山田正紀短編集感想vol.3

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  3. 山田正紀短編集感想vol.3

まだ、名もない悪夢。  山田正紀

1989年発表 (徳間書店)

[紹介と感想]
 十二篇の短篇(「一夜」から「十二夜」まで)を、「前夜」「十三夜」で挟み込んで“枠物語”の形式をとった作品集です。
 それぞれの短篇はほとんどばらばらに雑誌に掲載されたものですが、いずれもサスペンス/ホラー系の作品であるため、“深夜のサスペンス・ドラマ用のシナリオ”という設定にも違和感がありません。それぞれの扉には、“冒頭のナレーション”という形の前書きがつけられるなど、凝った作りになっています。


「前夜」
 テレビの下請け制作プロダクションを経営している溝口は、苦境に陥っていた。深夜番組のサスペンス・ドラマの仕事が滞っているのだ。仕事を依頼したシナリオ・ライターの笹木からは、十二本分のシノプシスがすでに送られてきていたが、最後の十三本目がいつまでたっても完成しない。しかも当の笹木は、酔っぱらってレンタル・ビデオ屋で暴れる事件を起こしたという。業を煮やして笹木を訪ねた溝口だったが……。

「一夜 メロン」
 入院した吉田の見舞いに、鈴木と二人で持っていったメロンは、まだ食べ頃ではなかった。退院したら三人で食べようと話していたのだが……吉田はあっけなく死んでしまい、葬儀の帰りに鈴木がメロンを受け取って帰っていった。そして……。
 比較的ありがちな展開ともいえますが、メロンという小道具が一種異様な不気味さをかもし出しています。

「二夜 忘れ傘」
 小学校の同窓会のために帰郷したとき、物置の隅に見つけた女の子用の赤い傘。それを手に取ったとき、初恋の思い出がよみがえってきた。雨の中、通学途中で出会った彼女に、一目で惹かれてしまったのだ。だが、同窓会でようやく傘を返したとき……。
 忘れ傘からよみがえる初恋。しかし、美しかったはずのその思い出が、やがて不気味なものへと姿を変えていきます。怖い作品です。

「三夜 妖老院へようこそ」
 近所に老人ホームが建設されるという話が明らかになってから、隣人たちは賛成派と反対派に分かれてしまい、険悪な雰囲気が漂うようになっていった。事態が泥仕合の様相を呈し始めたとき、“わたし”が目にしたのは……。
 日常の生活に忍び寄る異次元といった感じの作品です。

「四夜 犬の穴」
 失踪した部下の樋口淑子が飼っていた犬を引き取った“わたし”。しかし、初対面のときからどうにも気に入らなかったその犬が、やがて重荷になってしまったので、何とかして捨てようと決心したのだったが……。
 犬は何を考えているのか、本当に悪意を持っているのではないか。何ともいえない不条理と恐怖を感じさせる作品です。

「五夜 冷凍睡眠の悪夢」
 宇宙開発のために研究されてきた冷凍睡眠の技術だったが、宇宙空間での最終実験で悲劇が起こった。ある者は死に、また生き残った者にも精神的に深刻な後遺症が残されたのだ。そして数十年後、再開された実験に挑んだ“わたし”は……。
 最後のオチは予想できてしまいますが、“わたし”が体験する冷凍睡眠の世界のアイデアが秀逸です。

「六夜 顔」
 週刊誌の記者である“わたし”は、観相術師の吉田を追っていた。何と、現役の大臣が彼の占いを受けて辞職したらしいのだ。だがその矢先に、当の吉田は自殺してしまった。わたしは仕方なく、元大臣にインタビューを申し込むが……。
 恐怖というよりは“奇妙な味”を感じさせてくれる作品です。

「七夜 管理人」
 引っ越してきたばかりのマンションで、間違った日にゴミを出してしまった高橋は、その夜、同じ階の責任者と名乗る男の訪問を受け、説教をされてしまう。さらに、相次ぐ苦情の電話やビラに悩まされることになってしまった。どうやら背後には、顔も知らぬ管理人の存在があるらしい……。
 姿なき管理人、そして集団による悪意。オチはありがちではありますが。

