秋瑾漢詩 寄徐寄塵


不唱陽關曲,
非因有故人。
柳條重綣繾,
鶯語太叮嚀。
惜別階前雨,
分攜水上萍。
飄蓬經已慣,
感慨本紛紜。
憂國心先碎,
合羣力未曾。
空勞憐彼女,
無奈繋其親。
萬里還甘赴,
孑身更莫論。
頭顱原大好,
志願貴縱橫。
權失當思復,
 時危敢顧身?
白狼須掛箭,
靑史不銘勳。
恩宗輕富貴,
爲國作犧牲。
祗強同族勢,
豈是爲浮名。


******




徐寄塵に寄す
陽關の曲を (うた)はざるは,
故人 有るに()るに 非ず。
柳條(りうでう)  重ねて綣繾(けんけん)として,
鶯語(あう ご )  (はなは)叮嚀(ていねい)なり。
階前(かいぜん)の雨に 惜別(せきべつ)し,
(たづさ)ふるを()かつこと  水上の(へい)のごとし。
飄蓬(へいほう)  (すで)()るるを()
感慨  (もと) 紛紜(ふんうん)たり。
國を(うれ)へて  心 ()づ碎かれ,
羣を()はする  力 未だ(かつ)てならず。
()(むすめ)(あは)れむを 空しく(らう)し,
(いか)んともする無し  其の親に(つな)ぐるを。
萬里  ()ほ 甘んじて(おもむ)き,
孑身(けつしん)  更に 論ずる(なか)れ。
頭顱(とう ろ )  (もと)より 大いに好く,
志願して  縱橫(じゅうわう)を貴ぶ。
權 失はれて  (まさ)に復するを思ふべく,
時 (あやふ)ければ  ()へて身を(かへりみ)んや?
白狼(はくらう)  (すべか)らく ()()くべく,
靑史  (くん)(めい)せず。
(みおや)(いつく)しみて  富貴(ふう き )(かろ)んじ,
國の(ため)に  犧牲と()る。
()だ  同族の勢を強むるは,
(あに)()れ  浮名( ふ めい)(ため)ならんや。


           **********
◎私感注釈

※寄徐寄塵:徐寄塵に(この)詩歌を(人手を経て)送る。 ・寄:詩歌を(人手を経て)送る。(郵便で)手紙を出す。 ・徐寄塵:秋瑾の極めて親密な友人。徐自華のこと。寄塵は字。潯渓女校の教務。 * この詩につきましては、七忘斎主人から教えていただきました。

※不唱陽関曲:(紹興を離れて上海に行くのに際して、別れの歌である)『陽関の曲』を歌わない(のは)。 ・不唱:歌わない。意志の否定で、「歌う気がない」意。 ・陽関曲:唐・王維の『送元二使安西』「渭城朝雨裛輕塵,客舎靑靑柳色新。勸君更盡一杯酒,西出陽關無故人。」のこと。別れに際しては、三たび繰り返す(=三疊。繰り返し方はこちらを参照)てうたう慣わしがある。

※非因有故人:(『陽関曲』にある「西出陽關
故人。」に反して、(上海に)「有故人」(旧友がいる)というためではない。 ・非因:…のためではない。…という原因のためではない。 ・故人:古くからの友人。旧友。

※柳条重綣繾:(別れを惜しむ)柳の枝が幾重にもまとわりついて。 ・柳条:柳の枝。女性的で柔弱なさまを謂い別離の情を謂う。五代・馮延巳の『歸自謠』「春艷艷,江上晩山三四點,柳絲如剪花如染。   香閨寂寂門半掩。愁眉斂,涙珠滴破臙脂臉。」や北宋・寇準の『江南春』「波渺渺,依依。孤村芳草遠,斜日杏花飛。江南春盡離腸斷,蘋滿汀洲人未歸。」がある。中唐・白居易『楊柳枝』其七「葉含濃露如啼眼,枝嫋輕風似舞腰。小樹不禁攀折苦,乞君留取兩三條。」以外に、『楊柳枝』其一「六水調家家唱」、『楊柳枝』其二「陶令門前四五樹」、『楊柳枝』其三「依依嫋嫋復青青」、『楊柳枝』其四「紅版江橋青酒旗」、『楊柳枝』其五「蘇州楊柳任君誇」、『楊柳枝』其六「蘇家小女舊知名」、『楊柳枝』其八「人言柳葉似愁眉」や、劉禹錫の『楊柳枝詞』「煬帝行宮水濱,數枝楊柳不勝春。晩來風起花如雪,飛入宮牆不見人。」などがあり、柳に女性の意を託したものには、初唐・郭振の『子夜四時歌六首 春歌』「陌頭楊柳,已被春風吹。妾心正斷絶,君懷那得知。」などや晩唐・杜牧『獨柳』「含煙一株柳,拂地搖風久。佳人不忍折,悵望回纖手。」などや晩唐/五代・温庭の『楊柳枝』「蘇小門前萬條金線拂平橋。黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。」等があり、惜別の情を表す「柳」には盛唐・李白の『春夜洛城聞笛』に「誰家玉笛暗飛聲,散入春風滿洛城。 此夜曲中聞折柳,何人不起故園情。」や唐・楊巨源の『折楊柳』の「水邊楊柳麴塵絲,立馬煩君折一枝。惟有春風最相惜,殷勤更向手中吹。」がある。 ・綣繾:〔けんけん;quan3qian3●●〕まといついてはなれないさま。忘れられないさま。情の厚いさま。情緒纒綿として離れ難(がた)いようす。愛着が深くて離れられないさま。=繾綣。

