山田正紀短編集vol.2

吉原蛍珠天神 少女と武者人形 魔境物語 不可思議アイランド 物体X



吉原蛍珠{ほたる}天神  山田正紀
 1981年発表 (集英社文庫149-B・入手困難

[紹介と感想]
 時代ものだけを収録した短編集です。単行本『あやかし』を改題したものです。

「あやかし」 e-NOVELS
 三河から江戸へ移ってきた徳川家康は、早々に隅田川の物見を命じた。川を切り開き、水運を充実させようというのだ。しかし、隅田川にはもののけが現れるという……。かくして、功名心にはやる風間吉兵衛と、浮洲を切り開くことに情熱を注ぐ地侍・深川八郎右衛門の二人が物見の役目を任じられたが……。
 吉兵衛と八郎右衛門のキャラクターが対照的でユニークです。二人の掛け合いが物語にユーモラスな雰囲気を添えていますし、もののけ退治の場面やラストのオチもよくできています。しかし、時折みられるシリアスな場面が印象に残ります。

「辛うござる」 e-NOVELS
 藩で一、二を争う剣術使いの望月正十郎が、朝鮮出兵から無事に帰国してきた。妻と舅は喜んで迎えたが、やがて正十郎は奇怪な振る舞いをみせるようになっていった。剣術道場へも通うのをやめ、連日大根を買いあさっているというのだ。正十郎は朝鮮で覚えたキムチ作りに熱中していたのだった……。
 伝奇・SF色のない、純然たる時代小説です。剣を捨て、キムチの普及に力を注ぐ正十郎の奇人ぶりが、何ともいえないおかしさと、時代に受け入れられない哀しさをかもし出しています。

「吉原蛍珠{ほたる}天神」 e-NOVELS
 元お庭番で今は殺し屋の宇之のもとに、大老井伊直弼暗殺の依頼がきた。だが井伊公は、黒衣衆と呼ばれる凄腕の三人組に守られていた。宇之がその周辺に探りを入れてみると、黒衣衆は死んだ徳川家康が乗り移った不思議な玉の指令で動いているというのだ……。
 殺し屋宇之の戦う姿を中心に描いた伝奇小説です。実在の人物も多く登場し、また宇之がお庭番をやめた事情も十分に書きこまれていることで、物語に厚みが出ています。不思議な玉の正体、そしてそれと結びついた最後のオチがよくできています。
しかし、この作品がSFマガジンに掲載されたというのも驚きです。

2001.01.12再読了



少女と武者人形  山田正紀
 1982年発表 (集英社文庫 や2-11)

[紹介と感想]
 テーマもジャンルも定めずに1年間書き続けられた12篇の作品を収録した、“奇妙な味”の作品集です。直木賞の候補作に選ばれました。

「友達はどこにいる」
 1年前のひき逃げ以来、サラリーマンの栗田を強請り続けた老人・柴山が急死した。安堵したのも束の間、栗田は柴山が残した言葉を思い出して愕然とする。柴山はひき逃げの件を書き記した手紙を友達に預けたというのだ。焦った栗田は懸命に柴山の友達を探し回るが……。
 オチがついた後の栗田の行動が、何ともいえない読後感を残します。

「回転扉」
 高い格式を誇るT-ホテル。その入り口の回転扉は今日も回り続けていた。回転扉を出入りする客たちの品定めを楽しんでいたわれわれの前に、T-ホテルには似つかわしくないみすぼらしい若者が姿を現した。果たして彼は回転扉を通りぬけることができるのか……?
 何度挑戦してもなかなか回転扉をくぐることができない若者の姿に、何ともいえないおかしさが感じられますが、ラストにはヒヤリとさせられます。

「ネコのいる風景」
 ネコ好きの母が亡くなり、飼われていた老猫を引き取った“私”。その人生には奇妙にネコがつきまとってきた。久しぶりに母との思い出の地、ネコの墓のある動物霊園を訪れた私は……。
 何気ない日常の風景に、突如姿を現す幻想。主人公の恐怖が見事に描き出されています。

