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長安春望 | |
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唐・盧綸 |
東風吹雨過青山,
卻望千門草色閒。
家在夢中何日到,
春生江上幾人還。
川原繚繞浮雲外,
宮闕參差落照間。
誰念爲儒逢世難,
獨將衰鬢客秦關。
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長安の春望
東風 雨を吹きて 青山を過ぎ,
卻 って 千門を望めば 草色閒 なり。
家は 夢中に在りて何 れの日か到らんも,
春は江上 に生じて 幾人か還る。
川原 繚繞 たり浮雲 の外 ,
宮闕 參差 たり落照 の間 。
誰 か念 はん儒 と爲 りて世難 に逢ひ,
獨 り衰鬢 を將 って秦關 に客 たらんとは。
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◎ 私感註釈
※盧綸:中唐の詩人。748年(天寶七年)~800年?(貞元十六年?)。字は允言。河中蒲(現・山西省河永済)の人。大暦十才子の一。大暦の初め、屡々進士の試験を受けるが及第しなかった。長らく不遇であったが、後に検校戸部郎中となる。
※長安春望:長安の春の眺め。 *安史の乱で荒れ果てた都を詠う。 ・長安:唐の国都。現・陝西省西安。後出・杜甫の『春望』で言えば「國破山河在,城春草木深。」の「城」。 ・春望:春の眺め。盛唐・杜甫に『春望』「國破山河在,城春草木深。感時花濺涙,恨別鳥驚心。烽火連三月,家書抵萬金。白頭掻更短,渾欲不勝簪。」
がある。
※東風吹雨過青山:東の方(の故郷の方)から春風が雨を伴って吹いてきて、青々とした山を越えて。 ・東風:春風。また、東の方から吹いてくる風。作者は河中蒲(現・山西省河永済)の人なので、故郷の方から、西に該る長安の作者の許に吹いてきた風でもある。
※却望千門草色閑:(東の方の故郷や緑の山々を見るのではなくて、)反対に極めて多くの門のある帝都(=長安のみやこ)を眺めたら、草(が生い茂って、その)ありさまはのどかである。(荒れ果てた長安の都を、それとなく謂う)。 *ここの句は都(みやこ)の中心部を眺めた時の様子。 ・却望:(…を眺めたが、見えなくて)反対に…が見えた。 ・却-:反対に。かえって。ちょうど。 ・千門:極めて多くの門。帝都(=みやこ)を謂う。 ・草色:草のありさま。草の色ではない。「柳色」ともする。 ・色:ありさま。 ・閑:長閑(のどか)である。閑(ひま)である。
※家在夢中何日到:(故郷の)家は夢の中にあり、(夢の中で屡々(しばしば)帰っているが、(本当の帰郷は、)いつに行く(ことができる)のであろうか。 ・家在-:家は…にあるの意。家郷は…にあるの意。故郷は…にあるの意。 ・夢中:夢の中。 ・何日:いつ。 ・到:到達する。着く。行く。いたる。
※春生江上幾人還:春は川の畔(ほとり)にやってきたが、(春に逢って、故郷のことを思って)戻っていったのは何人ほどだろうか。 *この句は、春に帰ることを思うことから、「王孫歸」「思歸」(旅先から帰郷、帰宅を思う)ことを蹈まえる。詩題や詞牌に『王孫歸』、『憶王孫』
、『王孫遊』(南齊・謝
)「綠草蔓如絲,雜樹紅英發。無論君不歸,君歸芳已歇。」
としてよく使われる。もと、貴人の子弟の意で、『楚辞・招隱士』「王孫遊兮不歸,春草生兮萋萋。歳暮兮不自聊,
蛄鳴兮啾啾。」を指す。劉希夷の『白頭吟(代悲白頭翁)』「韋荘の『淸平樂』に「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。 盡日相望王孫,塵滿衣上涙痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望消魂。」
や、晩唐・温庭
