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不動者厚地,
不息者高天。
無窮者日月,
長在者山川。
松柏與龜鶴,
其壽皆千年。
嗟嗟羣物中,
而人獨不然。
早出向朝市,
暮已歸下泉。
形質及壽命,
危脆若浮煙。
堯舜與周孔,
古來稱聖賢。
借問今何在,
一去亦不還。
我無不死藥,
萬萬隨化遷。
所未定知者,
修短遲速間。
幸及身健日,
當歌一尊前。
何必待人勸,
持此自爲歡。
陶潛の體に效ふ詩
動かざる者は 厚地,
息(や)まざる者は 高天。
無窮なる者は 日月,
長(とこし)へに在る者は 山川。
松柏と 龜鶴と,
其の壽(よはひ) 皆(み)な 千年。
嗟嗟(ああ) 群物の中,
而も人のみ 獨(ひと)り然(しか)らず。
早に 朝市を出で,
暮には已に 下泉に 歸す。
形質 及び 壽命は,
危脆なること 浮煙の若(ごと)し。
堯舜と 周孔と,
古來 聖賢と 稱す。
借問す 今 何(いづ)くにか在る,
一たび去りて 亦た 還(かへ)らず。
我に 不死の藥 無く,
萬萬 化遷に 隨ふ。
未だ定かに知らざる所の者は,
修短 遲速の間。
幸ひに 身の健かなる日に 及びて,
當(まさ)に 一尊の前に 歌ふべし。
何ぞ必ずしも 人の勸めるを 待たん,
此れを持して 自ら歡しみを 爲さん。
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◎ 私感註釈
※白居易:中唐の詩人。772年(大暦七年)〜846年(會昌六年)。字は楽天。号は香山居士。官は武宗の時、刑部尚書に至る。平易通俗の詩風といわれるが、詩歌史上、積極的な活動を展開する。晩年仏教に帰依する。
※效陶潛體詩:陶淵明の詩体を模倣する。陶淵明は五言古詩をよく作る。この作品での語彙は、しばしば、陶淵明の作品に見られる。これは『效陶潛體詩十六首』の中の第一。序文が「余退居渭上,杜門不出。時屬多雨,無以自娯。會家新熟,雨中獨飮,往往酣醉,終日不醒。懶放之心,彌覺自得。故得於此,而有以忘於彼者。因詠陶淵明詩,適與意會,遂傚其體,成十六篇。醉中狂言,醒輒自哂,然知我者亦無隱焉。」とある。
※不動者厚地:揺るぎないものは、大地であり。 ・不動:物が動かない(こと)。ゆるがない(こと)。 ・者:…は。…ものは。…とは。…というもの(は)。主語の後に置き、断定、判断の主格を提示、強調する。主語を明示する。 ・厚地:大地。揺るぎない大地。東晉・陶潛『形贈影』に天地自然を取り上げて「天地長不沒,山川無改時。草木得常理,霜露榮悴之。謂人最靈智,獨復不如茲。適見在世中,奄去靡歸期。奚覺無一人,親識豈相思。但餘平生物,舉目情悽。我無騰化術,必爾不復疑。願君取吾言,得酒莫苟辭。」 としている。
※不息者高天:休まないものは天空である。 ・不息:やまない(もの)。 ・息:〔そく;xi1●〕やめる。やすむ。やむ。≒熄。 ・高天:高い天。
※無窮者日月:きわまりのないものは、日月であり。 ・無窮:〔むきゅう;wu2qiong2○○〕きわまりのない(こと)。果てのない(こと)。永遠。 ・日月:太陽と月(天上、天体)。また、歳月(時間)。
※長在者山川:長しえにあるものは、山と川である。 ・長在:長しえにある(もの)。 ・山川:山と川(地上の自然)。
