山田正紀短編集感想vol.4

  1. 黄金の羊毛亭  > 
  2. 山田正紀ガイド > 
  3. 山田正紀短編集感想vol.4

見えない風景  山田正紀

ネタバレ感想 1994年発表 (出版芸術社)

[紹介と感想]
 〈山田正紀コレクション〉の本格推理編として、路上探偵映画探偵放浪探偵という三人の探偵の活躍を収録した作品集。いずれも二転三転するプロットの、よくできた作品ばかりです。特に路上探偵ものでは、冒頭の魅力的な謎が効いています。

「新築一年改築三回」 (路上探偵)
 その家は、新築して一年しかたっていないにもかかわらず、すでに三回目の改築を行っていた。一体何が起こっているのか? 町内会長の依頼を受けた私立探偵・野中は調査に取りかかったが、問題の家の壁から銃弾が発見され、事態は犯罪の様相を帯びてきた……。
 予想外の展開で、非常によくできています。また、きっちりした収束も、カタルシスを感じさせてくれるものです。

「脅迫者はバットマン」 (映画探偵)
 映画欄を担当する雑誌記者の由利は、バットマンのレターセットに「死にたくなければ東京を出ていけ」とワープロ打ちされた脅迫状をたびたび受け取っていた。彼女は脅迫される覚えはまったくなかったが、さらに深夜の無言電話に続き、枕元にはコウモリの死体が。一体誰が、何のために?
 別の事件へとつながる、“瓢箪から駒”的な展開は面白いと思います。トリックに若干疑問もありますが、まずまずの作品といえるでしょう。

「二十六日のイブ」 (路上探偵)
 クリスマスも過ぎた二十六日、ラーメン屋の裏にあるポリバケツに、十個以上ものクリスマスケーキが捨てられていた。話を聞いた顔なじみの刑事は、同じ頃宝石店でスリ騒ぎが起こり、被疑者がその後ケーキ屋に入っていったことを知る。二つの事件は関連しているのか? だが、捜査を進めるうちに……。
 “何のために大量にクリスマスケーキを買ったのか?”という謎はユニークです。真相は突拍子もないものですが、うまく説得力が出るように描かれています。

「見えない風景」 (放浪探偵)
 戦後間もない三浦半島で、事件は起こった。大勢に恨まれていた網元が、突堤の先端で釣りをしている最中に、何者かに胸を撃たれて殺されてしまったのだ。だが、現場付近の写真を見ると、被害者を前方から狙撃できるような場所は見当たらなかった……。
 若干アンフェア気味にも感じられますが、確信犯でしょう。本格ミステリに対するアンチテーゼの要素も含まれています。

「スーパーは嫌い」 (路上探偵)
 スーパーですき焼きの材料を買っていったその男は、つり銭を間違えたために追いかけていったパートタイマーの目の前で、“スーパーは嫌い”と言い残して首を吊ってしまった。しかし警官が到着してみると、死体は影も形もなくなっていた。さらに一時間後、死んだはずの男は商店街に姿を現し、再びすき焼きの材料を買ってから、自室で首を吊って死んでいた……。
 “二度自殺した男”というだけでも興味をひかれますが、さらにスーパーと商店街で律儀にすき焼きの材料を買い、挙句の果てに“スーパーは嫌い”という言葉を残して死んでしまうという不可解な状況は、非常に魅力的です。解決もまずまず。
2000.09.19読了

京都蜂供養  山田正紀

1994年発表 (出版芸術社)

[紹介と感想]
 〈山田正紀コレクション〉の“奇妙な味”編

「鮫祭礼」
 16歳になった“ぼく”は、鮫神様と闘わなくてはならない。そして父親を追放するのだ。それが島の掟だった――かつて兄を殺した父親を憎んでいたぼくだったが、鮫との死闘の果てに待っていたのは……。
 一見不条理に思える島の掟。その裏に隠された秘密にはうならされました。傑作です。

「猫を憎む」
 赤ちゃんを守るためなら、なんだってできるわ――赤ちゃんを狙う猫の影に怯えながら、“私”は誘われるままに隣の家へ遊びに行ったが……。
 怖い作品です。ややありがちな展開ともいえますが、主人公が猫を憎む理由が秀逸です。

