huanying xinshang Ding Fengzhang de zhuye




                     
采薇歌
                    
           
            
         殷末周初・伯夷

登彼西山兮,采其薇矣。
以暴易暴兮,不知其非矣。
神農虞夏,忽焉沒兮,吾適安歸矣!
吁嗟徂兮,命之衰矣!

    **********************
              采薇の歌

彼の西山に登りて, 其の薇を 采る。
暴を以て暴に易へ, 其の非を知らず。
神農 虞 夏, 忽焉
(こつえん)として 沒し, 吾 適(まさ)に 安(いづ)くにか 歸らんとす!
吁嗟
(ああ) 徂(ゆ)かん, 命(めい)の 衰へたるかな!


             ******************

◎ 私感訳註:

伯夷:殷末周初の人。『史記・殷本紀』によると、周の武王は(周りの勧めにもかか
写真撮影:青木繁伸氏(群馬県前橋市)
わらず、一旦は「爾未知天命」と引き上げたものの、)「淫乱不止」「吾聞聖人心有七竅。剖比干,觀其心」等という暴虐・淫乱の殷の紂王を伐とうとして兵を起こした。これに対して、(伯)夷、(叔)齊の兄弟は、ともに「武王載木主,號爲文王,東伐紂。伯夷・叔齊叩馬而諫曰:『父死不葬,爰及干戈,可謂孝乎?以臣弑君,可謂仁乎?』」と、父親の埋葬も終わらない内の挙兵は、不孝者であり、臣下の身で、君主を弑するのは、仁でない、不忠者であると、諫めた。「左右欲兵之。太公曰:『此義人也。』扶而去之。」家来たちが殺そうとしたところを太公に「これは義人である」と、助けてもらったものの、相手にされなかった。「武王已平殷亂,天下宗周,而伯夷、叔齊恥之,義不食周粟,隱於首陽山。」やがて、殷を平らげて、天下は周のものとなった。伯夷と叔齊は、不義にして、新たな王朝の周の粟(禄)を食むのを潔しとせず、これを拒んで、首陽山に隠れ住み、薇(ゼンマイ)を採って生活し、やがて飢えて死んだ。このことは、『史記・伯夷列伝』に見える詩では、次の通りやや異なってうたわれている。

登彼西山兮,采其薇矣。
以暴易暴兮,不知其非矣。
神農、虞、夏忽焉沒兮,
我安適歸矣
于嗟徂兮,命之衰矣!」

になる。
 蛇足になるが、後世文革時に「三家村反党集団」とされ、迫害されて死んだ呉ヨを悼んだ聯があるが、これに基づいて作られている。

※采薇歌:ゼンマイを採る歌。伯夷、叔齊が節義を通しながらも、世を慨いた歌。『詩經』「風」等、『史記』初期のものと同時代の、最も古い韻文の一である。それらと似た語彙が使われている。 ・采:取る。=採。上古『詩經』には、この野草採取の詩篇「采」が多い。『王風』「采葛」「彼采葛兮,一日不見,如三月兮。彼采蕭兮,一日不見,如三秋兮。彼采艾兮,一日不見, 如三歳兮。」と多い。 ・薇:ゼンマイ。ワラビ。山菜。『史記』の古註は、「索隱『
薇,蕨也。』『爾雅』云:『蕨,鼈也。』 正義 陸『毛詩草木疏』云:『薇,山菜也。莖葉皆似小豆,蔓生,其味亦如小豆,可作羹,亦可生食也。』」日本語では薇字は「ゼンマイ」、蕨字は「ワラビ」としており、現代語でも“蕨〔jue2〕”は「ワラビ」の意、“薇〔wei1〕”は「ゼンマイ」や「ハマエンドウ」の古称。「ゼンマイ」の古称。“薇蕨”〔wei1jue2〕は「ゼンマイとワラビ」といった山菜のこと。ここでは、周の統治下の畑でできたアワ(禄)を食むのを潔しとせず、山野に自生している山菜を食べた、周の禄を拒絶したということの強調でもある。

