銅簧韻脆鏘寒竹, 新聲慢奏移纖玉。 眼色暗相鈎, 秋波橫欲流。 雨雲深繍戸, 未便諧衷素。 宴罷又成空, 夢迷春雨中。 ![]() |
銅簧 韻(しら)べ 脆(きよ)かにして 寒竹 鏘として,
新聲 慢(ゆるや)かに奏し 纖玉を 移す。
眼色 暗(ひそか)に 相ひ 鈎(いざな)ひ,
秋波 橫に 流れんと 欲す。
雨雲 繍戸に 深く,
未だ 衷素を 諧(かな)ふるに 便ならず。
宴 罷(をは)り 又た 空と成り,
夢は迷ふ 春雨の中。
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私感注釈
※菩薩蠻:詞牌の一。詳しくは下記「構成について」を参照。この作品も、李煜のきさきである昭惠后の妹、小周と関係が深くなったときの小周の姿をうたったものといわれる。『菩薩蠻』(花明月黯籠輕霧)。『菩薩蠻』(蓬莱院閉天台女)
ととともに、その経緯は、馬令の『南唐書』には、やや詳しく載っている。詳しくはこちらを参照
。この詞は、女性の身になって歌っているのかどうかで意味が大きく変わってくる。なお、前出の『菩薩蠻』二首は、女性になって詠っている。
※銅簧韻脆鏘寒竹:銅製の笛の舌(ぜつ)の音色は、ここちよくきれいな音声で、すっきりしている。歯切れがよい。 ・銅簧:銅製のリード。 ・簧:〔くゎう;huang2○〕リード。吹奏楽器に附けた薄い振動片。笛の舌。また、笙そのもの。 ・韻:ここちよい音。きれいな音声。調べ。ここでは、音楽をいう。 ・脆:〔せい;cui4●〕(声や音が)すっきりしている。歯切れよい。はっきりしている。また、もろい。よわい。かるい。きびきびしている。ここでは、ここは、前者の意、楽器の音色が澄み切っている意。 ・鏘:〔さう;qiang1○〕玉や鈴などの鳴る音。打楽器弦楽器などの音。シャンシャン。チンシャン。 ・寒竹:笙や簫、笛などの竹製の楽器をいう。楽器の冴え渡った音をいう。南唐中主・李璟の『浣溪沙』「香銷翠葉殘,西風愁起綠波間。還與容光共憔悴,不堪看。細雨夢回鷄塞遠,小樓吹徹玉笙寒。多少涙珠何限恨,倚闌干。」
に同じ。竹の一種のメダケ。普通、「寒竹秋雨重」といった、冬場の竹(藪)の意が主。
※新聲慢奏移纖玉:新たに創作した楽曲は、ゆったりとゆるやかに演奏されているが、その(演奏する)指は、しきりに動いている。 ・新聲:新たに創作した楽曲。新曲。かつて、李煜は昭恵皇后に「新声」を要求したところ、即座に作ったことなどをいう。南唐の宮廷生活の一風景。 ・慢:ゆっくりである。ゆるやかに。ゆったりと。のろい。速度が遅いこと。また、詞牌のことから考えると『…慢』のものは長くなっているので、「長い」。 ・奏:かなでる。演奏する。 ・移:演奏している指がしきりに動くさまをいう。 ・纖玉:細くて美しい女性の指。 ・纖:細い。繊細な。 ・玉:玉指。女性の美しい指。
※眼色暗相鈎:目配せでひそかに誘った。 ・眼色:目配せ。目つき。目で合図を送ること。 ・暗:ひそかに。 ・相:…ていく。…しかける。動詞の頭に附き、対象に働きかけていく表現に使う。 ・鈎:(異性を)ひっかける。(異性を)釣る。
※秋波橫欲流:秋波が横溢して流れてくる。 ・秋波:(美人の)流し目。(美人の)秋波。 ・橫:横に(いっぱいになって)。王觀の『卜算子』「水是眼波横,山是眉峰聚。」。 ・欲:…ようとする。 ・流:(秋波が)流れる。
※雨雲深繍戸:情愛の感情は女性の部屋に満ちている(が)。 ・雨雲:男女間の情愛を指す。「巫山雲雨」の故事に基づく男女の交情をいう。婉約詞で使われる。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝は巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞
によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと軽い契りをいう。 ・繍戸:女性の部屋をいう。繍閣。
※未便諧衷素:まだ思いを遂げることができない。 ・未便:…には、便利でない。転じて、することはできない。具合が悪い。不都合である。「來便」ともする。 ・諧衷素:奥に秘められた感情にかなう。 ・諧:和合する。かなう。なごむ。 ・衷素:奥に秘められた感情。心底。
※宴罷又成空:宴が終わって、またもや空(くう)となった。 ・宴:うたげ。宴会。 ・罷:やむ。おわる。 ・又:またもや。またしても。 ・成空:空(くう)となる。むなしいものとなる。白居易『商山路有感』に「憶昨徴還日,三人歸路同。此生都是夢,前事旋成空。杓直泉埋玉,虞平燭過風。唯殘樂天在,頭白向江東。」とあり、同・白居易の『觀幻』「有起皆因滅,無
不暫同。從歡終作
,轉苦又成空。次第花生眼,須臾燭過風。更無尋覓處,鳥跡印空中。」
とあり、『逢舊』「久別偶相逢,倶疑是夢中。即今歡樂事,放盞又成空。」
とある。
※夢迷春雨中:夢のような願いが春雨の中で迷っている。 ・夢迷:夢のような希望。夢のような計劃。「魂迷」ともする。 ・春雨:春の雨。「春」も「雨」も、情愛を想起させる語である。「春睡」「春夢」ともする。
◎ 構成について
双調 四十四字。換韻。全ての句が押韻する。押韻の平仄が入れ替わる多彩な詞。韻式は「aaBB ccDD」。
韻脚は「竹玉(第十五部入声一屋(木)、二沃(玉)。鈎流(第十二部 平声十一尤)。戸素(第四部仄声上声六語(戸)、去声七遇(素))。空中(第一部平声一東)」。
○
●○○●。(a仄韻)
○
●○○●。(a仄韻)
●●○○。(B平韻)
○
●○,(B平韻)
○○●●。(c仄韻)
●
○●,(c仄韻)
●●○○,(D平韻)
○
●○。(D平韻)
2004.4.15 4.16 4.17 4.18 2006.1. 5 |
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