「モアイ」
 2700メートルの深海で発生した潜水船の事故。それは謎の重力異常が原因だった。そして、付近の海底で発見された驚くほど巨大なモアイ像。小型潜水艇での調査に臨んだ“ぼく”たちの前に姿を現したのは……。
 調査の背後に隠された思惑と、それを知った主人公の最後の台詞が印象的です。エピソードとしては単なる遭遇にすぎませんが、よくできた作品です。

「鳥のいない鳥籠」
 何かいいことがあると小鳥と鳥籠を買い、いいことが終わると小鳥を放してやる。そうして空っぽの鳥籠ばかりが増えていく――涼子はそう言った。彼女と不倫の関係を持った“わたし”は、新しい鳥籠と小鳥を彼女に買い与えたが、やがて二人の間に破局が……。
 鳥籠という小道具が、非常に有効に使われています。そして、最後の一行は絶妙です。

「京都蜂供養」
 失踪した恋人の手がかりを追って、“ぼく”は京都の摩咜羅寺を訪れた。彼女の父親が住職を勤めるその寺では、年に一度の行事・“蜂供養”の準備が進められていた。これ以上彼女のことを探さないよう住職らに脅されたぼくは、ひそかに行われる蜂供養に潜入し、そこで恐るべき秘密を知ることになった……。
 “蜂供養”という奇妙な儀式に隠された秘密が、実に意外で秀逸です。冒頭に描かれた“ぼく”の状況など、伏線もよくできています。

「転げ落ちる」
 坂道を歩き続けていた“ぼく”は、不意に歩くのが面倒になってしまった。すでに自分が登っていたのか、降りていたのかすらもはっきりしない。そして……。
 奇妙な味のショート・ショートです。人生を象徴する坂道を、私たちは登っているのでしょうか、それとも降りているのでしょうか?

「いけにえの空」
 川村は、悪天候に揺れる飛行機に乗り込んでいた。今までのことはすべて忘れ、あこがれの島で新しい生活を始めるのだ。負けイヌのままで一生を終えるわけにはいかない――しかし、川村が過去を回想する間にも、飛行機の揺れはますます激しくなり……。
 川村の回想とオチがあまりうまく結びついていないようにも感じられますが、最後のオチはユニークです。

「獣の群れ」
 些細なことから駅のホームで女子高生に“ジジイ”よばわりされた内田は、彼女に説教をした上、学校に訴えようとしたことでトラブルに巻き込まれてしまう。内田にとって、理解不能な女子高生たちは“獣の群れ”にも等しいものだった……。
 長編『愛しても、獣』の変奏曲といったところでしょうか。衝撃的なラスト、そして最後の1行があまりにも深い印象を残します。

「近くて遠い旅」
 仕事に追われる篠崎のもとに、黒枠の葉書が届いた。それは、高校の頃の同級生だった律子の死を知らせるものだった。近くに住んでいながら、その頃は帰りの電車で何度誘われても、篠崎はかたくなに律子の最寄り駅で下車することはなかった。だが、葉書をきっかけに、篠崎は律子の住んでいた町を訪ねてみることにした……。
 ノスタルジックな作品です。奇妙な体験を経た篠崎のラストの心情が、その印象を一層強めています。
2001.03.22読了

渋谷一夜物語{シブヤンナイト}  山田正紀

2002年発表 (集英社)

[紹介と感想]
 バラエティに富んだ短編に、「序幕{プレリュード}」・「幕間{インターリュード}」・「終幕{ザ・カーテン・フォール}」・「後書き{ザ・カーテンコール}が加えられ、『まだ、名もない悪夢』と同じような“枠物語”になっています(というわけで、「後書き」を先に読んでしまわないようご注意下さい)。

「序幕{プレリュード}
 作家の“おれ”は夜の渋谷の街を走っていた。気に入らない評論家を殺す準備を整え、あとはアリバイ工作のためにカラオケ屋まで戻るだけ。だが、その途中で若者たちの“オヤジ狩り”につかまってしまい、作家であることもばれてしまった。おれは解放してもらうために、若者たちを満足させる“面白い物語”をひねり出さなければならなくなった……。
 窮地から脱するために次々と物語をつむぎ出さなければならないという、「千夜一夜物語」をなぞった趣向になっています(もちろん書名もそこから)。山田正紀作品でいえば「誰も知らない空港で」『1ダースまであとひとつ』収録)にも似た状況ですが、随所に何となくユーモラスに感じられる部分もあり、単なる短編集よりもさらに楽しめる1冊となっています。

