山田正紀短編集感想vol.1

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終末曲面  山田正紀

1977年発表 (講談社文庫51-1)

[紹介と感想]
 出世作「終末曲面」を収録した第一短編集です。比較的ハードな雰囲気の作品が揃っています。

「贖罪の惑星{ほし}
 姿を消した恋人・乃里子は、〈滅びてしもう教〉という宗教団体に加わっていた。信者たちは、南アルプスの山裾にある“戻らずの森”に居を定め、終末を待っているという。“私”にとって因縁の地である“戻らずの森”には、何が待ち受けているのか。足を踏み入れた私たちの目の前には、想像を絶する光景が広がっていた……。
 スケールの大きな終末を描いた作品です。題材には時代を感じさせる部分もありますが、よくできていると思います。ラスト近く、“私”が乃里子の運命を知る場面が非常に印象的です。

「燻煙肉{ハム}のなかの鉄」
 文明が崩壊した後、人類は二つのグループに分かれた――“人喰い{マン}”と“草喰い{カウ}に。“人喰い”の“俺”は、人肉ハムを製造して売りさばいている“屠殺人兄弟{B・B}に接近し、殺そうとするが……。
 豊田有恒編『ロマンチックSF傑作選』(コバルト文庫)にも収録されている作品で、そちらの方で最初に読んだのですが、個人的にはどこがロマンチックなのか今ひとつよくわかりません。よくも悪くも男性の視点しか存在せず、ロマンチックという言葉とは対極に位置するようなハードな作品となっています。
 タイトルの意味が明らかにされる場面が印象に残ります。

「闇よ、つどえ」
 突如蜂起した暴徒に蹂躙され、廃墟と化した東京が封鎖されてから一年。廃墟を支配する暴徒たちの中に、ある変化が生じていた。任務を受けた“俺”は、かつての友人である暴徒のリーダーに会うために、封鎖された新宿地下街に潜入するが……。
 全編を覆う圧倒的な暴力。SF的なアイデアも含まれてはいるものの、この作品の主役はやはり暴徒たちのやり場のない破壊衝動でしょう。あまりにも凄惨な幕切れです。

「銀の弾丸」
 ギリシャのパルテノン神殿で、ローマ教皇にバテレン能を奉納するというイベントが開催されることになった。だが、その裏には“クトゥルフ”を呼び出す計画が隠されていたのだ。“H・P・L協会”に所属する“私”たちは、計画を阻止しようと奔走するが……。
 H.P.ラヴクラフトによるクトゥルー神話を題材にした作品ですが、ひねりのきいた異色の作品に仕上がっています。皮肉なラストが秀逸です。

「熱風」
 殺人を犯して刑務所に収容されていたギルは、ある日突然釈放され、宇宙飛行士訓練生として火星を目指すことになった。だが、訓練の過程で出会った名家の息子ニックに対して、ギルは複雑な感情を抱くようになっていく……。
 舞台をアメリカとすることで、アメリカン・ドリームというもののうさんくささが見事に浮き彫りにされています。その中で、ギルとニックのライバル意識が純化されていく過程が印象に残ります。

「非情の河」
 売れない詩人の“私”のところに持ちこまれた紙片。そこにはフランス語で詩のようなものが書かれていた。調べていくうちに、それが詩人ランボーの未発表原稿であることが判明する。だが、紙片は新しいものだった……。
 ランボーの未発表原稿から、思いもよらない方向に物語は展開します。あまりにも救いのない皮肉なラストが、山田正紀らしさを感じさせます。

「終末曲面」
 “ぼくたちはこれを終末曲面と名づけた”――コンピューター学者の夫は、数週間の失踪の後、記憶をなくして戻ってきた。散歩に出かけた夫の後をつけた小夜子が目にしたのは、幼児を見つめながら涙を流す夫の姿だった。事件の背後を探る小夜子は、他にも多くのコンピューター学者が同じように姿を消したことを知る……。
 何気ない日常に忍び寄る終末の危機が見事に描き出されています。アイデア・展開ともにすぐれた傑作です。
2000.06.05再読了

