Huanying xinshang Ding Fengzhang de zhuye



西江月

秋收起義
一九二七年九月


軍叫工農革命,
旗號鎌刀斧頭。
匡廬一帶不停留,
要向瀟湘直進。


地主重重壓迫,
農民個個同仇。
秋收時節暮雲愁,
霹靂一聲暴動。


******

秋收起義


軍は 叫ぶ: 「工農革命」と,
旗は 號す: 「鎌刀斧頭」を。
匡廬一帶に  停留せずして,
瀟湘に向かひて  直進するを要す。


地主は 重ね重ね  壓迫し,
農民は (ひと)(ひと)り   仇を同じくす。
秋收の時節  暮雲 愁ひ,
霹靂 一聲  暴動す。

































*****************

私感註釈

※西江月:詞牌の一。双調。五十字。平と仄の同一韻部内での換韻。(例えば、第十三部を使うとすれば、平韻は二十一侵を使い、仄韻は、上声は、四十七寝を、去声は五十二沁を使用するという具合)。韻式は「AAa AAa」。なお、上片、下片の第一句と第二句は対句にする。詳しくは「構成について」を参照。

※秋收起義:秋収蜂起、秋収暴動のこと。1927年9月9日に起こされた。その年(=1927年)の春、革命勢力の退潮(上海クーデターのため、国共合作の崩壊)に伴い、共産党勢力にテコ入れをするため、8月7日にコミンテルンの指示に従い、漢口で中共の緊急合会議を開き、「鉄砲から政権が生まれる」精神を以て、毛沢東は湖南に派遣されて、秋収暴動(=秋収起義)を組織することとなった。その年(=1927年)の9月9日に、この原詞に出てくる地方の修水、銅鼓、平江、瀏陽での暴動(蹶起)を指導した。『中国人民解放軍大事典』(上巻下巻 姜思毅主編 天津人民出版社 1992年天津)によれば、中国人民解放軍の淵源をここにもとめる。その間の事情は、『星火燎源』に詳しい。その時の詞。梁啓超の『従軍楽』「從軍樂、告國民:世界上、國竝立、競生存、獻身護國誰無份?好男兒、莫退讓、發願做軍人。  從軍樂、初進營。排樂隊、唱萬歳、送我行、爺娘慷慨申嚴命。弧矢懸、四方志、今日慰生平。  從軍樂、樂且和。在營里、如一家、鬓厮磨、同生共死你和我。有前進、無後退、行得也哥哥。…從軍樂、樂且奇。決死隊、摩敵壘、樹國旗、黄龍光影蟠空際。十萬軍、齊拍手、嘖嘖好男兒。…從軍樂、樂凱旋。華燈張、綵勝結、國旗懸、國門十里歡迎宴。天自長、地自久、中國萬斯年。」と同様に、声に出して歌にして唱ったかのような作風である。

※一九二七年九月:秋収蜂起(秋収暴動)が起こされた時で、1927年9月9日のこと。

※軍叫工農革命:(共産党が指導する蜂起)軍は、「労働者・農民の革命」と叫び。 *当時の国民党の軍隊は「國民革命軍」というのに対して、共産党が指導した蹶起部隊を「工農革命軍」(労働者、農民革命軍)と称した。蛇足だが、「紅軍」という名称は、翌1928年5月に各地の蜂起軍に対し正式に発令された。後の中国人民解放軍の母胎である。中華人民共和国と中国人民解放軍の淵源はここにもとめる。 ・軍:労働者・農民の革命軍(=工農革命軍)で、翌年以降、紅軍と称するようになった。 ・叫:さけぶ。…という。…と称する。 ・工農:労働者と農民。 ・工:工人(=労働者)の略称。 ・農:農民。