「指輪」
 里美は夫の浮気相手を殺そうとしていた。特別なものだったはずの自分たちの結婚が、ありふれた三角関係の図式におさまってしまうのは我慢できなかった。自分に結婚指輪を買ってくれた同じ宝石店で、夫が浮気相手に指輪を買い与えたということも……。
 殺害計画を立てながらもなかなかうまくいかず、悪戦苦闘する主人公の様子が印象的です。そして、ラストの主人公の心理も鮮やかな印象を残します。

「経理課心中」
 経理課の係長として転勤してきた西村、そして彼を迎えた経理課のOL真弓は、ともに自分の目を疑った。三年前、会社の金を横領して出張してきた西村と、テレクラでアルバイトをしていた真弓は、一夜をともにしていたのだ。互いに相手に弱みを握られている二人は……。
 題名から結末は見えていますが、そこに至るまでの二人の心理状態がうまく描かれています。そして、第三者の視点で描かれたラストが何ともいえない味を残しています。

「ホームドラマ」
 孤独なオールドミスという立場に疲れ果てていた優子は、ついに“家庭”を手に入れた。密かに自分のことを好きだったという息子を交通事故で亡くした母親が、優子のことを娘として扱ってくれるようになったのだ。今まで自分に無縁だった幸せをかみしめる優子。だが……。
 途中までは非常によくできていると思うのですが、ラストの電話のエピソードがやや唐突に感じられてしまいます。

「青い骨」
 妻を亡くした臼井は、火葬を済ませ、骨壷を妻の実家の墓に納めた。だがその翌日、臼井のもとを一人の女が訪ねてくる。実は臼井は、妻の骨壷を電車の中に置き忘れた際に、女の夫のものと取り違えてしまったらしいのだ。女に骨壷の返還を強く迫られた臼井は……。
 比較的普通のミステリに近い作品ですが、臼井の苦悩が強く印象に残ります。

「環状死号線」
 タクシーの運転手の大友は、死臭が体に染みつくと同僚たちが嫌う「環状線」行きの仕事も、まったく気にしていなかった。だがある日、いつものように死者を乗せて「環状線」へと向かう途中、死者が自分でタクシーに乗るという“現実”に違和感を持ってしまった大友は……。
 あまりにも不条理な“現実”に慣れきっていた主人公が、ふと感じてしまった違和感。それをきっかけに“現実”が崩壊していく様子が、ある意味で鮮やかにも感じられます。

「魔王」
 醜い子供だった“おれ”は、早くから子供の持つ残酷さに気づいていた。すべての子供はその中に“悪の種子”をはらんでいるのだ。いつからか次々と子供たちを殺すようになったおれは、死体を樹海に埋め続けたのだが……。
 シューベルトの「魔王」をモチーフにした、短めのホラーです。自分を“魔王”に重ね合わせて子供を殺し続ける主人公の姿には、どこか悲哀のようなものも感じられます。

「明日どこかで」
 ふとしたきっかけで知り合った男が、飛び降り自殺した。男から預かった鍵でコインロッカーを開けてみると、中からおぞましいものが現れた――男が携わっていたという「DNA配列解析センター」のことを調べ始めたリツコは、恐るべき事態が起こりつつあることに気づいた……。
 バイオ・ホラー的な作品です。事態ははっきりとは説明されていませんが、「明日どこかで」という言葉が、暗澹たる未来の姿を暗示しています。

「わがデビューの頃」
 (内容紹介は省略します)
 直前の「幕間{インターリュード}からの流れもあり、予備知識なしで読む方が面白いと思いますので、内容紹介は省略します。
 スラップスティック・コメディ的な愉快な作品です。

「天使の暴走」
 交通事故の多い崖の道。市バスが転落した事故現場にたたずんでいた、天使のように美しい白人の少女は、不意にニヤリと笑ったのだ――そして二ヶ月後、“私”は同じ場所で再びその少女に遭遇することになった。その時、事故が……。
 “女は天使なのか、それとも悪魔なのか?”という『妖鳥』の問いを思い起こさせる作品です。ネタはバカミス的ですが、ラストは何ともいえない不条理感が残るものです。