剥製の島  山田正紀

1978年発表 (徳間文庫210-5)

[紹介と感想]
 意図したわけではないかもしれませんが、SF色の薄い短篇を収録した作品集です。

「アマゾン・ゲーム」
 アマゾン開発計画に対する反対運動に参加していた弟が警官に射殺されたことを知った寛は、大企業の開発基地に電力を供給する発送電複合体を麻痺させる計画に参加することになった。襲撃計画は順調に進行しているようにみえたが、やがてアメリカ政府から派遣されている天才機関員の一人・ラリーが事態に気づき、反撃を開始した……。
 『贋作ゲーム』にも通じる犯罪ゲーム小説。寛が襲撃計画に巻き込まれていく序盤、寛とラリーの息詰まる攻防を描いた中盤、急展開をみせる終盤、そしてある意味で爽やかさを感じさせるラストまで、非常に考え抜かれたプロットの傑作です。

「閃光」
 K国大使館で書類整理のアルバイトをしていた予備校生の義雄と康二は、些細なことから秘密の暗号を発見した。受験勉強も忘れて暗号の解読に熱中する二人だったが、やがて彼らが目にしたものは……。
 退屈な日常の合間に一瞬訪れる、まさに閃光のような非日常。鮮やかな印象を残す作品です。

「賭博者」
 保養地で執筆予定の長編小説の構想を練りながら、賭博の魔力にとりつかれ、ほとんど無一文になった作家。“〈絶対負けない女〉のインチキを暴いてほしい”という申し出を受けて、ルーレットの勝負に挑んだ彼だったが……。
 何と、実在した世界的な文豪がネタにされています。ルーレット勝負の意外な結末が秀逸です。

「湘南戦争」
 湘南に遊ぶ若者たちと地元の漁師たちの間には、深刻な反目があった。ある若者の死をきっかけに対立は一気に深まり、やがて両者は全面戦争に突入する。だが、それを遠くから醒めた目で見つめる一人の女の姿があった……。
 ある意味怖い作品です。登場人物でなくとも、“なぜ?”と問い掛けたくなるでしょう。そしてそれに対する答えはありません。深い虚無を感じさせる作品です。

「密漁者たち」
 200カイリ経済水域が設定されたことにより、漁場を失い、密漁者となることを余儀なくされた親父と俺。警察からの釈放と引き換えに、国後島との間の国境線を越えて荷物を運ぶという怪しい仕事を引き受けたのだが……。
 印象的なラストの親父さんの姿まで含めて、ひたすら重さを感じさせる作品です。

「イブの化石」
 死海のほとりで発見された、死後千数百年を経たミイラ・“イブの化石”。この“イブの化石”を狙ってイスラエルが侵攻の準備をしているとの情報を得たジャーナリストの俺と室戸は、特ダネを求めて戦場となっている現地へと潜入するが……。
 悲惨な状況から抜け出すために、特ダネを求めて戦場へと潜入し、さらに悲惨な状況へと落ち込んでいく“俺”と室戸ですが、その中にあって二人の掛け合いがあまりにもユーモラスです。ラストのオチも笑えます。

「マリーセレスト・2」
 鎌倉にほど近い別荘地・藤尾台で、奇妙な事件が発生した。別荘の住民たちが、ついさっきまでその場にいた痕跡を残しながら、一人残らず姿を消してしまったのだ。“マリー・セレスト号事件”の再現ともいうべき怪事件に、発見者の“私”は一躍時の人となったが……。
 意外な展開ではありますが、やや無理が感じられます。住民消失の理由も、今ひとつぱっとしません。