「八夜 露天風呂」
 そうだ、温泉に行こう――何の脈絡もなく、そう思いついた“ぼく”だったが、温泉には奇妙な思い出があった。子供の頃、浴場で出会った女と、ある約束をしたのだ。彼女はぼくが浴場を出た後、そのままそこで自殺してしまったという……。
 この作品が、本来の怪談に最も近いように思えます。オーソドックスともいうべきでしょうか。

「九夜 代打はヒットを打ったか?」
 ひいきの野球チームが優勝をかけて臨んだ試合もすでに九回裏。一打逆転のチャンスで代打が登場してきた――そこでラジオの放送が途切れ、結果を知ることができなかった木村は、どうしてもすぐ結果を知りたいという強迫観念にとらわれてしまう。果たして代打はヒットを打ったのか……?
 このように、何かがどうしても気になってしまうということは、誰しも経験があるのではないかと思いますが、こうした些細なことからどんどん深みにはまっていってしまう様子がうまく描かれた作品です。

「十夜 訪問販売」
 奇妙な訪問販売がやってきた。中年女の二人組で、何を売るつもりなのか今ひとつはっきりしない。話もそこそこに、妻に対応を押しつけてしまったのだが、しばらく後に友人の吉田から、その二人組が彼のところへも訪れたこと、さらに彼女たちが扱っているものが何かを知らされ、胸に不安が生じてきた……。
 ものすごいラスト。その衝撃はあまりにも強烈です。

「十一夜 宣伝販売」
 スーパーで、食品の宣伝販売のパートを始めた奈美子。仕事中に嫌な目にあった彼女に、いつも明るく働いている相棒の規子は、その秘訣を告げる。規子は絶対に検出不可能な毒薬を持っていて、嫌な相手には“あんたなんかいつだって殺せるんだから”と心の中でつぶやく、というのだ。半信半疑のまま、彼女からその薬を譲り受けた奈美子だったが……。
 逆転、また逆転、そしてスリリングなラスト。よくできたプロットです。

「十二夜 通信販売」
 友人の木口が不可解な死に方をした。彼は息子が利用した通信販売のことで悩んでいたらしい。気になった“わたし”は彼の息子に尋ねてみたが、大したものではないという。やがて、わたしの息子が万引き事件を起こしたが、それは現金が必要だったからのようだった。息子は一体何を買おうとしているのか……。
 父親たちの悲哀がうまく描かれています。と同時に、子供たちにとっても悲しむべき事態であるわけですが……。

「十三夜」
 翌日、再度笹木を訪ねた溝口だったが、笹木はアイデアが生まれてきた奇妙な経緯を説明した後、「あんた自身がそれを確かめてみればいいんだ」と捨て台詞を残し、部屋を飛び出してしまう。一人残された溝口は……。
 笹木が十二本分のアイデアを生みだした設定が秀逸です。そして十三本目は……。
2001.02.14再読了

五つの標的  山田正紀

1991年発表 (光風社出版)

[紹介と感想]
 『贋作ゲーム』『ふしぎの国の犯罪者たち』にも通じる、犯罪(に限りませんが)をゲームとしてとらえた作品を収録した短編集です。ただ、『贋作ゲーム』の場合は登場人物たちにどこか余裕のようなものが感じられるのに対し、この作品集では追いつめられた登場人物たちの悲壮感が目立つように思えます。
 個人的ベストは「地下鉄ゲーム」です。

「地下鉄ゲーム」
 東京・赤坂で、現金輸送車が襲撃される事件が発生。手違いで逃走用の車を失い、袋小路に追いつめられたはずの犯人たちは、地下へと姿を消してしまった。東京に張りめぐらされた地下鉄網を利用して逃走を企てる犯人と、鉄道に関する知識を駆使して犯人を追いつめようとする刑事課長。息詰まるゲームの行方は……。
 本書の中で最も『贋作ゲーム』の雰囲気に近い、ある種の爽快さを感じさせる作品です。“地下鉄ゲーム”の攻防自体、非常によくできていると思いますが、犯人と刑事課長がお互いそれと知らずに出会う冒頭の場面も印象的です。