※旗号鎌刀斧頭:旗じるしは、鎌(かま)と
斧(おの)だ。 *その当時(=1931年〜1935年)の中華蘇維埃( ソ ヴィエト)共和國(=中華ソビエト共和国)の党旗(=ウィキペディア)。蛇足になるが、1933年には鎌(かま)と鎚(つち)の旗になり、その後、「八一」と漢字で書かれた八一軍旗となった 。 ・旗號:旗印。 ・鎌刀斧頭:鎌(かま)と斧(おの)(のしるし)。(1931年〜1935年の)中華蘇維埃( ソ ヴィエト)共和國(中華ソビエト共和国)の党旗(ウィキペディア)。なお、鎌(かま)と槌(つち)を組み合わせた標章は、ソビエト連邦やマルクス・レーニン主義の共産主義政党のシンボルとして使われている。『中国人民解放軍大事典』(上巻 姜思毅主編 天津人民出版社 1992年天津)の1927年9月11日の条(上巻7ページ)に、『9月11日 中国人民解放軍第一面軍旗誕生』に「9月初,毛澤東在…召開會議,布置秋收起義。會議上提出起義時要正式打出工農革命軍的旗幟。爲此,…設計了工農革命軍第1軍第1師的軍旗。旗底爲紅色。象徴革命;旗中央有一顆五星,代表中国共産党;五星内有鎌刀斧頭,代表工農;在旗的左側與旗杆相連的一條白布上寫着:工農革命軍第1軍第1師。9月11日,在秋收起義時,正式打出。1949年6月15日,中共中央軍委正式公布了中国人民解放軍的軍旗式様,即“八一”軍旗。」とある。 ・鎌刀:(白話)鎌(かま)。 ・斧頭:(白話)おの。「-頭」は名詞の接尾字。特別な意味はない。

※匡廬一帯不停留:(農民蜂起軍は、)匡廬(きょうろ)(≒修水・銅鼓)一帯で留まることはなく。/(江西省の「修水-銅鼓」のラインで留まることなく。) ・匡廬:〔きゃうろ;Kuang1lu2○○〕廬山の別名。廬山諸峰の総称。ここでは、「修水・銅鼓」のこと。下の地図で謂えば、地図右寄りの南北(縦)に並ぶのが修水-銅鼓ライン。江西省の星子と九江県の間にあって殷、周代に仙人の匡裕が隠れ住んでいたことに由来する。初めてこの作品が発表されたときは「修銅」としていた。「修銅」は江西省の県名である修水と銅鼓の略称。修水や銅鼓は蹶起軍の暴動拠点ともいえるところ。 ・停留:とどまる。停滞する。逗留する。

大きな地図で見る

※要向瀟湘直進:瀟湘(しょうしょう)(=湖南省≒平江・瀏陽、更には省都・長沙)方面に向かって直進するつもりだ。/(江西省の「修水-銅鼓」のラインに留まることなく更に西進して、長沙に近づいた湖南省の)「平江-瀏陽」ラインまで進出しよう。 ・要:(助動詞:意志)…したい。…するつもりだ。また、(助動詞:必要・義務)…しなければならない。(助動詞:可能性)…しそうだ。…するだろう。ここは、前者の意。文言の「欲」と似た働きをする。 ・瀟湘:〔せうしゃう;Xiao1Xiang2○○〕ここでは、湖南省の「平江・瀏陽」を謂う。遥か南方の地(湖南省(=旧国名・湘))を概括して謂う。本来の意は、湖南省(旧国名・湘)を流れる瀟水と湘水のことで、洞庭湖に注ぐ大河。(なお、六朝までの詩では湘水のこと。「清らかな湘江」の意。なお、現在、湘水は“湘江”といい、また、湘君をも謂う。舜帝が蒼梧(現・江西省蒼梧)で崩じた時に、娥皇と女英の后妃は深く嘆き悲しみ、舜帝を慕って湘水に身を投じて、川の神(湘君、湘靈、湘神)となったと)。毛沢東のこの作品が発表されたときは「平瀏」としていた。「平瀏」とは平江と瀏陽のことで、ともに湖南省の県名。平江、瀏陽も、蹶起軍の進軍コースにあった。上の地図で謂えば、地図中央の南北(縦)に並ぶのが平江-瀏陽ライン。初唐・張若虚の『春江花月夜』に「春江潮水連海平,海上明月共潮生。灩灩隨波千萬里,何處春江無月明。江流宛轉遶芳甸,月照花林皆似霰。空裏流霜不覺飛,汀上白沙看不見。江天一色無纖塵,皎皎空中孤月輪。江畔何人初見月,江月何年初照人。人生代代無窮已,江月年年祗相似。不知江月待何人,但見長江送流水。白雲一片去悠悠,青楓浦上不勝愁。誰家今夜扁舟子,何處相思明月樓。可憐樓上月裴回,應照離人妝鏡臺。玉戸簾中卷不去,擣衣砧上拂還來。此時相望不相聞,願逐月華流照君。鴻雁長飛光不度,魚龍潛躍水成文。昨夜鞨K夢落花,可憐春半不還家。江水流春去欲盡,江潭落月復西斜。斜月沈沈藏海霧,碣石瀟湘無限路。不知乘月幾人歸,落月搖情滿江樹。」とあり、盛唐・賈至の『送王道士還京』に「一片仙雲入帝ク,數聲秋雁至衡陽。借問清キ舊花月,豈知遷客泣瀟湘。」とあり、中唐・劉禹錫の『瀟湘~』に「斑竹枝,斑竹枝,涙痕點點寄相思。楚客欲聽瑤瑟怨瀟湘深夜月明時。」とあり、中唐・錢起の『歸』に「瀟湘何事等濶,水碧沙明兩岸苔。二十五弦彈夜月,不勝C怨卻飛來。」とあり、晩唐・温庭筠は『瑤瑟怨』で「冰簟銀床夢不成,碧天如水夜雲輕。聲遠過瀟湘,十二樓中月自明。」とある。