※鴬語太叮嚀:ウグイスのさえずりは、なはだねんごろで繰り返している。 ・鴬語:ウグイスのさえずり。女性のイメージを持つ語でもある。中唐・白居易の『琵琶行』に「間關
鶯語花底滑,幽咽泉流氷下難。氷泉冷澀絃凝絶,凝絶不通聲暫歇。別有幽愁暗恨生,此時無聲勝有聲。銀瓶乍破水漿迸,鐵騎突出刀槍鳴。曲終收撥當心畫,四絃一聲如裂帛。東船西舫悄無言,唯見江心秋月白。」とあり、晩唐~・韋荘の『應天長』に「綠槐陰裏黄鶯語。」とあり、『淸平樂』に「野花芳草,寂寞關山道。柳吐金絲鶯語。」とある。 ・太:はなはだ。あまりにも。 ・叮嚀:〔ていねい;ding1ning2○○〕ねんごろに頼む。咬んで含めるように言う。繰り返し言い聞かせる。

※惜別階前雨:きざはしの前に降る雨に別れを惜しんでいる(が)。 ・惜別:別れを惜しむこと。 ・階前:きざはしのまえ。建物の軒先の下に該る。南唐後主・李煜の『謝新恩』に「櫻花落盡
階前,象牀愁倚薰籠。遠是去年今日恨還同。   雙鬟不整雲憔悴,涙沾紅抹胸。何處相思苦?紗窗醉夢中。とある。 ・雨:あめ。詩では友人を暗示する場合がある。中唐・白居易の『長恨歌』に「蜀江水碧蜀山靑,聖主朝朝暮暮情。行宮見月傷心色,夜雨腸斷聲。」や、清・納蘭性德の『玉樓春・擬古决絶詞』「人生若只如初見,何事秋風悲畫扇。等閒變卻故人心,卻道故人心易變。驪山語罷淸宵半,夜雨霖鈴終不怨。何如薄倖錦衣兒,比翼連枝當日願。」がある。

※分攜水上萍:(わたしは、)水の上のウキクサ(のように)離れ別れていく。 ・分攜:〔fen1xie2〕つないでいた手を離す。取り合っていた手を離す。手を分かつ。 ・萍:〔へい;ping2○〕ウキクサ。うきくさの総称。ここではウキクサのように流浪することを謂う。

※飄蓬経已慣:流浪の経験も、とっくに慣(な)れた(とはいうものの)。 ・飄蓬:〔へうほう;piao1peng2○○〕流浪して(風に吹かれて飛ぶ蓬のように)居所の定まらないさま。さまよう。漂泊する。また、落ちぶれる。=飛蓬、轉蓬。 ・経:経験する。普通である。経由する通過する。へる。 ・已:とっくに。すでに。 ・慣:なれる。

※感慨本紛紜:感慨とは、本来、入り乱れてまとまりがないものだ。 ・感慨:〔かんがい;gan3kai3●●〕深く感じて心が奮いたったり歎いたりする。物事に深く感動する。 ・紛紜:〔ふんうん;fen1yun2○○〕(事情などが)入り乱れてまとまりがないさま。盛んなさま=紛云。みだれるさま=紛縕。多いさま=紛紛。

※憂国心先砕:国を憂えれば、先(ま)ず、心が悲しみで張り裂けんばかりである(ものの)。 ・憂国:国の現状や将来についてうれえることで、当時の清朝は満洲民族の王朝であって、漢民族の秋瑾にとっては異民族の支配を受けていたことを謂う。 ・砕:〔さい;sui4●〕=「心碎」。心砕:非常に心を痛める。悲しみで胸が張り裂けんばかりである。

※合群力未曽:団結の力は、まだまだである。 ・合群:〔がふぐん;hequn●○〕団結する。人が集まって団体を作る。 ・未曽:いまだかつて…(したことが)ない。

※空労憐彼女:あの娘を憐れみ愛しむことをむなしく気にかけても。 ・空:むなしく。 ・労:(気を)使う。 ・彼女:あの娘(むすめ)。秋瑾の娘を指す。

※無奈繋其親:(娘を)その親(=秋瑾)に繋ぎとめておくということは、いかんともしがたいことだ。 ・無奈:〔wu2nai4○●〕いたし方がない。いかんともしがたい。いかんせん。 ・繋:つなぐ。 ・其親:娘(むすめ)の親。つまり秋瑾のこと。

