Huanying xinshang Ding Fengzhang de wangye

                            


汴河阻凍 
                                                  

     唐・杜牧

千里長河初凍時,
玉珂瑤珮響參差。
浮生恰似冰底水,
日夜東流人不知。




                      

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汴河(べん が )にて(こほ)れるに(はば)まる 

千里の長河(ちゃうが)  初めて(こほ)る時,
玉珂(ぎょくか) 瑤珮(えうはい)  響き 參差(しん し )
浮生 (あたか)も似たり  冰底(ひょうてい)の水の,
日夜 東流(とうりゅう)するも  人 知らざるに。

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◎ 私感註釈

※杜牧:晩唐の詩人。803年(貞元十九年)〜852年(大中六年)。字は牧之。京兆萬年(現・陝西省西安)の人。進士になった後、中書舍人となる。杜甫を「老杜」と呼び、杜牧を「小杜」ともいう。李商隠と共に味わい深い詩風で、歴史や風雅を詠ったことで有名である。

※汴河阻凍:汴河が凍(こお)って、(舟での通行が)阻まれ、不能となった。 ・汴河:〔べんが;Bian4he2●○〕隋・煬帝が造った大運河の中、黄河と淮河を結ぶ運河部分で、現・河南省を南北に流れる河。黄河・淮河の間の運河である通済渠(唐代では広済渠、宋代では汴河)のこと。 *大運河とは、隋の大業元年(605年)に開鑿された中国の南北に通す運河で、南方(江南)の長江から華中の淮河流域、さらには江南の北方(華北)の黄河流域の都市に運ぶ南北交通の大動脈と謂えるものである。中国の河は、黄河、淮河、長江と西から東へと流れており、南北に水運のための運河を造ることは極めて重要なことであった。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)5−6ページ「隋 河南諸郡」や、44−45ページ「唐 都畿道 河南道」にある。中唐・劉禹錫は『楊柳枝詞』で「煬帝行宮
汴水,數枝楊柳不勝春。晩來風起花如雪,飛入宮牆不見人。」とし、後世、晩唐・皮日休は、『汴河懷古』で「盡道隋亡爲此河,至今千里ョ通波。若無水殿龍舟事,共禹論功不較多。」と詠う。 ・阻凍:凍(こお)って阻(はば)まれる意。ここでは汴河が氷結して舟での通行が不能となったことを謂う。

※千里長河初凍時:長大な距離を流れる長い河が始めて凍った時。 ・長河:長い川。また、天の川。ここでは、詩題の汴河を指す。

※玉珂瑤珮響参差:(水面が凍結する時、)馬のくつわにつける玉の飾りや貴人が腰に帯びる玉の飾り(がふれあう音と)そっくりな響きがした。 ・玉珂:〔ぎょくか;yu4ke1●○〕馬のくつわにつける玉の飾り。 ・瑤珮:〔えうはい;yao2pei4○●〕おびたま。貴人が腰に帯びる玉。 ・響:ひびく。河の表面が凍る時に氷がきしみ、宝玉をたたくような金属音が起こることを指す。我が国(=日本)で謂えば、諏訪湖の「御神渡り」(おみわたり)のようなものか。 ・参差:〔しんし;cen1ci1○○〕そっくり。本来は不揃いである様。転じて、大体似たような感じ。さらに発展して、そっくり。中唐・白居易の『長恨歌』中、「樓閣玲瓏五雲起,其中綽約多仙子;中有一人字太真,雪膚花貌
參差。」とあり、北宋・秦觀の『春日』に「一夕輕雷落萬絲,霽光浮瓦碧參差。有情芍藥含春涙,無力薔薇臥曉枝。」とあり、北宋・柳永が「東南形勝,三呉都會,錢塘自古繁華。煙柳畫橋,風簾翠幕,參差十萬人家。雲樹繞堤沙。怒濤卷霜雪,天塹無涯。」とある。