「死体は逆流する」
 ずっと楽しみにしていた久しぶりの釣りに出た“おれ”は、予想もしなかった出来事に遭遇した。政治家の汚職疑惑に絡んで行方不明になっていた議員秘書の死体を釣り上げてしまったのだ。警察に通報すべきかと悩んだのも一瞬、おれは秘密の釣り場を守ることを選んだのだが……。
 坂道を転げ落ちていくようにどんどん窮地に陥っていく主人公の姿が印象的です。

「屍蠟」 (←「蠟」は「蝋」の印刷標準字体)
 “わたし”は不思議な安らぎとともにダクトの中にいた。誰のものかもわからない屍蠟を見つめながら――わたしは、かつて母と姉と三人で暮らしていたマンションを訪ねた。母はわたしが幼い頃に失踪し、姉も、そして甥も消息を絶ってしまったのだ……。
 喪失感と奇妙に静謐な雰囲気に満ちた、何ともいえない作品です。

「さなぎ」
 “わたし”は病院を訪れた。患者は事故で全身に火傷を負い、包帯でぐるぐる巻きにされていた。それはもう一人の“わたし”だった――何かのさなぎのような姿の患者を見つめるうちに、わたしは奇妙な思いにとらわれていった……。
 これも“奇妙な味”の作品です。主人公の感じる現実からの疎外感、そしてラストで途方にくれる主人公の姿が印象的です。

「オクトーバーソング」
 帯状疱疹に苦しむ“私”は、小学校の同窓会に出席しようと故郷に戻る途中、水疱瘡を患った子供の頃のことを少しずつ思い出していた。決して思い出してはならないはずのその記憶は、“檸檬糖”という不思議な名前の薬と結びついていた……。
 わかるような、わからないような作品です。封印された子供の頃の記憶が少しずつよみがえり、目を背けてきた真実に直面せざるを得なくなる、というのは恐ろしい状況ですが……。

「バーバー バーバー」
 床屋の椅子に座っていた“おれ”は、奇妙な思いにふけっていた。赤ん坊が“バーバー”としゃべるのはなぜなのか? 意味のない言葉なのか、それとも……。おれは隣に座った男に話しかける。だが、隣の男は……。
 奇妙な味のサイコホラーというべきでしょうか。ダジャレネタが発端ともいえますが。

「渇いた犬の街」
 “私”は殺し屋に命を狙われていた。研究所の所長だった私は、土地の人間を怒らせてしまった。私のやっていることは、死者を冒涜する行為だと思われてしまったのだ。私は死んだ妻の脳を、脳死状態のまま生かし続けていた……。
 マングローブ林、二人の男と一人の女という構図、そして“死”――『デッドソルジャーズ・ライヴ』の中の1エピソードとも思える作品です。ただ、死者への救済という視点が描かれているところは、『デッドソルジャーズ・ライヴ』よりも一歩先へ進んでいるといってもいいかもしれません。
2002.08.24読了

風水火那子の冒険  山田正紀

ネタバレ感想 2003年発表 (カッパ・ノベルス)

[紹介と感想]
 長編『阿弥陀』『仮面』で活躍した名探偵・風水火那子が登場するミステリ中編集です。
 風水火那子は『螺旋』などに登場している風水林太郎の妹で、流浪の新聞配達員にして非凡な推理の才能を備えた美少女です。本書の中でも表現されているように、探偵としてのスタイルはかなり“安楽椅子探偵”に近く、あくまでも事件とは距離を置いた傍観者的な立場を貫き、“推理機械”に徹しようとしているという印象を受けます。
 いくらお得意とはいえ、四篇のうち三篇に“アレ”が登場するのにはやや閉口しますが、作品はそれぞれによくできています。個人的ベストは、「ハブ」

「サマータイム」
 夏の終わり、閉鎖直前の海の家で起きた殺人事件。被害者はアルバイトとして働いていた女性だと思われたが、化粧を落としたその顔は、同僚たちから見ても同一人物かどうかはっきりしなかった。暗礁に乗り上げた捜査に追い討ちをかけるように、タイムリミットが迫ってくる……。
 事件の謎もさることながら、設定された“タイムリミット”が面白いところです。また、実にさりげなく隠された伏線がよくできていると思います。そして、最後に犯人の口から語られる真相が強く印象に残ります。