「剥製の島」
 北海道・利文島。ここには季節はずれのカラスが、しかも三万羽を越える大群で飛び交っていた。ハンターの柴田を招いた鳥類学者の佐山は、独裁者としてカラスの大群に君臨する、異様なほどに巨大なカラスを仕留めてほしいと依頼する。だが、その大ガラスは、利文山に住む美女・加納桂子が死んだ夫の名前をつけてかわいがっていたものだった……。
 三万羽を越えるカラスの大群という、ある種幻想的な光景。そしてスリリングな大ガラスとの対決、さらには何ともいえない余韻を残すラストまで、よくできた作品です。その中にあって、佐山が桂子と大ガラスに対して抱く複雑な感情が印象的です。
2001.01.19読了

贋作ゲーム  山田正紀

1978年発表 (文春文庫284-2)

[紹介と感想]
 実行不可能に思える作戦に、緻密な計画と行動力で挑む男たちの姿を描いた、“泥棒小説”集。それぞれに考え抜かれたプロットは、非常によくできています。肩の力を抜いて楽しめる作品集です。

「贋作ゲーム」
 しがない美術評論家の“俺”は、ひょんなことから十七世紀の謎の画家・オイレングラスの絵画を奪うことになってしまった。だが、美術館に寄贈されるその絵画は、コンピュータ管理の貨物列車で運ばれるという。苦慮の果てに、俺はようやくわずかな光明を見出したが……。
 “俺”が絵画強奪に追いこまれる状況も秀逸ですし、発想を転換した計画も見事です。そして何より、最後のオチが非常に効いています。

「スエズに死す」
 警視庁〈対・破壊活動班〉班長、すなわち爆発物の専門家である“俺”は、娘を人質にされ、〈パレスチナ解放人民戦線〉の要求に従うことになった。だがそれは、スエズ運河に仕掛けられた絶対に排除不可能な機雷・“プッシー・キャット”を除去するという、想像を絶する任務だった……。
 これもよくできた作戦です。また、本来敵であるはずの“俺”や部下の加納と、〈パレスチナ解放人民戦線〉のメンバーたちが、次第に一つのチームとして機能するようになっていく様子がうまく描かれています。そして、最後のオチにつながる伏線が見事です。

「エアーポート・81」
 映画カメラマンの“俺”は苦悩していた。所属する福本プロの新作であるハイジャック映画・「エアーポート・81」の企画が、暗礁に乗り上げてしまったのだ。問題はシナリオ、それもハイジャックの手段だった。そんな中、何者かに弱みを握られてしまった俺は、何と自分が実際にハイジャックをする羽目に陥ってしまう……。
 この作戦が最も危険ではありますが、最も純粋に楽しめる作品でもあります。ラストのオチもとんでもないものです。
 それにしても、失敗した映画の題名が「ゴッド・ハンティング」(→『神狩り』)とは……。

「ラスト・ワン」
 建築家の“俺”は、愛する女性のために、金融事務所の金庫から金を奪うことになった。その紙幣が、所長の犯罪の証拠となるというのだ。だが、金庫はタイム・ロックで一日に一度開くだけで、それ以外には絶対に開かないという代物だった。事務所のあるビルの設計に携わった俺は……。
 作戦としては最も緻密な、よくできたものだと思います。そしてそこに、“俺”のトラウマとその克服も絡んできて、奥行きが出ています。
2000.05.10再読了

ヨハネの剣  山田正紀

1980年発表 (講談社文庫 や8-2)

[紹介と感想]
 SFから犯罪小説、“奇妙な味”の作品まで、バラエティに富んだ作品集です。

「ヨハネの剣」
 過激派グループ“世界最前衛赤軍”の創立者の一人が、組織の金を奪って逃走した。彼は不思議な能力を持ち、自らを“天草四郎の再来”と信じていたという。情熱と闘牛の国スペインでようやく彼を発見した追跡者の“私”に、彼は告げた。「ぼくは“神の子”ではなかった」と……。
 自らを“神の子”と信じていた男の野望と挫折が見事に描き出されています。「怪物の消えた海」『神獣聖戦I 幻想の誕生』収録)にも通じる、幻想さえ感じさせる闘牛の場面が圧巻です。