※地主重重圧迫:地主(階級)が、(貧農を)重ねがさね抑圧して。 ・地主:当時の革命理論では、地主階級が、貧農を抑圧、搾取していたとして、農民の階級の敵と位置づけられた。 ・重重:〔chong2chong2○○〕(白話)次々と。重ねがさね。幾重にも重なり合うさま。 〔zhong4zhong4●●〕重いさま。ひどく。『西江月』詞では、ここは○○とすべきところで、〔chong2chong2○○〕(次々と。重ねがさね。)の意ととるべきところ。 ・圧迫:抑圧する。

※農民個個同仇:農民のだれもかれも、あだを同じくしていた。 ・個個:だれもかれも。 ・同仇:(白話)共同の敵。同一の敵。あだを同じくする。

※秋収時節暮雲愁:秋の取り入れ時期の夕暮れ時の雲は、憂いを帯びており。 ・秋收:秋の取り入れ。 ・時節:秋の取り入れ時期。 ・暮雲:〔ぼうん;mu4yun2●○〕夕暮れ時の雲。夕焼け雲。唐・荊叔の『題慈恩塔』に「漢國山河在,秦陵草樹深。
暮雲千里色,無處不傷心。」とある。 ・愁:悲しむ。憂える。心配する。 ・暮雲愁:夕焼け雲が憂いを帯びている。

※霹靂一声暴動:激しい雷鳴の一鳴り、暴動だ。 ・霹靂:激しい雷鳴。突然の大事件。 ・暴動:蜂起。暴動。一揆。

          ***********





◎ 構成について:

  五十字。双調。平と仄の換韻だが、同一韻部内での換韻。例えば、第十三部を使うとすれば、平韻は二十一侵を使い、仄韻は、上声は、四十七寝を、去声は五十二沁を使用する。韻式は「AAa AAa」。なお、上片、下片の第一句と第二句は対句にする。韻脚は「頭留進 仇愁動」で、「頭留仇愁」が平声で、「進動」が去声。この平声と去声は、本来同一の韻部に属す必要があるが、平声類は第十二部に属し、去声類は−nと−ng韻の混用の閉音節で、韻部は指定できない、というふうに異なっている。

●,
●○○。(A平韻)
●●○○,(A平韻)
●。(a仄韻)


●,
●○○。(A平韻)
●●○○,(A平韻)
●。(a仄韻)
2001.10.6完
2013.3.20補
     3.21
     3.22
     3.23




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