「真夜中のビリヤード」
 深夜のビリヤード場を舞台に繰り広げられるスパイ戦に巻き込まれてしまった予備校生の裕二。大使館から盗み出された重要書類をめぐる、夜を徹した攻防は、明け方になってようやく決着を迎えたかにみえたが……。
 この作品には物足りなさが感じられます。主人公たちはほとんど逃げ回るばかりで、アイデアらしいアイデアもあまり盛り込まれていない上に、最後の手段も今ひとつ鮮やかさに欠けるように思えます。

「四十キロの死線」 
 会社社長の須藤に資金援助を断られた息子の良は、最後の手段に出た。須藤の車に、時速40キロを下回ると爆発する爆弾を仕掛けたのだ。運転中にそのことを知らされ、脅迫を受けた須藤は、懸命に対抗策を探るが……。
 映画「スピード」にも通じる、スリリングな状況が魅力的です(もちろん、こちらの作品の方が先ですが)。と同時に、争いを通じてある種の絆を取り戻そうとする親と子の関係が印象に残ります。

「ひびわれた海」
 繰り返し東京に広まる大地震の噂。それは会社上層部の意を受けて、噂をコントロールするため、峰岸が巧妙に流したものだった。しかしある日、ウォーターフロント副都心に隠された秘密に気づいた彼は愕然とする……。
 これも犯罪の一種といえるでしょうか。ネタバレになりそうで詳しくは書けませんが、緊迫した展開が印象的です。

「熱病」
 ダイヤルQ2のサービスで知り合った、お互いに名前も素性も知らない若者たち。ふとしたことから、政治家のもとへと送られる名画を途中で強奪する計画を立てた彼らは、熱病に浮かされたかのように襲撃を実行するが……。
 中島みゆきの「熱病」という曲をバックに実行される、刹那的な犯罪を描いた小品です。全編を覆う閉塞感に、『贋作ゲーム』に収められた作品との違いが顕著に表れているように思います。
2001.02.19再読了

1ダースまであとひとつ  山田正紀

1991年発表 (光風社出版)

[紹介と感想]
 SFからミステリ、時代小説まで、バラエティに富んだ作品を十一篇収録した作品集です。
 個人的ベストは、「竜の侍」でしょうか。

「身元不明につき」
 自分はどうやら幽霊にとり憑かれてしまったらしい――自分ではその姿を見ることのできない田島は、幽霊の身元を探るため、何もかも放り出して心当たりを調べ回る。しかし、ようやく突き止めた相手は……。
 オチ、というより終盤の展開が非常によくできています。幽霊にとり憑かれたことによる田島の変化が印象的です。

「甘い生活」
 結婚以来、妻・昭子が毎日作ってくれる手作りのお菓子の虜となってしまった今井。だが、ある日彼のもとにかかってきた興信所の調査員からの電話は、その“甘い生活”を脅かすものだった。相手は昭子の前夫の死に関する疑惑を告げたのだ……。
 ありがちなオチかと思いきや、うまくひねってあります。しかし、甘いもの好きの私としては、うらやましさも感じてしまいますが。

「夢で会いましょう」
 孝志は幼い頃からずっと、夢の中で“正太郎”と名づけた相手の人生を体験し続けてきた。それは孝志自身のものとは違って、順風満帆の人生だった。自分が満たされない代償として、夢の中の“正太郎”の人生に満足してきた孝志だったが、ある日……。
 奇妙な状況と、次第に追いつめられていく孝志の心境がうまく描かれています。ラストはややありがちかもしれません。

「自転車泥棒」
 金曜の深夜、駅前でタクシーがつかまらないのに困った竹村は、駐輪場から鍵のかかっていない自転車を見つけだした。おあつらえ向きに“TAKEMURA”という名前が書かれたその自転車で、竹村は気分よく自宅を目指したが、やがて自転車にまつわる子供の頃の思い出がよみがえってくる……。
 奇妙な味の作品です。盗んだ自転車に書かれた名前も、見事な形でオチにつながっています。