「マッカーサーを射った男」
 テレビ局のディレクターの“ぼく”のもとに、奇妙なインタビューのテープが届けられた。その男は、終戦直後に厚木基地に降り立ったマッカーサーを銃撃したというのだ。添えられた写真には、肩を押さえてのけぞるマッカーサーの姿が写っていた。ぼくは調査を開始するが……。
 史実では颯爽と厚木基地に降り立ったはずのマッカーサーを題材に、興味深い謎が提示されています。真相が明かされた後の皮肉な結末が印象的です。

「雪のなかのふたり」
 雪の中、スナックで飲んでいた窓際族のサラリーマン・佐藤。そこへやって来た中年の浮浪者。バーテンは追い出そうとするが、気まぐれを起こした佐藤は浮浪者に酒をおごる。しかし、素直でない浮浪者に腹を立て、二杯目をおごらずに追い出してしまう。やがてスナックを出た佐藤だったが、外で浮浪者が彼を待っていた……。
 “奇妙な味”の傑作です。何の変哲もない日常の中でふと起こした気まぐれから、不条理を感じさせるドラマが展開されています。しかし、この非日常が何だか楽しそうにも思えてしまうのは私だけでしょうか?

「伊豆の捕虜{とりこ}
 “俺”は脱出しなければならなかった。これは、金を持て余して退屈しきった石動とのゲームなのだ。金を奪った俺は、知恵を絞って石動が仕掛けた罠をかいくぐり、逃走経路の限られた伊豆から脱出しようとしたが……。
 この作品も『贋作ゲーム』のような展開かと思いきや、予想外の結末です。ラストの“俺”の姿がいつまでも印象に残ります。

「闇より来たりて」
 人類の破壊衝動が矯正され、“軍隊”さえもが死語となった“黄金時代”。だが、“俺”はなぜか戦闘訓練を受けていた。そんな俺を拉致した組織・“ビューティ”のメンバーは、驚くべき秘密を語る……。
 どこかうさんくささが見え隠れする“黄金時代”。人類は変われるのか、それとも変わらないのか。人間の“闇”を見事に描いた作品です。

「アナクロニズム」
 1969年、軽気球開発の第一人者・上杉久雄は、物理学者のメースン教授、エリソン博士とともに、人類初の月世界探検に出発した。ロンドン郊外から巨大なカタパルトで発射された月世界旅行船・“アポロ”は、ついに月へと到着したが……。
 ヴェルヌ『月世界へ行く』を下敷きにした作品。古き良き時代のSFと現実とのギャップ。題名通りのアナクロニズムと、何ともいえないノスタルジーが感じられます。

「ブロンコ」
 “私”の名はブロンコ。国家世界機構を支える伝説の人物として、私の名は鳴り響いている。今回は、内陸アジアの砂漠で住民と監督官の間に発生したトラブルを解決し、さまよう“水”を捕らえるという仕事に挑むが……。
 世界経済が破綻し、発展途上国が窮乏にあえぐ未来を舞台とした作品です。伝説の人物であり続けることを余儀なくされたブロンコの抱く疲労感が印象的です。

「コルクの部屋からなぜ逃げる」
 “ぼく”、マルセル・プルーストは、生涯を小説を書くことに捧げようと決めている。いつものように、ママがいれてくれた紅茶にマドレーヌを浸して口に入れたとき、唐突に幻想がぼくを襲った。砂漠に立ち、奇妙な乗り物に乗り込もうとする一人の男――幻想から目覚めたぼくの周囲で、奇妙な出来事が頻発する……。
 マルセル・プルースト『失われた時を求めて』を下敷きにした作品。元ネタを未読なのでよくわからない部分もあるのが残念ではありますが、それでも十分に楽しめる作品です。

「優しい町」
 過激派のメンバーである“俺”は、湘南のA-町を訪れた。この町に設けられたアジトに送りこんだ三人の同志からの連絡が途絶えてしまったのだ。だが、この町はどこかおかしかった。奇妙に穏やかで、優しい人々ばかりだったのだ。筋金入りの闘士だったはずの同志たちも、すっかり変わり果ててしまっていた……。
 「闇より来たりて」とよく似たテーマが扱われていますが、こちらでは時代の変化に対応できない人間の苛立ちと悲哀が焦点となっています。ある意味で山田正紀らしさが強く感じられる作品です。
2001.01.24読了