※松柏與龜鶴:マツ、コノテガシワとツル、カメ(とは)。 ・松柏:マツとコノテガシワ。墓場に植える松やコノテガシワのような長く繁茂する樹木。悠久を表す常緑樹であって、常緑樹の「コノテガシワ」のこと。『論語』子罕篇の「歳寒,然後知松柏之後凋也」。東晉・陶潛の『擬古九首』其四「迢迢百尺樓,分明望四荒。暮作歸雲宅,朝爲飛鳥堂。山河滿目中,平原獨茫茫。古時功名士,慷慨爭此場。一旦百歳後,相與還北。松柏爲人伐,高墳互低昂。頽基無遺主,遊魂在何方。榮華誠足貴,亦復可憐傷。」 『古詩十九首之十四』の「去者日以疎,來者日以親。出郭門直視,但見丘與墳。古墓犁爲田,松柏摧爲薪。白楊多悲風,蕭蕭愁殺人。思還故里閭,欲歸道無因。」や、陶淵明『諸人共游周家墓柏下』「今日天氣佳,清吹與鳴彈。感彼柏下人」を踏まえている。後世、唐の劉希夷が『白頭吟』「洛陽城東桃李花,飛來飛去落誰家。洛陽女兒惜顏色,行逢落花長歎息。今年花落顏色改,明年花開復誰在。已見松柏摧爲薪,更聞桑田變成海。」 ともした。 ・與:…と。 ・龜鶴:ツルとカメ。長寿の生きもの。
※其壽皆千年:その寿命は、千年である。 ・其壽:その寿命。その齢(よわい)。 ・千年:永遠に近い長い間。『古詩十九首』之十五・生年不滿百「生年不滿百,常懷千歳憂。」とある。
※嗟嗟群物中:ああ、諸々(もろもろ)の物の中で。 ・嗟嗟:〔ささ;jie1jie1○○〕ああ。重い感嘆の声。歎き悲しむ声。 ・羣物:もろもろの物。
※而人獨不然:しかるに、人だけは、そうではない。 ・而:〔じ;er2○〕しかれども。しかるに。逆接。ここは、逆接の意で使われているが、普通は順接が多い。 ・人:人間。後出紫字部分参照。 ・獨:…だけ。前出『形贈影』に「謂人最靈智,獨復不如茲。」 とある。 ・不然:そうではない。そのようではない。しからず。
※早出向朝市:朝早く街を出で立った(亡骸、棺桶)(が)。或いは、朝早くに街に出かけた者(が)。 *ここの句は「向」の意の理解しようで二通りにとれる。その一は、後出、漢魏・繆襲の『挽歌詩』の詩意を踏まえて、「朝早く街を出で立った者(亡骸)(が)」の意で、「向」は「於」の義で、「早出於朝市」。その二は、「向」を「向かう」ととる、文字通りの解釈である。この聯が対句であるととらえれば後者。ここは前者の意にとって、「朝には街を出立した棺桶が、夕べには墓所のある墓地に葬られる」のことと見るのが古意に適う。陶潛『挽歌詩』其一「有生必有死,早終非命促。昨暮同爲人,今旦在鬼録。」 とある。 ・早出:朝早く出発する。漢魏・繆襲の『挽歌詩』に「生時遊國都,死沒棄中野。朝發高堂上,暮宿黄泉下。白日入虞淵,懸車息駟馬。造化雖神明,安能復存我。形容稍歇滅,齒髮行當墮。自古皆有然,誰能離此者。」 とある。 ・向:…に於いて。≒於。また、向かう。 ・朝市:朝廷といちのことで、都市の意。「一世異朝市」(一世代が異なれば街の様子はがらりと変わる)を聯想させる。陶淵明の『歸園田居五首』其四に「久去山澤游,浪莽林野娯。試攜子姪輩,披榛歩荒墟。徘徊丘壟間,依依昔人居。井竈有遺處,桑竹殘朽株。借問採薪者,此人皆焉如。薪者向我言,死沒無復餘。一世異朝市,此語眞不虚。人生似幻化,終當歸空無。」とある。