「地獄表を見る男」
 妻の佳子と協力して、不倫相手の令子を殺そうとする樋口。彼女たちが似ていることを利用してアリバイを作った上で、令子を列車に轢かせようという計画だった。実行に備えて時刻表を確認していた樋口は、子供の頃に聞かされた地獄表の話をふと思い出した。そこには、人を殺すことになる列車が記録されているというのだ……。
 殺人計画のスリリングな展開と、その裏に秘められた複雑な愛憎が印象に残ります。

「しつけの問題」
 新聞に掲載された、戸締りの重要性を訴える一通の投書からそれは始まった。ありふれた投書のはずだったが、その中で紹介されたあるエピソードが次第に波紋を呼び、やがて推理マニアまでもが参入する事態になってしまったのだが……。
 ほとんどが新聞社宛ての投書・手紙で構成された作品です。序盤は本来のテーマである戸締りに関するやりとりだったのが、次第に思わぬ方向へと展開していくあたりが非常によくできています。

「ビニールハウス」
 小笠原諸島の中の小さな島・金星島。そこは、かつての宇宙開発ブームの名残で、金星で繁殖させるためにバイオ工学で作り出された植物・“ビーナス・プラント”が生い茂っていた。うち捨てられたその島をリゾート地に仕立てようという計画を受けて、金星島へと赴いたぼくが目にしたものは……。
 地上に作り出された金星という設定がユニークです。もちろん、高温・高圧という環境が島全体に再現されているわけではありませんが、ビーナス・プラントの存在によって生み出された、<あり得たかもしれない金星の風景が魅力的です。

「追放船」
 銀河齢16。超新星の爆発で、宇宙がざわめく。シリンダー形の巨大な“大陸”、そしてその周りに広がる、酸化アルミニウム、アンモニア、メタン、硫化ガスの“海”。ぼくたちの船は、かつて大陸から追放され、永遠に“海”の中をさまよう追放船だった。そして今、何かが“海”の外側から高速で近づいてきた……。
 断片的な文体と特殊なレイアウト、そしてデカルコマニー(?)によるイメージを添えた実験的な作品です。ストーリーはほとんどないにもかかわらず、不思議に印象に残ります。

「竜の侍」
 普請組の娘・蓮{れん}は、幼い頃に出会った少年・裕之介にひそかに心惹かれていた。だが、江戸へ剣の修行に出た裕之介は、体をこわして道半ばで帰国してきたという。やがて、連日なぜか荒れ地をさまよう裕之介の姿に、気がふれたのではないかという噂まで立つようになったのだが……。
 江戸時代、武家に生まれた少年と少女のはかない恋を描いた作品であると同時に、予想外のスケールを感じさせてくれる作品です。山田正紀ならではの時代小説、というべきでしょうか。

「誰も知らない空港で」
 キャリアだけは長い割にベストセラーもなく、作家だと名乗ることに居心地の悪さを感じてしまう“ぼく”。ある日ふと外国暮らしを思い立ち、早速出発したものの、旅の最初からいやな予感がしていた。そしてようやく到着した異国の空港で、係官に職業を尋ねられ、つい作家だと答えてしまったことから……。
 作家である“ぼく”には、やはり作者自身の体験が投影されているのでしょうか。どうしても自虐的な雰囲気が感じられてしまう作品です。悲哀に満ちたラストには胸を打たれます。

「システムダウン」
 コンピュータ・ディスプレイの前に座り込んだまま、抜け殻のようになってしまった若者たち。彼らの所持品から共通して発見された1冊のマニュアル。それは、「MAN TRANSPORT SYSTEM」というハードディスク・ユーティリティソフトのものだった……。
 ソフトウェアのマニュアルという体裁で書かれた作品。横書きなので後ろから読むことになります。ネタが見え見えなのは仕方ないところなので、あとはその処理の仕方ということになりますが、この作品ではいかにもマニュアル的な文章がネタによく合っていると思います。
2001.03.06再読了

夢の中へ  山田正紀

1993年発表 (出版芸術社)

[紹介と感想]
 『少女と武者人形』の全編と「雪のなかのふたり」『ヨハネの剣』収録)を再録し、さらに十一篇のショート・ショートを収めた作品集です。ここでは、単行本初収録のショート・ショートだけ紹介します。

