)
(ポール・ギャリコ / 創元推理文庫 2000)
ずっと名前だけは知っていたポール・ギャリコ、これが初読みです(つまり、「ジェニイ」も「トマシーノ」も「マチルダ」も「スクラッフィ」もまだ読んでいない)。とはいえ、これは解説によるとギャリコには珍しい本格ミステリとのこと。タイトルはホラーっぽいですが、創元さんが怪奇・ファンタジーではなくミステリのジャンルで出していることで、真相が超常現象ではないことはバレバレ――と思いましたが、ハヤカワさんの「ジャクソンヴィルの闇」という例もあるので(バリバリのホラーなのにミステリ文庫から出ている)、油断はできません(笑)。
※ここまで書いて、念のため蔵書データベースをチェックしてみたら、学生時代にエラリイ・クイーン編のアンソロジー「犯罪の中のレディたち」に収録された短篇「単独取材」を読んでいました(^^;
さて、英国ノーフォークの由緒ある屋敷、パラダイン男爵が代々住まうパラダイン館には、16世紀より様々な怪異が言い伝えられてきました。先代が亡くなり、相続税を払うために、当主パラダイン卿は屋敷をカントリークラブとして会員に解放します。ところが、初夏のある晩、ポルターガイストが現れ、以降、屋敷には言い伝えにあるような怪異が次々と起こります。部屋が荒らされ、誰もいない音楽室でハープの音が鳴り響き、悲運のうちに死んだ16世紀の尼僧の亡霊がさまよい歩きます。晩餐の席では重い椅子が勝手に動き、原因もなくロウソクが消えて、スープ皿にウサギの惨死体が出現します。さらに、滞在客のひとりは夜中に冷たい手で首を絞められそうになります。
隣り合った地所に住むサー・リチャードは、怪異の謎を解くために(そして、自分の愛する女性を幽霊の悪意から守るために)、旧知のゴースト・ハンター、アレグザンダー・ヒーローを呼び寄せ、調査を依頼します。大仰な、人を食ったような名前ですが、れっきとしたフランス系の姓だと説明されています。
パラダイン館を訪れたヒーローは、早速、地元の牧師が行う悪魔祓いの儀式に遭遇しますが、もちろん(笑)儀式は大失敗に終わります。現代のゴースト・ハンターらしく、ヒーローが真っ先に目を付けたのは、屋敷の人々の複雑な人間関係でした。
当主のパラダイン男爵と夫人には、ふたりの子供、マークとベスがいます(ふたりとも成人しています)。他に、先代の妹で実質的に屋敷を取り仕切っているオールドミスのイザベル、ひねくれて底意地の悪い従兄弟の青年フレッド。自分の屋敷を改築中のリチャードと、ベスの友人で活動的なアメリカ女性スーザンもパラダイン館に滞在しています。ヒーローの見たところ、マークはスーザンに、ベスはリチャードに首っ丈なのに、当のリチャードとスーザンが恋仲のようでした。
屋敷で休暇を過ごしているカントリークラブの会員も、多士済々です。名誉欲と保身の塊りのような下衆野郎のカーター下院議員と妻子(さえない娘ノーリーンは12歳で、ポルターガイストにつき物の“思春期で精神的に不安定な少年少女”というカテゴリーに見事にはまりこみます)、“力こそ正義なり”という言葉が服を着て歩いているようなウィルスン陸軍少佐と妻のヴィヴィアン、生半可な知識をひけらかす善良な(笑)オカルトマニアのジェリコット、自尊心の塊りのような原子物理学者ポールスン、世知に長けたテイラー未亡人、物静かな技師エリスンといった面々。
ヒーローは、さっそくスーザンに心惹かれ、夫に不満を持つウィルスン夫人からあからさまにモーションをかけられます。女性に弱く、火遊びもいとわないヒーローは(まあ、仕方がないです、“ヒーロー”なんですから)、それが自分の弱点だとわかっていながら、克服できないでいます。わかっちゃいるけどやめられない――といったところでしょうか。
関係者の話を聞き、実際にポルターガイストを体験したヒーローは、謎めいた言葉をつぶやきます――「この屋敷には、幽霊が多すぎる」
事態は自分ひとりの手に余ると感じたヒーローは、有能な助手――継妹のメグを呼び寄せます。彼女こそ、待ってましたという絵に書いたようなヒロインでした(笑)。主人公が男だと知って、どうせゴーストハンターを出すなら、ルナ(J・D・ケルーシュの「不死の怪物」の主人公、美少女ゴーストハンター)みたいな方がいいな、と不埒な考えを抱いていましたが、メグが出てきて不満は雲散霧消。親が再婚同士なのでヒーローとは血が繋がっていない妹ですが、パラダイン家もひれ伏す名家ヘネ伯爵家の娘にして、才色兼備で腕利きの写真家――心霊現象の探求に有能なカメラマンは不可欠ですから、適切な人選といえます。
メグの協力を得て、幽霊の謎を解こうとするヒーローですが・・・。
結論は、「幽霊よりも怖いのは生身の人間」ということになるわけですが、それでもギャリコは訴えかけてきます――でも、人間だって、捨てたものじゃない。その証拠に、ミステリなのに登場人物はひとりも死にません(これはネタバレにはならんでしょう)。
この作品は単発もののようですが、ヒーローとメグの揺れ動く微妙な感情など、もっともっと続きを読みたいという気にさせられてしまいます。
オススメ度:☆☆☆☆☆
2006.12.24