※暮已歸下泉:夕べには、墓地に葬られて黄泉の客となる。 ・暮已:夕方には…となってしまう。前出繆襲『挽歌詩』の青字部分「暮宿」 に該る。 ・歸:本来いるべき処(自宅、古巣、死)へ戻る。陶淵明の『歸去來兮辭』「歸去來兮, 請息交以絶遊。世與我以相遺,復駕言兮焉求。ス親戚之情話,樂琴書以消憂。農人告余以春及,將有事於西疇。或命巾車,或棹孤舟。既窈窕以尋壑,亦崎嶇而經丘。木欣欣以向榮,泉涓涓而始流。羨萬物之得時,感吾生之行休。 已矣乎,寓形宇内復幾時。曷不委心任去留,胡爲遑遑欲何之。富貴非吾願,帝ク不可期。懷良辰以孤往,或植杖而耘。登東皋以舒嘯,臨C流而賦詩。聊乘化以歸盡,樂夫天命復奚疑。」 や、前出『形贈影』「適見在世中,奄去靡歸期。」 前出『歸園田居五首』其四の「人生似幻化,終當歸空無。」としている。 ・下泉:黄泉。よみ。後漢末、魏の王粲『七哀詩』三首之一に「西京亂無象,豺虎方遘患。復棄中國去,委身適荊蠻。親戚對我悲,朋友相追攀。出門無所見,白骨蔽平原。路有飢婦人,抱子棄草間。顧聞號泣聲,揮涕獨不還。未知身死處,何能兩相完。驅馬棄之去,不忍聽此言。南登霸陵岸,迴首望長安。悟彼下泉人,喟然傷心肝。」 とある。
※形質及壽命:肉体と寿命は。 ・形質:肉体。前出陶淵明『歸去來兮辭』「已矣乎,寓形宇内復幾時。」や『形贈影』の「形」 のこと。
※危脆若浮煙:あやうくてもろいさまは、漂うかすみのようだ。 ・危脆:〔きぜい;wei1cui4○●〕あやうくてもろい。 ・若:…のようだ。…如し。 ・浮煙:漂うかすみ。存在の薄いものの喩え。
※堯舜與周孔:(古代の聖人の)堯、舜と周公、孔子とは。 ・堯舜:〔げうしゅん;yao2shun4○●〕古代の聖帝、堯と舜。それぞれ五帝の一。 ・周孔:周公と孔子。周公:周時代の政治家。文王の子。武王の弟。兄の武王を助けて殷王紂を滅ぼし、内政を治め天下を平定した。孔子:春秋時代の思想家。前551年〜479年。名は丘。字は仲尼。儒教の開祖。魯の昌平(現・山東省曲阜)の人。
※古來稱聖賢:昔より、聖賢と称(たた)えられてきた。 ・古來:昔より。 ・稱:称(たた)えて言う。 ・聖賢:聖人と賢人。知徳の最も優れた人。
※借問今何在:お訊ねするが、(彼等は)今はどこにいるのだろうか。 *陳子昂の『登幽州臺歌』「前不見古人,後不見來者。念天地之悠悠,獨愴然而涕下。」を聯想する。 ・借問:お訊ねするが。 ・何在:どこにいるのか。
※一去亦不還:ひとたび去って、もう、還(かえ)ってこない。 *燕・荊軻の『易水歌』は「風蕭蕭兮易水寒,壯士一去兮不復還。」 とある。 ・一去:ひとたび去る。ここでは、死去することをいう。 ・亦:〔えき;yi4●〕また。やはり。なんと。 ・不還:帰らない。戻ってこない。
※我無不死藥:わたしは、不死の薬を持っていない。 ・不死藥:不老長生のすべ。前出・陶潛『形贈影』では、「我無騰化術」 としているのに、その義は同じ。
※萬萬隨化遷:あらゆるものは(天の)変化、流転に随(したが)っている。 ・萬萬:あらゆるもの。非常に多い数。 ・隨:したがう。後出紫字に同じ。 ・化遷:万物の変化。推移。流転。『古詩十九首』之十一「廻車駕言邁,悠悠渉長道。四顧何茫茫,東風搖百草。所遇無故物,焉得不速老。盛衰各有時,立身苦不早。人生非金石,豈能長壽考。奄忽隨物化,榮名以爲寶。」 や、前出陶淵明『歸去來兮辭』「聊乘化以歸盡,樂夫天命復奚疑。」 や、陶潛『飮酒』其十一「顏生稱爲仁,榮公言有道。屡空不獲年,長飢至於老。雖留身後名,一生亦枯槁。死去何所知,稱心固爲好。客養千金躯,臨化消其寶。裸葬何必惡,人當解意表。」 にある。
※所未定知者:はっきりと分かっていないことは。 ・所:動詞の前に立って、名詞化する。後出の「者」の前は主格になり、名詞成分がくる。「所未定知者」は「『所』+『未定知』+『者』」となり、その中の「未定知」は、名詞成分となり、「確かに分かっていないところのこと」「はっきりと分かっていないこと」になる。 ・未:まだ…ない。打ち消し。 ・定知:確かに分かる。
