我來弔古, 上危樓、贏得閒愁千斛。 虎踞龍蟠何處是? 只有興亡滿目。 柳外斜陽, 水邊歸鳥, 隴上吹喬木。 片帆西去, 一聲誰噴霜竹? 却憶安石風流, 東山歳晩, 涙落哀箏曲。 兒輩功名都付與, 長日惟消棋局。 寶鏡難尋, 碧雲將暮, 誰勸杯中綠? 江頭風怒, 朝來波浪翻屋。 |
われ きた いにしへ まつ
我 來りて 古を弔らんとし,
き ろう のぼ か え かんしう せん こく
危樓に上り、 贏ち得たり 閒愁 千斛。
こ きょ りょうばん いづこ これ
虎踞 龍蟠 何處か 是なる?
ただ あ こう ばう まんもく
只有るは 興亡の 滿目たるのみ。
りうぐゎい しゃやう
柳外の 斜陽,
すゐへん き てう
水邊の 歸鳥,
ろうじゃう きゃうぼく ふ
隴上 喬木に吹く。
へんぱん にし さ
片帆 西へ去り,
いっせい たれ さうちく ふ
一聲 誰か霜竹を噴く?
かへ おも あんせき ふう りう
却って憶ふ 安石の風流を,
とうざん さいばん
東山の 歳晩,
なみだ お あいさう きょく
涙は 落つ 哀箏の曲に。
じ はい こうみゃう すべ ふ よ
兒輩に 功名 都て付與すれば,
ちゃうじつ ただ ききょく つひや
長日 惟 棋局に消す。
はうきょう もと がた
寶鏡 尋め難く,
へきうん まさ く
碧雲 將に暮れんとして,
たれ はいちゅう (さけ) すす
誰か 杯中の綠を 勸めん?
かう とう かぜ いか
江頭に 風 怒り,
むかひきた は らう をく ひるがへ
朝來る 波浪 屋を翻さんとす。
**********
私感注釈
※念奴嬌:詞牌の一。詞の形式名。詳しくは下記の「構成について」を参照。この詞は、蘇軾の『念奴嬌』と少し違っている。異体。
※登建康賞心亭,呈史留守致道:建康(=南京)の賞心亭に登り、(この詞を作り)、史致道・留守官にさしあげる。 ・建康:現在の南京。呉以降、東晋等各時代(六朝)に都とされた。
古来い多くの詩人が古都金陵を詠う。劉禹錫『石頭城』「山圍故國週遭在,潮打空城寂寞回。淮水東邊舊時月,夜深還過女牆來。」
、唐・杜牧『泊秦淮』「煙籠寒水月籠沙,夜泊秦淮近酒家。商女不知亡國恨,隔江猶唱後庭花。」
、孫光憲の『後庭花』其二「石城依舊空江國,故宮春色。七尺靑絲芳草碧,絶世難得。」
、唐・韋莊『金陵圖』「江雨霏霏江草齊,六朝如夢鳥空啼。無情最是臺城柳,依舊烟籠十里堤。」
、欧陽炯『江城子』「晩日金陵岸草平,落霞明,水無情。六代繁華,暗逐逝波聲,空有姑蘇臺上月,如西子鏡,照江城。」
、南唐後主李煜の『浪淘沙』「往事只堪哀,對景難排。秋風庭院蘚侵階。一任珠簾閑不卷,終日誰來。 金鎖已沈埋,壯氣蒿莱。晩涼天靜月華開。想得玉樓瑤殿影,
空照秦淮。」
、朱敦儒の『相見歡』「金陵城上西樓,倚清秋,萬里夕陽垂地、大江流。 中原亂,簪纓散,幾時收?試倩悲風吹涙、過揚州。」
、宋・王安石『桂枝香』「金陵懷古」「登臨送目,正故國晩秋,天氣初肅。千里澄江似練,翠峰如簇。歸帆去棹殘陽裡,背西風酒旗斜矗。彩舟雲淡,星河鷺起,畫圖難足。念往昔,繁華競逐。嘆門外樓頭,悲恨相續。千古憑高,對此漫嗟榮辱。六朝舊事隨流水,但寒煙衰草凝綠。至今商女,時時猶唱,後庭遺曲。」
、明・高啓の『登金陵雨花臺望大江』「大江來從萬山中,山勢盡與江流東。鍾山如龍獨西上,欲破巨浪乘長風。江山相雄不相讓,形勝爭誇天下壯。秦皇空
