詩詞世界　碇豊長の詩詞　李清照　好事近

李淸照詞
李清照
　　好事近

風定落花深，
簾外擁紅堆雪。
長記海棠開後，
正是傷春時節。

酒闌歌罷玉尊空，
靑缸暗明滅。
魂夢不堪幽怨，
更一聲啼鴂。

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　　　　　　好事近

風　定（しづ）まりて　　落花　深く，
簾外　紅を擁して　雪を堆む。
長（とこしへ）に　記す　　海棠　開きし後，
正に是れ　　傷春の　時節。

酒　闌（つ）き　　歌　罷（や）み　玉尊　空しく，
靑き缸（ともしび）　　暗（ひそ）かに　明滅す。
魂夢　　幽（ひそや）かなる怨に　堪えず，
更に　一聲　　啼く鴂（ほととぎす）。

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私感訳注：

※好事近：詞牌の一。双調。四十五字。仄韻一韻到底。韻式は「AA　AA」。この作品は字余り（襯字）になっている。「正是傷春時節」の句は、一字分、文字が多い。この詞は夫が不在の折り、または夫の没後の作で、やるせない思いをうたっている。

※風定落花深：風が収まって、散り落ちる花がうずたかい。　・風定：風が静まる。吹いていた強い風が収まる。　・定：しずまる。　・落花：散り落ちる花。散り落ちた花びら。　・深：厚い。うずたかい。

※簾外擁紅堆雪：窓のカーテンの外では、赤い花を取り囲む（ように）雪（のように白い花びら）が積もっている。/（散って積もった）赤い花（びら）を雪を積み上げる（かのように白い花びらが散って）積もっている。＊盛唐・孟浩然の『春曉』に「春眠不覺曉，處處聞啼鳥。夜來風雨聲，花落知多少。」

とある。　・簾外：窓のカーテンの外。簾の外の意であるが、日本のすだれやのれんよりも、個室の屋内外をへだつもの。窓外、屋外。　・擁紅：赤いものを取り囲む。　・堆雪：雪を積み上げる。白い花（びら）が散って積もっているさま。

※長記海棠開後：カイドウの花がひらいたあと（の情景）を今でも覚えている。　・長記：とこしえに覚えている。『如夢令』「昨夜雨疏風驟，濃睡不消殘酒。試問卷簾人，却道海棠依舊。…」この詞を作った当時のことを今も覚えているということ

。南唐後主・李煜の『子夜歌』に「人生愁恨何能免？銷魂獨我情何限？故國夢重歸，覺來雙涙垂！　　　高樓誰與上？長記秋晴望。往事已成空，還如一夢中！」

とある。　・海棠：カイドウ。薔薇科の落葉灌木。桜に似た淡紅色の花を春先につける。美人の比喩でも。　・開後：花がひらいたあとの情景（をよく覚えている）。「應是緑肥紅痩」

ということ。

※正是傷春時節：ちょうど春の憂いの時期だ。＊「正是傷春時節」の句は、一字多いので、もし文字数を揃えるだけならば「正是傷春時節」を「正傷春時節」とすれば、意味上、平仄上は、おさまるが…。　・正是：（古・現代語）ちょうど。　・傷春時節：春の憂いの時期。　・傷春：「春を傷む」と『韻学活法全書』にある。

※酒闌歌罷玉尊空：（今は、）酒は尽きて、歌も終わり、酒器は空（から）になってを歌って。（過ごしたすばらしい時は終わった。）　・酒闌：酒がつきる。闌：つきる、おわり。また、たけなわ、があるが、ここは、前者の意。　・歌罷：歌が　やむ。　・玉尊：玉（ぎょく＝宝石）でできている（ように）立派な美しい酒をいれてある容器。「玉」：立派で美しい物との形容の美称ともいえる。尊：酒を入れる容器。酒壺。さかだる。尊＝樽、罇。　・空：からにする。むなしい。

※靑缸暗明滅靑缸：青い灯火は、かすかに（炎が）揺れ動く。　・缸＝釭：灯火の油皿。「青」は作者の心情を映した色でもある。　・暗：ひそかに。　・明滅：（炎が）揺れ動いて、明るくなったり暗くなったりすること。ちらちらすること。作者の心の揺れでもある。

※魂夢不堪幽怨：夢を見ている魂は、心にひめたうらみごとを我慢することができない。　・魂夢：魂の見る夢。ゆめ。なお、夢魂は、夢の中にいる魂。夢を見ている魂のこと。　・不堪：我慢することができない。　・幽怨：心にひめたうらみごと。心の奥でうらみ嘆くこと。

※更一聲啼鴂：その上に、ホトトギスが一声、（春の終わりを告げた、わたしの心の悲しみの声のような）。　・鴂：〔けつ；jue2●〕（ホトトギス）。フクロウ。ミソサザイ。「