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憶昨徴還日,
三人歸路同。
此生都是夢,
前事旋成空。
杓直泉埋玉,
虞平燭過風。
唯殘樂天在,
頭白向江東。
商山路 感 有り
憶(おも)ふ 昨(さく) 徴還さるる日,
三人 歸路 同うす。
此の生 都(すべ)て是れ 夢,
前事 旋(たちま)ち 空と成る。
杓直(しゃくちょく)は 泉(せん)に 玉を 埋め,
虞平(ぐへい)は 燭 風を 過ぐ。
唯だ 樂天を 殘して 在り,
頭 白くして 江東に向かふ。
◎ 私感註釈 *****************
※白居易:中唐の詩人。772年(大暦七年)~846年(會昌六年)。字は楽天。号は香山居士。官は武宗の時、刑部尚書に至る。平易通俗の詩風といわれるが、詩歌史上、積極的な活動を展開する。晩年仏教に帰依する。
※商山路有感:元和十七年(822年)商山路を通って長安から東南方の湖北方面へ向かって出て行くときのもの。白居易には、『商山路有感』「萬里路長在,六年身始歸。所經多舊館,大半主人非。」もある。こちらの『商山路有感(萬里路長在)』は、九江郡司馬となって左遷され、更に忠州刺史となり、あしかけ六年がたった後、商山路を通って長安へ帰って行くときのもので、元和十五年(820年)のもの。本頁の『商山路有感(憶昨徴還日)」は、前作の詩『商山路有感(萬里路長在)』を作った時から更に二年後、元和十七年(822年)商山路を通って長安から出て行くときのもので、一層悲愴の度合いが深い。なお、この詩には序が附いている。 ・商山路:長安から、東南方に向かって、湖北省の長江方面行く際の路程。
※憶昨徴還日:この前(元和十五年、長安へ)、召還された時。 ・憶:〔おく;yi4●〕思い出す。思う。おぼえる。忘れない。 ・昨:〔さく;zuo2●〕さきの。きのう(の)。以前。昔。元和十五年(820年)、商山路を通って長安へ戻って行くときのものことをいう。『商山路有感(萬里路長在)』を作った時のことになる。 ・徴還:〔ちょうくゎん;zheng1huan2○○〕めしかえす。呼び戻す。召還する。呼び戻される。
※三人歸路同:(刑部李十一侍郎、戸部崔二十員と作者・白居易の)三人は、(長安への)帰途を偕にした。 ・三人:ここでは、後出の刑部李十一侍郎、戸部崔二十員と作者・白居易の三人。 ・歸路:帰る道筋。帰途。
※此生都是夢:この人生は、すべて夢である。 ・此生:この命。この人生。 ・都是:すべて…である。 ・都:〔つ;dou1○〕すべて。蛇足になるが、「都市」の意の「都」は〔と;du1○〕になる。
※前事旋成空:この前の出来事も、たちまちのうちに空しいものとなってしまった。 ・前事:この前の出来事。前出「憶昨徴還日,三人歸路同」のことで、三人が揃って長安への帰途につき、偕に旅をしていた日々のことをいう。 ・旋:たちまち。陶潜の『桃花源詩』に「淳薄既異源,旋復還幽蔽。借問游方士,焉測塵囂外。願言躡輕風,高舉尋吾契。」、李煜の『一斛珠』に「晩妝初過,沈檀輕注些兒箇。向人微露丁香顆,一曲淸歌,暫引櫻桃破。 羅袖
殘殷色可,杯深旋被香醪
。繍床斜憑嬌無那,爛嚼紅茸,笑向檀郎唾。」
とある。 ・成空:空となる。白居易の『觀幻』に「有起皆因滅,無
不暫同。從歡終作
,轉苦又成空。次第花生眼,須臾燭過風。更無尋覓處,鳥跡印空中。」