此黄金,佳氣葱葱至今王。我懷鬱塞何由開,酒酣走上城南臺。坐覺蒼茫萬古意,遠自荒煙落日之中來。石頭城下濤聲怒,武騎千群誰敢渡。黄旗入洛竟何祥,鐵鎖橫江未爲固。前三國,後六朝,草生宮闕何蕭蕭。英雄乘時務割據,幾度戰血流寒潮。我生幸逢聖人起南國,禍亂初平事休息。從今四海永爲家,不用長江限南北。」
、現代では『知靑之歌』「藍藍的天上,白雲在飛翔,美麗的揚子江畔是可愛的南京古城,我的家鄕。
,彩虹般的大橋,直上雲霄,橫斷了長江,雄偉的鍾山脚下是我可愛的家鄕 告別了媽媽,再見家鄕,金色的學生時代已轉入了靑春史册,一去不復返。
,未來的道路多麼艱難,曲折又漫長,生活的脚印深淺在偏僻的異鄕。」
などある。 ・賞心亭:建康城(城市)の西、下水門城上にある建物。風光明媚な所にあるといわれている。尚「賞心」とは、美しい景色を愛でることをいう。 ・呈:さしあげる。 ・史留守致道:史致道、史正志のこと。姓が史。字が致道。留守は役職名。紹興二十一年、進士となり、この当時は建康行宮の留守の役を務めていた。ここは「史留守致道」を「史致道留守」とする。 ・留守:役職名。君主が行幸した際、宮殿に残って取り仕切る役目。重臣が受け持つ役目。
※我來弔古:わたしが古(いにしえ)をしのぼうと。 ・來:(白話では)動作に取り組む積極的な姿勢を表す(來+動詞)。 「わたしが…をする」「わたしが…をしてやろう」。ここでは、便宜上「來りて」と読む。 ・弔古:古(いにしえ)をしのぶ。遺跡等で往事の人を祀ったり、昔に想いを馳せること。 *建康は、南朝の首都として、幾多の悲劇が起きたところ。
※上危樓、贏得閒愁千斛:高殿に上ったら、憂愁が激しくなってきた。 *王安石の「桂枝香」にある「千古憑高」と同義。 ・危樓:高楼。この場合、賞心亭を指す。 ・贏得:手に入れる。利得。現代語では「勝ち得る」。唐・杜牧の『遣懷』「落魄江南載酒行,楚腰腸斷掌中輕。十年一覺揚州夢,贏得(占得)靑樓薄倖名。」
、辛棄疾の『破陣子』爲陳同甫賦壯詞以寄之「醉裏挑燈看劍,夢回吹角連營。八百里分麾下灸,五十絃翻塞外聲。沙場秋點兵。 馬作的廬飛快,弓如霹靂弦驚。了却君王天下事,贏得生前身後名。可憐白髮生。」
とある。 ・閒愁:憂愁の思いが激しいこと。閒≒閑。 ・斛:量の単位。十斗。(容積の単位)=石。千斛で、ここでは、閑愁の感動が深いことを表現している。
※虎踞龍蟠何處是:あの地勢が険峻な建康(南京)は、どちらの方だろう。 ・虎踞龍蟠:≒虎踞龍盤:虎踞:竜虎が蟠踞する(とぐろを巻き、うずくまっている)ような状態を形容する。成語である。地勢が険峻なさま。この場合、建康(南京)を指す。宋の張敦頤の「六朝事跡編類」に「諸葛亮(孔明)金陵(南京)の地形を論じて云く:『鍾阜(鍾山)に龍 蟠き,石城に虎 踞る (が如く)』(石城:=石頭城:建康(南京)の西にある。)(郭沫若、周振甫、鐘振振、他)建康(南京)の東西の要害を竜虎に喩えている。つまり、これ全体で建康(南京)を暗喩している。 詩の中で、「龍盤(蟠)虎踞」(平平仄仄)か「虎踞龍蟠」(仄仄平平)のどちらの互文表現をするかは、平仄式との関係で決定される。(○○●●の時は前者、●●○○の場合は後者。)この「S1+V1,S2+V2」という互文は、「龍虎蟠踞」とも変えうるが、この場合は、「龍虎 蟠踞す。」として、事実を述べることになる。方向詞、対義語、反義語からできている主語+述語構造のとき、その形容する表現として、この互文表現が見受けられる。 ・何處是:どこが石頭城で、どこが鍾阜なのか、(建康の様子は、)どこがどれか。