「撃たれる男」
 銃弾がこめかみをかすった瞬間、彼は記憶を失ってしまった。自分が誰に、どうして狙われているのかもわからないまま、彼は知力を振り絞って懸命に応戦するが……。
 死闘の果てに待っていた皮肉な結末が、非常によくできています。

「ねじおじ」
 公園の周囲をわき目も振らずひたすら競歩し続ける男・“ねじおじ”。会社人間の小林は、いつの間にか“ねじおじ”のひたむきさに興味を引かれ、自分と“ねじおじ”を重ね合わせていく……。
 “ねじおじ”の奇矯な行動があまりにも印象的です。また、そのネーミングも秀逸です。

「少女と武者人形」
 屋根裏部屋にしまいこまれた武者人形。その剣に血が噴き出した時、家族が死ぬ。少女はそう信じ込んでいた。叔母と父の到着を待つ間、屋根裏部屋に入り込んだ少女は……。
 主人公の少女の複雑で微妙な心理が見事に描かれています。表題作となるにふさわしい、幻想的な傑作です。

「カトマンズ・ラプソディ」
 山登りに取り憑かれた幸男。だが、彼はヒマラヤには決して登らず、ヒマラヤ遠征のときには必ずカトマンズにとどまっていた。出発を前にしてカトマンズの魅力を恋人に語る幸男だったが、彼が遠征から戻ってきてみると……。
 主人公と恋人、どちらの気持ちもわからないではないだけに……。ラストの主人公の行動が印象に残ります。

「遭難」
 バイクでツーリングの最中に、山道で転倒してしまった石岡。バイクは谷底に転落してしまい、彼は車が通りかかるのを待つ。だが、台風の接近で状況が悪化していき……。
 些細な事故だったはずが、坂道を転げ落ちるようにはまっていってしまう主人公。その焦りと恐怖がうまく描かれています。ラストの一文が秀逸です。

「泣かない子供は」
 “泣かない子供はネズミをとる”――その言葉は、いつの頃からか良平の胸に刻み込まれてきた。彼にとって、何か呪文のような魅力を持っていたのだ。難産の末に産まれた娘が、さして泣き声も上げず、おとなしいのを見て、良平は久々にその言葉を思い出したが……。
 “泣かない子供はネズミをとる”という、間違った言葉に取り憑かれてきた主人公の人生。その奇妙な屈折がうまく描かれています。

「壁の音」
 “壁の音”を耳にした者には、必ず死が訪れる――幼い頃から死を身近に感じてきた涼子は、祖母に繰り返しそう教えられてきた。今夜こそ、壁の音を聞くことになるような気がする――彼女は回想にふけっていく……。
 生よりも死に親しみを感じてきた主人公の、複雑な心理が印象的です。

「ホテルでシャワーを」
 海外出張から帰る途中で、ふと東南アジアの国に立ち寄った商社マンの吉田。だが、期待に反して、現地は冷たい雨が降っていた。とにかくホテルでシャワーを浴びて休みたいと思ったものの、吉田はタクシーの運転手にしつこく絡まれてしまう……。
 ひたすら不条理な作品です。吉田の望みが“ホテルでシャワーを浴びる”というささやかなものであるだけに、この不条理さが一層際立っているように思います。

「ラスト・オーダー」
 男は店の経営に失敗し、老人は死を考え、女は失恋に泣いていた――雪の降りしきる中、男がバーを開く最後の夜に、老人が、そして女が客としてやってきた。ラスト・オーダーとして水割りが注文されたが……。
 3人のラスト・オーダーを重ね合わせることで、印象的な作品に仕上がっています。また、雪という舞台装置が効果的に機能しています。この点は、「雪のなかのふたり」『ヨハネの剣』収録)にも通じるように思えます。