とあり、李煜の『菩薩蠻』「銅簧韻脆鏘寒竹,新聲慢奏移纖玉眼色暗相鈎,秋波橫欲流。雨雲深繍戸,未便諧衷素。宴罷又成空,夢迷春雨中。」
とあり、同・白居易の『逢舊』「久別偶相逢,倶疑是夢中。即今歡樂事,放盞又成空。」
とある。
※杓直泉埋玉:李杓直は、美質を地中にうずめて、黄泉路(よみじ)の人となり。 ・杓直:〔しゃく(?)ちょく;?zhi2●●「杓」字は、〔しゃく:shao2●=ひしゃく〕か〔へう;biao1○=ひしゃくの柄。北斗七星のひしゃくの柄に該る星〕なのか、不明。一般的には前者だが、人名(字)としての意を考えれば後者〕李杓直。序文に「前年夏,予自忠州刺史除書歸闕,時刑部李十一侍郎、戸部崔二十員」とある刑部李十一侍郎である李建。 ・泉:黄泉。よみじ。 ・埋玉:美玉、美質を地中にうずめる。玉を地中に埋める意で、英才や美人の死を悼んでいう。竇鞏の『哭呂衡州八郎中』に「今朝血涙問蒼蒼,不分先悲旅館喪。人送劍來歸隴上,雁飛書去叫衡陽。還家路遠兒童小,埋玉泉深晝夜長。望盡素車秋草外,欲將身贖返魂香。」とある。
※虞平燭過風:虞平は、風が吹き抜けた灯火(のように、消えていった)。 ・虞平:〔ぐへい;yu2ping2○○〕崔虞平、崔韶。「前年夏,予自忠州刺史除書歸闕,時刑部李十一侍郎、戸部崔二十員」とある戸部崔二十員である崔韶。 ・燭:ともしび。 ・過風:風が吹き抜ける。燈火を風が吹き抜けて、火が消えることを謂い、命の灯火が消える・死ぬことを指す。前出・『觀幻』に「次第花生眼,須臾燭過風。更無尋覓處,鳥跡印空中。」とある。
※唯殘樂天在:ただ作者・白楽天だけが生き残ってしまい。 ・唯:ただ…だけ。 ・殘:のこす。「残」字は、残り滓(かす)のように、すたれて残っているさまをいい、良い意味はない。 ・樂天:作者・白居易のこと。楽天は字になる。 ・在:在世である。生きている。
※頭白向江東:頭の髪が白く歳をとって(なお、)江東の地に(赴任して)行く。 ・頭白:頭の髪が白い。歳をとった。老人を謂う。 ・向:むかう。 ・江東:作者は杭州刺史に授けられて、杭州に向かっているので、ここでは、江南の地の杭州のあるところのことになる。江東は、長江下流の北流する部分の東側(南岸)の地方をいう。現・江蘇省南部、浙江省。江左。杜牧の詩『烏江亭』「勝敗兵家事不期,包羞忍恥是男兒。江東子弟多才俊,捲土重來未可知。」、秋瑾の詩
、李清照の詩『絶句 烏江』「生當作人傑,死亦爲鬼雄。至今思項羽,不肯過江東。」
など、項羽
に因んだものが多い。項羽を江東の故地に落ちのびることを勧めたのに対し、「江東の父兄にどのような顔でもって、会うことが出来ようか。」と拒んだことが記録されている。『史記・項羽本紀』
では「於是項王乃欲東渡烏江。烏江亭長
船待,謂項王曰:『江東雖小,地方千里,衆數十萬人,亦足王也。願大王急渡。今獨臣有船,漢軍至,無以渡。』項王笑曰:『天之亡我,我何渡爲!且籍與江東子弟八千人渡江而西,今無一人還,縦江東父兄憐而王(この王は動詞)我,我何面目見之?縦彼不言,(項)籍(=項羽)獨不愧於心乎?』」
とある。
◎ 構成について
韻式は「AAAA」。韻脚は「同空風東」で、平水韻上平一東。次の平仄はこの作品のもの。
●●○○●,
○○○●○(韻)
●○○●●,
○●○○○。(韻)
●●○○●,
○○●◎○。(韻)
○○●○●,
○●●○○。(韻)
2006.1.4 1.5 1.6 |
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