「十三時の時計」
 入院が決まった夜、その若者は街の骨董品屋で時計を買いこんだ。店の親父の話では、特別な時計だという。13回鐘を鳴らしたら……。
 奇妙な味の作品。語り手の語り口に味があります。

「思い出酒場」
 その酒場は客を選ぶという。センチメンタルな、夢を追いつづける人がピッタリだと。店の名は、“想い出酒場”……。
 これも前の作品とよく似た印象です。ラストのちょっとした緊張感がよくできています。

「暗い夜、悲鳴が聞こえる」
 平凡なサラリーマンだった“ぼく”は、ある日突然仕事も婚約者も捨てて、一人きりで部屋に閉じこもる暮らしを始めた。すべては暗い夜に聞こえてきた悲鳴が原因だった……。
 主人公の感じる奇妙な予感。破局を回避するための悲壮な努力も無にしてしまうような、壮絶なラスト。よくできた現代の怪談といってもいいでしょう。

「織女と牽牛」
 その惑星に伝えられている、織女と牽牛の伝説。それは、哀しく残酷なものだった。織女への愛を証明するために天の川を渡ろうとした牽牛は、超高熱のプラズマ風にその身を焼かれてしまったというのだ。だが、図書館で一冊の本を見つけた少女は……。
 変形して伝わった“織女と牽牛”の伝説と少女の運命とが重ね合わされ、何ともいえない味わいを出しています。

「ネコ・レター」
 好きな女の子にラブレターを書くこともできない内気な“ぼく”は、代わりにネコを飼い始めた。ネコ好きの彼女へ、ネコに思いを伝えてもらうつもりなのだ。特訓の末に、ぼくはようやくネコに自分の思いを教え込むことができたのだが……。
 ユニークな設定ではありますが、オチは予想の範囲内です。

「生まれながらの敵」
 事件は一年前に起こった。父親を憎んでいた弓子は、父親を苦しめるためならどんなことでもするつもりだった。長年の対立の果てに、ついに父親を破滅させた弓子だったが……。
 対立する親娘をめぐる事件も皮肉ですが、ラストの語り手の心情が強く印象に残ります。

「硬貨をもう一枚」
 新宿に数多く並ぶゲーム・センター。その中で“ぼく”の行きつけは、凝った渋い内装の「イシス」だった。今夜も「イシス」の射撃ゲームで高得点をたたき出したぼくだったが、そこで妙な男に出会ったのだ……。
 クールなラストも含めて、奇妙な怖さを感じさせる作品です。

「狼がきた」
 暴走族のたむろするドライブ・イン。峠でUFOを見かけたと話す彼らを内心でバカにしていた“ぼく”だったが、山道で信じられないものを目にすることになった……。
 題名からは当然ながら「狼少年」の寓話が連想されますが、このモチーフがうまい形で生かされています。

「旬の味」
 失踪した若者の足取りを追って、刑事は海岸の別荘地までやってきた。手がかりは、若者の部屋から発見された食事会の招待状。彼は別荘地のレストランでアルバイトをしていたのだった。だが……。
 オチ自体はありがちですが、真相に至った刑事が抱く複雑な心情が非常に印象的です。

「犬を連れたおじさん」
 毎日公園へ犬の散歩にやってくる奇妙なおじさんに、近所の主婦たちはうさんくさいものを感じていた。やがて、おじさんが毎日違う犬を連れてくることに気づいた彼女たちは……。
 奇妙な味の作品です。どこかユーモラスな展開と、ラストの鮮やかな逆転、そして最後に残る不条理感が秀逸です。

「カレンダー・ガール」
 病気で入院した旧友の吉村に頼まれて、“わたし”は以前に取引先からもらった古いカレンダーを探すことになった。吉村は、カレンダーに使われていた写真のモデルを見て、若い頃の自分を思い出したいというのだ。だが、カレンダーはなかなか見つからず……。
 ノスタルジーと老いの残酷さを描いた、哀愁の漂う作品です。
2001.03.11読了