2001.02.08再読了



魔境物語  山田正紀
 1983年発表 (徳間文庫210-9・入手困難

[紹介と感想]
 秘境ものの中編2作を収録した作品集です。

「まぼろしの門」
 ヒマラヤ山中に、釈尊が生前に説いた教えをそのままの形で保持している一族がいる――明治の半ば、この話に魅せられた仏教研究家・山形孝平は、猟師の嘉兵衛とともに、幻の一族の姿を求めて<桃源郷{カンブータン}>と呼ばれる土地を目指すが……。
 『崑崙遊撃隊』などもそうであるように、山田正紀の秘境ものでは目的地そのものよりもそこに至る過程が重要視されている場合が多いのですが、この作品に至っては目的地である<桃源郷>に到着する直前で物語が終えられています。やや物足りなく感じられる面もありますが、逆に何ともいえない余韻を残す終わり方であるともいえます。
 その理由としては、嘉兵衛の存在があります。この作品では全編を通して嘉兵衛の内面が詳しく描かれており、実質的に彼が主人公であるといっても過言ではありません。そして、<桃源郷>へと至る旅を通じて彼がどのように変化していくかに力点が置かれており、ラストの彼の姿は物語の結末を支え得る力を持っています。十分に完成された作品といえるのではないでしょうか。

「アマゾンの怪物」
 オイル・ラッシュにわきかえるペルー・アマゾンで、アマゾン河に石油が流れ込むという事故が起こった。国連情報局に所属する奥田昌平は、事故の調査のために現地へと赴くが、さらに不可解な航空機事故も発生していたことが判明する。案内人らとともにジャングルの奥の石油基地へと向かった奥田の眼前に、やがて巨大な怪物がその姿を現した……。
 こちらは比較的正統派の秘境冒険小説といった感じです。物語の展開やアイデアもまずまずだと思います。ただ、主人公である奥田や同行する緒方が秘境へと向かう理由がやや弱いのではないかと思います。目的地や怪物に対する思い入れがもっと欲しいところです。

2001.01.17読了



不可思議アイランド  山田正紀
 1984年発表 (光風社出版・入手困難

[紹介と感想]
 SF、ミステリからショート・ショート、時代小説まで、バラエティに富んだ作品が収録されていて、山田正紀の守備範囲の広さが改めて認識できる作品集です。
 個人的ベストは難しいところですが、<惑星物語>の2作でしょうか。

「木星の赤い海」 ―惑星物語 I―
 原因不明の故障を起こして木星に落ちていったマス・ドライバーの調査のため、カリストの木星探査船“ジェリー・フィッシュ号”が木星表面に送り込まれることになった。地球連邦の意を受け、“ジェリー・フィッシュ号”に乗り込むためにカリストを訪れたミツオ・シマ。彼の前に姿を現した謎の娘・イドゥンは、彼に“惑星から惑星へと自由に移動するもの”の存在を告げる……。
 「火星の戦士」とともに、連作<惑星物語>の1篇となるはずだったSF中編です。スペース・コロニーや惑星探査、そして太陽系内に潜む未知の存在など、古きよき時代のSFの雰囲気を持った作品となっています。どことなく牧歌的なラストも、この印象に拍車をかけているように思われます。イドゥンの主張、そしてカリスト駐在のエリート官僚の述懐から展開されるテーマは、かなりシリアスなものではありますが。

「自殺省」 ―奇妙な味の現代人挽歌―
 無能なサラリーマンの“彼”は、昼休みに突然部長に呼び出された。彼に自殺省から通知があったというのだ。彼は動転するが、会社の上司たちも、妻さえも、迷惑としか思っていないようだった。彼は異議申請のために自殺省へと赴くが……。
 まさに“奇妙な味”としか言いようのない作品です。その最大の要因は、深刻な背景を予感させるエピソードが、最初から最後まで徹底して淡々と語られている点にあるでしょう。<自殺省>に関する説明もなく、ただひたすらに通知を受けた“彼”の心理・行動が描かれています。“奇妙な味の現代人挽歌”という副題は、まさに言い得て妙です。

「恋と幻」 ―ショート・ショート―
 彼は少女に恋していた。少女の骨にまで恋をしていた――レントゲン技師の彼は、少女のレントゲン写真を病院から盗み出し、少女を脅迫するが……。
 何と言ったらいいか……。きれいなオチがあるショート・ショートではありません。奇妙な愛情が描かれた作品です。