※修短遲速間:長寿と短命、遅く死ぬか、早く死ぬか(ということである)。命の長短と死ぬ時期の遅速。 ・修短:長寿と短命。 ・修:長い。≒脩。 ・遲速:遅く死ぬか、早く死ぬか。 ・間:時間。ころ。間合い。あいだ。
※幸及身健日:幸いにも、身体が健康である時期を捉えて。 ・幸:さいわいに(も)。 ・及:…の時になる。 ・及日:時に乗ずる。チャンスを捉える。 ・身健:体が健康である。体が健かである。 ・日:日々。
※當歌一尊前:酒器を前にしている時は歌を歌って(歓しく過ごす)べきである。 *曹操の『短歌行』「對酒當歌,人生幾何。譬如朝露,去日苦多。慨當以慷,憂思難忘。何以解憂,唯有杜康。青青子衿,悠悠我心。但爲君故,沈吟至今。鹿鳴,食野之苹。我有嘉賓,鼓瑟吹笙。明明如月,何時可輟。憂從中來,不可斷絶。越陌度阡,枉用相存。契闊談讌,心念舊恩。月明星稀,烏鵲南飛。繞樹三匝,何枝可依。山不厭高,水不厭深。周公吐哺天下歸心。」を聯想する。 ・當歌:(酒を飲もうとしている時は)歌を歌って(歓しく過ごす)べきである。 ・一尊前:一杯の酒器(徳利)を前にして。 ・尊:酒器。徳利。=樽。
※何必待人勸:必ずしも他人の勧(すす)めを待つには及ばない。 ・何必:必ずしも…するには及ばない。何ぞ必ずしも…せん。陶潛『雜詩十二首』其一「人生無根蒂,飄如陌上塵。分散逐風轉,此已非常身。落地爲兄弟,何必骨肉親。得歡當作樂,斗酒聚比鄰。盛年不重來,一日難再晨。及時當勉勵,歳月不待人。」 前出陶潛『飮酒』其十一「客養千金躯,臨化消其寶。裸葬何必惡,人當解意表。」 ・待人勸:他人の勧(すす)めを待たない(で)。
※持此自爲歡:この(精神で)もって、自ら楽しもう。 ・持此:これを維持して。 ・此:前出の「當歌一尊前,何必待人勸」をいう。陶潜の『飮酒二十首』其三に「道喪向千載,人人惜其情。有酒不肯飮,但顧世間名。所以貴我身,豈不在一生。一生復能幾,倏如流電驚。鼎鼎百年内,持此欲何成。」 とある。 ・自爲歡:自ら楽しみとする。
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◎ 構成について
韻式は「AAAAAAAAAAAA」。韻脚は「天川年然泉煙賢還遷間前歡」で、主として平水韻下平一先。一部に上平十五刪。次の平仄はこの作品のもの。
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○●●○○。(韻)
○●◎○●,
○●○○○。(韻)
○○○●○,
○○●●○。(韻)
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●●○●○。(韻)
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○●●○○。(韻)
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○●○●○。(韻)
●●○●●,
○○●○○。(韻)
○●●○●,
○●●○○。(韻)
2005.8.25 8.26 8.27 |
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