※浮生恰似氷底水:人生は、ちょうど、氷の下の(川の)流れが。 ・浮生:はかない人生。盛唐・李白の『春夜宴桃李園序』に「夫天地者,萬物之逆旅;光陰者,百代之過客。
浮生若夢,爲歡幾何?古人秉燭夜遊,良有以也。況陽春召我以煙景,大塊假我以文章。會桃李之芳園,序天倫之樂事。群季俊秀,皆爲惠連。吾人詠歌,獨慚康樂。幽賞未已,高談轉清。開瓊筵以坐華,飛羽觴而醉月。不有佳作,何伸雅懷?如詩不成,罰依金谷酒數。」とあり、晩唐・李渉の『題鶴林寺』に「終日昏昏醉夢間,忽聞春盡強登山。因過竹院逢僧話,又得浮生半日閑。」とあり、後世、南唐後主・李Uは『烏夜啼』で「昨夜風兼雨,簾帷颯颯秋聲。燭殘漏斷頻欹枕,起坐不能平。  世事漫隨流水,算來夢裏浮生。醉ク路穩宜頻到,此外不堪行。」とし、北宋の蘇軾は『鷓鴣天』で、「林斷山明竹隱牆,亂蝉衰草小池塘。翻空白鳥時時見,照水紅蕖細細香。   村舍外,古城旁,杖藜徐歩轉斜陽。殷勤昨夜三更雨,又得浮生一日。」とする。 ・恰似:〔かふし;qia4si4●●〕まるで…のようだ。あたかも…のようだ。ちょうど。あたかも似たり。盛唐・李白の『襄陽歌』に「百年三萬六千日,一日須傾三百杯。遙看漢水鴨頭香C恰似葡萄初醗。此江若變作春酒,壘麹便築糟丘臺。千金駿馬換小妾,笑坐雕鞍歌落梅。車旁側挂一壺酒,鳳笙龍管行相催。咸陽市中歎黄犬,何如月下傾金罍。君不見晉朝羊公一片石,龜頭剥落生莓苔。 涙亦不能爲之墮,心亦不能爲之哀。清風朗月不用一錢買,玉山自倒非人推。舒州杓,力士鐺。李白與爾同死生,襄王雲雨今安在,江水東流猿夜聲。」とあり、南唐後主・李Uの『虞美人』に「春花秋月何時了,往事知多少。小樓昨夜又東風,故國不堪回首 月明中。   雕欄玉砌應猶在,只是朱顏改,問君能有幾多愁。恰似一江春水 向東流。」とある。「恰似」を「卻似」「一似」ともする。「卻似」は:「『浮生』は、(その形容の『浮』に反して)却(かえ)って(氷の下の方の水の流れ)に似ている」意。「一似」は:「もっぱら似ている」意。晩唐・杜牧の七絶『贈別』二首 其二に「多情卻似總無情,惟覺髄O笑不成。蝋燭有心還惜別,替人垂涙到天明。」とある。 ・氷底水:水面に張った氷の下の方の水。

※日夜東流人不知:昼も夜も(休むことなく、)東に向かって流れているのに、人は分からないでいる(のとちょうど似ている)。 ・日夜:昼となく夜となく。『論語・子罕』に「子在川上曰:「逝者如斯夫!
不舍晝夜。」とある。 ・東流:東に向かって流れる。 *中国の河は、(基本的には西方の山から東海に向かって)どれも東に流れるので、「大自然の摂理」といったニュアンスも持ち合わせる。中唐・戴叔倫の『湘南即事』に「盧橘花開楓葉衰,出門何處望京師。沅湘日夜東流,不爲愁人住少時。」とあり、中唐・李益の『汴河曲』に「汴水東流無限春,隋家宮闕已成塵。行人莫上長堤望,風起楊花愁殺人。」とあり、中唐・薛瑩の『秋日湖上』に「落日五湖遊,烟波處處愁。浮沈千古事,誰與問東流。」とある。 ・人不知:人には分からないの意。盛唐・王維の『竹里』に「獨坐幽篁裏,彈琴復長嘯。深林人不知,明月來相照。」とある。

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◎ 構成について

韻式は、「AAA」。韻脚は「時差知」で、平水韻上平四支。この作品の平仄は、次の通り。

○●○○○●○,(韻)
●○○●●○○。(韻)
○○●●○○●,
●●○○○●○。(韻)
2014.4.12
     4.19
     4.20
     4.29完
2015.1.17補
     8.27




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