「麺とスープと殺人と」
 7軒のラーメン店が集まる“ラーメン横町”で、殺人事件が起こった。横町を取材に訪れたにもかかわらず、注文したラーメンを食べたり食べなかったりと不可解な行動をみせていた料理評論家が、何者かに刺殺されてしまったのだ。“しんそうが……そーき”という謎の言葉を残して……。
 ラーメンという一風変わった題材に加えて、語り手の刑事がユーモラスな雰囲気を出しています。奇妙な謎と論理の連鎖、そして快刀乱麻を断つがごとくすべての謎を解き明かす火那子の活躍が見どころです。

「ハブ」
 警視庁の機捜員・安達は“西口事件”の顛末を火那子に語り始めた――越後湯沢のスキー場近くで発見された若い女性の死体。だが彼女は、新宿駅西口にある三つのホテルのどれかに向かっていたはずだったのだ。犯人は、それぞれのホテルで待っていた男たちの一人なのか……?
 事件の渦中にありながら別の事件の話を聞いて推理するという二重構造の作品ですが、二つの事件にまったく関連がないところがユニークに感じられます(窮地においても安楽椅子探偵に専念するという意味で、“究極の安楽椅子探偵”といえるかもしれません)。全編が伏線の塊といってもよく、完全にしてやられてしまいました。

「極東メリー」
 日本海で停船しているところを発見された不審船。海上保安庁巡視船の搭乗員が乗り込んでみると、ついさっき支度されたばかりのような温かい食事を残して、船内はまったくの無人だった。だが、不審船は数時間にわたって監視されており、乗員が脱出することは不可能だったのだ……。
 “メリーセレスト号”事件を思い起こさせる、というよりもさらに輪をかけて奇怪な状況ですが、そこに火那子が意外な形で関わってきます。事件の真相自体はやや物足りないところですが、後味は何ともいえない印象的なものです。
2003.04.17読了

私を猫と呼ばないで  山田正紀

2007年発表 (小学館)

[紹介と感想]
 月刊「遊歩人」2005年5月号から2007年6月号まで、「男と女のいる舗道」というタイトルで掲載された読み切り短編から、十四篇をセレクトしたもの。各篇が原稿用紙二十枚とかなり短めながら、それぞれにちょっとした仕掛けが施された、しゃれた味わいの作品集になっています。

「消えた花嫁」
 恋人と初めて訪れた見知らぬ町で、小舟を仕立てて水路を行く花婿と花嫁を見送った滋子は、そこで一旦恋人と別れ、祖母が教えてくれた地元の郷土史家のもとに“消えた花嫁”の話を聞きに行く……。
 微妙にミステリ風の作品(ただし都筑道夫の短編に類例あり)ではありますが、ポイントは謎解きにはなく、最後に浮かび上がってくる構図と“思い”が印象に残ります。

「親孝行にはわけがある」
 ねえ、どうしてぼくにはパパがいないの――六歳のぼくがたずねると、ママは“うんと親孝行しなけりゃいけない”とか何とか言いながら、“コウノトリ”との出会いから“シングル・マザー”になるまでの話を……。
 演出が少々あざとい気がしなくもないものの、紆余曲折を経て現在の生活に至った“ママ”の心情を伝える上で、実に効果的といえるでしょう。

「猫と女は会議する」
 新婚早々に、仕事で帰りが遅くなるという夫。退屈しのぎに夜の散歩に出かけたわたしは、何匹ものネコが円陣を組んで座っているのを見つけた。わたしの母はそれを“ネコの会議”と呼んでいたのだが……。
 一つ前の「親孝行にはわけがある」からそのまま受け継いだかのように、よく似た雰囲気が漂っています。ほのぼのとしながらしんみりさせられる、味わい深い作品です。

「津軽海峡、冬景色」
 妻と一緒に離婚届を出しに行くことになったものの、待ち合わせまでの時間を持て余してしまった男は、ふと脈絡もなく、学生の頃に帰省で何度も利用した青函連絡船に思いをはせ、回想にふける……。
 至極ありがちな結末を予感させながらも、回想から現実へと戻った後、最後の一節のひねりで読者をはっとさせるところがよくできています。

「つけあわせ」
 毎日毎日、スーパーでつけあわせの刻みキャベツを買ってフロアの隅のベンチに座り、黙々と食べ続ける老女。他の客からの苦情を受けた主任は、契約社員の私に何とかするよう頼み込んできた……。
 ある意味では些細な出来事であるにもかかわらず、蜘蛛の巣に絡め取られていくかのように不条理感が強まっていくところが秀逸です。