の『折楊柳』に「館娃宮外城西,遠映征帆近拂堤。繋得王孫歸意切,不關春草綠萋萋。」
がある。王維は『送別』で「山中相送罷,日暮掩柴扉。春草明年綠,王孫歸不歸。」
と使う。韋荘の『淸平樂』に「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。 盡日相望王孫,塵滿衣上涙痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望消魂。」
がある。 ・春生:春が…に生まれる。「春來」ともする。その場合の意は「春が…に来る/来た」。 ・江上:川のほとり。 ・江:川。一般的に長江を指すことが多い。 ・-上:ほとり。場所を指す。この用例には、金・完顏亮の『呉山』「萬里車書盡混同,江南豈有別疆封。提兵百萬西湖上,立馬呉山第一峰。」
や盛唐・岑參の『與高適薛據同登慈恩寺浮圖』「塔勢如湧出,孤高聳天宮。登臨出世界,磴道盤虚空。突兀壓神州,崢嶸如鬼工。四角礙白日,七層摩蒼穹。下窺指高鳥,俯聽聞驚風。連山若波濤,奔走似朝東。靑松夾馳道,宮觀何玲瓏。秋色從西來,蒼然滿關中。五陵北原上,萬古靑濛濛。淨理了可悟,勝因夙所宗。誓將挂冠去,覺道資無窮。」
や中唐・白居易の『送春』「三月三十日,春歸日復暮。惆悵問春風,明朝應不住。送春曲江上,拳拳東西顧。但見撲水花,紛紛不知數。人生似行客,兩足無停歩。日日進前程,前程幾多路。兵刃與水火,盡可違之去。唯有老到來,人間無避處。感時良爲已,獨倚池南樹。今日送春心,心如別親故。」
や中唐・張籍の『征婦怨』「九月匈奴殺邊將,漢軍全沒遼水上。萬里無人收白骨,家家城下招魂葬。婦人依倚子與夫,同居貧賤心亦舒。夫死戰場子在腹,妾身雖存如晝燭。」
や元・楊維楨の『西湖竹枝歌』「蘇小門前花滿株,蘇公堤上女當壚。南官北使須到此,江南西湖天下無。」
があり、明・高啓の『逢呉秀才復歸江上』に「江上停舟問客蹤,亂前相別亂餘逢。暫時握手還分手,暮雨南陵水寺鐘」とある。現代でも張寒暉の『松花江上』「我的家在東北松花江上,那裡有森林煤鑛,還有那滿山遍野的大豆高粱。我的家在東北松花江上,那裡有我的同胞,還有衰老的爹娘。」
がある。 ・幾人還:(「王孫歸」「思歸」を踏まえて:故郷に)何人ほどが戻っていったことだろうか、の意。 ・還:行き先から帰る。行った者が、くるりと帰る。出かけていった者が、戻ることに使う。
※川原繚繞浮雲外:川の流域の原野は、うねうねと、空に浮かんでいる雲の彼方まで続き。 ・川原:〔せんげん;chuan1yuan2○○〕川のみなもと。川流。川の流域の原野。平原。また、地名で陝西地方を謂う。 ・川:原(はら)。広野。ここの「川」は詩語で「平川」((川のある)平野)、「平川」(平原。広野。広々として人影のないところ)の意。川辺の平原。詩詞では川の有無に関わらず、「一川」「川原」と表現することが多い。南宋・范成大の『橫塘』に「南浦春來綠一川,石橋朱塔兩依然。年年送客橫塘路,細雨垂楊繋畫船。」とあり、王維の『臨高臺送黎拾遺』に「相送臨高臺,川原杳何極。日暮飛鳥還,行人去不息。」
とあり、盛唐・杜甫の『秦州雜詩二十首』其三に「鼓角縁邊郡,川原欲夜時。秋聽殷地發,風散入雲悲。抱葉寒蝉靜,歸來獨鳥遲。萬方聲一概,吾道竟何之。」
とあり、南宋・張孝祥の『六州歌頭』に「長淮望斷,關塞莽然平。征塵暗,霜風勁,悄邊聲。黯銷凝。追想當年事,殆天數,非人力。洙泗上,絃歌地,亦羶腥。隔水氈鄕,落日牛羊下,區脱縱橫。看名王宵獵,騎火一川明,笳鼓悲鳴,遣人驚。」