「たらちね」 ―幕末時代ロマン―
 上野の寛永寺の領地に入り、落ち木を拾って薪に使うのを許されていた湯屋の源助は、いつしか自分も直参旗本と同じだという誇りを胸に抱いていた。だが、寛永寺の門主ゆかりの高貴な女性に命を救われた源助は、やがてやるせない思いをつのらせるようになってしまった。そして、ついに薩長の征討兵が上野の山に攻め込んできたその時、源助は……。
 源助のやや屈折した心情がうまく描かれており、これが戦乱の中の思い切った行動につながるところが見事です。思わずほろりとさせられるラストもよくできています。

「滅ぼす女」 ―異色サスペンス―
 週刊誌記者の“わたし”は、一人の女を追っていた。彼女の名は爽子。彼女のために、今まで何人もの男が破滅してきたのだった。そして今、彼女の夫が彼女を殺そうとしているのではないかという疑惑を抱いたわたしは、夫婦の旅行先まで追跡するが……。
 スリリングかつスピーディーな展開が魅力ですが、序盤の伏線がうまく生かされているところも見逃せません。幻想を感じさせるラストもよくできています。

「別荘の犬」 ―奇妙な味のミステリィ―
 秋の別荘地。駐在期間が終わり、本署へ戻る宮原巡査は、定年を前に最後の心残りとなった事件のことを、顔なじみの管理人・吉田に語る。二年前、を食べていると噂され、また実際に犬を追い回してもいた浮浪者の源二郎爺さんが、林の中で衰弱死していたのだった……。
 あまりにも哀愁に満ちたミステリ。舞台、登場人物、そして事件の真相までも、すべてがこの哀愁に奉仕しているように感じられます。

「火星の戦士」 ―惑星物語 II―
 火星に降り立った超一流の傭兵・血まみれ{ブラディ}グロスは、到着早々、強敵・“自殺者小隊{レミング・プラトゥーン}”に命を狙われる。同時に雇われた傭兵のM・Mにかろうじて命を救われた彼が、火星行政省の秘密会議室で知らされた標的の名は、地球帰還主義者のリーダー・イドゥンだった……。
 「木星の赤い海」に続く、<惑星物語>第2弾です。前作からやや時代が下りますが、イドゥンは健在です。前作よりもアクションの要素が強く、その分、火星というせっかくの舞台装置の生かし方がやや物足りないようにも感じます。ラストの一節が非常に気になる書き方で、可能ならばぜひ続編を書いてほしいのですが……。

「ラーメン大好き」 ―奇妙な味の現代人哀歌―
 吉田のラーメン好きは会社でも有名だった。ラーメンの話題さえ持ち出せば、どんな相手ともうまくやれるという自信もあった。だが、酒の後でラーメン屋に連れ出した部下の木村が、妙に疲れた顔をしながら、転職を考えていると告げたときから、吉田の自信がぐらつき始めた……。
 ラーメン好きであることに磐石の自信を持っていた吉田が、部下の木村の一言で、自らを省みて疑問を持ち始めるという展開がよくできています。自分は本当にラーメンが好きなのか、それともラーメンにすがって生きているだけなのか? “ラーメン”を別のものに置きかえれば、誰しも思い当たるところがあるのではないでしょうか。

「魚の研究」 ―ショート・ショート―
 魚がどうして陸に上ったのか?――“ついうっかり説”や“とりあえず説”など、学者たちは色々な説明をしてくれた。だが、おれには時間がないのだ。早急にこの問題を考えなくては……。
 ユニークな語り口の冒頭から、こんなオチになるとは思ってもみませんでした。お見事です。

「狐丘分譲住宅」 ―奇妙な味の……―
 30年以上も勤めてきた会社を、停年退職することになった伊藤。挨拶回りも済ませ、プレゼントを受け取って退社し、帰りに寄った焼き鳥屋でも親切を受けて、何だかくすぐったいような気分になった彼だったが、自宅のある狐ガ丘の駅で降りてから道に迷い、いつの間にか菜の花畑へと足を踏み入れて……。
 冒頭からどこかほのぼのとした雰囲気が漂い、次第に幻想へと滑らかに変化していく作品です。それだけに、ラストの一文があまりにも衝撃的です。