※万里還甘赴:遥か彼方までも、なおも甘んじて赴(おもむ)こう。 ・還:なおも。 ・甘赴:甘んじて赴(おもむ)く。

※孑身更莫論:ひとり身であるのは、今更言うに及ばない。 ・孑身:〔けつ(げつ)しん;jie2shen1●○〕単身。単独の身。一人身。 ・孑:〔けつ(げつ);jie2●〕ひとり。ひとつ。 ・更:その上。さらに。 ・莫論:言うに及ばない。論ずるなかれ。≒莫道、莫説。

※頭顱原大好:(自分の)頭は、もともと非常によく。 ・頭顱:〔とうろ;tou2lu2○○〕頭。 ・顱:〔ろ;lu2○〕かしら。こうべ。頭の骨。どくろ。 ・原:もともと。本来。元来。 ・大好:非常によい。得難い

※志願貴縦横:縦横に策を練り、活躍できることを願っている。 ・貴:とうとぶ。 ・縦横:〔じゅうわう;
zong4heng2●○〕自由奔放である。勝手気ままにする。縦横無尽にする。また、縦横家のことで、合従(=縦)(がっしょう)と連衡(戦国時代、韓・魏・趙・燕・楚・斉の六国が南北に同盟して、西の秦にあたることで、蘇秦の説。連衡とは、戦国時代張儀の主張した説で、韓・魏・趙・燕・斉・楚の六国を連合して秦につかえさせること。

※権失当思復:国家の権威が失われようとする時に、当然、恢復するのを思い願う。 ・権失:国家の権威や統治権力が失われる。 *この詩は1906年の作(『秋瑾集』中華書局1960年上海)なので、当時は、ロシアが満洲(=満州)占領後、日露戦争が起こりそれの終結・孫文の中国革命同盟会結成一年後で、「清国留学生取締規則」で留学生抗議行動を起こした時期であり、対外的にはイギリスとチベット条約が締結された多事多端の時となる。 ・当:当然…すべきである。まさに…べし。 ・思復:恢復するのを思い願う。

※時危敢顧身:時局が危急存亡にあたって、よもや我が身をかばうことではあるまい。 ・時危:時局が危急存亡にあたって。 ・敢:よもや…ではあるまい。また、あえて(勇気をもって)する。思い切って…する。ここは、前者の意。 ・顧身:我が身をかばう。

※白狼須掛箭:(戦場の)白狼山では、矢をしまっての平和の実現に努めて。 *この部分は、七忘斎主人から教えていただきました。 ・白狼:白狼山のこと。ここでは辺塞や戦場の意として使う。白狼山は『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)48-49ページ「河北道南部」現・遼寧省葫芦島市建昌県(葫芦島市西北西100キロメートルのところ)にある。後漢の末期の207年に、曹操が北方に割拠する群雄を平らげ、白狼山を経由して烏桓を征服した時の戦場。盛唐・王昌齡の『春怨』(「音書杜絶
白狼西,桃李無顏黄鳥啼。寒雁春深歸去盡,出門腸斷草萋萋。」とある。 ・須:すべからく。 ・掛箭:矢をしまう。転じて、(武器を納めて)停戦する。平和が恢復することを謂う。

※青史不銘勲:歴史書に功績を遺す(必要は)ない。 ・青史:歴史書。 ・銘勲:功績を(石碑に)刻みつける。

※恩宗軽富貴:(漢民族の)祖先を愛して、富貴を軽んじた(気概で)。 ・恩:愛する。慈しむ。動詞。 ・宗:祖先。 ・富貴:金持ちで、身分が高い。

※為国作犠牲:祖国のために犠牲となろう。 ・為国:国のために犠牲となる。 ・作:…となる。

※只強同族勢:ただ、(漢)民族の勢威を強めることだけであって。 ・只:ただ…だけ。 ・強:強める。動詞。 ・同族:ここでは漢民族を指す。

※豈是為浮名:(そのことが)どうして虚名といえようか。 ・豈:どうして。あに。疑問・反語の助字。 ・浮名:虚名。





◎ 構成について

韻式は「AA'A'AA'AAA'AA'A'A'」。韻脚は「人嚀萍紜曽親論横身勲牲名」で、平水韻ではなく、南方の一方言で-ng音-n音とを区別しない方言韻なのか。次の平仄はこの作品のもの。

●●○○●,
○○●●○。(韻)
●○○●●,
○●●○○。(韻)
●●○○●,
○○●●○。(韻)
○○○●●,
●●●○○。(韻)
○●○○●,
●○●●○。(韻)
○○○●●,
○●●○○。(韻)
●●○○●,
●○●●○。(韻)
○○○●●,
●●●●○。(韻)
○●◎○●,
○○●●○。(韻)
●○○●●,
○●●○○。(韻)
○○○●●,
●●●○○。(韻)
●○○●●,
●●●○○。(韻)

2012.1. 4
     1. 5
     1. 6
     1. 7
     1. 8
     1. 9
     1.10
     1.11
     1.12
     1.13

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