※只有興亡滿目:ただ、見わたす限りの興亡の後の様で、(それは以下のような情況だ)。 ・興亡:興ることと滅びること。ただし、意味の上では、「滅ぶ」の意味の方が強い。「興る」ことと「滅びる」こととの両者の比重は同じではない。「興っては滅びること」。国家の命運。ここでは、建康を首都とした六朝の興亡のことを指している。 ・滿目:見渡す限り。
※柳外斜陽:柳繁みの外側の夕日に。 *この句と以下の五句「柳外斜陽,水邊歸鳥,隴上吹喬木。片帆西去,一聲誰噴霜竹」が楼上から眺めた、憂愁を齎す情景の描写になる。 ・斜陽:夕日、転じて、衰えていくさまをいう。
※水邊歸鳥:水辺のねぐらへ帰る鳥に。 ・歸鳥:ねぐら(等本来帰るべきところ)へ帰る鳥。日暮の鳥群。
※隴上吹喬木:畑中の(丘の上の)高い樹木に。 ・隴上:田畑。田の中の高いところ、丘の上。(ここは、日本の辞書と中国の辞書と理解を異にするところ)。 ・吹:吹く。意味不明。前後の措辞から判断して「(風が)吹く」? ・喬木:喬木。背の高い樹木。
※片帆西去:(横風を受けて進めるように、帆を斜めに)片寄らせて張った舟が、西の方に去って行き。 ・片帆:片方の帆。(横風を受けて進めるように)帆を斜めに片寄らせて張る。船が横風を受けて帆走する時の帆の状態を謂う。 ・西去:西の方に去って行く。「西」や「去」のどちらも、静的な語感がある。
※一聲誰噴霜竹:どこからか、竹笛の強い音が一声、した。 ・噴:強く吹く。普通、笛等を吹くことには「吹」字を使う。「噴霜竹」は笛を力強く吹く。 ・霜竹:寒笛。竹笛。秋霜を経た竹で笛を製ると、澄んだ音色がするといわれるので、それで笛を作る。
※却憶安石風流:やはり、謝安の風雅さを思い起こす。 ・却:やはり。かえって。 ・安石:謝安のこと。字が安石。東晋の政治家。高い位についていたが讒言に遭う。唐・李白の『永王東巡歌十一首之二に「三川北虜亂如麻,四海南奔似永嘉。但用東山謝安石,爲君談笑靜胡沙。」とある。 ・風流:人品、才能。また風雅。ここは、前者の意。蘇辛派の詞では、英雄の意
もある。蛇足になるが、現代語ではこの外に、好色の意もあり「克林頓総統是風流男子」というような言い回しの記事に使われる。
※東山歳晩:東山(謝安の隠棲したところ=謝安)の晩年に。 ・東山:謝安石の隠棲したところ。また、宮仕えする前に、いたところ。 ・歳晩:ここでは(謝安石の)晩年。謝安石はその晩年、讒言のため、皇帝より遠ざけられた。また歳末の意。ここは、前者の意。
※涙落哀箏曲:(桓伊が晋・武帝の前で、箏を奏でながら、曹植の『怨歌行』「爲君既不易,爲臣良獨難,忠信事不顯,乃有見疑患。」を歌ったと聞いて、遠ざけられていた謝安石は、心を動かされて)涙を落とした。その故実による句。『晋書・桓宜列伝』に「帝召伊飲讌,)安侍坐。帝命伊吹笛。伊神色無,……請以箏歌,……乃許召之。……伊便撫箏而歌怨詩曰:『為君既不易,為臣良獨難。忠信事不顯,乃有見疑患。周旦佐文武,金縢功不刊。推心輔王政,二叔反流言。』聲節慷慨,俯仰可觀。安泣下沾衿,乃越席而就之,其鬚曰:『使君於此不凡!』帝甚有愧色。」とある。
※兒輩功名都付與:謝安石は、子供に出征する機会を与え、勝利の手柄を立てさせ(自らは第一線を退き、将棋に明け暮れて)。 ・兒輩:子供。 ・功名:功名。手柄。 ・都:すべて。 ・付與:与える。付与する。