ヘロデの夜  山田正紀

1994年発表 (出版芸術社)

[紹介と感想]
 〈山田正紀コレクション〉のSF編
 なお、「プランクトン・カンサー」「呪われた翼」は雑誌「高一コース」に連載されたジュブナイル作品です。

「ヘロデの夜」
 夜遅く産婦人科にかつぎ込まれてきた急患。彼女は胎児を宿した状態で、自殺未遂をはかったのだという。あわてて検査を行う医師たちの目前で次々と怪現象が発生し、さらにどこからともなく「俺は神だ」と服従を求める声が響いてきた。誕生しようとしているのは、神か、悪魔か……?
 今まさに誕生しようとする超越者との対決を描いた作品です。題名は、救世主の誕生を恐れ、ベツレヘムに産まれた赤子を虐殺したヘロデ王の逸話をもとにしています。主人公である産婦人科医が超越者に対して抱く無力感と、ヘロデ王のように産まれくる赤子に手を下すことへの葛藤が見事に描き出されています。
 なお、胎児を宿した女性・原口千代子の兄の名前が“原口義男”となっていますが、これはほぼ同時期に同じ雑誌に掲載された「ヨハネの剣」『ヨハネの剣』収録)の重要な登場人物と同じ名前です(同一人物ではないようですが)。

「ユダの海」
 第二次大戦末期、敗色濃厚なドイツで一つの計画が進行していた。ヒトラーの転生たる存在を生むべき女性を、Uボートで南米へと送り込もうというのだ。しかもその女性・エリザベートは超能力者だという。ヒトラーに対してひそかに復讐心を抱くUボートの艦長フォン・ハラス中尉は、複雑な思いで任務に臨むが……。
 フォン・ハラス元艦長の回想として描かれた物語です。自分は何を裏切ったのか。自分の行為に対する元艦長の答えの出ない問いかけが印象的です。
 なお、エリザベートの介添え役として登場する“原口葉三”は、前作「ヘロデの夜」に登場する原口千代子の父親となるようです。

「夢の試練」
 夢の持つ不条理性が普通人には危険だと判断され、国家によって夢が管理されるようになった世界。夢に対する耐性を持つ見夢資格者{ドリーマー}たちが、エリートとして人々の羨望を集めていた。そして見夢資格者は、“眠り姫”に会うための冒険に挑む……。
 夢が管理される世界で、見夢資格者たちは何のために夢を見なければならないのか。主人公の持つエリート意識と、そのために挑まなければならない冒険、さらにその果てに待っているもの。よくできたアイデア・ストーリーです。

「プランクトン・カンサー」
 “ぼく”と級友の内本、そして美樹子の三人は、ヨットで遭難したところを原子力潜水艦〈しろがね〉に救助された。だが、〈しろがね〉の任務は“プランクトン・カンサー”と呼ばれる恐るべき新種のプランクトンの調査だったのだ。やがてプランクトンの影響で〈しろがね〉は立ち往生し、乗組員も全滅してしまった。残された“ぼく”たち三人は、命がけで“プランクトン・カンサー”と戦うが……。
 “プランクトン・カンサー”の性質はややご都合主義にも感じられますが、それによって〈しろがね〉の通信が遮断された上に動きがとれなくなり、さらに乗組員たちが全滅してしまうというハードな状況が生み出されているのはよくできているというべきでしょう。また、その中で“ぼく”たちだけが生き延びている理由もうまく説明されています。
 後半の冒険もスリリングで、非常によくできたジュブナイルSFといえます。

「呪われた翼」
 “ぼく”は羽白山に登らなければならなかった。羽白村に隠されているはずの秘密のために、父親が命を落としてしまったのだ。山道の途中で出会った、村の住人の血をひく少女・レイ子のおかげで、ぼくは無事に村に入ることができた。しかし、到着早々に殺人事件に巻き込まれ、逃げ回る羽目になってしまったぼく。そしてその目の前に、翼ある者が姿を現した……。
 SFというよりは、伝奇小説といった感じの作品です。展開はややありがちなもので、山田正紀にしては可もなく不可もなしというところでしょうか。
2001.03.15読了