※登彼西山兮:あの西の山に登って。 ・登:のぼる。 ・彼:あの。 ・西山:首陽山。前出『史記・伯夷列伝』の古註によると、首陽山は、河東蒲阪の華山の北で河曲の中にある。また、首陽山は、隴西の始めにある。また、洛陽の東北の首陽山に(弟の)夷齊の祠がある。偃師県の西北。また、清源県の首陽山で、岐陽の西北にある。……とまだまだ伝えられている。周王朝の粟を避け、二人が隠棲し、薇(ゼンマイ)を採って生活し、やがて餓死したところ。後世、詩によく詠われた。東晉・陶潛の『擬古』九首の其八に「少時壯且氏C撫劍獨行遊。誰言行遊近,張掖至幽州。饑食
首陽,渇飮易水流。不見相知人,惟見古時丘。路邊兩高墳,伯牙與莊周。此士難再得,吾行欲何求。」、中唐・白居易の『訪陶公舊宅』に「垢塵不汚玉,靈鳳不啄羶。嗚呼陶靖節,生彼晉宋間。心實有所守,口終不能言。永惟孤竹子,拂衣首陽山。夷齊各一身,窮餓未爲難。先生有五男,與之同飢寒。腸中食不充,身上衣不完。連徴竟不起,斯可謂眞賢。」と多い。後世、現代・蔡希陶は『贈呉ヨ』の挽聯で「書歸天祿閣,人在首陽山。」  とし、我が国では、山田方谷の『詠伯夷叔齊』「剪商計就竟戎衣,宇宙茫茫孰識非。君去中原幾周武,春風吹老首陽。」がある。 ・兮:〔けい;xi1〕語調を整える虚辞。取り立てた意味はない。上句の末尾や、一句のなかの節奏に附くことが多い。「…て、」。上代詩によく見られる。

※采其薇矣: ゼンマイ(ワラビ)を採取する。 ・其:その。リズムをとる。語調を整える。上古の韻文や散文にしばしば現れる。 ・薇:ゼンマイ、ワラビ。シダ植物。 ・矣:きっぱり言い切る文末に附く語気助詞。

※以暴易暴兮:武王の暴力で、紂王の暴力にとってかわる。 ・以暴:武王が紂王を放伐するという、強暴な力で。 ・易暴:紂王は、諫言をした比干に対して、「聖人の心には七つの竅があると聞くが、確かめたい」と比干の腹を割いて、其の心を観た」と、いうような、暴虐の帝王の強暴な力にとってかわる。
※不知其非矣:それが仁に悖ることが分からない。 ・不知:分からない。 ・非:仁に悖ること。父親の埋葬も終わらない内の挙兵は、不孝者であり、臣下の身で、君主を弑するのは、仁でないという二点。

※神農虞夏:中華の地開闢時の聖帝。 ・神農:三皇の一。女の死後、皇帝となった。炎帝神農氏。農業、医薬、交易の始祖とされる。 ・虞:舜が、堯から位を譲られて帝位にあった間の称。五帝の一。伝説上の人物。 ・夏:禹。五帝の一。堯、舜、に次いで王となった伝説上の人物で、洪水を治めて九州(中国全土)を統治した。舜の部下であった。神話の皇帝名。

※忽焉沒兮:(中華開闢時の理想政治を行った聖天子は、)たちまちいなくなった。 *今の世は、理想を政治に実現してゆくという徳政の時代ではなくなった。臣下が主君を弑する世となってしまった。世も末だ。 ・忽焉:たちまち。突然。≒忽然。 ・沒:死ぬ。いなくなる。

※吾適安歸矣:わたしは、ただもう、本来居るべきところに帰るのがいいだろう。わたしは、どこに帰っていけば、ちょうどよいのだろう。 *隠棲をしようということ。 ・吾:わたし(は)。『史記・伯夷列伝』の場合では異なったが、上古では、主格を表す時に出やすい。それ故か、この句は「吾安適歸矣」「我安適歸矣」ともする。その場合「適歸」で、「その人を主として、従い行く。従い頼る」とみる。それ故、「吾安適歸矣」の意味は、「わたしは、どうして付き従っていけようか」(われ いづくんぞ 適歸せん)となり、意味が大きく異なってくる。 ・適:副詞:まさに、ちょうど。ただ。動詞:ゆく。おもむく。 ・安:いづくんぞ…や。 ・歸:(本来居るべきところに)かえる。死ぬ。

※吁嗟徂兮:ああ、行こう。 ・吁嗟:〔うさ;
xu1jue1(例外の音)○○〕ああ。嘆き憂える時の声。「于嗟」も同義。 ・徂:行く。おもむく。死ぬ。『詩經』風『東山』「東山不歸。我來自東,零雨其濛。我東曰歸,我心西悲。」 にも似た言葉がある。

※命之衰矣:運命も衰えてしまったものだ。 ・命:運。いのち。道。おおせ。 ・之:の?。 ・衰:衰える。





◎ 構成について

 この作品の平仄は、次の通り。なお、押韻については、下記の赤字部分になる。

○●○○○,●○○●。
●●●●,●○○○●。
○○○●,●○●○,○●○○●。
●○○○,●○○●。


 なお、この作品は、上代詩の特徴である虚字 (青字の部分)であり、後世で謂うところの韻脚は、その一つ上の部分で、赤字の部分。
基本的な句形は、「□……□兮,□…□」になる。

       
       登彼西山
,采其
       以暴易暴
,不知其
       神農虞夏,忽焉沒
,吾適安
       吁嗟徂
,命之
2003.11. 3
     11. 4
     11. 5
     11. 6完
2004. 3. 7補
2009. 7.12

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