地球軍独立戦闘隊  山田正紀

1981年発表 (集英社文庫149-A)

[紹介と感想]
 バラエティ豊かなSF作品集です。ベストは「かまどの火」でしょうか。
 単行本『恋のメッセンジャー』を改題したものです。

「地球軍独立戦闘隊」
 昭和19年末、南太平洋の小島では、戦火の中でたびたび未確認飛行物体“炎の戦闘機{フーファイター}が目撃されていた。この編隊を組んだ火球を呼び寄せるかのように歌う不思議な娘・“かぐや姫”と出会った戦闘機パイロットたちは、敵味方を問わず彼女に魅せられていったが……。
 きびしい戦闘の反動もあって“かぐや姫”を慕うようになっていくパイロットたちの心情がうまく描かれています。事態が急変して戦闘となる場面の、鬱屈したものを叩きつけるかのような主人公たちの姿は、他の多くの作品にも通じるものです。そして、ラストが非常に印象的です。

「恋のメッセンジャー」
 逃げた恋人とよりを戻すために、“ぼく”は御嶽島へと渡ってきた。彼女は、青いバラの咲き乱れる診療所で働いていた。園芸を愛好する診療所の森田医師が、長年の苦労の末に青いバラを作り出すことに成功したのだ。はるばる追ってきた恋人に拒絶された“ぼく”に、森田医師は青いバラに隠された秘密を語り始めた……。
 オチは途中で予想できるかもしれませんが、物語の展開がよくできていると思います。

「眠れる美女{スリーピング・ビューティー}
 恒星間航行宇宙船・〈幼形成熟号〉で事故が発生した。操縦士のターリアが、冷凍睡眠から目を醒まそうとしないのだ。残りの四人の乗組員たちは、“眠れる美女”を眠りから醒ますために、彼女が眠っている制御セクションへと向かっていった。しかし……。
 「眠り姫」を下敷きにした物語ですが、その点にしっかりとした必然性があり、しかもひねりもきいています。

「西部戦線」
 “花に生まれてくればよかったんだ”――休暇を終えた兵士は、戦場に戻る汽車の中でそう思った。その七千万年前、同じ場所ではもう一つの“戦争”が繰り広げられていた。草食恐竜たちが次々と不可解な死を遂げていたのだ。世界を支配する“知性”はその謎を探ろうとするが……。
 レマルク『西部戦線異状なし』を下敷きに、七千万年前のもう一つの“戦争”である恐竜絶滅を重ね合わせた傑作です。二つの戦場を二重写しにするアイデアもさることながら、あまりにも皮肉なラストが印象に残ります。

「かまどの火」
 この土地の人々は、毘盧舎那如来を信仰していた。誰もが砂漠を渡り、菩提山の毘盧舎那如来のもとへと巡礼に向かい、そして誰一人帰ってこないのだ。外からやって来た“ぼく”は、巡礼の娘・鳴沙、謎の僧侶・末那と共に菩提山を目指すが……。
 仏教の世界観に基づいた、ユニークな宇宙SF。宇宙とは、そして解脱とは何なのか。仏教用語によって宇宙を記述するアイデアもよくできていますし、作り上げられた物語自体もよくできています。ネタバレになりそうで感想が書きづらいですが、傑作であることは間違いありません。

「霧の国」
 19世紀末のロンドン。切り裂きジャックを追いつづける“わたし”のもとに、ある情報がもたらされた。最近ロンドンに出てきたアーサーという若い医者が、不審な行動をとっているというのだ。やがてアーサーの身辺を探る“わたし”の前に、ついに切り裂きジャックが現れた……。
 切り裂きジャックを扱ったSFは意外に少ないようにも思いますが、その中でこの作品ではユニークなアプローチがなされていると思います。もう一つの仕掛けもよくできています。
2001.01.14再読了