「女はハードボイルド」
 農協の経理担当である律子は、残業費を職員に払うために、いつもより早く家を出て無人ATMに向かった。だが、強盗に遭遇する羽目になった律子は、そこで思わず強盗に反撃してしまったのだ……。
 作中でも“ついうっかりと強盗に反撃してしまった”と表現されていますが、ものの弾みから始まり、どんどんエスカレートしていく展開が痛快な(?)作品。やりすぎではありながらも、カタルシスを感じざるを得ません。

「窓の見える天窓」
 余命半年という上司からの最後の頼みを受けて、姿を消した上司の恋人の部屋へ、彼女がよく口にしていた“窓の見える天窓”を確かめにきた男。ところが部屋にはそんなものはない。しかし……。
 “窓の見える天窓”という謎の言葉で主人公を引っ張り回しつつ、その過程を読者に強く印象づけているところが巧妙。最後に残るどこかさわやかな余韻も印象的です。

「恋の筑前煮」
 独身女性揃いの開発室の面々に、冷凍惣菜の新商品開発が命じられる。室長が若い男性のせいもあってか、一同張り切って開発に取り組む中、室長は筑前煮を作るわたしに期待しているというのだが……。
 次第にあからさまになっていく○○に目もくれず、ひたすら筑前煮の改良に没頭する語り手の姿に、他人事ながらやきもきさせられますが、題材が筑前煮だけに最後は“(一応伏せ字)ごちそうさま(ここまで)”。

「カゴを抜ける女」
 いつものように質屋を訪れた途端、新宿署の長島という男が現れて、いきなりわたしを捕まえた。その筋では知られているわたしの正体が、見抜かれてしまったらしい。わたしは何とか逃れようとするが……。
 状況が状況であるにもかかわらず、男女の軽妙かつスリリングなやり取りが楽しい作品。最後のオチには思わず苦笑させられます。

「スイサイド・ホテル」
 誰かに、それとも何かに、さよならを言った人たち――ちょっとの間死んでいる人たち――ばかりが集う、海辺の“スイサイド・ホテル”。そこに、妻を迎えに来た夫を案内してきたわたしたちだったが……。
 これは……“奇妙な味”というべきでしょうか。明確なストーリーではなくエピソードの積み重ねといった印象で、独特の雰囲気を味わうべき作品かもしれません。

「恋のコンビニ愛のチップス」
 好きになったコンビニのアルバイトにあっさりふられてしまったわたしは、その時に買ったポテトチップスをやけ食いしているうちに、失恋にふさわしい味のポテトチップスを探し求めることを思い立ち……。
 語り手の女子高生自身も“愛より食欲”という話だと前置きしていますが、いくら失恋したとはいえ、あまりに“斜め上”の発想に心の中でツッコミを入れながら読んでいると……お見事。

「足りないものは何ですか?」
 わたしたち夫婦は、一緒に青山の家具屋を訪れた。顔なじみの店員がすぐに声をかけてきたが、以前に買ったおそろいのラヴ・チェアをもう一組ほしいという希望を伝えると、困惑した様子になって……。
 結末はまあ見えているのですが、そこに至る経緯、とりわけ決め手となる出来事が印象的。

「壁の花にも耳がある」
 私たちは、会社にいながら会社にいないような自分たち“派遣”のことを、いつしか“壁の花”と呼ぶようになっていた。その“壁の花”が、ひょんなことから会社の勢力争いに巻き込まれることになったのだが……。
 傑作『火神を盗め』を日常にまでスケールダウンしたような、反骨精神と創意工夫を二本柱とする山田正紀らしい“ゲーム小説”風の作品ともいえるのではないでしょうか。とはいえ、あくまでも本書のトーンに合わせたものにはなっているのですが。

「私を猫と呼ばないで」
 “この泥棒ネコ!”――浮気相手の男の女房に現場を押さえられ、ホテルの八階の窓の外に逃げ出した私は、何とか外壁を伝って部屋から部屋へと移動していくうちに、様々なドラマを目にすることに。そして……。
 浮気現場からの逃亡に始まり、短い分量の中で様々な人間模様が繰り広げられる作品。すべてに片をつけながらも、あくまでもさらりと表現された結末が見事です。
2007.12.16読了