「狙撃プラス・ワン」 ―異色サスペンス―
 良彦は、友人の岸田の依頼を受けて、ライフルを手に無人のマンションに潜んでいた。午後11時、500メートルほど先のマンションの窓に男が姿を現した瞬間、良彦はライフルの引き金を絞った。男が弾かれたようにふっとんで倒れるのが見えた。そして同時に、パトカーのサイレンが聞こえてきた……。
 この作品は、予想を越えるひねりが加えられた展開が秀逸です。また、良彦の冷静沈着なキャラクターも魅力です。

「おれの影」 ―ネオ剣豪小説―
 キリシタン信徒の蜂起をおさえるため、はるか島原へと向かうことになった宮本武蔵は、自らの老いを感じていた。島原への道中、何者かの剣気に脅かされた武蔵は、やがて自らをつけ狙う若き兵法者の存在を知る。相手の並々ならぬ力量を目の当たりにした武蔵は……。
 仕官こそかなわぬものの、すでに日本中にその強さを知られた宮本武蔵。若い頃と一転して、名を上げようとする兵法者に狙われる立場となった彼の、徒労感に満ちた心理が見事に描かれています。

2001.02.11再読了



物体X  山田正紀
 1986年発表 (ハヤカワ文庫JA228・入手困難

[紹介と感想]
 作者いわく“50年代、60年代、70年代のSF作品、SF映画をイメージして書いた”中編3作を収録したものです。個人的ベストは、「物体X」です。
 ところで、各作品の元ネタがおわかりの方、ぜひ教えて下さいませ。

「物体X」
 北方領土問題の取材のためにフリーライターの美奈子が乗り込んだ漁船は、濃霧の中、なぜかソ連海域に侵入し、遭難してしまった。わずか数名の生存者は、ソ連軍基地のある海獺島に難を逃れるが、人影の絶えたその島では、恐るべき怪物が猛威を振るっていたのだ……。
 SFホラー映画の雰囲気が漂う作品です。国際謀略を重ね合わせてリアリティを出しつつも、あくまでも海獺島の怪物の脅威に重点が置かれています。伏線の張られたプロローグから、息詰まる怪物との対決、そして衝撃のラストまで、しっかりとした物語となっており、非の打ち所がありません。

「暗い大陸」
 “女が書けない”SF作家Yの悲しみが、11代目の子孫に凝縮遺伝して生まれたスーパー痴漢・怪盗カタツムリ。ついに逮捕された彼は、犯罪の根源となっている性的コンプレックスを矯正するため、夢の中で自分のコンプレックス・“狼”と対決することになったのだが……。
 山田正紀らしからぬ(?)怪作です。暗喩と象徴に満ちた怪盗カタツムリの冒険はハチャメチャな展開で、ギャグすれすれでありながらも、メタフィクションの要素を備えた自虐的な部分のせいか、どこか哀愁の感じられる作品となっています。

「見えない人間」
 生体テレメータを装着することでコンピュータによる健康管理を可能としたヘルスケア・ネットワーク・システムが構築された未来。システムが拡大していく一方で、コストを負担することができず、システムに加入することのできない人々は、“見えない人間”と呼ばれて社会から脱落していくことになった……。
 失踪した夫を探してほしいという依頼を受けた“ぼく”は、詳しい事情を聞いて愕然とした。心臓発作を起こした彼は、救急治療を受けることなく姿を消し、いつの間にか生体テレメータのナンバーまでも抹消されて“見えない人間”となっていたのだ。完璧なはずのシステムに何が起こったのか……?
 高度な管理社会という未来像は、オーウェル『1984年』の例を挙げるまでもなくSFではおなじみのものですが、そこから逸脱した人々に焦点を当てた“見えない人間”という設定は秀逸です。また、熱帯のジャングルと化した東京の風景も、幻想的でユニークなものといえるでしょう。
 物語の方は、依頼人の夫が“見えない人間”となって失踪したという謎を中心に、いわばSFハードボイルドともいえる展開をみせますが、真相への手がかりが唐突に、しかもあまりにもあっけない形で手に入ってしまうところが、やや物足りなく感じられます。

2001.02.03読了


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