※長日惟消棋局:一日中、ただ将棋だけをしていた。 ・長日:終日。一日中。 ・惟:=唯(日本では唯の方をよく使うが、古文では惟が多い。)。ただ。「ただ」とよむ字には只があるが、惟(唯)は平韻字で只は仄韻字。また、意味がすこし違う。またこの詞中にもある「只有」のように、これはこれで一つの単語(熟語)としての機能を持っている。 ・消:ついやす。 ・棋局:将棋の勝負。謝安石は、子供からの勝利の速報に接しても、変わることなく、将棋を続けた。(戦捷のため、動顛しているさまを他人に見せないための演技でもある。)
※寶鏡難尋:自分の心を真に理解してくれる友人は、見つけにくいもので。 *『松窗雜録』に載っている故事で、人の体の中を映し出す不思議な鏡を持っていた者が、ある時不注意で河の中に落とした。それを探したが、結局見つからなかった。転じて、自分の心を真に理解してくれる友人は、見つけにくいことをいう。 ・寶鏡:人の体の中を映し出す不思議な鏡。転じて、自分の心を理解してくれる友人。
※碧雲將暮:時も移ろい、人生も黄昏(たそがれ)に近づいてきた。 ・碧雲:緑色の雲。蒼雲。「寶鏡」と対になっている語。
※誰勸杯中綠:だれか杯の酒を勧(すす)めてくれようか。(だれもいないので、酔いも覚めた。) ・杯中綠:さかづきの中の酒のこと。 ・綠:酒。緑色をした酒。
※江頭風怒:川辺に風が強く吹き荒れ。 *辛棄疾の感情の高まりを表現している。また、祖国南宋の風雲が急なことを表現している。 ・江頭:川の畔。「江頭」は○○で、本来詩句中「○○」とすべきところで用い、本来詩句中で「●●」とすべきところで用いる場合は「江上」(○●)とする。
※朝來波浪翻屋:河の波が(川縁(かわべり)の)家を押し倒さんばかりに襲いかかってくる。 *ここも、辛棄疾の感情の高まりや、祖国南宋の風雲が急なことを表現している。 ・朝:(白話では)向かう。向かって。ここでは「あさ」の意味はない。 ・波浪:波の総称。波は小波、浪は大波。 ・翻:くつがえす。 ・屋:建物。
◎ 構成について
双調。壱百字。一般に入声韻を使用。
○○●,
●●、
●
○○●。
●
○○●●,
●○○
●。
●○○,
○
●,
●○○●。
○○●,
○○●○●。
●
●○○,
○○●,
●○○●。
●
○○●●,
●
○○●。
●○○,
○
●,
●○○●。
○○●,
○○●○●。
韻脚:「斛」「目」「木」「竹」「曲」「局」「緑」「屋」で「第十五部」。
この作品の 「弔」「楼」「歳」の部分は、標準的な形式と異なる。
この詞は次の所が対になっている。なお、念奴嬌の対句部分を他の作者の念奴嬌と比べてみる。
・鄭*の念奴嬌(水天空闊)では、赤青の部分どちらも対にしている。
・張孝祥の念奴嬌(洞庭青草)では、赤青の部分どちらも対にしている。
・黄庭堅の念奴嬌(斷虹霽雨)では、赤青どちらの部分も対にしていない。
・蘇軾の念奴嬌(大江東去)では、赤の部分だけを対にしている。
以上、ばらつきがある結果となった。
我來弔古,
上危樓、贏得閒愁千斛。
虎踞龍蟠何處是?
只有興亡滿目。
柳外斜陽,
水邊歸鳥,
隴上吹喬木。
片帆西去,
一聲誰噴霜竹?
却憶安石風流,
東山歳晩,
涙落哀箏曲。
兒輩功名都付與,
長日惟消棋局。
寶鏡難尋,
碧雲將暮,
誰勸杯中綠?
江頭風怒,
朝來波浪翻屋。
2000. 2.22 2.29 3. 8 3. 9 3.10 3.11 3.12完 9.30補 12. 3 2001. 4. 4 5.27 2008. 9.18 2011.11.13 |
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