とあり、賀鋳の『青玉案(凌波不過横塘路)』の「若問閑情都幾許?一川煙草,滿城風絮,梅子黄時雨」(一川煙草:一面に茂れる草)とあり、呂本中の『滿江紅』東里先生に「東里先生,家何在、山陰溪曲。對一川平野,數間茅屋」とある。 ・繚繞:〔れうぜう(りょうじょう)liao2rao4◎●〕まつわりめぐる。曲がりくねり、からみついているさま。盧綸の『送郭判官赴振武』に「黄河九曲流,繚繞古邊州。鳴雁飛初夜,羌胡正晩秋。淒涼金管思,迢遞玉人愁。七葉推多慶,須懷殺敵憂。」とある。 ・浮雲:うきぐも。空に浮かんでいる雲。存在性の薄い喩え。『古詩十九首』之一・行行重行行に「行行重行行,與君生別離。相去萬餘里,各在天一涯。道路阻且長,會面安可知。胡馬依北風,越鳥巣南枝。相去日已遠,衣帶日已緩。浮雲蔽白日,遊子不顧返。思君令人老,歳月忽已晩。棄捐勿復道,努力加餐飯。」
とあり、(盛)唐・祖詠の『終南望餘雪』に「終南陰嶺秀,積雪浮雲端。林表明霽色,城中增暮寒。」
とあり、中唐・韋應物の『淮上喜會梁州故人』に「 江漢曾爲客,相逢毎醉還。浮雲一別後,流水十年間。歡笑情如舊,蕭疏鬢已斑。何因不歸去,淮上有秋山。」
とある。
※宮闕参差落照間:宮城は高く低く、不揃いに(聳えて)夕日の光の中にある。 ・宮闕:〔きゅうけつ;gong1que4○●〕宮城の門。転じて、宮城。中唐・李益の『汴河曲』に「汴水東流無限春,隋家宮闕已成塵。行人莫上長堤望,風起楊花愁殺人。」とある。 ・参差:〔しんし;cen1ci1○○〕本来は不揃いである様。転じて、大体似たような感じ。さらに発展して、そっくり。中唐・白居易の『長恨歌』中、「樓閣玲瓏五雲起,其中綽約多仙子;中有一人字太真,雪膚花貌參差是。」
とあり、晩唐・杜牧の『汴河阻凍』に「千里長河初凍時,玉珂瑤珮響參差。浮生恰似冰底水,日夜東流人不知。」
とあり、北宋・秦觀の『春日』に「一夕輕雷落萬絲,霽光浮瓦碧參差。有情芍藥含春涙,無力薔薇臥曉枝。」
とあり、北宋・柳永の『望海潮』に「東南形勝,三呉都會,錢塘自古繁華。煙柳畫橋,風簾翠幕,參差十萬人家。雲樹繞堤沙。怒濤卷霜雪,天塹無涯。」
とある。 ・落照:ゆうひかげ。夕日の光。入り日。晩照。落日。後世、清・錢兼益に『丙申春就醫秦淮寓丁家水閣浹兩月臨行作絶句三十首』「舞榭歌臺羅綺叢,都無人跡有春風。踏靑無限傷心事,併入南朝落炤中。」
がある。
※誰念為儒逢世難:(いったい)誰が、儒者となって世の乱離に遭い。 ・誰念:(いったい)誰が(…だ/なると)思おうか。(誰も…とは思わない)。誰が予想しようか。「誰念」は、「爲儒逢世難,獨將衰鬢客秦關」にまでかかる。後世、清・納蘭性德は『浣溪沙』で「誰念西風獨自涼,蕭蕭黄葉閉疏窗。沈思往事立殘陽。 被酒莫驚春睡重,賭書消得溌茶香。當時只道是尋常。」と使う。 ・為:(…と)なる。 ・儒:〔じゅ;ru2○〕学者。儒学者。読書人。 ・逢:その時節にあう。出あう。 ・世難:〔せいなん;shi4nan4●●〕世の乱離。「為儒逢世難」で、焚書坑儒のような学者の遭う災難を指そう。
※独将衰鬢客秦関:ひとりで、白髪となって(≒老齢になって)、関中の地(≒長安附近)で流離(さすら)おうとは。 ・独:ひとり(で)。 ・将:…を。…をもって。「以-」、また「把-」のように賓語/目的語を動詞の前へ出す時の形式。賓語/目的語を強調する表現。【将+〔賓語/目的語(名詞)〕+動詞】の形をとる。介詞。 ・衰鬢:〔すゐびん;cui1bin4○●〕(抜け落ちて)薄くなった耳際の毛。 ・客:たびゆく。過ぎ去った。動詞。 ・秦関:関中の地。もと秦の地で、現・陝西省を謂う。ここではその中の長安を指す。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAAA」。韻脚は「山閑還間關」で、平水韻上平十五刪。(「難」は韻脚ではない。韻を踏むところではなく、また、去声。)この作品の平仄は、次の通り。
○○○●◎○○,(韻)
●◎○○●●○。(韻)
●○●○○●●,
○○○●●○○。(韻)
○○◎●○○●,
○●○○●●○。(韻)
○●○○○●●,
●○○●●○○。(韻)
2014.4.29 4.30 5. 3完 2015.3. 1補 |
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